« 2008年11月16日 - 2008年11月22日 | トップページ | 2008年11月30日 - 2008年12月6日 »

2008/11/28

私の授業はそんなことを考えて

3限のディベートの授業では、フローシートを取るテスト。教材は、【日本は環境税を導入すべきである。是か非か】。2001年ディベート甲子園の決勝のビデオである。肯定側は創価中学校、否定側は八王子市立楢原中学校である。

ご案内の通り、私が指導してきた子どもたちの決勝である。年に一回こうして彼らの試合を見直す。懐かしさが一杯である。彼らのあれこれを思い出す。

この夏の大会が終わった後、私は二週間マックに向き合っていた。何をしていたかと言うと、彼らの記録を残してやろうと思ったのだ。二月に論題が発表になってから、八月の決勝までの半年間、彼ら彼女らが何をしてきたのかを一番近くにいた私が記録してやるのが、私の責任のように思えたのだ。

教師の仕事の良さは何か。
いろいろとあるが、私は「成長する者の側にいられること」であると思っている。たかだか百年しかない人生の中で、この三年間という瞬間を一緒に過ごすことの奇跡。その奇跡の間に生まれる彼ら彼女らの成長。私の三年間よりもものすごい成長をして行く彼ら彼女らの成長の側にいられることが、喜びである。

(このディベート甲子園の決勝までの道のりをしっかりと記録してやろう)

夏休みを二週間費やして、原稿用紙146枚分の記録を書いたのであった。

久しぶりにこの記録も読み直した。
良い時間を過ごさせてもらったなあと、改めて思った。
時間のある方は、お読みください。

http://homepage.mac.com/ikedaosamu/debate/01kiroku.html

授業後、学生たちのフローシートを見ると、きちんと授業に取り組んでいる諸君のフローが書けるようになっていることを、嬉しく思った。ディベートの授業は、ウォッチャーになる授業ではなく、プレーヤーになる授業なので学生たちの活動量、作業量が多い。簡単にいうと大変である。

しかし、大変な分だけ実力をつけることのできる授業にしたいと考えている。努力の方向性を示し、その方向性にそって努力を重ねる者は、力をつける。ただ単に努力をするのではない。これだと、15回の授業ではなかなか厳しい。この方向にそって努力を重ねれば、君たちは実力をつけることができる。あとは、頑張れ。

私の授業はそんなことを考えて構成していることが多い。

5限の国語科教育法では、模擬授業その2である。今日は、小説文というお題。学生諸君が選んだのは、「走れ メロス」である。

「走れ メロス」の授業は中学校の国語科の教員になるのであれば、避けて通れない。今のうちにやっておくのは良いことだ。だが、このメロス、なかなか難しい。愛と勇気と正義の話として道徳的にやってしまう授業を、多くの学生たちは受けている。このイメージからいったん離れて教材に向き合って、授業をつくって行くのかということである。

事前の指導では、私が考えている「走れ メロス」観を話してみた。「愛と勇気と正義の話」で授業を構成するにしても、その「愛と勇気と正義」を再定義する読み方があることを示すのだが、この方針で授業をつくるのは学生たちにはなかなか難しい。だが、今回の学生たちはこれに挑戦した。

結果から言うと、時間切れであった。もちろん、1時間、実際は30分の持ち時間でそこまで迫れるはずもない。だが、事前指導で指摘した生徒を活動させるための「指示」はずいぶん整理されていた。これは力がついたところであろう。

時間切れになったのは、実はもう二つ理由がある。混乱させた指示と作業時間の読み違いである。指示は良くなったのだが、一カ所別のように作業させてしまう可能性のある指示があった。ここに生徒役の学生が混乱したのが一つ。もう一つは、このぐらいでできるであろうという時間を読み間違えていたのである。

私は、中学校の定期テストを作るとき、自分で解答用紙に答えを書いてみて15分で解ける分量を用意していた。経験則で言えば、私が15分でできる問題は、生徒は50分ぎりぎりかかる。この感覚がなかったのである。まあ、持っている学生がいたら大したものだが。

ではあるが、指導案を練り直し続け、昨日も九時過ぎまで練習。今日も朝早くから来て練習している学生たちは、次が期待できるであろう。

今日も一日が終わった。
明日は堺市教育センターで講演。そしてその後、高槻で「同窓会」である。



2008/11/27

一種の実践記録である

児童総合演習のゼミでは、学生たちがフィールドワークに入っている教育の現場についての報告会を行う。今日だけで終わる予定ではあったが、発表がなかなかいろいろな課題や成果を携えているので、簡単には進まず半分ぐらいで終了。だが、それぐらい良い発表が多かった。

