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2009/04/04

「担任の仕事がたまっているのが怖い」

奥さんがこんな記事を見つけてくれた。

http://mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20090403ddm008070022000c.htmlから引用開始 ーーーーーーーーーー

ひと:吉田洸二さん=センバツ優勝の清峰監督
 ◇吉田洸二(よしだ・こうじ)さん(39)

 マウンドで歓喜の輪を作る選手たちをうれしそうに見つめる目に涙はなかった。「本音を言えば、ほっとしました」。重圧から解放された、柔らかな笑顔だった。

 忘れようもない苦い思い出がある。06年のセンバツ。初出場の清峰を率いて長崎県勢初の決勝まで駆け上がったが、「監督の私も浮かれていた。天罰が下った」。横浜(神奈川)に0-21の記録的大敗。ダッグアウトに立ちながら、「惨めだった。初めて、穴があったら入りたいと思っていた」。あれから3年。巡ってきた雪辱のチャンスだった。「あの経験がなければ、緊迫したゲームでミスが出たかもしれない。これであの時、苦しい思いをした選手たちに少しは恩返しできたかな」。胸をなでおろした。

 丁寧な物腰で、長所をほめて伸ばす指導が特徴。だが、監督になりたてのころは「恥ずかしいくらい、生徒の気持ちも分からず空回りしていた」。野球だけでなく、教師として多くの子供と接し、自身も成長したという。たどり着いた指導のポイントを「水は与えすぎてもいけないし、少なければ枯れてしまう」と表現する。

 長崎に帰ったら、「担任の仕事がたまっているのが怖い」と笑った。そして、選手には「ご苦労さんというのが半分。残り半分は、変にのぼせず、支えてくれた多くの人たちへ感謝してほしい」。監督から教師の顔になった。<文・大島祥平/写真・大西岳彦>

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 ■人物略歴

 長崎県佐世保市出身。佐世保商高、山梨学院大卒業後、母校監督などを経て01年から現職。社会科教諭。

毎日新聞 2009年4月3日 東京朝刊

引用終了 ーーーーーーーーーー

>>長崎に帰ったら、「担任の仕事がたまっているのが怖い」と笑った。

クラブ活動をやっている先生で、この文言に苦笑いをしない先生はいないだろう。

授業があり、担任があり、校務分掌があり、生活指導があり、事務仕事があり・・・・、そしてその先にクラブの指導があるのである。

優勝監督のインタビューで、ひさしぶりに心に残ったf(^^;。

2009/04/03

おこしやす

4/3

朝から会議三連発。9:00からである。
終わったのは17:00過ぎ。

しかし、この会議は重要。
この一年間を本学の学科の教員、さらには全学の教員が一致したイメージで学生の指導に当たるために、そのイメージの擦り合わせをするのである。

固い話もあれば、柔らかい自己紹介もある。
全教員が一言ずつあれこれ話す。
お人柄と専門が分かり、よしやろう!という気持ちになる。
これが京都橘大学の良さの一つだと思っている。

入学式の後にこんな風に教員だけで動くことが可能になるのは、オリター諸君の活躍が大きい。

入学から、新入生キャンプに至る一週間の新入生のガイドを引き受ける学生たちがいるのである。それがオリターである。私たちが会議をしている間、新入生の側にいてあれこれ面倒を見てくれるのである。

本学科の教員は担任経験者が多い。だから、新入生の顔を見ると、つい担任として接してしまいたくなる。しかし、それはしない。そこは、オリターと新入生に任せる。

この方式は、もっといろいろなところで行われていいと思う。小学生だと六年生が一年生の面倒を見ることはあるが、中三が中一を、高三が高一をというのは、ありだと思う。

京都橘大学では成果を出しているし、児童教育学科ではなくてはならない存在になっている。

会議終了後、慌てて家に帰る。
もう期限が迫っている。
そうである。
桜である。
京都市内の桜を見に、奥さんと娘と一緒に山中越えをした。

最初に岡崎公園の疎水沿いの桜だ。
いやあ、奇麗だ。
疎水に映える夜桜。
なかなか見られない。

Sosuisakura

その後、木屋町通りの桜。つまり高瀬川の桜だ。
坂本竜馬が愛でていたであろう桜を眺める。
桜そのものはまだ8分咲きぐらいである。
が、見事である。

木屋町通りは、三条から五条まで高瀬川沿いを行くのであるが
人が混んでいるのは、四条まで。四条から五条は人が少なくなる。
同じ桜であるのに、人は少ない。
恋人同士で歩くのであれば、こちらの方が良いかなと思う。

