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2008/11/08

いよいよ。楽しみである。

ディベートの授業では、はじめて私がジャッジをした。マイクロディベートが終わり、改良シナリオディベートの第二反駁ありのディベートに入ったところである。

ディベートの指導をして行く中で、どうしても厳しいと感じるのがジャッジである。ジャッジは、ディベーターの議論をきちんとフローシートに残し、その残された議論から判定を下す。

だが、初学者にはここが難しい。さらに、通常のゲームの審判は判定だけすればいいのであるが、ディベートのジャッジは、なぜそのような判定を出したのか理由を述べなければならない。

「今のは、アウトです。ランナーの足がボールよりも遅かったからです」

と野球の一塁塁審はいちいち説明をしない。しかし、ディベートのジャッジはこれをする。これが初学者には難しい。だから、ディベートの学習では、最初の頃はジャッジの負荷を少なくするために、私の指導方法では工夫をしてある。

が、本格的なジャッジを理解させることは大事である。ジャッジが出来ることが、ディベートを、議論を理解して行くことになる。そこでこのタイミングで私が見本を見せるのである。

学生たちは、いままでやってきたジャッジは何だったのか。フローシートに記録するってのは、何だったのか。とショックを受けることになる。そうである。このショックから本格的なディベートが始まるのである。

先輩たちは、このショックを何回も乗り越えて力をつけて行ったのである。諦めることなく、乗り越えるようにね。いよいよ。楽しみである。

国語科教育法は、いよいよ模擬授業へ向けて授業観や国語観の話を進めて行く。正統的周辺参加の考え方等も教える。

さらに、指導する教員のキャラクターについても触れる。上越教育大学の赤坂さんの著書に、教師のキャラクター別の指導方法に触れた本がある。「学級指導困ったときの処方箋」では、教師の性格ごとにその指導方法が紹介されている。これは授業においても同じだと言える。

ただ、いまの学生たちは「キャラの設定」「キャラが立っていない」など、このキャラクターを全面に出して考える傾向があるので、最初に
『教師は授業においてキャラクターが大事である』
なんて言ってしまうと、そこばかり考えるようになると思われるので、基礎基本を教えてきたが、いよいよ再来週から模擬授業なので、このタイミングなのである。

いよいよ。楽しみである。

2008/11/07

娘の誕生筆

いやあ、うれしい。
やっと出来上がった。
娘の誕生筆である。

筆に使う毛は、いろいろな動物の毛である。イタチ、羊、馬、なかにはウサギなども使うことがある。ではあるが、一つだけ共通していることがある。それは、ハサミを一回も入れてない毛であると言うことである。

正確に言うと、始めて刈り取った毛を使っているということである。ハサミを入れてしまった毛は、筆先には使えないのである。人間も同じである。

子どもが生まれたら、作ってあげたかったのがこの誕生筆。胎内毛から作る。娘は生まれた時から髪の毛があったので、一歳になる前にカットして毛を手に入れることができた。

本当はもう少し伸ばしてもいいかな、そうすればもっと筆が作れるかなと思ったのではあるが、夏の暑い時期に長い髪の毛で汗をかいている娘を見ると、さすがに可哀想になり、誕生日の一ヶ月前にバッサリと切ったのである。

そのバッサリと切ったときには、女の子であった娘が男の子ではないかと思われるようになり、一部では悲しい思いをしている奥さんもいた。私の父親は、その姿を見て絶句していた。

後で聞いたら、
「いや〜、あまりにも赤ちゃんのときの修に似ていてびっくりした」
とのことであった。なんだ髪の毛を切ったことにショックを受けたのじゃなかったのね。

ちょうどその時、あごに出来ていた腫れ物も膨らむことがあって、可哀想な状態になってしまったのは、事実。でも、今は髪の毛も伸びて、あごも治って、そして、筆が手に入ったのである。

一生に一回しか作れない筆。
まあ、書道をやらない人にはどうでもいいのかもしれないが、私は作ってあげたかった。

大筆と小筆のセットで桐の箱に入れたのを一つ。
小筆を桐の箱に入れたのを一つ。

セットのものは嫁入り道具に持たせよう。
もう一本の小筆は、私が大事に持っていようと思う。

Fude

授業と言うのは実に手作りなのである

11/6

本日は授業を三つ、会議を一つ。昼休みに相談を二つ、夜に一つ受けた。あ、昨日の夜にメールで受けた相談の報告も受けたなあ。

いやあ、よく働いた。

夜の相談は、京都橘高校の研究授業に関してである。二週間後の研究授業では私が講師を依頼されている。これについて事前の相談と言うか指導と言うか、まあそういうことをしたのである。

