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2009/10/16

新しいパートナーが到着した

10/16-2

新しいパートナーが到着した。
MINI Cooper-Sと別れ、悲しい生活をしていた私であった。
新しいパートナーは、昨日到着した。
本日、試乗である。

子どもが授かったら、あちこち遊びに行こうと、ツーリングワゴンを買ったのが十年以上も前。京都に移ることになり、小さい車にした方がいいということで、MINIに乗り換える。そこで娘を授かる。うーむ。

私は娘が小学生になるぐらいまでは乗り続けたいなあと思っていたのだが、諸般の事情でさよならすることになった。

さて、何にしようかとさんざん考えた結果、やっぱり「バビューン」であった。

BMW325iツーリングMスポーツである。

325itms

MINIもBMWなのであるが、一度BMWに乗ってしまうと乗り継いでしまうと言う話があるが、まさにそうであった。

まだそろそろ走っている段階なので、なんとも言えないが、走り出しの安定感がそのまま高速度域まで続くのは、何とも言えない安定感である。

オートマとマニュアルがついているので、マニュアルの二速でバイパスの入り口のところで引っ張ってみると、MINIとはまた違う飛んで行く感覚である。

(ああ、これがシルキー6ね)
(ああ、これが駆け抜ける喜びね)

とまるで、ミーハー。
しかし、気持ち良い。

奥さんは、ドアが4枚いや5枚あるので喜ぶ。
娘も、「おっきいね」と言って喜ぶ。
良かった良かった。

夜には、いつもリビングから見ている琵琶湖の対岸に行って、夜景を楽しんだりした。我が家もなかなか美しいではないか。

Yakei

325iツーリングとは、長い付き合いでいたいなあと思う。

むかし、あるところに、おじーさんが

10/16

「むかし、むかし、あるところに、おじーさんと、おばーさんが、ざsxdcfvgbhjんkm、l。;。おしまい」

と話すようになったと、昨日書いた。娘は日々成長している。

「むかし、あるところに、おじーさんがいませんでした。おしまい」

うーむ。シュールである。しかし、おしまいと言われればおしまいである。

そして、さらに。

「むかし、あるところに、おじーさんがいました。おしまい」

である。さらに、シュールである。まるで、「ゴドーを待ちながら」のようである。

私がこうしてブログを書いていると、膝の上によじ上ってくる娘であった(^^)。

2009/10/15

その平田さんが、明日の教室にいらっしゃる

http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009101501000740.htmlから引用開始 ーーーーーーーーーー

内閣参与に平田オリザ氏 文化政策で首相に助言

 Pn2009101501000919ci0003_2 平野博文官房長官は15日午後の記者会見で、劇作家で大阪大学大学院教授の平田オリザ氏(46)を同日付で内閣官房参与に任命したと発表した。鳩山内閣では初の内閣官房参与任命。文化政策をめぐる政府の情報発信について鳩山由紀夫首相らへ助言する。

 平田氏は首相と以前から親交があり、文化、教育の分野で広く活躍してきたことから選ばれた。

 平田氏は国際基督教大在学中に劇団「青年団」を主宰。作品に「東京ノート」「月の岬」。07年に文化庁の文化審議会委員を務めた。

引用終了 ーーーーーーーーーー

うーん、予想していたとは言え、予想通りになったか。
平田さんとは、私が杉並の中学校に勤めていたときに最初にお会いした。そして、その後三回ほど一緒にあれこれしている。お酒を飲みながら日本の教育の今後のことも語り合ったこともある。

そのときに、こんな日が来るのではないかなあと思いながら話していた。彼からもあれこれを聞いていたので。

これで日本の教育が面白い方向に動くのではないかと思う。楽しみだなあ。

その平田さんが、明日の教室にいらっしゃる。実は二回目。ああ、なんて贅沢な明日の教室なんだろう。

詳しくは、こちらです。

いやあ、すごい。

むかし、むかし、あるところに

10/15

三時間連続の授業であるのが、木曜日の大変なところ。
だが、学生たちの学ぼうとする姿勢がこのところ深まってきているので、これにきちんと応じなければと思ってもいる。二回生の授業を持っているが、良い感じで積極的になってきている。成長しろよ。

