« 2008年12月28日 - 2009年1月3日 | トップページ | 2009年1月11日 - 2009年1月17日 »

2009/01/10

手帳の活用法など

引用開始 ーーーーーーーーーー

私は来年度の埼玉県教員採用候補者のMと申し
ます。

今は、その準備段階として、教職関係の本を読んだ
り、いろいろな先輩からお話をうかがったりしていま
す。
そんな中、先生の「教師になるということ」を拝見し
ました。教職の大変さ、多さ、それ以上に魅力がたく
さん詰まった内容に、感銘を受けました。

ところで、ある本で「仕事の効率化を図るために、手
帳の活用を工夫すべし」というような内容の記述があ
りました。
最近、来年の手帳を買おうと思っていたのですが、4月
以降のことを考えてから購入しようと思っています。

そこで、池田先生のお考えや、手帳の活用法などを教
えていただければと思いメールを差し上げました。
ホームページへに直接関係のない質問で、大変恐縮で
すが、どうぞご教授ください。よろしくお願いしま
す。

引用終了 ーーーーーーーーーー

という嬉しいメールをもらった。これをきっかけに考えてみようと思う。

私はメモには大きく三種類あると考えている。

1)記録
2)思考
3)まとめ

である。1)は、事実の記録もそうであるが、未来の記録、つまり予定も含んでいる。
2)は、意見、反論、思いつき、疑問などである。そして、3)はアウトプットを想定した記録である。

で、三つに分類できる訳であるが、この三つをどのように扱うかということである。
人によっては、この三つを三つに分けているだろう。予定は予定、記録は記録、アイディアはアイディア・・・と。

私も嘗てはそのようにしていた時期もある。が、これは私の性格には合わないものであった。

「授業ごとにノートを分けなさい」
と自分が中学校の生徒のときにいわれ、それを私はまあそうかなと思って守ってきたが、大学の教員になってからは
それを止めている。

基本的にノートは一冊で済ませている。なんでもかんでもここに書くことにしている。この方が楽である。
時系列で書かれているので、書いておいたことを探すのも楽である。
ノートを分けろというのは、使う側の利便のためではなく、どうもチェックする側の利便のためであるような気がしている。少なくとも、通常の中学生以上の場合はそのような気がする。

実際、成蹊大学の塩澤先生もノート一冊だったと思うし、私の大学にも学生時代からメモをノート一冊で取り続けていてもうそろそろそれが80冊になろうとしている先生もいらっしゃる。

だから、一冊。
ただ、計画はマックのiCalで管理し、持ち運びが小さい方が良い場合には、コクヨのスケッチブックかポストイットのブロックをを使っている。

ま、自分の性格、目的、仕事内容などによって必要な道具というのは変わってくるから、これが決定打というのはなかなかないと思うが、今のところはこんな感じかなあ。

あ、思い出した。
こっちの方が大事かな。

手帳にこだわることも大事かもしれないが、私は筆記用具の方が大事だと思っている。常に書けるところにあるボールペンが数本あることの方が大事かもしれない。

思いつきは、手帳でなくても違うものに書けるが、書くものがなければ書けない。だから、安くていいからボールペンを10本ぐらい自分の行動範囲にばらまいておくことが大事だろおう。さらに私は、鉛筆も家と研究室とそれぞれ1ダースはあちらこちらに置いてある。100円ショップに行き、500円も払えば相当な量が手に入るはずだ。

また持ち運びするものにくっつけておくことも大事だ。私は携帯電話と、家の鍵には小さなボールペンをつけている。この二つのどちらかは必ず私の体の近くにある。だから、思いついたときすぐに書き始めることができる。読みかけの本だろうが、レシートの裏だろうが、掌だろうが、書く場所はそんなに困らない。書くための道具さえあれば。

Mくん、こんなもんでよろしいかな。

『価値ある出会いが教師を変える』(ひまわり社)

佐藤正寿著『価値ある出会いが教師を変える』(ひまわり社)を読んだ。

私も同じひまわり社から『教師になるということ』という新書本を出してもらった。小書は、教師になることの基本的な考え方を教職を目指そうとする高校生や大学生に向けて書いた本である。