家を出てから二時間弱のドライブで、二つの桜の名所を楽しむことができた。ああ、なんという贅沢だ。

京都の桜は、今週末が一つのピークです。
おこしやす。

本日入学式

4/2

本日入学式。
幸いなことに晴れた。
桜も見頃だ。
これで児童教育学科は、三期生を迎えることができた。

「大学の先生は、時間があっていいねえ」

と言ったのは誰なのだろうか。おそらく10年前までのことなのだろう。いまや、小中学校よりもスタートは早い。授業そのものは4/10
から開始だが、その前にガイダンス、オリエンテーション、健康診断、新入生キャンプなど多くのことがある。これをやりながら裏番組では会議が目白押しなのである。

ただ、本学の場合この行事を仕切ってくれるのがオリターと言う、先輩の学生たちである。後輩の面倒をかなりの部分で見てくれる。私は、このオリターの指導を担当しているので、またそれなりに忙しさが増えるのだが、成長しようとする意欲の高い者に指導をするのは、こちらもやる気が刺激されてくる。

一週間後の新入生の成長と、オリター諸君の成長が楽しみである。

仲間のブログを読むと、離任式であった先生が多い。
公立の学校では、転勤がある。
転勤は、仕事人としての一つの「死」である。

教育は、文脈で行われることが多い。一つの指導をするにしても、それがその指導の先に繋がるし、また、その一つの指導は過去の指導の上に乗るものである。

簡単に言えば、
「ああ、池田先生はそれはこういうことを思ってやっているんだよ」
と先輩から後輩へと伝えられることがあるということでもある。

転勤をすると、まずここがなくなる。そしてまた一から作り直すこととなる。つまり、「再生」である。

私の場合、ディベート指導をまた最初から立ち上げるのが大変であった。機関車の車輪のように、動き出せば滑らかに行くのだが、最初のゴロッという部分が大変なわけである。

ただ、外側から見れば、あちこちに転勤することでいままでディベートのデの字も知らなかった子どもたちに、ディベートを体験させることが出来たとも言えるし、入門期指導を研究していた私にとっては、環境の違うさまざまな子どもたちに出会えることで、その違った環境でもうまくいく理論を探ることができたとも言える。

渦中にいるときは、その出来事の正当な評価というのはなかなかできないものである。むしろ
(なんで、俺がこんな目に遭わねばならぬのだ)
と思うことがほとんどである。人生の不条理をあれこれ思うのである。

しかし、私の人生が一つの意味をなすとすれば、あの不条理を我がごととして背負ったから、意味をなしてきたのだと思う。

昔、遠藤周作さんのエッセイを読んでいて、こんなのがあった。

旅人が、旅をしていたら乞食に出会った。
乞食は
「寒い。抱きしめてくれ」
という。
旅人は、抱きしめてあげた。
乞食は
「まだ寒い。もっと抱きしめてくれ」
という。
旅人は、さらにきつく、きつく抱きしめてあげた。
そうしたら、乞食は、神に変わった。

これだけである。
遠藤周作さんは、人生はそう言うものだなあと、最近思うようになった。というようなことを書いてあった。

中学生だった私は、
(ふーん、なんだかわからないが、そうなの?)
と思った。が、最近少しずつ分かるような気がしてきている。私は神は信じないが、この神の部分を人生の宝とか真実とかに置き換えると、わかる。

