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2009/07/10

和蠟燭を一本立てて、桃ビールを

7/10-2

朝から明日の講座の準備をしようとあれこれしているのだが、どうも進まない。こう言う時は、資料を揃えることが大事である。クリエイティブな方がうまくいかない時は、やれば出来ることを進めて、クリエイティブな部分に灯がともるのを待つのである。

待つのであるが、どうも午前中から眠気が襲う。熊に襲われたわけではないので、安心して襲われて寝ることにする。部屋の風が通り抜けるところに体にフィットするソファを置いて、足を琵琶湖に向けて寝る。

ああ、午前中が過ぎてしまった。

で、午後は塩加減を失敗したパスタを食べた後、営々と準備に勤しむ。
勤しんだのだが、研究室にいくつか忘れ物をしてきてしまったことに気がつく。これがないと明日の講座が出来ない。

ううう。
夕方になって研究室に向かう。
折角来たのに、また明日の朝
(あ、あれもない!)
とならないように、一つずつ確認する。

よし。
大丈夫だろう。

夜は、静かに和蠟燭を一本立てて、桃ビールを味わう。こないだの日曜日の誕生日会(って、もう一週間ね。早いなあ)でやった桃ビールが、桃の不出来により残念な結果になってしまったので、やり直しである。糖度11.5度でお値打ち品の桃である。これでダメなら、もう今シーズンは諦める。

Imgp9101

あは、うまひ。
やはり桃ビールはうまひ。

そして、本当に静かだ。
対岸の噴水の音までも聞こえてきそうなくらい、静かな夜だ。
サマーキャンドルと桃ビール。
相性がいいかもしれない。

「子ども守り隊 守るんジャー」京都橘大生

私が大学で顧問をしている三つのうちの二つめがこれである。
顧問をしているが、本当に学生に任せ、地域の人たちの協力の中で活動している。
それが新聞の取材を受けた。実は、いろいろな所で表彰も受けている。

何か大きなことをしているわけではない。いたって地道な活動である。が、そういう活動に光を当ててくださることに感謝である。

http://www.asahi.com/edu/news/OSK200907090077.htmlから引用開始 ーーーーーーーーーー

「子ども守り隊 守るんジャー」京都橘大生が下校見届け
2009年7月9日
下校する児童を見守る「守るんジャー」の学生ら=山科区の大宅打明町交差点
 京都橘大(山科区)の学生ボランティア組織「京都子ども守り隊 守るんジャー」は、近くにある市立大宅小学校児童の下校を見届ける。
 06年に結成。小学校教員を目指す学生が多い児童教育学科を中心に、約40人が所属する。大学の4限の時間が小学校の下校時刻と重なるため、授業がない 学生が通学路に立つ。住民と協力し、夜間パトロールなどもする。メンバーの恵美雅哉さん(21)は「大学周辺は大学生でも交通、防犯面で危険を感じる場所 が多い」と活動の必要性を語る。
 6月のある日、3限の授業を終えた学生らはショッキングピンクの「守るんジャー」ポロシャツを着て大学を出た。着いたのは大宅打明町交差点。小学 校正門の西100メートルほどにあるこの交差点は、交通量の多い街道沿い。押しボタン式信号機があるが、子どもにとって危ない場所だ。
 集まった3人は、児童らが近づくと押しボタンを押した。横断歩道の信号が青になると「横断中」の旗を車に示し、児童らをガード。「おかえり」「さようなら」と声をかける。活動は1時間ほどで終了し、3人は次の授業のため大学に帰っていった。
 この日参加した瀧梨英子さん(21)は、「子どもが名前を覚えてくれたらうれしい」と活動の魅力を話していた。

Mamo

引用終了 ーーーーーーーーーー

めっきりとテレビを見なくなった

テレビに出ておいて、テレビ番組の紹介をしておきながら、いやあ、めっきりとテレビを見なくなった。本当に見ない。あんなにテレビっ子だったのに、見ない。この一週間で30分見たかどうかだ。

何で見ないのか?

