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2008/12/27

紙を斜めにして書く人の理由

>>他にも文字を書くときに、紙を斜めにして書く人の理由とかあれこれを聞いた。うーん、恐るべし。専門家。

とブログに書いたところ、お二人の方から質問を頂いた。関心のある方が多いようなので、改めて書いてみる。

私は、紙を斜めにして書くのは、

1)背骨が曲がっている。
2)書く時の癖。
3)姿勢が悪い。

の三つのうちのどれかと思っていた。
ところが、第四の理由があるということに驚いたのである。

ところでみなさん、ちょっと実験してみましょう。

1)家にある時計を見てください。
2)右手の人差し指と親指。左手の人差し指と親指で500円玉ぐらいの輪っかを作ってください。
3)1)の時計をその輪っか越しに見てください。
4)見えたら、右目をつぶってください。
5)次に、左目をつぶってください。

さて、時計は、右目をつぶったときに見えましたか? 左目をつぶったときに見えましたか?

右目をつぶったときに見えた人は、利き目が左目です。左目をつぶったときに見えた人は、利き目が右目です。

ここまでいいですね。
ちなみに、私は利き目は右目でした。

さて、何で文字を書くときに紙を曲げてしまうのかということです。特に縦書きの時です。

もうお分かりいただいたかもしれませんね。
手が右利きで、目も右利きの場合、書いている文字が右手で隠れてしまうので、紙を横にずらして書くことがあるというのです。

私はここまでは考えませんでした。
ところが、私は、手も目も右利きですが、紙はずらさずまっすぐに字を書けます。

さらに、眼鏡を外して細かいものを見ようとする時、右目をつぶって左目で見る場合が多いのです。

このことを眼鏡屋さんに伺ったところ、
「手の指を組んでみてください。どちらが気持ち悪いですか?」
と言われました。

実は私、どちらも気持ち悪くないのです。昔はどちらかが気持ち悪かったのですが、いまはありません。ですので、
『どちらも大丈夫です』
と話したら、
「あ、先生は両利きなんですね。手も目も両方を使うことができるのだと思います」
と言われました。

なので、私の場合は右利きで字を書いていて、縦書きの時は利き目も右にも関わらず、どうやら左目で文字を見ているようなのです。

ということを教えて頂いたのでした。

このことを知った私は、本人の努力とは別の部分で紙をまっすぐに置いてしまっては文字を書きにくい人がいることを知ったのであった。

人間は実に奥が深い。

コメントを下さったお二人さん、よろしいでしょうか。

2008/12/26

コメント欄にてお待ちしております

気がつくと年末であります。
一年の過ぎるのが早いこと早いこと。もう一つ早いこと。

このところテレビを見ない私であるが、年末の明石家さんまさんの「明石家サンタ」、小田和正さんの「クリスマスの約束」を見ると、一年が終わって行くのだなあと思いますね。

桃ビールを好む私でありますが、この桃ビールを越えるフルーツアルコホールを開発できないでいたのでありますが、今宵発見しました。惜しげもなく堂々とご紹介しましょう。それは、「洋梨焼酎」です。

ビールで確認すれば良いのでしょうが、私のビールの時間帯は終わってしまいそろそろ寝ようと思ったときに、ふと目の前にあった食べごろ洋梨に目が行きました。

(あ、これは行けそうだ)
と思うや否や、皮を剥いてグラスに入れて、冷蔵庫に入れて冷やしてある「鳥飼」を注いで頂きました。

ああ、うまひ。

そこでまた酔いながら、思うのです。

(ああ、この人が生きている時代に自分が生きていて良かったなあ)と思う人は誰なのだろうかと。

確かに、坂本龍馬の生きていた時代に生きてみたかったと思う人はいるでしょう。しかし、坂本龍馬の生きていた時代に坂本龍馬に関わりのあった人はごく少数でしょう。坂本龍馬は、歴史になって初めて私たちが出会えた訳です。

ではありますが、私たちはいまリアルタイムでこの人に会えて良かったと思える人と出会えています。それが、メディアの大きな役割ではないかと思っている訳であります。

みなさんにお伺いします。

この人に自分が生きているときに出会えて良かったと思える方はどなたでしょうか。特別に有名な方でなくても良いし、誰もが選ぶ方でも良いと思うのですが、さて、どなたでしょうか。

