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2009/05/16

鴨川から賀茂川に向かって歩いた

5/15

研究日。久しぶりに時間を自由に使える。
午前中は子守りをしながら読書。
ガーデンに散歩にも行く。
薔薇が凄い。

Rimg0265

Rimg0256 3月にガーデンが開園したときには、ほとんど花の姿はなかったが、いまは花だらけである。芝生の上に寝転がってこれを楽しむ。いやあ、美しい。

五月一杯は楽しめそうだ。

このごろ我が家にとっていいお店が二つ近所に開店した。
ブックオフと餃子の王将である。本日は餃子の王将の開店日。ちょっと離れたところにあったお店が新しい店舗を立ててリニューアルオープンであった。

なもんで、昼ご飯はそこに食べに行く。
禁煙と喫煙が分かれている席で、良かった。
我が家からすぐ近くなので、これからは今まで以上にお世話になります。

午後からは、京都市内に。気になっているものを見て歩こうと出かけた。そしたら、本日は葵祭であった。折角なので見ることにする。

鴨川から賀茂川に向かって歩いた。いつもの上賀茂神社では考えられないぐらいの人。びっくり。でもなかなか美しい祭りであった。

その後、今度は賀茂川から鴨川へと歩き続ける。やったことがなかったのでいつかやってやろうと思っていたのである。出町柳辺りを吹き抜ける川風は、非常に心地よかった。

一ヶ月に一回ぐらいはこうしてうろうろするのは、いいなあ。
美味しいお店も発見できたし、満足の一日であった。
明日は筋肉痛だろうがf(^^;。

2009/05/14

授業における指導力

夜中にバリュウムの影響が出て起きてしまった。その疲れもあったのであろう。本日は、我が家で一番最後まで寝ていた。

教育実習に出ている学生に
「大丈夫か?」
のメールを出しておいたのだが、結構辛い環境にあるようで、その環境でしっかりと学ぶことができるように、アドヴァイスのメールを打ったりもする。

朝風呂に入り、すっきり。
娘にせがまれてベランダでちょっと遊ぶ。
朝ご飯を食べて大学に向かう。

今日の国語科教育法1は「漢字指導」についてである。漢字指導のあり方を通して、授業における指導とはどうすることなのかを具体的に講ずる。

私は、授業における指導とは、次の三点であると指摘している。

    1)    つまらない を おもしろいに
    2)    わからない を わかったに
    3)    できない  を できたに

である。この三つを適切に育てることができる力を、授業における指導力と私は定義している。

通常子どもたちは、勉強ができない場合「この授業(勉強、先生)つまんない」という。これはつまらないこともあるが、「わからない、できない」の代わりにも使うことがある。なんとなれば、「わからない、できない」というのは、学習者である自分に責任がくるが、「つまらない」は、先生に責任を負わせることができるからである。

教師は、この子どもの「つまらない」の内容を吟味し、それは「つまらないのか、わからないのか、できないのか」を判断する必要がある。プライドのある子どもたちは、簡単に「わからない、できない」とは言わない。

具体的な指導については、『教師になるということ』(ひまわり社)にあるので、興味のある方は、お読みいただきたい。

午後は、文学部のプロジェクト会議。
文殊の知恵ではないが、結構良いものが出来上がった。
ひょっとすると、ひょっとするぞ。
楽しみだ。

その後、研究室の片付けをして、一週間の整理をする。
今週もいろいろとあったなあ。
来週もあるんだろうなあ(^^)。

原産はアフリカモロッコ沖のカナリヤ諸島

5/13

健康診断の日である。水曜日は会議と授業があり、その合間を縫って健康診断である。多くの学生に指導するだけでなく、小中高と学校に訪問指導することの多い私たちは、人様に移してはならぬ病気を持っていないか、検査する必要性が高い。

8:30スタートのところを8:00過ぎに大学に行ったらもう既に6人の先生が並んでいた。早い。私の前は学長先生。私が研究室に行く前で鞄を持っているのに気づかれ先生は、
「席を取っておきましょう。書類をどうぞ」
と言ってくださった。慌てて鞄を置きに研究室に走る。

戻ってくると、さらに人の列。15人ぐらいになっていた。
「先生。学長先生に持っていただくなんて恐れ多いですよ」
と児童教育学科の先生。
まさにその通りである。
『いやあ、私甘えさせていただくのが大好きなので』
「まったく(^^)」
いやあ、良い大学である。