この本を書き終えたとき、次のこのシリーズの本の著者を社長さんに相談された。
私はすぐに、佐藤先生のことを話した。

このひまわり社の新書本シリーズは、教師の仕事の仕方等を書くのではなく、教師という仕事の基本的な考え方、つまりは哲学を語るシリーズにしたいと言う思いを聞いていた。

佐藤先生は、明日の教室にも来て頂いた先生である。私と同じ年。
だから教員として修行の時間はほぼ同じである。

ではあるが、私とは全く対照的な学び方をしている先生であると思っている。
それは、

  • 素直に学ぶ
  • 目的を持って学ぶ

ということを継続的にされている先生なのである。

このことがきちんと描かれている本なのだ。
教師が修行して成長するということはどういうことなのか、
その具体的な一つの例を詳しく書かれているのだ。

勉強になる。

提出が難しい疑問

1 他のブログはわからないが、ニフティのブログを作成する画面は、写真のようである。

最近ヴァージョンアップがあったのだが、なかなか面白い。何が面白いかと言えば、「ブログネタ」というものがあるのだ。

人間の賢さは何を持って示すことができるのであろうか。

こんなことを考えたことがある。私は三段階で人間の賢さの規準が変わってきているのではないかと感じている。

1)たくさん知っている。

知識である。ありとあらゆるものを知ること、つまり博学であることが賢いという規準である時があった。いまでも基礎的な知識は必要である。しかし、これはコンピュータのHDに比べればさもないことである。ネットに繋がった知の蓄積は、一人の人間の知識には及びようもない。たくさん知っているは、規準から外れた。

2)調べ方を知っている

わからないことがあったとき、どの本を見れば良いのか。どうやって調べれれば良いのかを知っている。これが賢さの規準であったことがあるだろう。しかし、これはグーグルによって幕が引かれた。
もちろん、百科事典や専門書などをきちんと使いこなすことは大事であるが、グーグルの手軽さは手放せない。これも規準から外れた。

3)疑問に思うこと

最後は、これである。人間は曖昧な記憶ができ、忘れることができ、疑問に思うことができる。これは現在のコンピュータにはできないタレントである。だから、1)と2)を踏まえた上で、3)ができる人は賢いのではないだろうか、というのが私の主張である。

ところが、この「ブログネタ」は3)をさせなくしている。という言い方が良いのかわからないが、疑問に思うことがなくてもブログが書けるようになっているということであろうか。

疑問に思うことは、簡単なように見えて実は結構難しい。知らないから疑問に思うというのは、まあ、あるだろうが、知ったことで疑問に思うとか、何事も問題ないと思っていたのに、考えてみると疑問が浮かぶとかそう言う疑問を持つことは、実は難しい。

学者たちは、この質の良い疑問が見つかるかどうかで、その学者人生の質を半分以上決めてしまうのではないかと思う。

だから、提出が難しい疑問がなくても書ける「ネタ」を提供するサービスをしたのだろう。

そう考えるとまたわかることがある。
2チャンネルがあれほど流行る理由はいくつかあると思うが、私はその理由のうちの一つは、記事の引用だと思っている。

つまり、2チャンネルは新聞記事などを「ネタ」として張ることで、それについて書き込みという形で文章を載せて行くのである。逆に言えば「ブログネタ」はここからヒントを得ているのかもしれない。

で、私の行っている「書き抜きエッセイ」も、始めた時は考えもしなかったが、これと同じ構造であることがわかるし、そのルーツは「論語」にまでさかのぼれるのかもしれないなあと思う訳である。

2009/01/09

第21回 2/7 明日の教室 ご案内

続いて21回目のご案内です。同じく糸井先生のブログから。
こちらもお待ちしております。

引用開始 ーーーーーーーーーー

第21回「明日の教室」は、河原和之先生をお招きして、実施します。
河原先生と私は、アントレプレナー繋がりです。で、池田先生と河原先生は、「わくわく授業」つながりです・・・。
で、今回、無理を言って、御登壇いただけることになりました。

