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2009/06/08

エレベーターのボタン2

6/8

エレベーターのボタンについては、以前考察をしたことがある。

http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2008/10/post-2c8f.html

多くの人からコメントを頂き、この問題が日常生活に潜む、かなり重要な問題であることが理解されるに至った。ここに来て池田は、この問題をさらに多角的に検討すべく、新たな問題提示をしたいと思う。

エレベーターのボタン2である。

自分が先に乗っていて、エレベーターが閉まり始めたときである。締まりかけたドアに向かって乗り込もうとする人がいることを発見することがある。

(あ、しまっちゃう。まずい。これはボタンを押してドアを開けなければ!)

と思ってボタンを押したところ、閉まるのボタンを押してしまったという経験を持つ人は多いだろう。

(あ〜〜〜〜〜)

というドアの向こうの人の顔を見ながら

(いや、違うんです。私は開けようと思ったんです)

と言い訳したくても、エレベーターは既に上に向かって動き出しているのである。読者諸賢にも、このような経験をした方は多いであろう。

なぜ、このようなことになってしまうのか。
私は考えていた。
答えは、簡単であった。エレベーターのボタンが二つの意味を持つ記号になっているのが原因なのだ。

1

2 写真でも分かるように、閉まるのボタンは、矢印に従えば閉まるであるが、広がりに従えば、開くである。このようにこのデザインには二つの意味があるのである。私はどうも矢印よりも、広がりにメッセージを受け取ってしまうタイプのようである。

写真1が最悪なのは、デザインだけで差をつけようとしていることだ。写真2は、開くの方に緑のいろをつけて、安全を示そうとしている。閉まるの方に赤の色をつける選択も合ったと思うが、ネガティブメッセージを選ぶのではなく、ポジティブメッセージを選んだと言える。

だが、この色もあまり意味がない。普通に考えれば分かる意味も、慌ててしまっているときには二つの意味が混じってしまい、混乱させるのである。そして、開くのつもりが、閉まるを押しているのである。

これは私の性格が悪いから、このように「閉まる」を押してしまっているのではないかと考えることもできる。しかし、本日ゼミの学生たちに聞いてみると私と同じように反応する学生が多く見られたことから、私の性格が悪いと言うことが原因だとは良いにくい。

もちろん、私のゼミの学生たちの性格が悪いからなのだという意見もありうるが、それは学生たちの名誉のためにも(私もそう思う)とは言いにくい(^^)。

そういうことで、性格とは関係がないと証明されたわけである。このエレベーターのスイッチそのものに問題があるわけである。

どうしたら、瞬間的に「開けようと思っているのに、閉めてしまう」という愚挙を防ぐことができるのであろうか。私はあれこれ半年ほど考え続けていたのである。

そして、今朝方、画期的なアイディアに恵まれたのである。これにより、我が家のエレベーターと大学の児優館のエレベーターでは、問題なく「開けたいときには、間違いなく開ける」方法が分かったのである。

ああ、ここに至って、私は「開けようと思いながら、閉める」という愚挙から解放されたのである。今後「開けてもらえると思いながら、閉められた」という行為があった場合、それは池田の性格問題だと思っていただいて結構であるf(^^;。

さて、池田はどんなアイディアを手に入れたのでしょうか。
実はこれ、今週のゼミ生への課題でもあります。

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コメント

僕も巷にあふれるいい加減なデザインは気になっちゃう質です。「意味わかんないし!」と街角のサインに突っ込むこと多々です。
デザインを単なる「見た目」と捉えている商品を多く見ますが、「機能とユーザビリティから生まれた必然」であってほしいです。その点、Macは素晴らしいと思いました。
エレベータのボタン一つにしても「もう、開けるっつったら、思わず押してしまう」ぐらいのボタンをデザインしてほしいですね。それを考えることは、エレベーターの使い心地の良さを向上するのに役立つのに。
こういうことって何もモノでなくても、電話の対応から資料作りまで全てに言えることだと、かねがねスタッフに言い続けています。デザインは大切だよ〜と。

あ、ちなみに、僕は手でドアそのものを止めます。

>>その点、Macは素晴らしいと思いました。

をを、タツヤもMacだったっけ。
Macは思考の自転車だけあって、思考の流れを止めないよな。私にはなんでわざわざ面倒くさいWindowsを使うのかがよくわからないんだなあ(^^)。

>>エレベータのボタン一つにしても「もう、開けるっつったら、思わず押してしまう」ぐらいのボタンをデザインしてほしいですね。

そうそう。迷った段階でアウトな訳です。機能美を追求してなおかつ、デザインでなければならないと思うんだな。

>>あ、ちなみに、僕は手でドアそのものを止めます。

私もそれはやります。ですが、今回の解決策はこれとは違います(^^)。

昨年、先生にこき下ろされたiPhoneも、使えば使うほど使う人のことを良く考えているな〜と感動します。使ってみてくださいよ。Appleの姿勢がさらに理解できますよ(笑)

>機能美を追求してなおかつ、デザインでなければならないと思うんだな。

ユニバーサルデザインについて以前考察したことがあります。

http://www.shinra.or.jp/archives/tatsuya/001697.php

最近、いいなあと思うデザインは、調べてみると弱視の方や老人向けに配慮した結果という例が多いことに気がつきました。

>>昨年、先生にこき下ろされたiPhoneも

いやそうではなくて、私はキーボードがないものは使いにくいなあと言うことなんです。ですが、使っている人の入力システムを見せてもらったところ、携帯電話の入力システムよりは明らかに便利ですね。ちょっと使ってみても良いかなあと思い始めています。

だんだん目が見えなくなる。本当に辛いでしょうね。たぶん、ベーチェット病ではないでしょうか。さだまさしさんの『解夏』で扱われたテーマです。

私も歯や目や耳などにあれこれ抱えていますので、人ごとではなく、我がごととしてデザインを考えるようになっているのでしょうか。

「左手(利き手ではない方)でボタンを押す」
ではないですか?

んーんと、それでうまくいくのかな?
私はそれではうまくいかないと思うのですが。
私のは、いまのところ100%大丈夫です(^^)v。

この問いかけを見たときに、たぶんこうではないかと思ったのが「開」「閉」二つのボタンを一緒にピースサインで押すこと。
「開」が優先するのではないかと思ったのですよ。
でも、田舎に住んでいるとエレベーターに乗る機会がないので、そのまま失念していたんですが、今日、姪のお見舞いに町立病院に行って、あっそうだと思って確かめました…開きました。
これは池田先生のアイデアと違ったとしても、有効だと思いますよ。製造元で違うということはたぶんないでしょう。
ちなみに、マークは「開(緑)」「閉(灰)」でした。わかりづらい。

spring先生、池田です。
これ、結構面白いネタなので、私の考えはネット上に公開しないことにしました。メールでご連絡いたします。
ありがとうございました。

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