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2009/12/17

だんだん「ためしてガッテン」のようになってきている

12/17

午前中は、ゼミ祭。二回生が企画をしてのものである。二回生が三回生ゼミを選ぶにおいて、それぞれのゼミは何をしているのかを紹介してほしいと三回生に依頼して実施されたものである。

なかなか良いことである。
学びたいと考えている二回生にも、学んできている三回生にとってもどちらも良い結果を齎す企画である。二回生に自分たちの学びを提示することで、この一年をまとめることになり、学びを振り返ることができる。

私は家族の体調が優れなかったので、家であれこれやっていて参加できなかったが、伝え聞くところによると我がゼミの諸君もなかなか頑張っていたようだ。

自分で自分に合ったゼミを探そうとするのは、良い。だが、その一方で逆もある。どうでも良いということである。そんなに深く考えなくても良いというものである。

    1)    朱に交われば赤くなる
    2)    掃き溜めに鶴
    3)    孟母三遷の教え

この諺は何を表しているのであろうか。

    1)    環境によって人は変わる。
    2)    環境がどうであろうと、人は変わらない。
    3)    人は環境を変えることができる。

ということを意味していると考えている。
そうであれば、あれこれ考える必要はあまり無い。出会った環境の中でやる。うまくいかない時は耐える、または変える。そう言うことなのだと思う。

偶然を必然に変えるのは、そこにいる本人たちの努力によるものなのである。

そこにチョイチョイと魔法をかけるのが、ゼミの指導者の役割なのである。

2限は、国語科教育法2。今日はメディアリテラシーについて。学生諸君には、メディア断食を指示してある。毎年やっているが、学生たちの感想は大きく変わることはない。

大きく変わることのないことを、安定ととるのか、停滞ととるのか。私はどうも停滞と考える傾向がある。だから、新しいものを考えたくなる。

今日のメディアリテラシーの授業は、本邦?初公開の資料を活用する。最近手に入れた広告の資料なのだが、結構インパクトがある。しばらくはこれを使って授業をしようと思う。

3限は、児童総合演習。グループごとに分かれて実践記録を読み続ける。私の方からいくつかの問いを突っ込む。それを踏まえながら議論を進めていく。

当たり前であるがまだ二回生。読みが甘い。だが、少しずつ実践記録を読むことの楽しみを手にしてきている学生が増えてきている。良いことだ。

4限は、教職総合演習。毎回学生の発表が楽しみである。今回は「食育」について。食育の歴史や実習コーナーがあり、だんだん「ためしてガッテン」のようになってきているのが面白い。

食育の歴史に関しては、説明の中で『美味しんぼ』のルーツのような食べ物小説の現物を本学の図書館から持ってきて、読み上げていた。これはなかなか面白かった。

さらに、実習コーナーでは子どもの人気おやつに入っている砂糖の分量を当てるクイズをしながらあれこれやっていた。最終的に食育指導をどうするのかについて議論を重ねていた。

発表者の足りないところを会場から補ったりしての議論も良かった。いやあ、どんどん良くなっていくのを見ているのは楽しい。もちろん、私の方では必須アミノ酸の話とか、あれこれ補足をするのだが、なかなか良かった。

この授業は小学校でそのままコンパクトにやっても良いなあと思った。

だんだん育ってきた学生たち。
嬉しいものだ。

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コメント

池田先生 下関の福山というものです。今度、1月23日に先生とともに話ができるということで、今、先生のホームページ・ブログを毎日拝見させていただき、学ばせていただいています。刺激的な内容に、毎日刺激的です。ありがとうございます。お会いできること、ゆめみています。

初めまして。
来年の関西青年塾ですね。大学での実践を報告せよということになっております。教職課程の学生たちの指導をどうしているかということをお話しする予定です。現場からのご意見をお願いしたいと思います。
よろしくお願いいたします。

先生のブログやホームページを拝見すると、さすがもと中学校で教えておられただけあるなあと思います。具体的な講義。こういう授業を自分も大学時代に受けていたら・・・・と思います。先生の話、楽しみにしています。  

最近では親ばかブログばかりですがf(^^;。

本学の児童教育学科の教員は、半分がアカデミックに教育学を教える先生方で、半分が現場上がりで教育における指導を教える先生のような特色を持っています。私は当然後者です。

理論は大事です。ですが、それは現場で生かされるように学ばれなければ勿体ない。その辺りを私は担当して、現場と大学の通訳になりたいなあと思っています。

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