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2009/11/29

大津の晩秋ツアー

11/28

東京から奥さんの両親が観光に来ているので、大津を御案内する。

娘は、おじいちゃまと一緒にミシガンに乗るのをとても楽しみにしていた*1。本当はわたしも一緒に乗船する予定であったが、急遽変更。ミシガンは、我が家の前を通るので、私が家に残りカメラマンになることにする。

携帯電話にいまどこに乗船しているのかの電話が入る。カメラのレンズを望遠に変えて構える。いたいた。

なかなか良い感じに撮影できる。みなさん、ミシガンに御乗船の際はご連絡ください。撮影いたしましょう(^^)。

Photo

昼ご飯は、琵琶湖湖畔のお店に行く。
パスタを食す。さすがに今日は寒いのでテラスでは食べなかったが、それでもいい景色の中で食事というのは、やっぱり気持ちが良いなあ。毎日家でもいい景色であるがf(^^;。Hiru

その後、びわ湖ホールのカフェに移動してデザート。ここのカフェは、噂に聞いていたが良い。気持ちが良い。高い天井、広い空間、白と青一色の世界である。Cafe

今日は、世界的なバレエの公演があるので、開演前のカフェは人で一杯であったが、時間になると一気に人がいなくなり貸し切りであった。うーん、贅沢。

で、ここのホール、大中小とあって、小ホールは300人程度。さらには研修室もある。場合によっては、ここで明日の教室を開催しても良いなあと思った。300人人が集まる明日の教室って、うーん、ありかもなあ。野中先生の京都の時は150人の席だったからね。

良い勉強と、すばらしい景色。終わってからの懇親会の場所さえ決まれば、ありかもしれない。

娘は、おじいちゃま、おばあちゃまが家にきてくれたので、興奮。あれこれ自分の宝物を見せて、やらせて、「もう一回」とおねだりしている。

良いもんだなあ。

夜は、「日本一のうなぎ」と日吉大社の紅葉のライトアップへ。日本一というのは野口雨情がそう言っているのである。逢坂の関にある。日本一かどうかは分からないが、なかなか美味しい。夜景もいい。Unagi

Hiyosi 日吉大社は、かつてあべたかさんをご招待したお社である。なぜか、夜のライトアップは、無料なのである。さらにお薦めは日吉大社の隣の旧竹林院。ここもライトアップの時は無料なのだ。Kyuutikurinin

ライトアップをやっている時間ぎりぎりだったが間に合った。紅葉自体はもう終盤であったが、良い時間であったな。

今日は大津の晩秋ツアーであった。

*1 「おじいちゃま」と娘が言うのを聞いて、なんとも可愛いなあと思った。小さな女の子が、「おじいちゃま」というのは可愛いのだと思う。やがて私もおじいちゃんになるのだが、「おじいちゃま」と言われてみたいなあと思ったf(^^;。

2009/11/28

325iツーリングMスポーツのインプレッション

11/27

325iツーリングMスポーツに乗り換えて一ヶ月が経つ。あらためてMINIとの違いを感じる。

排気量、駆動方式、ミッションなどちがいがありすぎるので、比較そのものができないのであるか、それを前提で325iツーリングMスポーツのインプレッションを書いておこう。

まず、一番の違いは、低速での走行である。これは予測していなかっただけに違いのインパクトが強いのかもしれない。

325iは、低速での走行が楽しいのである。50キロの道を40キロぐらいて走っていてイライラすることがないのである。

高速安定性も言うまでもなく良いのであるが、低速域でのどっしり感がものすごく良い。MINIの踏めばすぐに飛び出す感じとは違い、
(本当に行くのね?)
と確認するようなアクセルレスポンスがノーマルのオートマ状態。これがスポーツドライブのオートマだと
(もう、行けっていったんだからすぐに行っちゃうかんね)
と飛び出す。

が、低速でのまるで線路の上を走っているかのような安定性が心地よいのでそちらを選ぶ。結果的に安全運転になっていると思われる。

室内の高級感。
ま、これはそうだろう。オールレザーは凄い。メーター類もシンプルでいい。

サンルーフもワゴンなので、広く開く。
夏は開けると暑いだろうが、この時期の夕方から夜に開けるのは心地よい。ムーンルーフとして楽しむのはいいなあ。

さらに、この時期とても重宝するのがシートヒーター。職場に到着するまでに車内が暖まることはあまりない。

だから、シートヒーターで体を包み込むように温めてくれるのがいい。すぐに温まる。

エンジン音。
これはなんとも言えない。MINIのサウンドもよかったが、こればかりはV6のシルキーサウンドには軍配が上がる。二速で固定して高速道路のスロープを駆け上がるときなど、本当にゾクゾクする音で駆け出してくれる。

思った通りではあったが、燃費。

これは明らかにMINIの方が良い。ま、仕方がないね。ただ、リアルタイムで今の燃費がどのぐらいなのかが示されるメーターは、ときにはナイーブになるな。オンオフができると良いのにと思う。

なんとなくではあるが、純粋なガソリン車に乗るのは私の人生でこの車が最後のような気がする。どんどんハイブリッドやEVに変わっていくのだろうと思うと、私も次はそうかなとも思う。

リッター30キロを走る車が出てきているのに、その1/3ではねえf(^^;。でも、それを承知でなおかつ、十分に楽しい車なのではある。

今年は早めにスタッドレスタイヤに履き替えることにした

11/27

今年は早めにスタッドレスタイヤに履き替えることにした。来月の頭には福井県で研修会があるからである。

私の住む湖西では、引越して来てから雪が降ったなという感覚はない。寧ろ少ないという思いの方が強いかな。

しかし、チェーンを装着する事ができないクルマである。早めに交換である。FRで雪道の坂道なんて想像するだけで怖い。

ということで予約していた時間に店に着いたのだが、トラブル発生。ランフラットタイヤでは時間が掛かるというのである。

うーん。困る。
ランフラットの装着が大変なのは知っている。だから、事前に電話で確認して、その値段で、その時間で、出来るという事でそこにお願いしたのにもかかわらず、こういう対応である。

このことを告げると幸いにして今回の店は、すぐに対応してくれたが、なんかこのところこういう電話で確認したのにもかかわらず確認の内容と違うという案件がふえてきているように感じる。

(俺の思い込み違いかなあ)
と思い返すこともあるのだか、やっぱり違うんだよなぁ。社会全体でいうと相当のロスになっていると思うな。

で、スタッドレスタイヤであるが、乗り心地はほとんど変わらない。もちろん、雪道での性能が分から無いと意味はないのであるが、ドライではかなり良い。雪道が楽しみである。

Hiei

タイヤを履き替える間、娘と公園で遊ぶ。ちょうど我が家の対岸の公園で遊ぶ。

比叡山の紅葉がなかなか良い。秋の花を摘んだり、歌を歌ったりしながら遊ぶ。

読書しながら遊びを見守るというところまで、後すこしかな。

写真は、クリックでかなり大きくなります。琵琶湖の西に広がる比叡山とその空をお楽しみください。

2009/11/27

今朝も朝日を楽しむ

11/27

気持ちよく飲んでいたらリビングで撃沈。
床暖房とお酒と充実感で飲むのは、体に悪いかf(^^;。

早起きしてしまったので、今朝も朝日を楽しむ。
今日は、スノータイヤに履き替える予定である。

Sunrise

2009/11/26

ああ、スッキリした

11/26-2

ぬはははは。
終わった終わった。
私の人生が終わったのではない。

懸案の、NHKから出された宿題と、12/4と1/15に福井県の中学校で行う模擬授業&校内研修会のハンドアウトに資料づくりと、月曜日の小学校での研究授業&校内研修会の資料づくりが終わったのである。うれしい。やればできるじゃないか、俺。
これで週末は予定通りに過ごせるな。

ああ、スッキリした。
あとは、監修本の第二巻と第三巻のお仕事だな。
これは、来週だ。

なにか良いことがありそうな、一日の始まりである

11/26

本日授業の日。昨日とは打って変わって、朝日が奇麗な朝であった。
なにか良いことがありそうな、一日の始まりである。

Imgp9615

いやあ、今日の授業はどれも良かった。自画自賛というのではなく、良かった。というのは、今日の授業はほとんどが学生たちが作った授業だったからである。

3回生 国語科教育法2

四回続けて行う模擬授業の最後のグループである。今回は古典である。「平家物語 那須与一」を群読で行う。群読の何たるかを理解していない学生たちが、自分たちで勉強を進めて、授業を作り上げたのである。

もちろん、説明が不十分だったり、指示ができていなかったりするわけであるが、今まで他のグループがやってきた模擬授業を参考にしてあれこれと磨きあげていこうとしていた姿は良かったな。

終わった後の自評では、
「もう一度やりたい」
と即答する学生たちであった。

そう。そうである。ここからがスタートである。努力をすれば成功するということはない。しかし、成功した者は必ず努力をしている。ここから始めれば良いのである。

2回生 児童教育総合演習

学生が行っているフィールドワークについての検討会である。小グループに分かれて、自分の小さな実践記録を発表し合い、その中で全体で議論したい内容について、全体に発表をし意見を交換させる。

6グループを行う予定であったが、いろいろな問題を提起してきたので、時間が掛かった。4グループで終わってしまった。残りは来週。しかし、学生たちが問題を発見する目を持ち始めている、問いを立てようとし始めているのが分かる発表であった。

来週も楽しみである。

3回生 教職総合演習

先週までが、私の大人論。そして、今週からグループに分かれての課題別発表である。今週は「コンピュータゲーム」である。発表者たちは実際にwiiを教室のプロジェクターに繋いで、受講学生に体験させると言う手法を使って発表していた。

そして、なぜこのコンピュータゲームを取り上げたのかの説明、コンピュータゲームの歴史、否定的な側面、肯定的な側面についての発表、検討を行っていた。もちろん、ハンドアウトには参考にしたHPのurlに、参考文献一覧があり、授業には実際にその本を持ってきていた。

彼らの準備が終わるまで私は、授業が始まってから前説をやっていたのだが、彼らは準備が終わると、それぞれの腕時計を外し机の上に起き、
(早くやらせろ)
とでもいわんばかりのデモンストレーションをするわけである。

なんというか、
(をを、彼ら彼女らは、教育実習を終えたんだなあ)
という感慨があった。

今日の学生が行う授業の中では、語りが段違いに良かった。一ヶ月間授業をしてきた経験の差であろう。また、発表の構成も良かった。ハンドアウトの構成に間違いがあったが、それは指摘すればすぐに直る者である。成長を少し感じられる発表であった。

来週は携帯電話についての考察だと言う。これも楽しみである。

ということで、今日の授業の日は、私が講じるのではなく、学生たちが自分たちであれこれするという、まさに大学の発表の授業となった一日であった。

育ててきた彼ら彼女らが、少しずつ花を咲かせ始めている。季節は秋から冬へと向かうが、授業はいよいよ春を迎えた感じである。

奇麗な朝日は、今日の良い授業の予兆だったんだな。

さ、学生たちに貰ったいい気持ち。
この勢いでもう少し仕事をしてしまおう。

教育研究会「明日の教室」関連のご案内

教育研究会「明日の教室」関連のご案内をブログのトップに置くことにします。

◆



2010年 研究会の予定



3/13(土) 石川晋氏 http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2010/02/313-7545.html

4/24(土) 野中信行氏 提案「味噌汁・ご飯」の授業



明日の教室の書籍1〜5と、DVD1~5が発売されました。



書籍は、http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-000/

DVDは、http://www.sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm 



からお求めください。

2009/11/25

本日は、「忘れ物指導」

11/25

学級担任論の授業では、場面別指導について講じ始める。 本日は、「忘れ物指導」である。

忘れ物指導という言葉は、忘れ物を勧めるような感じもするが、勿論、子どもが忘れ物をしないようになるためには、どういう指導をすれば良いのかということである。

私は、忘れ物を多くしてきたのでいろいろと考えることがある。一番思うのは、
「忘れ物をしようと思ってしている子どもはいない」
ということである。

忘れ物をすれば、本人は大変だし、周りにも迷惑を掛ける。わざと忘れ物をしようと思っている子どもは、基本的にはいないはずである。にもかかわらず、忘れ物をすると教員は子どもに、

「忘れ物をするな!」

と言う。忘れ物の多かった私からすれば、

『こっちだって、忘れ物をしたくてしているわけじゃないわい!!』

と言いたいところだが、子どもの頃はこの言葉が見つからなかったし、見つかって言ったとしてもさらに怒られていたであろう。

泳げない子どもに対して、教師は授業で「泳げ!」と言うであろうか。縫い物のできない子どもに対して「縫え!」と言うであろうか。そんなはずはない。泳ぎ方、縫い方を教え、さらに途中で分からなかったら、もっと細かく丁寧に教えるはずである。

忘れ物をする子どもは、忘れ物をしたいのではない。そうであるのならば、「忘れ物をしたくても、忘れ物ができないようにする」のが、指導なはずである。

ここを基本的な考え方として、どうしたらいいのかをあれこれ考える。現状を分析し、指導計画を立てる。例外規定はないか、子どもに負担は大きすぎないか、または甘やかしすぎていないか。何よりも、子どもが忘れ物をしなくなるような、せめて少なくなるような指導になっているかを考えて、講じた。