教育の現場は、待ったなしである。常に判断を求められる。学生たちはそれを直接見聞きし、ちょっとは自分の問題として実感している。そのときに感じたことを事実を元にして記録している。まだまだではあるが、一種の実践記録である。

呼称の問題から、子どもの人間関係に気がつく学生。
自分が子どもから呼ばれる、その呼ばれ方で人間関係に気づく学生。
子どもの生活の文脈に寄り添った説明をすることで、信頼を得た学生。

もちろん、私からヒントを言いながら解説をする場面もあった。

子どもが発する荒れた言葉の中に、子どもがこだわっている部分が何なのかを理解するヒントがあるとの説明をしたり、言葉を発しない幼児の行動の中に隠れている意味を発見することの大切さの話をしたりなどである。

来週はこの残りをする予定である。来週も楽しみである。

昼休み、明日の模擬授業をする国語科教育法の学生たちがやってきたので、二度目の指導をする。前回の指導を受けて本学のいろいろな先生方に専門的なことをお聞きしたりして、指導案を練り上げてきている。

で、その指導案とワークシートを元に、一部、どのように「指示」を出すのかを確認してみた。実際にやらせてみた。

残念ながら、うまくできない。指示を出した後、子どもたちがどのような動きをして、どのような失敗をするのかということが予測できていない。だから、指示が甘くなる。

できた生徒はどうするのか。できなかった生徒はどうするのか。どのようにヒントを出すのか。などなど、時系列的に子どもたちの動きを理解した上で、指示の言葉を出さなければならないのだが、ここができない。ここの部分を指導した。

午後、私の研究室の前の教室で明日に備えてリハーサルを繰り返していた。どのようになるか期待したい。

研究室が紙で溢れ出した。
いかん。
片付けなければならない。
しかし、なかなかできない。

ここには書けないあれこれの仕事があって、これがまた重要な仕事なのであって、それをするために走り回っている午後でもあった。二、三年後を見据えて今が踏ん張りどころだ。

でも帰ろう。

早起きして日吉大社

早起きして日吉大社に向かう。
滋賀県の湖西の紅葉の名所である。
いやあ、ここも凄かった。

Hioshi2

人は少ないかと思ったが、なんのなんの。
団体さんが多い。団塊の世代よりも上の人たち。
娘は、あちこちで声をかけられた。
よちよち歩いていると思わず声をかけたいのかもしれない。娘も愛想良く手を振ったりしている。

静謐な空気が満ちていて、なかなか良かったなあ。

午後から会議。
三つ。

一つ目と二つ目の会議の間に、研究室に学生たちが相談にやってくる。ボランティアで関わっている子どもの指導に関しての相談である。二時間近くあれこれ話した。

ちょっと学生が関わるには大きすぎる問題なので、学生のことを思いどこまで関われば良いのかを指示。こんな経験をして頑張っている学生は、なかなかいないぞと思う。

頑張りすぎずに、やってほしい。

会議は延々と続いたのであった。

2008/11/26

「私」という入れ物のなかに

相変わらず朝日が奇麗だ。
ベランダに出て、たっぷりと朝日を浴びる。

人間の体内時計は25時間で動いているのに、地球時計は24時間で動いている。なんで後ろに一時間ずれることを生命は戦略として選んだのであろうか。生命は一時間地球の時間と体の時間をずらすことで、生命の存続のために有利な環境を用意しているに違いない。それがなんだろうかと毎朝考えている。

たぶん、きちんとするより一時間の「遊び」を入れておく方が、活動しやすいということなのだろう。この余分な一時間を活動にまわすのか、休息にまわすのか、どちらを想定しているのかなあ。こんなことも考えてみたりする。

とまれ、朝日と夕日の色だけが、その体内時計を地球時計にリセットしてくれるとのこと。十分浴びよう。

2限の学級担任論では、学生たちが教師の一日を少しずつ担当して、五分間で実演してみる。今日は、朝の会、給食指導、昼休みを二つの班が順番にやった。

共通しているのは、語りが下手と言うことである。
思わず、
(そうか!)
となる語りがまだできていない。

呼吸が浅く、えーっという言葉が出てしまう。また、児童への問いかけも単調で、知っている児童は答えられるが、知らない児童は答えられないという単調な問いかけが出てしまったりであった。

ではあるが、チャレンジングな発表もあった。本学で特別活動論を講義して頂いている土作先生のミニネタの一つ「発声練習」をきちんと追試した発表である。学生たちからの評価も高かった。

たった五分間の実演ではあるが、学生たちの学びは結構大きかったようである。それは実演した学生も、見ていた学生もである。実演した学生は、思った通りにできなかったことにショックを受け、見ていた学生は、自分にはできないことをやる同級生がいると言うことにショックを受けるのである。

