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2008/10/31

五限が終わってからお茶会をする

午後から授業三連発。

本当は、三限と五限なのであるが、四限に補講を入れた。五限の国語科教育法の授業で、先週大学祭の書道展のためにどうしても授業に出られないと言う書道コースの学生たちがいたので、そのメンバーのために補講である。

正当な理由があって、学ぶ意欲を持ちながら授業に参加できないのであれば、出来る限り対応してやりたいと思っている。だから、補講である。

五限は、正規の国語科教育法2である。
が、ここで私のミスが発生。

本来はパソコン室で行う予定であったのに、予約の日程を私は間違えてしまい、今日のつもりが来週を予約してしまっていた。さらに、資料の印刷も、来週に刷り上がるようにお願いをしてあったので、授業の進め方がグダグダになってしまった。急遽あれこれをして授業を進めるが、準備が不十分になってしまった。申し訳ない。

授業の後半は、1つの詩を使って、教材分析、教材研究の仕方の授業をする。子どもの書いた詩を読解することを通して、教材を研究すると言うことは具体的に何をするのかということを例示する。

一読したときの感想と、分析をした時の感想が全く違うことに、学生たちは驚く。素材を、教材に高めて授業をつくって行くと言うことの醍醐味の一部を感じられたようだ。

で、五限が終わってからお茶会をする。

四限の授業で、「京都のお店紹介」のスピーチをさせたのであるが、学生の一人が「みなさんで食べたいんですけど」とお土産を買ってきてくれたのである。「松風」である。

私は、向田邦子さんが大好きだった「味噌松風」が大好きなのであるが、シンプルな「松風」も好きである。仲間のことを考えてくれた学生の心遣いがいいなあと思い、授業後、私の研究室からお茶を用意して、国語科教育法2の学生たちと一緒に「松風」を頂く。うまい。三連発、90分×3の授業を終えた喉にはお茶が気持ちよい。

『で、来週は誰がお菓子を持ってくるの?』

と思わず言ってしまうぐらいであった。

このお茶会をしながら、模擬授業のグループ分けをし、授業中に配れなかったプリントを慌てて配ったりしたりもした。

さあ、三週間後から模擬授業が始まる。楽しみである。

若い女の先生で実力がある

1限、2限と授業をして、3限に会議。そしてとうとう5限であった。
キャリア開発講座の授業である。今日は外部講師をお招きしての授業である。宇治市立平盛小学校教諭の藤原由香里先生にお願いをした。

藤原先生は、教職三年目。教師になって最初に担任した小学校四年生の実践をまとめた記録が小学館の新採教師の実践記録で、最優秀賞を受賞すると言う力量の持ち主だ。

いつも明日の教室に参加してくださっていて、そのセンスの良さには感心するばかりである。その先生が学生時代にさまざまな経験と学びを持って小学校現場に立ったときに、出会った凄まじい指導の現場のあれこれ、そして迎えたなんともいえない学級の姿の表側と裏側を語って頂いたのだ。

若い女の先生で実力があると言うのはどういうことなのかを、学生に触れてほしかった。学んでほしかったのである。

60分の講義の後、30分質問を受け付ける。途切れなく質問が続いた。いい学びになった。藤原先生、ありがとうございました。

また、今後とも学生たちの指導をよろしくお願いいたします。

2008/10/29

ああ、面倒くさい。ああ、面白い。

小論文指導の授業は本日で終了。全6回であれば、このぐらいが限度かなあと言うところまではやれたかな。自画自賛f(^^;。

私は、学生時代までに小論文の書き方をコンパクトに指導を受けた経験はない。大学院のときに、倉島保美さんの講座で徹底的にパラグラフライティングのご指導を受けたのが最初で最後かなあ。

学生時代に、私が教えた程度ぐらいのことを指導受けておくと「楽」だったろうなあと思う。

ただ、ここが難しいのであるが、楽だっただろうが、力がついたのかというと、簡単には言い切れない。

教わると言うのは、効率的に学習するためには非常にいいシステムである。自分でやるというのは、非常に効率は悪い。しかし、自分の歩幅で学ぶことができるので、無理がないと言えば無理はない。そして、すべて自分の頭で考えるので、分かったことは分かったことだし、分からなかったことは分からなかったとなる。

