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2008/12/12

1)遊べや遊べ

12/12

今日は、保育内容(言語)の授業があった。
担当は、私ではないのであるが、二回ほど受け持つことになったのだ。金曜日の授業は通常は二つなのだが、今日は4つの授業であった。90分×4つというのは、さすがに疲れる。

ではあるが、心地の良い疲れである。
授業の疲れは、やっぱり良い。

保育の授業は、幼児教育コースの学生たちなので、いまは通常、私は教えない。なので一回生のときに担当した学生たちと久しぶりの授業。一回生のときに厳しくメモを取るようにと指導したことが体に染み付いているのか、きちんとメモを取りながら話を聞くことができている。いいことだ。

考えてみれば、いま目の前で成長している娘のことがそのまま教材になるのであるが、娘は研究対象にしようとは思わないので、授業では、エピソードとして語るぐらいに留めておくことにした。我慢するのは大変であったがf(^^;。

授業では、保育に関わるものとして大事ではないだろうかと言うことを話した。子どもは次の四つの段階を経て成長して行くのではないかと示した。

1)遊べや遊べ
2)遊べや学べ
3)学べや遊べ
4)学べや学べ

である。保育は1)がほとんどであり、2)が少しあるかどうかであろう。であるとすれば、先生はたくさん遊びの種類を知っている必要がある。子どもが自主的に遊ぶというものもあるであろうが、知っていることは必要だ。

外の遊び、部屋の中の遊び。雨の遊び、晴れの遊び、雪の遊び。1人の遊び、グループの遊び。体を動かす遊び、歌を歌う遊び、言葉を使う遊び、道具を使う遊び、道具を使わない遊び。それぞれ10種類ぐらい知っていると良いんじゃないかなと話すと、学生たちはそうだなと思いつつも、今はそんなに知らないという顔であった。

『あのね。私が幼児教育コースの担当教員であれば、君たちに出す課題が二つはあるね』
と話す。それは、「お母さんと一緒」(NHK教育テレビ)を見ているときに思ったことだ。

『ねえ、なんでこんなに歌ばっかりなのかねえ。歯を磨くこと、パジャマを着ること。なんでも歌じゃない』
と奥さんに話したところ、奥さんは一言するどいことを言った。
「これはね、ミュージカルなのよ」
なるほど。名言である。

子どもの世界はミュージカルなのだと思うと非常に分かりやすい。うちの娘もまだお座りもできない頃から何やら分けの分からない歌を歌っていた。ミュージカルの中に生きているのだ。だから、なんでも歌にするのだ。

もし、そうだとすれば、課題は二つ。

1)京都劇場で劇団四季のミュージカルを見てくる。
2)一日のうち、一時間の作業を全て歌で過ごしてみる。

である。

1)は、もし、保育がミュージカルなら、ミュージカルの本物を見ておくことはとても大切であるということだ。幸いにして京都駅には、劇団四季の劇場がある。多少値が張るが本物を一回見ておくことは大事だろう。

2)一日のうち、一時間でいいと思うのだが、自分がする作業を勧める、または、褒めるための歌を歌い続ける。なに、実際にやることは簡単である。たとえば、掃除をするとき「掃除をしましょう。奇麗にしましょう」という言葉を思いついたら、これにメロディーをつけて歌うのである。そして、終わったら「ああ、奇麗。よくできました。気持ちいいなあ」という台詞にメロディーをつけて歌うのである。

詳しいことはよく知らないが、実際にはそのような歌があるのかもしれない。それらを覚えるのも大事だろう。しかし、それと同じぐらいに自分で作詞作曲してしまえる力も大事だと思っている。立派な歌である必要はないだろう。鼻歌程度で良いと思う。しかし、それはミュージカルの世界に生きている子どもたちと接するには、とても大事なことだと思う。

『ま、やれとは言わないが、やってみたら面白いんじゃないかなあ』

と話す。

その後、学生たちに、「たほいや」を指導しながら、ことば遊びとは何かを解説していった。学生たちは相当面白かったようで、ことば遊びの凄さを実感していた。

保育士は、子どもの言葉以前、言葉の獲得、言葉の活用の三段階に寄り添うことになる。この過程を経て育って行く学齢期以前の子どもたちの「ことばの遊び」をたくさん知っている先生になってほしいと授業を進めた。