    1)    時間がない
    2)    テレビがつまらない
    3)    他にしたいことがある
    4)    ネットで満足
    5)    you tubeで満足
    6)    娘にまだ見せたくない
    7)    実生活の方が面白い
    8)    騒々しい
    9)    飽きた
    10)    インターネットラジオの方が良い

ま、いろいろと理由があるだろうが、ここに挙げたものは全て当てはまる。

すでに中学生の指導の現場を離れているし、無理にブームを追わなくても良い。むしろ、私ぐらいの年齢になると知っているよりも知らない方が、コミュニケーションが成立する。なんとなれば、知らない私を哀れんで、子どもたちが教えてくれるからだ。聞く耳さえあれば、オッケーである。

あえてこの10個から3つ選ぶとすれば、2)、5)、7)であろうか。

2)日本と欧米に偏ったソースだけを流し続けるテレビは、つまらない。大リーグを知ってしまった、ワールドカップサッカーを知ってしまったファンのようなものである。世界中の情報が簡単に手に入る今、ジャパンローカルだけで盛り上がっている日本のテレビで満足できなくなってきているのだろう。

5)今のものも面白いのはあるのだろうが、過去の優れた作品で見逃したものを見ることの方が面白い。あのとき見ることの出来なかった、そう、ビデオがなかったので録画できなかった番組を、簡単に見ることができるなんて、やっぱりすごい。

7)「事実は小説より奇なり」ではないが、ノンフィクションの私の今が圧倒的に面白い。エキサイティングである。だから、わざわざ楽しませてもらわなくてもオッケーなのである。家では、クールダウンの時間を過ごしているのだ。

「21世紀のテレビは、ニュースとスポーツだけになる」と昔本で読んだことがあるが、ひょっとしたらそれは私の中で始まっているかもしれない。

ただし、「タモリ倶楽部」は除くf(^^;。

2009/07/09

おい、俺の字はそんなに怖いかf(^^;。

7/9

国語科教育法では、日本の和歌の歴史を紐解きながら、俳句の成立までを講じる。そして、俳句とは何ぞやを講じ、さらに句会へと授業を進めた。ちなみに、

句会のやり方については、句会をしよう
~俳句をつくる、楽しむ、評価する~

というDVDを作ってあるので、興味のある方は参考にしていただきたい。

で、句会の方式を知っていると、授業の幅は広がる。そんなに難しいことはないのだが、実際に句会に参加したことのある人は少ないだろう。

私とて、正式な句会に出たことはない。ただ、学生時代にアルバイトをしていた塾の先輩講師が、江戸時代の黄表紙の研究をされていたので、宴会の後に句会や連句等で遊んでいたぐらいである。

しかし、それが私の授業づくりの重要なベースに育って行くのだから面白い。句会における「座の文学」の考え方を敷衍して、私は教室における集団の文学としての、句会、書き込み回覧作文、学習ゲーム、ディベートと自分の指導を展開してきた。

クラスを学習集団として育てるとき、この「座の文学」の考え方を大事にしてきたのだ。

だから、俳句の出来不出来は取りあえず置いておくことにして、句会方式を学生たちに体験させたかったのである。

句会は、作品と作者を切り離して、作品だけでその作品を解釈して善し悪しを決める。だから、思春期の子どもたちにとっては優れた方法だとも言える。○○が作った作品だからいい、ではなく作品だけで評価され、しかも、良い作品と評価されたもののみが名乗ることができるのである。

この句会には私も参加する。当然、私も名前は明らかにしない。私もガチンコの勝負となる。さらに、歴史上の有名人物の作った俳句も「豪華ゲスト」ということで紛れ込ませる。松尾芭蕉とか、夏目漱石とかの作品を一緒にいれて、楽しむのである。これはなんという贅沢な遊びなのであろうか。

関西青年塾でも先日、この句会を講座で行ったのだが、そこに参加していたN先生は、早速自分が担任する小学校で実践されたそうだ。すると、これが大盛り上がり。子どもたちはしょっちゅう句会をしているそうだ。そうなのである。実に楽しいのである。是非、あちこちでやってほしい実践の一つである。

