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2009/10/29

労働基準法に違反していると私は思う

10/29

ということで、授業の日。
2、3、4講時と連続。
昼ご飯を食べに行っている時間がないので、最近はこの日はお弁当を作ってもらって研究室で食べている。

はあ
と少し寛いでいると、学生たちがあれこれやってくる。
はい、オッケーです。先生には昼休みはないんです。

しかしまあ、相手が大学生だから良いのだが、これが小中学生だと大変なのは世の中のみなさんは知っているのであろうか。昼休みは給食指導の時間であって、教員は休みの時間ではない。実習に伺っても多くの先生は、昼ご飯をさっと食べて子どもたちの連絡帳や日記にコメントを入れて、そして片付けの指導をしている。さらに校庭に出かけて行って一緒に遊ぶのである。

怪我をした子どもがいたら治療。
「あー、先生は今昼休みだから」
とは言えないのである。労働基準法に違反していると私は思う。

私が教師になったころのことだが、日本はILOから勧告を受けていた。日本の教師は、戦場の兵士と同じぐらいのストレスを受けているから改善するようにと。それが改善されたとは聞かないし、あの時より今の方がストレスが減っているとは思えない。

教師の数を増やすこと。まずは、ここからではないかと思う。あるブログに、沖縄の思いやり予算が2000億円で、教師の給料を500万円とすると、この費用だけで4万人の教師が雇えるとあった。

ま、全ては無理にしても1万人ぐらいは増やせるよなあと思う。

事務仕事をあれこれやって早めに帰宅。
週末はちょっと出かける予定である。

iPod touch64GBを購入

10/28

学級担任論は、学級内集団の理解について。公的な集団と私的な集団。そして、集団の分析の仕方についてを講じる。

学生諸君は、自分たちが経験してきたものがほとんど全てなので、係活動、会社活動や、学級内グループのあれこれを語ると驚く。そんな方法があったのか、そんなに種類があったのかという感じである。

学生時代にやらねばならぬことはいろいろあるが、今までの自分の過去の経験だけが正しいのではなく、世の中は広いということを感じることは、その中でもかなり大事なことだと考えられる。

自分よりも、確実にできるやつがこの世の中に入る。
自分が嫌いなことを、大好きな人がいる。
自分が感じていた限界には、まだ向こうがある。

これらを知ることはかなり大事である。
そして、これに戦くのではなく、喜びを感じられるような若者であってほしいと思いながら授業を進める。

昼は、先日食べ損ねたラーメンを食べ、マックの修理に出かける。MacBook Proのバッテリーにアラートが出ていたのでチェックしてもらったら、無料修理の対象になっていた。新品のバッテリーに交換。これでまた4時間駆動できるようになる。

さらに、トラックパッドのクリック部分に違和感があったので、ここも相談。すると、これも交換となった。持ち込んで一時間程度で修理完了。いやあ、快適。もちろん、無料。

そして、あれこれ考えたが結局、iPod touch64GBを購入。iPhone3GSも視野にあったが、こっちにすると今まで以上に本を読まなくなるなあと思ったのもあり、touchに落ち着くことに。

フリック入力。
これがなんと言っても楽しみである。

さらにMobileMeとの同期。
あべたかさんほど、細かい設定はしないと思う。私は基本的にノーマルで使うのが合っているので。でも、あべたかさんが勧めているのは、やってみようかなあ。

そのうち、ブログもiPod touchからということになるかな。

車、iPod touch、さらにはこれらの周辺のものとあれこれ急に揃えているので、説明書を読むのも大変だが、まあ、ぼちぼちである。

ただ、iPod touchの説明書は、本当に薄い。パンフレットである。それでも何とかなってしまう。特に、PCにあるメールの設定をiPod touchに行うとき、iTunesを使って同期をするというのには、驚いた。

iTunesを開いて、iPod touchとMacintoshを繋いで、クリックしたらおしまい。popがどうだったかとか、パスワードがどうだったとか、一切関係ない。はあ、便利だ。