私?
奥さんは別として、やっぱり音楽関係で小田和正、桑田圭祐、荒井由美の三人はあげるでしょうねえ。他には、・・・。年末、みなさんのこの人を、もし良かったら教えてくださいませんか。

コメント欄にてお待ちしております。

新年会のお誘い

今年の正月は、東京で過ごすことになりました。

1/3に、二年ぶりに聖蹟桜ヶ丘で新年会を開きたいなあと思います。
時間のある池田関連の主に卒業生のみなさん。近況を肴に楽しい時間を過ごしましょう。昼過ぎからやりましょう。

http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2213754

に連絡を下さい。
人数がきまり次第、場所を予約します。

上は40歳の塾時代の教え子のみなさんから、下は合法的にお酒が飲めるようになったみなさんまでで、待っています。

恐るべし。専門家

うーん、やっぱり一眼レフは面白い。

なんといっても被写界深度を設定できるのが、良い。
主張したい部分にピントを合わせて、それ以外はぼやかすことができる。コンパクトデジカメでもできなくはないが、一眼レフの方がはっきりとできる。

また、子どものいる場所にはあれこれおもちゃ等が転がっているが、全てにピントが合ってしまうとこれらも一緒に写ってしまう。背景をぼやかすことができると、この問題は解消する。

また、連写もいい。
「ながたま」をセットして、連写で被写体を追っていると、機関銃で獲物を撃っているような感覚になる。これが男の狩猟本能を刺激するんじゃないかなあと、農耕民族の私は思う。

昼ご飯を食べて出かけようと思ったら、雪。
昨日の天気予報で雪ということを聞いていたので、朝確認したら山がうっすらと化粧をしていた。奇麗である。

今日は電車で市内に向かう。眼鏡を作り直そうというのが目的だ。どうも右目が見えにくい。そこで新しいのを作り直そうと決めたのだ。

で、これがさすがの専門店であった。いままでは大手のチェーン店ばかりで作っていたのだが、全然違った。

たぶん、品質はそんなに違わないのだろうが、その取り扱いが全然違った。利き目のチェック、左右の顔の凹凸のチェックなどをしながら、フレームを調整して行く。

私は眼鏡をかけると、どういうわけか右側が上がってしまい、眉毛の上のラインがまっすぐにならない。
『私の右耳の位置は左よりも高いところにありませんか?』
と聞いてみた。鏡で見ると同じ位置に見えるのだが、それ以外に考えにくい。すると、意外な答えが返ってきた。
「お客さんは、右耳の横の骨が出ているんですよ。ここに引っかかりがあるんですね」
『え”〜』

眼鏡をかけてもう30年にもなろうというのに、そんなこと初めて知った。その出っ張りがあるので、右側が上に上がってしまうというのである。もちろん、きちんと調整をしてもらってまっすぐになった。

他にも文字を書くときに、紙を斜めにして書く人の理由とかあれこれを聞いた。うーん、恐るべし。専門家。

こうなれば、私の情報を出して、きちんと作ってもらう方が良い。
『大学の教員で、コンピュータと本。それから授業が主な仕事です』
ということを話して、レンズの度数や種類の調整をしてもらった。

具体的には今までのレンズの度数よりも落としてみた。その方が本を読んだり、ノート型のコンピュータの使用には良いとのことであった。

家に帰って眼鏡を変えてコンピュータの画面を見てみる。
うひゃあ、画面が広い。
見やすいなあ。
なんだ、こんなに見やすかったんだ。

恐るべし。専門家である。

写真は、眼鏡ができるまでぶらついた錦市場。
正月の準備の品が売られていましたねえ。
ですが、思ったよりも人は少なかったです。

Nishiki

子どもの事実の中に私たちは

午前中は講座であった。
カーナビで確認し、講座開始に1時間余裕を持って家を出たのであったが
事故渋滞、道間違い、場所間違いとあって定時に遅れてしまった。
こんなの初めてだ。
申し訳ありませんでした。

今日の講座は『こんな時どう言い返す』の講座。生活指導主任が受講者ということで、あまり必要ないのではないかと思っていたが、帰り際にざっと感想文を拝見すると、特に若い先生方にはとても好評であった。