昼休み、3限とゼミ生の模擬授業指導案指導。
まだ頭の中にあるものが出きっていない感じである。だから、指導も隔靴掻痒のようなものになってしまう。授業者が自分がやりたいことが言語化できることが、授業づくりには大事なのだが、上手く言葉になっていない。ここを指導。

さらに、評価や学習指導要領との関係も指導。
さ、頑張れ。少しずつハードルは上がって行く。

研究室で仕事を進めていたら、週末から採用試験を受け始める四回生たちがやってくる。私の『教師になるということ』を持って、サインを下さいという。ま、私の名前の一つでもあれば魔除けになるかと思い、書いてあげる。

すると、書いている側で泣き出す学生たち。どうしたことだ。
おい、俺の字はそんなに怖いかf(^^;。

「先生の字を見ていたら涙が出てきてしまいました」

泣いている場合ではない。
体調に気をつけて頑張れ。期待している。

その後、やっとのことで『明日の教室』第五巻の校正が終わる。ふう。

重いテーマを抱えている第五巻である。校正する私もきちんと正座をして読むという感じであった。いえ、読者のみなさんは楽に読んでください。読者に負担をかけないようにするのが、編集、校正の仕事ですから。

で、重たいテーマではありますが、今まで取り上げられることのなかなかなかったテーマを取り上げています。若い担任の先生は、そしてまじめな先生ほど、何か問題があった場合は(自分が悪いのだ)と抱え込むことがあります。もちろん、全く問題がないということもないでしょうし、関係していることもあるでしょう。

しかし、相手は子どもであり、保護者であり、社会であるわけです。担任一人で何とか出来ることもあれば、何にも出来ないこともあるわけです。チームや組織や関係機関と解決しなければならないケース、解決できないケースがあるわけです。抱え込んではダメです。

ですが、私も若造の頃経験したのですが、そうは言っても、どういうときにどこに相談すれば良いのかが分からないのが若手教員なわけです。

・担任一人では解決できない問題がある。解決してはいけない問題もある。
・どこに相談すれば良いのか分からないのが若手教員である。

ここいら辺りに焦点を当てたのが第五巻です。
今しばらくお待ちください。

その後、合計85通になるであろう学生の課題提出のメールを受け取りつつ、他のメールのやり取りをしつつf(^^;、結局今日も夕方までいることに。

今週も、いろいろとあった一週間であった。
明日はあさっての準備をし、土曜日からまた新たに始まる怒濤のような一週間に備えよう。

2009/07/08

明日再放送 伝える極意

えっと、宣伝です。去年収録した番組が好評につき、再放送です。実際は、再再再放送だったかな? 良かったらご覧下さい。
プロデューサーからのメールです。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「伝える極意」第7回の放送のお知らせです。
周りの方にも紹介して下さい。
よろしくお願いします。

「話して聞いて幸せになろう 〜話し合い〜」
本放送:平成20年7月 9日(木)10:45〜11:00 NHK教育テレビ
再放送:平成20年7月16日(木)10:45〜11:00 NHK教育テレビ

○内容  
学校でよく行われる話し合い。
何かを決める時、どう話し合ったらいいのか、
京都橘大学の池田修さんが極意を教えます。
話し合うのは、熊本県阿蘇郡小国町立万成小学校の
5・6年生、全部で11人。
テーマは最近みんながやっているバレーボールについて。
「全員が楽しめるルールを作る」
これを目標に、話し合いを繰り広げます。

○池田流 感想文の極意
・はっきりとした目標を決める
・実さいにたしかめる
・だれかのためになる意見に耳をかたむける

○感想やご意見をお聞かせ下さい。送り先は2つあります。
1)番組ホームページ
 http://www.nhk.or.jp/gokui/のご意見・お問い合わせへ
2)NHKのホムページへ
 http://www.nhk.or.jp/css/goiken/index.html にアクセスし、
「メールでのご意見・お問い合わせ」の「メールフォームはこちらへ」から書き込んで下さい。
頂いた感想やご意見は、番組の作りにどんどん活かしていきたいと思っています。