教育は常に具体である。理論は大事。ではあるが、目の前で起きる事実に具体的な指示、説明ができなければならない。「こうしたらいい」というのは分かっていなければならないが、それを実際にできなければダメなのである。だから、講義形式の授業でもときどきこのように実際にやらせてみることにしている。教育実習まで後一年を切っているのである。

学生の感想で面白いものがあった。
「先生(池田)は、五分間の学生の授業を見て、すぐに一つ一つに(へーっ)と思う指導の言葉を述べられていた。びっくりした。さすがだと思った」
のようなものである。勝手に驚くのは良いが、そんなのはあたり前である。たかが、学生の模擬授業ぐらいで見た瞬間にコメントができないで、大学の教師なんてやってられるわけないじゃないか。この程度のことで驚かれるようじゃ、私もまだまだだなあと思った次第である。

急いで昼ご飯を食べて、付属高校に向かう。国語の研究授業の講師を依頼されているのである。二年生の授業で『こころ』をディベートのような形で扱いたいので指導を頂きたいと言われたのが2ヶ月ぐらい前になるか。私は止めた方が良いと話した。政策論題のディベートの指導の経験者であれば、価値論題ディベートもまあ、指導できると思うが、ディベート指導の初心者では結構大変だというのが判断の理由である。

しかし、やるという。それであるならばそのつもりでこちらもサポートしなければならない。最初に、イクトスさんに『こころ』のディベートであれば、論題は何だろうかと相談。すると、「先生は善人である。是か非か」だという。事前に付属の先生に頂いていた論題はどうもすっきりしなかったのだが、イクトスさんのはさすがである。私もこれならすんなりということで、これを付属の先生に伝えた。その後、研究室にいらっしゃって事前の打ち合わせなどをしながら当日を迎えた訳である。>イクトスさん、ありがとうございました。

付属高校は、バレーボールの他、サッカーでも全国大会に出場を決めるぐらい頑張っている。これに合わせて授業の充実と言うことで研究授業にも熱が入っている。同じ教材をいくつかの教員グループになって指導案を検討し、それぞれの先生が実際にやってみるというのである。今回は、「講義形式の授業からの脱却の可能性をさぐる」というようなテーマで行っていたのである。

「国語科を実技教科にしたい」という研究テーマを持っている私としては、是非協力したい研究授業と言うことである。

授業の方は、チャレンジングに行われた。日頃の先生と生徒の人間関係や、生徒の学力などを知ることのない私は、深く入り込んで助言をすることはできない。ではあるが、目の前で起きた授業の事実の記録と、指導案に書かれた目指したい方向をもとに、授業後、1時間程度お話をする。

活動型の授業を展開する際、特に注意しなければならないのは「指示」である。これがきちんとできないと活動型の授業は成立しない。きちんと指示をするとはどういうことか。

1)なにをどのようにするのか、あらかじめ指示をする。
2)求めた指示の内容をしっかりとやりきらせる。
3)指示についてやりきった生徒を評価する。

ということである。この三つがパッケージとして行われているとき、指示が成立しているということになると考えている。ところが、国語科の教師は講義や説明で授業を進めることが一般的であるため、この作業に対する指示ということに慣れていない。そこで指示が曖昧になりがちになる。この辺りのことを中心に、改善するために何をしたら良いのかなどについて話をした。

私が言うのもおこがましいが、付属高校の国語科は伸びる、と感じられた一日だった。

その後、慌てて車に乗り込み、冷静に運転を始める。
名神高速道路経由で、大阪大学へ。凄い渋滞だったので間に合うかどうか心配であったが、間に合った。
19:00から、平田オリザさんの研究的な演劇が初演されるのだが、その劇に招待状を頂いたので向かったのである。

「働く私」と名付けられた20分程度の演劇である。

これは生身の役者二人と、ロボットの役者二人が演じる劇である。
つまりステージの上には、人間二人とロボット「二人」がいて、劇が成立しているのである。

ロボットの今後のあり方をあれこれ考えていた大阪大学のロボット工学の先生と、演劇のあれこれを考えている平田オリザさんが、それをサポートする企業とコラボして成立した企画である。三年後には商業ベースに載せるとのことであった。

なぜ、20分なのかと言えば、ロボットの充電が20分までとのことだったので、思わず笑ってしまったが、いろいろなことを考えさせられる劇であった。上演の後、パネルディスカッションがあり、フロアーからの意見交流等もあり、良かった。

私は意見と言うより、感想だったのでフロアーからの発言には手を挙げず、終わってから直接平田オリザさんにご挨拶かたがた、疑問と感想を話した。そしたら、「それはその通りなのです」との答えだった。何がその通りだったのかは、平田オリザさんの企業秘密に関わる物でもあるだろうからここには書かないが、
(を、おれの直感もなかなかじゃん)
と思ってしまった。