「うちの学校に来て校内研修をしてください」
「続きをまた受けたいです」
「他の講座もお願いします」

など全体の9割以上はこのような意見であった。
良かった良かった。

講座をしながらあれこれ考えていた。子どもを前にして「子どもは、こうでなければいけない」というスタイルから入る方と、子どもの事実を捉えて「子どもの事実からどう指導しようか」と考える方の二種類があるのだなあと。

言ってしまうと、前者は原理主義のように感じる。「正しい」原理原則があり、それ以外はダメというものである。確かに教育にはそのような一面がある。それを教えて行く必要はある。

しかし、「この正しさ」に従わない者は間違っている、というようにバサッと切ってしまえば問題が解決するかと言えば、しないのが教育であろう。

原理原則、さらには理論。これはとても大事。だが、子どもたちは原理原則の中だけに生きている訳ではない。むしろ、子どもの事実の中に私たちは、指導の糸口を見つけて行くことの方が多いのではないかと思う。

だから、うちの児童教育学科の演習では実践記録を子どもの事実に基づいて読んで行くレッスンしている。

また、大学院生のときにある先生が話していたことを思い出した。それは学びのストラテジーのある学生とない学生の差は、結構決定的であるということである。

簡単に言うと、素直に学ぶということ、目的を持って学ぶということなのだが、これができる人とできない人がいる。私の仲間には、両方ともできる人がいる。すごいなあと感嘆する。私は、前者は場合によってはオッケーで場合によってはダメ。後者はまあオッケーである。

ところが、どちらもダメと言う人もいる。自分だけが正しいとなってしまい、自分以外の何ものからか学ぼうということにならない人がいる。

教育実践書を読む時も、「ここがダメだな」というスタンスで読んで行く人と、「ここに学ぶべき点があるな」と言うスタンスで読んで行く人に分かれるのと同じだ。

後者のスタンスがある人は、きちんと批判をする。しかし、前者の人は、非難になることが多い。そして、非難だけして実践が弱い場合が多い。私が担当している学生は、そんな教師に育てたくはないと思う。

そんなことも考えながら、講座をしていた。

帰りに道ヨドバシカメラに立ち寄り、とうとう一眼レフを購入。
あれこれ悩んで考えて、一台を購入。

帰宅後早速娘を撮りまくる。
今までのカメラでは撮れなかった、表情や被写界深度を使った構図などが撮れる。
いやあ、可愛い。

年末年始のお楽しみが増えた。

写真は夜に上がった琵琶湖の花火。
手前のヨットにピントを合わせてみた。
これも今までは撮れなかったショットだ。

Photo

2008/12/25

クリスマスの日に研修

マンションでは、住民たちで隣人祭を行うとのこと。大きなマンションなのでいろいろな力を持っている人が集まっているのだと思う。

私はいまのところほとんど住民との交流はないのだが、定年退職をしたと思われる人たちは、この祭りを作ることで仲良くなっている様子。いいことだ。そのうち何かで、私もお世話になろう。

隣人祭をやっていたのをちらりと見えて、昼前に家を出る。
あちらこちらに用事があるので、これらを済ます。ふと通りかかった本屋で目に入ってくるものを買っていたら10cmぐらいの厚さになってしまった。まだ50cmぐらい読んでいないのに。
この冬に楽しもう。

京都駅ビルに行き、買い物と食事としていたらどんどん時間が過ぎる。ビックカメラにも顔を出して、情勢をチェックする。そうですか、そんなに安くなっていますか。不景気だなあ。

午後から会議が二つ。これで今年の大学での公のお仕事はおしまい。あとはほにょほにょだけである。だけど、このほにょほにょが大事なんだなあ。

で、明日は東大阪市教育委員会で講座。『こんな時どう言い返す』である。
最近は、国語より、こちらで呼ばれることが多いなあ。
ま、これも言葉なので関係はあるのですが。

クリスマスの日に研修にくるみなさんのために、しっかりやりましょう。

2008/12/24

12/27 講座案内 京都

明日の教室の常連の、ながたく先生からご案内を頂きました。
糸井先生も講師で出られます。
時間のある方、どうぞ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「教員採用試験を超えて」
 本物の教師をめざすために学び合おう!!

