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2009/11/07

Cry Translator

11/7-2

かつて「バウリンガル」というガジェットがあった。いや、今でもあるが、その衝撃は私にとってはなかなかのものであった。まさに、漫画の世界を現実化したようなものであったし、国語の授業で説明するところの擬人法をそのまましているようなものであるからである。

で、奥さんが良く言っていたのである。

「犬は良いけど、赤ちゃんの泣き声を解読してほしいものだわ」

と。

ジャーン、でました。これである。

http://www.crytranslator.com/

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/news/20091106/1020205/より、引用開始 ーーーーーーーーーー

『iPhone』用アプリケーション『Cry Translator』は、むずがる赤ん坊の泣き声を聞いて、神経をゆさぶるようなその声の高さ、大きさ、調子、抑揚などを分析してくれる。

10秒後には「翻訳」を表示する。つまり、「おなかがすいている」「眠い」「緊張している」「イライラしている」「退屈している」という5つの状態だ。さらに、赤ちゃんの声の翻訳をもとに、するべきことのアドバイスまで教えてくれる。

新米の親たちの悩みを食い物にしているという点はさておき、この価格30ドルのiPhoneアプリのコンセプトとは、赤ちゃんが出す声の意味を提示するこ とで、ベビーシッターを支援するというものだろう。テレビのスイッチを『American Idol』[アイドルオーディション番組]からアニメ『Family Guy』に切り替えるのではなく、(空腹を感じているとされる)3カ月の赤ちゃんに食事を与える方が適切だ、とベビーシッターはわかってくれるかもしれな い。
Cry Translatorを開発したスペインのBiloop Technologic社によると、臨床試験によってこのアプリが96%の確率で正確であることが明らかになっているという。

さらに同社によると、「子供の年齢に関わりなく、成長後も引き続き、泣き声を翻訳しつづける」ことができるという。これは素晴らしい機能だ。同居する彼女 がこの次にめそめそと泣き始めたら、その原因を判断するのに役立つだろう(以前の経験からすると、だいたいは「イライラしている」あるいは「退屈してい る」になるだろうと察しがつくのだが)。
Cry Translatorは現在セール中で、11月11日(現地時間)までは価格10ドルで購入できる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

残念ながら我が家はこれを試す時期はもう過ぎているが、これからベイビーに出会う可能性のあるお二人には、ちょっと面白いものになるんじゃないかな。

もちろん、これに頼りっきりと言うのもいかがなものかと思うけど、ちょっとした手助けに使う分にはいいかな?


岩下修先生の授業が明日の教室DVDの第四弾

11/7

岩下修先生の授業が明日の教室DVDの第四弾として編集されている。
先行して、プロモーションビデオが作られた。

ご覧頂きたい。90秒のそれである。

http://www.youtube.com/watch?v=ryHxa1njbUo&feature=player_embedded

あの時の私たちの感じた、「学びの空気」を少しでも感じていただけるであろうか。

本編は、ただいま鋭意編集中である。
乞うご期待である。

子どもは、詩の言葉で語る

11/6

朝から教育実習訪問指導へ。
糸井先生の小学校にうちの学生が二人お世話になっている。

本学の児童教育学科児童教育コースの教育実習は三回生で行うことにしている。教育実習は、通常四年生で行われる。特に、私学ではその傾向が強い。しかし、逆に言えば旧国立大学系は三回生で行うのである。これは付属の小中学校が在ると言うことが大きな理由の一つであろう。これによるメリットは大きい。

最大のメリットは、採用試験まで半年の受験勉強の時間が取れるということである。四回生の前期で行うと実習の勉強と採用試験の勉強が重なる。もちろん、これによるメリットも在るが、デメリットの方が大きいと考えている。

三回生の後期で行うことにはさらに、他のメリットもある。児童教育学科に入学してきた学生たちは、将来学校教育で教育に関わることを目標として入学してきている。しかし、学びの途中で進路を変更する学生たちもいる。これは、うちの大学だけではなく、学芸大学等でも珍しくはなく、聞くところによると学芸大学では、最終的に教師を目指すのは3割程度であるとのことである。

