« 2009年1月4日 - 2009年1月10日 | トップページ | 2009年1月18日 - 2009年1月24日 »

2009/01/17

センター試験初日

センター試験初日。センター試験は二回目の試験監督である。しかも、初日。この日はリスニングがある。神経を使うところだ。

朝、8:30に集合。
娘が起きていないので、顔だけ見て行こうと思ったら、ちょうど目が覚めたところであった。

奥さんと私で
『おはよう』
と言うと、娘は元気に起きる。
そして、何でか知らないが、右手で布団を三回叩いて笑顔で喜ぶ。
奥さんと二人で爆笑する。

(ああ、朝がこうして嬉しく始まる人生が、彼女に多くあると良いなあ)
と思う。一度抱っこしてから大学に向かう。

到着と同時にお腹を壊す。
集合時間ぎりぎりに控え室に駆け込む。私が神経質になってどうするのだ。

試験は、延々と続く。

(あと、8時間ね。今成田を出ればハワイに着くね)
(あと、3時間ね。今成田を出ればグアムに着くね)
(あと、1時間半ね。今成田を出れば上海に着くね)

と思ったりもしながら試験監督をする。
幸いなことに本試験会場では何も問題はなく、定刻にお開きとなる。

生徒諸君は明日も試験。
みなさんにいい結果が出ますように。
本学でつつがなく試験が進行しますように。

2009/01/16

今日は評定についての授業

4限は、国語科教育法2である。
今日は評定についての授業である。

今日の授業は、ある意味大きなまとめであった。
後期の授業では、模擬授業を行い、その模擬授業を元にした試験問題を作成し、解き合い、解いたものを採点し、その採点の結果から評定をつけるという流れで行ってきた。この最後の部分を行ったのである。

観点別評価が導入されてから、中学校、高校の教員の事務量は比べ物にならないぐらい増えたと感じている。国語で言えば、五つの観点ごとに成績をつけて、その成績から評定をつけることになる。簡単に言えばここだけで5倍の事務量になったと言える。

確かに、外側にいては分かりにくいかもしれないが、学校の事務は公金を扱うための事務であるということが理解されていない。先生の仕事の事務をしていると思っている人もいるだろう。

そんなことはない。授業の準備、整理、評価、通信簿、出欠簿。すべて教員が管理する。また、学級の事務に関しても同じである。せめて、印刷をしてくれる学生のアルバイトがいてくれたらどんなに楽だろうかと思ったものだ。点数の素点をコンピュータに打ち込んでくれるアルバイトがいたらとも。

今日は、実際に私が中学校現場にいたときに使っていたエクセルのマクロシートを使って、採点した素点を入力し、どこがどのようになって成績が出るのかを実演してみせた。その後、自分たちの採点した試験問題を入力して、確かめてみることをやってみた。

学生たちは、一問違うと成績がこんなに違うのかと驚き、一問の重さと採点ミスのこわさを理解する。

また、国語の教師なのか事務職なのか分からなくなるぐらいの、仕事内容ということにも驚いている。特に文学部であり、書道コースであったりする諸君は、コンピュータから遠いところに日頃はいるので、なんでこんなことをしなければならないのかと思うことばかりであろう。

だけど、これができないと仕事にならないのだ。
『テンキーをブラインドタッチで打てるぐらいになっておくのだぞ。でないと、クラブ指導も教材研究もする暇ないぞ』
と言うと、学生たちはうなずく。

でも、問題はこの他にもある。

いま、教員を目指す諸君は最初から専任で採用されるよりも、最初は非常勤でとか常勤講師でということが多くある。特に中高はそうだ。

専任であれば、成績のつけ方やらなにやらというのは、研修で学ぶこともできるであろう。しかし、非常勤の場合はそんな研修の機会すらない。いきなり、

「じゃあ、ここまでの試験範囲の問題を作ってくださいね」
と言われ、
「採点の締め切りは○月○日でお願いします。このコンピュータのエクセルのここに打ち込んでおいてください」
と言われる。

そして、これを三つの学校を受け持っていれば、三つやらなければならない。当然試験の期間はそれぞれの学校とも重なっていることが多い。
研修も受けないで、いきなりやってねということが非常勤講師の場合珍しくはないと思っている。私はそうやって採用試験の合格を目指していた非常勤講師の先生を何人も知っている。

そんなんでいいのかなあ。

私はそれはないだろうと思っている。指導と評価の一体化とか、評価が大事だというのであれば、具体的なレベルまで下りてきてあれこれ研修を受けさせたり、指導を受けられるようにしないとダメだろうと思っている。