教師としての基礎学力をつけるということは、学生たちには強く求めたい。さらに、専門の教科のための知識も強く求めたい。そして、その上で教育とは一見関係のない本物に触れる機会を見つけてほしいと思う。ロボットの演劇なんて、今の私の仕事にはほぼ関係のないものであるが、たっくさんの刺激とアイディアを貰って帰ることができた。

「私」という入れ物のなかに無造作に放り込んだだけの本物が、有機的に化合し始めて、教育と言う文脈の中のある一つとして生成される経験を私は何回かしている。これは実に楽しいものである。高校の授業、平田オリザさんの演劇が、何かを生み出してくれるのを楽しみにしたい。ありがとうございました。

12月の「明日の教室」のご案内

12月の「明日の教室」のご案内です。

12月は、12月6日(土)13:30~17:00開催です。
講師は、仲里靖雄先生(立命館小学校)です。

糸井先生のブログからの紹介です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「算数の授業名人に、仲里先生という方がいらっしゃる。糸井先生、一度、見た方がいいよ。」
「明日の教室に、仲里先生を呼んでほしい。」
そんな声が、以前からありました。

で、私は、昨年度の立命館小学校の研究発表会にお邪魔した際、仲里先生の授業をじっくり見せていただきました。
いやあ、練りに練った授業というのは、こういう授業を指すのだろうなあというのが、感想でした。子ども達の反応も素晴らしかったのですが、反応を引き出す授業の構成というか、発問というか、指示というか、とにかく見事でした。

というわけで、今回は、仲里先生に、「授業構成のひみつ」と題して、たっぷり御講演いただくことになりました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

日時:12月6日(土) 13:30〜17:00
会場:京都橘大学 児優館
講師:仲里靖雄先生(立命館小学校)
費用:一般2000円 学生1500円

なお、懇親会を17:30~予定しております。3〜4000円程度です。
あ、忘年会もかねますね。

申し込みは、http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2213754
にお願いします。

お待ちしております。

2008/11/25

『あと2時間ぐらいで完成』

朝起きた時は、奇麗な朝焼けであった。
(あれ、今日の天気予報は雨ではなかったっけ? ラッキー)
と思って風呂に入っていたら、だんだん曇り空になり、雨が降ってきた。
今日の紅葉探索ツアーは、中止である。

雨なので、家の中で娘と遊ぶ。
奥さんが家事をするので、その間私が遊ぶ。
柔らかいボールを投げて蹴っ飛ばして遊んだり、ベッドの上で遊んだり。

昼ご飯は、菜の花のアンチョビソースパスタを作る。まだ花は付いてないが、それなりに美味しい。昼からビールを飲みたいところではあったが、ぐっと堪えて午後の仕事に備える。

午後を仕事にしようと思ったのであるが、昼寝が長引いたのと娘が遊び足りない(っていうか、遊び足りるのっていつごろだ?)ので、また遊ぶ。

やることあるのになあと思いながら、たっぷり遊んであげようと思ってします。娘が寝てから仕事はやればいい。起きている時間は遊んであげるのが良い。ただ、押し詰まってきたぞf(^^;。

娘が遊び疲れて寝たので、私は後期の授業の最終調整を行い、それぞれの授業のゴールを確認して、今後の授業の進め方のイメージを確認する。ここがずれるとゴールにたどり着けないからなあ。あと、後期の授業は7回ぐらいである。

さらに、マックが壊れていたので取り組むことができなかった、週末の堺市教育センターでの講座の資料づくりも行う。あと2時間ぐらいで完成のところまで来た。

そう、『あと2時間ぐらいで完成』と奥さんに話したら、
「よく、あと2時間で完成って分かるわね」と言われた。

うーん、あまり考えたことはなかったが、確かに言われてみると不思議なのかもしれない。だが、この残り時間が分かると言うのは大事なことかもしれないし、ある程度熟練してこないと分からないことかもしれない。

自分の力量と完成させようとしている仕事の内容の双方を把握できていないと、これは言えないからだ。もちろん、相手が絡む仕事の場合はこのように単純にはいかないが、少なくとも自分がやる仕事に関しては、だいたいでいいから仕事が全部でどのぐらいかかるのか、残り時間がどのぐらいなのかを考えられるようになることは、大事なのだろうなあ。

さ、明日は付属高校と大阪大学へ出かけるぞ。

2008/11/24

大掃除の楽しみ

嘗て、青梅の教員住宅にいた時、換気扇の掃除は私の担当でした。簡単な仕組みの換気扇だったのですが、この掃除が結構面白くできるのです。イクトスさんのブログにコメントをしたところ、喜んでくださったので、私の方にも挙げておきます。今年の大掃除の楽しみです。

