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2009/06/20

夏のシャワーを浴びる

6/19

昼間ゼミ生たちと話したあとに、
「いま、発表のために漣健児さんの音楽を聴いている」
というメールが来た。要はyoutubeである。大学のコンピュータで見ているのである。

いやあ、ここにあるのねと思いながら夜に改めて見る。私はアマゾンで買わなければならないかと思っていたわけである。だが、言われてみればそうだ、ここで見られる。

ちょっと確認するとあるある。すごい。

ここで終わっておけば良いのだが、そうならないのがyoutubeである。

http://www.youtube.com/watch?v=4SJC5XykIt0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=h1hgatfCqe4&feature=related

次々と名曲に辿り着いてしまう。
夏のシャワーを浴びる。

そう言えば、娘はこの日はじめて
「ぱぱ、どーじょ」
と二語文を話した。

少しずつ確実に時間は流れている。

夏の思いに包まれて寝たからか、久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。正確に言うと、空と言うか空中浮遊である。

なかなか刺激的な夢で、目覚めてもはっきりとそのディティールまで覚えていた。ま、人の夢の話等聞きたくはないだろうから、書かないが、空の飛び方をしっかり理解した夢であった。

幸せな夢であった。

書籍『明日の教室』第三巻が出ました

書籍『明日の教室』第三巻が出ました。
第三巻は、「授業をつくる」です。

さて、第三巻の表紙の色は何色でしょうか(^^)。

目次
 1 授業
  ・「授業をつくる」とは 
  ・授業観のとらえ方

 2 教師の立ち位置・子どもへの指示 
  ・声の出し方 
  ・指示の出し方・話し方(話術)
  ・チョークの使い方・板書 
  ・発問のつくり方

 3 ICTの活用・授業で使える小物 
  ・ICTの活用・デジカメ編 
  ・ICTの活用・プロジェクタ編 
  ・授業で使える小物

 4 机間指導・ノート指導  
  ・机間指導 
  ・ノート指導

 5 教材研究 
  ・教材研究・理論編 
  ・教材研究・外部との連携で授業をつくる 
  ・教材研究・子どもの実態や教師の願いに基づくもの

 6 授業の構成・指導案・テスト 
  ・授業の構成 
  ・授業スタイルの大きな分類 
  ・指導案の書き方 
  ・テストのつくり方・採点の仕方

 7 修養・学び合い 
  ・修養 
  ・学び合い

代表編者紹介(肩書は発刊当時、敬称略)
池田修…いけだ・おさむ/京都橘大学准教授
糸井登…いとい・すすむ/京都府宇治市立菟道第二小学校教諭

第3巻執筆者紹介
阿部隆幸…あべ・たかゆき/福島県本宮市立糠沢小学校教諭
梅本裕…うめもと・ゆたか/京都橘学園理事長
佐藤正寿…さとう・まさとし/岩手県軽米町立笹渡小学校副校長
杉浦元一…すぎうら・げんいち/東京都杉並区立和田中学校主任教諭
土作彰…つちさく・あきら/奈良県広陵町立広陵西小学校教諭
仲里靖雄…なかざと・やすお/立命館小学校教諭
西川純…にしかわ・じゅん/上越教育大学教授
野口芳宏…のぐち・よしひろ/植草学園大学教授
野中信行…のなか・のぶゆき/横浜市立子安小学校教諭
堀裕嗣…ほり・ひろつぐ/札幌市立北白石中学校教諭

インターネットでのお申し込みは、
http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-003
へどうぞ。

2009/06/18

こういう学生たちは、伸びる

午前中の授業のあと、学部のあれこれの仕事を手伝う。
なんか、あれこれやっているなあ。

そうしていると、ゼミ生がやってくる。
月曜日の発表の相談である。
これからあと三日間で煮詰めて行くことになる。どこを中心テーマにしたら良いのかで悩んでいる。

ま、やりたいところで、できるところというのが正解だ。が、それを絞るのも難しい。彼女らの頭の中を刺激する話をあれこれして、あとは、まあ、頑張れである。

それはそれとして、彼女たちに見所があるのは、いつも「お忙しいところ申し訳ありません」と言ってくるところだ。確かに忙しい。だけど、学生を指導するのが私の仕事。ストライクゾーンのど真ん中である。だから、忙しくたって良いのである。まして、ゼミ生である。