来週は学生たちが、自分たちでグループごとに言葉遊びの実際をやることとした。楽しみである。

3限のディベートの授業の後、4限で保育の授業をもう一つ別のクラスでやって、5限は、国語課教育法2である。
10分の休憩時間で教務に走って、プリントを持って帰ってきてと、これはまあ忙しい。

国語科教育法2の授業は、久しぶりに私が行う。
いままで模擬授業だったからねえ。

今日の授業はメディアリテラシーである。
模擬授業を通して学生たちは、授業をつくると言うことを少し理解してきている。今回のメディアリテラシーの授業は、そんなことも踏まえて私が今までにやってきた、メディア断食、メディアリテラシーの授業、さらにはそこから発展したジェンダーやディベートの授業について説明をする。

(詳しくは、過去のブログを)

一つの授業をつくり、その授業を発展させ一つの系統を作っていく。これができるようになると授業づくりは初心者を脱して、次のステージに行くことになる。学生たちは、授業づくりの深淵さ、壮大さを思い遥か先を見つめているようであったf(^^;。

いやあ、たくさん仕事をした。
心地よい疲れだ。

2008/12/11

『授業 人間について』(林竹二 国土社)

『授業 人間について』(林竹二 国土社)

人の一生を決める本があるとすれば、私にとってこの本はその種類の本の中の一冊であることには間違いない。大学二年生のときに、この本を読んで衝撃を受けた。

そして、有難いことにいま、大学二年生の学生たちと一緒に、この本を授業で読むことができる。基礎演習ゼミの授業で、各クラス共通の教材として扱うことになり、今日はこの本を読んだ。

『タイトルを見ると、「授業」ってあるけど、ところで授業って何?』

改めて問われると、学生たちは答えに詰まる。何気なく使っている言葉をきちんと説明してご覧と言うと困る。授業と講義はどう違うの? 授業に必要な要素は? 授業が成立するってどういうこと?

学生たちは
(そんなこと聞くなよ)
という顔で見ている。

だが、問うことをしなければ、学ぶことはできない。

タイトル読みをした後、読み始めた。
正確に言うと、前書きの部分を私が読みながら、解説を行い、疑問を投げかけ読み続けた。

『授業 人間について』8~9pから引用開始 ーーーーーーーーーー

この授業のテープを聴いて騒がしいと感ずる人も、騒がしくないと感ずる人もあるかもしれない。実際に授業で苦しんで、開眼を経験した人は、騒がしくないと聞いてくれるようです。それは、子どもたちが授業の中で、その主題に集中して、授業にはいりこんでしまった、みんなが一緒になって、その問題と取り組んでいる。幼い子どもですから、頭の中に浮かぶ思いが全部そのまま言葉になってでる。その言葉になってでてきたもんが、つきあわされたり、つなぎあわされたりして、綜合されて、だんだんひとつの流れとなり、焦点を結んでゆく。そういうことが、持続的に授業の中で行われているか、どうか。それが授業の質を決定するわけです。

子どもが、ほんとうに授業のなかにのめりこんでしまうというふうになりますと、子どもたちの自由な思うままの発言が、雑音にならない。そのひとつひとつが、授業の展開のひとこまひとこまになるのです。それをまともに受けとめて、全体の中にきちんと位置づける仕事が教師の仕事です。

引用終了 ーーーーーーーーーー

という文章がある。
私は大学二年生のときに、

(なに、そんなのできるの。そー、できるってなら、俺もやったろうじゃん。ふざけんなよ)
と思って塾の授業で挑戦していた。

ふざけているのは、お前の方である。そう、私である。
私であるが、そこはそれ若者の特権。本気で林先生がされていた授業を自分もやってやろうと思い、挑戦した。そして打ち砕かれていた。

打ち砕かれつつも、めげないのが私。
(なんでぇ、同じ教育をやろうとしている人間じゃないか。そんなに違いがあってたまるか)
やはりアホである。違いがあってたまるかではなく、ありすぎるのである。相手は東北大学の元教授で、宮城教育大学の学長である。でも、でも、教育では同じであり、先輩ではあるがライバルでもあると思っていた。

完全にアホである。
若いって凄いことである。

だが、やっぱり心のどこかに、同じようなことを思っている私がまだいる。アホなのか、若いのか、そのどちらもなのか分からないが、そんな私がいるのを自覚している。

奥さんには、
「あなたねえ、相手は日本一なのよ」
と慰められるが、
(てやんでえ)
と江戸っ子になって反論する私がいる。

そして、改めて読んでみると、これは授業中の「私語」と「公語」*1の問題を考える良いテキストとなっていることが分かる。さらに、西川純先生の提唱される「学び合い」を考える際にも重要な問題を含んでいると思われる。