さらに、ここをあれこれやっていることで、直下の目的には関係のないことであっても、ひょんなところでそこでやっていたことが役に立つと言うことが、ままあるのである。ここが後から振り返ると、力になったなあと思うのである。

学級担任論の授業のあとに、学生から質問を受けた。

「僕はへそ曲がりなんですが、最近先生の授業を受けていると、納得することばかりで、なんか変なんです」
『別に変じゃないだろ。いい授業をしているんだから。ま、しかし、いい授業でないとすれば、そういうお年頃なんじゃないの?』
「そうなんですかねえ。たとえば、今日の授業でも先生が、『この指導の目的は〜』と説明してくださると、なるほど〜と思うんです。それで、小学校の時もこうして小学校の先生が、「この授業の目的は〜」と説明してくれれば、ずいぶん勉強のやる気も違ったと思うんですけど、なんでしてくれなかったんでしょうか?」
というものである。

これに対して私は
『ということは、小学校の授業も全て目的をはっきりと示した方がいいと言うことかい?』
「はい」
『うーん、それは正しいと言えば正しいのだけど、違っていると言えば違っていると私は思うなあ』
「????」

『一般論として授業の目的を示すことは正しいと思う。しかし、人間ってそんなに簡単なものではないと思う。目的を示すと、その目的に関して(俺は関係ない)と思う子どもは、やらないことがある。さらに、その目的だけ達成すればいいと言う子どもも出てくるだろう。また、与えられた目的だけやれば良いんでしょ、という子どもを育てることにもなる』
「・・・」
『そもそも生きて行く上において、生きて行くための目的なんてものは与えられるものではないと私は思うのだが、目的を与えられ続けることになれてしまった子どもは、自分で目的をつくり出すということを考えなくなるんじゃないかな。目的は自分で探したり、設定したりするものという考え方もあるんじゃないのかね』
「・・・。うーん、難しいっす」
『だから言ったろ。教育ってのは面倒くさくて大変で、簡単には行かないって』
「はい」

入試の問題では、「出来るところから解け」という指示を出す。これは合格が目的であるからだ。しかし、人生の面白さは出来るところをやることではなく、出来ないところをなんとかすることであると私は思っている。

さらに、入試の問題が解けるだけで人生の問題が全て解ける、入試に出ることが人生の全てであると誤解する生徒もいる。私は入試の問題でリーダーシップを判定できる問題にであったことがないが、入試で人生が決まると考える生徒もいる。

そんな人生は「楽」でいいなあ。「楽」でつまんねーなあ。

生徒に伝える目的は的確に設定し、明確に指示する。これは間違いないことである。しかし、それだけですべてが行くかと言うと、そうでもないのが教育なんじゃないかなと思っている。

ああ、面倒くさい。ああ、面白い。

2008/10/28

「妙な正しさの殻」

先週の学級担任論の授業後の、質問で多かったのが給食指導についてである。やり方云々ではない。食べ物の好き嫌いの指導に関して
「自分も食べられないものがあるのですが、そういうときはどうしたらいいのでしょうか」
というもの。

食物アレルギーではないのに、食べられないと言う子ども。そして、先生。さて、どうしたらいいのでしょうかとあれこれ。

食べられないのか、食べないのか。自分が嘗て食べられなかったものはどのようにして克服したのか。そもそも食べるということはどういうことなのか。「頂きます」「ごちそうさま」ってどういうことなのか。

もっと話したのだが、話しながら思うのは学生たちは固いなあということ。実践はもっと豊かであるのに、ねばならないに捕われすぎている感じがする。この「妙な正しさの殻」を壊していくことも大事だと感じる。

後半戦は、学級の集団についての考察。公的なものと私的なものに分けて、家本芳郎、向山洋一、野中信行の三先生の実践に学ぶ。そこに私の実践や仲間の実践も紹介しながら進める。

学生たちが身を乗り出して聞くものだから、つい具体例を多く出して語ってしまった。その結果、時間切れで公的なものだけで終わってしまった。ま、良しとしよう。来週は私的なものについて取り上げる。さらに教室環境整備のことも取り上げる予定である。