※この番組は、インターネットでもご覧頂けます。
番組ホームページ
http://www.nhk.or.jp/gokui/の「番組をみる」をクリックしてください。

引用終了 ーーーーーーーーーー

すると何やら怪しげな雰囲気

7/8

今朝も早起きして、風呂に入り、朝から仕事である。
今週の国語関連の授業は、句会である。
句会は、作者と作品を切り離して、作品だけでその良さを評価する仕組みである。

中学校でやっていた時は、紙に作品を書かせてそれを集め、私はワープロに入力する方法で行っていた。大学では、メールで作品を送らせ、私がコピペで一覧にする。

そういうわけで今週末は学生からのメールがひっきりなしに届く。これを朝からコピペ、コピペである。

その後、家を出るまで『明日の教室』第五巻の校正を続ける。
実は、締め切りが過ぎている。だが、なかなか進まない。
なんとなれば、第五巻は涙なくしては読むことができないのである。

優れた実践家は、みんなこうして重たい事実を背負いながら、受け入れ、抱きしめ、子どもたちと一緒に歩もうとしていた、歩んでいたことが、胸に響く。
第五巻のタイトルは、「 第5巻 担任一人で悩まない・抱えない」である。
ゲラを読みながら、今までのあれこれを思い出さざる得ない。涙せざるを得ない。そして、いま格闘している先生方に早く読んでほしいと思う。少しでも楽になれるのではないかと思う。
ではあるが、涙して進まないのだ。すみません。明日には、なんとか送ります。

で、やっぱりぎりぎりに家を出て、大学に向かう。

入門ゼミは、大学祭で行う「橘ちびっ子ランド」の話し合い。地元の子どもたちを招いて、あれこれ子どもたちを楽しませる企画をするのである。だからして、私は学生に任せる。目的が決まっているのだから、私が介入しない方が良い。つい、話したくなってしまって私のカラーで染めてしまうことになる。
『何か相談することがあれば、研究室にいるから』
と言って、教室の前の研究室にいることにした。

もちろん、時々様子は見たが、彼ら彼女らに任せっきり。
これが大学であろう。

で、ゼミが終わったとたん私は会議に走る。
昼休みの会議だ。あれこれあれこれ話す。

会議が終わって、会議室を出たら事務方に呼び止められた。
「先生。先生のゼミのゼミ長が至急、××に先生に来てほしいとのことです!」
『はあ? なんだろう。まだ食事もしていないのに。私を呼び出すなんて100万年早いなあ(^^)』
と言いながら、言われた場所に。

すると何やら怪しげな雰囲気。
やられた。誕生日のお祝いであった。

教室はデコレイトされていて、色紙とプレゼントの帽子を貰った。
クラッカーで祝ってもらい、歌まで歌ってくれた。
やられた。

今年の一回生ゼミは、大きな声を張り上げて怒ることもない。大きな反応があるわけでもないが、届いているという思いはあった。
大学に移ってこんなお祝いを、一回生から貰えるとは思わなんだ。
ありがとう。

Birthday

その後、面談、会議、会議、会議であっても、嬉しい私であった。

嬉しい一日だった

7/7

Rimg0222 五時前に目が覚めた。どうやら晴れているようだ。ならば、と早めに起きる。
琵琶湖の朝日が美しい。
蒸し暑い日々が続いているが、この朝の爽やかさはなんともいい。
テラスの花に水をやり、まず、深呼吸である。

その後、今日の授業の最終確認。
確認をしていたらアイディアを思いつき、仕事も思い出した。
これらをせっせと行う。

そんなことをしていたら、八時を過ぎていた。いかん。あわてて家を出る。

本日は、教科教育法国語で、体験作文の第三講である。相互評価の書き込み回覧作文の実際と解説である。
学生たちは先週出したテーマを元に作文を書いてきている。それを書き込み回覧させた。