だが、それは現状ではなかなか無理。
ならば、せめて私が指導している学生たちには、今のうちに教えておきたい。

もちろん、専任で教師になってほしいと思う。が、現状の採用状況を鑑みれば、全てが希望通りにはならない。だから、今のうちに授業でと考える訳である。

来週でこの授業もおしまい。
ほとんどの授業が来週でおしまい。

この一年間で何ものかの力をつけることができたとすれば、指導した甲斐があったというものである。

律儀な娘である

「しまった!」
という芸を娘に覚えさせた。

しまった!と私が言いながら、両手で頭を抱える仕草を見せて覚えさせたのである。
「しまった!」というと、娘は両手で頭を抱えるのである。
これが実に可愛い。

ところが、こちらがしまったであった。

奥さんが、料理を作っている最中に
「しまった! あれ買い忘れちゃった」
と言ったその時である。
両手で食事をしていた娘は、その両手を頭に載せて、お得意のポーズを笑顔で取っていた。
あーあ、髪の毛が料理で大変。

娘が積み木の入った袋から、積み木を出しては閉まっている。
「あ〜ら、出したり閉まったりしているの?」
と奥さんが声をかけた。
すると、娘は両手で頭を抱える仕草をする。
一瞬なんだか分からない私たち二人。
「あ〜、出したり【しまった】りなのね」
ちゃんと聞けていることに喜ぶやら、驚くやら。

律儀な娘である。
(次の芸を教えなければ)
と思う父であった。

『世界の終わりと夜明け前』(浅野にいお 小学館)

『世界の終わりと夜明け前』(浅野にいお 小学館)を読んだ。

15歳の時の私が読んだら、
(そうそう)
とか
(なんだか分からないけど、すげー)
っとなったであろう。

その15歳の私が、30歳のときに読み直したら、
大泣きするだろうマンガだと思う。

『河よりも長くゆるやかに』(吉田秋生 小学館文庫)や、『 ぼくは勉強ができない 』(山田詠美 新潮文庫) のファンにはたまらないだろう。

私はこの世界観が好きだ。

2009/01/15

『心ってこんなに動くんだ』(新日本出版社)

2限の児童教育総合演習のゼミは合同ゼミにして、西條昭男先生にお越し頂いて講演をお願いした。

先生の書かれた『心ってこんなに動くんだ』(新日本出版社)を、後期のこのゼミではテキストにして、子どもの作品から子どもの表出や表現から、子どもに迫ろうとしてきた。

小説の読解もそうだが、テキストリーディングはトレーニングしないと身に付かない。このゼミでは

1)指定された範囲の中にある児童の詩の作品から一つ選び、
2)400字詰めの原稿用紙に手書きで写し書きをし、
3)A4一枚でその作品の解釈をまとめ

ということを授業に出るための課題として学生に課し、その解釈をもとにテキストリーディングのレッスンを行ってきた。つまりは、子ども理解のためのレッスンである。

西條先生には、事前に学生たちからの感想と質問などを手紙で渡しておいた。

西條先生は、物腰やわらかく丁寧に学生たちに話をしてくださった。37年間の教員生活のうち、35年間を担任として過ごされたそうだ。凄いの一言である。

「教師の道は、子ども発見の道なんですね」

と語られたその中に、多くの子どもたちとの出会いから先生が学ばれた姿を、私たちは学ぶことができた。

「教師の喜びなんて、一週間に一個あればいいほうです」

という言葉には、学生たちもショックを受けていたようだ。しかし、私たち大学の教員は大きくうなずいた。今回のゼミを担当している教員はみんな現場上がりの教員なので、よーくわかるのだ。

話を伺いながら、まるで事前に十分に打ち合わせをしたかのようなお話であることに驚いたのである。日頃私たちが学生に話していることを、さらにクリアに丁寧に話してくださるのである。

(京都橘大学、児童教育学科の学生たちは贅沢だなあ)
と改めて思う。

ありがとうございました。

『つ、つなぎ?』

学生たちが相談に来た。来年度、児童教育学科のオリターをやる諸君である。何のことかと問えば、ユニフォームを決めたいとのことである。

『うむ、良きに計らえ』
と言おうと思ったら、彼らの方から
「つなぎにしたいとのですが、どうでしょうか?」
と聞いてきたのである。

『つ、つなぎ?』
「はい」

ま、学生のやることは基本的に、やれ、であるが、ここはちょっと意見を言った方が良いかなあと思うのであった。

服にはいくつかの要素がある。簡単に言えば三つあると思っている。

1)機能
2)コード
3)ファッション

機能というのは汗を吸い取ったり、寒さを防いだり、皮膚を守ったりというものだ。コードというのは、その場に応じているかどうかということと言い換えても良い。そして、ファッションは流行り廃り、またはセンスや好みと言っても良いかもしれない。

新入生キャンプのオリターとして、つなぎをユニフォームにするということは、この1)から3)を考えたときにどういうことになるのかを考えさせたのである。

『新入生キャンプは、琵琶湖でドラゴンボートを漕いだり、カヤックに乗ったりする。転覆の恐れもある。もちろんライフジャケットは着ているが、全身びっしょりになる可能性があるときに、全身を包むつなぎは、危険性が高まるものであろう。