換気扇掃除は、ちょっと工夫すると、翌年が非常に楽になるので楽しみでした。

1)木工用ボンドを、掃除の終わった乾燥した羽根に塗る。
2)乾いたら取り付ける。
3)翌年の掃除の時は、ボンドをはがす。

これでおしまいです。
ボンドはちょっと水で薄めてもいいかもしれません。
奇麗にはがれますし、簡単で楽しいものです。
お試しあれ(^^)。

マックが修理から戻ってきた

11/23

世の中は三連休とのこと。
あまり実感はないのだが、三連休。

来週の水曜日に研究授業を控えている先生は、土日をクラブの指導に費やし、月曜日に最終の指導案を書き上げると話していた。教員の三連休はこんな感じで過ぎて行くのを、世の中の人は分かっているのかなあと思う。

私も現場にいた時は、クラブか研究会に参加していて、家族で連休を過ごすなんてことはなかったと思う。が、職種も変わり今までの休日が休日にならないような生活にもなってきているので、休めるときに休むことにする。

疲れを取るための休日と、あれこれ楽しむための休日の二種類の休日の過ごし方があるが、せっかくであるので本日は後者の休日を過ごす。

のんびり午前中を過ごそうと思い、昼風呂へ。
そしたら、何か家に届いた。インターフォンの音は風呂でも分かった。奥さんが対応。
何だろうと思っていたら、なんと、マックが修理から戻ってきた。
は、早い!

水曜日に修理に出したのに、日曜日の朝には戻ってくる。
う、うれしい。
すぐに電源を入れて確認してみる。
オッケーである。
すべて治っている。そして、データの損失もない。

いやあ、さすがマックである。
よし、これで仕事に戻れる。

だが、今日はオフその2である。

昼前に比叡山を越えて、北野天満宮に向かう。豊臣秀吉が作らせた紅葉の名所が、整備され直したと言うので見に行く。入り口には、「見ごろ」と赤い字で書かれていたが、実際はまだ五部咲きであった。いや、咲かないか。その上、曇りがちの空では、紅葉の色が出にくい。

が、光が射したとき、一部の紅葉は美しくなった。
紅葉を見る時は、晴れの日がいいなあ。

Kitano1123

その美しくなった紅葉を愛でながら、作ってきたおにぎりを食べる。
お茶とおにぎりで子どもと一緒に美しい景色を見ながら、お昼ご飯。
なんでもないことだが、そのなんでもなさに、幸せを感じる。

特別なものに幸せを感じる若者時代。
なんでもないものに幸せを感じる、若者時代の後。
人生はうまくバランスが取れているなあと思う。

娘は、最近階段とか、橋を見つけると目が輝く。このお庭にもいくつかの橋と階段があったのだが、もう夢中であった。お客さんが多いので、迷惑になるから止めようねと言っても無理。そこで人がいなくなったときに、ほれ!とやらせて、増えてきたら抱っこしてその場を去ると言うことを繰り返す。ふう。

これもまあ、楽しいものだ。

お庭の後は、きちんとお参りをする。
私のブログにやってくる中学生たちが合格しますようにともお願いしておきました。実は、「自己PRカードの書き方」というエントリーにやってくる(おそらく)中学生たちが多いのだ。毎年11月になると急にそのエントリーを見る人が増える。ご縁ですので、お祈りしておきました。

境内は七五三の家族でも賑わっていた。西日を浴びて銀杏も奇麗。
(うーむ、来年は娘も「数え年」で七五三であるなあ)
などと、あれこれ。
奥さんと
『ああいう着物は、いかがなものか』
なんてな話もする。素直に、赤い着物がいいなあと思った。

勢いで、上賀茂神社まで足を伸ばす。
下鴨神社までくる観光客はいても、上賀茂神社までは来ないだろうと思って行ったのだが、甘かった。駐車場はいつもと違ってものすごい数の車。びっくりである。

だが、ここの紅葉は凄かった。
西日が沈んで行くに従って、照らす紅葉が移動して行く。
「秋の夕日に照る山紅葉」である。

Rimg0627

今日は第四日曜日ということで、手作りの物を扱うバザーも開催されていた。
なかなかのにぎわいである。プロもアマチュアも自分の手作りの物を売っていた。

いやあ、やっぱり京都の紅葉は凄い。

2008/11/23

よくこの週を乗り切った

11/22

京都教育大学付属小学校では、野口芳宏先生や土作彰先生が講座をされている。
出掛けて学びたい思いは山々であるが、今日は完全オフとした。
今週の疲れを取っておかないと、また倒れる。
というか、今週も倒れていたが。

