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2009/01/14

ユニークな実践

ユニークな実践というものが良い実践だという考え方が学生たちにあるように思う。

私が授業で紹介する実践が、学生たちから見るとユニークだというのである。そして、そんなユニークな実践をしたいと考えている学生がいるのである。

大辞泉から引用開始 ーーーーーーーーーー

ユニーク〖unique〗
〘形動〙他に類を見ないさま。独特なさま。「―な発想」

引用終了 ーーーーーーーーーー

となっている。なんというか、日本語でユニークと言うと変わっていて面白いという印象があるが、そもそもユニークにはそういう意味はない。変わっているということだけである。が、変わっていて面白いという意味で使っている。

ま、これはこれでよいとして。

で、学生たちは、私がユニークだからユニークな実践が生まれていると思っている感じがする。たしかにここは否定できないところではあるが、実はそんなところはどうでも良いと考えている。

私の実践や私が紹介する実践がユニークなのは、実践する教師がユニークである以上に実践者が関わってきた子どもたちがユニークだからなのである。ここは学生たちが見えていないことである。

私に限って言うと、私が何かをやりたいと思って、実践を重ねてきたことは実のところほとんどない。修士論文を書くまでやってきたディベートであっても、元々は子どもたちがやりたい、うまくなりたいというリクエストを出したものだから、それならばと調べて指導をしてきた訳である。牛に引かれて善光寺のパターンである。

子どもたちは、実にユニークである。
そのユニークさを追いかけ、そこに拘り続け、力をつけて行こうとする時、教師の実践は、あたり前であるがユニークにならざるを得ないのである。

自分からユニークになろうとするのは、違う。少なくとも私はそう考えている。子どもを追いかけていたらユニークになってしまったというのが正しい。

それだけ実践は豊かなのである。

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