授業を終えて研究室でメールを確認すると嬉しい連絡があった。『教師になるということ』(ひまわり社)の初刷が、全部売り切れたとのこと。御陰さまで二刷りになるというのである。

(こんなテーマで本を書いていいのか、俺?)
と思いながら書き始めた本であるが、書く以上はきちんと腰を据えてかこうと思ったのが、二年前。こんなに早く二刷りになるとは思わなかった。

どこかで小書が、これから教師を目指そうとする若い人たちの役に立っているのであれば、嬉しい。

他にも、校内研修会の打ち合わせのメールや、心配していた学生からの元気なメールやらがあって、忙しいやら嬉しいやらである。

で、水曜日は会議。
今日も長く、かつ、重要な会議であった。勉強になるなあ。
16:00から始めて、終わったのは20:00ぐらいだったか。

さ、明日は授業の日である。

モノトーンの世界

11/25

琵琶湖は昨日にも増して、空に漂っています。
モノトーンの世界です。

Mono









こんな光景には、日向敏文の曲だなあ。『REALITY IN LOVE』の「Reflection」が合うなあ。ああ、『Sarah's Crime」』も聞きたいなあ。

慌てて、カセットテープを探すが見つからず。これは精神衛生上良くないと判断して、Amazonで検索。え、なんで、こんな名盤が廃盤なの? だけど、ここはもう中古でも良い。手に入れておこうと思い、ゲット。

明日は、一日中『Sarah's Crime」』を聞いていることでしょう。

って、日向敏文さんを知っている人は、私のブログの読者にどのぐらいいらっしゃるのでしょうかねえ。

2009/11/24

ダブルオッケー

11/24-2

娘を授かって、いつか言ってくれるのを楽しみに待っていた言葉が、「ダブルオッケー」である。

CanonのムービーのCMである。

「パパ 撮って!」
『オッケー』
「パパ 撮って!」
『オッケー』
「ダブルオッケー」

というあれである。要は動画も静止画も取れるムービーのCMなのであるが、これがなんとも切なく良かったのである。

(ああ、娘がいる父親は、絶対「ダブルオッケー」と言わせているだろうなあ)
としみじみ思っていた。

で、今朝。
オッケーを覚えて上手くいったときにこの言葉を言う娘に、何気なく
『ダブルオッケー!』
と私が言うと、
「ダブルオッケー!!」
と答える娘であった。

ああ。
娘よ、生まれてきてくれてありがとう。

大丈夫だと思うよ。しっかりね

11/24

霧の中の朝。
対岸も長良の山も霧の中。
琵琶湖全体が空中に浮かんでいるようにも感じる。

こんな朝は、来生たかおさんの「浅い夢」である。

フォークでも、ロックでも、ニューミュージックでもない曲。
最初に聞いた時は、大きなショックを受けた。
ディミニッシュコードを理解したのは、この曲のお陰である。

上野の不忍池でボートに乗っている時、この曲が流れてきたのも覚えている。上野公園の野外ステージで、来生たかおさんがライブで演奏していたのだ。全身鳥肌が立ったのを覚えている。

その時の、空気のようなものを今朝の琵琶湖は少し持っているように思えた。

で、「浅い夢」を聞いたら、無性に聴きたくなった曲が出てきた。「赤毛の隣人」である。これは、『アルバム 浅い夢』の中の一曲目「浅い夢」の次の曲、つまり二曲目である。

生意気な高校生だったころ、このアルバムは本当に大好きで、良く聞いた。だが、いまそのLPはどこかに隠れ、CDを買おうと思っても絶版である。諦めていたのだが、どうしても聞きたくなってあれこれネットを探した。

そしたら、なんと見つかったのである

いやあ嬉しい。
今日はいい一日になりそうだ。

と思ったら、ちょっとトラブル。
注文していた服を取りに市内に出かけたら、予定の日はとっくに過ぎているのに、まだ手違いで届いていないとのこと。ふむ。仕方がない。また来ることにしよう。

そう言う日もある。

授業前に、大学での卒業生が研究室に来てくれる。Macの専門店に就職した卒業生で、あれこれと教えてくれる。さらに快適なMacに進化である。ま、まだ新人なので私のリクエストに応えられないところもあったが、
「先生、宿題にします」
とのこと。うれしい。
よろしくね。

今日はディベートの授業。学生たちのディベート試合は、だいぶ順調になってきた。
さ、来週が団体戦の一回目のまとめである。

授業後、Macの設定をあれこれしながら、学生からの相談についてあれこれ考える。なかなか難しい問題である。一般的にはこうだと言える。だが、当事者になると、なかなか簡単にはいかないところがある。

判断するのは学生。
だが、相談された私は、私なりの考えをきちんと伝えてあげたいなあと思う。

大丈夫だと思うよ。しっかりね。

2009/11/23

私の回りの、今宵の他人

11/23-2

家に帰って買い物に行く。
微笑ましい場面と、ため息も出ないような場面に出くわす。

微笑ましい方。
4歳ぐらいの男の子が、店の中で後ろ向きに歩いていた。
「こら! やめなさい。危ないでしょ!!」
と母親の声。男の子は止める。そのまま歩いていたら私にぶつかっていた。ま、1mぐらい間隔があったので、私は気に求めずに歩いていこうとした。そしたら、

「危ないでしょ。ごめんなさいでしょ」

と子どもを叱る母親と父親。瞬間的に子どもは泣き出す。「ごめんなさ〜い」と。私は、何も問題はなかったのだが、ちゃんと謝る男の子が偉いと思って、
『大丈夫だよ。あやまって偉いね』
と話しかける。すると、ご両親は私に頭を下げて、男の子を抱きしめる。

他人はこうして、子育ての対象になり、褒める役も務めるわけである。社会の中で子どもを育てるには、こういう役割分担も必要である。

ため息もでない方。
買い物をしてレジで精算をしていたら、突然、

「お湯は貰えるの?」

と話しかけてくる声。なんだ?と振り返ると十代後半の男が、レジのお姉さんに話しかけている。私の会計をしているところに、なんの前触れもなく、話してくる。一緒にいた彼女が買おうとしているカップラーメンにお湯をよこせと言うのである。ジャスコでである。

傍若無人、自己中心、チルディッシュ。
ま、なんでもいいのだが、周りが見えない者である。一言言おうかと思ったところに、レジのお姉さんが
「当店ではご用意できていません。申し訳ございません」
というので、私は言葉をのむ。ま、さすがに若いお姉さんには
「順番を守って下さい」とは急には言えないだろうなあと思いながら。すると、

「あっちでもらえばいいじゃん」

とその男。さらに、一緒にいる女も「あそこで貰えるよね」とトンカツ屋を指差す。貰えないって。何で自分の都合のいいようにしか考えられないんだ。そして、貰えないと分かると頭に来ているし。

彼と彼女の将来を思うと、暗澹たる気持ちであった。

私の回りの、今宵の他人である。

2限の池田ゼミ終了。いやあ、今日も面 白かった

11/23

2限の池田ゼミ終了。いやあ、今日も面 白かった。

3回生なので卒論に向けてテーマを選び発表を始める。だいたい一人30分なのであるが、毎回延びる。議論を入れて60分ぐらい行う。発表者がハンドアウトを元にあれこれ話し、そこにゼミ生から質問が入り、私もあれこれ突っ込む。

本格的にこのテーマで行くかどうかは決定ではないが、学生が勉強してまとめてきた内容を、あれこれ突っついて、テーマに関する疑問を作りやすいように質問する。ちなみに今日のテーマは「若者語」。北原先生の著書等を引いてなかなか勉強してある。

私も面白くなってどんどん質問する。
さらに、論文としての形式を整えるために、どういうようなことをしたらいいのか、割と細かいことまでも話す。今のうちに知っておいた方がいい。後から知らされて
(だったら、最初に教えてくれれば良いのに)
とならないようにである。

今日の学生は、ワードでまとめてきていた。
ワードでまとめるのであれば、脚注機能が使いこなせることも大事であるが、目次機能も使えるようになっておくことが大事である。
http://www.paradox55.com/doc_tips_01_01.html
さらに、索引機能も。
http://www.paradox55.com/doc_tips_01_02_01.html

これを使わないで、手動でやるとなると相当大変なことになる。
3回生のうちに小さな論文を書いておくと良いと、お勧めする。

さらに、教育実習の研究授業の指導案を元に振り返りを行う。
研究授業を簡単に振り返り、授業がうまくいかなかった場面、思ったよりも上手くいった場面を取り出し、どうすれば良かったのか、どうして上手くいったのか。さらには、その授業の発展はどのようにすれば良かったのか。あれこれ語り合う。

一人の学生の課題、テーマをみ んなでわいわい突っつく。ゼミならでは楽しみである。というか、これがゼミである。

来週も楽しみだ。

午後は、来年度のあれこれにといて打ち合わせ。ホテルのラウンジで行なう。年々来年度の準備の締切が早くなって来ているように感じる。気のせいかなあ?

さらに市内の中心部に出かけて行き所用を済まそうとした。車で市内に入ったのだが、これが酷い渋滞。世の中は三連休の最終日なので、本当は避けたかったのだあるか、仕方がないと思って出かけたが、東山三条でめげた。

カーナビを見るとどこを見ても真っ赤。
どうしようかと一瞬思考停止。
で、諦めて帰ることに。
帰るにしてもとんでもない渋滞の中を行くのは勘弁。

瞬間的に山中越えを選ぶ。比叡山を登っていくルートである。これが正解。反対側の滋賀県から京都に来る車はここでも混んでいたが、私の京都から滋賀県はスイスイであった。

秋の三連休。
京都市内は車で来てはダメです。
本当にダメです。
良い勉強になりました。

このところ見る夢は自分でも面白い

11/23

最近、学級経営をしていた夢を見たばかりだが、このところ見る夢は自分でも面白い。

1)歯がぐしゃぐしゃにくだけてしまった夢。

歯が抜けるというのは、基本的には良く無い兆候だといわれている。抜けた後に生えてくるのはいいとのことだが。だが、私の場合は歯が粉々になってしまったのだ。

歯の質のもろい私は、虫歯になった歯がくだけたことも実際に体験しているので、そんなに違和感はないのだが、あの口の中の感覚はあまりよいものではない。

で、この夢が象徴しているものは何なのかと調べてみると、どうやら欲求不満だというのである。ははあ、あれか。と思うこともある。まだまだ欲求がある私に情けないやら嬉しいやらである。

欲求を希望に夢に、そして目標に変えて生きていきましょう。

2)王子になる私の夢。

とある学会に参加している私。なぜかとても引きつけられる年配の発表者がいて、その発表者の近くにいた。

すると、その発表者が手招きをする。一歩足を踏み出した瞬間、私は全てを悟り、とある国の王子になることを決意する。大学の教員を続けることは可能なようなので、
(明日のゼミは大丈夫だな)
なんて思いながら、その国の装束に着替える。

スタンディングオベーションで迎えられる。
(学生の幸せ、生徒の幸せともう一つ、国民の幸せを考えねばならないか)
なんて思いながら、その役目を引き受けようとしている。

お前は何を考えているのだ。
と目覚めてから夢の中の自分に突っ込みを入れる。

ある意味寝るのが楽しみである。

2009/11/22

いい夫婦の日である

11/22

いい夫婦の日である。
私の年代であれば、夫婦二人で出かけるということもあるであろう。しかし、うちはそうではなく娘の面倒を見ることが肝要である。

このところ娘は私にべったりである。
私がリビングでMacを叩いていると、すぐに膝の上に乗ってきてあれこれする。姫の申し出を断れるほど、父は強くはない。

午後から外は雨。
床暖房をつけているが、ちょっと設定を高めにしないと寒い。

そんな中で今日はスタッドレスタイヤの購入、NHKのお仕事などをシャカシャカ済ませ、12/3,1/15の校内研修会のお仕事の準備まで手を付け始めたのである。朝書き出したTO DOが【済み】【済み】と消されていくのは、実に心地よい。

風呂で読み続けていた『街場の現代思想』(内田樹 文藝春秋文庫)を読み終えた。いやあ、やっぱりいいなあ。私にとっての白眉は、第三章 街場の常識 「敬語について」である。

そりゃあまあ、国語の教師なので論語も読んでいますし、敬語の「敬」の字がどういう意味なのかは知っていましたが、その意味をこのように展開されると本当に心地よい。

まだ読んでいない方のために、ネタバレにならないように書きませんが、これは読むべきです。教職関係者は、特に読むべきです。

それにしても内田樹先生の文章は、なんとも刺激的である。心地よく裏切り続けながら、最後には、(そ、そうなんですよ、先生)というところに着地する。

ぬあんとも、心地よい。

夕方早めに風呂に入る。

音楽でも流そうと思って、iPod touchを風呂のスピーカーに接続する。何を流そうかとあれこれ探していたら、落語が目に飛び込んできた。
いやあ、これは思いつかなかった。湯殿で落語。これも一つの贅沢である。

本日は、古今亭志ん朝の「岸柳島」。
テンポの良い語り、高音と中低音を使い分けた語り、しゃきっとした滑舌、計算尽くされた「えー、あー、うー」。うーん、気持ち良い。

結末は分かっているのに、何回でも笑ってしまう。

明日は授業日確保のために、祭日ではあるが大学は授業。
その他にもあれこれあるが、月の前半よりは少しゆとりがある。

キャンパスの中を少し散歩できるかな。

ツイッターを始めて、少し分かったことがある

11/22

ツイッターを始めて、少し分かったことがある。
私は今までにツイートを随分してきているということである。

どこでしているかと言えば、多くは本にしているのである。本を読みながら、そこに呟いている(ツイートしている)のである。私の本は、あちこちに書き込みがあり、まさに「テキストの書かれているメモ帳」が私の本となっている。