18:00過ぎから始めて20:00過ぎまで、あれこれと。一つの研究授業をする際、この事前の打ち合わせが大事だと思うのだが、なかなか時間がとれない。

今日は授業と面談の後に、わざわざ研究室まで足を運ばれてきた橘高校の先生方とじっくりと話し込む。もちろん、橘高校の先生方は、指導の実力のある先生方である。その先生方が納得して、よしやってみようという提案を私はしなければならない。指導案を拝見し、どこにポイントがあるのかをその場で判断することになる。

指導案は、先生の力量や癖が出る。さらに、その先生のキャラクターが授業での指導に影響する。だからそれを読んで、私ならこうしないとか、こうするとかという断定的な話は意味をなさない。

『もし仮に〜だとすれば、ここは〜という方法はどうでしょうか』

と仮定の話をしながら、提案を進める。実際に授業をする先生方がやりやすくて、やってみたいと思えるものでなければ意味をなさない。授業と言うのは実に手作りなのである。

当該の研究授業の他にもあれこれ、私が今までやってきた授業の例や学生たちに国語科教育法で指導している内容を話す。

「それ、今度やらせてください」
『どうぞ、どうぞ』

何かのご縁で、こうして学校法人京都橘学園の高校と大学の教員をしているわけである。お役に立てれば幸いである。私としても実践が繋がって行くのを感じられる訳で、嬉しい。

こうして、学問の秋は深まって行くのである。

写真は、ガーデンで咲き始めた避寒桜。
秋の空に、桜もいいものである。

2

京都府立植物園を散策

忙中に閑を無理矢理作って、市内に出かける。
京都府立植物園を散策する。

まだ市内の紅葉は始まったばかりである。
が、ケヤキは見頃であった。

鴨川沿いのこの府立植物園は、駐車場代が一回800円と非常に高いが、敷地内は広く入場料は200円である。比叡山も奇麗に見え、池に映る紅葉は奇麗だと思われる。

市内の紅葉、桜の混み具合からすると、穴場やもしれない。

写真は、植物園のそばの鴨川の夕日。

Kamoyuukei

2008/11/04

同窓会のことをもう少し

同窓会のことをもう少し書こう。

>>・ 指導していたテニス部の娘たちからのプレゼント


と書いた。この話である。

当時私はテニス部を指導していた。軟式テニス部だったのを硬式に変えて指導していた。その時の生徒たちがこの代の卒業生にいた。よく頑張っていた娘たちだった。

同窓会のときに、久しぶりに顔を合わせても当然この四人の娘たちの顔はすぐに分かり、名前も分かった。結婚したばかりの彼女も入れば、三人の子どもを育てている彼女もいた。看護士で活躍している彼女もいれば、研究員で薬の開発をしている彼女もいた。

そんな娘たちが私のところにやってきて、
「先生、あの時のお礼です」
とのこと。
『?????』
なんだかわからない。
「先生は、私たちをレストランに連れて行ってくださったことを覚えていらしゃいませんか?」
『? なんだっけ?』
「あ〜〜、忘れているんですか。卒業の前に私たちをレストランに連れて行って食事をごちそうしてくださったではないですか」
(そういえば、そうだ。青梅の河辺にあったレストランに連れて行ったなあ)
と言われて思い出した。

小学校のときの音楽の増田先生に、高校生になってから小沢征爾さんのコンサートに連れて行ってもらったことがある。悪友と二人で。日比谷公会堂だった。初めて聞く生のクラッシック音楽は圧倒的であった。

コンサートの後、レストランに連れて行って頂いた。食事後、払おうと思ったら
「何言っているのよ、いらないわよ」
『いや、でも』
「じゃあ、こうしましょう。出世払いね」
私が初めて出世払いと言う言葉を覚えたのはこの時である。