ではあるが、私の仕事のあれこれを思って「すみませんが、・・・」と頭を下げてやってくる。こういう学生たちは、伸びる。

期待している。

今日も夕方から雷。
いやあ凄い。
京都駅近辺にドカンドカンと落ちている。
研究室から見える山が雨雲で隠れたと思ったら、大学キャンパス内も大雨になってきた。

明日の朝は、空気も奇麗に洗われているだろう。

2009/06/17

夏が来たシールを心の中に一つ貼る

6/17

ということで、昨晩は今シーズン初めての「桃ビール」を堪能する。毎年書いているが、今年も書く。この桃ビールを味わうと、私は夏が来たシールを心の中に一つ貼る。

今年はスペシャルであった。桃の入っているグラスにビールを注いだら、なぜか、娘が「はいどーじょ」と飲みやすい位置に移動してくれた。

Momobeer

関西に来てから桃ビールの桃は、白桃になった。
いやあ、上手い。

桃の皮をむいて桃ビールの準備をしていたとき、娘に少しあげた。彼女の人生初の桃だ。
『これが、桃だよ。美味しいかい?』
「もも。うまうま」
一発で、桃と覚えていた。

(娘よ、我が家では「桃」と呼び捨てにしてはいかんのだ。やがて「桃様」と呼べるようになろう)
と娘を見つめるのであった。

桃様ビールを作るためにビール売り場に行ったら、次のものが出ていた。
http://www.suntory.co.jp/news/2009/10338.html

カスケードホップに引かれてこれも購入して味わったのだが、をを、結構美味い。なかなかやるじゃん、サントリー。

朝方は、食事の後にスイカ。本当は昨日の夜でもと思ったのだが、さすがに桃の後にスイカは贅沢すぎるのでやめ。このスイカ鳥取産で、糖度が実に13.2度もある。

冷蔵庫に入れずに、涼しいところにおいておいたものを、朝方食す。いやあ、さすがに13.2度である。甘い。大体からして、果物は冷やしすぎない方が美味しい。軽く塩を振って食す。

ああ、夏だ。

大学に向かおうと思ったら、娘が寝間着から着替えていた。
白い夏服を着た娘。

すぐに頭に浮かんだのが、アーウインショーの『夏服を着た女たち』だ。ストーリーも全然思い出せないが、この本のタイトルだけは妙に頭に残っている。

白いワンピースが似合っていて、今日は久しぶりに仕事に行きたくなくなったなあf(^^;。

研究入門ゼミでは文章の書き方の初歩。説明文である。しかし、対象を小学校1、2年生としているので、結構難しい。

課題としてやってきたものを、書き込み回覧作文方式で検討し合い、その結果を元に来週は、リライトしたものを提出させることに。文章は書きっぱなしにさせず、リライトさせることが大事だと私は考えている。

自分は正しい、読みやすいと思いながら文章を書いている。いま、この私がそうだ。だからこそ、自分の文章の間違いを見つけるというのは難しい。

そこで「他人の目」である。
他人の目によって、見てもらうのである。これが書き込み回覧作文の一つの効用である。来週ヴァージョンアップした文章を期待したい。

その後、教授会に学科会議と延々と水曜日は会議が続くのであった。

2009/06/16

ジャパニーズポートフォリオ学習

授業は、和綴じ本の作り方。
ジャパニーズポートフォリオ学習のために、この和綴じ本の作り方を先生が知っていることは意味がある。

紙ベースで配られる資料、ワークシート、宿題、作品。これらをあとで、セーのということで一斉にまとめることができるのである。だから、ポートフォリオである。正確に言うと、親ポートフォリオである。