面倒くさいことはMacintoshが担当する。あとは、クリエイティブなところにエネルギーを使ってくださいという思想がばっちりである。

その後、大学に戻って会議。4時間。
うーん、勉強になる。そして、疲れる。
充実した一日。

だが、仕事は終わらない。
そして、週末に向かうのであった。

2009/10/28

支援と指導の違いである その2

支援と指導の違いである その2

10/23に「支援と指導の違いである」の記事を書いたところ、最近のうちで最も多いコメントを頂いた。中には、ご自身のブログで紹介してくださったり、個人通信に紹介してくださった方もいらっしゃる。

私自身、いくつかの問題を考えることが出来るようになった。

1)指導と支援の関係を仲間がどのように考えているのか
2)国の教育行政のあり方
3)自分の実践ではどうだったのか

である。

1)については、コメントや通信を読みながら考えることが出来た。2)については、教師というものは、行政の考え方も視野に入れなかればならないが、基本は自分の目の前の子どもと、教師である自分を良く理解することからしか始まらないのではないかということ。

そして、3)についてはNAKO-Pさんのコメントにコメントすることで気がついたことである。そこには、このように書いた。

引用開始 ーーーーーーーーーー

で、この指導と支援の仮説ですが、実践的にはディベート甲子園の準優勝の時の体験が根底にあります。そうです、「放牧指導」です。

http://homepage.mac.com/ikedaosamu/debate/01kiroku.html

授乳、牧場、放牧と三段階で行う指導の流れは、指導から支援へと生徒をリリースして行く様子と考えることが出来ると思います。まず、基礎的なことはきちんと教える。そして、それをベースにした学習者が、指導者を軽々と越えて行くような学びを行って行く。これを支援する。

教師である私は、このことを喜びとして仕事をしたいと思っています。

引用終了 ーーーーーーーーーー

と書いた。ディベートの指導を通して私は「授乳、牧場、放牧と三段階」で指導するステップを考えることが出来たが、これが私が支援と指導のマトリックスを生み出す遠因になっていたんだなあと、改めて思ったのである。

現場にいるということは、そこで何が行われているのかはあまり良く理解できないことであろう。それは佐藤学先生も仰っている。だから、私たちは第三者として自分の現場を理解するために書くのである。書いて何があったのかを第三者的に、または時間のフィルターを通して見るのである。

http://homepage.mac.com/ikedaosamu/debate/01kiroku.html

の記録は、いま書けと言われても絶対に書けない。あの時でなければ書けなかった記録だ。歴史は、勝者によって作られて行く。ディベート甲子園も、優勝者のみが記録されて行くと思っていた。準優勝は消える運命にある。それはそれでいい。

だが、私は顧問としてあの時の子どもたちの側にいた。あんなにすばらしいことをやり続けた子どもたちの側にいた。何があったのかを記録することは私の仕事だと思っていた。私にしか出来ない記録だと思っていた。こんなにすばらしい生徒たちがいたんだと書かねばならないと思った。だから、大会終了後、二週間をかけて書き続けた。夏休みをつぶして書いた。

ただ、その御陰で、支援と指導の関係を私なりに理解し、仮説を立てることが出来るようになったのだと思う。

あの時の私はそんなことは全く考えることなく、ただ記録を残してやろうと思っただけであったが、こういう風に繋がるなんて、人生はなかなか面白いなあと思うのである。

そしてまた、今の私の大学での現場のあれこれが、数年先に
(ああ、あれはここに繋がっていたのね)
と思えることを楽しみにしながら、走り続けようと思うのである。

2009/10/27

物事が分かるということは、分かっておしまいではない

10/27

昨日の夜に私は、密かに作ったものがある。
それは、
「シャボン液」
である。

シャボン玉にハマっている娘に影響されて、私もハマっている。中年のおじさんがシャボン玉を飛ばしている姿はある種怖いものがあるが、子どもと一緒なら許される。

で、シャボン液は実はなかなか難しい。シャンプーや石鹸水を使ったところで奇麗にできるというものではない。

ネットが便利なのはこういうとき。
必要な材料を確認して、手に入れて早速作ってみた。出来上がって洗面所で拭いてみたら結構良い。そして、一晩寝かすともっと良いと書いてあったので、今朝食事の後、娘と一緒にベランダでやってみた。