その後、年賀状のやりとりもなくなってしまい、お礼は出来なっくなってしまっていた。

彼女たちを食事に連れて行こうと思ったのは、もちろん、一生懸命にやってきた娘たちに
『おめでとう、これからも頑張れよ』
という思いを込めたかったからだったと思う。
でも、今思い返してみると、増田先生にしていただいたことのお礼を、娘たちを通してさせてもらったのかもしれないとも思う。

教育は、恩返しはできない。恩送りしかできない。前には返せない、後ろに繋げるだけだ。私はそれをさせてもらっただけなのに、この娘たちは律儀に覚えていて、私の娘におもちゃを買ってきてくれた。あの時と今の気持ちを添えた手紙と一緒に。

私の娘はそんな訳があるのを知っているわけもないが、おもちゃを見た瞬間に飛びついて遊びまくっていた。いつか、大きくなったらこのおもちゃの訳を話してあげようと思う。

そして、
(うしゃあ、学生たちを厳しく育てよう。彼ら彼女らにも教師のいいところを味合わせてやろうじゃないの)
と改めて思う私であった。

(え? これ以上厳しくなるの?)
とブログを読んでいる学生諸君の声が聞こえてきそうではあるが(^^)。

ま、頑張れ。

関西青年塾2008 11/8 ご案内

今週末の講座のご案内です。
私も出ます。
良かったらどうぞ。
あと数名のゆとりがあるとのことです。

私は学習ゲームの代表格の「たほいや」の実際と、学習ゲームの理論を話す予定です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃4┃第5回 授業づくりネットワーク関西青年塾2008(京都)
        〜大好評につき残席僅か!〜
      池田修氏・国語科 学習ゲームで楽しい授業づくり
      中村健一氏・子どもの力を引き出すフォローの技術
        /関西青年塾 塾長 土作 彰 tuttyan@kcn.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
関西屈指の教育情報発信基地・関西青年塾がお贈りする本年度第5
弾です!まずはNHK番組「わくわく授業」でもお馴染みの池田修
氏があの伝説の国語科ワークショップ型授業を90分間たっぷりと
お楽しみの上学んでいただけます。これは見逃せません。続いては
底抜けに明るい学級経営と子どものやる気を引き出すフォローの技
術のスペシャリスト中村健一氏の爆笑と納得の2講座です。

◆内容
池田 修「国語科 学習ゲームで楽しい授業づくり」
中村健一「最新版!中村流 オモロー学級づくりの秘訣」
中村健一「子どものチカラを引き出す!フォローの技術 実践編」

◆日時 11月8日(土) 13:00〜17:00

◆場所 キャンパスプラザ京都 2階 第2会議室
http://www.consortium.or.jp/contents_detail.php?co=cat&frmId=585&frmCd=14-3-0-0-0

◆参加費  一般 4000円/特別会員 3000円/学生 2000円
(特別会員=授業づくりネットワーク誌を年間購読している方。
 当日お申し込み頂いても結構です。)

◆定員 35名

◆参加申し込み
会場定員の都合上、必ずメールにて「関西青年塾参加希望」とお知
らせ下さい。参加費は当日会場にてお支払い下さい。
申込先「tuttyan@kcn.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

引用終了 ーーーーーーーーーー

だって、担任なのですから

学級担任論は、同窓会での印象的だったシーンを話した後、引き続き学校内における集団について。公的集団から私的集団へと話は続く。

公的集団のあれこれを説明した後、私的集団のあれこれについて話をして行く。担任をしているると
(あれ、あの子とあの子はなんで仲がいいんだろう)
ということに出くわすことがある。それは学校の集団ではなく、私的なことで関係が出来上がっていて、それが学校で見られるということなのだが、最初のうちは分からない。授業では、生徒の私的な関係がどのあたりで出来ているのかを話す。

学生たちは、私が解説をすると
「そーそー、そーだった」
と思い出した顔になる。自分が体験してきていることであっても、もう忘れてしまっている。思い出させることも大事。

後半では、学級集団を分析する目的とその方法をあれこれ伝える。分析の目的を彼らの学生生活の中の具体的な事象に関連して説明した後、Q-Uの見本を見せたり、子どもウォッチング関連の書籍を見せたりもしつつ方法を説明。だが、学生たちが一番インパクトがあったのが、私がやっていた方法。○○を使うものだ。簡単でありながら分析の仕方を分かってくると恐ろしい威力を発揮する。その方法を知った学生たちは、感想に
「鳥肌がたった」
「恐怖を覚えた」
「少し生々しい」
とまで書いている。