授業の合間に、去年の国教法の学生が研究室に。何だろうかと思ったら、某私立高校の書道の常勤講師に採用が決まったことの報告であった。いやあ、嬉しい。おめでとうだ。

また、放課後帰宅の準備をしていたら、一昨年度の卒業生が、近況報告と今後の進路についての報告に来てくれた。いまはかなりしんどい中学校でTTの補助をしているのだが、そこで目覚めたようでじっくりと教職免許を取るとのことであった。

どちらも目出たい話である。こんな話題が出るのも、人事の秋だからであろう。

 

家に帰って、今日の娘の報告を聞く。

「あのね、今日○○は、本を持ってきて読み出したのよ」
『え、何?』
「むかし、むかし、あるところに、おじーさんと、おばーさんが、って」
『本当?』
「びっくりしたけど、本当なのよ」

寝る前に奥さんが読み聞かせをしているであるが、それを突然いだしたというのである。すごいなあ、と思っていたら、私を引っ張って娘は蒲団のところに行く。

『はいはい、今日はお父さんと一緒に寝てくれるの?』
と聞いていたら、

「むかし、むかし、あるところに、おじーさんと、おばーさんが、ざsxdcfvgbhjんkm、l。;。おしまい」

と言うではないか。本当だ。びっくり。

毎日の成長にびっくりだが、これを楽しみに仕事をしている。

久しぶりに6時前に起きる

10/15

久しぶりに6時前に起きる。

昨日インストールしたSnowLeopardは快適に動く。さらに、Air Mac Expressも新しくしたのでN規格に対応している私のマシーンはスピードがアップしている。ああ、気持ち良い。

そこで、ベランダに出て熱い紅茶を飲むことにした。なんで、そこでなのか。論理の飛躍があるが、まあ日常生活なんてそんなもんだ。

膝の上にマックを乗せて、メールのチェックをしながら朝日が昇ってくるのを楽しむ。一人の贅沢な時間だ。Asahi

「ぱぱ?」

一人の贅沢な時間だ。

『ん? ぱぱ?』

振り返ると娘が起きている。
え、まだ6時を過ぎたばかりだぞ。

最近の娘は早起きだが、今日はかなり早起きだ。
折角なので、一緒に朝日を楽しむ。

ちなみに、朝風呂も一緒に楽しむ。

今朝のお米は、今年の新米。私がとても気に入っている新潟魚沼産のコシヒカリである。知り合いの農家が自信を持って作っているお米。

炊きあがりを頂く。
いやあ、美味しい。
ほとんどお米だけで朝から二杯も食べてしまった。

こんなすごいお米を作ってくださって、感謝である。
日本人に生まれて良かったと思う瞬間である。

さらに、今朝はゴミ出しの日。
台車に載せてゴミ捨て場に向かう。娘も一緒。

なんというか、こういう物を押すのが好きな時期になっている娘は、部屋の中でもステップや自分の小さな椅子を押して喜んでいる。

で、台車も押す。
「ま〜、お手伝いしているの?」
とマンションの住民のみなさんから、たくさん声をかけてもらう。
『いえ、遊んでいるだけです』
と私は答えるがf(^^;。

帰りは台車の上に乗せて帰ってきたのだが、途中でやっぱり
「自分!」
と言って台車を押す。
やっぱり遊んでいる。

なかなか贅沢な朝だ。

盛者必衰の理をあらわす、か

http://www.asahi.com/culture/update/1010/TKY200910100107.htmlから引用開始 ーーーーーーーーーー

「テレビがないと困る」半数 16~24歳調査
2009年10月13日10時37分

 NHKと民放でつくる放送倫理・番組向上機構(BPO)の青少年委員会は、16~24歳の若者とテレビに関する調査の結果を9日に発表した。アンケートに「テレビがないと困る」と答えた人は49.5%にとどまった。「大切だと思うメディア」では、テレビは携帯電話、パソコンに次いで3位だった。

 東京都内で無作為に選んだ男女311人を調べた。子どものころからパソコンやインターネットがあり、「デジタルネーティブ」と呼ばれている世代だ。

 テレビを見るのと同時に「携帯電話でメールやサイトを閲覧する」と答えた人は、「よくする」「時々する」を合わせて64.9%。「ながら視聴」の多さも目立つ結果となった。(松田史朗)