一度もお会いをしたことのなかった林竹二先生と、会話を楽しんでいる自分がいる。

私は林先生の授業を追っていた時期があった。
斎藤喜博先生でも、大村はま先生でもなかった。林竹二先生であった。

その林竹二先生の御著書を学生たちと学ぶことができる。これは幸せである。僥倖である。だれが書いてくれたシナリオなのかは分からないが、素直に嬉しい。

そして、再び林竹二先生に打ちのめされながら、読み進め、授業を考えるのだなと思う。

*1「公語」とは、池田の造語である。私の学級担任論の授業では授業における「私語」問題を考える際に、補助線のように私語の対概念として提示している。

2008/12/10

「私語」の指導について

12/9

気がついたら、怒濤の11月がいつの間にか終わっていた。
うーむ。でも、12月も怒濤なのね。

今日の学級担任論は、「忘れ物指導」「遅刻指導」「私語」の指導と盛りだくさん。「私語」は全部は終わらなかったが、これは予定通り。昨日やっていた授業の準備は「保護者対応」の準備で、当然ここまでは進まないことは分かっているのだが、その先のところまでやっておかないとなあと思ってやっていた。

この内容に入る前に話をした。

最近、児童教育学科の学生たちがよく動くようになってきたと感じている。これに気を抜いてしまっているのが、私の方かもしれない。

よく動くので、
(ま、これぐらいいっか)
と許してしまっているところが多くなっている。これがいけない。学生を育てない。甘やかすのは、家族と恋人だけで良い。教師は厳しくなければならない。

先日の餅つき大会でも、大筋では良いのだが細かいが大事なところがダメであった。だが、
(ま、一回目だし)
(お客さんもいることだし)
と見守ることにしていたのだが、その後のアンケートに、私が気になっていたことが指摘されていた。
学生たちに申し訳ないことをした。やはり、その場で指導しなければならないのだ。

『ということで、君たちに謝らなければならない。きちんと指導しなかったことをである』

と話し始め、あれこれを指導する。
人は、付き合ってみないと本当のところはよくわからないが、付き合ってくれる人は、親、兄弟、教師、友人、恋人ぐらいなものである。その他の多くの人は、瞬間でしかその人を判断しないのである。それは、担任する子どもでも、保護者でもそうである。そして、一度染まった印象を、変えるのはなかなか難しいのである。

学生時代の私がこのことを聞いても分かったような分からなかったような感想を抱いたのではないかと思う。自分が強い時期の人間は、自分を中心に考えがちである。自分が良いのだから良い。

しかしやがて、自分は社会の中で生きていること、社会は自分が存在する前から存在し、自分がいなくなったとしても、おそらくは存在すると言うことに気がついて行く。社会と喧嘩するのも一つの方法だが、社会とうまく付き合う方法を身につけて行かなければ、この喧嘩は連戦連敗となる。

負けの美学というものもある。が、これから先まだまだ人生が始まったばかりの学生たちには、何もわざわざそんなルートを行かせる必要もない。それでなくとも、教育、教員を取り巻く環境は厳しいのだから。

「私語」の指導について、私は学生たちに厳しい要求をした。

『授業中の私語と言うのは、ほとんどの場合その原因は教師にある』

というのものである。なんとななれば、学習者は、授業がつまらないとき、わからないとき、わかりすぎるときに私語をする。これらは授業をコントロールする教員が解決できる問題である。

『君たちは、仮に大学の授業等で、(つまらないなあ)と思う授業があり、私語や内職をしたとしよう。教師が悪いのだと言い訳をして。だが、あと一年で君たちは教育実習に行く。子どもが私語をしたら、それは君たちの責任になると言うことを理解しなければならない』

いままで場合によっては人ごとだった私語の問題は、あと一年で我がごとになるのである。私語は、君の問題であり、解決する責任は君にあると言ったことになる。これを解決する力量をつけよと要求したことになる。