つなぎは、機械作業などを行うときに着るものである。シャツがひらひらしていると、機械に巻き込まれることがある。だから、それが無いように上から下まで一つなのである。教育を扱う新入生キャンプが、機械作業と同じイメージで行けるのであれば、構わないがどうだろうか。私がコック服を着てキャンプに行ったら君たち笑うだろ? もちろん、ファッションという領域を重視するのであれば、これはまた話は別であるが。

ファッションは、流行らされている格好良さを表すので、それがかっこいいと思う人にはかっこいいし、ダサイと思う人はダサイのである』

『ちなみに私はあのキャンプのときには、オレンジ色のウインドブレーカーを着ていたのを覚えているだろうか。あれは、何かあったときに、さっと諸君が私のことを発見しやすいように着ているのである。

リーダーというのは、いざというときに見つけることが簡単な出で立ちでいることが私は重要だと考えている。だから私はオレンジ色なんだな。ちなみに、デイパックも今はオレンジ色だが』

「わかりました」

どう分かったのかはよくわからないが、あの学生たちだ、1)から3)のことを考えた上で、最上のものを用意してくるだろう。

2009/01/14

ユニークな実践

ユニークな実践というものが良い実践だという考え方が学生たちにあるように思う。

私が授業で紹介する実践が、学生たちから見るとユニークだというのである。そして、そんなユニークな実践をしたいと考えている学生がいるのである。

大辞泉から引用開始 ーーーーーーーーーー

ユニーク〖unique〗
〘形動〙他に類を見ないさま。独特なさま。「―な発想」

引用終了 ーーーーーーーーーー

となっている。なんというか、日本語でユニークと言うと変わっていて面白いという印象があるが、そもそもユニークにはそういう意味はない。変わっているということだけである。が、変わっていて面白いという意味で使っている。

ま、これはこれでよいとして。

で、学生たちは、私がユニークだからユニークな実践が生まれていると思っている感じがする。たしかにここは否定できないところではあるが、実はそんなところはどうでも良いと考えている。

私の実践や私が紹介する実践がユニークなのは、実践する教師がユニークである以上に実践者が関わってきた子どもたちがユニークだからなのである。ここは学生たちが見えていないことである。

私に限って言うと、私が何かをやりたいと思って、実践を重ねてきたことは実のところほとんどない。修士論文を書くまでやってきたディベートであっても、元々は子どもたちがやりたい、うまくなりたいというリクエストを出したものだから、それならばと調べて指導をしてきた訳である。牛に引かれて善光寺のパターンである。

子どもたちは、実にユニークである。
そのユニークさを追いかけ、そこに拘り続け、力をつけて行こうとする時、教師の実践は、あたり前であるがユニークにならざるを得ないのである。

自分からユニークになろうとするのは、違う。少なくとも私はそう考えている。子どもを追いかけていたらユニークになってしまったというのが正しい。

それだけ実践は豊かなのである。

なぜ「ね」と「か」に拘っているのか

学級担任論で、面談の進め方を話した。

1)まずは、保護者の話を聞く。
2)メモを取る時は、断ってから取る。
3)保護者の子どもに対する否定的な表現に安易に相づちを打たない。

などの話をするなかで、3)を詳しく話した。

『子ども(に限らず人間)は、自分が好きなことをしている時と、嫌々やっている時の顔は違う。だから、教員は授業の時の子どもの顔だけではなく、クラブ活動や休み時間の子どもたちの顔を見ておく必要がある。
(へ〜、こんな顔をするんだ)
と知っておくことは大事であり、そんな顔が自分の授業で見られない時、教員は反省すべきなのである』

『そして、家での顔と学校での顔は、違うのが子どもである。面談のとき、親は君が学校で見ている姿とは違う子どもの話をするだろう。それが普通だ。

その中で、「先生、うちの子どもは○○ができなくて、××がダメで・・・」と話すとき、安易に「そうですね」と相づちを打ってはダメなのである。そんなことをすると、「でも、先生うちの子どもはですね・・・」と自分の子どもを擁護し始める』

そんなことは、落語の厩火事を知っていればハハ〜ンと納得するのだが、学生は知らないだろう。

『だから、「そうですね」ではなく、「そうですか」と疑問の形で話を聞くのだ。そして、「でも、〜はいいじゃありませんか」と子どもを親の前で擁護してあげるのだよ。「でも〜」を親に言わせるのではなく、先生が言うのだよ』

というような話をすると、学生たちは、

「ね」と「か」の違いだけでこんなにも違うのだということに驚いた。これからきちんとした言葉を使えるようにならなければならないと思いました。

と戦くのである。

ま、それはそれで良いのかもしれないが、私が危惧するのはこの先である。

こういうことを教えると、学生たちは「ね」と「か」の違いに注意することばかりに気が向かうようになる。つまり、How to である。中には
「これで先生の技の一つを盗めました」
なんてことを言う者もいる。