2008年 12月27日(土) 
場所 こどもみらい館(京都市 地下鉄丸太町下車すぐ)
13:00~17:00
☆講師紹介

糸井登先生 
宇治市立菟道第二小学校 教諭
佛教大学卒業後、小学校教諭。
ブログ「学校に新しい風を!」 http://susumu.exblog.jp/


☆スケジュール
13:00 代表あいさつ(中村翔一 スミレ幼稚園)

13:05-14:25 実践報告~若手教師たちの挑戦!~
1.保木井啓史(吹田市立ことぶき保育園)
2.則武千裕(京都市立梅津北小学校)
3.杉本直樹(大阪市立此花中学校)

14:30-15:00 現職教員との学び合い
「今、現場の先生に聞きたいこと、困っていること、考えていること」

15:10-16:50 シンポジウム&講演
      「教師になるために学ぶべきこと」
①学び合いの質問をもとに
②教師を目指す若者たちへ伝えたいこと
  糸井登先生(京都府宇治市立菟道(とどう)第二小学校 教諭)

16:50-   大橋功先生(東京未来大学 教授)  よりビデオメッセージ

引用終了 ーーーーーーーーーー

申し込みは、takuboya@cello.ocn.ne.jp
へどうぞ。

2008/12/23

お父さんの運転するポルシェに

(いよーし、原稿を仕上げるぞ)
と6時過ぎに起きる。まだ外は朝というよりは夜である。

寝て、すきっとした頭で、昨日書いた原稿に目を通す。
ぶつぶつつぶやいて、音の響きを確認する。
読者にそれほど必要のない情報はないかを探し、削る。

ところが、こういうときに限って、娘は早起きである。
リビングに向かう廊下を歩いてくる音がする。
ドドドドドという音に、かしゃかしゃというボタンが擦れる音が混じったものだ。

当然仕事は、中断。姫のお相手をいたす。
最近娘は、髪を梳ることをお好みである。大きな櫛で梳かしてあげると、とても気持ち良さそうな顔をする。そのうち、自分でもやり始めた。そして、私の髪もやってくれるようになった。

高年齢育児の親としては、梳る髪があって良かったと、心から思う訳であるf(^^;。

ではあるものの、午前中になんとか仕上げる。
この原稿は結構時間がかかったなあ。

本当はまだ推敲が足らないと感じているのであるが、ゲラを出してくれるということなので、その段階でもう一回推敲ができるので、印刷所にまわすのは早い方が良いであろうと思い、メールで送信をした。

原稿を送信する時のクリックは、なんとも言えない。

午後からは京都市内に、娘のクリスマスプレゼントを探しに行く。山中越えは順調であったが、高島屋の駐車場に向かうと、駐車場に入る車で大渋滞。諦める。これだと大丸もダメだろうということで、結局京都駅の伊勢丹に向かう。

こちらはまあ大丈夫であった。が、肝心の娘のプレゼントがない。年末の食材とか来年のカレンダーとかを購入して戻ってくる。結局プレゼントは地元で手に入れた。

私は見ていなかったのだが、伊勢丹の屋上で娘を遊ばせていたら、外国人観光客らしき親子が娘のところにやってきて、何やら日本語ではない話をし、写真を撮らせてほしいと伝えてきたそうだ。そして、奥さんによると片言の日本語で「かわいい」と言ったらしい。

娘は、どこぞの国の誰かのカメラに納まったそうだ
ま、国は違っても、愛されるってのは嬉しいものだ。

ちなみに、プレゼントの一つはポルシェ911カレラS。娘は早速気に入って遊んでいる。もちろん、ミニカーである。

いつか、お父さんの運転するポルシェに乗せてあげたいねえf(^^;。



2008/12/22

大学教員の楽しみの一つ

他の話題も。

児童教育学科の一期生は、四月から三回生になる。これは何を示しているかと言えば、採用試験まで一年半になったということであり、専門ゼミが始まるということでもある。

前者に対応して学内ではいろいろなことが動いている。学生たちは模擬試験を受け始めているし、児童教育学科は文学部を離れて人間発達学部に差来年度から移る。他にもあるが、まだ書けない。それで後者は、来年の1/8にゼミの希望が提出される。