研究入門ゼミでは、図書館の使い方を学ぶ。

    1)    図書館司書の方に、ガイダンスを受ける。
    2)    実際にメディアセンターで、PCを使って検索。
    3)    図書館に移動して、実物を見つける実習。

という流れである。高校時代の検索とは違い、opacやNACSIS Webcatの使い方を理解していなければ検索はままならない。ここの部分を1)でお願いする。2)では実際に課題を出す。今回出した課題は、次の二つである。

引用開始 ーーーーーーーーーー

課題は二つである。
どちらか一つできたら、二階のロビーにいる池田のところに持ってくること。
制限時間は、12:10までである。
健闘を祈る。

    1.    池田修が書いた本、論文、原稿、作品などを探して持ってくる。
    2.    本日の日直が活けてくれたお花は、chrysanthemum frutesceusという花で、原産はアフリカモロッコ沖のカナリヤ諸島とのことである。さて、カナリヤ諸島原産のこの花が、どうして日本にやってきたのであろうか。その原因を探りたい。それがわかる本を探して持ってくる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

解説が必要であろう。
1.は、同姓同名の学者がいるので、それを間違えて持ってくるというのが味噌である。口頭では、「私、池田修が書いた本」と言っているので、ここをきちんと聞いているかどうかがポイント。

2.は、結構難しい問題である。研究入門ゼミでは、毎回日直に、そのときに咲いている学内の花を一輪挿しに活けよという課題を出している。そのときに、その花の「学名、別名、原産国、花言葉、写真」などを記入するカードを一緒に置かしている。

で、今週の日直の花を見たら、「chrysanthemum frutesceus」とあり、原産がカナリヤ諸島だというので、(大瀧詠一さんの、「カーナリアナーイランド、カーナリアナーイランド」と口ずさみながら)出した問題なのである。

1.は、本の在処を調べるだけの問題であるが、2.は理由を調べる問題である。(ちょっと難しいかなあ)と思って待っていたら、なんとこの日の日直が燃えて、該当の本を探してきてしまったのだ。それも二冊も。これには図書館司書のお姉さんもびっくり。もちろん、私もびっくり。なかなかやるね、今年の一回生ゼミの諸君。

午後の会議は、大学のものが一つ。さらに、コース会議は、教育実習指導・訪問指導のあり方について、あれこれ。その後の学科会議では三回生が行う「立志式」への後援が承認された。

立志式とは、今年度の前期の最終日に、三回生が自分たちで行う企画である。琵琶湖の北の宿舎を借りて、一ヶ月後の教育実習、一年後の採用試験、さらには就職活動に向けて、今まで自分たちが学んできた学びを確認し、新たな学びのスタートを切るために決意を新たにするための学習会であり、親睦会である。

新入生キャンプの三回生版と言っても良い。これを学生たちの手で作り出すのだ。その後援を学科として行おうというものである。だから、教員は相談には乗るが、あとは任せる。場所、企画、業者との交渉そのほかもろもろこれを学生実行委員が作る。私たちはご招待される形だ。

このぐらいのことが三回生で出来ないようでは、ダメだというのが私の考えである。これが学科の意志として学生たちを育てるために認められたのは、とても嬉しい。

美しい琵琶湖で、児童教育学科の三回生が良い時間を過ごせることを期待する。

こうして、ひとつずつ。目の前の仕事を終わらせながら、大きな目標に向かって行くしかないのだなあと、改めて思う。

2009/05/13

明日の教室DVD、いよいよ完成

明日の教室DVD、いよいよ完成、販売へ。

http://www.sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm

ご期待ください。

2009/05/12

授業は種も仕掛けもあるのだ。

5/12

本日の教科教育法国語は、メモを取ることについて。

1)なぜメモを取るのか。
2)メモの種類には何があるか。
3)メモの方法。

この三点について演習を交えながら講じる。

この授業を受けている諸君は、児童教育学科の一期生である。つまり、私に入学以来『メモをとれ、メモをとれ』と二年間言われ続けてきている諸君である。

ここにきてやっと、なぜ池田はこんなにメモを取れというのか、その本当の意味を開陳するのである。

問いは二つ立つ。

1)なんで最初に理由を言わないのか。
2)なんでメモを取るのかの詳しい理由はなにか。

である。
これについて説明を加えた。

二年間言いたくても言わないで、学生の成長を待っていた。
その成長を待ちながら、シラバスを書いていた。
私にとっては、三年目にしてやっと話せるようになったということである。