盛岡と兵庫の出張の合計移動距離は、2000キロを超えている。
一般企業に勤める社会人であれば、この程度の出張はなんでもないのかもしれないが、
こちらは、一教員。授業をしつつ、この出張は結構大変であった。

その上、急な胃腸の痛み。点滴で乗り越えたから良かったものの、
授業もディベートの対戦や模擬授業など山場にかかっているものが多く、
こちらも万全な準備で乗り越えて行きたいものばかり。

いやあ、よくこの週を乗り切った。

朝風呂に入り、ハンモックで寛ぐ。
娘を抱っこし、遊ぶ。

午後からは、久しぶりにガーデンに向う。
今月末で今年の営業を終えるガーデンは、咲いている花の数も少なく来年に向けて刈り取りも進んでいる。ブライダルフェアをやっているのか、ときどきカップルがガーデンの中に案内されて入ってきて、式場なども見ている。

私は娘と二人で、芝生の上でボールを蹴って追いかけたり、寝転んで空行く雲を眺めたりしながら過ごす。琵琶湖には、いろいろな大学のヨットが大会でもあったのであろうかたくさん。一日が終わり、ハーバーを目指して進んでいた。

帰り際に受付のおばさんとちょっとお話。
「ま〜、しっかりと歩くようになったのねえ。○○ちゃん」
受付のおばさんは、娘を名前で呼ぶ。

「も〜、本当にどうしてこんなに可愛いんでしょ。最近の赤ちゃんにない可愛さよね」
『名前も古風ですので、昭和のテイストの娘です』
「なんというのかしら、ほら、いわさきちひろさんのイラストの中に出てくるような感じよね」
『ありがとうございます。我が家ではジブリ体形と呼んでいます』
「あら、そうね。トトロにも出ていそうね」

なんだか分からないが、受付のおばさんたちには受けがいいい。

ゆったりであった。

Rimg0329

模擬授業その1

11/21

早起きして、あまりにも汚れてしまったミニクーパSを洗車。こういうとき洗車スペースがあると便利だ。冬になってしまった朝に、洗車というのはちょっと寒いが、その間に湧かし直していた風呂に洗車後飛び込む。これも一興である。

しかし、洗車をしたと思ったら、雨。
人生は思うように行かないようにできている。

ディベートの授業は、今日で前半が終了。学生たちは、自分で論をコントロールする事の難しさと面白さを感じ始めている。あと半分の授業で、伸ばせるだけ伸ばしてあげたい。

授業後、大学に届いているメールについてあれこれ。
特に研究授業の講師を引き受けたものについて、事前の指導が結構有って時間がかかる。
気がつくと、5限の授業開始が迫っていた。

今日の国語科教育法2は、模擬授業その1である。この国語科教育法2の大きな山場の一つである。学生たちは、事前に私の指導を受け、本番に臨む。はずであったが、今日のグループは事前の申し込みが遅れたため、私のスケジュールが合わずに事前指導無しで、授業に臨む事になってしまった。世の中は自分中心に回っていない。

90分の授業のうち、30分模擬授業を行い、30分質問と意見を学生が述べ、最後の30分を私が講評するという授業の構成で行った。内容は古典の分野で短歌。中学校3年生を対象にしてもの。学生たちは、授業担当者はリクルートスーツという出で立ち。
結果、指導案レベルでは頑張ったものとなったが、授業そのものは駄目なものになった。

事前指導を受けていれば、指摘する部分が直る事なく授業に出るので、大変な事に。本人たちはこれで良いと思って準備をしている。リハーサルもしたというのであるが、聞いてみるとプリントを配る時間は考えていないし、板書の時間も甘く見積もっている。

コンサートや演技でを行うプロであっても、リハーサルは本番通りに行う。それなのに、授業をほとんどした事のない彼女らが、したことにして、リハーサルをするというのは話にならない。また、授業の内容そのものもつかえるネタは沢山あるにもかかわらず、それを使う事なく流してしまうので、授業の中に必要な生徒にとっての発見や驚きがない授業となってしまった。

どうしてこのような授業になったのかを、私は延々と説明する事となった。
授業をやった学生たちは、非常に苦しい思いをしながら私の解説を聞いていたであろう。
ディベートで鍛えた、メモの力。つまり、授業の事実に基づいておかしな所を指摘し、改善点を提案しつつ、駄目な所は駄目とバッサリと切る。

しっかりと受け止めて、教育実習までに力を付けてほしい。

授業後、来週模擬授業を担当するグループが事前指導を受けにくる。来週は、小説ということで「走れ メロス」を扱うとの事。これはさけて通れない教材である。さて、どんな感じかと指導案を見ると、割と考えている跡を見て取れる。その上で、どの方向に展開していいのか呻吟しているという感じである。