ではあるが、これは残念ながらここには書けない。書いてしまうと、どこで誰が読んでいるか分からないので、要らぬ誤解を生む可能性がある。道具や方法は、使い方を間違えるととんでもないことになる場合がある。だから、そのような方法は誤解の生まれにくい環境で、きちんと注意事項を示して伝えるのである。

このように、授業等の口伝で伝えて行く類いの方法も、教育にはあるのだと思っている。

その他にもこの集団を分析するために、私が学んであれこれやっていた方法を紹介する。
「そこまでするの!」
と学生たちはびっくりしていたが、そこまでするんです。だって、担任なのですから。全ての担任がしているとは思わないが、実力のある担任ならばほとんどの先生がやっているんじゃないかなあと思うことをあれこれ。

なんか、最近あれこれが多いなあ。
いや、隠すつもりはないんですよ。ただ、誤解が生じてもなんなのであれこれ。明日の教室等の懇親会で聞いて頂ければ話しますよf(^^;。

同窓会の余韻がまだ残ったままの学級担任論の授業は、私は、ちょっとしみじみしてしまった。

2008/11/03

吹上中学校卒業生の同窓会

久しぶりの実家でゆっくりと過ごす。
というか、二日酔いの体を横たえる。
弟の家族が遊びにきていたので、一緒に昼ご飯を食べに出かける。甥っ子ももう4歳になった。早いもんだ。

多摩湖の近くの自然散策道に立ち寄ってドングリを拾う。午後の日差しを受けて落ち葉からは暖かい匂いが。いいものだ。懐かしい多摩の匂いだ。

弟家族が帰るのを見送って、昼風呂に入り、出かける準備をする。さあ、同窓会だ。

1993年に卒業した青梅市立吹上中学校卒業生の同窓会である。私が教員になって5年目と6年目に担当した子どもたちである。もう、31歳になっている。私が教えていた時の年齢を、彼らはもう越えているのである。

同窓会で面白いのは、全く顔が変わっていない彼ら彼女らと会うことであり、お前は誰だ?というぐらいに変わってしまった彼ら彼女らに会うことである。同窓会の前には予習をして行く先生もいるが、私は基本的にはしない。しないで、その時にうける彼ら彼女からのインパクトを大事にしようと思っている。

受付開始と同時に会場に入った私は、一緒に受付をした。そして、一人一人とちょっとずつ会話をした。せっかく同窓会に来ているのに、一言も話をしないのでは勿体ないので、受付で話をするようにしたのだ。

最初は、31歳だった彼ら彼女らだが、だんだんあの頃の中学生の顔に見えてくるから面白いものだ。

一次会と二次会、さらには三次会までやってしまった。参加者は二次会からのメンバーも入れると卒業した人数の3/5ぐらは集まったのではないかと思う。参加した彼ら彼女らと会話をつづけ、実に楽しい時間を過ごすことができた。嘗ての同僚も私を含めて3人集まり、旧交を温めることもできた。

同窓会をしたくて教師をやっているわけではないが、こればかりは教師にしか分からない喜びを与えてくれるものである。

教師の仕事の喜びは何かと問われれば、私は「成長するもののそばにいられること」と答えている。中学校の三年間であれば三年間、同じ時間を同じ場所で過ごしてきた彼ら彼女らが成長する姿をそのそばで見続けることができること。これである。

そして、同窓会ではあの時、あの場所を巣立った彼ら彼女らが、それぞれの努力を重ねて、さらに成長した姿を見せてくれる。これを喜びと言わずに、なんというのであろうか。

あらためて、ざっと会場で彼ら彼女らを見渡した感じでは、みなそれぞれに成長している様子が感じられ、安心した私であった。

夕方の5時半から明け方までやっていたいので、話したこと、聞いたことは膨大な量になっている。一人一人の近況を聞き、相談に乗ったり叱ったり褒めたりしながら、時間を過ごす。覚えていないものもあるし、書けない事もあるが、今思い出せるものを簡単に書いてみる。