引用終了 ーーーーーーーーーー

嘗て知り合いのテレビ関係者が、
「テレビは明るい斜陽産業です」
と言っていたことが現実となってきているのだろうなあと思う。
私が子どもの頃は、ゴールデンタイムは視聴率は30%なんて番組は結構あった。いまは、12%取ればオッケーだそうだ。

ブラウン管が、液晶に代わり、テレビがモニターと呼ばれる時代。
テレビ画面は、番組を見るのではなく、何かを映すものに変わってしまっている。

かくいう我が家も、テレビはニュースと、お母さんと一緒の類いばかり。しかもまた、NHK教育テレビが面白いと来ている。

盛者必衰の理をあらわす、か。

2009/10/14

「餃子おいしいね!」

10/14

いろいろとあった一日だった。人生初体験のこともあった。

一日の最後は、学科の会議。
3時間ほどあれこれ重要なことを話し続ける。
21時近くになっていた。

大学の駐車場で、餃子の王将に電話をしてから帰る。
そうすると焼きたてを手に入れることが出来るのだ。

家に帰ったら娘が、
「お帰りなさい!」
と迎えにきてくれた。
そしてテイクアウトの餃子を持ってリビングに向かう。
「あたたかいねえ」
と言いながらそれを触る。
『お父さんのテーブルのところに置いてくれる?』
というと、娘はちゃんと私のテーブルのところに餃子を置いてくれる。

すると、
「餃子おいしいね!」
と言う。

え? 一言もこれが餃子だとは言っていないのに、餃子と分かったの?
さすが餃子好きの私、の娘である。

そこまで言われたら、食べさせるしか無いでしょう。
眠たいと言っていた娘は、食べていいことが分かると俄然張り切るf(^^;。
美味しく食べている。
可愛いものだ。

これだけで、一日の疲れが消えて行く。
ありがたいことだ。

ありゃ、なんか書いた通りになりそうだ。 教員免許更新制度のその後

ありゃ、なんか書いた通りになりそうだ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

教員免許更新制を廃止へ=来年度に新制度検討−文科省
10月14日13時16分配信 時事通信

 文部科学省は14日、4月にスタートした教員免許更新制を廃止する方針を決めた。免許更新制の代わりに、10年程度の指導経験を持つ教員が専門的な講習 を受講し、「専門免許状」を取得する新制度を導入する方針。2010年度予算概算要求に新制度の検討経費を計上し、早期の実施を目指す。 

引用終了 ーーーーーーーーーー

更新講習ではなくて、専門免許か。大学院ではなくて、専門免許の取得を目標とさせるわけね。

表と裏と、どういうことが含まれているのか、考えてみるとしますか。

免許更新制度が廃止されると

http://www.asahi.com/politics/update/1014/TKY200910130370.htmlから、引用開始 ーーーーーーーーーー

教員免許の更新制、10年度限り 文科省方針
2009年10月14日5時31分

 教員を続けるために10年に1度大学などで講習を受け修了することを義務づけている教員免許更新制をめぐり、文部科学省の政務三役は13日、10年度限 りで廃止する方針を固めた。制度は今春始まったばかりだが、現場にはかねて「教員としての技量向上に効果があるかどうかは不透明」「ただでさえ忙しい教員 がさらに疲弊する」という批判がある。文科省が同日開いた有識者との会合でも批判的な意見が強く、制度を続ける必要性がないという判断を固めた。

 文科省は、現在の制度下で講習を受講しなくても免許が失効することがないよう、11年1月の通常国会で関係法令を調整する考えだ。

 教員免許更新制は、安倍晋三政権の目玉として設けられた教育再生会議などが提案。幼稚園から高校までの教員が対象で、制度化に当たって文科省は「最新の知識技能を身につけてもらうことが目的」と説明してきた。

 ただし、現場には不満も多く、民主党は今年7月、無駄な事業を洗い出す「事業仕分け」の中で、廃止すべきだとの結論に至った。

引用終了 ーーーーーーーーーー

ということである。政権が変わるとこういうことがあるのね、ということを学ぶ国民である。

確かに伝え聞くところによれば、仮に更新講習制度は良いものだとしても、更新講習の内容が実態に合っていないという声を聞く。幸いにして私が行ったものは、それなりの評価を得ているがf(^^;。

だが、この免許更新制度が廃止されたとしても、二つのことを考えなければならない。

一つは、10年に一度の免許更新制度は無くなっても、10年次研修等はあるということだ。いまも10年次研修があって、その上に免許更新講習があったという大変なことになっていたわけである。だから元に戻ると言えば言えるのである。