十五回しかないこの授業で三週間に渡って、作文指導の指導方法について講じてきた。たっぷりと行った。だが、恐ろしいことに、学生たちは原稿用紙の使い方は指導されてきても、作文の書き方は指導されてきていなかったのである。人生で初めて作文の書き方の指導を受けたという学生ばかりであった。なんとか、小学校の段階で、体験作文が書けるように指導をしてほしい。
「ああ、作文って楽しいなあ」
と子どもたちが呟くような授業をしてほしい。
そのための指導を重ねて来た。

今年の分は、これで終わった。
ほっと一安心である。

だが、これで今日は終わりではない。
学生の書いてきた作文に目を通し、面談をし、相談に乗り、さらに今日は六限の授業もあるのである。教育実習2。教育実習報告会である。   

私はこの教育実習報告会を楽しみにしている。
一年間指導を重ねてきた学生たちが、教育実習に行き、その成果を後輩に伝えてくれる時間である。今年は5人が報告してくれた。実習中にヘルプのメールを出してきた学生。とても充実しているとメールしてきた学生。メールを出す時間もないぐらい書け続けていた学生。そんな彼女らが、20分で報告してくれた。

スピーチは、きちんとラベルを貼り、ナンバリングをし、前をしっかりと向いて、明るく明瞭な声で行われていた。私は、彼女らがサヴァイブした実習で、より多くの力を付けてきたことをとても嬉しく思った。一年前に、先輩たちの実習の報告を聞きながら
「大丈夫なのでしょうか、私たち」
と行っていた彼女らがである。

なんというか、上手い例えが思いつかないのだが、放流したシャケが帰ってきたと言うか、士官学校で鍛えたメンバーが戦いから無事に帰ってきたと言うか、そんなような感情を抱くのがこの時間である。彼女らのスピーチから出てきたのは、いつも私が口をすっぱくして言っているようなことであった。授業で伝えたことが理解となり、実習を通して納得に変わったのだとすれば、嬉しい。以下に彼女らから後輩へのメッセージの一部を載せる。

・生徒は、自分の都合の良いところと悪いところを使い分けている。誤摩化されてはいけない。
・子どもの違う面を見るためにも、部活動に行け。
・実習では「準備していないので出来ません」とは言えません。
・パニックになっても、安心して。池田先生にメールを送れば大丈夫。
・メモをしっかりと取れ。
・時間を上手く使うこと。空いた5分が大事。
・先生なので、焦っている姿は見せてはいけない。
・研究授業の前々日に、39度の熱が出てしまったので、一日だけ休みを頂き点滴をしながら指導案を練った。
・板書の力、メモの力を付けておくこと。
・準備は早めにやること。教材も揃えておくこと。地方には100円ショップがない。
・備えあっても憂いあり。
・想定問答集を作っておこう。
・時間は限られている。優先順位を付けて指導をしなければならない。
・発問は、池に石を投げて波紋が広がるようなもの。たくさん投げ込むと、波紋がぶつかり合って、生徒は迷走する。
・教材研究は、まず自分がじっくりと読み込んで自分の違和感を見つけることから。えらい先生の論文は今読むこと。
・生徒は楽しそうなことに引きづられる。楽しい授業を。
・池田先生のご指導。メモ、板書、和綴じ本。大変だと思うけど、これで乗り切れるから、しっかりね。

『どうだ? 先輩たちは生き生きしているだろう。仲がいいだろう。実習は実習校では一人の時もあるが、実はこうしてチームワークで乗り越えているんだぞ。前向きに取り組もうとしている諸君であれば、大学も私も面倒を見る。それは心配するな。必死に授業と授業課題に取り組め。先輩たちを見れば、大丈夫なことが分かるだろ。しっかり励むのだぞ』

私も励ました。

授業が終わってキャンパスに出たら、七夕行事が行われていた。キャンドルに灯をともし、ブラスバンド部のアンサンブルがなかなか良い曲を奏でていた。
今年から始まったものだ。
なかなか美しい夜であった。