私は常に言う。

『授業をしているのだ。君たちは自分か保護者かわからないが授業料を納めている。なにも盗む必要はない。しっかりと学べ。さらに言うが、技だけ手に入れようとしても無理だぞ』

と。

私が、なぜ「ね」と「か」に拘っているのかが分かっていないのである。人間は場所や環境によってその見せる姿を変える。親の前と、先生の前では別人格になったのではないかと思えるぐらい変わることもある。

だから、親が子どもの「悪口」を言ってきたとき、それは子どもの一部かもしれないですよ、ということを親に伝えるために「か」で受けとめるのである。

そして、「でも・・・」と学校での子どもの良いところを伝えるのである。

となると、子どもの学校の日常での良いところを理解していない教師は、この会話ができないことになる。「ね」と「か」で受けとめることができても、ダメなのである。

学生諸君よ、ここを理解するのだぞ。

2009/01/13

筑田さんの「「教室ディベート」に魅せられて」

家に帰る。
娘が妙にハイだ。

私の「いないいないばあ」に喜ぶどころか、自分でもやる。さらに、私がビールを飲んでいると、ビールの缶を持って私のグラスに注ごうとする。

もちろん、飲み終わった缶を渡し、プルトップで手を切らないように工夫している缶であるが、娘は私がビールを注いでいるのを見て自分でもやってみようとするのである。

私は娘の求めるままに、空いたグラスを傾ける。すると、嬉しそうに注ぐ。出てくるのは空気である。であるが美味しい空気を頂く。何杯も頂く。娘は、何回も注ぐのである。

世話焼き女房型の、娘である。
しばらくは父さんの世話を焼いてもらおう。

「授業づくりネットワーク」の2月号が自宅にも届いた。
第二特集は「体験学習にこだわる!」である。

これを読みながら思った。
この15年ぐらい、学習ゲーム、ディベート、PA、読書へのアニマシオンなどさまざまな実践が行われてきた。私もしてきた。そして、その様々な切り口から、その核心にたどり着いてきたのだと思う。

それは、子どもをウオッチャーからプレーヤーに変えることである。学びの主体者にするという言い方のほうが適しているかもしれない。

筑田さんの「「教室ディベート」に魅せられて」は、その原稿の同時代を一緒に過ごしてきただけに、あの時のあの場面がいろいろと思い出されて仕方がなかった。

私は過去のことは割と忘れてしまう方である。だけど、筑田さんは覚えている。その筑田さんの記憶にガイドされて、私もあれこれ思い出すことができる。

今日が、雪だったからかもしれない。

教室ディベート連盟関東支部ができた頃のことだ。初代の支部長であった学習院大学の佐藤喜久雄先生のことが思い出されて仕方がなかった。

先生の研究室にお邪魔すると、何も言わないのに冷蔵庫からビールが出てきて、

「いやあ、遠くからありがとう。ご苦労さん。まずは、のどを潤して」

とビールを注いでくださる。
会議が終わり大学を出て行きつけのお寿司屋さんに連れて行って頂く。

「僕の家は職場から3分で帰れるのに、なぜか3時間もかかってしまうんだよね」

と。学習院の先生たちは敷地内に官舎があるので、歩けば本当に3分で帰れるのだそうだ。だけどいつも校門をでてしまい、あちらこちらで飲んでから帰るのでこうなってしまうのだそうだ。笑いながら話されていた先生。

「池田さん。もう僕は死んでしまうんだよ。挨拶のハガキは書いたから。あとは日付を入れれば良いんだよ。あとはよろしくね」

と、これまた笑いながら話された。当然冗談だと思っていたら、先生は私たちを残して去ってしまった。

あまりのことに、私は江古田の葬祭場に通夜と告別式と二日間伺った。雪の降る日だった。先生の学習院女子校時代の教え子たちがたくさん来て先生を偲ばれていた。

式場には雪の降る中、先生の愛されたピアノの曲が流れていた。

そんなことをも思い出させる筑田さんの文章であった。

思えば20年近くディベートを指導しているんだねえ、筑田さん。

関係づくり

1/13

曇っているかと思いきや、雪だ。
湖面に降る雨や雪は確認しづらい。テラスから外を見て、晴れていると思って外に出ると雨ということもある。

だが、今朝ははっきりとわかる雪であった。
曇り空から太陽が顔を出したりもしているが、その光を乱反射させながら雪は降っていた。

全ての光がモノクロームに収斂してしまっていた。
なかなか幻想的な光景であった。

Mono

2限は、学級担任論。残すところ本日を入れてあと三回。
今日の導入は成人式の話。この受講生は多くが昨日成人式をしてきて、今日の授業に臨んでいる。遊びすぎたのか眠たい目をこすりながら授業に出ている者が多い。
いつもは授業中に寝ている学生なんぞいないのだが、今日は
『そこ、寝ているぞ。起こしてあげよ』
という指示を出す。