そのツイートは、自分の思いつきであるからして本来、自分しか見ない。時々本を借りていく学生たちが、私がかつて行った書き込みを部分を見ることもあるかもしれないが、ま、それは例外。私だけが分かれば良い。

そして、時々、または偶然にその昔のツイートを見て、あれこれ思うのである。一度記憶の彼方に消え去った呟き。無意識層に消えていった呟きを再発見して、新たなアイディアを見いだしたりするのである。

ところが、ネットのツイッターは、この無意識の場所を電脳空間に求めることになると感じている。自分のツイートは、ツイートした瞬間にネット上に記録される。ツイートした本人は、その内容をほとんど忘れる。つまり、無意識層に放り投げてしまったのである。

しかし、それがネットの誰かのところに届くとき、そこが無意識層として働きだすのではないかと感じている。

本来、自分の呟きを自分で掘り起こして楽しんでいたことが、他人の呟きで楽しむことになるという構造なのかもしれない。

ただ、このとき、丸裸で電脳空間に投げ出された言葉や思いは、どんな風に漂っているのかなあと思う。そんなことを思うと、簡単に電脳空間にはツイートできないなあと、いまは思うのだ。

発見がなければ授業じゃない
−岩下修先生の国語の授業技法− 明日の教室DVD第4弾

11/22

明日の教室DVDも、これで早くも第4弾になる。
岩下修先生である。


発見がなければ授業じゃない
−岩下修先生の国語の授業技法−
岩下 修
立命館小学校 教諭

平成21年10月17日 於:京都橘大学

である。

岩下先生は、100冊もの著作を示されているが、私の記憶では授業をそのままライブで収録したものは、記憶にない。

授業は、同じ教材を使っても学習者と授業者の関係で、いろいろと変わる。教え込むことがあり、引き出すことがあり、指示することがあり、説明することがあり、自学させることがありといろいろである。

であるからして、授業は一回として同じものはなく、その場にいたものだけがその授業全体をまるごと浴びることができる。そうだとすれば、DVDに録画されたものは授業ではないと言えるかもしれない。

しかし、優れた記録者によって記録され、編集されたそれは、時に授業の意図をより明確にし、学ぶものに学ぶ視点をはっきりと与えてくれる。

是非、岩下先生のライブに迫る、いやライブを先鋭化した「授業」を御堪能ください。

2009/11/21

私に約束を守るチャンスをくれる娘

11/21

朝起きて、風呂のスイッチを入れる。
昨日の天気予報では雨のはず。が、いい天気である。
琵琶湖があまりにもまぶしい。

その反射が風呂場に届いてきて、思わず息をのむ美しさであった。

風呂場にアールクルーを流し、タイのホテルに漂っているお香に火をともし、冷たい飲み水を用意し、内田樹先生の本をセットし、熱めのお湯につかる。はあ、極楽。

本を読んでいるとガンガンアイディアがわき出す。
(うおおお、授業がしたい)
という嬉しい悲鳴を心の中で叫びながら、小一時間過ごす。

昼前に大学に。それからずっとあれこれ。
まあ、たっぷりと時間を使ってのいい一日であった。

夜、家に帰って娘との約束を果たしていないことを思い出した。昨日の夜に、
『明日の夜も、ロウソクをつけてあげるね』
と話していたのに、先きに風呂に入ってしまっていたのであった。

ベランダのキャンドルスタンドに灯をともすのが娘のお気に入りである。しまったなあと思っていたら、風呂から出た私に、
「ついた、ついた、して!」
と言ってくる。
『そうだったね。昨日約束したね。じゃあ、しようね』
と私に約束を守るチャンスをくれる娘。うれしい。親が約束を守らないでいて、子どもに守らせることはできない。二歳であっても理屈は同じだ。いや、二歳だからこそ大事にしたい。

子どもは、貰ったものをきちんと返してくれる。約束を守るという私からのプレゼントは、やがて娘から返されるであろう。それが、私たち親でなくても良い。誰かにきちんと約束を守るということを返してくれるのであれば、父は幸せである。

ベランダのキャンドルに灯をともして、琵琶湖の夜景を味わう。うーん、良い一日であった。

なんとか乗り切れた

11/20

今年は8月が異様に忙しかった。その8月に匹敵する忙しさが、11月の上旬であったが、なんとか乗り切れた。

何でであろうか。思い当たるのは三つである。

1)生活のリズムあった。

8月は、大学の授業がない。だから、自分のリズムで動ける。しかしこれが実は危ない。生活のリズムの上に仕事のリズムが作られるのである。だから、生活のリズムが自由になると、その上の仕事のリズムが狂うのである。

11月は、授業がある。そして、それは年間指導計画(シラバス)によって大枠を決めてある。だから、大きくぶれることはない。その上に乗りながら、イレギュラーの仕事に取り組むことができた。生活のリズムはやっぱり大事だ。

2)ピークを体が覚えていた。

8月の忙しさを体が覚えていたので、11月の忙しさにおいて
(を、いまはあの時のあの状態だな。ということは、ここまでは頑張れるな)
ということを、体が覚えていたのであろう。

もちろん、体がしゃべるわけがない。だが、記憶として体はその時の情報をしみ込ませている。そして、意識が体の声を聞こうとするとき、割とはっきりとそれを示してくれるのではないかと思っている。

だから、体が体に
(おい、このぐらいのペースで行け)
と指示しており、いつのまにかそれでやっていたというのが、その理由かもしれない。それで安定して乗り越えられたのかもしれない。

風邪を引くというイレギュラーはあったが。

3)実はもっと忙しかった。

瞬間的には8月よりも忙しかったかもしれない。だから、気がついてみたら乗り越えていたというのかもしれない。

じっくりと考える時間が必要なのだが、それはなかなか手に入らない。だとすれば、細切れの時間で瞬間集中。そして、やりかけの仕事をいくつも持っていて、5分、10分を有効に使って仕事を進めていく。これなんだろうなあ。

今週末は、少し計画的に時間を使えそうだ。
世の中は三連休だが、大学は月曜日に授業がある。
もう11月も終盤だなあ。

嵐山に出掛ける

11/20

本日は、オフにする。嵐山に出掛ける。

金曜日なので大丈夫かと思っていたのだが、この時期の京都を侮ってはいけない。ま、土日よりは良いのだろうが、本日は人人人であった。

紅葉を愉しむには、天気が肝心である。雨はできれば勘弁して欲しい。さらに曇もである。しかし、今日の天気は曇りであった。

嵐山の紅葉もまだ少し早いと言う感じであった。むしろ、大学からの景色の方が、いいかなぁーと思ったのであった。

まあね、ダメならまたこれるという、近隣に住む者ならではの思いがあるのでそれほどガッカリはしていませんが。

贅沢なもんだ。

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2009/11/19

ディスカッションを評価するポイント

11/19-2

うう、寒い。
稲垣潤一の「Rainy Voice」を聞きながら。

稲垣潤一を聞くと、大学時代の夜の青山通りを感じる。
研究室で仕事をするときのBGMとしてはどうかなと思って流していたのであるが、なかなか良い。

今日は三つの授業の日。
国語科教育法2は、説明文の模擬授業。二日前の火曜日に最終指導を受けにきたときに比べて、ぐっと良くなっていた。よしよし。逆に言えば二日前のままで授業をしていたら、とんでもないことになっていただろう。

二日前の指導案では、できる子どもの反応だけで組み立てられていて、面白くも何ともないし、深みもない。それが改善されていた。導入は奇麗だったな。導入から奇麗に本時の学習内容に繋げられていた。

が、本時の学習内容の進め方が今ひとつであった。たとえば、子どもたちに教科書の本文の内容から、「目的」「役割」を書き抜かせる指示があったのだが、そもそも「目的」「役割」という意味がきちんと説明できない。これでは説明も、ヒントも出せない。

さらに、知っていることを教師が話してしまうという傾向が如実であった。教師は知っていても知らないフリをして、子どもたちに考えさせて言わせるといことも大事なのである。であるが、教材研究をした学生は、知っているものだから、つい生徒に質問されると答えてしまうのである。

「え? どっちかなあ」
「どうしてかなあ」

と、しらを切る事も大事なのである。そうすることによって生徒は考える。

児童教育総合演習では、レポーターによる発表を受けてクラス内でディスカッションを行う。が、今日の場所はなかなか難しく、議論が進まない。おもーい空気が漂う。

少し助け舟。

『こういうディスカッション型の授業をするとき、議論が停滞することがあるね。教師になった君達はどう指導するの?』

『ディスカッションを評価するポイントは知っているかな? 1)問いを立てられる人、2)話の新たな方向性を示せる人、3)話をまとめられる人が評価されるのだよ。さ、今の議論を振り返って、がんばってみなさい』

その後、二回生は頑張っていた。やがて君達がこれを指導するんだぞ。

教職総合演習は、大人論の最終回。私の分析を終えて、私の定義を述べておしまい。いやあ、随分ゆっくりとやった。本当は、児童教育学科の全学生諸君に行いたい授業であるが、ま、それはまた機会があればということで、今回はこの授業限定で行った。

彼らがこの授業を元にして、どのような大人とは何かの小論文を書いてくるかが楽しみである。

その後、稲垣潤一を聞きながら、研究室で只管、原稿を書く。
やったあ。三巻セットの第一巻の第一原稿が仕上がったぞ。
この第一原稿の構成をしつつ、第二巻、第三巻の原稿を書き進めるんだなあ。

今回の本は、全国の学校図書館に置かれる本になりそうなので、子どもたちの顔を思い浮かべながら書き進めている。今までにあまりない経験だ。

年末年始は、この仕事を中心に進むかな。

さ、今日はこのぐらいにして帰りましょう。

まったく夢の中でも

11/19

夜中、というか明け方に目を覚ます。なんのことはない、学級経営が上手くいっていなくて苦しんでいる夢を見てたところに、娘のぐずりがきっかけで起きたのだ。

文化祭を前日にして、男女が喧嘩をしていてクラスの雰囲気が最悪なのである。体育でやったドッヂボールでは男子のチームも女子のチームもやる気をなくしている。他のクラスの子どもたちが練習試合を見て、私に「先生、あの場合のディフェンスは違うでしょ。これじゃ話にならないよ」とアドヴァイスしてくる。

また、この時とばかりに私への個人攻撃があちこちで始まる。さらに、クラスの子どもが、持ってきてはいけないとは言え、他のクラスの子どもが持ってきたデジカメを壊してしまう。
(ああ、またいらん仕事が増えた)
と思う。

クラスを経営していれば、そんな状況になることはある。しかし、なんでこのタイミングなんだと思いつつ、どこから手をつけようか、いや付けることはできないなあ。子どもたちを信じて待つしかないなあ、なんてことを思いながら、このいや〜な雰囲気を耐えよう、ううううう。彼ら彼女らなら大丈夫だ、だだだだだ。

というところで、起きた。

嘗て、遠藤周作さんが、還暦を過ぎても、大学受験で失敗した時の夢を見てうなされて目が覚めると書いてあったのを読んだことがあるが、それを思い出した。(遠藤さんは、三浪している)

指導が裏目裏目に入る時はある。そう言う時は、慌てず騒がず、その嵐が過ぎるのを待つということも、生きる知恵である。

しかし、なんでまたこんな夢を見たのかなあ。
私が気持ちを落ち着かせようと思ってリビングに来たら、娘も起きてきてしまってあれこれ遊び始めた。おいおいまだ4時台だぞ。

宥めすかして、娘をベッドに連れて行き、私も寝る。
(夢の中でクラスの問題は解決しますように)
と念じながら、寝る。

ああ、良かった。
クラスの有志の女子が立ち上がり、誤解も解け、問題は解決し気持ちのよい朝を迎えられた。

不思議なことに、舞台は中学なのだが、そこに登場してくる生徒はいまのうちの学生たちであった。だから妙にリアルに感じたのかなあ。

『というわけで、昨日の夢の問題は解決したのだよ』
と奥さんに話すと
「あなたは、夢の中でも助けてくれる人が登場するのね」
とのお言葉。
「良かったわね、クラスの問題が解決して」
と言ってくれるかなあと思ったのだがf(^^;。

ま、本当のところは助けてくれる人が登場するのを待っているのではなく、彼ら彼女らが自分たちで動き出すのを待っているというのが、担任の仕事なのであって、そうしているのであるが、助けられるのを待っていると見えるのかなあ。

まったく夢の中でも学級経営しているんだから参っちゃうなあ。

期待値を評価する

11/18

大学の推薦入試の日である。
今年は担当で、大阪会場でお仕事。入試は、細心の注意を払って準備され、運営される。

私は会場責任者。仕事は、場の空気を整えること。ここは試験会場なのだという雰囲気を作りだすと言っても良い。

細かいが大切な実務に関しては、キチンとした担当者がしてくれる。私は、受験生が持っている実力を最大限発揮できるように、あれこれ。お寺さんを借りて会場にしているので、ご本殿にもキチンとお参りもする。お寺で入学試験なんて、実に由緒正しいものである。