いやあ、すごい。朝日を反射して奇麗に飛び交う。
うひひの一日の始まりである。

教育実習の巡回指導に向かう。
小学校4年生の国語の授業。

頭では分かっていることができないということに、苦しんでいる学生。残りの実習時間でどれだけ頑張れるか分からないが、そのためにしなければならないことについて、授業後あれこれ指導する。

頑張れ。

すぐに大学に戻って事務仕事。そして、その後国語科教育法2の模擬授業の事前指導である。今回で同じグループに3回目。

だいぶ練れてきた。が、一つ指示を出すと、そこはやってくるのだがその先のことを聞くと、?となってしまうところが甘い。問いが立たないのだ。子どもたちに説明する。そして、それでおしまいとなってしまうのだ。

物事が分かるということは、分かっておしまいではない。分からないことが分かったのであるが、これは新たに分からないことが発生したということでもある。だから、その新たに発生した分からないことに付いても調べる必要がある。これが教材研究だ。

こうなるとキリがない。その通りである。だが、二手、三手ぐらい先までは準備しようと言う構えが必要である。

で、その後、ディベートの授業。改良シナリオディベートの試合。その後、立論の構造、質疑の意味と少しずつ自分たちで立論が書けるように、反駁が意味をなすように指導を深めて行く。

だんだん、だんだん、深みにはめて行く。
では無くて、昇華させるのである(^^)。

授業後、あれこれ事務仕事。
ははは。終わらないなあ。

今週末から11月の前半にかけてかなり忙しくなるので、前倒しであれこれしなければと思ってやっているのだが、終わらない。
遅れている仕事も終わらない。
うーむ。

でも、新しい仕事を引き受けている私。
良いのだろうかf(^^;。ま、御陰さまで風邪も引いていないしインフルエンザも大丈夫そうだから、前向きに行きましょう。

写真はおととい対岸で上がった花火。何かお祝いがあったのかな?

Imgp8224_2

『有田和正の授業力アップ入門 -授業がうまくなる十二章-』(明治図書)

10/26

午前中は読書。
読み終わる本が立て続けにあり、感動の中に包まれながら読書をする。幸せ。

中でも一冊と言えば、有田和正先生の『有田和正の授業力アップ入門 -授業がうまくなる十二章-』(明治図書)である。

リンク先を見ていただければ分かると思うが、もう凄いんですから。(なんか初代林家三平のようになっているなあ)目次を読むだけでも勉強になる。そして、内容を読みたくなる。

この本は

引用開始 ーーーーーーーーーー

ようやく「入門書」が書ける歳になった。なぜなら、入門書ほどむずかしい本はない、力がなければとても書けるものではないという考えが根底にあったからである。そのくせ、他人の「入門書」はよく買って読んだ。とてもよくわかる。このように誰にでもわかるものが入門書の特色である。そして、内容もがっちり入っているのが入門書だ。

引用終了 ーーーーーーーーーー

から始められている。

はあ。有田先生、そんなこと仰られたら誰も入門書は書けなくなりますよf(^^;。と思いながら読み始めた本である。

項目ごとにいままで有田先生が、書かれてきた本を参考書として紹介されている。そう言う意味では有田実践の便覧という性格も持つ。

有田先生を追いかけた実践家としては、佐藤正寿さんが有名である。佐藤さんは私と同じ年であるが、私はまったく追いかけなかったf(^^;。

小学校でもないし、社会科でもないのでというのがあるのだが、実は私はもともと先達の実践を追いかけることをしていなかったというのがある。国語で中学校であっても大村はま先生の本を読んでいなかったし。

私は考え方を手に入れて、それを自分と目の前の生徒たちとの間でどのように展開して行くかをあれこれすることばかりしていたからだ。

もちろん、雑誌原稿で読むレベルのことはしていたが、一冊を丸ごとということはしてこなかった。

が、職が変わった。
小学校教員養成課程である。ポジションや仕事が変われば読む本も変わる。今まで以上に教育実践や理論について広く知見を求めるようにしている。

そんなことで、読み始めた本はたくさんある。で、今回の有田先生の本もその一環である。そして、感動しているんだなあ。すごいなあ。確かにもっと早く読んでいれば、私の実践ももう少しよいものになっていたと思うが、それはそれ。今出会うことにも意味はあるはずだ。

