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2008/10/03

一週間の授業が終わると

涼しくなったなあと思って長袖のシャツに上着を着て家を出たら、なんと結構暑い。日中はまだ夏の名残があるのか。

             ◆

授業が二つ終わって研究室に戻ると、外は真っ暗。
いやあ、関西でも日が沈むのが早くなった。

一週間の授業が終わると、それはそれなりにほっとする。
ここをもう少しやれたかなとか、来週はこの導入から始めるかなどとあれこれと思うのではあるが、ほっとすると言うのが一番の思いである。

これは中学校式の授業に慣れている私だからなのかもしれない。
中学校は、ひとつの内容をクラス分だけやる。3クラスあれば3回。4クラスあれば4回。だが、大学では一回でオシマイである。同じ内容は来年まで無い。

データを新しいものに変更し、構成を作り直して今年の授業を作る。そして、その一回でオシマイになるのである。ああ、なんて贅沢なんだ。でも、教育は贅沢なものである。

             ◆

小学校の授業は、もっと贅沢かもしれない。私は来年また同じ授業を担当すれば、今年の分が活かせる。しかし、小学校は今やっている授業を次にできるのは、いつになるのであろうか。しかも、一日に六時間である。なんて贅沢なのだろう。

そして、準備がとても大変なのもよくわかる。

             ◆

明日は、明日の教室
また、学ぶことでエネルギーを貰うつもりだ。

エレベーターのボタン

どうでもいいことなのであるが、気になっていることがある。
エレベーターのボタンである。

例えば1階から5階に行く時、一人で乗るとする。
みなさんは、どのボタンを押すであろうか。
行き先のボタン「5階」を押して、その次に「閉まる」のボタンを押すのではないだろうか。

行き先だけ押して、自然に閉まるのを待つことができないのが日本人だという話をどこかで読んだことがあるが、まあ、そうかもしれない。私も行き先のボタンを押して、あとは知らん顔をしてみようとおもったこともあるが、これがなかなかできない。

で、いまはその次の課題に挑戦している。
エレベーターに乗る時、「閉まる」のボタンを押してから「行き先」ボタンを押すのである。

これは何を意味しているかと言うと、2秒ほどの時間の短縮を意味している。ドアが閉まり始めてから行き先ボタンを押すことでこれが可能になる(はずである)。

で、これを試みているのであるが、なかなかできない。どうしても先に「行き先」ボタンを押してしまうのである。そして2秒間反省するのである。

(人間は限りなく習慣の動物であるなあ)

と。
どうでもいい話である。

2008/10/02

ぎりぎりまで粘った方が面白いものになる

後期は一限の授業が二つある。今日もそうだ。大学の駐車場に車を停める。さわやかな秋の朝の空の青に、白天井のMINIが包まれる。なんとも美しいなあ。

          ◆

教職総合演習を終えて、児童総合演習の授業を行う。この授業は私の後期クラスのゼミと言うことになる。後期も前期のクラスと同じことを課題にする。それは、学内に生えている花を活けると言うことである。

自然に囲まれている京都橘大学である。夏の終わりの花に秋の花などたくさんの花が咲いている。私は児童教育学科の学生たちに入学のときにひとつの課題を出している。それは、

『卒業までに、学内に生えている花の名前と学名を10個言えるようになる』

である。大学二年の後半になっている彼ら彼女らであるが、これはなかなかしていない。ので、課題にする。ゼミの日直が今咲いている花を摘んできて、一輪挿しに活けること、という課題なのである。

もちろん、それだけではなくそこに「呼び名、学名、別名、花言葉」などを書く用紙を渡してあり、それを調べて一輪挿しの花のそばにおくのである。今日の花はクジャクソウ。花言葉は一目惚れであった。

          ◆

『今、児優館の一階に降りると、百日紅が最後の花を咲かせていて、その下には曼珠沙華が咲いているね。そして、振り返って坂道沿いの道にはたぶん本学の敷地内で一番最初に紅葉になる花水木が赤くなってきているね』
『で、今言った花はなんだか分かる?』