そうだとすれば、三回生の後期というのは就職活動を始める時期なのである。自分は教員を目指すのか、それとも違う進路を選ぶのかの最終判断のポイントとして、教育実習を体験するということは大きな意味が在ると考えている。

教師をしている先生で、教育実習で本気で考えたという人は珍しくはないし、教育実習で進路を変えたという人も珍しくはない。だから、そのポイントとしての教育実習を四回生ではなく、三回生でやるということに意味が在ると考え、このようにカリキュラムを作ったのである。

で、実習生はなかなか頑張っていた。先日の「演劇で教育を」にも関わり、出演をしたり、もちろん授業でも前向きに取り組んでいた。職員室の先生方にも、
「まじめに取り組む学生さんたちですね」
とお褒めの言葉を頂いた。

が、まじめに取り組むことと、出来がいいことは、別。
二人の研究授業を見て指導した。一人は国語で一人は体育。どちらもそれなりに課題の見つかるものであった。

特に私が印象深かったのは、国語の授業。
児童に挙手をさせて、答えを聞くのであるが、私が
(ん? その子に聞くの?)
と思う子どもから聞いていた。
授業後、
『なんであの子からだったの?』
と確認したところ、日頃の国語の授業では手を挙げて発言することの無い子どもだったので、嬉しくなって指名したというのである。

これは良い。よく見ているし、その子どもの意欲を受けとめてあげることが出来ている。しかし、その子どもの発言が、教師やクラスの子どもの予測を遥かに越えた発言であったのである。

子どもは、詩の言葉で語る。

今日の教育実習指導訪問で、改めて感じたことだ。

詩の言葉と言う言い方は何を表しているかといえば、説明をするときに、ものごとの核心にあることばを投げ出すように、呟く事があるということである。光り輝く言葉でありながら、それが何を意味しているのかよく分からない言葉であり、迂闊に触れない言葉である。

教師は、その投げ出された言葉が何を意味しているのかが、わからず、自分の範疇にある言葉で理解しようとし、授業を進めようとする。

その結果、詩の言葉を呟いたこどもは、自分は間違えたと思い込むことになる。

子どもが、これらの言葉を投げ出したとき、教師は意味がわからず不安になる。これは一方で教材研究が不十分なことから発生する。

だが、誤解を恐れずに言えば、どれだけ教材研究をやったところで、完璧になる訳でもない。その不完全さの中で、よく理解できない子どもの詩の言葉に挑まなければならないのである。それも、ほとんどの場合、瞬間的な対応がもとめられるのである。

(何でこの子はこの発言をしたのか?????)
沢山のハテナが押し寄せてくるのに、耐えて授業の方針を立てて、展開していくのである。

ここが決まるとかなり良い授業になるが、それはかなりの力量が必要になる。しかし、授業を行おうとするものは、此処から逃げてはならないのである。

その子どもの発言は、後から振り返ってみるとその授業の核心へと辿り着く階段の扉を開けた発言であった。だが、それは開けられることは無かった。開けられること無く、用意されていた階段を上ることになったのである。

授業の振り返りのときに、このことに触れた。あの子どものこの発言は、こういう意図があったのではないか? しかし、その意図は子ども自身も意識化されていない。だから、そこを刺激し、本人やクラスの子どもたちにその意図をあぶり出させることで、授業を深化させることが出来たのではないだろうか、というようなことを話した。

分かっている。
そんなことが出来る人は、現場の先生でも実はそんなに多くいるわけではないし、実際の研究授業や公開授業の場において、指導案に書いた予測した子どもの発言とは違う発言が出てきたとき、そこから先の指導案を止めにして授業に進むことの判断がそう簡単にはできないということを。まして、実習生なのであるからしてそんなことを求めていくのはどうなのか?ということも。

しかし、そうだからといって
「良かった、良かった」
と終わらせることで、何かこの実習生のためになるのであろうか。そんなことはない。

あの瞬間、扉は見えたし、扉のノブも見えた。それをまわして開いたときに、その先が見えた人と見えなかった人がいたのだ。そのことをきちんと指摘しておくことは、今後の彼女の成長にとって私は大きな意味を持つと思って指導した。