準備が完了してから、他学部の先生方としばし懇談。こうして交流する時間は大学ではありそうでなかなかない。情報を交換し、へー、ほーってな感じで今後の指導に生かす話題を伺ったり話したりする。いいもんだ。

試験は恙無く終了。
ああ、良かった。

会場を整理して帰ることになる。
そのとき思うことがある。使った椅子を机の下に丁寧にしまってある諸君は、合格‼としたいなあと。

勿論、入試は学力考査である。であるからして、学力がいま現在どのくらいあって、それを元に判断されるシステムである。だが、現行のシステムでは今後の成長の期待値は、ほとんど判断されていないだろう。*1

だが、どうテストするかはよく解らないが、期待値を評価するテストと言うのは、あっていいんじゃないかなあとときどき思うのだ。

試験終了後、椅子をキチンと直せるなんて、

1)物事を時間の流れの中で見ることが出来る。
2)けじめをつけることが出来る。
3)他人への配慮が出来る。

と言うことが出来ている可能性が、やらない人よりあると思うのである。とくに推薦試験ではそんな気がする。

私が言いたいのは、全部学力で、いまの学力の結果だけで判断するのではなく、期待値のようなものを入れたらどうかということである。そして、その一つの例として、椅子を直せるってのは、結構ありなんじゃないの?ということである。

さらに、念のために書いておけば、これは本学の入学試験とは全く関係のないことであり、私、池田修が、試験会場の片付けをしながらぼーっと思ったことであることを、きちんと断っておきたい。

大学に戻って、ハイおしまいではない。
学科の会議である。
私は、ちょっと都合が悪くて最後まで参加することはできなかったが、来年度のことをあれこれ話す会議は続くのであった。

*1
私が現在、期待値も判断しているのではないかなと思うのは、芸術の分野である。バレリーナ、親の体型を参考にするという。将来身長や体重がどんな風になるのかは親族を見ればだいたい分かるらしい。そして、それはある一定以上のレベルのバレリーナには、最初から越えられない資質として必要になるものらしい。

さらに声楽なども、いまの声が今後のレッスンでどのような声に伸びるのかなどは、考えているのではないかと思う。声の質は、変わりにくいものである。が、いい資質を備えた声は、正しいレッスンで磨かれるのではないかとも思うのである。そこいら辺りを考慮したり見抜いたりしないと、試験にならないと思うのだ。

2009/11/18

模擬授業の事前指導

11/17

朝風呂を愉しんで出てくると奥さんが
「しーっ」
と言う感じの仕草をしている。何だと聞いたら、娘が起きて一人遊びをしているようだという。面白そうなのでソーっと覗きに行く。

ベットの上に乗ってポツンとしでいた。お母さんの顔を見るや否や泣き出す。睡眠系、相変らずお母さんである。ちなみに私は、食事系。膝の上に乗ってきて、食べさせろと急かされる。

何げ無いが大切な朝の時間である。

午前中に打ち合せが一つ。
参った。運転用のメガネのまま車を降りてしまったので、打ち合せの最中は涙がどんどん出て来る。ああ、そういうお年頃なのね。

昼休みと三限は、模擬授業の事前指導。説明文と古典のグループである。

説明文の授業は、教師が説明して、理解した生徒を中心に授業を進めて、先生が纏めてお終いという授業になることが多い。今回の学生の指導案は、残念乍らまさにそれであった。

しかし、これは学生たちの問題にしきるのは、些か問題があるだろう。彼女らはそうやって授業を受けてきたので有り、それが体に染み込んでいるのである。

そうだとすれば、ここを溶きほぐし、出来る子を中心に進めるのではなく、子どもたち纏めをがするような授業を、彼女たちが作り出せるような指導をすることが私の指導のあり方になると思っている。

古典は、平家物語那須野与一である。群読で行なう。私は、群読でもディベートでもこの教材を扱ったことがある。

このグループは、先週指導を受けにきたときには、群読をやろうと考えたものの、群読その物の理解が不十分で(勉強不足で)、お話にならなかったが、一週間で少し形にしできた。そこでバシバシ指導である。

すると、
「ここで先生のお話を伺うと、無理と思っていたことが、やろうと言う気持ちになるんです」
と言う。
『そう言えば、君たちの先輩たちも、試験まえとか、作品を仕上げる前とかに、気合を入れて下さい、って研究室に来ていたな』
「あ、じゃあ私たちも気合をいらていただきに来ます!」
『来なくてよろしい(笑)』
「えー、先生?!」

学生には厳しい愛をである(笑)。

どんな群読になるかたのしみである。

ディベートの授業は、団体戦の最初の試合。此処で急に難しくなる。一人でやる場合は、準備も自分のペースでやれば良い。

だが、団体戦はそうはいかない。スケジュールの調整に始まり、概念の共通理解に、哲学の確認とやらねばならぬことが増えるのである。

今日の第一試合は、まだまだである。が、そのお陰で次の試合の課題が分かるのである。来週も楽しみのディベートの授業である。

授業後、そのまま大阪に急ぐ。大学の仕事で出張である。

なかなか激しい11月がつづくのである。


片思いのように考え続ける

11/16

二限のゼミは、卒業論文のテーマに関わっての学生の発表が始まる。これをテーマにしようかなと思うものについて、それに関わる一冊の本を紹介しつつ、自分が取り組もうかと考えているテーマに付いて発表するというものである。

どうなるかなと思って様子を見ていた。
丁寧に勉強してきている様子が分かる。まさに、レポートである。ただ、与えられた時間をよく考えることなく発表の分量を多めに作ってしまったことは、最初だけに仕方がないかもしれない。

しかし、それ以上に考えなければならないことも指摘した。それは、「疑問」についてである。

自分が取り上げようとするテーマについて、疑問を持てるかどうか。ここが論文を書く際の胆になる。学んだことを調べて発表するのは、レポートである。が、論文は、問いとそのことに関する答えがなければならない。

『今日の発表のためにあれこれ調べて、何か疑問は持ちましたか?』

という私の質問に、あまり上手く答えることはできなかった今日の学生。そうなのである。ここは難しいのである。良質の問いを発見できるかどうかが、論文の価値を決める。じっくりとその問いの発見に勤しむべきなのである。

期待している。

さらに、教育実習の訪問指導の際に私が見た授業のワンシーンについて、再現指導を行う。

小学校三年生の国語の授業のワンシーン。子どものとのやり取りの中で学生が指導しきれなかったシーンを取り出す。授業後の指導の中ではすべてを解説せずに、残しておいた。その解決編をゼミでやろうと考えていたのだ。

実際に実習に行っていた学生にその場面を再現させる。そして、ゼミで考える。ある種のストプモーション方式である。あれこれ考えさせた。そして、その結果その授業をしていた学生が、ある答えを手に入れた。私が考えていたものである。今まで指導してきたもののもう一つ上の回答である。手に入れたのを見るのは、指導者としてとても嬉しいものだ。

あとで、どうして思いついたのか?と確認したら、あの研究授業の後ずっと考えていたそうだ。ああ、なるほどと思った。

考え続ける。そう、「片思いのように考え続ける」のである。片思いのように考え続けるというのは、気がついたらその人のことを思っている片思いと同じように、気がついたらそのテーマについて考えていたというように考えることを言う。私の造語である。

そうやって考え続けることは、恐らくテーマが意識層と無意識層を行ったり来たりしながら脳の中で答えを整える方向に働くのだと考えている。そして、ゼミの中でさらに刺激を受けて、
「はい、この通り」
と答えが出るのである。「片思いのように考え続ける」のである。

その後、昼ご飯をざっと食べて、車で出かける。大阪の中学校で新採の先生の研究授業があり、これへの講評と、これに続いての校内研修会の講師という二部構成のお仕事である。

前半では、研究授業をした先生の自評で、
「山場が消えてしまった」
ということを言っていたので、それに絡めながらどのように授業を構成し、どのような指導言で学習集団をコントロールすれば良かったのか。また、私ならどのように展開したであろうかなどについて話す。

本日の教材は「空中ブランコ乗りのキキ」である。私は一度も授業で行ったことはない。であるからして、細かいところに触れて指導することはしていない。しかし、新採の先生に細かいところをあれこれ指導するより、授業全体の作り方やあり方という大きな観点を押さえた上で、今日の授業の細部を検討する方が良いのではないかと思い、そのまま行く。

1)なんでこの「空中ブランコ乗りのキキ」を、教科書は中学校一年生で取り上げるのか。その意味はどこにあると思うのか。生徒観ということに関係して考える。
2)「空中ブランコ乗りのキキ」の「キキ」は漢字で書いたとしたらどういう漢字が当てはまると思われるか。タイトルを読むということ。タイトルと内容との関わりに付いて考える。
3)「幸福」と「少し不安」の関係はどのような関係にあるのか。対比したことばは、本当に対比されているのか。伏線をどう読み取るか。

などについて検討を加える。ここの部分は、よく考えると結構面白いのである。

さらに、後半では教師の指導の優位性を保つための考え方と、そのためのレッスンを少し行う。時間がないのでごく僅かだけ行った。エッセンするから、あり方が伝わるといいなあと思う。

終わってから、校長室でさらにあれこれ。実はここで出てくる話が結構面白い。講師と校長先生、さらには研究主任、教科主任、そして授業者。どこの学校でも終わった後はこうして校長室で振り返りをしていると思われる。

研究会は、その後の懇親会への参加が大事だが、校内研修ではこの校長室での振り返りに参加するのが面白いと、私は中学校の教員の時から思っている。平田オリザさんに最初に話をしたのも、平田オリザさんが当時私が勤務していた中学校で模擬授業をしてくださったあとに、校長室に押し掛けていって質問をしたのが最初のことである。ま、あの時はまさかこんな風に展開するとは思わなかったが、あそこで話をしていたことが、ここに繋がったとも言えるのである。

で、聞かれるままにあれこれ話していたら結構な時間になってしまい、慌てて失礼した。帰りは家まで持たずに、ラーメンを途中で食べる。頭を使うと炭水化物を消費するので、お腹が減るのである。炭水化物はブドウ糖。そう、脳みそはブドウ糖をエネルギー源として活動する臓器なのである。勉強するとお腹がすくのはこう言う理由である。

週のはじめ。
結構激しく始まった。



2009/11/17

文化の秋である

11/15

なんという夢を見たんだ。

NHKの紅白歌合戦の司会を任される夢である。
パネルディスカッションの司会をしたのと、先日東京に行った時、NHKホールを見たのが、夢の中ではこう言う結論として結びついていたのだ。

それにしても、
(ま、仕方がないか)
と引き受けようとしている、俺がいた。
なんで、引き受けるんだよf(^^;。

昼前から325iに乗って、紫香楽の宮跡と、ミホミュージアムに向かう。山が一気に色づいたので、滋賀の山並みを走ることにした。

Sigaraki 聖武天皇はあちこちに宮を造営している。紫香楽宮もその一つ。宮を開くにしては、平地が少ないし、そもそもその宮も岡の上にある。なんでこんなところに作ろうとしたのかなあと思う。宮というよりは、寺のようだ。もちろん、建物はなく礎石だけが残っている。

不思議な感覚。
なんのご縁でなのか、京都にいる私。
なにが気に入らなくてあちこち宮を移した聖武天皇。
東京にいたら、絶対来ないだろうなあと思いながら、紫香楽宮跡を歩く。Sigaraki2

ミホミュージアムは、山の中にある美術館。私は一度行ったことがあるのだが、奥さんは初めて。仏教美術の良いものが揃っている。また、若冲の特別展もやっているとのことで、行く。

若冲と言えば、動植物。その中でも「象」である。
まったくこの象の絵を初めて見た時は、ぶっ飛んだ。
美術の教科書かなにかにあったと思う。

象と言えば象だが、その下半身はどういうことなんだ。その目はそれでいいのか、いいんだな?と思った。これが江戸時代中期の画家だというのだから驚いた。

Faa92abb658c6f5fbc5bbf6f89be04e9 今回、その「象鯨図屏風」を初めて実物で見た。その右半分は、象ので、左半分は鯨である。鯨なんてなんだか分からない。一説によると若冲は、鯨を見たことがなかったのではないかと言われている。それなのに、大きなものに憧れて描いたのではないかと。まあ、凄いものであった。F0186753_10524792

自宅から一時間ぐらいのところにある旧跡と美術館。
文化の秋である。

2009/11/16

娘の父には、反対意見を述べる権利はない

11/14

父は、運転できるまでに恢復していたので、立川駅まで送ってもらう。のぞみの指定をしていなかったので、みどりの窓口で指定するのだが、とても空いていたので東京駅に向かう電車に余裕で乗れる。

10:10東京駅発、のぞみ19号で京都に向かう。のぞみの中では相変わらずiPod touchであれこれ。昨日とおとといのブログ文章は、すべてiPod touchで書いて見た。結構書けるもんだ。

ちょっと気分転換にと、DVDで録画したままの「タモリ倶楽部」を見る。これが大変であった。「空耳アワード2009」が入っていたのである。

MacBook Proで「空耳アワード2009」を見るのはいかがなものかとは思ったが、気分転換にちょうどいい。イヤフォンを装着し、楽しむ。

いやあ、辛かった。声を出して笑うわけにもいかないので、必死に堪えて笑った。気がついたら、米原を通過するところであった。考えてみれば、タモリ倶楽部5回分で東京から京都に到着してしまうのだから早いものだ。