そんな話をする。
子どもたちは、先生は何でも知っていると思っている。この期待に応えなければならない。「先生はすごい!」と言われなくても思われなければならないのだ。「すごい!」と思わない人から、子どもが学ぶとは思いにくい。だから勉強するのだ。

          ◆

さらに子どもは、ことばを通して世界を広げるのである。ヘレンケラーではないが、ことばを通して、世界を構築することができるのである。
「先生、これなあに?」
『ん? 木だね』
じゃダメなのである。

『これはね、サルスベリっていうんだよ。ほら木の肌がつるつるでしょ。漢字で書くとね百日紅というんだよ。一年のうち100日ぐらい赤い花をつけているってことなんだろうね。来年はいつ咲き始めて、いつ最後の花が散るか記録をつけてみると面白いんじゃない?』

ぐらいのことをさっと言えるようになってほしい。それが子どもの世界を広げることになるのである。

          ◆

授業は子どもの詩の読解。事前に原稿用紙に鉛筆で書き写すことを課題としている。そして、その解釈をA4一枚にまとめてくることも。この解釈を書き込み回覧作文する。

それを元に、書き写した詩にその子を担任しているとして、赤ペンでコメントを書くという課題を与える。

          ◆

詩をどうやって読むのか。国語が専門ではない彼らには読み取るための、きっかけを与えた。

1)似ていることばなのに、違うことばは無いか。なぜ違うのか。
2)書いて行く順番に理由は無いか。

このようなところに、子どもの思いに繋がる扉が隠れていることがある。特に順番生については、子どもの詩を一行ずつ切り離して、読書へのアニマシオンの「物語バラバラ事件」形式で復元させて、キーワードがどのような順番で書かれているかを読み取らせた。

          ◆

この授業は、昨日の学科会議の前のコース会議で出てきたものだ。それを元に私は「物語バラバラ事件」形式で授業化したのであった。会議が研究や授業づくりの一部になっていると言うのは、実に面白い。

          ◆

教材研究、授業づくりはぎりぎりまで粘った方が面白いものになるというのは、中学でも大学でも同じだなあと思う。

10/4の明日の教室のご案内です

10/4の明日の教室のご案内です。
糸井先生のブログからです。

引用開始 ーーーーーーーーーー

若い頃、明日の授業に困っていた。
とにかく、明日の授業がままならない・・・。
たった一つの発問考えるのに、2時間以上かかる日も少なくなかった。
当然、眠るのは、午前2時、時には、もっと遅くなることもあった。

それでも、ほんの少しだけど、授業がうまくいくと嬉しくて・・・。

今、そんなことを繰り返していた自分を、駄目だったなあ・・・と思う。
明日のことを考えるのは大切だ。
でもね、それだけじゃあ駄目なんです。

もっと未来のこと、
もっと本質的なことを考えていかなくちゃ。

私は、池田先生@京都橘大学と一緒に、「明日の教室」という若手教師、学生達対象の研究会を開催しようと思った時、是非とも、アート関係のワークショップも取り入れていきたいなって思っていました。

私は、若い頃、教材研究をする際に、「どうしたら分かりやすいか」「どうしたらうまく教えられるか」「どうしたら楽しいか」・・・そんなことばかりを考えていました。
でもね、私が出会ったアーティストの方は、「教える」のではなく、いつも、「引き出す」ことを最優先させていらしたのです。

たったそれだけのことだけど、そのことを感じることができたおかけで、私の授業観は大きく変わりました。
いつも「引き出せばいい」のではありません。
でもね、そういう感覚を持つことの意味は大きいのです。

で、昨年は、美術・ダンス・演劇といった分野のアーティストをお招きして、研究会を開催しました。悲しいかな、参加人数は、そんなに多くはならなかったです。

今年は、春に、平田オリザさんをお招きして、今回、セレノグラフィカさんをお招きして、ダンスワークショップを開催します。
残念ながら、まだ、予定していたほどの参加者が集まっていません。
あぁ・・・といった思いです。
残念で仕方ありません。
若いからこそ、テクニックではなくて、本質的なものを学んでほしい、そんな気持ちでいっぱいです。