期待している。

本日授業の日

11/5

本日授業の日。

2限の国語科教育法2は、模擬授業の一回目。事前指導を3回行って、本日に挑む。資料は丁寧に作ってある。が、授業は生き物。上手く回らないところもたくさん出てくる。が、このことが次の授業の課題となる。それを解決して行くのが次のグループである。前向きに挑む姿は評価したい。

昼休み、電話対応。
来週の月曜日に呼ばれていた、とある小学校の教頭先生から。なんと研究授業を予定していたクラスが、インフルエンザで学級閉鎖とのこと。授業は延期に。スケジュールの調整をし直すことに。お大事に。

3限の児童教育総合演習は、議論が少しずつ出来るようになってきて面白い。今日は「他者と他人」の違い。ここを足がかりにして、社会、世間、世界、空気などに触れる。そして、「内なる他者」の話まで。

4限の教職総合演習は、大人論のまとめに入る。学生の意見を聞き、私がどうやって考えたかを示し、最後の池田の定義に入る。佳境に入っている。声がもう少しちゃんと出ると良いんだが。

放課後。
終わらない事務仕事をあれこれ。
ではあるが、本日めでたくやっと大きな山を一つ越えた。ふう。三ヶ月かかった仕事が終わった。

もちろん、そうしたら次の大きな山が見えてくるのであるがf(^^;。
明日は、教育実習生の訪問指導である。

熱がぶり返した

11/4

授業を終えると、熱がぶり返した。
会議を失礼して、明るいうちに家に帰る。
すぐに蒲団に潜り込んで寝る。

が、娘は突進してくる。
一緒に寝てくれれば良いのだが、そうもいかないようで、
「ぱぱ、起きて!」
の声によって起きる。

夕食を食べて、水分をたくさんとって、寝る。
長引かせないようにしないとなあ。

11月の明日の教室 その2

11/3-2

演劇は、やはり凄かった。

演劇で教育をということで、プロが入り小学校三年生に演劇づくりを通して、コミュニケーション教育を行う取り組みである。

私はその途中も拝見しているが、その結果の凄さを見て益々その凄さを感じた。

プロが入るとどうなるのか。当たり前であるが、演技が安定する。いや、演技と言うか劇が安定する。私の感想であるが、プロの役者が担当するところは、「ネタフリとフォロー」であり、子どもが担うのは「ツッコミ」であった。

つまり、演技のきっかけと処理はプロが受け持つので、子どもはその枠のなかでのびのびとやれるのである。もちろん、演技そのものだけが大事なのではない。ここに至るまでのプロセスでこの「演劇で教育」の多くの目的は達成している。しかし、やはりステージで発表しての演劇である。ここが安定することは、非常にいいことである。

この演劇には、私の大学から教育実習に行っている学生たちも出演していた。一人は、お坊さん役で、一人は小学生役で。これがどちらもばっちりの配役で感動であった。特に小学生役は、
「先生、笑い過ぎです」
と本人に言われたが、そのぐらい似合っていた(^^)。

こんなことを体験させてもらえる教育実習ってないよなあと思う。

演劇を見た後、パネルディスカッション。「コミュニケーション ティーチングの活用および制度化について」ということで行う。

パネラーは、平田オリザ氏(劇作家・演出家、内閣官房参与)、北川達夫氏(日本教育大学員大学客員教授、フィンランド教材作家)、
池田修(京都橘大学文学部児童学科准教授)、糸井登氏(菟道第二小教諭)、蓮行氏(劇団衛星代表)ということである。

この蒼々たるメンバーのパネルディスカッションを捌いてくれませんかと糸井先生にお願いされたとき、
(あ、これは日本の教育の新たな1ページを作るパネルディスカッションになるな)
と思った。気合いを入れて引き受けた。

当日の事前の打ち合わせは、パネルディスカッションの打ち合わせというより、平田さんの日常のお話。鳩山総理大臣の施政方針演説の演出をされた時の話や、これからの教育行政の方向や、・・・・。以下、自主規制。いやあ、面白い!