以下、河原和之先生のプロフィールです。

東 大阪市立縄手中学校教諭、立命館大学非常勤講師。1952年京都府生まれ。東大阪市の中学校に社会科教師として30年間勤務の後、東大阪市教育センター指 導主事を経て、現職。授業のネタ研究会常任理事。近現代史教材・授業づくり研究会代表。子どもの経済教育研究室。 NHK教育テレビ「世の中なんでも経済学」の番組委員を務め、同放送の「わくわく授業」では「“コンビニ”から社会が見える」に出演。 <主な編著書> 『新「ウソッ」「ホント」からはじまる公民学習』(日本書籍)、『21中学授業のネタ 社会』(共著、日本書籍)、『歴史リテラシーから考える近現代 史』(明治図書)ほか多数。

河原先生には、社会科授業つくりの楽しさ、難しさといったことについて、たっぷり語っていただけることになっております。
乞うご期待です。

何かと忙しい時期ですが、たくさんの方の参加をお待ちしております。

日時:平成21年2月7(土) 13:30〜17:00
会場:京都橘大学 児優館
講師:河原和之先生
費用:一般2000円 学生1500円

なお、懇親会を17:30~予定しております。3〜4000円程度です。

引用終了 ーーーーーーーーーー

申し込みは、こちらから!

第20回 1/24 明日の教室 ご案内

糸井先生のブログに載りました。
お待ちしております。

引用開始 ーーーーーーーーーー

いよいよ「ドリームコンサート」が近づいてきました。

ドリームコンサートとは、アーティストを事前に学校にお招きし、子ども達と一緒に音楽を創っていただく。そして、コンサート当日は、アーティストのコンサートと共に、子ども達も舞台に立ち、創った曲を披露するというものです。

今回、お招きするアーティストは、以下の三名の方々。

Hugh Namkivell 音楽家
シ ティ大学を首席で卒業後、ハダスフィールド大学大学院修了。ロイヤル・リパブリック・オーケストラを始め様々な演奏家のために作曲。ロック、ジャズ、民族 音楽などを取り入れた自身のユニット「Natural Causes」でのライブ活動。2006年Critics' Awards for Theatre in Scotland 音楽部門の最優秀賞受賞。これまでに300校を越える学校で、創作に重点を置いた音楽プロジェクトを行っている。

野村誠 音楽家
イギリス、ヨーロッパ、アジアなど各地のフェスティバルに招聘される。著書、CD多数。第1回アサヒビール芸術賞受賞。NHK教育テレビ「あいのて」を音楽監修し、赤のあいのてさんとしてレギュラー出演する。

林加奈 音楽家・美術家
おもちゃ楽器演奏家。鍵盤ハーモニカ・オーケストラ「Pーブロッ」メンバー。著書に「音・リズム・からだ」(民衆社)。画家でもあり、最近は絶叫する紙芝居パフォーマンスも行っている。

学校が、今、地域のコミュニティ創りの重要な位置を占めているのでは、と考えています。
学校が、地域のホールや美術館、図書館のような役割を担えれば、もっと地域の方が学校を中心にまとまっていけるのではないだろうか。
学校が、もっと生き生きした場になるんじゃないだろうか・・・。

いろんな思いを胸に秘めて、5年前から実施してきたコンサートです。
詳細は、また書きますが、今回のコンサートは必見です。

若手教師、教師志望の学生には、学校の可能性を見出してほしいと思っています。
コンサート終了後は、もちろん、新年会も兼ねて、飲んで、語り明かしましょう。

第20回「明日の教室」

日時 平成21年1月24日(土)  13:30 開場  14:00 開演
場所 宇治市立平盛小学校 体育館
内容 「ドリームコンサートファイナル~ひらもり版ホエールトーン・オペラ~」
出演 野村誠、ヒュー・ナンキヴェル、林加奈+平盛小学校1年生・6年生児童

申し込みは、こちらから!