こういうものについてあれこれとさらにかき混ぜるのは、面白い。彼らの発想が簡単に一つに纏まってしまわないように、いろいろな可能性を話すことが大事になってくる。結局2時間ぐらい相談に乗る事になった。

だが、この話し合いは私にとっても、もう一度「走れ メロス」を考え直す為に面白い時間となった。かつて恩師竹内常一先生が、「君たちと一緒に読んだから『高瀬舟』が分かった」とおっしゃっていた。それは最終授業の会だった。企画した私たち卒業生へのリップサービスかとも思ったが、実際に学生たちと読み込む授業をして行く中で、あれは本当だったんだとわかることも沢山出てきた。面白いものだ。

さあ、来週の模擬授業も楽しみである。

家に帰って久しぶりにビールを飲む。
うむ、体調も戻ってきてるようだ。

あとは、マックが戻る事を楽しみにまとう。

ふう。仕上がった

11/20の2

ふう。仕上がった。

仕上がったのは、日付が変わっていたな。
いつもなら、朝方もう一度確認してから送るのだが、今回はギリギリなので何回か見直して送ることにした。
朝方もう一度確認してみて、駄目なところが発見出来たらまた送り直せるだろう。

寝る前に、原稿の絡みで「そんな暮らしの中で」を聞いてしまった。youtubeである。これがまずかった。そこから始まって次から次へとあの黄金時代の楽曲を聴きまくってしまった。「三号線を左に折れ」「君と歩いた青春」。ああ、駄目だコレは。

で、辿り着いたのが「夕凪」と「風に立つライオン」である。
「夕凪」はあの感動的な間奏のギターソロが途中で飛んでいて非常に寂しい思いをした。私が初めてギターソロに挑戦したフレーズなのに、がっかりであった。が、楽曲はしみじみ。あの時の光景が本当に思い出される。

さらに、「風に立つライオン」である。
知っている人にとっては当たり前であるが、名曲中の名曲である。
夜、原稿を書き終わって興奮している頭で聞いては駄目だね。
とてもじゃないけど、寝られない。

明日の授業の確認をしてから寝る事にしよう。
いま、私に出来るのは、これだ。

本日、推薦入試日

11/20

本日、推薦入試日。
寒い朝だが、すっごい綺麗な朝焼けであった。
夕ご飯を食べてさっさと寝たので、早起きしてしまったというわけだ。

Rimg0158

集合時間は9:30amであったが、8:30amに大学に行き、大学に届いているメールをあれこれとやる。大学に届いているメールは大丈夫。ではあるが、ニフティウェブメールを使えば大丈夫ではないかと思いつく。あ、大丈夫だ。

ではあるが、資料が全て修理中のマックなので、資料を元にする仕事は中断。すみません。

推薦入試の採点は思ったよりも順調で、思ったよりも早く終わる。受験生は減っていないのだから、これはいい塩梅である。久しぶりに明るいうちに大学を出る。

授業に必要な備品をホームセンターなどで購入することができた。このところ、こんな時間に帰れないからなあ。

それで、娘とお風呂。いやあ、嬉しい。琵琶湖の噴水も久しぶりだ。三人揃っての夕食も本当に久しぶり。早く帰るとこんなに良い事が待っているのは分かっているが、これがねえ、なかなかねえ。

娘は、芸を憶えてきている。長い紙筒の片方を持って押しながらリビングを歩く。時々しゃがんだりして、テーブルの下の床もこする。なんであろうかと思っていたが、これは、お母さんの掃除の真似。びっくり。

さらに、今日は
「はい、クルクルクルクル」
と言って見本を見せたところ、すぐに憶える。そして、「クルクルクルクル」だけで回るようになった。

うーん、楽しい。早く帰るのがいいなあ。

本当は、一緒に寝たいのだが、体調不良で〆切を過ぎてしまった原稿がある。ここは頑張って書かねばならない。よし、一踏ん張りだ。

マックの調子がおかしい

11/19

夜中に何回も起きた。
とんでもない腹下しである。水しか出て来ない。
昼ご飯は沢山食べたのになあ。

今日は午後から兵庫まで出掛けて行って模擬授業をしなければならない。
片道二時間かかる。
食欲もない。
慌てて近くの消化器内科のある病院を探して、受付開始と同時に飛び込む。

症状を話し、触診をしてもらう。
ウィルス性の大腸炎という診断がでたら嫌だなあと思っていた。
そうしたら、出張は取りやめて、大学の授業は休講にしなければならない可能性もある。