もう一つ。教員免許を手に入れるための教職課程が6年制度にするという話も、現政権は考えているのを忘れてはならない。

さて、この6年制だがどのようなスタイルになるのであろうか。

1)学部が終わったらそのまま大学院に2年間行く。

というのがまず考えられる。この場合、専門知識と教育の知識を6年間かけて身につけるというものと、学部のときには教育以外の専門知識を身につけ、大学院で教育の専門知識を身につけるというやり方がある。

どちらのパターンであっても、教育実習が一年間になるのではないかと噂されている。

2)学部が終わったら、一度現場に出てその後大学院に2年間戻る。

というスタイルを、私は理想と考えている。つまり、学部卒でまずは一種免許を出す。そして、現場に出て3年後から10年以内に専修免許を取得するのである。

その場合、専修免許も「管理職」「授業職」「生活指導職」「事務職」「担任職」「特別活動職」「研究職」などのそれぞれに特化した領域の専門を持つようにする。管理職を目指す教員は、この「管理職免許」を取得するようにするのである。

本学の看護学部の先生に聞いたのだが、看護学を教える先生方は、必ず3年間以上の現場経験が無ければならないとのことである。教育学も3年ぐらいは現場経験があっていいはずである。

また、ストレートで大学院に行くのも良いが、現場にでて問題点や課題、または自分の力の無さを持って大学院に戻ってくることは意味があるのではないかと考えている。だから、2)がいいと考えている。

で、問題はいま4年間で免許を取得して現場に立っている先生たちである。ここに6年制度は波及するのかしないのか。一般的な法解釈では、新しく法律が成立した場合、それ以前の法律で動いている部分には影響しないものである。

だが、私が現場にいて専修免許を持っていなかったとしたら、
(えー、俺も大学院に行かせてくれよ)
と思うだろうなあ。
だから、さらに理想を言えば、現状で一種免許を持っている先生も希望があれば、大学院にきちんと行けるようにするということか。

ただ、授業料は自腹であろう。これはそうだろうなあ。

となると、一種免許と専修免許の先生で給与体系も変わるようになるのかなあ。高度な専門教育が出来る(と想定されている)先生とそうでない先生で給料が同じって言うことになるが、それでいいのかわるいのか。同僚性の観点から言えば同じ方が良いし、専門性から言えば違う方が良い。

医者の場合、新人でもベテランでも保険の点数は同じ。ただ、歯医者の場合、インプラント等の専門治療は保険外治療でそこで稼げるようになっている。ちなみに、歯学部の教育ではインプラントのやり方は習わないそうだ。保険外治療なので。だから、インプラントが出来る歯医者は自腹で高額の研修を受けて、できるようになるのである。

ま、医療と教育が同じ視点で論じられるものでもないのだが。

うーむ、どこに落としどころを見つけるかな。

【日本は、教職課程を6年間にするべきである。是か非か】
ディベートの論題としてもいいかもしれない(^^)。

2009/10/13

年を取るって面白い

「努力は報われないとダメと思う」

若者は言う。
ああ、確かに若い頃は私もそうだった。
私も年配の人に

「努力することが大事で、結果は別」

と言われた。
そんなことを聞いても、

(それは理想論だ。結果が全てじゃないの?)

と若い頃は思っていた。

しかし、年を取るって面白い。
本当にそう思うのだ。
「努力することが大事で、結果は別」と思うのだ。

だが、この「努力することが大事で、結果は別」と言うのには注釈が必要である。ここが若い頃は分からなかったし、教えてもらうことも無かった。

考えるに、努力することが一つの結果になっているのである。そして、その結果が次の努力のスタートラインになっていたり、別の努力の結果になっていたりするのである。

もう少し一般化して言うと、Aということに対して行う努力Aがある。そして、結果AAがある。若い頃は、結果AAが出なければ意味が無いと思っていた。

ところが、結果AAが出なくても、努力Aが、Bということに対して結果BBであることがあるということが分かるのである。

だから、「努力することが大事で、結果は別」なのである。努力と結果が一対一対応になっていないのである。一対多対応、または多対一対応になっているということに、年を重ねて気がつくのである。