さ、学生諸君、頑張れ。

あちゃあ、俺の人生で間に合うのか

(あちゃあ、俺の人生で間に合うのか)
と思うことが、若いときに大事なのではないかと思う。

自分には不可能ではないかと思えることを、やりのけている人に出会うこと。
これである。

実在の人物でもいい。
本の中の人物でもいい。

このような人に出会えれば、のんびりしていることはできなくなる。出会いを求めるべきである。

2008/12/09

原稿依頼を書いていて改めて思った

原稿依頼を書いていて改めて思った。

10代前半までは、やらされることが人生だと思っていた。

30代前半までは、やりたいことをやるのが人生だと思っていた。

その後、
35歳ぐらいからは、お願いされることも人生だと思った。

で、いま。
お願いするのも人生だと思っている。

いやあ、この先どうなるのだろうか。
人生は一回しかないから面白いんだろうなあ。

鳥肌が立つ思いだ

ふう、なんとか終わった。
原稿の依頼に明日の授業の準備である。

明日の教室で企画している本で、執筆をお願いしたい方へ依頼のメールである。私のところにだけメールアドレスのある方を中心に、出版社からの依頼文が届く前に、事前依頼のメールを送った。

送った瞬間から返信の波が、日本各地からやってきた。

「了解!」
「なんで、池田さんの依頼を断るの?」
「勉強させて頂きます」

ありがたい。本当にありがたい。
正式な依頼の内容も見ていないのに、二つ返事で日本中の凄い先生たちが引き受けてくださっている。また、厳しいスケジュールを控えているにも関わらず、前向きに調整してくださる旨の連絡を頂ける先生もいらっしゃった。
鳥肌が立つ思いだ。

いい本にしたい。
少しでも、学校教育現場に立つ学生、立ったばかりの先生たちの力になれればと思う。

授業の準備は、結局やりだすときりがない。
たぶん、明日の90分の授業では終わらない。来週の90分でも終わらないかもしれない。だけど、そのぐらいは作っておかないと、きちんとした授業にはならないのは、分かっている。授業は恐ろしい。手を抜くと簡単に崩れてしまう。

授業。業を授けるのである。

『大辞泉』より引用開始 ーーーーーーーーーー

ぎょう【業】ゲフ

なすべきこと。仕事。わざ。「畢生(ひっせい)の―」

暮らしの手だて。生業。職業。「家の―を継ぐ」「菓子の販売を―とする」

学問。技芸。「―を修める」

ごう【業】ゴフ
《(梵)karmanの訳》

仏語。人間の身•口•意によって行われる善悪の行為。

前世の善悪の行為によって現世で受ける報い。「―が深い」「―をさらす」「―を滅する」

理性によって制御できない心の働き。

引用終了 ーーーーーーーーーー

もちろん、「ぎょう」と「ごう」は違うのだが、「ごう」の3番の意味、「3 理性によって制御できない心の働き。」というのは、なんか授業にも関係あるような気もしてしまう。

とまれ、なんとか終わった。
明日(というか、今日)の朝、もう一度見直せば大丈夫だ。さ、寝よう。

今日は、奥さんの誕生日でもある。早く帰ってこよう。

2008/12/08

一歳児、恐るべしである

月曜日は仕事の日である。抱えている原稿や、授業の準備をいっきに片付けるのであるが、これがなかなか進まない。

水曜日締め切りの原稿を一つ仕上げたのは良いが、もう一本水曜日締め切りの原稿の、原稿依頼を大学においてきてあり、これは明日以降頑張るしかない。

そこで授業の用意をしようと思ったら、あれ、参考図書がこれまた研究室である。何をしているのだ。

えーい、天気がいいからベランダに寝転んでしまえ。
ふて寝をしばし。

それにしても空が青い。
比叡颪はマンションが防いでくれるので、我が家の南側はほとんど風がない。十月上旬ぐらいの天候と思われる。日差しだけだったら暑いくらい。

太陽は湖面に反射し、我が家の天井に反射している。天然の水盤である。贅沢だなあ。

昼ご飯の後、気分転換にマンションの中を娘と散歩。
お出かけのためにちょっと服を着替えさせると、もう、出かけるのが分かるのかニコニコ。私もちょっと着替える。そしたら、お母さんにバイバイする。着替えていないお母さんは、出かけないものと判断しているのか。

玄関で靴を履くのも覚えた。娘専用の小さな椅子にちょこんと腰掛ける。家に入る時は逆にここに腰掛けて靴を脱ごうとする。一歳児、恐るべしである。

一階のロビーで嬉しそうに歩く娘。私は本を読もうとしているのだが、まあ、飾りのようなものだ。娘を見ている方が楽しい。

それを知ってか知らぬか娘は、私の本を取り上げて別のテーブルに持って行く。
ではあるが、そんなところに
『お〜い、それを持ってきて』
と言うと、娘は持ってきてくれる。