折角、京都の大学に来ているのであるからして、このような技術を身につけていくのは意味があるだろう。作り方さえ知ってしまえば、実はそんなに難しいものではない。

授業では、ものを作らせるときに注意しなければならないことについて説明と、作り方の説明という二重構造で行う。

たとえば、千枚通しを持ってこさせるときに考えなければならない安全管理についてを説明し、千枚通しを使って紙に穴を開けるその開け方を教えるということを、和綴じ本づくりを通して指導する。

訓練された中学生であれば、50分で和綴じ本の作り方を教えて、片付けまで行くのだが、二重構造だと90分でもぎりぎりである。

「実技教科は、子どもの本当の様子が分かるのよ」
とは、同じ学校にいたベテランの家庭科の先生の言葉である。確かにそうだ。

指示をきちんと聞いて作業に移す学生。
分かるまで質問を繰り返す学生。
適当に始めて失敗をする学生。
片付けながら作業を進め、終わったときには片付けが終わっている学生。
机の上が荷物で爆発している学生。

実にさまざまである。
時々はこういう授業も面白い。

その後、学内の先生に頼まれていた原稿を仕上げ、授業の課題をチェックし、おしまいとする。

今日も京都は、暑いなあ。
を、雷だ。

もう、桃ビールの時期だなあ。

そして、エレベーター問題3である

そして、エレベーター問題3である。
しつこい私である。

しつこい男は嫌われるのであるが、(ん? しつこい女はどうなんだ?)こと学問や仕事の世界ついては、このしつこさが重宝されるものである。

まず、考え続けることの効用についてもう少し考えてみたい。考え続けているということは、基本的に脳がアイドリング状態にあるということである。場合によっては走り続けている状態と言っても良い。

つまり、すぐに加速できる状態になっているのである。これは結構重要なことではないかと思う。学校で勉強してきて、家に帰り
(ああ、疲れたお茶)
というのは、実は脳みそから見ると、損な行動なのではないだろうか。

折角暖まっている脳みそを、一度冷ましてから使うわけである。もう一度暖めるのにエネルギーを使う。考え続けるというのは、この暖め直すことをしなくてもすむ、省エネルギーのシステム運用となるのではないだろうか。

エレベーターの問題を考え続けているとき、脳はアイドリング状態にある。そうだとすれば、そのアイドリング状態を活用して、いきなり難しい本の読解に取り組んだとしても、行けると言うことである。これが考え続けることの効用である。

次に、習慣についても考えてみたい。
エレベーター問題1では、行き先の階数ボタンを先に押すのか、閉まるのボタンを先に押すのかということを問題にした。

行き先の階数ボタンを先に押すより、閉まるのボタンを先に押した方が、恐らく1秒弱速く動きだす。だから、行き先ボタンではなく、閉まるのボタンを先に押した方が良いという結論であった。

しかし、今の私を振り返ってみると、これが頭では分かっているが、いまでもやはり階数ボタンを先に押している。これは習慣の問題なのであろうか。どうなのであろうか。

最後に、目的について考える。
実は、行き先の階数ボタンを押すというのは、そのように習慣化されてきてしまったから押しているという側面もあるであろうが、もう一つには目的が支配しているという面もあるのではないかと思っている。

私は5階に行くのだというのが目的である。扉を閉めるのが目的ではない。だから、その目的に応じた行動が第一なのである。そうだとすれば、目的が行動を支配する力というのは相当なものだなあと思うのである。

思っていてばかりで、考えていないではないかとお嘆きの貴兄。
その通りである。まだ論証のレベルには行っていないんだなあ。

でも、こうしてあれこれ考えているのが、楽しいのである。

エレベーター問題2のその後

エレベーター問題2は、私の中では解決に至った。コメントを下さった方には、メールで私の考えをお知らせした。私は、私のこのような下らない問いに付き合ってくださる方がいることを、とても有難いことだと思う。

なんせ、こんなことを考えている暇があったら、通常は本業に勤しむ方がいいわけである。にもかかわらず、あれこれ考えて呉れている仲間がいるというのは、実にありがたい。

ではあるが、学生たちにはこれが大事なのだという話をしている。そもそも学問というのは、なんてことは言わないけど、学問には遊びの要素が多く含まれている。何のために役立つのかなんてことは考えない。