彼らが一回生の時、学生たちを見てから、この学生たちが四年後にどのように成長して行ってほしいかを考えてカリキュラムの手直しや、シラバスの練り直しをした。

学生たちには分からないこと。そして教員が予測できること。
それは、先を見るということである。
一回生のときに、このことをしておくことが三回生のここで意味を持つ。
そう考えて、授業を作ってきた。授業は種も仕掛けもあるのだ。

だが、ブログにそれを書いてしまうと、授業にならないのでそれは書かない。

でも、それだとブログの読者に申し訳ないのでf(^^;、本日の参考文献だけはご紹介します。

『創造性を高める メモ学入門』(今泉浩晃著 日本実業出版社)
『一枚の紙から発想する技法』(河合正義著 日本実業出版社)
『発想法―創造性開発のために』(川喜田 二郎 著    中公新書 (136))
『ワープロ作文術』(木村泉著 岩波新書)
『海馬 脳は疲れない』(池谷裕二 糸井重里著 朝日出版社)

などです。

午後は、会議が二つ。
通常の会議とは違う会議。
あれこれやることが多いなあf(^^;。

うしゃあ。

【変更】 明日の教室 10/10→10/17 岩下修先生です

再び日程と講師の先生が変わりました。
以下に記します。よろしくお願いいたします。

【重要】10/10が変更になりました。10/10は10/17になり、立命館小学校の岩下修先生に御登壇いただけることになりました。よろしくお願いいたします。

【変更前】

6/13 赤坂真二先生

7/4   河原和之先生

9/20(日) 雄琴オーパルにてカヌー体験

10/10 調整中 

【変更後】

6/13 赤坂真二先生

7/4   河原和之先生

9/20(日) 雄琴オーパルにてカヌー体験

10/17 岩下修先生 

「教師の嘘が許されるとき」

5/11

なんだか曜日の感覚が無くなっている。
月曜日で、ゼミがあることは頭に入っていて準備もしているのだが、月曜の朝のお約束「ゴミ出し」を忘れてしまった。
いかん。

父の検査入院も今日退院。
一安心。

入院のときに持って行った方が良いものということで、奥さんが勧めたのが携帯ラジオ。テレビよりもいいとのことだった。父もその勧めに従って持って行ったとのこと。

母は毎日お見舞いに通ったのだが、そこでの話題がラジオのことだったと聞いた。母はラジオをずっと聞きながら家事をしている。父は病院で同じ番組を聞いていたとのこと。だから、母が見舞いに行くとそのラジオ番組のことが話題になて会話が弾むのだそうだ。

なんか、いいなあと思った。奥さんに感謝。

ゼミは、『街場の教育論』の第二章。私が司会をしてチューターは学生になった。なかなかしっかりと読み込んできていた。読み込んだ上で、疑問点を三点出してきた。

それについて、本人が一番議論したいという一点に絞ってあれこれ検証をし、議論を重ねた。

私の役目は司会である。チューターの学生が提出した疑問、すなわち問いの中の言葉が理解できているかの確認と、問いが問いとして立っているかどうかの吟味から始めた。

なかなか面白かった。
来週も期待して待とう。

午後は仕事を中断して、大学に届いた論文を読む。千葉大学の藤川大祐先生の研究室の論文集だ。

「授業づくり」とはなにか ー研究としての授業実践開発に関する考察ー

うーん、いいなあ。
すっきりしていて、ストレートに主張が伝わってくる。論証が丁寧行われていて、勉強になる。こういう論文を書きたいものだ。

論文のお礼状を書いていたら、電話。
某TV局から。ちょっと良いですか?ということで50分近くあれこれと。TV局のリサーチャーの方のちょっとは、だいたい1時間ぐらいであることが多い。
お役に立てれば幸いです。

さらに研究室にお客人と相談の学生。
うーん、今日はなかなか忙しい。そして、どんどん仕事が増えて行く。大丈夫か、俺?