京都駅では、奥さんと娘がお迎え。奥さんに用事があるので、ここで娘を私が引き受ける約束であった。二日ぶりに会う娘は、一瞬ひるんでいる。髪の毛もバッサリなので、驚いていたのかもしれない。

でも、すぐに抱っこしてくる。
可愛いねえ。

本当は、娘を連れて市内で買い物をするつもりであったが、お昼寝の時間に重なってしまい、荷物も沢山あったので家に帰ることに。ベビーカーに素直に乗ってくれれば良いのだが、
「抱っこして」
とか、
「手を繋ご」
とか言われる度にリクエストにお応えする。

娘の父には、反対意見を述べる権利はない。
しばらく京都駅前の広場で遊ぶことにする。ま、広場と言っても単なる通路であるが、ちょっと幅も広いので通行人の邪魔にはならない。だから、ベビーカーを脇に置いて追いかけっこをしても大丈夫である。知り合いに見つからないようにと思いながら、娘が落ち着くまで追いかけっこをした。

そんな娘も、帰りの湖西線を降りたらベビーカーに乗りたいと言い出し、乗ったらすぐに熟睡。家では抱きかかえてベッドに寝かせても、問題は、なし。

その後、久しぶりにお風呂に一緒に入り、一緒に歌を歌って遊ぶ。「さんぽ」と「人間っていいな」などが今のお気に入り。

こんなに早く一緒に歌を歌えるようになるとは思わなかった。
そのうちギターを弾いてあげよう。

2009/11/15

久しぶりの東京 その2

11/13

iPod touchのアラームで七時に起きる。打合せ会場は歩いて三分の所なので、先ずは朝風呂。嗚呼、気持ちがいい。

昨日出された宿題をあれこれ考えながら入る。いくつか関係ありそうな事が思い浮かぶ。睡眠と風呂。考えを整理するには、とても大切だ。

朝ご飯をタップリ食べてホテルを後にする。外に出ると息が白い。たぶん今シーズン初ではないかな。冬だなあ。

打合せ開始まで10分ある。5分前には到着だ。場所もiPod touchで確認してあるし、問題はない。問題はないはずだつたが、人生は甘くない。辿り着かないのである。

観世能楽堂を発見。学生時代に通ったなあなんて思いながら、一方で何で着かないの?と思いながら歩く。

そのうち、松濤の大豪邸街に入り込む。学生時代に

(俺の人生に、こういう所に住むオプションはないだろうなぁ)

と酔いを醒ましながら歩いていたのを思い出す。

確かにこのオプションは、ないとは思うが、まあそれでもあの時には想像もできないぐらいに、エキサイティングないきかたができているなあと思う。

だが、会場には到着しない。おかしいなあ。ふと、建物を見ると「渋谷区立松濤中学校」とある。明かにおかしい。慌てて電話。しかしまあなんというか、中学校にはたどり着くのが、我ながらおかしい。

三時間弱、じっくりと打ち合せ。
朝あれこれ考えたことが役にたちそうで、嬉しく思う。

しかし、ある意味不思議でもある。二十数年前に子どもたちをなんとかしようとあれこれやっていたことが、ここにきて、こんな形で評価されようとは。

教員は公務員である。公務員というのは、滅多なことでは首にならない。授業が下手でも首にならなかった。これにはとても驚いた。教師の仕事の柱である授業がダメででもだ。

(ということは、かなりあれこれできるな)

と思えたのが、私にはラッキーだった。いやその頃は気がつかなかったのだが、そういう条件の場合、じゃあ仕事をしないでおこうと考えるもんだけどなあ、と人に言われたのである。

私は、子どもを育てるために教師になったのであって、余暇を楽しむためになったのではない。だからなのなもしれないが。

だから、外野の声は余り気にすることなしに、かなりやりたいことをやった。勿論、わたしがやりたいことではなく、生徒たちが望んだことだ。

今でもときどき誤解されるのだが、ディベートも、私がやりたいと思って始めたものではない。小説の読解の授業をしている時に、解釈を巡っで生徒たちに議論が生まれた。これがとても面白く、
「先生、他にこう言うのないんですか?」
と言われたのが切っ掛けである。

学ぶのはは、生徒たちである。勿論、教え込まなければならないこともある。だけど、彼ら彼女らが学びたいと思っていることを学ばせていくってのも大事だと思っていたし、いまでもそうだと思っている。

若造の思いも、持ち続ければいい事もあるんだと思うこの頃である。

その後、さらに別の打ち合せ。科研費の仲間たちと久しぶりに会う。研究の話に、情報交換。東京滞在時間を有効的に過すのであった。

都内のホテルに泊まろうかとも思ったが、実家に泊まる事にした。父の術後の揚子も気になったので。

あれこれ心配され、注意をされ、小言を言われる。そして、食べ物を土産に持たされる。いつも通りである。安心である。

久しぶりの東京 その1

11/12

三つの授業をして、学バスに飛び乗る。一時間後には新幹線に乗っているのだからなかなか凄いもんだ。

久しぶりの東京だ。どの位振りかと思うのだが、さっと思い浮かば無いのだから、かなりである。

私の髪の毛が悲惨な状態になっているのが、物語っている。馴染みの店でないとハサミを入れて貰う気にならないのだ。

思ったよりも早く京都駅に着いたので、予約していた新幹線よりも早いのに乗り替え。

新幹線の中では、iPod touchから無線LANを使ってネットに入る。快適である。

Macintoshの方は設定がまだ上手く行っていなかったので、帰りには上手く行くようにあれこれせねば。

新幹線の中のiPod touchだけでも結構仕事が捗った。いい物を手に入れた。

渋谷で待ち合わせ。Mailが書き掛けだつたので、iPod touchで書きながら歩く。

確かにビルや店は変わったが、駅の構造そのものは変わっておらず、二十数年前にこの街をウロウロしていた時の記憶が体に残っているのだろうか、人や物にぶつかりそうになることもなく、待ち合わせの場所に辿り着く。驚きだ。烏丸御池では絶対に出来ないことである。

打ち合わせをしながら、食事。国語教育の根幹をなすであろう部分について、あれこれ質問を受ける。

(こんなこと私に聞いていいの?
もっと偉い人がいるんじゃないの?)

と思うのだが、お望みとあれば、しっかりと考えてこたえましょうか、と腹をくくる。

私は何をしてきて、これから何をしようとしているのか。こうしてインタビューを受けることで、あれこれ考える切っ掛けをもらう事になる。
ありがたいことだ。

ホテルには11時過ぎに辿り着く。
アルコールが入っている時、更に家ではないときは、風呂に入ら無いで寝ることにしている。お風呂で寝てしまうとシャレにならないからだ。

忙しくも充実していた一日を思い出し、寝る。

2009/11/11

イラレカ

http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag

何だこりゃ(^^)。
空耳ストの私、爆笑である。

知的生産の現場と言うのは

11/11

学級担任論は、教室環境美化などついて。掲示物、清掃活動、給食指導などについて講じる。多くの実践家が感じるように、掃除と給食の指導がきちんとされていないクラスは、簡単におかしくなる。

この二つは、子どもの裁量権が入るところである。クラスが育っていないところに、子どもの好きなようにやらせると「弱い者」が辛いような結果になりがちである。そこからクラスは壊れていく。このことを知って、指導のあり方、方法をいくつか考える。

このぐらいのことは教員養成系の大学であればしておくのは当然であろうと思うが、いままではこれがなされてきていない。現場で学ぶのも良いが、その前に理解させることも大事である。

今日の課題は、大学の校舎内を掃除するもの。意外と見えていないものである。しかし、教師になると、ゴミが落ちていることや電気の消し忘れにかなり敏感になる。このことを実感させる課題である。

水曜日は会議の日。それでも今日は二つの会議で済んだ。ちょっとゆとりがある。ふう。

学科会議は相変わらず面白い。この場合の面白いは学生に良く言う三つの面白い、すなわち、funny,exciting,interestingが含まれている面白さである。先生方の知性をベースにした面白さ。それでいて話を断定せずにお互いが歩み寄れるスペースを含んだ議論。真剣な話かと思いきや下らないオチで終わる話。

知的生産の現場と言うのはこういうのを言うのだろうなあと、いつも思う。こういう職場で鍛えていただけるのはとてもありがたい。

明日は三時間授業をした後、そのまま京都駅に向い、東京で打ち合わせである。もうN700を予約した。新幹線の中でもネットが使えるように設定もしてある。iPod touchで初挑戦。

そんな小さな喜びを楽しみにしている私でもある。

青山新吾先生から新著を頂いた

11/10

実習生の実習後の指導をしていて、思うことがある。一期生の彼らが作ってきた研究授業の指導案のその後の活用をどうしようかということである。

先輩が学んできたことから、後輩が学ぶ。これはとても大事。本学のGPも先輩が後輩を指導することを柱にしている。だが、教育は教えてもらうことと、学ぶことの二本柱で成り立っている。教えてもらうことを充実するということは、学ぶということを充実させることとセットになっていなければならないはずである。

たとえば、先輩の書いた指導案を貰う。確かに勉強になる。そのまま真似ることも大事である。教育の世界では授業の真似をする「追試」という方法もあるし、書道では「摸書」という写し書きの学習法方法もある。

だが、なのである。
教わらなければ出来ないと言うような学生には育ってほしくないし、先生にもなってほしくはない。

青山新吾先生から新著を頂いた。
『吃音のある子どもたちへの指導 子どもに届けるメッセージ』(青山新吾著 明治図書)
である。

青山新吾先生は、現在岡山県教育委員会の指導主事。専門は特別支援教育である。となれば、学生時代からこの分野を研究していたのではと思うのが当たり前であろう。しかし、違う。新卒のときに、たまたま「ことばの教室」の先生になった。そこから、修行を始めるのである。

青山さんはそこから逃げ出すことなく、修行を進めるのである。本を買い求め研究会に参加し、プロとしての力量をつけていくのである。課題から逃げずに。課題を運命だと思って背負おうとして努力を始めない限りは、前には進めない。言うのは簡単だけど、これなかなか大変なことなんだなあ。でも、これは真実だろう。

私も教員になってからディベートのことを学び、指導者としての力量をつけていった。学生時代には、ディベートのデの字も知らなかったのである。この辺りのことがこの本の最初に書いてある。親しみを持って懐かしく読み進めることが出来た。

教師のライフヒストリーとして読んでも非常に勉強になる。

ここから、二つのことを述べたい。

その1 仕事に関する誤解

仕事に関して学生が大きな誤解をしているのは「好きなことを仕事で出来る」と思っていることである。仕事は振ってくるものであり、むしろ、したくないこと、嫌なことがばかりがやってくるものである。好きなことを好きなようにやって給料をもらえるわけがない。当たり前のことなのだが、「好きなことが出来ない、自分に向いている仕事がない」ということで辞めることになる若者がいる。全く逆である。

繰り返す。仕事は、やりたいことができるものではない。やれと言われたものをやるものである。やれと言われたものをやる中で、同じ条件にも関わらずいい結果を出したものが、次のときに、自分が出来る裁量を貰えるものである。

それは、具体的な裁量権であったり、仕事仲間の同意であったりする。最初から、実績や実力がない者に責任のある仕事が与えられることはない。これがどうしても嫌というのであれば、自分で仕事を始めるしかない。それはそれで大事なことであるし、やってみればよい。

その2 独学

このところ感じることに、独学というものがある。私がこの独学を意識したのは、中野孝次先生の本を読むようになってからのことである。大学時代のことである。

私はへそ曲がりなので、人に習うのが苦手である。なんというか、教え方が気に食わないとやらないのである。私にあった教え方をせよというのではない。そんなにわがままではない。じゃあなにかと言えば、授業の構成や展開に無理があるものは、
(いや、そりゃあそうじゃなくて、こっちからだろ)
のように中学生の頃から思っていたのである。

だから、イライラするよりは自分でやった方がいいので、独学でやることがとても多かった。このことから独学というのは、教わるのが下手な人がやる方法なのかなと思っていた。しかし、独学で旧制高校に進学された中野先生のことを知るようになり、独学という言葉に違う意味を持つことが出来るようになった。

もちろん、中野先生と私を同列に考えるものではない。そうではなくて、一人で学ぶって結構いいんじゃない?と思うようになったのである。

教わらなければ出来ないと開き直っているのか、馬鹿自慢をしているのか、そんな人を見る度に、じゃあ自分で勉強すれば良いのにと私は思う。必要なんだったら自分でやれば良いのにと思う。

で、研究授業の指導案である。実習をくぐり抜けてきた学生同士がそれを元にしてあれこれ事後検討会を開くのは勉強になると思う。しかし、見本として手渡されたものだけを頼りにして、その枠の中だけで勉強しようとする者にとっては、確かに意味はあるのだが、こじんまりとした成長しか促さないのではないかと言う思いがあるのである。

私は模擬授業では全てを録画させておく。そして、DVDにして提出させている。だが、後輩には一度も見せていない。見ることのメリットとデメリットを考えると、デメリットの方が大きいのではないかなと思うからである。

習っていないから出来ない?
いや、そんなことはない。

今までに習ったものを総動員して、さらにグループの仲間たちと議論を重ねていくことで、少しずつだが自分と自分たちの足で歩いていくことが出来るようになる。私たち教師の仕事は、目の前に子どもがいるとき習っていないからで来ませんとは言えない。今手持ちの力量でなんとか凌ぎ、さらに自分の力量を高めることで大きな課題に立ち向かっていくのである。