ちなみに、

http://www.chuden.co.jp/manabu/education/knack/index.html

には、有田先生の理科の授業?の記録がある。
さすがだ。

昼前に大学に向かう。
途中、お気に入りのラーメン屋で昼食をとろうと思ったら、定休日。がーん。口の中はすっかり麺になっている。仕方なしに、近くの中華料理屋さんでタンメンを所望する。ま、いいか。

大学では、仕事である。
たまっている仕事を片付ける。

そこに、電話、電話、メールである。
また新しい展開が始まりそうだ。

20時近くまで延々と仕事。
なんとか一区切りできそうだ。

明日は教育実習の学生のところに訪問である。

2009/10/26

「あなたには、必ず大事なところで味方が現れるのね」

10/25

二日続けて大学祭で、子守り。

子守りであるが、学生たちの様子も見られるので嬉しい。
学生たちが頑張った「橘ちびっ子ランド」は、2時まえで、子どもだけで入場者数が300名を遥かに越えていたとのこと。地域に京都橘大学文学部児童教育学科が受け入れられてきている証拠であるならば、嬉しい。

そのちびっ子ランドで、娘を遊ばせる。インフルエンザ対策をしっかりしているので、校舎の入り口では、全員手をアルコール消毒。階段を上って五階まで行く。

大学であるからしてエレベーターも当然あるのだが、今日は妊婦さんとベビーカーのみ。ま、仕事できていれば私も乗れるのだが、娘を特別扱いさせるのは良く無い。ま、娘は覚えていないだろうがf(^^;。一緒に五階まで久しぶりに階段で上る。

それぞれの場所で子どもたちと懸命に関わっている学生たちの姿を見る。どうしても一期生との付き合いが多くなってしまう私であるが、彼らはちょうど実習中。二期生、三期生の一、二回生で、ちびっ子ランドは、やりきるしかないのである。これが良い効果を出していた。

自分たちだけでやらねばならぬという思いがあるとき、人は割とやるものである。児童教育学科全体が育っていることを感じられて、嬉しく思う。

大学でお昼ご飯を食べて、家に帰る。
何気なくマックを見ると、バッテリーの様子がおかしい。確認するとアラートが出ている。

クリックすると、
引用開始 ーーーーーーーーーー

バッテリーを修理に出す:バッテリーは正常に機能していません。バッテリーの動作や充電可能量の変化に気付かない場合があります。アップル正規サービスプロバイダ(AASP)でコンピュータの検査を受けてください。検査を受ける前でも、コンピュータに損傷を与えることなく、引き続きバッテリーを使用できます。

引用終了 ーーーーーーーーーー
とある。

善は急げである。早速、草津のキットカットに出かけて行くことにした。

縁は異なものと言うか、奥さんに言わせると
「あなたには、必ず大事なところで味方が現れるのね」
ということになる。

なんとキットカットに、大学の卒業生が勤めていたのである。昨日の大学祭で
『いよ、久しぶり。今何している?』
と聞いたら、キットカットに勤めていると言うではないか。いやあ、これはありがたい。いろいろと相談できると思っていたらこの症状だったので、早速行ったのだ。

あれこれチェックしてもらって、サードパーティの話やら、マックの裏話等をして、充実した時間を過ごす。これは力強い味方を得た。

さ、明日は研究室で頑張るぞ。


天才の仕事を味わうのはとても心地がよい 佐藤雅彦『プチ哲学』

天才の仕事を味わうのはとても心地がよい。
佐藤雅彦『プチ哲学』(中公文庫)も、その一つ。

漫画と解説からなるこの本は、「ケロちゃん危機一髪」*1が代表作品のようにも思えるが、全体を通して唸る作品も多い。イラストの一つ目を最初に、二つ目は最後に引用よう。

Kerochan1

慣れてくると、漫画読んでこの後の解説はどんなことを解説しようとしているのかを考えることが出来るようになる。

だが、その逆、つまり解説したいことを思いついても、それを漫画のちょっとした物語で伝えることは、私にはとても無理。ま、そこが天才の所以なのだが。

天才は、気持ちよく私の上空を駆け抜けてくれる。
(ああ、無理。追いつかない)
と、勝負する気持ちすら起こさせない。
自転車で道を行く私の上を、ジェット機が通り過ぎて行くようなものである。