・ 指導していたテニス部の娘たちからのプレゼント
・ デジタル小説で人気投票NO1になった彼
・ 武将のような名前を子どもにつけた彼
・ みんなのために、昔と同じように甲斐甲斐しく料理を取り分けていた彼女。
・ 私よりも年上の男性と結婚した彼女
・ 歯科技工士の勉強をドイツまでしにいって会社を設立した彼
・ イラストレーターとして名をなし、ウィキペディアに項目のある彼女
・ 自分の子どもの担任が、嘗て習った先生になっていた彼女
・ あの頃していた悪さの裏側を解説していた彼

私のこともずいぶんと覚えてもらっていて、あれこれ言われた。

・ 授業は声が大きくて良く聞こえた
・ 字がきれいで読みやすかった。あの字、好きでした。
・ 気に入らない字を書くと、何回も消しては書き直してましたよね。
・ 私の名前を読み間違えなかったのは、先生だけでした。
・ よくギターで歌を歌ってくれましたよね。
・ あの国語の授業をもう一度受けたいです。
・ 高校からの国語の授業がつまらなくて困ってました。

・ 先生、NHKのテレビ「伝える極意」見ましたよ!
・ 赤ちゃんの名前なんですか。ブログに書いてないから。
・ 母親がよろしくって言ってました。
・ お姉ちゃんが、写真とってこいと言ったのでとってください。
・ 先生、大学の先生になったんですよね。やった!
・ 先生、奥さんは来ないんですか。会いたかったなあ。

私も覚えていることを話した

・ 横で一緒に飲んだ元生徒諸君一人一人のエピソード
・ スキー教室前の、ルールについての先生と生徒との討論会
・ 卒業式前の学級レク大会
・ 卒業式前の映画鑑賞会
・ 卒業式のあとの、クラッカーシャワー
・ 卒業式後の生徒が主催してくれた謝恩会のこと
・ あの学年主任の先生がいてくれたから、私たちがいたんだということ

などなどである。
幹事が本当に頑張ってくれて、実にいい時間を過ごすことができた。

ただ、同窓会を開いたときにいつも思うのは、この席に来ることの出来なかった彼ら彼女らのことである。

『おい、あいつはどうした?』
と何人かの卒業生の所在を聞いた。
「二人目の子どもを産んだばかりなので、来れません」
「仕事が忙しくて、時間が作れないと言っていました」
こういうのは、良い。だが、

「体調を崩していて来れません」
「ちょっと行方が不明になっています」

というのは、心配だ。
参加できるメンバーは、それなりに幸せなのである。だから、参加できる。しかし、私たち教員が思うのは、ここに来ることの出来なかった彼ら彼女らなのである。中には、

「まだ、自分はそういう席に顔を出せるほど、きちんとできていませんので、欠席します」

と言う者もいた。当時、いろいろとやってくれた彼である。同窓会ってのは、そういうことはなしになる席である。あの頃の私だって、今の私に比べれば授業は下手だし、今の方がもっときちんと指導できるのだから、その未熟な私に教わった彼ら彼女には申し訳ないと思っている。

しかし、あの時代をあの場所で一緒に過ごした、元生徒と元担任たちである。長い人生の中で、一瞬の一日であるがこういう時間を共有することに、なんのためらいがあるであろうか。

次回は数年後にまたやろうと言う話になっている。そのときには、
『おい、あいつはどうしている?』
と確認することが少なくなっていることを願いたい。

いい時間をありがとう。元気で。また会おう。

池袋に向かった

東京駅に着いた私は本屋を巡ってから池袋に向かった。

前からお誘いを受けていたのであるが、なかなか時間が作れなかったので、出来ないでいた飲み会である。東京の佐瀬先生のお仲間と一緒に飲むと言う会である。

今回は、同窓会のために東京に行くのであるが、一日早く東京に向かえば夜はなんとか時間が作れそうだと判断したので、一週間前にメールでどんなもんだろうかと伺ってみたところ、これがオッケーとなったのである。

三連休の初日にも関わらず、わざわざ池袋まで集まってくださいました。穴場的なイタリアンレストランで。久しぶりにワインを堪能しました。総計8人です。私が顔を存じ上げていた先生は、二人。後の方は初めてお会いする方。その中に、一人、ブログを拝見している先生がいました。