引用終了 ーーーーーーーーーー

私たちは、サーブを打つことができます

1月28日に近江八幡市で公演を頼まれている。

この打ち合わせを午前中に行う。75分の講演と15分の質疑。150人規模の先生方を対象にお話をするというのは、結構大変だ。幼稚園から中学校までの先生。それに若手からベテランの先生がいらっしゃると言う。

ストライクゾーンが広いから話しやすいとも言えるし、ニーズの幅がありすぎるので絞りにくいとも言える。私はパワーポイントを使って資料を見せながら話をすると言うタイプではないので、その時の様子を感じながら話をコントロールすることは多少できるが、やっぱりしっかりと準備しなければなあと改めて思う。

午後は授業。
まず、ディベートの授業から。

昼休みの教室に入ると試合の準備をしている学生たちがいる。

「あ、先生、眼鏡変えましたか?」
『あ、そう。変えたよ』
「先生、あたまサッパリしましたね」
『うむ。短くした。ちなみに君は頭の中がサッパリだな』
「うひゃあ。頭の中まで見られているわ」

厳しいと言われている私の授業の中でも、一回生が受けるこのディベートの授業はより厳しい授業であろう。自分で、自分たちで準備をしなければ何も始まらない。先生が何かをしてくれるわけではない。

そんな厳しい授業をここまでくぐり抜けてきている学生たちとは、こんな憎まれ口を休み時間に叩き合ってもいい。

本日リーグ戦の残り二試合を行い、決勝戦に進出するチームが確定した。決勝に進出したチームは各リーグの進出できなかったチームのサポートを受け、決勝に挑むことになる。

来週の決勝戦のジャッジは、本学理事長の梅本先生である。学生たちも楽しみにしている。

国語科教育法2は、試験問題を解くである。
この試験問題は、自分たちが行った模擬授業に関して試験問題を作り、お互いに解き合うのである。
この解き合った結果を元に来週は採点を行い、さらにエクセルに入力して評定のシミュレーションもしてしまおうというのである。

試験問題を作成するレッスンは前期にもしている。前期に比べて比較的よい問題になってきている。実際に自分たちで教材研究をして模擬授業をしているわけであるから、問題の設定もしやすいのであろう。
ではあるが、設問に使う語句にぶれがあったり、理解が曖昧なまま使っていたりと課題は残るものでもあった。

しかし、試験問題作成のレッスンまで受けている大学三年生はそんなにいるわけもないので、良しとしよう。試験問題のどこに問題があるのかを一人一人指摘しておくことにした。そして、

『評価、評定ができるということは、授業の目的が見えているということです。この授業を通して子どもたちにつけさせたい力は何なのかを、指導者が理解しているということです。確かに、評価、評定は難しいものです。ですが、まずはここを意識することから始めて行くことです』

『国語の授業っていうのは、幅が広くてそれこそ先生が教科書を読み続けていれば授業というのも、昔はあったのではないかと思います。ま、ぎりぎり授業でしょうか。しかし、授業が成立しているかと言うとかなり疑問ですし、子どもたちが楽しくて力のつく授業であったかというと、これは違うでしょう』

『私たちは、サーブを打つことができます。授業は教師からの投げかけで始まります。この投げかけをサーブというのです。テニスでもバレーでも卓球でも、サーブ権を持っている方が強い訳です。有利です。
(よし、この授業はあの子のここの部分に焦点を当てて、そのためにここを工夫して)
とすることが教師にはできます。サーブを打つことができる訳です。だから、授業の責任は教師にあるのだと私は考えています。サービスエースをとる必要はあまりありません。コントロールよく、子どもたちがぎりぎり走って追いついて、その玉を拾えるぐらいのそんなサーブを打ち続けることができるような、子どもたちが楽しくて力のつく授業のできる教師に諸君が育つことを期待しています』

あと二回でこの授業も終わる。
まとめに入っている私がいる。

今週も終わった。
週末は、年賀状づくりかなf(^^;。

親ばか日記

親ばか日記である。
このところ娘の成長に、改めて親ばかな私は喜んでいる。

1)ネクタイ
今朝のことである。私が大学に行くためにワイシャツを着て、ネクタイを締め、ブレザーを着てコートを着てとしていたら、娘が使わなかったネクタイの山と格闘していた。