中庭に出ると何やら石を拾っている。楽しんだのを見届けて
『はい、それはポイしようね』
と言うと、元に有った場所まで持って行って置いている。
『かしこいなあ〜』
と頭を撫でる私。
娘も満足そうである。
一歳児、恐るべしである。

そうこうしていると、おとといの明日の教室の仲里先生から、私が出したお礼へのお礼のメールが届く。教育へのほとばしる思いが、メールから溢れている。活字であろうが手書きであろうが、手紙であろうがメールであろうが、伝えることのできる人はいるのである。

改めて思う。

さ、今晩は飲まないで仕事の続きである。

餅つき大会

12/7

午後から今日も大学へ。
児童教育学科のエクステンション企画で、地域の子どもたちと親御さんと一緒に、餅つき大会をするのである。今回は、一参加者として出席。娘を連れて行った。

学生たちは、昨日から米を水に浸したりあれこれ準備をしている。餅つきを最初から最後まで取り仕切れる大学生ってどのぐらいいるのだろうか。これはこれでいまの大学生にしては、結構凄いことではないかと思う。

娘は、大学についたところでぐっすりと寝てしまった。しばらくMINIの中で抱っこしてお休みである。私は娘を抱えたまま読書。

30分ぐらいで目が覚めたので、受付に向かう。
一年ぶりに娘を見た学生たちは
「うぁ〜〜〜、可愛い!」
と叫ぶ。
うむ、よくわかっている。

「うぁ〜〜〜、先生に似ている」
うむ、これも大儀である。

「うぁ~~~、先生に似ているのに、可愛い!!」
ん? 後で研究室に来なさいである。

大勢の人の中にまだ娘は入れない。私にぴったりである。学生たちが次から次へと抱っこしようと挑戦しにくるが、娘は私の足に抱きついて動かない。無理にやろとすると泣き出しそうな気配。

幼児教育コースの名に掛けて、何回も挑戦する学生がいたが、ことごとく撃沈であった。

他の参加者がたくさんいるなかで、娘だけ特別に可愛がられているように思われるのも良くないと思い、ちょっと離れたところにお散歩にいく。

大学は坂道が多いので、手をつなぐ。
このところ、やっと手をつなぐことができるようになった。ま、私の指を握るということであるが。

まだ娘がちっちゃいので、私はつなぐ手の側を少し傾けて歩かなければならない。だが、娘は娘で一生懸命手を伸ばしているのだ。そのぐらいは我慢である。

大学の中庭には大きな階段がある。娘はこれを見て、目が輝く。なぜか階段は征服しなければならないとこのごろ思っているようなのである。「えっし、えっし」と言いながら上る。

最後はメディアセンターのエントランスの段差まできちんと上りきって満足なご様子。やりきった感ってのは、成長に大事だと思うんだなあ。

その姿を見て、私も満足。

餅つき大会は成功のうちに終わり、大量に蒸した餅を調理実習室であんころ餅にしたり、雑煮にしたりしながら片付けを進める。

こういう行事や生活の中に学びがたくさんあるのだが、これを体験することなく大人になる子どもの多いことよ。雑用しかまかされなかった子ども時代。そのうちに、ある部分を責任を持ってまかされるようになり、やがて全体を仕切るようになって行く。

こうして社会的に大人になって行くのだが、その道筋を日本人は手放して近代化を推し進めてきた。勉強だけしていれば大人になれるのではない。だからこそ、児童教育学科ではこんな取り組みをしているのでもある。

買い物をしながら帰宅。
ちょっと奥さんが体調を崩しているので、私が夕食のあれこれを。

私も早めに寝るのであった。

『詰めれば座れます』

12/6

今年最後の明日の教室。第19回だ。
午前中は、あまりの天気のよさにサッシの大掃除を始めてしまった。網戸と窓ガラスをごしごし洗う。

ホースで石けんの泡をどんどん流す。跳ね返って来ても日差しが強いので、冷たさはさほど感じない。窓ガラスの向こう側で娘が嬉しそうに手を振っている。

いい小春日和の一日になりそうである。

明日の教室は懇親会がセットである。だから、車ではなくて電車で行く。今回は、山科駅まで電車で行き、そこから歩くことにした。

というのは、忘年会で山科駅から大学まで歩いているというスピーチをした方がいたのだ。34分でいけるとのこと。
(これは検証しなければならない)
となぜか義務感が湧いてきて、歩いた。