結果が全てなのかもしれないが、努力が大事なことはぶれることは無い。報われることもあってほしいが、どこで報われるかはよく分からないのである。

あははは、面白い。
年を取るって面白い。

学問の秋でもある

10/13

盥から盥へうつるちんぷんかん

これが一茶の句であるというのは、学生時代に知っていた。吹野先生の漢文の授業で教わった。辞世の句とも言われている。すごい句だなあと思っていたが、もっとすごい句を知った。いやあ、知らなかった。

世の中は地獄の上の花見かな

である。
一茶の人生は波瀾万丈で、なかなかすごいのは知っていたが、こんな句を残していたとは。

今日の発見である。

で、研究室で仕事をしていたら、学生がやってきた。教育実習を終えたゼミ生である。良い顔をしていた。

『で、久しぶりに大学に来てどうだ?』
「なんか変な気分です」
『どう、変なのかな?』
「なんで、今自分は大学にいるのかな。小学校じゃないのかなという感じです」

良い実習だったのだろうなあと思う。ご指導いただいた先生方に感謝である。自分の居場所を作らせてもらったわけだ。学生もそれなりに頑張ってきたというのは分かる。だが、その環境を用意してくださったのは、現場の先生方である。よーく分かる。ありがたいことだ。

そして、今日から実習が始まった学生もいる。
頑張れよ(^^)。

電話があった。この電話は予約されていた電話。新しい仕事の依頼である。なんか面白そうなので、引き受けようかなあ。来週打ち合わせだ。

ディベートの授業では、マイクロディベートの一回目が終わったところ。スピーチの基礎技術をあれこれ説明し、
『ま、理解できても、実際にできないと思います。10試合過ぎた頃に、できるようになっていると良いね』
と話す。

ディベートは、分かると出来るの差が激しいレッスンです。

その後、さらに国語科教育法2の学生たちが、模擬授業の指導案(案)を持って指導を受けにくる。

一回目の指導なので、あれこれバッサリと切る。教材をメタで見るということはどういうことなのかを具体例とともに、解説する。理念だけで指導案を作ってもダメだし、誰かのものを許可なしで勝手に使ってもダメだし、あなたが本当に教えたいと言うものが無くてもダメだとあれこれバッサリと切る。

夕方鳴き始めた秋の虫の音が、指導を終える頃には、違う種類の虫の鳴き声に変わっていた。もう10月も半ばである。学問の秋でもある。

「冷凍保存」はどうなるのだろうか

10/12

Gdn ガーデンの後、買い物をした。
ヨドバシカメラまで出かけて行って、バックアップ用のHDやらなんやらをどーんと購入。

これで仕事の効率と安定性が増すであろう。良かった良かった。



野中先生の「味噌汁、ご飯」授業の続編
を読みながら、さらに考える。
ヨドバシカメラの家電製品コーナをぶらつきながら、ふと思う。

「冷凍保存」はどうなるのだろうかと。

私は作文は料理に似ているのアナロジーの中で、テーマに沿った材料を「冷凍保存」することを提唱している。とくに小論文系の作文の場合、テーマに沿って基礎的な事項を理解しておくことが大事だと考えている。

例えば、「少子化」がテーマであれば、これについて予め200字程度でまとめておくのである。一度文章でまとめておくことで、頭の中に冷凍保存できるのである。

吉田たかよしさんの本のどこかにも書いてあったと思う。
(を、同じことを考えている)
と思ったものだ。

また、糸井重里さんは、思いついたアイディアをマックのデータベースソフトにちょこちょこっと入力して、保存しておくそうだ。その保存場所のネーミングは「冷凍庫」。

エッセイ等の依頼があったとき、その冷凍庫からいくつかのアイディアを取り出して「チン(解凍)」して、文章にするそうだ。

これまた、私も同じようなことをしている。私は授業のアイディアを主に貯めている。ときどきのこのDBを眺めて、あれこれ自分を刺激し、活用している。さすがに冷凍庫と名付けはしていないが、カード型データベースにあれこれメモしている。

アイデアは、時間や文脈でその意味や価値が変わってくるので、一見つまらないアイディアもDBに貯めておくと良い。後から有効になることがある。だからメモである。

授業のネタや指導方法の思いつきを、ちょっと文章化しておく。そして、指導における適切なタイミング、文脈、さらには自分の指導の力量の向上を待って、そのアイディアを活用する。これが、「味噌汁、ご飯」授業における「冷凍保存」のあり方ではないだろうか。