先週の授業で「レクリエーション活動を通して学級を作るとは」を学んだ学生たちは、子どもたちには普段見せない教師の指導の哲学の部分を考えるようになってきている。

指導の技術は、技術だけで独立しているのではない。教育の哲学や目的を具現化するために使われるのであるということを、少しずつ理解し始めてきている。簡単に言えば、いくら教育の技術を知っていても、教育は出来ないということである。

私は言語技術というジャンルで、ディベートを指導してきている。当たり前であるがディベートの技術を持っていれば、言語の力があるということにはならないのを知っている。ディベートは万能ではないし、伝える内容がなければダメだと言うことである。

もともとディベートに出会ったとき、私には分からないことがあった。休み時間にあれだけ話をしている生徒たちが、授業になると話すことができなくなる。これはどういうことであろうかと思ったのである。

私の立てた仮説は、次の二つ

1)公的に話す内容がない
2)公的に話す話し方を知らない

私は内容はあるだろうが、話し方を知らないのではないかと仮説を立てた。全生研では、「対話 → 討論 → 討議」と集団での話し合い活動を発展させて行くというセオリーがある。私はこの「対話 → 討論」の間に、もうワンステップ入れるのがいいのではないかと考えたのである。つまり「対話 → ディベート → 討論」である。そうすることで、2)をクリアできると仮説を立てたのである。

あの仮説は半分当たって半分違った。つまり、話し方を理解した生徒は話せるようになったが、一方で話す内容を手にすることの出来ない生徒たちは、ディベートだけではダメと言うことが、改めて分かったのである。

だから、「イメージの花火」などの実践を重ねて行くようにしたのである。

これらの考え方が、授業を通して少しずつではあるが学生たちに定着してきたことを嬉しく思う。
『本を読め、メモを取れ、教育実践の現場に行け、研究会は二次会まで参加しろ』
と命令ばかりの私であるが、一期生を一年半指導してきて、やっと少し山が動き出したと言う感触である。

げに、教育とはかくの如しである。

2008/10/27

今日は久しぶりのオフ

今日は久しぶりのオフ。怒濤の11月を迎える前に、ゆったりとする。

11月は東京に行くことからスタートし、いくつかの研究授業の講師、いくつかの講座の講師、東北出張、高校での模擬授業に、教育委員会での講師などなど。通常の授業をしながら。いったい誰がやるんだろうと思うが、私である。あまり考えないようにしよう。

考えなくてもいいのだが、準備はしなければならない。研究授業の打ち合わせはメールでやったりもしている。小出しに質問してくれるのであれば、メールの方がやりやすいとも思う。切羽詰まってからどーんと大きな質問を貰うとなると、たまらないが。

今日は奥さんのオフでもある。
ずっと娘を見てもらっているので、オフ。正倉院展へ出かけていった。彼女の専門はこの辺りであるからして、毎年一回のこれは見せてあげたいと思う。本当は一週間に一回ぐらい子育てからオフにしてあげたいのであるが、なかなかそうならなくて、すまんと思う。

私は読書と風呂と散歩。
あれ、あまりいつもと変わらない?
ただ、娘のご飯に昼寝に散歩にと、ずっと娘と一緒であった。

ハンモックに寝転がって、娘を抱っこするのだが、娘はまだハンモックの揺れが落ち着かないようですぐに降りたがる。一緒に昼寝をするのはいつのことやら。

ガーデンではコスモスとバラが青空の下、奇麗に咲いていた。芝生も緑が戻ってきた。私は寝転がって空を見、娘の歩き回る姿を見、秋を感じていた。

お母さんがいないので、娘は(仕方なく)私にべったり。リビングのソファに腰掛けていたら、その膝の当たりに背中をくっつけてきて、体を反らして私の方を向く。うーん、可愛い。なんだこりゃ。

昼寝をさせてから私は家の中のあれこれをする。そろそろ夕ご飯を食べさせようと思っていたら、外線電話が怪しい動き。
(を、これは)
と思って寝室に行くと、何やら怪しい音。
ドアを開けると、恐ろしい光景。