学校が変わる。職場が変わる。
新しい出会いがあるわけである。
いままでの価値観では対処できないものが当然のようにそこにあるはずである。

その時、それを抱きしめられるかどうかが大事なのだと、今は思う。

ご入学おめでとうございます。

教師、保育士になるという諸君の夢は、いま目標に変わりました。
四年間、必死に学んでその目標を実現してください。

みっちり指導します。

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2009/04/01

教員にとっては、元日

新年度が始まった。
教員にとっては、元日である。

じゃあまあ、お屠蘇を飲んで、ゆったりとテレビでも見て、というわけにはいかない。本学では、午後から新入生に向けてのガイダンスが始まる。入学式は明日だ。

いつもより丁寧に爪を切り、髭を当たり、眼鏡を磨く。

大学は桜の花が7、8分というところであろうか。
突然の嵐もあったが、実に春らしい。

児童教育学科の校舎、児優館の前に植えた記念樹の桃も奇麗な花を咲かせている。桃栗三年であるからして、今年は桃の実がなるかもしれない。

そう言えば3/29は、旧暦の3/3であった。
うーむ、やはり3/3は桃の節句なのだなあと思う。

学部学科ガイダンスで、新入生の顔を見た。
しっかりした面構えが多く感じられた。
四年間、しっかりと学び続けてほしい。

新年度の決意ってのは、あまりしない方だが、今年ちょっと気にかけてみようと思うのは、

・新しい遊びを覚える。
・仕事の時間とは別に、勉強の時間を設ける。
・新しい単著の本を一冊出す。

まあ、年度の始めの日は嘘をついて良い日であるが、なんともブラックだなあとも思う。

とまれ、本年度もよろしくどうぞ。

『『はらぺこあおむし』と学習権 ー教育基本法の改定に思うー』(大田堯 一ツ橋書房)を読む。

『『はらぺこあおむし』と学習権 ー教育基本法の改定に思うー』(大田堯 一ツ橋書房)を読む。

同じ学科の生源寺先生が良いと仰っていたので、注文して読む。
本当に、良い。

ブックレットなので48p、500円である。
だから読む時間はそんなに掛からない。財布にも優しい。1〜2時間で読めてしまうだろう。しかし、教育とは何かを改めて考えるにはとても良い本である。

新年度を迎える準備として、クラスづくりや授業づくりの本を読むことも大事だし、必要だが、教育そのものを考え直し、自分の一年間の指針を確認することも大事だ。

今のタイミングで読み終えることができて良かった。
新学期、子どもたちに向き合う前にお薦めの一冊である。

なかなかやるじゃん

3/31

移動の疲れもあるので、一日のんびりとしたいところだが、そうもいかない。

午前中は、子守り。ガーデンに出かけて行く。ちょっと見ない間に、チューリップがきれいに咲いている。咲いた咲いたチューリップの花が〜♪と歌いながらガーデンを歩く。

ガーデンには、結婚式場があり鐘を鳴らす場所がある。娘は私に抱っこされてこれを鳴らすのが楽しみ。今日も鳴らす。

鳴らし終わったので、地面に下ろす。そして、
『世界のみんなに幸せが来ますように』
と私が言うと、娘は突然両手を合わせて頭を下げていた。
びっくりである。

そういえばこのごろ、
『〜だね?』
『〜なんじゃないのかな?』
などと話しかけると、すぐに
「うん!」
と答える。

話の内容を理解しているというよりは、イントネーションや状況を理解しているのかなあと思う。

仕事を進めるのだが、久しぶりに家にいるお父さんに娘が興奮して、遊ぼうと突入してくる。なかなか進まない。

家のなかで隠れんぼうを延々と続ける。
同じところに行って隠れるだけなのだが、これが大好き。

私がカーテンの裏に隠れる。するとその後ろから付いてくる。私は反対側から出て行く。そしてまた娘の後ろからカーテンの裏に入って行く。これを何回か繰り返していたら、娘は反対側から入ってカーテンの裏で私を見つけるということを覚えた。