先生の見立てはお腹風邪。食中毒であれば、もっと痛みが激しいとの事。
良かった。

しかし、身体がフラフラなので、点滴を打ってもらう。
夜もぐっすりと寝る事が出来なかったので、点滴を受けながら寝てしまう。

家に帰り、薬を飲みお粥を少し食す。さすがに、何も口に入れないで2時間電車に乗って
模擬授業をするのは無理と判断。でも、ドタキャンしないですみそうだ。

授業はなんとかなった。
責任を果たせてほっとした。

が、私のお腹風邪がうつったのか、マックの調子がおかしい。スリープで閉じたはずなのに、起動しない。
強制終了をして起動させても、駄目。うわああ。忙しい時に限って。
ま、データは毎日タイムマシーンで取ってあるから大丈夫だとは思うが、仕事にならない。

店で見てもらったら、ロジックボードが壊れている可能性があるとの事で、そのまま修理工場へ。
一週間はかかるとのこと。
うーん、厳しい。

家に帰ってきたのが9時。
流石にお腹はすいた。こんなに食べないのは何年ぶりだろう。
体重は4キロ近く減っていた。
ふう。

さあて、明日は推薦入試だ。

新卒の国語の先生の授業を拝見

11/18

美しい朝焼けだった。
一週間が始まる感じだ。

1118

学級担任論では、先週の続きで学級環境整備について講じる。
給食指導、清掃指導、美化活動などについてである。

学生たちは、毎週の課題で学んだ事をA4一枚で学級通信風に纏めて来る事を求められている。
毎週一枚というのは、実際の担任で書き慣れている先生にしてみれば、大した事のない量である。
しかし、書いていない先生にとっては、結構辛い量であろう。

これを学生たちに求めている。最初のころは、かなり時間が掛かった事であろうが、いまでは
一時間以内で出来るようになってきている学生も増えてきているのではないかと思う。

で、先週は「給食指導について、準備、食べ方、片付け方」のルールを示すための学級通信を書いてくることが課題であった。
学生たちは、感想で一様に
「いただきますと、ごちそうさまのタイミングを考えていてなかった」
と書いていた。自分で文章にしてみて、私の講義を聴いてみてその違いに気がつくのである。予習である。
これをきっかけにして、教育実習などでできるようになることを願う。

午後から大阪に出張。国道一号線は混んでいる。
中学校の研究授業の講師としてお招きを受けている。
学校の近くをぐるぐる15分ぐらい回ってしまい、到着が遅れてしまった。すみません。

新卒の国語の先生の授業を拝見して、その授業について指導をするというものであった。
研究授業には、多くの先生が参観に来ていた。その後の、検討会でも。
これは良い学校だなあと思った。先輩たちが後輩を育てようとしている。

しかし、若手の先生も多かったなあ。校長先生に伺うと毎年2~3人の新人が配属されるという。
これは、大変だ。

私は自分が実際に扱ったことのない教材だったので、内容にはあまり触れる事なく、
授業の進め方についてあれこれ話す。特に話したのは、指導言における「指示」についてである。

授業を拝見していると、先生の指導言が曖昧であったり、途中からぶれたりするために子供たちが
学習をしようと思っているそのエネルギーが萎えて行くのが感じられた。猛烈内勢いで白煙を吐いて
ホイルスピーンをしている子供たちというイメージがあった。

教師は、的確な指示をしなければならない。子供たちはぶれてしまう。国語の授業であれば
教師の指示がぶれても生徒の命に直接関わる事はないが、体育のプールなのでは直接問題になることすらある。

さらに、一度出した指示をあれこれ変えるようでは、子供たちは指示を聞かなくなる。
なんとなれば、変えても良いのだからである。そして、教師を信用しなくなる。
ここからクラスは崩れて行く。

全体を動かす時の基本は

1)聞く姿勢を作る
2)説明をする
3)説明のあと、まとめて質問を受ける
4)質問に答える
5)「はいどうぞ」と一斉に作業を始めさせる

である。もちろん、これと一緒に「一時一事」の原則もふまえていなければならない。

このようなことは、理解した上で意識して、相当やらないと普通は出来ない。
私は大学で学生たちに教えているつもりだが、彼ら彼女らが出来ているかどうかは分からない。
子供の前に立ち、一つ一つ意識してやって行く時に本当に身に付くものであるからだ。

授業後校長室で、さらに振り返りを行う。指導主事の先生や研究主任の先生も一緒に。
あれこれ指導を受けていた先生は、必死にメモを取っていた。
そりゃあそうだ「鉛筆の先から煙が出るぐらいにメモを取れと学生に言っている」と
言ってしまったからなあ。

家に帰って、風呂に飛び込む。
あれ、おかしい。
熱い風呂に入っているのに、身体の震えが止まらない。
それに、この私が食欲がない。
トイレにいくと、とんでもない事に。
食事もせず、そのまま、寝る。

« 2008年11月16日 - 2008年11月22日 | トップページ | 2008年11月30日 - 2008年12月6日 »