暗い寝室で電話の子機を持って、ボタンを押す娘。子機からの明かりが娘の顔を下からライトアップして、おぞましい形相に仕上げていた。爆笑であった。

体調が戻ってきたのだと思う。この三週間、体調を戻すためにニンニク料理を食べようと思いつつも体が受け付けなかった。が、今日久しぶりに白身魚のガーリックオイルがけを作って食べた。

これだけ体調が悪いにも関わらず体重が減らないのはいかがなものかと思っていたのだが、致し方がない。

このまま食欲の秋に突入と言うことになりそうである。

2008/10/26

大学祭二日目

朝から爆笑。

朝ご飯を食べている娘。今朝のご飯は食パン。後半戦はそれにチーズを載せたもの。私が風呂から出てくると、チーズを載せたパンは少し余っていた。お腹がいっぱいになったのかなと思いつつも、手に取って口のところに運んであげた。そしたら、やはり食べない。

じゃあと思い、私が自分の口に運んで
『ああ、美味しい』
と食べてみせた。すると、
「ん!」
と娘は、自分でそのパンを掴んで、私の口のところに差し出すではないか。思わずぱくりと食べる。その後何回も食べさせてもらう。
まさか一歳の娘に食べさせてもらうとは。

老後は安心である。

昼前に大学に到着。せっかくの大学祭二日目であるが雨となってしまった。ではあるが、お客さんの出足はまずまず。

児童教育学科の学生たちが行う「たちばなちびっこランド」も盛況である。シアターでは人形劇、演劇、音楽会。スライムづくりに落ち葉での仮面づくり。スタンプラリー、輪投げ、お化け屋敷、風船遊びなど盛りだくさんの遊び場を、学生たちは短い準備の時間でよく作ったものである。

今日の出し物は、昨日遅くまで掛かって準備をしていた。学生たちがあれこれ協力して作って行く姿は、いいなあと思った。

私は関わらずに見守ることに。そこで手を出さないことが大事だということを私は理解している。手を出すと彼らに力はつかないのだ。私は教師だ。一緒にはしないということで彼らが伸びることを知っている、ちょっと寂しい立場なのである。

運営も、昨年よりは良くなったな。一回生と二回生だけでここまで出来れば、四回生まで揃えばかなりのことができるであろう。鍛えて育てて行くことがますます楽しみになる。

ではあるが、今の二回生は来年の今頃は教育実習の真っ盛りであって、来年の大学祭は参加できない。実質は二回生がまわして行くのが児童教育学科の大学祭となる。

他の大学のことはよくわからないが、本学の児童教育学科にとって大学祭はお祭りの面もあるが、学習発表会の面もある。今まで学科で学んできたこと、ボランティア等で学んできたことを元に、発表を行うのである。

単にお祭りと言うだけではない。
だから、学科の教員も休日であるが出勤している。
何をしているのかと言うと、準備と片付けの見守り。
発表の鑑賞である。
それだけであるが、それだけが大事だと考えている。

もちろん屋台だって、良い。守るんじゃーの「特製 烏賊焼き」をはじめとして、私の関わっているクラスの軟骨の唐揚げ、パンの耳のスティックなどの出店も順調で、今年は私が関わっているクラスやサークルのものは全て黒字であった。

ま、なんだかんだ言っても黒字で終わらせてあげたいじゃないですか。一安心でした。

祭りの後は寂しいもので、片付けもあっという間にてきぱきと。段ボールなどを束ねて分別をして、ゴミとして処分する。
私が高校生のときには、中庭でキャンプファイヤーの火と一緒にいろいろなものを燃やした。

あれはなんというか、良かった。
燃える炎を見ながら、後夜祭のステージに立ち、ギターをかき鳴らしながら歌った。
そして、今が終わって行くのを強烈に印象づけられた。
区切りを付けて前に行くしかないと言う感じであった。

いま大学の後夜祭は吉本の芸人によるお笑いライブ。自分たちでやるではなく、やってもらうと言う後夜祭だ。

確かに、敷地のことを考えると段ボールを燃やすと言うのはなかなか難しいと思うが、グラウンドに段ボールを積み上げ、火をつけ、燃える火を見ながら祭りを振り返ると言うのは、いいものだと思うのだがねえ。

ちょっとだけ懐かしくなって、あの当時の曲をitunesとyou tubeで楽しんだりもする大学祭二日目であった。

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