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2009/07/09

おい、俺の字はそんなに怖いかf(^^;。

7/9

国語科教育法では、日本の和歌の歴史を紐解きながら、俳句の成立までを講じる。そして、俳句とは何ぞやを講じ、さらに句会へと授業を進めた。ちなみに、

句会のやり方については、句会をしよう
~俳句をつくる、楽しむ、評価する~

というDVDを作ってあるので、興味のある方は参考にしていただきたい。

で、句会の方式を知っていると、授業の幅は広がる。そんなに難しいことはないのだが、実際に句会に参加したことのある人は少ないだろう。

私とて、正式な句会に出たことはない。ただ、学生時代にアルバイトをしていた塾の先輩講師が、江戸時代の黄表紙の研究をされていたので、宴会の後に句会や連句等で遊んでいたぐらいである。

しかし、それが私の授業づくりの重要なベースに育って行くのだから面白い。句会における「座の文学」の考え方を敷衍して、私は教室における集団の文学としての、句会、書き込み回覧作文、学習ゲーム、ディベートと自分の指導を展開してきた。

クラスを学習集団として育てるとき、この「座の文学」の考え方を大事にしてきたのだ。

だから、俳句の出来不出来は取りあえず置いておくことにして、句会方式を学生たちに体験させたかったのである。

句会は、作品と作者を切り離して、作品だけでその作品を解釈して善し悪しを決める。だから、思春期の子どもたちにとっては優れた方法だとも言える。○○が作った作品だからいい、ではなく作品だけで評価され、しかも、良い作品と評価されたもののみが名乗ることができるのである。

この句会には私も参加する。当然、私も名前は明らかにしない。私もガチンコの勝負となる。さらに、歴史上の有名人物の作った俳句も「豪華ゲスト」ということで紛れ込ませる。松尾芭蕉とか、夏目漱石とかの作品を一緒にいれて、楽しむのである。これはなんという贅沢な遊びなのであろうか。

関西青年塾でも先日、この句会を講座で行ったのだが、そこに参加していたN先生は、早速自分が担任する小学校で実践されたそうだ。すると、これが大盛り上がり。子どもたちはしょっちゅう句会をしているそうだ。そうなのである。実に楽しいのである。是非、あちこちでやってほしい実践の一つである。

昼休み、3限とゼミ生の模擬授業指導案指導。
まだ頭の中にあるものが出きっていない感じである。だから、指導も隔靴掻痒のようなものになってしまう。授業者が自分がやりたいことが言語化できることが、授業づくりには大事なのだが、上手く言葉になっていない。ここを指導。

さらに、評価や学習指導要領との関係も指導。
さ、頑張れ。少しずつハードルは上がって行く。

研究室で仕事を進めていたら、週末から採用試験を受け始める四回生たちがやってくる。私の『教師になるということ』を持って、サインを下さいという。ま、私の名前の一つでもあれば魔除けになるかと思い、書いてあげる。

すると、書いている側で泣き出す学生たち。どうしたことだ。
おい、俺の字はそんなに怖いかf(^^;。

「先生の字を見ていたら涙が出てきてしまいました」

泣いている場合ではない。
体調に気をつけて頑張れ。期待している。

その後、やっとのことで『明日の教室』第五巻の校正が終わる。ふう。

重いテーマを抱えている第五巻である。校正する私もきちんと正座をして読むという感じであった。いえ、読者のみなさんは楽に読んでください。読者に負担をかけないようにするのが、編集、校正の仕事ですから。

で、重たいテーマではありますが、今まで取り上げられることのなかなかなかったテーマを取り上げています。若い担任の先生は、そしてまじめな先生ほど、何か問題があった場合は(自分が悪いのだ)と抱え込むことがあります。もちろん、全く問題がないということもないでしょうし、関係していることもあるでしょう。

しかし、相手は子どもであり、保護者であり、社会であるわけです。担任一人で何とか出来ることもあれば、何にも出来ないこともあるわけです。チームや組織や関係機関と解決しなければならないケース、解決できないケースがあるわけです。抱え込んではダメです。

ですが、私も若造の頃経験したのですが、そうは言っても、どういうときにどこに相談すれば良いのかが分からないのが若手教員なわけです。

・担任一人では解決できない問題がある。解決してはいけない問題もある。
・どこに相談すれば良いのか分からないのが若手教員である。

ここいら辺りに焦点を当てたのが第五巻です。
今しばらくお待ちください。

その後、合計85通になるであろう学生の課題提出のメールを受け取りつつ、他のメールのやり取りをしつつf(^^;、結局今日も夕方までいることに。

今週も、いろいろとあった一週間であった。
明日はあさっての準備をし、土曜日からまた新たに始まる怒濤のような一週間に備えよう。

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