もちろん、自分の経験を元に、それを根拠に私の考えを押し付けようというつもりではない。

だが、

自分の頭で考えよ。人生はそのためにある。
そしてその人生は苦しいけど、充実しているものとなるはずだ。

と言いたくなる。私の仲間たちは、そうやって人生を切り開いて生きている人たちばかりだ。だから、良く分かる。

教えることをすればするほど、学ぶことも求める。

いつも以上に、説教臭い文章かなf(^^;。

2009/11/09

『えー。変えちゃうの?』

11/9

ゼミでは、実習の振り返りを行う。教育実習の研究授業の指導案を持ってこさせて、それをもとにその時の授業をコンパクトに再現させ、上手くいった点や課題点について議論を重ねた。

具体的なものをがあると、議論は深まる。
文献のハンドアウトであったり、模擬授業を録画したビデオであったりを今までもしてきているが、教育実習を終えた今は、指導案である。

ゼミでの議論も、以前に比べると指導案の目のつけどころが違ってきている。どこが大事でどこを軽く流すポイントなのかに付いて、理解が深まってきている。これはいい。一ヶ月指導を受けたお陰である。

午後、長瀬先生から荷物が届く。先日の修学旅行の夜の学習会について、学生たちにお礼とのことで、どーんと本を下さった。
『若い教師のための時間術』(黎明書房)である。学生たちにとってとても大きなプレゼントを頂いた。ありがたい。

野中先生が、いよいよ「味噌汁朝ご飯の授業」を提案される。私が申し上げた三つの要件、すなわち「 1 日常的である 2 飽きることがない 3 栄養価が安定している」を土台に置いてくださっている。恐縮である。

横浜でのご提案なので、私は伺えないが、先に野中先生からそのときに使われる予定のパワーポイントを送っていただいた。私が申し上げるのも変だが、さすがである。

野中先生の凄さは、最後まで担任をされ続けてきたことにある。これは間違いない。しかし、それだけではない。その経験を元に新たに、いまの子どもと先生がどこの立ち位置にいて、何を求めているのかをきちんと分析して、それに応じた提言をされるところにある。

今回拝見した内容は、一年目の教員が身につけることが出来れば、相当安定した授業を展開することが出来るものであると感じた。展開がとても楽しみだ。

来週の教職総合演習の授業で発表するグループが、事前指導を受けにきた。取り扱おうとするテーマは非常に面白いのだが、取り扱え切れるのか、疑問に思った。

そこで、あれこれ話す。
私としてはそのテーマでの発表を聞きたいのだが、そのテーマでの発表は相当難しいよと話す。

今の問題を取り上げるのは、今の時代に生きている若者には簡単に見える。だって目の前で起きていることなのだから。見れば分かると思いがちである。

しかし、それを学問として取り上げるとなると話は別なのである。なんでそれはそこに存在するのか。歴史的にはどういう流れがあるのか、存在する意義はなんなのか、解決すべきか大は何なのか、将来はどのように展開されていくのか。これらを論じる。そのために、必要な文献を用意することになる。

『私はそのテーマでやったのを聞きたいなあ』
「せ、先生。テーマをもう少し考え直してきても宜しいでしょうか?」
『えー。変えちゃうの?』

ま、期待している。

その後、原稿の執筆。
いやあ、今日は集中して書けた。7000字ぐらい書いたな。

途中、いいタイミングでメールが入って、そのメールへの返信がテンションを高いままに保ちながらのリラックスタイムになって。テンションを下げてしまうと、それをまた持ち上げるのが大変なんでね。

あと5000字ぐらいか。

さ、今日は早く帰るぞ。

ツイッターを始めた

ツイッターを始めた。

なんだかよく分からないが、『ツイッター140文字が世界を変える』を読んで、まずは始めてみることにした。ブログの時も、よく分からないで始めたが、やりながら分かってきたのであるからして、ツイッターもそうかなと思ってはじめて見る。

少し分かったのは、ツイッターは限りなく今を表出するメディアであるということである。表現まで言っていないのではないかと思う。表出である。この辺りの感覚は、人によって違うかもしれない。

表出であるからして、今なのである。

で、ツイッターについて面白いという意見は多い。となると、私は困ったことはなにかを考えることになる。臍曲がりである。

1)アリバイ

自分が今どこにいて何をしているのかということが分かるわけで、アリバイ工作が出来なくなる。何か悪いことをしているわけでもないのだが、そんな気がする。このツイッターが裁判の証拠資料になるとは思わないし、活用される私でもないとは思うが、なんかむずむずする。世界中の人に見てほしい人はいいのかもしれないが。

もちろん、アリバイは偽装工作とせっとなので、そのためにやる人もいるやも知れないが。

2)ながら族

テレビを見ながらご飯を食べていると、母親に良く怒られたものだ。「修、ながら族は止めなさい!」
と。

今はネットも常時接続であるからして、メールもほとんどリアルタイムで入ってくる。ネットのニュースを見ながら食事をすることは、新聞を読みながら食事をするのとあまり変わらなくなってくる。

ここに、ツイッターが加わると、さらにながら族になる。ネットは依存性の高いものであるからして、常設の携帯端末を持つと、ツイッター依存症になる可能性が高いのではないか。

それは、嘗ての日本では「ながら族」と言われて叱られる対象であったのだ。

3)思いつきと深化と

ツイッターは基本的に思いつきである。これはこれで大事である。その瞬間に思いついたことを同時進行で流していくというのは、面白い。今をデータベース化するという試みは、グーグルでも出来ていないことだと前掲書でも言う。

ただ、一方で人は思いつきだけで生活しているわけでもない。あれこれ考えて生活をしている。「書くは考える」であるが、「呟く(ツイート)は、考える」なのだろうか。私は違うような気がする。考えることから遠ざかるような気もしている。

その一方で、ある人の呟きが、他の人の思考を刺激するということは十分にあり得る。ここのバランスがどうなるかだなあ。

そんなことをあれこれ考えてみた。

あ、バナナの匂いだ。

11/7-4

関西青年塾であったが、申し訳ないことだが今日は休息日にさせてもらった。体調が戻らないのである。

午前中は寝て過ごそうと思ったら、また「起きて起きて」であった。ま、起きたのでリラックスしようと風呂に入る。

風呂後、しばらく遊びに付き合わせられて、自分はさっさとお母さんと昼寝であった。ふむ。

少し気分が良くなったので、本当にひさしぶりに娘と二人でガーデンに行く。二週間も行かないと花が全然違ってしまうのだが、今日もそうであった。

薔薇の種類は変わり、サルビアが先き、避寒桜の一種の十月桜が満開になっていて、冬の芝生が青々としていて、いやあ、奇麗であった。

芝生の上に久しぶりにごろりと転がる。
芝生の匂いが広がる。
なんだ、この匂いは。
あ、バナナの匂いだ。

冬の芝生の匂いはバナナの匂いがするのであった。

駐車場に向かうとき、
「ふーね、折れたのね」
と何回も言っている。何だと思いながら歩いていたのだが、思い出した。台風で桜の枝が折れたことを話をしたのだが、それを一生懸命言っているのだ。

なんだ、この記憶力は。
私にも欲しい。

買い物をしながら買ってくる。
「明るい。開けて!」
と車の中で娘が言う。
(ドアを開けて運転できないでしょ)
と思ったのだが、分かった。天井のサンルーフを開けろと言っているのだ。

325iのサンルーフは、昼間はほとんど開けない。
夜に開ける。だからムーンルーフなのだ。
これは気持ちが良い。
それを娘はもう理解しているのかf(^^;。

少し、復活かな。

2009/11/08

研究室に籠り、やるべきことを少しずつ

11/8

ベランダにあるハイビスカスにスイートバジル。思ったよりも頑張っている。まだ 花を咲かせているし、食べることも可能である。

今年の秋はゆったりと動いているようだ。

娘は、誰が教えたのでもないのに「がっこ、せんせいになる」
と言っている。急に言い始めている。二歳二カ月になったばかりである。将来学校の先生になるそうだ。先生にはいろいろな種類があるので
『お花の先生とか、お医者さんの先生とかあるけど?』
と聞くと
「がっこ、せんせい」
とやっぱり答える。さらに、
「ぱぱ がっこ せんせい」
とも言う。おいおい、誰が教えたんだ? 私も奥さんも教えていないのに。大学祭等で学生が話したのを覚えているのかなあ。大したもんだ。

だが父は、少し複雑な思いである。どんな仕事に就いても、私は、 半分嬉しく、半分心配なのであろうが、自分がしている仕事と言うのは、あれこれ見えるので一層複雑な思いなのである。

それにしても、娘の文脈把握能力は大したもんだと思う。

しっかりと話を聴けているのだと思う。文章の中の単語を取替えるだけでなく、語尾やイントネーションだけで文意を理解したり、自分に都合の良いときは、ハイと返事をし、都合が悪くなると急に話を変えたりと、まあすごい。単語の量が少ないのと、発音が甘いので子どもだと思うが、時々よく分からなくなる。

単純に凄いと思う。

体調が優れないと気合いが入らない。
文章を書いて調子を整えようとするのだが、書いた段階でエネルギーが放出されてしまう。

リビングに差し込む日差しに体を預けていたら、やっぱり寝てしまった。一体どんだけ寝ているんだ。

さすがに仕事が終わらないので、夕方から大学に向かう。
研究室に籠り、やるべきことを少しずつやる。

今の仕事は、頭の中にある数字をもういちど原典に当たって確認してという作業をしなければならない仕事である。だいたい問題は無いのだが、大きな勘違いをしているものも見つかったりして、
(ああ、原典を調べ直して良かったあ)
というものもある。危ない危ない。

遅々として進まないが、それでも少し形になると嬉しい。
今週も結構忙しい。体調が復活しないと、週末の東京は大変だぞ。

頑張れ、私。

写真は、先日の教育実習訪問指導の道すがら立ち寄った天瀬ダム。まだ紅葉には早いようだ。
Amagase

「そういうものである」

11/7-3

「そういうものである」

ということで学校は結構動いてきた。
一斉授業、席替え、給食指導、係活動。
これらは、そういうものであるという暗黙の了解でなされてきたものである。少なくとも、今の二十代の人が小中学校にいた頃は、ほとんどの学校でそうだったであろう。

つまり、なんでこれがあるのか、この定義はなんなのか、何の意味が在るのかなんてことは考えること無く、「だってそういうものでしょ」ということでこれを受け入れて、多くの人は学校生活を送ってきたはずである。

ところが、ここに消費社会に説明責任の時代がやってきた。「だってそういうものでしょ」ということで許されないことになってしまった。

実に面倒くさい。

実際問題いちいち、これの存在意義は何であろうかなんて考えていたら仕事にならない。ときどき思い出しては考えるのはまあ、ありだし、必要だと思うが、一回一回は大変だ。

「だってそういうもんですから」で済むことによって、考える力を他のクリエイティブなところや、緊急事態に使うことが出来るということが大事なのである。

「そういうものである」

「そもそもこれはどういうことであろうか」
との間には相当の隔たりがある。

この20年間は、「そういうものである」から「そもそもこれはどういうことであろうか」への変遷であったとも言える。時代の流れの中にいつつ、時代に応じた「そもそもこれはどういうことであろうか」を考える。つまり、不易と流行を考えつつ仕事をするということであったのだろう。

ここを乗り越えていくことが実践的には大事だったのだなあと今は思う。ただ、残念ながら未だに「そういうものである」から抜け出さない、抜け出せないままで子どもたちの前に立つ先生方もいる。

教師という仕事がずっと勉強を続けることが必要であることは論をまたないと思う。社会が変化し、子どもが変化する中で、教師が20年前のままで良いと、どうして思えるのであろうか。人間の本質は変わらないということも言えるが、環境で変わるとも言えるのだが。

単純なことなんだけどなあ。

ただ、もう一方でもういちど「そういうものである」ということを築くことも大事だと考えている。学校というものは、そういうものであるという合意の上に成り立っていないと、普通教育ができなくなる。公教育と言っても良い。

学校という場所は、子どもを大人に育てる場所である。

とか、何か共通したものの上に成り立てる必要がある。そんなことを考えている。

2009/11/07

Cry Translator

11/7-2

かつて「バウリンガル」というガジェットがあった。いや、今でもあるが、その衝撃は私にとってはなかなかのものであった。まさに、漫画の世界を現実化したようなものであったし、国語の授業で説明するところの擬人法をそのまましているようなものであるからである。

で、奥さんが良く言っていたのである。

「犬は良いけど、赤ちゃんの泣き声を解読してほしいものだわ」

と。

ジャーン、でました。これである。

http://www.crytranslator.com/

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/news/20091106/1020205/より、引用開始 ーーーーーーーーーー

『iPhone』用アプリケーション『Cry Translator』は、むずがる赤ん坊の泣き声を聞いて、神経をゆさぶるようなその声の高さ、大きさ、調子、抑揚などを分析してくれる。

10秒後には「翻訳」を表示する。つまり、「おなかがすいている」「眠い」「緊張している」「イライラしている」「退屈している」という5つの状態だ。さらに、赤ちゃんの声の翻訳をもとに、するべきことのアドバイスまで教えてくれる。

新米の親たちの悩みを食い物にしているという点はさておき、この価格30ドルのiPhoneアプリのコンセプトとは、赤ちゃんが出す声の意味を提示するこ とで、ベビーシッターを支援するというものだろう。テレビのスイッチを『American Idol』[アイドルオーディション番組]からアニメ『Family Guy』に切り替えるのではなく、(空腹を感じているとされる)3カ月の赤ちゃんに食事を与える方が適切だ、とベビーシッターはわかってくれるかもしれな い。
Cry Translatorを開発したスペインのBiloop Technologic社によると、臨床試験によってこのアプリが96%の確率で正確であることが明らかになっているという。

さらに同社によると、「子供の年齢に関わりなく、成長後も引き続き、泣き声を翻訳しつづける」ことができるという。これは素晴らしい機能だ。同居する彼女 がこの次にめそめそと泣き始めたら、その原因を判断するのに役立つだろう(以前の経験からすると、だいたいは「イライラしている」あるいは「退屈してい る」になるだろうと察しがつくのだが)。
Cry Translatorは現在セール中で、11月11日(現地時間)までは価格10ドルで購入できる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

残念ながら我が家はこれを試す時期はもう過ぎているが、これからベイビーに出会う可能性のあるお二人には、ちょっと面白いものになるんじゃないかな。

もちろん、これに頼りっきりと言うのもいかがなものかと思うけど、ちょっとした手助けに使う分にはいいかな?