成人式であるからして、大人である。日本人のライフイベンツの中で、成人式だけが税金で行われている。これが意味することは何なのかを多少考えさせる。

そして、大人とは何か、である。
これを扱うきちんとした授業は、残念だがこの学年ではどうやらできそうにもない。
だが、これを考えることはとても大事。成人式を切り口にして少し考えさせた。

『私は小さい頃、子どもが良いと大人に言われてきて、大人になるのが嫌だったが、それは大人になって間違いだということがわかった。はっきり言う。子どもより大人の方が良い』
学生たちは怪訝な顔をしている。
『だってね、・・・』
と話を続けた。

本日のメインテーマは、保護者との関係づくりである。具体的には、保護者会、家庭訪問、面談をどうするかということである。
なんで、保護者との関係を作ることが大事なのか。そして、保護者会、家庭訪問、面談が必要な意義は何か、どうしたらその必要な意義を導くような運営ができるのかなどについて講じる。

モンスターペアレンツは、いるかいないかと聞かれれば、私はいると答える。
しかし、それは本来は校長に任せれば良いことである。新人の教員が引き受けることはない。
竹内常一先生も仰っていたが、日本の教員は校長の仕事を引き受けすぎるとのことである。校長の仕事は校長に任せるのが良い。

担任の先生は、多くの普通の、そして子どもたちを育てようと思っている保護者との良好な関係を作り、学級の子どもたちを育てることに全力を注げば良い。そのために教師が行うことをあれこれ講じる。

授業後、何人かの学生が声をかけてくる。そのうちの一人が、
「先生、以前に先生が紹介してくださった『葉桜の頃に君を想うということ』を読みました」
と言うではないか。
『何! 読んだか!!』
「はい!!」

もうそれだけで良い。
この本は、読んだものだけがあの感動を味わえるのである。分厚い本で、その4/5を読み終えても
(これ、本当に解決するのか?)
と疑心暗鬼に満たされつつ読む本。
そして、感動の、いや、やられた~~~~~~と言う思いを抱くエンディング。
そして、もう一度最初から必ず読み直すことになるのである。
で、読み直すと
「チクショウ、チクショウ」
と嬉しく叫ぶ本なのである。

その学生は
「とにかく読んで」
と母親に勧めたそうだ。

未読の方。
『葉桜の頃に君を想うということ』は、読書の醍醐味を知ることができますぜ。
私も、さらにもう一回読もうかなあ。それはそれで面白いんだろうな。

赤坂さんの所もそのようだが、本学も今日が修論提出日。
私が大学に異動したときに四回生であった学生が、院生となり、修論を提出したとのことであった。
そうか、もう三年が過ぎるのだなあ。
中学校だったら、一年生が三年生になって卒業なんだねえ。

午後は、事務あれこれ。書類を書きまくり、あちらこちらに持参。
研究室の整理もしなければなあと思いつつ、仕事を優先。
うーん、片付かない。

仕事中にGBMで流していた音楽で「年下の男の子」が流れてきた。うーん、参った。やっぱり蘭ちゃんは可愛い。

さらに流れたのが「We are all alone」。やっぱり絶品だ。最近はアンジェラアキが歌っているようだが、やっぱりBoz Scaggsでしょう。「ふたりぼっち」なんて、凄いラブソングだよなあ。

そんなこんなで興奮しながら2008年の研究業績をまとめる作業をしている。印刷関係で締め切りがあったものはもう既に提出したのだが、その提出の土台となるこの一年の仕事をあれこれ記録している。

iCalに残るスケジュールメモと、その時に使った(作った)資料や原稿などを書き出しながら、私はこの一年、2008年に何をしてきたのかを振り返っているのである。

大学に籍を移す時、今まで自分がしてきた仕事(業績)の一覧を提出することになる。というか、その業績がないと大学に奉職することはできない。私はこの業績の一覧を作るのに、大学院にいた一年の夏休みのまるまる一ヶ月を要した。

自分で言うのもなんだが、かなりの量の業績を持っていたのだとそのときに気がついた。だってほら、大学の教員を目指して中学校の教員をしていた訳ではないので、こまめに業績をまとめるという作業をしていなかったから、そのまとめるときに自分でびっくりしたのだ。

だから、毎年一回まとめることの大切さをわかっている。こつこつとやっている。

これもまあ自分で言うのもなんですが、よくこんなに授業以外にあれこれしているもんだと思う訳です。あ、大学の業績は大学での授業はカウントされません。私は大学でFDということに力を入れるのであれば、大学でも授業はカウントするべきであると思います。