だが、この通り過ぎた後の爽やかさが、私に新しいものを生み出してくれそうな気持ちにしてくれる。

いやあ、嬉しい。

レオナルドダビンチの天才ぶりに触れることが出来た人たちというのは、当時限られた人たちであろうが、いまはこうして本を読めば本当に手軽に、天才たちの仕事に触れることが出来る。

幸せである。

Kerochan2

*1 教育出版「伝え合う国語 1」に収録されている。ちなみに、これは思考のフレームワークについて言及している作品であろう。

2009/10/25

またyou tubeにやられてしまった

10/24-2

寝ようと思ったのだよ。
だけど、たまたまyou tubeで見つけてしまったのだな、伊勢正三さんと来生たかおさん。

止まらなかった。
結局久しぶりに日付が変わるまで、あれこれの名曲を聴いていた。

伊勢正三さんは、最近の歌声は喉を壊してしまったのか、残念ながら悲しいことになっていた。だが、嘗ての名曲は、それはそれはいいものであった。

「かぐや姫」の時代から、「風」へ、そしてソロになった時までずっと聞き続けた。一度だけコンサートにも足を運び、ひょんなことからそのとき一緒にハモることも出来た。

フォーク、ニューミュージック、AORと天才は曲を作り続け、歌い続けた。とてもじゃないが、代表曲を挙げることが出来ない。

でも、折角だから一曲。「三号線を左に折れ」

高校生の頃は、首都高速三号線かと思っていたものだ。
明け方のドライブにはたまらない一曲だ。

来生たかおさん。「浅い夢」は、私のとっても好きなアルバム。その一曲目が「浅い夢」。CDを手に入れたいのだが、復刻されていない。諦めていたのだが、なんとyou tubeにあるではないか。

一気に高校の時の私に戻る。
歌詞も忘れていない。
たぶん、手元にギターがあれば、すぐに弾けると思う。コードも覚えているのではないかと思う。ディミニッシュコードの凄さを実感したのもこの曲であった。

ライブ映像で見る限り、声はますます良い感じだ。
是非ライブで、「浅い夢」をピアノだけで聞かせてほしいなあと思った。

またyou tubeにやられてしまった。

楽しい子守りの一日

10/24

本日、大学祭初日。
娘を連れて出かける。

学生たちは、初めて会うか、一年ぶりに会うのがほとんどである。
「かわいい」
「大きくなりましたね」
「先生にそっくり」
学生たちに声をかけられても、娘は恥ずかしがって下を向いてばかりである。

担当してくるクラスの出し物を見て回る。
お昼ご飯は、焼きそばが良いと言っていたので買ったのだが、実際はうどんを食べる娘。ま、そんなものだ。

だいたい見終わったので、帰ろうとしていたらゼミ生に会う。三回生は実習の合間に顔を出している感じ。または実習の前の準備のために大学に来ているというところ。

「やっちゃん、おーいって言うの」

と言って捜そうとしていた娘だが、なかなかそんな元気も無く、帰ろうとしていたら、その、やっちゃんがいた。ゼミ合宿のときき私を迎えにきてくれた二人の学生のうちの一人なのだが、良く覚えている。

最初は恥ずかしがっていたが、私がトイレに行く間面倒を見ておいてくれと言ったら、ちゃっかり抱っこされていた。覚えているのかなあ。

帰宅後、私はインフルエンザの予防接種。いやあ、混んでいる。予約しないとダメということで予約して行ったのだが、それでも30分待ち。摂取そのものは30秒で終わるのだが。

予防接種が終わったら、その証明までくれた。あ、確かに必要な人は必要なんだろうなあ。取り敢えず、これで安心である。

家に帰ったら、娘は喉が痛いと言う。
慌てて、リンゴを擦り下ろして絞って、リンゴジュースを作って飲ませる。そう言えば離乳食の頃は良く作ったな。私も風邪を引くと親に作ってもらったものだ。

何気なく聞いていたアヴァンティでは、取手豪州さんにも娘が誕生したとか。なんだかやっぱり嬉しい。

その後買い物に行っている奥さんを迎えに行くというので、マンションの外で待つことに。熱は無いようなのであったかくして、遊びながら待つ。

楽しい子守りの一日であった。





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