嬉しい一日だった。

2009/07/06

専門ゼミは、模擬授業第一回

7/6

専門ゼミは、模擬授業第一回であった。
指導案を作成させ、事前指導を行い、そして本日の模擬授業である。

15分間で一つの主題を扱って授業を行う。導入、展開、まとめを行うのである。その後15分間で私が指導。つまり、一人の持ち時間は30分。三人の学生を90分で指導である。

結論から言うと、ぼろぼろであった。
もちろん、ところどころにきらりと光るものは認められる。だが、

1)教材研究不足
2)子どもの反応の予測不足
3)授業構成不足

この三点が見事に欠けているのである。前に立つことで上がってしまったり、子どもの反応を見ることができなかったりして、流すだけの授業になったり、説明の順番をごちゃごちゃにしたり、概念の程度の違う言葉を混同して使ったりと、まあ、指摘することがたくさんある模擬授業であった。

授業後、そうはいっても頑張っていたので、一緒に食堂で昼ご飯をとる。私は昼ご飯は一人で取るタイプである。給食指導の反動か、昼ご飯ぐらいは一人でゆっくりと取りたいという思いがあるのだと思っている。

ではあるが、今回は一緒に食べた。もちろん、彼ら彼女らが一人で食べたいと思っていたかもしれないが、一緒に食べた。
疲れているのと落ち込んでいるのが分かるので、まあ、慰めるということでもないが、一緒に食べた。

『どうだい、リベンジしたいかね?』
「はい!」
とすぐに答える学生もいた。ほう、なかなか見込みがある。

彼ら彼女らが、授業づくりの山の一歩目を踏み出したのか、授業づくりの底なし沼に一歩目を踏み入れたのか、私にはよくわからない。ただ、いままでの大学の授業とは違う世界に入り込んだと感じているのは確かである。そして、自らをさらに高めようとし始めているのも感じた。

私はそんな彼ら彼女らを見ているのが、とても嬉しい。
来週からの諸君も、ま、頑張れ。

食事後、研究室で仕事をしていると学生たちの訪問。来週の模擬授業をするメンバー、教員採用試験勉強をしているメンバー、教育実習が終わったので報告に来る学生、学科の面談をしにくる学生。

その間に、メールであれこれ。

夕ご飯は、昨日作りきれなかった食材で調理。
そういえば、作ることに集中していてあまり食べなかったかもしれない。一匹残っていた「いさき」を使って調理。

明日も残りの食材で夕ご飯だろうなあf(^^;。

今週も、忙しく充実して始まったなあ。

幸せな誕生日をありがとう

7/5

朝風呂の中で昨日の河原先生の余韻に浸る。この時間がいい。昨日と今日とが一つになる。風呂の中で体を揺らしながら、過去と今が解け合って、次の一歩を踏み出す準備が始まる。

風呂から出たら、東京から電話。奥さんと娘がお誕生日おめでとうを。もちろん、娘はパパ、パパだけだがf(^^;。しみじみ嬉しいものだ。

午前中は部屋の掃除を中心に行う。掃除機をかけて床を水拭きし、窓と網戸を洗って、テラスをデッキブラシでこすり、洗濯物を畳み、台所を整えと、結構な家事を行った。

今日は私の誕生日で、ゼミ生たちがお祝いをしてくれるというのだ。花火大会以外でお客さんを呼ぶのは、久しぶりである。

お昼過ぎに、準備を手伝ってくれる学生がやってきて買い出しに向かう。今日のメニューの流れを頭の中でイメージしながらあれこれ買い込む。

昼間にしか来れない学生がやってきて、前菜のパスタを一緒に食べる。キャベツとアンチョビのパスタだ。食前酒にはボンベイサファイアを使ったジントニック。今日はしっかりと生ライムもある。とても蒸し暑い午後であったが、こういうときは蒸留酒の食前酒がぴったりである。