考えていても仕方がないので、ひたすら原稿を書く。
原稿依頼を貰ったときに、ざっとメモしていたアイディアがある。これをもう一度冷静に見直して、使えるものと使えないものにとりあえず分けて、あれこれ書き進める。

ん、なんとかなるかな。

ということで、午後の人様のあれこれを縫いながら、なんとか夜には原稿が完成。帰りの車で窓を開けていたら、水が張られた田んぼではカエルが大合唱。そういう季節になりましたか。

原稿は、『児童教育』8月号です。今までにない面白いテーマを頂きました。「教師の嘘が許されるとき」です。良かったらお読み下さい。

2009/05/11

明日の教室スケジュール変更 5/11

明日の教室のスケジュールが変更になりました。 7/4と10/10が変更になりました。

有田先生のご都合により、7/4はキャンセルとなり、河原先生に前倒しでお願いできることになりました。

【変更前】

6/13 赤坂真二先生
7/4   有田和正先生
9/20(日) 雄琴オーパルにてカヌー体験
10/10 河原和之先生

【変更後】

6/13 赤坂真二先生
7/4   河原和之先生
9/20(日) 雄琴オーパルにてカヌー体験
10/10 調整中 

以上、よろしくお願いいたします。

ふと外を見ると、十六夜の月

5/10

本日、母の日である。
それぞれの実家には奥さんが感謝の気持ちを贈ってくれた。うちでは奥さんにティファールのセットをプレゼントをした。収納も洗うのも、実に便利である。

午前中は、いつものようにガーデンへ娘と一緒に。
しかし、年間で何日通っているのだろうかと思うなあ。完璧に我が家の庭だ。

ガーデンに着いたら私の母親から携帯電話に電話。
(しまった。こちらから電話しなければなのに)
と思って
『いやあ、母の日おめでとうございます。そのうち、お菓子が届くと思うので』
と言ったら、
「何言ってんのよ。そのお礼の電話よ」
とのこと。
だんだん、頓珍漢な私の父親のようになってきてしまった。親子は似てほしくないところが似るものである。

そんなことは関係なしに、娘と芝生で鬼ごっこ。芝生に来るとすぐに靴を脱いで靴下を脱いで
「うわ〜〜〜〜〜〜」
と言いながら走り出す。本当に「うわ~~~~~~」っというので、まるでジブリのアニメのようである。

ガーデンはモッコウ薔薇が終わりとなり、いよいよその他の薔薇が咲き始める。これから二週間ぐらいが見頃になるでしょう。ものすごい数の薔薇が咲き乱れます。

Imgp7064

二時間ほど子守りのあと、昼ご飯は久しぶりのラーメン。
娘も食べるので、私の分は大盛り。その大盛りの分をあげるのだが、足りなさそうな顔。
ずいぶん食べるようになりました。

午後は大学の仕事をする。
ある程度進んだところで、テラスで休憩。
ああ、風が心地よい。
比叡山から吹き下ろしてくる風が玄関に入り、廊下を通って琵琶湖に吹き抜ける。
これが気持ちいいんだなあ。

その後、娘の昼寝に付き合って寝たら、ずいぶん寝てしまった。
昨日とさっきのガーデンの疲れが襲ってきたのね。
撃沈。

その後、三人で自転車に乗って買い物に出かける。
娘もやっとヘルメットを嫌がらなくなってきたようである。

夕ご飯は、餃子。
ティファールで焼いてみる。
いやあ、見事に奇麗に焼ける。
焦げ付きもない。
便利便利。

ふと外を見ると、十六夜の月も奇麗に琵琶湖を照らしている。
いいねえ。

Imgp7072

ケーキを食べてから、もう一踏ん張り。
日付が変わっても大学の仕事であった。

2009/05/10

昼前に奈良に向かう。関西青年塾である。

5/9

天気予報では大津の最高気温は27度。
だが、さわやかな朝である。風は心地よく琵琶湖は美しい。食事の後、カルピスを作ってベランダで寛ぐ。

本日は、満月でもある。
夕方には晴れた空の向こうから奇麗な月がのぼってくるだろう。

娘は、私によじのぼってくる。
このまま一日過ごしていたい土曜日ではある。

昼前に奈良に向かう。関西青年塾である。今日は、国語の講座だ。学習指導要領で「言語力」が大事だとされてからか、このところはこの言語力についての仕事依頼が多い。

PISAの読解のテストの影響もあるのかもしれない。しかし、PISAが求めているものがイコール言語力でもなければ、読解力でもない。PISAの読解力は、国際労働力としての価値を計る物差しの一つと考える方が適切ではないかと私は思っている。そして、この力を付けるために専用の勉強をさせている韓国などを見ていると、なんかちがうなあと思うのである。