あれば、というのは宇佐美先生のFD批判本に納得することが多いからですが、このFDがなくなることはないのでしょうから、業績にカウントすべきかなあとも思います。ただ、どうやってカウントするのかは難しいですが。

そしてこのiCalには仕事のことだけではなく、プライベートなことも記録してあって、特に娘の通院のことの記録、初めて歩いた時の記録などを見ると、あの時、心配を重ねていたことや喜びがが思い出されてしまいます。そこに「Tears In Heaven」が流れてくると、もう、ダメですねえ。

音楽は心に直接響いてくるわけで。
参ります。

私の若い友人が今月一杯で有名なコンサル会社を退社して、独立し、やがて音楽の道で、この一回しかない人生を生きて行くことを決意したというメールが昨日届きました。

彼が就職するとき、私は「夜明け前」という日本酒で東京の我が家で乾杯をしたのを思い出しました。彼は、新たな夜明け前を迎える訳です。もう一度乾杯したいねえ、Y君。

だって、音楽だぜ。よくわからない人生を、さらになんだかよくわからない学問とか芸術とかに投げ出すってのは、最高の贅沢だよなあと思う訳であります。そこに挑む無謀さと才能に私は拍手と乾杯を送るものであります。

さ、業績のまとめの取りあえずの下準備は終わりました。明日の高大連携の授業の準備も終わりました。週末にはセンター試験が待っています。体調を壊さないように丁寧に過ごして行く一週間にしましょう。

春が近いんだろうなあ

1/12

寒い。
晴れていたりもするのだが、寒い。
そして晴れているのに、突然雪が降ったりする。

でも風は南風になっている。
湖面を見ればよくわかる。
春が近いんだろうなあ。

昨日の買い物で買い損ねたものがあったので、今日の午前中は大津のパルコにいく。休日であっても午前中であれば空いているだろうと思って。

しかし、空きすぎていたなあ。AEON MALL草津に客を持って行かれたのかもしれないなあ。

そんなことを思いつつ、別のアイディアを思いついた。

「課題:もう一店AEON MALL草津に、出店するとすれば何屋を出店するのが良いのであろうか」

という課題である。今ある店は変わらずに、出店の場所もわからないが、一件出せるという設定である。こういうのは本来マーケティングなのだろうが、経営の立場で考えても面白いだろう。経営ならば学級経営の一例としても面白いんだろうなあ。

もちろん、逆に空いている大津パルコに活気を持たせるための新たな一店という課題でも面白い。

買い物を済ませて食事でもしていこうかと店のあるところに行ったら、すごい人出。成人式を終えた若者たちでごった返していた。

見るともなしに若者の出で立ちを見ると、まあ仕方がないことかとは思うが、基本的にがっかり。

その化粧とその髪型とその歩き方とその話し方は、着物に似合いませんから、と言いたくなるものがほとんどであった。

民族衣装は、その人の美しさを引き出す一方で、その人の本質的な部分も引き出してしまう可能性があると私は思っている。だから、本質の部分がしっかりしている人は、着物が似合う。そうではない人は、そうではない部分が出てしまうのである。恐ろしい。

しかし中には、いやあ奇麗だと思える出で立ち、立ち姿の若者もいた。奥さんと一致した。こういう価値観が一緒だと夫婦は居心地が良い。

遅めの昼ご飯を事故に巻き込まれながらも済ませて家に帰る。
体が冷えてしまったので、もう一度風呂に入る。
睡魔が襲ってくる。
風呂で寝るのは危険なのだが、気持ちがよい。

奥さんが心配して見に来た。
ありがたいことだ。
寝ないように風呂に音楽を流してくれた。
ありがたいことだ。

その中で本を読み続ける。
うーん、良い本だ。

夜はなんと近江牛のステーキにトマトたっぷりのイタリアンカレー。

近江牛はAEON MALLで安くなっていたのをエイヤアと気合いを入れて購入。きちんと品質保証のしてある近江牛はこちらにきて初めて買ったかもしれない。両面をそれぞれ一分ずつ焼いてレアの状態で。もちろん、塩だけで頂く。

う、うまひ。溶ける。

イタリアンカレーは、トマトの酸味とパルメザンチーズの柔らかさが絡み合って、口の中でいろいろな味を出してくれる。

(を、そう来た。そして、んーん、こうくるか)
と味わっているうちに一皿食べ尽くしてしまった。
おかわりがしたかったが、我慢。そんなに贅沢してはいけない。

その後、配達証明の郵便が届く。
なんだろうと思ってみると、瑞雲中学校時代の先輩の家庭科の先生からのお手紙。遅くなりましたけどと娘のお祝いを贈ってくださった。

とても嬉しく、急いで電話。
久しぶりに声をお聞きしたがお元気そうで何より。
昨年は日展に書道の作品が入選されたということで、御退職後もますます盛んに取り組まれていることを伺い、勉強になる。