あれれ、少し愚痴っぽくなってしまいました。
ダンスを学んでほしいのではありません。
「引き出すということ」「コミュニケーションの育成って」・・・そんなことを確実に学べる絶好の機会です。
まだ、申し込んでおられない方、是非、是非、ご参加下さい。

引用終了 ーーーーーーーーーー

お申し込みは、http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2213754です。
お待ちしております。

2008/10/01

こそっと伝える

小論文の指導の授業から入る。
今日のポイントは、読解である。課題として提出された文章をどう読み取るかである。ここを丁寧に行わないと頓珍漢な文章になってしまう。

1)この文章で何を答えればいいのかを読みとれているか。
2)文章の中にある単語は、何を意味しているのかの確認。
3)2)の単語が持っている問題点の整理。
4)論じなければならない問題と論じる必要の無い問題の整理。
5)論じるために必要な、問題点の検討の仕方。

などなどを扱った。本当は、学生たちにディベートをやらせるのが一番手っ取り早いのであるが、この授業は6回でオシマイ。だから、それはせずに小論文に特化して行う。

来週は、もう少し突っ込んだ話になるだろう。

             ◆

教員採用試験に合格した学生が報告に研究室にやってきた。
そういう学生にはお茶を振る舞う。
京都一保堂の玉露を振る舞う。
そのぐらいしてもいいだろう。

あれこれ話を聞きながら、今後の注意点を話す。
授業ではしないはなしである。
本当に教師になったときに、自分を守るために、生徒を守るために必要なあれこれを90分かけて話す。

そして、もちろん国語の教師になるのであるから、そのときに必要な本をさらに紹介する。ことばに関する疑問があったとき、ことばに関する基礎的な知識を身につけるためにどんな本を手にすればいいのかを知っているといないとでは大きな差がつく。研究室にある本を見せる。

さらに、ことばについてあれこれ。主に文法について子どもたちが不思議に思うことの多いネタをあれこれ。こういうネタはブログに書いてしまうと、私の授業もつまらなくなるし、どこで誰が読んでいるのかも分からないので、書かない。授業の合間にちょこっと話すか、こうして四月から現場に突入する学生には、こそっと伝える。奥義のひとつである。ま、大した事でもないが。

             ◆

その後、延々と会議。
さすが、水曜日である。

学級担任論の授業が始まった

学級担任論の授業が始まった。

             ◆

私が大学院に行った時、学校経営論の授業があった。それならば、学部には学級経営論や学級担任論があるだろうと思い、シラバスを確認した。しかし、なかった。とても驚いた。

(担任の仕事を教えないで、教員を養成するのか)

と。
嘗ては、先生は教科の教育を行えるようになれば授業は成立し、学級もうまく運営することができると思われていたのであろう。確かにそういう時代もあった。

しかし、いまはそれはありえない。モンスターペアレンツどころか、モンスターチルドレンまで出てきている時代に、学級担任の仕事とそのやり方、哲学等を学ばないで担任を持つなんてことは、かなり恐ろしことである。

             ◆

昨日の授業では、学級開きでの最初の担任のスピーチの演習や、児童と教師の距離感についてあれこれ行った。小グループを作って実際にスピーチをやり合って確認してみるのである。

教育実践は、つねに具体である。頭の中ではこうしたいと思っているなんてのは、実際に具体化できなければ何の意味も無い。2分間、子どもたちの前で話すこと。簡単なようでいて実は難しい。自己紹介だけではない。クラスをどうするのかということについて、正しい伝え方で伝えなければならない。演習の後、解説を行う。

             ◆

距離感は、端的に言えば言葉遣いに現れる。
私は学生たちに常に言うことがある。

『教師の目的は、子どもと仲良くなることではない。教師の仕事は、学校教育現場の指導の中で、子どもを大人に育てることである』

若い先生はそれだけで子どもとの距離が近い。子どもが好いてくる。それを自分の実践の力だと思い込むことがある。そして仲良くなりすぎて、注意や叱ると言うことができなくなるのだ。仲良く無ければならないという強迫観念があるように感じられる。