日本の教育は面白くなりそうだぞ。自分と自分の仲間がこうして日本や世界を動かしている実感を持てるなんて、とても不思議な感覚だが、せっかくここに関われているのだ。力を注ぎたい。新しいあれこれの仕事も生まれそうだ。

で、パネルディスカッションの構成はこんな感じで作った。

1)自己紹介、劇へのコメント、演劇教育と私、コミュニケーション教育と私(どういう立ち位置なのかを説明。または、定義をする)(各5分)
2) 今回の演劇を作ってみて感じたこと、考えたこと 糸井 蓮行(各5分)
3) コミュニケーション教育などの立場から 北川 (10分)
4) 劇づくりなどの立場から 平田 (10分)
5) フリーディスカッション 20分 池田からの質問
6)各自のまとめ 2分ずつ

詳しくは後ほど発売されるDVDを見ていただきたいが、当たり前だがエキサイティングなものになった。私はこのメンバーからどれだけ話を引き出し、リンクさせ、課題を焦点化し、解決の可能性を提示させるかということに力を注いだ。

5)のフリーディスカッションの所で、全員に質問をぶつけながら、パネルディスカッション全体に流れる「見えにくい基調提案」を表に出そうと、あれこれやりつづけた。

懇親会で、
「質問は予め考えてあったのですか?」
と質問されたが、そんなことはできない。だから、メモをとりながらあれこれと、
(どこに争点があってどのような切り口で質問をすればそれが浮かび上がるかなあ)
と考えながらやっていたのだと言うと、
「え〜! そうなんですか?」
と言われるので、
『じゃあ、見ます?』
とその時のメモノートを見ていただく。

当たり前だが、話を聞きメモをとり、その場で考えることしかできないのである。

ただ困ったのは、平田さんも北川さんも
「コミュニケーションに関する評価は、どのようにまとめたか、どのように話の方向性を見いだしたかということを重視してすることが多いのです」
のようなことを話すのである。

(おい、おい。それって今の私だろ。ハードルをあげないでね)
と心の中で突っ込みを入れながらやらねばならないことになっていましたf(^^;。

で、怒濤の懇親会。
宇治川の畔のロケーションばっちりのお店で。50人近く集まる。うちの学生も6人ぐらい参加した。

新しい出会いがたくさんあり、久しぶりに会う仲間、遠方から駆けつけてくれる仲間もいて、とても良い時間を過ごせた。幸せである。

その中で一人、三省堂の異能の編集者と出会えた。
「いやあ、池田先生、やっとお会いできました!」
と最初からこの感じ。というのは、平田さんや北川さんから良く私の話を聞かされていたとのことで、会えないかなあと思っていたとのこと。嬉しいですねえ。

この編集者は『ニッポンには対話がない—学びとコミュニケーションの再生』(平田オリザ、北川達夫)を生み出し、なおかつ、あの『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代
を生み出した編集者さんなのでありました。

私は前者のことはなんとなく伺っていましたが、後者は全く知らないままで話をしていました。

で、
「池田先生に、プレゼントしたい本があるのですが」
とおもむろに取り出してきた本が、
『新明解国語辞典編 しろ版』『新明解国語辞典編 くろ版』
でありました。

『え〜〜〜〜〜〜〜〜、これあの『うめ版』じゃないですか?』
「え〜〜〜〜〜〜〜〜、先生ご存知なのですか?」
『ご存知も何も、これを使って大学で授業をしていますよ。あの写真とこの写真と、それからあんな写真もあ、こんな写真もあったでしょ?』
「うわ〜〜〜〜〜〜。そんなに詳しく覚えてくださっているのですか?」
『そりゃあ、名著ですから。そうだ、おい!』
と側にいる学生に声をかける。

『これで授業をしたよな?』
「はい!! すごく面白かったです!!」
「えええええ!! 嬉しい。こんなに自分が作った本を褒めてもらえるなんて無い経験です」
『いやあ、名著です』
「大学で取り上げてくださる先生が、日本に一人ぐらいはいてくださるかなと思いましたが、池田先生でしたか!!!」