だが、パスタの味が今ひとつ味が決まらないf(^^;。もう少しアンチョビを入れるべきであった。残念。

さらに、桃ビールもガッカリ。桃のグレードが良くなかったのだ。これはリベンジせねばならぬ。

昼間の学生と入れ替えに、夕方からの学生たちがやってきた。豚バラの串焼き、スモークサーモンのサラダ、白身魚のガーリックオイルがけ、オクラのナムル、刺身と続く。

この間、プレミアムモルツから始め、ヒューガルデン、銀河高原ビール(ヴァイツェン、ペールエール)、シメイトラピストビール(赤、白、青)とビールの種類をあれこれだし、日本酒は獺祭とした。

ま、この人数でのおもてなしとしては、頑張った方かな。出した料理は全て完食であったからなあ。学生は大事にしなければならない。ましてゼミ生であるからねえ。

その後、彼ら彼女からのお祝いをもらい、ケーキを食べ、お開きとする。片付けも率先して学生たちがやってくれた。

「先生、もう一度みんなでやりたいです」
「先生のお料理教室を開いてください!」
「Macintoshの講座も開いてください」
「俺はこんな家に住みたい!!」
「今度はお泊まり会をしたいです!!!」

はいはい。
出来るところからやりましょう(^^)。
幸せな誕生日をありがとう。

Cake

(ネタは、ストーリーだな)

7/4

朝、7:52の京王線で京都に向かう。新幹線の予約をしていなかったので、ちょっと早めに出て新宿で指定をする。N700であるf(^^;。

みどりの窓口が混んでいたので、間に合わないかと思ったが、なんとか品川発に切り替えて、乗り込むことができた。ぎりぎりの連絡である。ホームに到着して2分後に新幹線がやってきた。

が、このぎりぎりの連絡ができるのは、日本の電車が時刻通りに動いているからである。乗り換え時間が5分とか、7分とかの単位で計算できるからこれが可能なのである。時速300キロ近いスピードでか飛びながら、なのだから冷静に考えると凄いことだ。

車内の検札が終わったので、デッキに移ってタクシーの予約。大学までタクシーで移動しないと間に合わない。MKタクシーは便利。山科駅に到着予定時刻を告げて、予約完了。禁煙でゆったりと乗れるのは、有難い。しかも安いんだからねえ。

ともあれ、これで今日のスケジュールの一歩目はクリアである。

大学では「明日の教室」である。今日は東大阪市の中学校教師である河原和之先生。私とは、NHK教育テレビ「わくわく授業」つながりである。社会科の授業で、ネタを通して授業をしていらっしゃる。その「ネタ」とは何なのかを具体的に講じていただいた。

この場合のネタは、社会の仕組みがわかるものである必要があると河原先生は仰る。むべなるかな。私は先生の講義を聴きながら、
(ネタは、主張の証拠だな)
(ネタは、ストーリーだな)
と考えていた。

ネタ、というとその内容の面白さや、奇異性が重視される感じがある。しかし、河原先生のネタは違った。あくまでも授業の構成の中の一要素でしかないのである。だからネタだけ手に入れても、授業が成立しないことも充分ありえるのである。

これは、寿司屋がそれこそ新鮮な「ネタ」を手に入れたとしても、下ごしらえができなかったり、きちんとしたシャリを用意できなかったりすると寿司にならないのと同じであろう。このことを強く感じた。

また、どうしてネタを発見できる先生と、出来ない先生がいるのかにも興味があった。恐らく河原先生レベルになると、世の中を見回しているときに、ネタになるものは向こうから目の中に飛び込んでくるのだと思う。そして、その瞬間に授業のストーリーが見えて、試験問題までもが見えるのだと思う。

だが、それはどうしてなのだろうか。
一言で言えば、経験とカンであろう。先生もそう仰っていた。しかし、それは実践家としてはそれで十分なのだが、若い教師がこの先生の授業スタイルを学ぼうとする時、少し分かりにくい。私はその辺りを説明していただけないかと難しいお願いをした。

河原先生はそれに答えてくださろうとしてくださった。ありがたいことだ。自分の授業スタイルをメタで認識しながら説明するってのは相当難しい。これをお願いする方もお願いする方だが、答えてくださる先生はさすがであった。