今年の最後の基礎ゼミの時間に、ゼミの希望を書く用紙は配布した。どのようにゼミ生を受け入れるかの話もした。が、相談に来る学生たちがいる。

学生とすれば、自分がやりたいことを学べる環境に身を置きたいというのは、あたり前のことであろう。しかし、私はこれを理解しつつも、違うことを学生に話している。

『希望というのは、自分の経験と願いを元にして作られているわけだな。ということは、希望通りというのは、実はその人に大きな成長のチャンスを与えないことにもなるというのを理解するか?』
「?」
『私も学生時代にはよくわからなかったのだが、もしあのとき私が中央大学系列の付属高校に進学していたら、私は今頃弁護士になったかどうかだろうなあ。もし私が一浪後、早稲田大学に進学していたら、国学院大学で竹内常一先生には出会わなかったなあ。もし、私が高校の教員に受かっていれば、大学院に派遣されることはなかったろうなあ。もし、私が・・・、ってまあいいか』
「はい」
『わかるか? 希望通りにならなかったことが、私の人生の幅を広げてくれたんだなと、いまは思うのだよ。あのとき、希望通りにならなかったと言って、目の前にあることをやらずにいたら、つまらない、人のせいばかりにする人生を送っていたと思うのだよ。だけど、人生の前半を思い通りに進めなかったことが、その中でこんにゃろうと思ってやっていたことが、私の経験を増やして人生を面白くしているんだなあと、今は思うのだよ』

もちろん、全部が全部希望通りにならなかった訳ではない。教師にもなれたし、それなりに希望も叶っている。だけど、一つや二つ大事な希望が叶わなかったところで、だからなんなんだ? という思いも実感としてある。

ゼミが希望通りであれば、「おめでとう」であり、「注意をしなさい」である。また、希望通りでなければ、「うーん残念」であり、「ひょっとすると面白いことが待っているかもよ」なのである。ここが人生の面白いところだ。

こんな話を学生たちとするのは、大学教員の楽しみの一つかも知れないなあ。

ふじこ

12/22

原稿と格闘の日である。
研究室に籠って書いている。
研究室の扉には、

 学生諸君と業者の方へ。
 失礼、現在文章と格闘しております。予約緊急の方のみどうぞ。

と畳一枚程度の大きな紙に、筆で大きく書いたものを張って書いている。
しかも、ドアノブを掴むときにはこの紙を捲らないとダメなようにして張ってある。

これだけ丁寧に張り紙をしているのに、非常にあqswdrftgyふじこlp;@:「」
文章と向き合うということが、どういうことかわかっていないのだろうか。

このブログにはあまり不愉快なことは書かないのだが、
こればかりは書いておかねばと思う。

この情報が読めていないというのは、相当のおっちょこちょいか、
読めているとすれば、私の仕事を馬鹿にしているということになる。
いったい、あqswでrftgyふじこlp;@:;「「「「「「「「「「

文章の方はなんとか一段落をつけることができたが、あまりにも頭に来たので、
お腹を壊す。
私は、こう見えても繊細なのである。

ふう、体に良くない。
今晩は白湯でも飲んで体を休ませよう。

本日は冬至

12/21

学生たちのボランティアグループが子ども劇と人形劇をやるというので、昼前に娘を連れて大学に向かう。
時間があれば見に行くようにしている。内容はまだまだだが、以前に比べて運営が良くなってきたと感じられる。
さらに続けて行くと良くなると思う。

娘は、外に出ると静かになる。
公演の後、学生たちがやってくるが、逃げてしまい私にべったりである。

その反動か、家に帰ってきたらとても元気になる。
私は、寒くなったので家に入れたハンモックに寝転がっていたのだが、
その周りをぐるぐる回りながら嬉しそうに何か話している。

昼はまた頂いたうどん。
讃岐うどん系なので噛み応えがある。
かきあげ天ぷらを載せて、むはむふと食べる。

娘もほしがるので、あげる。
ほとんど噛まないで飲み込む。
満足そうな顔。
見ていて飽きない。

今日は「ごちそうさま」のポーズができるようになった。

本日は冬至。
カボチャとゆず湯を味わう。
健康で年末年始を過ごせますようにと。

クリスマスまであと四日だ。

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2008/12/21

気持ちよく慌てて、最終電車で帰宅する

12/20

相変わらず、娘に蹴飛ばされて起きる。朝、顔を洗うと染みる。顔に傷が増えている。まさか足の爪で引っ掻かれたのかなあと思う。

Asayake 今朝も見事な朝焼けだったので、じっくりと浴びる。体がちょっと冷えたので風呂にでも入ろうかと思ったら、娘が起きてきた。勝手にベッドから降りて扉を開けて歩いてきてしまうのだ。