そのような布陣ですが、みなさんは私のブログは読んでくださっているようで、そこの話からいろいろと会話が進みました。

「先生、娘さんのお名前は何ですか?」

やはり、この話題が多いf(^^;。 早速同窓会ように持ってきた娘の写真を見て頂きながら、名前のお話しする。

「ああ、これでブログを安心して拝見できます。娘さんの名前と顔が一致したので、ほっとしました」
と言われました。ありがとうございます。

年齢的に学校の中心となって活躍する世代の先生方との話となると、よく出てくるのが管理職の話ですが、この日もあれこれと出てきました。

私は結果的に校長運は良かったと思っています。だいたい8割ぐらいは尊敬する校長と一緒に仕事をすることができました。その中でいまでも私が敬愛している校長の仕事ぶり、人柄などを話をしながら、理想の管理職や今の仕事の中ですべきこと等をあれこれ話していました。

他にも授業のこと、国語教育のこと、楽しい学年経営の話などあれこれ。
(今日は女性陣も多いし、終電で帰るってことはないだろうなあ)
と思いながら、話をしていたのを覚えているのは、20:00ぐらいまで。途中で

「そろそろ終電ではありませんか?」
と言われて時計を確認したら、23:00。ひえー。終電まであと18分である。会計もしないまま、
『すみません。今日はありがとうございました。是非、京都へもお越し下さい』
と話して、店を出る。

そしたら、後ろから走ってきた先生がいる。
私のウエストバックを持て来てくださったのである。危ない危ない。この中に帰りの新幹線の切符が入っているのであった。ありがとうございました。

無事、終電で実家に帰ることのできた私でした。

2008/11/02

さ、怒濤の11月が始まった。

さ、怒濤の11月が始まった。京都の紅葉を楽しむことは出来るのであろうか。毎週末にさまざまなことがあり、講師として出向くことも多い。頑張れ俺である。

しかし、なんというか関西に仕事場を移してから三年目であるが、こうしてつながりがたくさん出来ることはとてもありがたいことである。

生活の基盤が関西に移ったと言うよりは、生活の基盤が二つできたというイメージを持てるのだ。

授業をつくり、研究会を主催しということをして、改めて分かることはこれはとても勉強になると言うことである。

「教うるは学ぶの半ばなり」と言われる。これを越えるのが、授業をつくる、または研究会を主催するではないかと思う。

なんとなれば、授業をし研究会の主催で会場確保となれば、欠席がありえず主体的に取り組むからである。

分かってはいたが、事務仕事の苦手な私である。授業の方に力を注ぐことは、それはまあ当たり前であるが、研究会まではねえ。これを事務局を引き受けるとなるとみなさまに迷惑を掛けると思われるので、引き受けないでいた。しかし、そんなことを言っていられる立場でもなくなってきたので、えいやっと引き受けることにしたのである。

事務局を引き受ける以上は、私がやりやすい方法、つまりは失敗が少なくなる方法であれこれを考えようと思った。今のところ、それでうまく回っているようだ。良かった。

それでいて、私も学べ、若い人たちが学べるというのは、やって良かったなあと思っている。

ということで、午前中は朝風呂に入り娘と遊んで、いまは新幹線の中である。N700系のぞみを選んで、カッ飛んでいる。を、豊橋を通過である。11/8の関西青年塾でやる学習ゲーム「たほいや」の資料を座席で作りながら東京に向かっている。娘と奥さんに新幹線のホームで見送られて、1時間で浜名湖を通過である。早いねえ。

世の中は三連休で、その初日の今日は、いつもよりも新幹線が混んでいるな。って、そんな風に比較できるくらい、こんなに新幹線に乗るようになる人生になるとは思ってもいなかったが。

今回の東京行きは、明日、15年前の卒業生たちの同窓会があってこれに呼ばれているというものである。教師の仕事は激務である。激務の中で、一瞬の喜びを感じられることで、日々の仕事に向かって行っている。

だから、別に卒業生たちと飲むために教師をやっているわけでもないが、こうして成長をそばで見ていた彼ら彼女らの、その後の成長を見ることができるのは、実に嬉しいものだ。

さ、なんとか関西青年塾の資料づくりは8割程度終わったぞ。新幹線もそろそろ東京駅である。

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