岩下修先生の授業が明日の教室DVDの第四弾

11/7

岩下修先生の授業が明日の教室DVDの第四弾として編集されている。
先行して、プロモーションビデオが作られた。

ご覧頂きたい。90秒のそれである。

http://www.youtube.com/watch?v=ryHxa1njbUo&feature=player_embedded

あの時の私たちの感じた、「学びの空気」を少しでも感じていただけるであろうか。

本編は、ただいま鋭意編集中である。
乞うご期待である。

子どもは、詩の言葉で語る

11/6

朝から教育実習訪問指導へ。
糸井先生の小学校にうちの学生が二人お世話になっている。

本学の児童教育学科児童教育コースの教育実習は三回生で行うことにしている。教育実習は、通常四年生で行われる。特に、私学ではその傾向が強い。しかし、逆に言えば旧国立大学系は三回生で行うのである。これは付属の小中学校が在ると言うことが大きな理由の一つであろう。これによるメリットは大きい。

最大のメリットは、採用試験まで半年の受験勉強の時間が取れるということである。四回生の前期で行うと実習の勉強と採用試験の勉強が重なる。もちろん、これによるメリットも在るが、デメリットの方が大きいと考えている。

三回生の後期で行うことにはさらに、他のメリットもある。児童教育学科に入学してきた学生たちは、将来学校教育で教育に関わることを目標として入学してきている。しかし、学びの途中で進路を変更する学生たちもいる。これは、うちの大学だけではなく、学芸大学等でも珍しくはなく、聞くところによると学芸大学では、最終的に教師を目指すのは3割程度であるとのことである。

そうだとすれば、三回生の後期というのは就職活動を始める時期なのである。自分は教員を目指すのか、それとも違う進路を選ぶのかの最終判断のポイントとして、教育実習を体験するということは大きな意味が在ると考えている。

教師をしている先生で、教育実習で本気で考えたという人は珍しくはないし、教育実習で進路を変えたという人も珍しくはない。だから、そのポイントとしての教育実習を四回生ではなく、三回生でやるということに意味が在ると考え、このようにカリキュラムを作ったのである。

で、実習生はなかなか頑張っていた。先日の「演劇で教育を」にも関わり、出演をしたり、もちろん授業でも前向きに取り組んでいた。職員室の先生方にも、
「まじめに取り組む学生さんたちですね」
とお褒めの言葉を頂いた。

が、まじめに取り組むことと、出来がいいことは、別。
二人の研究授業を見て指導した。一人は国語で一人は体育。どちらもそれなりに課題の見つかるものであった。

特に私が印象深かったのは、国語の授業。
児童に挙手をさせて、答えを聞くのであるが、私が
(ん? その子に聞くの?)
と思う子どもから聞いていた。
授業後、
『なんであの子からだったの?』
と確認したところ、日頃の国語の授業では手を挙げて発言することの無い子どもだったので、嬉しくなって指名したというのである。

これは良い。よく見ているし、その子どもの意欲を受けとめてあげることが出来ている。しかし、その子どもの発言が、教師やクラスの子どもの予測を遥かに越えた発言であったのである。

子どもは、詩の言葉で語る。

今日の教育実習指導訪問で、改めて感じたことだ。

詩の言葉と言う言い方は何を表しているかといえば、説明をするときに、ものごとの核心にあることばを投げ出すように、呟く事があるということである。光り輝く言葉でありながら、それが何を意味しているのかよく分からない言葉であり、迂闊に触れない言葉である。

教師は、その投げ出された言葉が何を意味しているのかが、わからず、自分の範疇にある言葉で理解しようとし、授業を進めようとする。

その結果、詩の言葉を呟いたこどもは、自分は間違えたと思い込むことになる。

子どもが、これらの言葉を投げ出したとき、教師は意味がわからず不安になる。これは一方で教材研究が不十分なことから発生する。

だが、誤解を恐れずに言えば、どれだけ教材研究をやったところで、完璧になる訳でもない。その不完全さの中で、よく理解できない子どもの詩の言葉に挑まなければならないのである。それも、ほとんどの場合、瞬間的な対応がもとめられるのである。

(何でこの子はこの発言をしたのか?????)
沢山のハテナが押し寄せてくるのに、耐えて授業の方針を立てて、展開していくのである。

ここが決まるとかなり良い授業になるが、それはかなりの力量が必要になる。しかし、授業を行おうとするものは、此処から逃げてはならないのである。

その子どもの発言は、後から振り返ってみるとその授業の核心へと辿り着く階段の扉を開けた発言であった。だが、それは開けられることは無かった。開けられること無く、用意されていた階段を上ることになったのである。

授業の振り返りのときに、このことに触れた。あの子どものこの発言は、こういう意図があったのではないか? しかし、その意図は子ども自身も意識化されていない。だから、そこを刺激し、本人やクラスの子どもたちにその意図をあぶり出させることで、授業を深化させることが出来たのではないだろうか、というようなことを話した。

分かっている。
そんなことが出来る人は、現場の先生でも実はそんなに多くいるわけではないし、実際の研究授業や公開授業の場において、指導案に書いた予測した子どもの発言とは違う発言が出てきたとき、そこから先の指導案を止めにして授業に進むことの判断がそう簡単にはできないということを。まして、実習生なのであるからしてそんなことを求めていくのはどうなのか?ということも。

しかし、そうだからといって
「良かった、良かった」
と終わらせることで、何かこの実習生のためになるのであろうか。そんなことはない。

あの瞬間、扉は見えたし、扉のノブも見えた。それをまわして開いたときに、その先が見えた人と見えなかった人がいたのだ。そのことをきちんと指摘しておくことは、今後の彼女の成長にとって私は大きな意味を持つと思って指導した。

期待している。

本日授業の日

11/5

本日授業の日。

2限の国語科教育法2は、模擬授業の一回目。事前指導を3回行って、本日に挑む。資料は丁寧に作ってある。が、授業は生き物。上手く回らないところもたくさん出てくる。が、このことが次の授業の課題となる。それを解決して行くのが次のグループである。前向きに挑む姿は評価したい。

昼休み、電話対応。
来週の月曜日に呼ばれていた、とある小学校の教頭先生から。なんと研究授業を予定していたクラスが、インフルエンザで学級閉鎖とのこと。授業は延期に。スケジュールの調整をし直すことに。お大事に。

3限の児童教育総合演習は、議論が少しずつ出来るようになってきて面白い。今日は「他者と他人」の違い。ここを足がかりにして、社会、世間、世界、空気などに触れる。そして、「内なる他者」の話まで。

4限の教職総合演習は、大人論のまとめに入る。学生の意見を聞き、私がどうやって考えたかを示し、最後の池田の定義に入る。佳境に入っている。声がもう少しちゃんと出ると良いんだが。

放課後。
終わらない事務仕事をあれこれ。
ではあるが、本日めでたくやっと大きな山を一つ越えた。ふう。三ヶ月かかった仕事が終わった。

もちろん、そうしたら次の大きな山が見えてくるのであるがf(^^;。
明日は、教育実習生の訪問指導である。

熱がぶり返した

11/4

授業を終えると、熱がぶり返した。
会議を失礼して、明るいうちに家に帰る。
すぐに蒲団に潜り込んで寝る。

が、娘は突進してくる。
一緒に寝てくれれば良いのだが、そうもいかないようで、
「ぱぱ、起きて!」
の声によって起きる。

夕食を食べて、水分をたくさんとって、寝る。
長引かせないようにしないとなあ。

11月の明日の教室 その2

11/3-2

演劇は、やはり凄かった。

演劇で教育をということで、プロが入り小学校三年生に演劇づくりを通して、コミュニケーション教育を行う取り組みである。

私はその途中も拝見しているが、その結果の凄さを見て益々その凄さを感じた。

プロが入るとどうなるのか。当たり前であるが、演技が安定する。いや、演技と言うか劇が安定する。私の感想であるが、プロの役者が担当するところは、「ネタフリとフォロー」であり、子どもが担うのは「ツッコミ」であった。

つまり、演技のきっかけと処理はプロが受け持つので、子どもはその枠のなかでのびのびとやれるのである。もちろん、演技そのものだけが大事なのではない。ここに至るまでのプロセスでこの「演劇で教育」の多くの目的は達成している。しかし、やはりステージで発表しての演劇である。ここが安定することは、非常にいいことである。

この演劇には、私の大学から教育実習に行っている学生たちも出演していた。一人は、お坊さん役で、一人は小学生役で。これがどちらもばっちりの配役で感動であった。特に小学生役は、
「先生、笑い過ぎです」
と本人に言われたが、そのぐらい似合っていた(^^)。

こんなことを体験させてもらえる教育実習ってないよなあと思う。

演劇を見た後、パネルディスカッション。「コミュニケーション ティーチングの活用および制度化について」ということで行う。

パネラーは、平田オリザ氏(劇作家・演出家、内閣官房参与)、北川達夫氏(日本教育大学員大学客員教授、フィンランド教材作家)、
池田修(京都橘大学文学部児童学科准教授)、糸井登氏(菟道第二小教諭)、蓮行氏(劇団衛星代表)ということである。

この蒼々たるメンバーのパネルディスカッションを捌いてくれませんかと糸井先生にお願いされたとき、
(あ、これは日本の教育の新たな1ページを作るパネルディスカッションになるな)
と思った。気合いを入れて引き受けた。

当日の事前の打ち合わせは、パネルディスカッションの打ち合わせというより、平田さんの日常のお話。鳩山総理大臣の施政方針演説の演出をされた時の話や、これからの教育行政の方向や、・・・・。以下、自主規制。いやあ、面白い!

日本の教育は面白くなりそうだぞ。自分と自分の仲間がこうして日本や世界を動かしている実感を持てるなんて、とても不思議な感覚だが、せっかくここに関われているのだ。力を注ぎたい。新しいあれこれの仕事も生まれそうだ。

で、パネルディスカッションの構成はこんな感じで作った。

1)自己紹介、劇へのコメント、演劇教育と私、コミュニケーション教育と私(どういう立ち位置なのかを説明。または、定義をする)(各5分)
2) 今回の演劇を作ってみて感じたこと、考えたこと 糸井 蓮行(各5分)
3) コミュニケーション教育などの立場から 北川 (10分)
4) 劇づくりなどの立場から 平田 (10分)
5) フリーディスカッション 20分 池田からの質問
6)各自のまとめ 2分ずつ

詳しくは後ほど発売されるDVDを見ていただきたいが、当たり前だがエキサイティングなものになった。私はこのメンバーからどれだけ話を引き出し、リンクさせ、課題を焦点化し、解決の可能性を提示させるかということに力を注いだ。

5)のフリーディスカッションの所で、全員に質問をぶつけながら、パネルディスカッション全体に流れる「見えにくい基調提案」を表に出そうと、あれこれやりつづけた。

懇親会で、
「質問は予め考えてあったのですか?」
と質問されたが、そんなことはできない。だから、メモをとりながらあれこれと、
(どこに争点があってどのような切り口で質問をすればそれが浮かび上がるかなあ)
と考えながらやっていたのだと言うと、
「え〜! そうなんですか?」
と言われるので、
『じゃあ、見ます?』
とその時のメモノートを見ていただく。

当たり前だが、話を聞きメモをとり、その場で考えることしかできないのである。

ただ困ったのは、平田さんも北川さんも
「コミュニケーションに関する評価は、どのようにまとめたか、どのように話の方向性を見いだしたかということを重視してすることが多いのです」
のようなことを話すのである。

(おい、おい。それって今の私だろ。ハードルをあげないでね)
と心の中で突っ込みを入れながらやらねばならないことになっていましたf(^^;。

で、怒濤の懇親会。
宇治川の畔のロケーションばっちりのお店で。50人近く集まる。うちの学生も6人ぐらい参加した。

新しい出会いがたくさんあり、久しぶりに会う仲間、遠方から駆けつけてくれる仲間もいて、とても良い時間を過ごせた。幸せである。

その中で一人、三省堂の異能の編集者と出会えた。
「いやあ、池田先生、やっとお会いできました!」
と最初からこの感じ。というのは、平田さんや北川さんから良く私の話を聞かされていたとのことで、会えないかなあと思っていたとのこと。嬉しいですねえ。