娘を風呂に入れるときは、温めのお湯にする。たまには熱いお湯に浸りたいので、朝風呂は熱くする。だから、朝風呂は娘と一緒に入ることはできない。もう一度、寝室に連れて行って、どぶんとする。

ふう、熱い朝風呂は気持ちがよい。

朝ご飯の後に、娘とガーデンに行く。いまは休園なので近くの公園に向かう。
芝に寝転がって空を見た。
いやあ、広い。ここでも結構いいなあ。
土曜日の午前中だというのに、ほとんど誰も人がいない。

柔らかいサッカーボールを持ってきたので、その芝生の上でドリブルをする。娘は追いかけてくる。ちょっと遠くに蹴り飛ばすとぎこちない走り方でそれを取りに行き、持ってきて私に渡してくれる。うーん、子犬だf(^^;。可愛い。

そうこうしていたら、声をかけられた。
「この近辺の方ですか?」
『はい』
聞くと、熟年夫婦二人でここから武部神社まで歩くというのだ。え〜!
「10kmぐらいだと思うのですが」
『まあ、そうかもしれませんが、結構ありますよ』
「琵琶湖の周りは歩けますか?」
『んーん。琵琶湖の湖岸は滋賀県の土地ですけど、そこを続けて歩いて行くことはなかなか厳しいですよ』

今日から始めて、十数回で琵琶湖を歩いて一周するとのこと。そして、その一回目だという。記念写真をとってあげてお見送りをする。お元気で。

昼ご飯は、頂き物のうどん。
ぶっかけで食べたのだが、うまい。

器に盛られたうどんがものすごく多く感じたのだが、
(このぐらいが一人前なんだなあ)
と思って食べ始めたら、
「一人前は150g。そこには300gあるわ」
と奥さん。

気がついたらほとんど食べ終わっていた。美味しかったあ。

午後から関西青年塾。
今日は七つの習慣の渡辺先生。

幸せになるために何をするのか、ということを考える講座であるが、なかなか難しい講座である。

「幸せの形に拘らずに、人は自分を生きて行くのだから」

とブレッド&バターは名曲「あの頃のまま」という曲の中で歌っている。ま、歌詞はユーミだが。

私個人は、人に自分の生き方について、あれこれ言われるのが好きではない。放っといてくれと言うタイプであるf(^^;。言い方を変えれば、自分と自分の仲間とであれこれ悩み、調べ、考えて答えを出す方が向いている。

なんというか、哲学は教えられるものではなく、掴み取るものではないかと思っている私がいるのだろう。生きて行くための指針は掴み取るものという感覚があるんだろうなあ。

だが、公教育でここを一度考えさせるというのは、意味のあることだろうと思う。ありがとうございました。

その後、懇親会&忘年会。
3次会まで。
たくさん参加していたうちの学生たちとも楽しく。
わざわざ岡山から来ていた学生さんとも楽しく。

予約していた二次会会場の御陰でスムーズに二次会へ突入。
そこは先生ばかりの会。
こんなことを言われた。

「先生、申し訳ないのですが、一人の学生さんに思い切り言ってしまいました」
とのこと。何のことかと伺うと、うちの学生の考え方があまりにも甘いので、ガンガン言ってしまって、彼女の事情とかなんやらを理解していないことに気づき、謝られていたのだ。
『何をおっしゃいますか。ありがとうございます』
私はお礼を言った。
『そうやって親身に言ってくださることがとても有難いです』

私はあの学生が言ったであろうあれこれを想像することができる。そして、その思いをぶつけた学生も良しと思っている。学生たにには「生意気であれ、謙虚であれ、愛される人間であれ」と話している。自分の思いを話し、それを根本から否定されて、それでまた成長すれば良い。その機会を下さった先生方に感謝。

どこも混んでいるので3次会の会場が見つからない。
しかも、財布にはもう現金がなく、帰りの電車賃を100円借りている状態f(^^;。それでも名残惜しくて、もう一件を探す。
最後は、ホテルのバーに。

本日最後の一杯は、ピート香の強いウイスキー。
嘗ては、ピート香なんて何もいいと思わなかったのだが、このごろ、これが良い。たくさん学んだ一日を振り返りながら、バーのソファに体を沈めた。

気持ちよく慌てて、最終電車で帰宅する私であった。
乗り過ごさなくて良かった。

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