あえて言えば、楽しいからである。考えるのが、答えが分かるのが、スッキリするのがである。人間はこれが許されているのである。だから、やるのである。

もう一つ大事なことは、今回のエレベーター問題2では、私の問いを徳用に指示をしているが、実は大事なことは私の問題を解くことではなく、問いを立てることなのである。

学生たちに
『閉まりかけのエレベータの扉を開けようと思って、閉めるのボタンを押してしまったことのある諸君は?』
と確認したところ、ほとんどの学生がそうであったのだ。

にもかかわらず、この問題を考えようとしている学生諸君はいなかった。同じ問題に接していながら、考える人と、何事もなかったようにしている人がいるのである。これはなぜなのだろうか。

1)どうでもいい。
2)考えても分からない。
3)何が問題なのか意味が分からない。
4)面白くない。
5)言われたら面白いけど、自分では辿り着けない。

いろいろな諸君がいるだろう。
私もひょっとしたら、1)から5)の中にいただろうし、他の問題ではいるのだろう。しかし、私は問題に辿り着いた。つまり、問いを立てることができた。これはなぜか。

答えは一つである。考え続けたからである。
(おかしい)
という違和感を持ち続けて、考え続けたからである。

考え続けると言うと、24時間ずっと考えているというようなことをイメージする学生がいるのだが、これは違う。そうではなくて、片思いのように考え続けるのである。気がついていたらその人のことを考えていたのように、その問題を考えるのである。

これが出来るようになると、話は進んで行く。
恐らく、脳の意識層、潜在意識層、無意識層を問題は駆け巡りながら、あれこれあれこれ考え続けることができるようになっているということなのだと思う。

問いを立てること。これが、学問を成立させるためにはとても大事である。学習は、学んで習うのである。学問は、学んで問うのである。
学んだ結果、分からないことが生まれるのである。

そして、その問いは、誰かが答えている問いではなく、誰もが答えてなく、貴方が答える必要のある問いであることが大事である。その問いと答えをセットにして、論述するのが論文であり、学生たちは大学生活のまとめとして、卒業論文に挑むのである。

さて、そしてここまでお読み下さった読者諸賢は、一つの問いをお持ちだろう。「(おかしい)という違和感を持ち続けて」とあるが、では、そもそもこの「違和感」はどのようにして持つことができるようになるのだろうか、ということである。

ここは私も考え続けているところなのである。

2009/06/15

第25回「明日の教室」 7/4 河原和之先生

第25回「明日の教室」は、河原和之先生をお招きして、実施します。
河原先生と糸井先生は、アントレプレナー繋がりです。
で、池田と河原先生は、「わくわく授業」つながりです・・・。
で、今回、無理を言って、御登壇いただけることになりました。

お申し込みは、http://kokucheese.com/event/index/184/です。

■□■

以下、河原和之先生のプロフィールです。

東大阪市立縄手中学校教諭、立命館大学非常勤講師。1952年京都府生まれ。東大阪市の中学校に社会科教師として30年間勤務の後、東大阪市教育センター指導主事を経て、現職。授業のネタ研究会常任理事。近現代史教材・授業づくり研究会代表。子どもの経済教育研究室。 NHK教育テレビ「世の中なんでも経済学」の番組委員を務め、同放送の「わくわく授業」では「“コンビニ”から社会が見える」に出演。 <主な編著書>『新「ウソッ」「ホント」からはじまる公民学習』(日本書籍)、『21中学授業のネタ 社会』(共著、日本書籍)、『歴史リテラシーから考える近現代史』(明治図書)ほか多数。

河原先生には、社会科授業つくりの楽しさ、今後の課題といったことについて、たっぷり語っていただけることになっております。社会科が専門ではないからと躊躇うことはありません。どんな教科であっても、本物の授業は、教科の枠を軽々と超えて迫ってくるはずです。
乞うご期待です。