この編集者は『ニッポンには対話がない—学びとコミュニケーションの再生』(平田オリザ、北川達夫)を生み出し、なおかつ、あの『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代
を生み出した編集者さんなのでありました。

私は前者のことはなんとなく伺っていましたが、後者は全く知らないままで話をしていました。

で、
「池田先生に、プレゼントしたい本があるのですが」
とおもむろに取り出してきた本が、
『新明解国語辞典編 しろ版』『新明解国語辞典編 くろ版』
でありました。

『え〜〜〜〜〜〜〜〜、これあの『うめ版』じゃないですか?』
「え〜〜〜〜〜〜〜〜、先生ご存知なのですか?」
『ご存知も何も、これを使って大学で授業をしていますよ。あの写真とこの写真と、それからあんな写真もあ、こんな写真もあったでしょ?』
「うわ〜〜〜〜〜〜。そんなに詳しく覚えてくださっているのですか?」
『そりゃあ、名著ですから。そうだ、おい!』
と側にいる学生に声をかける。

『これで授業をしたよな?』
「はい!! すごく面白かったです!!」
「えええええ!! 嬉しい。こんなに自分が作った本を褒めてもらえるなんて無い経験です」
『いやあ、名著です』
「大学で取り上げてくださる先生が、日本に一人ぐらいはいてくださるかなと思いましたが、池田先生でしたか!!!」

もう、大興奮であった。
ここでも何か新しいことが生まれる予感であった。

その後、会場を京都に移動して二次会。
店に入るなり、
「池田先生、ようこそ」
と言われる。
???
すると、その後ろにうちの学生。
アルバイトをしている。私が店に入ろうするのを見かけて
「池田先生!」
と叫んだのを社員さんが聞いて、上の発言となったのであった。
面白い。

その後は、ははは。
知的興奮の嵐。

で、終電で帰る。
凄い一日であった。

11月の明日の教室

11/3

さて、いよいよ11月の明日の教室である。

明日の教室は、主催している私が言うのも変だが、やっぱりなかなか凄い。登壇して下さる方が凄いのは勿論なのだが、参加される方たちも凄い。

明日の教室ということで、運営する私たちは、あまり宣伝をしないようにしてきた。参加される方が40人を超えると、どうも講師と参加者の距離が遠くなる感じがしてくるのである。

講座もそうだが、講座の後の懇親会でも講師の先生との距離が遠くなる。これがよくない。日本一の先生のそばでありがとう食事ができる。お酒が注げる。相談が出来る。これがいいのだが、多くなるとこれができなくなる。

また、同じ目的を持ち違う現場を持った教育関係者が、あれこれ語り合うのがいい。これがいいのだが、多くなるとこれができなくなる。

私たちはこれを良しとはしないことにして運営している。せっかく自腹を切って学んでいるのである。自分達がやりたいようにやってみたいという思いもある。

もちろん、新たに参加したいという方をお断りものではない。こんなに小さくしか告知をしていないのに、参加されようとする方がいらっしゃるのはとても嬉しい。是非、お越し下さい。

学びは、贅沢な方がいい。この贅沢さは、参加された方なら実感されるであろう。

ただ、今日の明日の教室は、協同開催であり、多くの人に見てもらいたいということもあって、この枠を取り払った。300人以上の方がいらっしゃったと思う。

中には私の二回目の卒業生も来てくれていた。結婚が決まり、彼女を紹介してくれもした。嬉しいねえ。そして、
「あとで見てください」
と言われ封筒をくれた。

見たら、私が彼らが卒業するときに書いた文章やなんやらのコピーである。いやあ、まだとっておいてくれたのか。嬉しいやら恥ずかしいやらである。私が30歳のときに書いた文章である。ディベートに最初に取り組んだ時の生徒たちへのメッセージである。

引用開始 ーーーーーーーーーー

卒業おめでとう

卒業おめでとう。ほんとうにおめでとう。二年間の付き合いだったけれども、
「人との付き合いは時間の長さではなく、密度なんだ」
としみじみ感じました。人間の集団が好ましい状態を維持できるのは難しいもんです。人間は安きに流れるように出来ていますから、彫っておくと転がり落ちるもんです。私たちの学年は、色々在りました。問題があって、それを解決することで学年の集団に力をつけて、ここまで来たと思います。

一年の時の佐藤先生から伝えられたことは、
「この子たちは、とても感性がいいの。伸ばしてあげてね」
ということでした。本当に伸び伸びと育って、喜怒哀楽がはっきりしている人間らしい君たちでした。ブレーキが掛からなくなって脱線してしまうことも沢山あったけれど、乗り越えてきました。そして、乗り越える度に力をつけてきました。

国語の授業では、「教科書を教える」というよりは、「教科書で教える」という方法でやってきました。今だから言いますが、それこそ、君たちの要求が高いのでこっちも必死になって授業の予習をしたものでした。討論会なんて僕だって中学校から大学に至るまでまったく経験なかったけれども、なんとかできたのは、君達の「もっとレベルの高いものを…」という無言の瞳の訴えがあったからでした。また、失敗しても笑って許してくれた君達に感謝!

君達のお陰で本当に色々なことが学べました。ありがとう。しばらく僕は、討論会に拘ってみようと思います。君達も高校などで是非やってみてください。そしてその様子などを聞かせてください。楽しみにまっています。

それから、サインの『更上一層楼』という言葉は高校などで学ぶでしょう。その時、意味が分かると思います。人生は勉強の連続です。でも、自分で考えて行動する。結果を出す。とても楽しいものです。自分が主人公となるように、時代を仲間と共に平和に生きられるように、考えて行動し続けてください。僕は君達にいきる力としての国語を、文学を、人生を語ってきたつもりです。どんどん実践に移していってください。

ほんとうに、卒業おめでとうございます。

1993.3

引用終了 ーーーーーーーーーー

人間は成長しないなあとも思うf(^^;。
考えていることは、ほとんど変わっていない。

こんな十五年も前の文章を持っていてくれる教え子がいる私は幸せである。もう少し成長しようと思う私であった。

こうして嬉しい再開から今回の明日の教室は始まった。

2009/11/02

「声」が落ち着いた

11/2

良い子の私は、ぐっすり寝たので熱は下がり、声もまあまあ出るようになった。
剣道や歌や謡で鍛えたためか、喉は結構強いようである。

久しぶりのゼミは、なかなか面白かった。

実習中のエピソードをあれこれ語る学生たち。それにうなずく学生たち。コメントする私。またそれにうなずく学生たち。学校は違っても子どもたちと一ヶ月間過ごすということが、学生たちを共通の、またレベルの上がった土台に導いてくれたようだ。

ご指導いただいた先生がた、付き合ってくれた子どもたち。ありがとうございます。

実習を終えた学生たちを見て、顔つきが締まったという思いもあるが、今回新たに思ったのが、「声」が落ち着いたということである。単に疲れているということではない。声が、学生のものから少し変わっているのである。

恐らく、話をするときに吸い込む息の量が増えているのだと思う。しっかりと吸ってしっかりと言葉を音に載せることが、少し出来てきたのだと思う。自分の声がどう響いているのかを、すこし感じることが出来てきたかなと思った。

息をきちんと吸っていない発声は、聞いている側が疲れる。花須川はどうでもいい。本人の問題なのだから。授業は、聞いている側が疲れてはダメである。ここが大事だ。それが出来始めている学生が多く見られたのは、
(をを、進歩だなあ)
と思うのである。

その後、三回生の模擬授業の事前指導。さらに、再来週の校内研修会で授業を行う新人の先生が研究室に。事前の指導をお願いしますということで指導。さらに、来週の小学校の校内研修会の資料づくりに、・・・。

あれこれやって、明日の「明日の教室」の資料のチェックに流れの確認。勢いがついてしまったので11月に出る本の校正まで頑張る。なんのことはない、21:00まで研究室であった。

さ、明日は楽しみ楽しみ。

明日の教室 11/3 演劇で教育 いよいよ明日

糸井先生のブログから引用です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

いよいよ、明日、劇団衛星と3年生の子ども達による演劇公演を実施します。

そして、演劇公演の後は、コミュニケーションティーチングに関するシンポジウムです。

シンポジウムには、内閣官房参与に就任されたばかりの平田オリザさん、フィンランドメソッドの第一人者である北川達夫さんをお迎えし、進行役を池田修さん@京都橘大学にお願いすることができた。
非常に、エキサイティングな内容になるただろうと思う。

現在の参加者の人数ですが、
保護者200人、「明日の教室」受付50人、フリンジシアター受付50人といったところです。
計300名。
椅子席400名可能な会場なのですが、舞台のスペースを確保する関係上、ほぼ満席といった感じです。

ですが、金曜日の時点で、椅子を増席することを決定しましたので、当日参加大丈夫です。
「明日の教室」でも、ネットでの受付は終了しましたが、当日受付しますので、どうぞ、お越し下さい。

また、「懇親会」は、既に、限定30名は満員御礼状態なのですが、1人だけキャンセルが発生しました。
「ならば、参加したい」という方、私まで、連絡下さい。
早い者勝ちです。
連絡先は、このブログの上の方に書かれています。

では、明日、たくさんの方とお会いできることを楽しみにしております。

引用終了 ーーーーーーーーーー

お待ちしております。

急な発熱と咳で、ダウン

11/1

急な発熱と咳で、ダウン。娘の使うビックスベポラップを塗って、午前中寝ていても治らず。

小学生の頃から週末に風邪を引いて、土日に寝ていて月曜日には元気になって学校に行くと言うパターンの私であったが、いまでもその傾向はあるようだ。

本当は、京都市国際交流会館で行われる、本学の「児童教育フォーラム」に行く予定であったが、マスクをして咳をしながらというのもこの時期非常にまずい。インフルエンザの予防接種をしているので大丈夫だとは思うが、まさか
「私は予防接種をしています」
という襷をかけて見ているわけにも行かず、断念。

寝ていると、娘は私の体の周りを歩く。なんかの祈祷のようにも思えるし、小人の国にたどり着いたガリバーのような気もする。ときどき髪の毛を踏み足を蹴飛ばし、ぐるぐる回る。

『お父さんは、調子が悪いから、いーこいーこしてくれる?』

と頼むと頭を撫でてくれる。が、それも30分が限界。

「起きて、起きて!」

と起こされる。仕方がなしにちょっと起きる。ま、元気の固まりである娘には感謝だが。

娘が昼寝をしている間、私もしようと思ったのだが、この娘の寝ている時間がこちらの仕事の時間になるので、家で出来ることをやる。

11月に出す本、二冊の校正だ。
急遽出版が決まったので、時間がないのだが本は出せるタイミングは逃してはならない。

あとで、と思っているとなかなか出せるものではない。
依頼されているうちが花だと思い校正を進める。

夜になると熱が上がる。
熱は、体の中のウイルスをやっつけようとして私の体の中の免疫機能が戦っている証拠である。だから、すぐに下げるよりはしばらく高熱に付き合うのが肝要。

喉の痛みを緩和し、汗で出た分を補給するために小マメに水分の補給は欠かさないでいく。

明日は忙しいんだけどなあ。
今晩治ってくれるといいなあ。


2009/11/01

シルキー6の気持ちの良い吹き上がりと一緒に

10/31

秋の奈良に行ってきた。

この時期、奥さんが楽しみにしている正倉院展がある。私はそんなに興味があるものでもないが、奥さんは東京から見に行ったこともあるぐらいのものである。そこで、私と娘は奈良公園。奥さんは正倉院展という行動である。

三枚の写真。

1)大仏殿と325iツーリング

325i

奈良公園は、正倉院展で大渋滞であった。社会実験ということで道は急遽一方通行になっていたり。週末の正倉院展は大変である。

しかし、ちょっと外れるととてもゆったりとした空間になる。お気に入りの大仏殿の見える池の前である。ご覧の通りまだ紅葉にはまだ早いが、それでも色づく木々が見て取れる。若草山も少し写してみた。

2)若草山山頂

Photo

奈良に行ったら必ず行くのが、若草山山頂である。天気がいいと大和三山も見ることが出来る。本当に気持ちが良い。

今回はここでいま娘が(私が?)ハマっているシャボン玉で遊んだ。微かな風に乗ったシャボン玉は原生林の中に消えて行く。

思うのだが、タバコを吸っている人が全てシャボン玉に切り替えたら、街は奇麗になるだろうなあと。携帯シャボン玉セットを持ち歩き、街角で一服、いや一吹き。良いかもしれない。

娘は、鹿の体に
「ツンツン」
と言いながら恐る恐る触っては喜んでいた。

3)三笠の山に出でし月かも

Imgp8704

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

阿倍仲麻呂の名歌である。名歌中の名歌であろう。
1200年も前に作られたこの歌が、しっかりと今の私たちに響く。

ふるさとを離れて見上げる月。立身出世をしながらふるさとに戻ることのかなわなかった阿倍仲麻呂

そんな彼の思いと重なる人生を送っている人は、いまも世界中に多くいるだろう。人が生きることの本質を歌い上げている歌は、名歌になるのである。

写真はJR奈良駅近くから。

シルキー6の気持ちの良い吹き上がりと一緒に。

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