ま、確かに専用の勉強をさせればそれなりに力を付けるのであろうが、そうではない方法でだってできるんじゃないのかなと思う私である。さらに言えば、PISAの学力は、本当に子どもたちの日常生活を豊かにする言語力なのかなあと思うこともあったりするのである。

そんなこと元にして「国語」の「授業」を作るとするとどうなるのかということを、基本的な考え方を示し、池田の授業の例を出しながら担当した講座であった。

講座のメインは、句会。今回の句会は「兼題」で季語は「桜」である。
講座の参加者に事前に作ってきてもらっておいて、私が講座の合間に手書きで書き写す。この書き写しの作業により、誰が作った作品かが分からなくなるのだ。書き写した24作品の一覧をコピーして句会に挑戦である。

今回注目の俳句は、2句。

・ 愛でてよし食してよしの桜かな
・ 来年は三人で見る桜かな

である。

「愛でてよし食してよしの桜かな」。一見して「よしの桜」が目に入ってきた。意識的に作ったのが偶然なのか分からないままではあったが、奈良での研究会ということもあり、ご当地ネタを粋に思い私は選句した。

「来年は三人で見る桜かな」。みなさんは、この作品をどのように解釈するであろうか。「今見るこの桜は、二人で見ているけど、来年はもう一人子どもを授かって三人で見るんだねえ」という解釈であろうか。恐らくその解釈がほとんどであろう。私も一読したときには、娘が生まれる年の春を思い出し、この句のストレートさを味わおうと持った。

しかしである。この句はもう一つの解釈が出来るのである。それは、「今見るこの桜は、四人で見ているけど、来年は三人なんだねえ」というものである。家族の誰かが、家を出る。いやひょっとしたら命が長らえられないのかもしれない。そう考えると、満開の桜が切なく見える。正岡子規の「いちはつの 花咲きいでて 我目には 今年ばかりの 春ゆかんとす」をこの俳句に見て取ることができたのだ。

私はこの句の二面性を評価して、選句した。参加していた先生方は、この後者の解釈に気づかれる方はいなかった。俳句の面白さの一面はこういうところにあると思っている。

ここで、上述したPISAの提唱する読解力をもう一度考えてみるのである。PISAの読解力は、「情報の取り出し」「テキストの解釈」「熟考・評価」の3つの側面で行う。「来年は三人で見る」という情報の取り出しで、子どもが生まれて家族が三人になるだろうというのは、一つの「テキストの解釈」である。しかし、それはこのテキストからはそのように断定はできない。増えるのではなく減るのであるという解釈が成り立つからである。

ね、俳句でもPISAの読解を考えることもできるでしょ。

で、この句会と句会方式を理解していると、いないとでは授業の幅がずいぶん違うはずである。深みも違うはずである。

私は、教室を座ととらえて、座の文学を楽しむことが、言語力育成の一つの鍵ではないかと考えている。その辺りのことは「授業作りネットワーク 134号    1997年12月」池田 修「<文学教育は今のままでは滅びる!>教室だからこそ 座の文学を楽しもう」に書いてあるので、興味のかる方はお読みいただきたい*1。   

んで、用意した資料は半分も使えなかったが、まあ、これは予定通り。懇親会で話すネタという意味も含めてたくさん用意したのだから。

参考文献もどっちゃり示したので、ご活用いただければ幸いである。ちなみに、句会の面白さを味わいたいのであれば、『俳句という遊び―句会の空間 』(小林 恭二 岩波新書)が一押しである。

その後、恒例の懇親会。
あれこれ話すが、句会のことに触れる先生方が多い。いつもなら、その時の講座の話を踏まえてあれこれ別のは話しに行くことが多いのだが、今回は句会の話が多い。

いやあ、参加した先生方の作品が良かったということもあると思う。しかし、それを越える解釈をした私の解釈に感動して下さった先生方が多かったのも理由の一つであったようだ。うまくいくと、解釈は、作品を越えることもあるのである。

小学校でも句会が広がると良いなあ。

二次会まで参加して、最終特急の一本前に乗って帰宅。
楽しい時間でした。

*1 ちなみに、句会のビデオも作っています。
http://www.japanlaim.co.jp/shop/A357/Pcv6lq6Qe/syolist/668
興味のある方はどうぞ。

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