担任は、学級のリーダーである。リーダーは、先頭を歩き、最後尾を歩き、励まし、促し、時には肩を貸しとする。そして、場合によっては禁止や制止も求めるのである。山登りのときのリーダーの役割に非常に似ている。集団をよく理解して、ダメなときはダメという必要がある。

だから、そのダメを伝えるためには、児童との間に適切な距離が必要になる。この距離をどのぐらいに保つのかという距離感をつかむことが大事である。私は若い教師は広めにとる方がいいと考えている。それでなくても若いと言うだけで狭い間である。先生のことを友だちのように思っている子ども。子どもの側からすれば、
「この先生、らくしょー!」
とかなるだろう。
そして、その友だちのような先生が怒ったら
「なんであいつ怒るんだよ」
となるのだ。これで指導ができるわけがない。
そんなこんなを授業で扱った。

本当は、もっと進みたかったのだが準備をした分まで進まなかった。15回のうち、もう1回が終わった。あと14回でどこまでいけるかなあ。きちんと行くところまで行こう。

             ◆

研究室に戻るとメールが届いていた。

やった! 今年の採用試験二次合格第一号だ。
神奈川県の中学校国語に現役で合格だ。
おめでとう。
努力の内容、方法、方向が正しく、きちんと手に入れることができたのだね。
嬉しいねえ。
四月から、先生だ。

             ◆

その後、ある出版社の方が研究室に来て、あれこれ相談を受ける。
私は基本的にそういう相談は受けるようにしている。
大学人としての社会貢献だと思っている。

いろいろな人がいる中で、私に相談してくるのであるからして、相当厄介な案件もあるにはあるのだが、出来る限りのことはしたいと思う。その会社の利益になることもあるが、その会社の利益になると言うことは、その先にいる学校教育現場の子どもたちのためにもなるということである。

そんなつながりを想像させてくれる人たちであれば、そういう相談は、できるだけ引き受けようと思っている。

2008/09/30

ちょっと出来ていなかったなあ、俺

中学校の教員をしている時、

「そんなこと教えても中学生には分からないんじゃないですか」

というようなことを聞かれることがあった。私は

『今分かるとか分からないではなくて、このことが将来必要になるのであればきちんと教える。そうすれば、将来分かる。私たちは義務教育の教員である。この生徒の30歳や50歳やその先までも考えて授業をする必要があると私は考えています』

のように答えていた。

そんな私であるが、奥さんは偉いと思う。
日本語を話すことの無い娘に対して、日本語でたくさん話しかけ、褒めるときは褒め、怒るときはきちんと怒っている。

『おいおい、そんなこと言ったって分からないんじゃないの』

と言おうと思って、そうか違うかと思ったわけである。相手が日本語を話すことの無い赤ちゃんであっても、いやそうであるからこそ、きちんと日本語で話しかけてほめたり注意したりしなければならないのである。

私は褒める部分はずいぶんやっているが、叱る部分はやっていないなあと反省。私たちがきちんとした言葉で娘に話しかけることが、娘の言葉の土台を作るわけである。頭では理解していても、ちょっと出来ていなかったなあ、俺。

2008/09/29

昼ご飯も夕ご飯もトマト味

朝からなんだかんだ言って授業の準備。始めるときりがないのであるが、始めないと終わらない。実に当たり前のことである。きりがないので、締め切りという時間の中でぎりぎりまでやるしか無いのだなあ。

考えてみれば当たり前だが、人生もそういうことなんだろう。限られた時間で、ぎりぎりまでもがくしか無いんだろうなあ。やりたいことをすべてやりきってさよならするなんて、あり得ないからなあ。

            ◆

昼ご飯は、パスタ。ジェノベーゼソースを使って作る。フレッシュトマトを載っけて彩りと味も良し。うまひ。

Pasta

午後から、大津市の放牧場に行く。比叡山の山腹にある。比叡山は大津市なのである。

市営の放牧場で無料。特に珍しい動物がいるわけでもないが、ハイキングコースやバーベキュー場もある。去年、まだ娘がお腹の中にいるときに来て
『来年は、一緒に歩いたりするんだねえ』
と言っていたのを思い出す。