ほら、朝ご飯のみそ汁だって、冷凍庫にある冷凍の具材を入れたりするでしょ。残ったご飯を冷凍保存しておいて、チンして使うこともあるじゃないですかf(^^;。

小分けにして取り出しやすいようにして、冷凍保存しておくことも日常的で、飽きることの無く、栄養価が安定している「味噌汁、ご飯」授業には大事ではないかと思うのでありました。

2009/10/12

そこで娘にお約束の質問をする

10/11-2

午前中、娘とガーデンにシャボン玉をしに行く。このところ散歩の必需品である。

シャボン玉を始めると、音楽が聞こえてくる。目をやるとどうやらガーデンで結婚式があるもよう。いつもならガーデンの中のチャペルでやるのだが、今日は天気がいいからなのか外でやっている。琵琶湖に面した広場でやっている。

Imgp7773

そこで娘にお約束の質問をする。

『○○は、お父さんと結婚する?』
「しない」
速攻で答えられて凹む私。
『じゃあ、お母さんと結婚する?』
「しない」
ん?
『じゃあ、○○ちゃんは? ○○ちゃんは?』
「しない」
娘の知っている人間をあれこれ出して、結婚するかどうかを聞いた。ところがしないである。

あ、

『じゃあ、結婚するの?』
「しない」

なんだ。良かった(^^)。

先日娘は台風がくれたプレゼント、まだ緑のドングリをたくさん拾ってきた。今日は、シャボン玉を楽しんだ後、ピラカンサスの赤い実をたくさん拾って喜ぶ。一つ一つ取り外して、お気に入りのコップに仕舞う。

ガーデンは秋の薔薇が咲き始め、手入れをされた芝生はまた緑を戻してきた。ごろんと芝生の上に寝転がる。青い空が広がる。秋の雲が幾層にも重なっているのがなかなか良い。

ああ、娘は相変わらずピラカンサスで楽しんでいる。
うーん、こんなにリラックスしている場合ではないんだけどなあf(^^;。

午後からは大学で仕事。
終わらないんだなあ、いろいろと。
大学はオープンキャンパスで賑わっている。
その中で研究室で、音楽を流しながら仕事。

古内東子がいいねえ。
彼女はラブソング以外は作らない、歌わないと言っていた。
そんな彼女の歌を聴いていたら、一瞬、渋谷と下北沢の街が目に浮かんできた。なんでだろう。特に恋愛とは関係ないのになあ。

人生は後ろ向きのジェとコースターに乗っているようなものだという言い方がある。ああ、と思うことがある。後ろ向きに進んで行くとき、遥か彼方に乗り越えてきたジェットコースターの山が見えたりするんだな。それだ。

なんだか分からないが、過去の一瞬がさっと目の前に現れることがある。だが、一瞬だ。一瞬でまた元に戻る。

ふと、研究室の外を見ると奇麗な夕焼け。
休日出勤のご褒美のようだな。

Yuukei1

Yuukei2

思ったよりも仕事が進んだので、予定を変更してもう少し進める。これで当該のお仕事の半分ぐらいまで進んだかな。

残りも粛々と進めよう。

帰宅後すぐに。お風呂。お風呂後、娘がパジャマに着替えるのを手伝おうとしたら、自分でやりたがっている。ボタンを触ってたが、とうとう自分でボタンをはめることができた。なかなか器用だ。

夕ご飯の配膳が終わり、食事。パプリカの野菜炒め。驚いた。大人用の箸をこれまた器用に使って、取り皿にとっているではないか。そんなに簡単に使えるようになるのか?

私もこのぐらい順調に成長したいなあf(^^;。

2009/10/11

30分で行ける世界遺産

10/11

新聞記事で見つけて、急遽出かけることに。宇治平等院がライトアップされているというのである。それも昨日と今日の二日間だけ。

ちょうど夕方のラッシュの時間だったので、行きは多少時間が掛かったが、思ったよりも早く到着。

宇治の平等院は、何年ぶりかなあ。最初の中学校の修学旅行で来た時以来のような気がする。このときのことは、しっかり記憶に残っている。

修学旅行の初日に高熱を出して欠席を出した生徒がいた。初日の夜に電話をすると熱が下がって大丈夫になったと言う。そこで、二日目に宇治平等院まで親御さんに連れてきてもらって合流すると言うことにした。このことを初日の夜の打ち合わせで確認した。