もう、大興奮であった。
ここでも何か新しいことが生まれる予感であった。

その後、会場を京都に移動して二次会。
店に入るなり、
「池田先生、ようこそ」
と言われる。
???
すると、その後ろにうちの学生。
アルバイトをしている。私が店に入ろうするのを見かけて
「池田先生!」
と叫んだのを社員さんが聞いて、上の発言となったのであった。
面白い。

その後は、ははは。
知的興奮の嵐。

で、終電で帰る。
凄い一日であった。

11月の明日の教室

11/3

さて、いよいよ11月の明日の教室である。

明日の教室は、主催している私が言うのも変だが、やっぱりなかなか凄い。登壇して下さる方が凄いのは勿論なのだが、参加される方たちも凄い。

明日の教室ということで、運営する私たちは、あまり宣伝をしないようにしてきた。参加される方が40人を超えると、どうも講師と参加者の距離が遠くなる感じがしてくるのである。

講座もそうだが、講座の後の懇親会でも講師の先生との距離が遠くなる。これがよくない。日本一の先生のそばでありがとう食事ができる。お酒が注げる。相談が出来る。これがいいのだが、多くなるとこれができなくなる。

また、同じ目的を持ち違う現場を持った教育関係者が、あれこれ語り合うのがいい。これがいいのだが、多くなるとこれができなくなる。

私たちはこれを良しとはしないことにして運営している。せっかく自腹を切って学んでいるのである。自分達がやりたいようにやってみたいという思いもある。

もちろん、新たに参加したいという方をお断りものではない。こんなに小さくしか告知をしていないのに、参加されようとする方がいらっしゃるのはとても嬉しい。是非、お越し下さい。

学びは、贅沢な方がいい。この贅沢さは、参加された方なら実感されるであろう。

ただ、今日の明日の教室は、協同開催であり、多くの人に見てもらいたいということもあって、この枠を取り払った。300人以上の方がいらっしゃったと思う。

中には私の二回目の卒業生も来てくれていた。結婚が決まり、彼女を紹介してくれもした。嬉しいねえ。そして、
「あとで見てください」
と言われ封筒をくれた。

見たら、私が彼らが卒業するときに書いた文章やなんやらのコピーである。いやあ、まだとっておいてくれたのか。嬉しいやら恥ずかしいやらである。私が30歳のときに書いた文章である。ディベートに最初に取り組んだ時の生徒たちへのメッセージである。

引用開始 ーーーーーーーーーー

卒業おめでとう

卒業おめでとう。ほんとうにおめでとう。二年間の付き合いだったけれども、
「人との付き合いは時間の長さではなく、密度なんだ」
としみじみ感じました。人間の集団が好ましい状態を維持できるのは難しいもんです。人間は安きに流れるように出来ていますから、彫っておくと転がり落ちるもんです。私たちの学年は、色々在りました。問題があって、それを解決することで学年の集団に力をつけて、ここまで来たと思います。

一年の時の佐藤先生から伝えられたことは、
「この子たちは、とても感性がいいの。伸ばしてあげてね」
ということでした。本当に伸び伸びと育って、喜怒哀楽がはっきりしている人間らしい君たちでした。ブレーキが掛からなくなって脱線してしまうことも沢山あったけれど、乗り越えてきました。そして、乗り越える度に力をつけてきました。

国語の授業では、「教科書を教える」というよりは、「教科書で教える」という方法でやってきました。今だから言いますが、それこそ、君たちの要求が高いのでこっちも必死になって授業の予習をしたものでした。討論会なんて僕だって中学校から大学に至るまでまったく経験なかったけれども、なんとかできたのは、君達の「もっとレベルの高いものを…」という無言の瞳の訴えがあったからでした。また、失敗しても笑って許してくれた君達に感謝!