私は40分であった。結構良い汗だ。
よし、飲み会があるときは、なるべく歩いて通うことにしよう。

本日は立命館小学校の仲里靖雄先生。「算数教育が専門」という方だ。私は算数が苦手である。あまりにも苦手なので30歳を過ぎてから小学校の算数の問題集をやり直したことがある。その結果分かったことは二つ。

1)小学校5年の下で躓いている。
2)文章題で出題者が聞いていること以外のことが気なる。

である。五年の下といのは、簡単に言えば比率のところである。そして、聞いていること以外のことが気になるというのは、答える内容ではなく、その問題文の条件設定が気に食わなくてそこにひっかかるのである。

こんな私が虚数に等差数列、微分や積分なんてのをこなし、大学院では統計の授業にも出ていたのだから凄いと我ながら思う。

「長椅子に何人座れるか」という問題で、割り算の確かめ算
の話をされていた。27人が5人がけの長椅子に座るとすると、いくつの長椅子が必要かという問題で、5脚だと2人が余るので、6脚という問題である。

これを元に問題文をあれこれ考えながら解いて行くのであるが、私はここに上記の2)の問題を見たのだ。子どもの頃の私であれば、必ずこう答えていたはずだ。

『5脚です』
「ん? 残りの2人は?」
『詰めれば座れます』
「はい、ま、池田君はね」

と流されていた。で、子どもの頃の私は、私が悪いと思っていた。
通常の算数のできる子どもは、この長椅子は5人しか座れないという暗黙の了解というか約束事を了解している。だから、どうしても二人が余るのである。

だが、私はこの暗黙の了解は受け入れない。そんなこと書いていないからである。だから、詰めれば座れるのである。6人で座る椅子が2つあって、あとは5人なのである。これを「はい、ま、池田君はね」と流されてきたのである。

しかし、仲里先生の話を聞くとどうも私は悪くないのである。そう思ってこのことを質問してみた。すると、あれこれ説明してくれて、私はすっきりした。

おい、小学生のころの私。君は間違っていないぞ。

さらに、算数の話では授業構成の話をしてくださった。ここは非常に面白かった。授業の不易と流行の話から始まり、その不易を考えるために何が必要なのかを、示してくださった。

簡単に言えば、授業構成のための「規準」である。算数ではあるが、国語にも十分に活用できるものである。

子どもから授業を作ろうとする時、この授業構成のための規準はとても重要になる。ここがないと、ぶれるのである。だから、ここは考えなければならないところである。今日は、ここについて重要な示唆を頂いた。

学級経営の話もあった。というより、ここがメインである。算数教育、授業構成ではなく、学級づくりである。

学級をつくり、子どもを育てることがメインであり、その過程に算数教育や授業構成があるのだと言い切る仲里先生。私もそう思う。子どもを大人に育てるのが、教師の仕事なのだから。

仲里先生は、明日の教室の最後に、
「まだ言いたいことがたくさんある!!」
と言って講座を終わられた。

こんな終わり方は初めてである。そして、そこに参加していたみなさんが、
(次が聞きたい!!)
と思った。

もう一度来て頂くことが、その場で決定した。

懇親会は、いつもの会場とは違う焼き鳥屋さんで。
思った以上の参加者で、席が狭い。
幸い、掘りごたつ形式だったので
「詰めれば座れる!」
という私の持論を展開するf(^^;。
座れたのである。
ほーらね。

糸井先生が仲里先生と話している。私もまだまだ質問があったので伺いたかったのだが、さすがにそれはまずいと思い、今回は我慢。次回にしよう。

二次会は「鳥飼」のあるお店で。
大阪で学び合いの考え方を基本にした塾を開こうとしている若者や堺ゆめ塾で私の講座を受けて明日の教室に参加した同志社大学の学生。そして、初めての担任で頑張っている丘さん。みんなそれぞれのところで頑張っているなあ、いいなあと思いながら飲む。

鳥飼が効いたのか、後半は記憶にない。
翌朝、ベッドで寝ていることが不思議だった。

肉体的な疲れに、知的な興奮が加わり、アルコールが解放したんだなあと、良い週末に感謝。

次回の明日の教室は1/24。宇治市立平盛小学校で、野村誠さんのコンサートを楽しみます。(無料)。そして、新年会を京都駅近辺でする予定です。

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