何をしているのかと思ってみていたら、その中から一本を取り出して肩からぶら下げているのである。
(ん?)
そのままにしておくと危ないので、取り上げようと思ったら、明らかに私のネクタイと同じことをしようとしていることに気がついた。その様子がなんとも愛でたいものであった。

2)仲裁
帰省中に奥さんとちょっとした口喧嘩のようになったことがあった。娘を車から降ろす時のことである。私が車外にいて、娘と奥さんはまだ車の中。

そしたら、娘は突然車のボディの陰に隠れて、そこから笑顔で
「ば〜〜〜〜〜〜」
と顔を出すのである。これを数回繰り返していた。

娘に仲裁されてしまった。感情の変化を読み取って、娘なりに気を使ってのことなんだろうと思うと、嬉しいやら情けないやらである。娘はこのときまだ一歳三ヶ月である。

さらに言えば、いないないバーである。
私がするだけではなく、自分もできるようになってきた。
このごろでは、「いないいない」と自分で言いながら隠れるようになってきた。

もっと言えば、しまった〜!である。
私が「しまった〜!」と言うと、両手を頭に載せて笑う。

仕事にならないくらいに可愛い。

3)デジカメ
私のR7がお気に入りである。投げ出されたらたまったもんじゃないので、渡さないようにしているのだが、見つけるとすぐに持って行く。

よく見ていると、投げ出すことはせずに自分の顔の前に持ってきて何やらしている。よく見ると、どうやら写真を撮るまねをしているようである。

考えてみれば、娘の様子をこのカメラはずっと撮影している。娘からすれば、ずっとこのカメラに見られている訳だ。ボタンがあって、自分の画像が出てきて、お父さんのまねができて、これは楽しいはずだ。

どこかで中古の安いデジカメでも買ってきて与えてあげようかなと思う。

4)足
そんな娘が愛しているのが私の足である。
朝起きて、すぐに私の足を見つけて触りにくる。朝風呂に入った後なので大丈夫なのだが、恋人を見つめるような視線で足を見ている娘を見ると、父さんはいろいろな面で心配である。

5)拾って
胡椒のミルをおもちゃ代わりに遊んでいた娘。
『こら、ダメだよ』
と言うと、慌てたのであろう床に落としてしまった。
『あ〜。拾ってちょうだい』
と言ったところ、娘は椅子から降りて拾ってテーブルの上に置いた。
びっくりである。一歳四ヶ月になったばかりだというのに。

私は慌てて席を立って娘のところに行き
『いーこ、いーこ』
と頭を撫でた。
満足そうな顔の娘であった。

このところの成長はいままでと質が違うように思える。

2009/01/08

棺を蓋いて事定まる

本日の授業は二つ。

ディベートの試合をする予定の授業が一時間目。
ところが、ディベーターが揃わない。風邪とインフルエンザである。

授業ではこういうことがままある。ぱぱもある。ないか。
で、どうしようかと思ったのだが新春放談をすることにした。この正月にいろいろと考えたことを学生たちに話すことにした。

  • 自分の育ちを振り返る正月であったこと。
  • アメリカ帝国が崩壊した後の世界の新たな秩序づくりの方向性のこと。
  • 教え子になる正月、教え子が集まる正月であったこと。

こんなことをあれこれと。

二時間目は、林竹二先生のビデオを80人の学生たちと一緒に鑑賞した。「人間とは何か」1977年に沖縄の小学校で、三年生を対象に行われた授業である。

1)事務連絡(ゼミの希望用紙回収など) 10分
2)ビデオの見所、見た後の説明 5分
3)ビデオの視聴 45分
4)ビデオの振り返り 25分
5)まとめ 5分

ビデオを視聴した後の振り返りは、個人で意見をまとめ小グループで交流し、全体への代表意見の投げかけのような形で進めた。

学生たちの感想は、林先生の授業についての疑問と反論が多かった。半分嬉しく半分残念というところか。嬉しさは、この二年間で学んできた授業評価に関する規準を意識して説明しようとしていたところである。残念は、この林先生の授業の何が凄いのかということの視点が弱かったところである。

