冗談法人 狭山県人会
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(俺たちはどこにいて、何をしているのだろう)
そんなことを思った。
冗談法人狭山県人会の久しぶりの理事会であった。
冗談法人狭山県人会とは、東京の狭山丘陵をホームグラウンドにしたオフロードバイク乗りの集まりである。私はかつてここを根城にしてオフロードバイクで遊び続けていた。もう15年ぐらい前のことである。
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20代の後半、私は日本人学校の先生になるのもいいなあと思い、あれこれしていた。
海外旅行に行っては、その土地の日本人学校を見学したり、説明会のパンフレットを手に入れたりしていた。そして、どこの国に派遣されても言いよう、オンロードバイクからオフロードバイクへとバイクの種類を変えたりしていた。
オフロードバイクは、メインテナンスがオンロードバイクに比べれば楽で、砂漠等に派遣されてもまあなんとか大丈夫である程度にはうまくなっておこうと思ったわけである。
ところが、これをきっかけにしてオフロードバイクにハマってしまったのだ。
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狭山県人会の仲間たちと、週末ごとにキャンプ。さらに、レース。関東のあちらこちらの林道を走りまくった。富士山の裾野を走ることもあれば、登山をしたこともあった。
崖をよじ上ったり、崖から飛び降りたり。川を進んだり、横断したり。バイクごとすっ飛んだりでんぐり返りをしたり、骨折したりねんざしたり、擦り傷切り傷。雨の中も風の中も、なぜか知らぬがにやにやしながら走りまくっていた。
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私はマンションを購入し、バイクの置き場に困ったことからオフロードバイクを降りた。そして、日本人学校を目指していたが、ディベート教育にのめり込んだこともあり、いま日本を離れるわけにはいかないということを思い、日本人学校を目指すことも止めた。
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そんな仲間と10年以上ぶりの再会であった。
久しぶりに会う仲間たちは、変わっていなかった。人間は簡単には変わらないのである。教育の限界を感じつつ、一方で自己教育の可能性を感じるのであった。自分が楽しいことにはとことんまでのめり込む仲間たちであったが、それは変わらずであった。
(俺たちはどこにいて、何をしているのだろう)
10年も経っているのに、変わらない。面白いぐらいに変わらない。髪の毛が薄くなったとか、体重が増えたとか、しわが増えたとか。そんなことはまあ、そうなんだけど、その人間の面白さとか言う部分は、本当に変わらない。
それが心地よい。
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そして、理事会(のみかい)が終わった後、私は思うのであった。
(俺たちはここにいる。何をしているのだろう)
それもまた、心地よい。
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