君達のお陰で本当に色々なことが学べました。ありがとう。しばらく僕は、討論会に拘ってみようと思います。君達も高校などで是非やってみてください。そしてその様子などを聞かせてください。楽しみにまっています。

それから、サインの『更上一層楼』という言葉は高校などで学ぶでしょう。その時、意味が分かると思います。人生は勉強の連続です。でも、自分で考えて行動する。結果を出す。とても楽しいものです。自分が主人公となるように、時代を仲間と共に平和に生きられるように、考えて行動し続けてください。僕は君達にいきる力としての国語を、文学を、人生を語ってきたつもりです。どんどん実践に移していってください。

ほんとうに、卒業おめでとうございます。

1993.3

引用終了 ーーーーーーーーーー

人間は成長しないなあとも思うf(^^;。
考えていることは、ほとんど変わっていない。

こんな十五年も前の文章を持っていてくれる教え子がいる私は幸せである。もう少し成長しようと思う私であった。

こうして嬉しい再開から今回の明日の教室は始まった。

2009/11/02

「声」が落ち着いた

11/2

良い子の私は、ぐっすり寝たので熱は下がり、声もまあまあ出るようになった。
剣道や歌や謡で鍛えたためか、喉は結構強いようである。

久しぶりのゼミは、なかなか面白かった。

実習中のエピソードをあれこれ語る学生たち。それにうなずく学生たち。コメントする私。またそれにうなずく学生たち。学校は違っても子どもたちと一ヶ月間過ごすということが、学生たちを共通の、またレベルの上がった土台に導いてくれたようだ。

ご指導いただいた先生がた、付き合ってくれた子どもたち。ありがとうございます。

実習を終えた学生たちを見て、顔つきが締まったという思いもあるが、今回新たに思ったのが、「声」が落ち着いたということである。単に疲れているということではない。声が、学生のものから少し変わっているのである。

恐らく、話をするときに吸い込む息の量が増えているのだと思う。しっかりと吸ってしっかりと言葉を音に載せることが、少し出来てきたのだと思う。自分の声がどう響いているのかを、すこし感じることが出来てきたかなと思った。

息をきちんと吸っていない発声は、聞いている側が疲れる。花須川はどうでもいい。本人の問題なのだから。授業は、聞いている側が疲れてはダメである。ここが大事だ。それが出来始めている学生が多く見られたのは、
(をを、進歩だなあ)
と思うのである。

その後、三回生の模擬授業の事前指導。さらに、再来週の校内研修会で授業を行う新人の先生が研究室に。事前の指導をお願いしますということで指導。さらに、来週の小学校の校内研修会の資料づくりに、・・・。

あれこれやって、明日の「明日の教室」の資料のチェックに流れの確認。勢いがついてしまったので11月に出る本の校正まで頑張る。なんのことはない、21:00まで研究室であった。

さ、明日は楽しみ楽しみ。

明日の教室 11/3 演劇で教育 いよいよ明日

糸井先生のブログから引用です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

いよいよ、明日、劇団衛星と3年生の子ども達による演劇公演を実施します。

そして、演劇公演の後は、コミュニケーションティーチングに関するシンポジウムです。

シンポジウムには、内閣官房参与に就任されたばかりの平田オリザさん、フィンランドメソッドの第一人者である北川達夫さんをお迎えし、進行役を池田修さん@京都橘大学にお願いすることができた。
非常に、エキサイティングな内容になるただろうと思う。

現在の参加者の人数ですが、
保護者200人、「明日の教室」受付50人、フリンジシアター受付50人といったところです。
計300名。
椅子席400名可能な会場なのですが、舞台のスペースを確保する関係上、ほぼ満席といった感じです。

ですが、金曜日の時点で、椅子を増席することを決定しましたので、当日参加大丈夫です。
「明日の教室」でも、ネットでの受付は終了しましたが、当日受付しますので、どうぞ、お越し下さい。

また、「懇親会」は、既に、限定30名は満員御礼状態なのですが、1人だけキャンセルが発生しました。
「ならば、参加したい」という方、私まで、連絡下さい。
早い者勝ちです。
連絡先は、このブログの上の方に書かれています。