歩けるようになったので、歩かせて見たが、斜面が多いためいつも以上に歩きにくそう。しかし、歩きたいので走り出して、こける。よく見るとあちらこちらに、動物の「う」がある。その場所に行かないように歩かせる。だけど、もう少し立ってからで無いとちょっと無理だったな。また来ようね。

            ◆

夕食は、秋の魚サーモンを使って作る。
http://www.kyounoryouri.jp/recipe/4778_秋さけのトマバタしょうゆ風味.html
である。

これは簡単で実に美味しい。去年作ってハマってしまった。昼ご飯も夕ご飯もトマト味というのはいかがなものかという向きもあるやも知れないが、美味しいので良し。ソースはたっぷり作るのが良い。私は、クレソンの代わりに水菜を使用。

この料理のポイントは、サーモンの皮を下にして最初の1、2分を上から押し付けながら焼くこと。そのまま焼き続けて、最後にひっくり返して反対側に焦げ目をつけることである。そうすることでサーモンが丸まらず、しかも柔らかく焼き上がる。うまひ。

            ◆

夕食後、授業の準備。
もう、リビングのドアを開けておくと涼しいよりは、寒くなってきたかなあ。

2008/09/28

「伝える極意」再々放送 10/6、10/13、11/17です。

私も出演しているNHK教育テレビ「伝える極意」が、
月曜日の夜に再々放送されることになりました。
毎週月曜日19:40〜19:55 NHK教育テレビです。

放送予定は以下のものです。私が出演したものには、◆の印を付けました。

             ■□■

 9月29日「ありがとう!の気持ちが伝わるように〜お礼状〜」
10月 6日「1分間で思いを伝える〜スピーチ〜」◆   
10月13日「おどろきのハンドパワー〜スピーチ〜」◆ 
10月20日「相手の胸に届けるように〜朗読〜」   
10月27日「自分にぴったりする言葉を見つけよう〜詩〜」
11月 3日 教育フェア特集編成のため休止
11月10日「感想がスラスラ書ける〜感想文〜」
11月17日「話して聞いて幸せになろう〜話し合い〜」◆
11月24日「その答えに納得!〜クイズ〜」

15分番組ですので、簡単に見ることができると思います。
良かったらご活用ください。

出版の打ち合わせ

今日は絶好の運動会日和。糸井さん、土作さん、いわせんさんのところも運動会。筑田さんのところは、演劇の公演で、S水さんのところは文化祭。なんだかすごいなあと思う。

私は大学の近所の小学校へ。学生たちがボランティアで運営に参加させて頂いているので、様子を見るのとお礼のご挨拶に。本当に奇麗な青空と紅葉が始まりかけたかもしれない音羽山を愛でながら、学生たちの活躍と小学生の演技を見る。

校長先生に挨拶をしたら、後ろから呼ばれた。振り返ると京都市教育委員会の澤田先生だ。わくわく授業で同じディレクターに番組をとってもらった間柄の先生。指導主事として、今日は一日で4校の運動会を回るとか。大変だあ。

             ◆

研究室に戻り、授業の準備。火曜日から始まる「学級担任論」の今週分の最後の準備である。3時間ほどやって終わらないことを確認。うーむ。明日か明後日か、あと2、3時間はかかりそうだなあ。

90分の授業のために何をしているのかと思うが、これが当たり前だという思いもある。授業をつくるのは、大変であるがやはり面白い。

             ◆

夕食を食べに出かける。
今日は、研究室で糸井先生と編集者の方と私の三人で出版の打ち合わせなのである。糸井先生は、運動会の後なのだが、ここしか時間が取れなくてやることに。

「明日の教室」が主体となっての初めての出版となる。というか、最初にこの研究会を始めた時、出版を行うなんてことは想像だにしなかったが、話を進めてみれば、なぜだか分からないが、この本がでるのは必然のような気がしてくる。

まだ明らかに出来ないが、執筆陣は豪華である。そして、豪華なだけでなく
(え、この先生がこの内容を書くの?)
と思うようなものになる予定である。

先生方。
依頼が届きましたら、是非、断ること無くお引き受けくださいf(^^;。

             ◆

22時過ぎに大学を出る。
名神高速道路の明かりが奇麗だ。
明日も晴れるな。

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