なかなかやるじゃん。

アルコールを断酒して、食事。
そして仕事を始める。
ちょっとして、床暖房にごろり。

ああ、極楽である。
アルコールなしでも、床暖房は極楽であった。

さ、明日から新学期だ。

写真は、先週出現した琵琶湖の虹。ベランダから撮影。

Niji

2009/03/31

スターマインのようなフィナーレ

3/30

9時に家を出る。
多摩モノレールの上北台駅で乗車。そのまま、高幡不動駅に向かい、さらに聖蹟桜ヶ丘駅へ。東京のマンションの様子を見に立ち寄ったのである。

マンションの前に行くと、仲の良い住人の方が庭仕事をされている。
『精が出ますねえ』
と声をかけると
「あれま、池田さん!」
と。

部屋を貸しているのだが、ちょうど契約が終わり部屋の様子を確認するために見に来たことを告げる。

久しぶりの東京の我が家は、なかなか良かった。
借りていた人も、乱暴に使った形跡はほとんどなく、一安心であった。

このマンションは、今の大津のマンションよりも狭いのだが、なぜか広く感じるマンションで、駅から3分で多摩川からも2分と近い。ちょっと手放せないマンションなのである。新しい借り手はこれから募集。次の人も奇麗に使ってくれると助かるなあ。

京王線の特急新宿行きに飛び乗り、新宿経由で品川へ。新幹線は12:37分発。まだ10分ちょっと時間がある。ホームでソバを手繰る。

列車を待つホームで時間を確認。京都の到着予定は14:50分。一度家に帰ってから大学に向かうには、時間がちょっと足りない。そこで、家に電話して直接大学に向かうことにする。

新幹線で移動中、メールが。なんと奥さんが娘を連れて京都駅まで迎えにきてくれると言う。

京都駅では10分間だけ娘を抱っこ。久しぶりに会う娘は、しっかりと抱きつきながらも、顔は恥ずかしいのかあらぬ方向を見ている。

これだけでも、取りあえず十分であった。奥さんに感謝。

山科駅でタクシーに飛び乗る。15:30から学生の指導があるのだ。ぎりぎりに到着。一時間ほど指導をして、その後事務仕事などに勤しむ。

18:30から山科で、最初に担当したクラスの飲み会があるというので出かける。このクラスで一番若かった学生がやっと二十歳になったとのことで、アルコールありのクラスコンパが、やっとできるのである。

ま、アルコールなしでやればいいのだが、それはそれ。彼ら彼女らは法律を守ることを子どもたちに求めるようになるのだから、その辺りはきちんと守らせねばならない。私はそういうわけで学生たちが20歳になるまでは、コンパに顔を出さないようにしていた。

そしたら、やっとなったというのでお誘いがあったのだ。
なかなか愛い奴らじゃ。

せっかくなのでカラオケ等にも付き合ったが、これがまあ実に知らない曲ばかり。ま、タイトルとかアーティストとか聞いたことのあるといえばあるものばかりではあったが、聞いたことはない。

実に不思議だが、これらの曲はどこで流れているのだろうか?
ラジオ? テレビ? どこ?

子どもの頃は、自分がハマっている当時の流行歌に対して、
(なんで大人はこんなに流行っている曲を知らないんだろう)
と不思議に思っていたが、実に見事に自分がその大人になっている。

そして、歌よりも歌を歌っている学生の顔を見ている方が面白いのである。

嘗て私が小学生のとき、私の母親に、
「ドリフターズを見ているより、おまえの顔を見ている方がよほど面白いよ」
と言われたが、まさに、いまこの母親の気持ちがよくわかる。

人生は、面白い。

終電の一本前に乗る。
今日は午前様にならずに帰宅できた。

三泊四日の東京ツアーの最終日を飾る忙しさであった。
なんつーか、スターマインのようなフィナーレだなあf(^^;。

さ、新学期だぞ。

写真は、東京に向かうときに新幹線から見ることができた富士山。久しぶりに奇麗だった。

Fuji

2009/03/30

学び合い 東京セミナーで考えたこと

3/28

盟友の筑田さんが実行副委員長をするという「学び合い」の東京集会の第一回があるということを知った。

スケジュールを確認すると、授業づくりネットワークの春の集会の前日ではないか。それは参加するせねばならぬと思い参加する。

前日は新宿のホテルに泊まったので、チェックアウトの時間ギリギリまでホテルであれこれ仕事をして、江東区に向かう。

ホテルの外に出ると、びっくりしたことに「雪」が降っている。街は桜の花が咲き始めているというのに。後から分かったが、この日の東京は、二月の気温だったとのこと。げにげに。裏地をつけたコートを着てきて良かった。