その後、懇親会に向かう。
今回は、栃木の名酒「美田鶴(みたづる)」を持参してである。グレードは、「播州山田錦 斗瓶取り 純米大吟醸無濾過生」だったと思う。残念ながら京都では手に入れる場所が分からないので、東京の馴染みのお店にインターネット経由で注文したものである。

あは、うまひ。

二次会まであれこれと話を続ける。
朝、東京にいたことが信じられないくらい、教育の話を続ける。
馬鹿みたいに、教育の話である。

そう、馬鹿みたいで良いのである。
こんなに教育について熱く興奮して語れる仲間たちがいることが良いのである。
終電で無事に帰宅でありました。

八月は、教育研究会の全国大会や校内研修会、さらには教育委員会研究会などでみなさんお忙しいので、明日の教室はお休み。次回は、9/20に滋賀は雄琴のオーパルでカヌーに乗ります。4時間ぐらい乗って、ジャグジーと弁当がついて、2000円です。凄いなあ。

琵琶湖の上に広がる大空を独り占めできます。
お楽しみにどうぞ。

2009/07/05

「メロンは大丈夫か?」

7/3

『いてええぇ!』

久々に娘のキックを受けた。眉間に受けた。娘の寝返りのキックである。娘は手をお母さんに伸ばし、足で私の存在を確認しながら寝る。そして、時々キックを見舞ってくる。

しかし、今朝方のキックは強烈であった。半日ぐらい痛かった。一週間ぶりに会ったので、このぐらいのキックになるのであろうか。

奥さんの実家に泊めてもらった。娘も駅まで迎えにきてくれたのだが、最初は久しぶりに見る私に、嬉しさもありつつ照れている様子。可愛いなあ。

ではあるが、家に着いたときにはもう全開であった。久しぶりにお父さんになる。

その結果が、眉間にキックを受けることになるのである。

午後から父の見舞いに。前日に母から相当言われていたので覚悟をして病室に向かう。すると、ICUは脱出し、一般病棟に移ったとのこと。良かった。順調である。

病棟では、おとなしくしている父に対面。まだいくつかのチューブが体にあるが、思っていたよりは全然良かった。ただ、まだ痛そうだ。

父の手を久しぶりに握る。母から、冷たくなっていると言われていたのでさすって温めようと思ったのだが、いやいや温かい。良かった。握りしめるだけの握力もあった。担当医の巡回時には、笑顔も見せることができた。

しかし、当然であるが話す声には力がない。だから、そばに行ってじっと耳をこらして聞く。大事なことを言いたいのだろうなと思って、真剣に耳を澄ます。

「メロンは大丈夫か?」

(メ、メロン?)
なんのことかと思えば、毎年田舎らから送ってもらっているメロンがそろそろ滋賀の家に届く。だから、いつまでも東京にいるとそのメロンの一番美味しい時期に家にいないことになりやしないか、というのである。

うーん。大きな手術をした後なのだから、もっと凄いことを言うのかと思ったら、メロンである。これは、

1)手術は成功し、本人は日常生活モードになっている。
2)動転し、もっと大事なことを忘れている。
3)メロンこそが、父親の大事な思いである。

などのあれこれが頭の中をよぎる。
恐らくどれもであろう。今年のメロンは大事に食べようと思った。

他にもあれこれ名言があるのだが、それは書かないでおく。

見舞いの後、母親と一緒に軽い食事。母は忙しくて昼ご飯を食べていなかったとのことなので。元気な母だが、あれこれ疲れているだろうし、お茶でもと思っていたのでちょうど良かった。

でも、こちらが体調を心配する前に、私の体の様子を心配してくれる母であった。母はいつまでも母なんだなあ。誕生日おめでとうとも言われるのであった。なにをおっしゃいます。生んでくださいましてありがとうございます。

 

その後、奥さんの実家で私の一足早い誕生日お祝いをしてもらう。これもありがたいことだ。

明日の帰りの新幹線の時刻表等を確認して、早めに寝る。

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