では、明日、たくさんの方とお会いできることを楽しみにしております。

引用終了 ーーーーーーーーーー

お待ちしております。

急な発熱と咳で、ダウン

11/1

急な発熱と咳で、ダウン。娘の使うビックスベポラップを塗って、午前中寝ていても治らず。

小学生の頃から週末に風邪を引いて、土日に寝ていて月曜日には元気になって学校に行くと言うパターンの私であったが、いまでもその傾向はあるようだ。

本当は、京都市国際交流会館で行われる、本学の「児童教育フォーラム」に行く予定であったが、マスクをして咳をしながらというのもこの時期非常にまずい。インフルエンザの予防接種をしているので大丈夫だとは思うが、まさか
「私は予防接種をしています」
という襷をかけて見ているわけにも行かず、断念。

寝ていると、娘は私の体の周りを歩く。なんかの祈祷のようにも思えるし、小人の国にたどり着いたガリバーのような気もする。ときどき髪の毛を踏み足を蹴飛ばし、ぐるぐる回る。

『お父さんは、調子が悪いから、いーこいーこしてくれる?』

と頼むと頭を撫でてくれる。が、それも30分が限界。

「起きて、起きて!」

と起こされる。仕方がなしにちょっと起きる。ま、元気の固まりである娘には感謝だが。

娘が昼寝をしている間、私もしようと思ったのだが、この娘の寝ている時間がこちらの仕事の時間になるので、家で出来ることをやる。

11月に出す本、二冊の校正だ。
急遽出版が決まったので、時間がないのだが本は出せるタイミングは逃してはならない。

あとで、と思っているとなかなか出せるものではない。
依頼されているうちが花だと思い校正を進める。

夜になると熱が上がる。
熱は、体の中のウイルスをやっつけようとして私の体の中の免疫機能が戦っている証拠である。だから、すぐに下げるよりはしばらく高熱に付き合うのが肝要。

喉の痛みを緩和し、汗で出た分を補給するために小マメに水分の補給は欠かさないでいく。

明日は忙しいんだけどなあ。
今晩治ってくれるといいなあ。


2009/11/01

シルキー6の気持ちの良い吹き上がりと一緒に

10/31

秋の奈良に行ってきた。

この時期、奥さんが楽しみにしている正倉院展がある。私はそんなに興味があるものでもないが、奥さんは東京から見に行ったこともあるぐらいのものである。そこで、私と娘は奈良公園。奥さんは正倉院展という行動である。

三枚の写真。

1)大仏殿と325iツーリング

325i

奈良公園は、正倉院展で大渋滞であった。社会実験ということで道は急遽一方通行になっていたり。週末の正倉院展は大変である。

しかし、ちょっと外れるととてもゆったりとした空間になる。お気に入りの大仏殿の見える池の前である。ご覧の通りまだ紅葉にはまだ早いが、それでも色づく木々が見て取れる。若草山も少し写してみた。

2)若草山山頂

Photo

奈良に行ったら必ず行くのが、若草山山頂である。天気がいいと大和三山も見ることが出来る。本当に気持ちが良い。

今回はここでいま娘が(私が?)ハマっているシャボン玉で遊んだ。微かな風に乗ったシャボン玉は原生林の中に消えて行く。

思うのだが、タバコを吸っている人が全てシャボン玉に切り替えたら、街は奇麗になるだろうなあと。携帯シャボン玉セットを持ち歩き、街角で一服、いや一吹き。良いかもしれない。

娘は、鹿の体に
「ツンツン」
と言いながら恐る恐る触っては喜んでいた。

3)三笠の山に出でし月かも

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天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

阿倍仲麻呂の名歌である。名歌中の名歌であろう。
1200年も前に作られたこの歌が、しっかりと今の私たちに響く。

ふるさとを離れて見上げる月。立身出世をしながらふるさとに戻ることのかなわなかった阿倍仲麻呂

そんな彼の思いと重なる人生を送っている人は、いまも世界中に多くいるだろう。人が生きることの本質を歌い上げている歌は、名歌になるのである。

写真はJR奈良駅近くから。

シルキー6の気持ちの良い吹き上がりと一緒に。

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