自分で授業を作るようになると見えてくることだとは思うが、これはその時のお楽しみにしておこう。

昨日帰るときに、大学の中庭で何やら遅くまでやっているなあと思ったら、今日の昼休みにダンスのパフォーマンスがあった。ストリートダンス系のダンスサークルの発表だ。学生たちが昼ご飯の時間に集まって見ている。

「これは全国でこの世代の子どもたちに広がっているけど、なんなんでしょうね」
「よさこいが広まるころから広まったのですかね」
『私は、合唱で学校を作るではなく、ダンスで作るという実践がこれからどんどん出てくると思っています』
「そうですねえ。でも、これはなんなんでしょうねえ」
『うーん、一種の「ええじゃないか」なんじゃないかなと思いますが。機械打ち壊し運動でもないし、市民革命でもないですが。「ええじゃないか」にはいろいろな評価がされていると思うのですけど、この踊りもいろいろな意味があるんではないかと』

と教員同士の会話。
私がわからないのは、学校の体育の時間には毛嫌いされる「創作ダンス」なのに、こういうのは喜ぶというところである。なんとなく違いはわかるが、本当のところどこがどう違うのだろうか。体育の専門家や社会学者に分析をしてほしいものだと思う。

午後は、面談。予約されていたものは一つだったのだが、他に四つ。
学生が四人。それぞれ自分の進路についての報告や相談である。

大学は、新年を迎えたと同時に授業の年度末を迎える。今月一杯で授業は終わる。三月の末まで授業のあった中学校とは、ここが思い切り違う。だから考えを切り替えて、年度末のあれこれもする必要がある。

四月からの自分の進路の相談や報告にくる二回生と四回生に、あれこれ話す。そして、聞く。いや、学生の置かれている状況はそれぞれ違うので、あれこれ話して聞くしかないのである。

ただ一つ言えることはきちんと話した。

『一つだけ君たちの進路に関して自信を持って私が話せることがあるのだが』
「なんでしょうか」
『うーむ、それはな、正解はないということだよ』

どれを選んだら正解だと言うのは、ないのだ。

自分の夢を実現するために本学にやってくる学生たちがいる。それはそれで良い。しかし、夢の通りに行かないのも人生。むしろ、夢が目的になったと思ったら、
(本当にこれでいいの)
とか
(あれ、こっちの方がいいんじゃないの)
と悩んだり考えたりするのが学生時代だろう。

私に言えるのは、どれを選んでも正解なのかどうなのかはわからないということを伝えることだ。

大辞泉より引用開始 ーーーーーーーーーー

【棺を蓋いて事定まる】
《「晋書」劉毅伝から》人間の真価は、死んでから決まる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

大学のとき、吹野安先生が授業で言われた言葉だ。
その時の私は
(なんて大げさな)
と思ったが、いまはそうだよなあと思える。

今という時間を過ごすために、今のことに集中しつつ、未来から見たら今はどうあるべきかを考え、その未来の今のためにもやるべきことをする。そう、わかっているけどなかなかできないねえ。でも、そうなのだと思う。

学生たちも帰った。
さ、もう少し明日の授業の準備である。

2009/01/07

12/30

12/30

この日は、また美容院。奥さんの方のである。
実は、この美容師さんは私がお願いしている美容師さんの先輩。
同じ店にいて、それぞれどちらも独立されて店を構えている。

この方も力のある方で、独立して二件目を出している。その二件目はあれこれやるために宣伝もしていないのに、お客は勝手に情報を集めてたどり着いていると言うお店である。力のある人は凄いのだ。

奥さんがやっている間に、私は南大沢にあるアウトレットに買い物に行く。リニューアルして大きくなっていた。のんびりと散歩しながらと思っていたら、大泣きの娘であった。お腹の調子がちょっと悪かったようで、対応に追われる私であった。

たしかに、移動続きで娘は疲れているのだろう。
昼寝をさせる。いや、私も一緒に。
私も移動があって、疲れていたようである。
のんびりと昼寝。
今年最後の昼寝だ。

夜は私の実家へ。車で1時間もかからないところにあるので、便利と言えば便利である。
東京にいるときに娘を授かっていれば、両家まで本当に近い距離に住んでいたわけで、いろいろと助けてもらえることもあったが、こればかりは人生思うようになるとは限らない。