何かと忙しい時期ですが、たくさんの方の参加をお待ちしております。

日時:平成21年7月4(土) 13:30~17:00
会場:京都橘大学 児優館
講師:河原和之先生
費用:一般2000円 学生1500円 苦学生は池田に相談

なお、懇親会を17:30~予定しております。3~4000円程度です。

お申し込みは、http://kokucheese.com/event/index/184/です。

内田先生がご結婚されたとのこと

専門ゼミ。
体調を崩している学生たちがちょっと出ている。お大事に。

ゼミの本論に入る前に、季節係からの発表。今日は「かたつむり」について。中村健一先生の秘技「かたつむり」の話も出るかと思ったが、それは出ず。カタツムリの別名が多いことに学生たちは盛り上がる。

で、盛り上がったままだったので、ちょっと待ったと解説を始める。もちろん、柳田国男さんの『蝸牛考』である。なんでカタツムリの呼び名が日本中で同心円上に同じになるのかを考察したあまりにも有名な本である。

ま、そこから探偵ナイトスクープから生まれた『 全国アホ・バカ分布考—はるかなる言葉の旅路』 (新潮文庫 松本 修 )や、沖縄で話されているハ行はパ行であるものがある話や、エスカレーターの譲りゾーンは右か左か、蕎麦の汁が関東風と関西風の境目はどこか、等の話になる。

さらに、エレベーターのボタンの疑問について、実際にエレベーターのところに移動して、考える。ゼミ室に戻って解決編としての説明。
言われてみれば答えそのものは何でもないのであるが、私がそこに至るまでの思考のプロセスを提示することが大事だと考えている。

これ結構面白いネタなので、すみませんがブログには、答えは書きません。どうしてもという方は、メールでどうぞf(^^;。

そして、『街場の教育論』の一番長い章である第八章の発表である。「いじめ」である。

レポーターは、第八章だけでなく『オレ様化する子どもたち』『自己チュー親子』(以上、諏訪哲二 中公新書ラクレ)なども読み込んでの発表。意欲的であった。

だが、扱おうとしているテーマが大きく、さまざまな角度から見ることができるこの問題に対して、問題を焦点化し提示する部分がなかなか難しかったようである。

努力はかなりしたが、テーマの大きさと、発表の経験不足からの発表となった。

ではあるが、こういう経験を積み重ねて行くことが、大事なのだと考える。閾値に辿り着いたときに、ぐっと成長するのである。

この専門ゼミは、国語と学級経営を中心としたゼミなのだが、『街場の教育論』を通して、いまの教育全体に漂っているあれこれをざっと理解させようと考えている。

ま、かっこ良く言えば今の日本にある教育観に触れてみようというものである。あと二回で、本書も終わる。少しずつ力を付けてきているかな。

で、何気なく内田先生のブログを拝見したら、内田先生がご結婚されたとのこと。いやあ、びっくり。おめでとうございます。

その後、書写のレッスンをちょっとして、7/4の明日の教室の申し込みの設定をして、今日こそは早めの帰宅。一週間の始まりは軽やかでありたい。

こんな贅沢で幸せな週末

6/15

朝、
(ああ、今日もリビングに寝てしまったか)
と思いながら風呂を沸かす。

風呂に浸かりながら、いつものように本を開く。目はページを追わない。夢のような週末。その感動に揺られながら風呂の中でボーットしていた。

月曜日はゴミの日。食事を終えて、娘と一緒にゴミ捨てに行く。マンションの庭には、ちょっとした東屋がある。ゴミを捨てた後、その東屋に娘と一緒にごろりと寝転がる。

東屋を吹き抜ける風を体に感じながら、やっぱり週末のことを思い出す。

土曜日。明日の教室赤坂真二先生Akasaka
日曜日。全国教室ディベート連盟近畿大会

この二日間は、学び感動し続けた二日間であった。多いに学び、多いに飲み食いし、多いに語り合った二日間であった。

自分に与えられた生きる場を、十分に贅沢に生きるために、仲間たちと一緒にあれこれをしようとする人間たちの集まりと言えるかもしれない。

こんな贅沢で幸せな週末を過ごせるなんて、本当にありがたい。
赤坂先生、ありがとうございました。
全国教室ディベート連盟近畿支部のみなさん、ありがとうございました。

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