良い先輩に恵まれて幸せである。

2009/01/12

ところが、奥さんの姿が見えなくなると

授業づくりネットワークの三月号の原稿を書き終えた。
これでインターネットの活用術のような内容の、三ヶ月連載の三ヶ月目を終えた。

今回の一連の原稿は、教育に限ったものではなく日常生活のことをエッセイ風にまとめてほしいということなので、そのような話題にした。著者近影は、今までとはちょっと違うものになっている。

良かったら見てください。

しかし、思うのだが私なんぞ、インターネットにしてもコンピュータにしても、特に優れた何かを持っている訳ではない。それなのにこのような原稿の依頼が来るというのは、ありがたいことだ。

私がコンピュータの原稿を書ける理由は、なんであろうかとちょっと考えてみた。

1)ちょっと早く始めたこと。

浪人時代に、折角浪人したのだからとタイプライターを独学で学んだ。思考のスピードで文章が打てることに憧れたのである。19歳のときには英語でこれがまあ、できるようになったのだが。

その時はワープロ等ない。ただタッチタイプができるようになっていたのは良かった。その後ワープロが出てきたときに何事も問題なく始めることができたからである。

ちょっと早く始めるたことが良かったのだろう。

2)わがままであること。

こちらの方が意味があるかもしれない。コンピュータを始めたときよく聞かれたのが
「これで何ができるのですか?」
という質問である。私はこの意味がよくわからなかった。
【私は、○○がしたいのでコンピュータを使っている】のであって、何かをしたいからコンピュータを使っている訳ではないのだ。

コンピュータの使いっ走りになるのか、コンピュータを使うのか(本当は使いこなしたいが)の違いは大きいと思う。

本当は午前中から出かけるつもりであったが、昼ご飯を作って食べてのんびりしていたら、対岸で一斉放水が行われていた。

Photo

そう言えば先ほど空砲が打ち上げられていた。今日は琵琶湖の出初め式なのだろう。

中日新聞から引用開始 ーーーーーーーーーー

琵琶湖へ一斉放水 大津で出初め式、盛大に

2009年1月12日

 大津市消防出初め式が十一日、同市島の関の琵琶湖岸一帯であり、消防団員ら約千四百人が参加、千人以上の市民が見物に詰め掛けた。

 市民会館での式典では、自主防災会や消防団員の長年の活動がたたえられ、十二団体、四百二十一人に表彰状や感謝状が贈られた。

 続いて湖岸や湖上で放水訓練があり、消防車四十三台、消防艇一艇、防災ヘリ一機が登場。琵琶湖に向かって一斉に放水した。

 泉恒彦消防団長が「多様化する災害に立ち向かうため、防災機関が英知を結集し、三十三万大津市民の安全確保に全力を傾注する」と力強く宣言し、訓練を締めくくった。 (妹尾聡太)

引用終了 ーーーーーーーーーー

休日をゆっくりしていて良かった。

午後からAEON MALL草津に出かける。最近できたこの商業施設にまだ一度も行っていなかったので、行くことに。

私は人ごみは嫌いなのでこういうところに行く時は、平日としているのだが、まあ、そんなことを言っているとなかなか行けないので行くことに。そしたらやっぱり、すごい人だった。

できたてなので建物は奇麗だった。食べ物を食べるスペースからは琵琶湖を臨み、その向こう側には比叡山や比良山が見える。もちろん我が家も見える。なかなかの景色である。

Hirahiei

三階までが商業施設で、その上が駐車場という作り。とにかく広い。なんとなく空港の出発ロビーにあるお店のような感じもある。なぜか知らないが、ワイシャツとネクタイを扱う店が多いような気がする。

ヴィレッジヴァンガードも入っていた。その前を通り過ぎようとしたら、娘が踊りだした。

http://jp.youtube.com/watch?v=o9ZRtGb3bs0

の音楽が流れていたのだ。娘はこの音楽が特にお気に入り。我が家でもこの曲を流すと踊りだす。

あまりも面白いので、カートから降ろしてみた。そしたら、そのまま体を動かして踊り続けている。人見知りの真っ最中なのに、人ごみの中で踊っている。一歳四ヶ月にしてストリートダンサーとしてデビューである。

知恵が付いてきたのか付いていないのか。
実に面白い。

必要なものを買い込んで家に帰る。

娘の食事を最初に用意し、私たちも食事。娘はちょっと食事が足りない顔をしていたのでリンゴを奥さんが剥いてあげた。これが面白かった。

薄く切ったリンゴをソバ猪口に入れてテーブルの上に置いておいた。娘はそこに手を伸ばし、リンゴを手づかみで食べていた。二三枚手にすると安心してそれを食べ、その辺りをうろうろする。そして、またソバ猪口に手を伸ばしリンゴを取るということをしていた。

