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2009/10/24

ネーミング考

10/24

野中先生が、「味噌汁・ご飯」の授業について三たび論を展開されている。ご本人は「ネーミングが悪い。(笑)」と仰っているが、私には非常にイメージしやすいネーミングである。

では、イメージしやすいネーミングとは何か。そのものの本質がごそっと掴める名付けのことである。私は
(ああ、そうか。野中先生はこれが仰りたいのだろうなあ)
とすぐに理解できた。

だから、私が提示した「味噌汁・ご飯」の授業の要素の3つ、1)日常的で 2)飽きが無く 3)安定した栄養素が保障されているとうものも、じっくりと考えたというよりは、割とすっと出てきたものである。

だが、さらに考えてみる。なんでこの三要素が出てきたのか。

1)ネーミングの妙
2)料理に対する知見
3)授業に対する知見

この三つがあったからだろうと思われる。メタファは、それぞれの持っている要素についての基本的な理解が無ければ、メタファそのものを理解できない。逆に言えば、メタファが理解できているという言うことは、それぞれの要素を理解しているということである。

私は「味噌汁・ご飯」の授業のネーミングに含まれている内部構造を外側に出しただけである。共通項を比較検討して、示したと言っても良い。

ちなみに、こういう作業は、割と好きである。例えば、免許更新講習は無くなるが、自動車の運転免許講習は無くならない。(ちなみに、イギリスでは70歳まで運転免許更新講習は無い。そして、日本はこの免許更新講習で、毎年何百億とも何千億とも稼いでいるとも言われている。これも無くせば良いのに。が、これは別の機会として)

この免許更新講習や免許の比較をしながら、教員の免許の意味って何なんだろうか?と考えると、面白いのである。比較検討というのをあれこれ楽しむことは、頭をオンの状態にするには、いい方法だと思う。

それにしても、示範授業である。
野中先生は書く。

引用開始 ーーーーーーーーーー

 それがよく分かるのは、初任者や教育実習者にしてもらう示範授業である。
 してもらうからありがたいのだが、発問と指示と説明の区別をするという基本から一時に一事の指示などがほとんどできないベテランがいる。それも数多く。
 私は、示範授業の内容を言っているのではない。授業の基本を問題にしているのである。
 はっきり言っておきたいが、目を覆う惨状である。

引用終了 ーーーーーーーーーー

私もそんなに多くの回数を見ているわけではないが、ときどき
(え、これ示範授業?)
と言葉に詰まるようなものを拝見することがある。

この原因の一つを野中先生は、この20年間日本の教育行政があれこれ日本の教育を壊してきたことにあると言われる。

具体的には、支援と指導の違いである。

この項、たぶん。つづく。

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