久しぶりに会った池田祖父、祖母であったが、娘は大泣きであった。
何を言っても、
「いや!」
で、まあ、仕方がないかなあと思う私であった。

自己主張をしっかりとする娘であった。

12/29

12/29

年末年始の準備に勤しむ。
まずは、伸び放題に伸びてしまった髪の毛を切りに八王子に向かう。
かれこれ10年私の髪の毛を切ってくれている美容師さんにお願いする。

2月の第一週に番組の収録があるので、そのときにジャストになるぐらいの切り方で切ってくださいとお願いする。難しいお願いだが引き受けてくれる。私の頭の形や髪の毛の質をきちんと理解してやってくれるので、特別なことを言う必要はなく、あれこれ雑談に花を咲かせる。

話題が広いのがさすがである。ああ、すっきり。

年末年始のお酒を買おうと、多摩ビールのレストランに向かったのだが、閉店していた。ショック。ビール工場は稼働していたのでまだあのヴァイツェンは飲めるはずだが、手軽に味わえないのはショックである。

気を取り直して、小山商店で日本酒を購入。正月用にとびきりの日本酒をとも思ったが、関西では飲めなくて、東京にいたときには飲んでいたお酒を一本と、ご主人のお薦めの一本を購入。

奥さんの実家に戻ると、娘のいとこが来ていた。自分よりも年下の親戚ということで、とても大事に遊んでくれた。娘も少しはわかったのかなあ。

そこに、件の仕事に関してオッケーの電話あり。
いやあ、これで気持ちよく新しい年を迎えられる。
良かった良かった。

熱いお湯でもう一度解す

1/7 その2

朝5時過ぎに起きて熱い風呂に入る。
まだ外は真っ暗である。

伊勢湾岸道路を走り抜けてきた余韻がまだ体に心地よく残っている。
これを熱いお湯でもう一度解すのである。

校正を頼まれていた原稿が一本。
時間を見つけてあれこれ見ていたのだが、最後の最後に確認。
よし、ファックスで送る。

研究室は、冷えていた。
暖房を入れて怒ったため、コンクリートが冷えているのかなあ。
ポットの電源も抜いておいたので、お茶もすぐに入れられない。
うう、寒い。

本日のスケジュール。いきなり会議5連発というのは、結構厳しいものがある。
しかし、2010年度に新しい学部ができることもあり、それに関わって多くの重要案件を煮詰める必要がある。さらに、ここには書けないこともあれこれ話す。

さ、私の授業は明日からだ。

本年もよろしくお願いいたします

1/7
Hinode
あけましておめでとうございます。
正月、実家に帰ってのんびりとすることができるかと思いましたが、これがなかなか。家族の賑やかさの中に埋もれてぼーっと過ごしてしまいました。

持って行った年賀状や本はそのまま持って帰ってきたのに等しい状態です。
年賀状は、まだ私の先生にしか出しておりません。
これから始めます。
旧暦で味わって頂ければ幸いです。

メールは、やっとお返事をしたところです。
すみません。
最初から謝る私です。

せめて、いい景色を。
浜松の40階から見た日の出です。
手前に光っている川は、天竜川です。
海は、遠州灘です。

仲間のみなさんのブログを拝見すると、一年のまとめをしっかりとし、今年の目標等もしっかりと書いてあり、
(さすがだなあ)
と思う私です。

私は、相変わらず目の前にある
「やるべきこと、やりたいこと、やってはいけないこと、やったほうがいいこと」
のバランスをとりながら、あれこれする一年になるのだろうなあと思っております。

マックは帰省のときに持って帰っていたので、書き貯めたブログを少しずつアップします。
コメントのお返事もこれからです。
お時間のあるときにお読みください。

新年、新学期もこんな私ですが、本年もよろしくお願いいたします。

« 2008年12月28日 - 2009年1月3日 | トップページ | 2009年1月11日 - 2009年1月17日 »