学び合いの会は、100人を越える盛況である。
基本的な考え方、模擬授業、実践報告と三本柱で行われる。実に贅沢な講座である。

しかし、私はここでも違和感が生まれてくるのを押さえられなかった。ここでもというのは、言い換えれば「どこでも」なのかもしれない。私はわがままに出来ているので、最初からすっと入るということは、ほとんどない。違和感から始まる。

だが、この違和感は結構大事なことだろうと思っている。

日常生活では、私はこれでも私のわがままを必死に押さえようとしている。社会と関わって行く訳であるからして、私の中にある好き放題したい私を、ぐっと押さえて日常生活を送っているつもりである。

ではあるが、学問とか研究とかというところでは、このわがままを解放していい部分である。みんなが同じことを考え、みんなが納得するのであれば、学問とか研究はいらない。学習である。

そこは、なんか違うんじゃないかなと違和感を感じ、それを立証していくことが、学問や研究の存在意義だと私は考えている。だから、日常生活では押さえているわがままを、学問や研究では解放してあげるのである。

「学び合いはどうなんでしょうか?」
と私のところに質問にくる先生や学生たちもいる。
私は
『そうだと思いますよ』
と答えている。

あれだけ論文を書き、業績を残している西川先生と西川研究室がの提唱されているものが根本からおかしいとは思えない。私も『学び合う国語』を一緒に書かせていただいているが、出来上がった本を見ながら、やっぱりそう思う。

ただ、今回セミナーに参加して、いくつか私の中にあった違和感を言葉にすることができるかもしれないと思うようになった。主に4点ある。学び合いの知見からさらに深く学ぶために、私はここを理解したいという欲を持っている。

1)良いクラス、良い授業、良い学年は学び合いが成立しているということ。

これは本当にそう思う。良いクラブ活動でもそうだ。
しかし、ここにたどり着くのに、西川先生が提唱される方法だけでいけるのだろうかという違和感がある。前提条件があるのではないかとおもうのだ。

私の仲間たちは、その前提条件をあれこれ自分とクラスの様子を見ながら作り出し、クラスを授業を高めている。西川先生はシンプルであると仰っているが、そこが落ちない。というのは、

2)みんなが出来ることを求めたとき、これを理解しない生徒がいるときの対応。

「先生の言うことを、なるほどと思う生徒が6割7割いるクラスであることが大事」

と仰っているが、これは結構難しいのではないかと感じている。私は
『みんなが出来ることを求めたとき、それを理解しない生徒がいた場合はどうするのか?』
と質問をしたのだが、
「それは、教育の目的を語り、人格の完成を目指すことを求める。それが公教育の目的だからです。ここは譲れません』
と仰ったが、私が出会ってきた子どもたちの中には
「法律? んなもん、関係ねーよ。勝手にやっていれば」
とか
「うぜーんだよ」
とか
「はあ?」
で終わる子どもたちもいた訳である。譲らないと言っても、受け入れない、受け付けない子どもたちがいる。

そして、そうであっても「子どもたちを有能であると信じきる」ことは、多くの教師に可能なのだろうかということである。信じきれないとき、教師はどうなるのだろうかということである。

3)教師が褒めることのできる立ち位置にいることの意味

学び合いは、強烈な教師コントロールの下に行われる実践である。ここを誤解している先生もいるのではないかと思っている。教師はクラスや授業での重石のようなポジションにいることを求められる。

しかし、このポジションはそんなに簡単に手に入るのであろうか。野中信行先生は、「生徒が生徒していないので、生徒させなればならない」と仰る。これはD.B.Gowinのstudentingという概念に近いものだと思うが、生徒していない生徒が、教室にいる先生にこの重石のようなポジションを簡単に贈与するとは思いにくい。

学芸大学の山田雅彦先生は、

『「先生である」ことは、教師が生徒からgiveされるものである』

と仰っていたと思う。そうだとすれば、果たして簡単に与えられるものなのだろうかという疑問が残る。

先生が子どもたちをいくら褒めても
(お前が褒めるな)
(は〜?、関係ないのに)
という態度を示す子どもたちは、いる。
これが、学び合いを導入することで、すっと解決できるのか。私には分かりにくい。

4)人格の完成ってなに?