もちろん、他の生徒には秘密。サプライズで行うことにした。ところがである。このサプライズを平気で他の生徒に話していたのが当時の養護教諭の先生。
『止めてください!』
と言ったのだが、既に遅し。もう一部に広まっていた。
「あらだって、秘密にしておいてくださいって言わなかったでしょ」
と宣われた。

(この人と私の文脈は違うんだなあ)
と改めて思ったのを覚えている。

平等院を見ながら、奥さんが思い出したように話した。

「初めて平等院に来たときにね、こんなことがあったのよ」

「中を歩いているときに、ハエが飛んできて、案内をしてくれていたお寺のおばさんが、つぶしたの。そしたら、そこにいた子どもが『仏教では殺生はしてはいけないんじゃないの?』って言って、周りの大人が必死に笑いを堪えていたのよ」

人にはいろいろな思い出があるものである。

その平等院の一コマ(クリックでかなり大きくなります)

Ubi

ライトアップの後に、平等院の中にあるミュージアムを見学。これもなかなか立派であった。

帰りはお腹がすいたので、京滋バイパスを使う。宇治東から石山まで。その後は下道で家に。30分ぐらいで着いてしまった。近いなあ。

30分で行ける世界遺産。
いやあ、良い時間であった。

マラウイの少年、独学で風力発電に成功 7年かけ (CNN) 

すごいねえ。

http://www.cnn.co.jp/business/CNN200910100001.htmlから引用開始 ーーーーーーーーーー

マラウイの少年、独学で風力発電に成功 7年かけ
(CNN) 

干ばつに苦しむ東アフリカ・マラウイの貧しい村では、何もかもが不足していた。赤土の大地はひび割れ、作物の枯れた畑をただ風だけが吹き抜け る。この風を使って、村に電気を起こせれば——。そう思い立った少年が、たった1人で作業に取り掛かった。それから7年、村では少年の作った風車5台が回 り、電動ポンプが水を送り出している。

ウィリアム・カムクワンバ君は、首都リロングウェ北郊の村で育った。02年の干ばつで、農業を営んでいた父親は収入を失い、当時14歳だったウィリ アム君の学費さえ払えなくなった。退学したウィリアム君は図書館で時間を過ごすようになり、そこで風力発電について書かれた本と出会う。「本に写真が載っ ているのだから、だれかがこの機械を作ったということ。それならぼくにも出来るはずだと思った」と、ウィリアム君は振り返る。

材料は、ごみ捨て場から拾ってきた自転車の部品やプラスチックのパイプ、プロペラ、車のバッテリー。タービンを支えるポールには、森で採ったユーカリの木を使った。「風車を作るんだと話すと、だれもがぼくを笑った。あいつは頭がおかしいといううわさが、村中に広がった」

もの珍しげに取り囲む群衆と、溶かした金属から立ち上る熱気で汗だくになりながら、ウィリアム君は黙々と作業を続け、3カ月後には最初の風車を完成 させる。タービンが回り、取り付けた電球に明かりがついた時には「これでもう頭がおかしいなんて言われないと思い、ほっとした」という。

7年間で作った風車5台のうち、最も大きいものは高さ11メートル余り。地域の学校でも風車作りを教え、その校庭に1台を設置した。村人たちは「携帯電話を充電したい」「ラジオを聴きたい」と、ウィリアム君の自宅をたびたび訪れる。

ウィリアム君の挑戦には、アル・ゴア元米大統領をはじめ、世界各地の環境活動団体や企業から称賛の声が集まっている。AP通信の元アフリカ特派員ブ ライアン・ミーラー氏は、ウィリアム君と数カ月間生活をともにしながら取材を続け、先週その成果をまとめた著書「The Boy Who  Harnessed the Wind」を出版した。同氏は「紛争の取材ばかりが続くなか、かれとの出会いは新鮮だった」と振り返り、「アフリカには、政 府や支援団体に頼らずに自分の力でチャンスをつかみ、問題解決の道を切り開く新たな世代が育っている。ウィリアム君はその1人だ」と話している。

引用終了 ーーーーーーーーーー

世界にはまだ希望があるなあ。

http://www.youtube.com/watch?v=arD374MFk4w&feature=player_embedded

ここに彼へのインタビューがあります。

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