ところが、奥さんの姿が見えなくなると、そのソバ猪口をテーブルから床に下ろし、食べるようになった。

(へーっ)
と見ていたのであるが、奥さんの姿が見えたら、さっとそのソバ猪口をテーブルの上に起き直し、何事もなかったようにそこからリンゴを取って食べるのである。これを二回ほど繰り返した。

私は爆笑であった。
良い休日であった。

2009/01/11

鏡が曇らない方法を開発

男に生まれるか女に生まれるかは、誰が決めるものではない。だが、男に生まれて良かったなあと思うことは、ある。それは、毎朝化粧をしなくて済むことである。

もちろん、毎朝化粧をしている男性もいるだろうが、女性ほど多くはないし、しなければならないというプレッシャーもない。

『大変だろうなあ。ああ、男で良かった』
と言うと、
「でも、化粧ができて嬉しい、楽しいという女性もいるのよ」
と奥さん。
なるほど。毎日楽しい思いをしている女性もいるのか。

でも、やっぱり私には面倒くさそうだ。

そんな男でも、面倒くさいのがひげ剃りである。私はひげを伸ばしたこともあるし、剃っていることもある。どっちが楽かといえば、実はどっちも楽ではない。

伸ばせば伸ばしたできちんと整えないとみっともなくなる。その一方で毎日剃るのも当然面倒くさい。

おまけに私の肌は電気剃刀でジョリジョリするとヒリヒリするので、十分に湿らせてシェイバーでやらないとダメなので面倒なのである。

多くの場合、風呂でやる。
風呂だと鏡が曇る。
ではあるが、ここにきて鏡が曇らない方法を開発している。

このずぼらな私ができるのであるからして、みなさんも簡単である。

そもそもなんで鏡が曇るかと言うと、鏡の表面に水蒸気がくっつくからである。くっつかないようにすれば良いのである。

その方法として、熱を加えるというものがある。ホテルの洗面室の鏡などは、鏡の裏側にヒーターが入っていて、鏡を暖めて曇らないようにしている。この方法は、良いと言えば良い。私の家の洗面室もそのようになっているのだが、常に暖めておかないとダメという感じがしている。勿体ない。

次に、くっつかないようにするにはどうしたらいいのだろうか。水を弾くようにする方法は何かを考えてみる。つまり、撥水である。撥水の効果を活用しているのは、車のフロントガラスのコーティングである。撥水性のガラスワックスを塗り込むと、雨は弾かれてしまいワイパーは要らなくなる。このような風呂用品はあるのか。あるのかもしれないがわざわざ買うのは勿体ない。

最後の方法である。私がやっている方法である。
撥水の他に考える道はないか? そうである親水である。水を弾くのではなく、水をなじませるのである。

1)石けんやシャンプー等で洗ったときに、ついでに鏡もちょっと磨く。
2)ひげ剃りジェルを顔に塗り、手に余ったジェルを1)の後の鏡に塗って伸ばす。
3)お湯をかけて鏡面を滑らかにする。

これだけである。1)をしなくても大丈夫であるが、鏡が汚れていると効果は少ない。

ひげ剃りジェルは、あたり前であるが親水性に富んでいるので、鏡にコーティングしておくと鏡にくっつこうと思ってきた水蒸気は、ジェルの上に乗って滑り落ちてしまい、曇らないのである。

実に便利である。
土作先生、ミニネタになりますかf(^^;。

『犬を飼う』(谷口ジロー 小学館文庫)

『犬を飼う』(谷口ジロー 小学館文庫)を読む。

子どもの頃は、母親が犬猫がダメなので飼うことができなかった私。成人して自分で家を構えたら是非飼いたいと思っていた。

結婚すると今度は奥さんが、犬猫がダメだと言う。母親に似た奥さんと結婚した私であったのかと思う。そんなことで、未だにきちんと犬猫と一緒に生活したことはない。

きちんと、というのは我が家には大きな犬のぬいぐるみのエディがいるのと、独身時代に二匹の子猫を飼っていたのだが、すぐに逃げられたと言う経歴があるからである。

『犬を飼う』は、子どものいない若い夫婦が一匹の子犬を育て、その子犬の成長とともに夫婦の成長を経て、その犬の死を看取るという、ありふれたストーリーである。

しかし、このありふれたストーリーの、淡々とした展開に生活や人生が描き出されているのである。谷口ジローさんの秀逸な筆致で描かれているのである。

まだ私が若かった頃、結婚したばかりの頃に読んだこのマンガ。
(ふーん)
と思いつつも、何か残るなあと思いながら読んだこのマンガである。
が、いまはいろいろな意味でよくわかる。

やっぱり犬猫を飼いたいなあと思う。
いまは、
「お父さん、飼って良いでしょ?」
と娘に言われて
『うーん、仕方がないなあ。な、お母さん』
と娘のせいにして飼える日を楽しみに待ちたい。

« 2009年1月4日 - 2009年1月10日 | トップページ | 2009年1月18日 - 2009年1月24日 »