ディベートでは、平和とか環境保護とか衆愚政治とか、ちょっとみると凄そうな言葉で、誰もが分かりそうな言葉で、しかし実際に説明させるとなかなか説明の難しい言葉のことを、ビックワードと呼んでいる。

学び合いが目指すのは、教育基本法の第一条にある「人格の完成」である。この言葉は、私が大学生の時代からずっと拘り続けている言葉でもある。

・人格ってなに?
・完成ってなに?
・そもそも人格は完成するの?
・誰が完成した人格を設定したの?
・設定されたかもしれない完成された人格って本当に正しいの?
・そもそも人格の正しさってなに?

そんなことをずっと考えている。
要は、私にとって人格の完成ってのが、ビックワードなのである。

もちろん、ボーッとしている訳ではなく、人格の完成を「大人になる」ということをキーワドにして、私は考え続けている。ただ、学び合いを実践する先生方が、この人格の完成を自分の言葉で子どもたちに説明するのは、結構難しいと思っている。ここだけは、子どもたちにきちんと、教師が説明するべきところであると思うが、これが結構難しいのではないかと思うのだ。

以上この4点が、違和感を元に、言葉に置き換えることを挑戦したものだ。上記1)から3)について、私は検証する手だてを持たない。これは、私には学び合いが成立するための前提条件のように思える。ここについてはこれから進むであろう研究を追いかけてみたい。

私が学び合いを通して、学びを深めたい、そして、学生の指導に役立てたいと考えるのは4)についてである。この部分の解明には関心がある。

あれこれしながら、考え続けたい。

冗談法人 狭山県人会

3/27

(俺たちはどこにいて、何をしているのだろう)

そんなことを思った。
冗談法人狭山県人会の久しぶりの理事会であった。

冗談法人狭山県人会とは、東京の狭山丘陵をホームグラウンドにしたオフロードバイク乗りの集まりである。私はかつてここを根城にしてオフロードバイクで遊び続けていた。もう15年ぐらい前のことである。

20代の後半、私は日本人学校の先生になるのもいいなあと思い、あれこれしていた。

海外旅行に行っては、その土地の日本人学校を見学したり、説明会のパンフレットを手に入れたりしていた。そして、どこの国に派遣されても言いよう、オンロードバイクからオフロードバイクへとバイクの種類を変えたりしていた。

オフロードバイクは、メインテナンスがオンロードバイクに比べれば楽で、砂漠等に派遣されてもまあなんとか大丈夫である程度にはうまくなっておこうと思ったわけである。

ところが、これをきっかけにしてオフロードバイクにハマってしまったのだ。

狭山県人会の仲間たちと、週末ごとにキャンプ。さらに、レース。関東のあちらこちらの林道を走りまくった。富士山の裾野を走ることもあれば、登山をしたこともあった。

崖をよじ上ったり、崖から飛び降りたり。川を進んだり、横断したり。バイクごとすっ飛んだりでんぐり返りをしたり、骨折したりねんざしたり、擦り傷切り傷。雨の中も風の中も、なぜか知らぬがにやにやしながら走りまくっていた。

私はマンションを購入し、バイクの置き場に困ったことからオフロードバイクを降りた。そして、日本人学校を目指していたが、ディベート教育にのめり込んだこともあり、いま日本を離れるわけにはいかないということを思い、日本人学校を目指すことも止めた。

そんな仲間と10年以上ぶりの再会であった。

久しぶりに会う仲間たちは、変わっていなかった。人間は簡単には変わらないのである。教育の限界を感じつつ、一方で自己教育の可能性を感じるのであった。自分が楽しいことにはとことんまでのめり込む仲間たちであったが、それは変わらずであった。

(俺たちはどこにいて、何をしているのだろう)

10年も経っているのに、変わらない。面白いぐらいに変わらない。髪の毛が薄くなったとか、体重が増えたとか、しわが増えたとか。そんなことはまあ、そうなんだけど、その人間の面白さとか言う部分は、本当に変わらない。

それが心地よい。

そして、理事会(のみかい)が終わった後、私は思うのであった。

(俺たちはここにいる。何をしているのだろう)

それもまた、心地よい。

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