« 2009年11月1日 - 2009年11月7日 | トップページ | 2009年11月15日 - 2009年11月21日 »

2009/11/11

イラレカ

http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag

何だこりゃ(^^)。
空耳ストの私、爆笑である。

知的生産の現場と言うのは

11/11

学級担任論は、教室環境美化などついて。掲示物、清掃活動、給食指導などについて講じる。多くの実践家が感じるように、掃除と給食の指導がきちんとされていないクラスは、簡単におかしくなる。

この二つは、子どもの裁量権が入るところである。クラスが育っていないところに、子どもの好きなようにやらせると「弱い者」が辛いような結果になりがちである。そこからクラスは壊れていく。このことを知って、指導のあり方、方法をいくつか考える。

このぐらいのことは教員養成系の大学であればしておくのは当然であろうと思うが、いままではこれがなされてきていない。現場で学ぶのも良いが、その前に理解させることも大事である。

今日の課題は、大学の校舎内を掃除するもの。意外と見えていないものである。しかし、教師になると、ゴミが落ちていることや電気の消し忘れにかなり敏感になる。このことを実感させる課題である。

水曜日は会議の日。それでも今日は二つの会議で済んだ。ちょっとゆとりがある。ふう。

学科会議は相変わらず面白い。この場合の面白いは学生に良く言う三つの面白い、すなわち、funny,exciting,interestingが含まれている面白さである。先生方の知性をベースにした面白さ。それでいて話を断定せずにお互いが歩み寄れるスペースを含んだ議論。真剣な話かと思いきや下らないオチで終わる話。

知的生産の現場と言うのはこういうのを言うのだろうなあと、いつも思う。こういう職場で鍛えていただけるのはとてもありがたい。

明日は三時間授業をした後、そのまま京都駅に向い、東京で打ち合わせである。もうN700を予約した。新幹線の中でもネットが使えるように設定もしてある。iPod touchで初挑戦。

そんな小さな喜びを楽しみにしている私でもある。

青山新吾先生から新著を頂いた

11/10

実習生の実習後の指導をしていて、思うことがある。一期生の彼らが作ってきた研究授業の指導案のその後の活用をどうしようかということである。

先輩が学んできたことから、後輩が学ぶ。これはとても大事。本学のGPも先輩が後輩を指導することを柱にしている。だが、教育は教えてもらうことと、学ぶことの二本柱で成り立っている。教えてもらうことを充実するということは、学ぶということを充実させることとセットになっていなければならないはずである。

たとえば、先輩の書いた指導案を貰う。確かに勉強になる。そのまま真似ることも大事である。教育の世界では授業の真似をする「追試」という方法もあるし、書道では「摸書」という写し書きの学習法方法もある。

だが、なのである。
教わらなければ出来ないと言うような学生には育ってほしくないし、先生にもなってほしくはない。

青山新吾先生から新著を頂いた。
『吃音のある子どもたちへの指導 子どもに届けるメッセージ』(青山新吾著 明治図書)
である。

青山新吾先生は、現在岡山県教育委員会の指導主事。専門は特別支援教育である。となれば、学生時代からこの分野を研究していたのではと思うのが当たり前であろう。しかし、違う。新卒のときに、たまたま「ことばの教室」の先生になった。そこから、修行を始めるのである。

青山さんはそこから逃げ出すことなく、修行を進めるのである。本を買い求め研究会に参加し、プロとしての力量をつけていくのである。課題から逃げずに。課題を運命だと思って背負おうとして努力を始めない限りは、前には進めない。言うのは簡単だけど、これなかなか大変なことなんだなあ。でも、これは真実だろう。

私も教員になってからディベートのことを学び、指導者としての力量をつけていった。学生時代には、ディベートのデの字も知らなかったのである。この辺りのことがこの本の最初に書いてある。親しみを持って懐かしく読み進めることが出来た。

教師のライフヒストリーとして読んでも非常に勉強になる。

ここから、二つのことを述べたい。

その1 仕事に関する誤解

仕事に関して学生が大きな誤解をしているのは「好きなことを仕事で出来る」と思っていることである。仕事は振ってくるものであり、むしろ、したくないこと、嫌なことがばかりがやってくるものである。好きなことを好きなようにやって給料をもらえるわけがない。当たり前のことなのだが、「好きなことが出来ない、自分に向いている仕事がない」ということで辞めることになる若者がいる。全く逆である。

繰り返す。仕事は、やりたいことができるものではない。やれと言われたものをやるものである。やれと言われたものをやる中で、同じ条件にも関わらずいい結果を出したものが、次のときに、自分が出来る裁量を貰えるものである。

それは、具体的な裁量権であったり、仕事仲間の同意であったりする。最初から、実績や実力がない者に責任のある仕事が与えられることはない。これがどうしても嫌というのであれば、自分で仕事を始めるしかない。それはそれで大事なことであるし、やってみればよい。

その2 独学

このところ感じることに、独学というものがある。私がこの独学を意識したのは、中野孝次先生の本を読むようになってからのことである。大学時代のことである。

私はへそ曲がりなので、人に習うのが苦手である。なんというか、教え方が気に食わないとやらないのである。私にあった教え方をせよというのではない。そんなにわがままではない。じゃあなにかと言えば、授業の構成や展開に無理があるものは、
(いや、そりゃあそうじゃなくて、こっちからだろ)
のように中学生の頃から思っていたのである。

だから、イライラするよりは自分でやった方がいいので、独学でやることがとても多かった。このことから独学というのは、教わるのが下手な人がやる方法なのかなと思っていた。しかし、独学で旧制高校に進学された中野先生のことを知るようになり、独学という言葉に違う意味を持つことが出来るようになった。

もちろん、中野先生と私を同列に考えるものではない。そうではなくて、一人で学ぶって結構いいんじゃない?と思うようになったのである。

教わらなければ出来ないと開き直っているのか、馬鹿自慢をしているのか、そんな人を見る度に、じゃあ自分で勉強すれば良いのにと私は思う。必要なんだったら自分でやれば良いのにと思う。

で、研究授業の指導案である。実習をくぐり抜けてきた学生同士がそれを元にしてあれこれ事後検討会を開くのは勉強になると思う。しかし、見本として手渡されたものだけを頼りにして、その枠の中だけで勉強しようとする者にとっては、確かに意味はあるのだが、こじんまりとした成長しか促さないのではないかと言う思いがあるのである。

私は模擬授業では全てを録画させておく。そして、DVDにして提出させている。だが、後輩には一度も見せていない。見ることのメリットとデメリットを考えると、デメリットの方が大きいのではないかなと思うからである。

習っていないから出来ない?
いや、そんなことはない。

今までに習ったものを総動員して、さらにグループの仲間たちと議論を重ねていくことで、少しずつだが自分と自分たちの足で歩いていくことが出来るようになる。私たち教師の仕事は、目の前に子どもがいるとき習っていないからで来ませんとは言えない。今手持ちの力量でなんとか凌ぎ、さらに自分の力量を高めることで大きな課題に立ち向かっていくのである。

もちろん、自分の経験を元に、それを根拠に私の考えを押し付けようというつもりではない。

だが、

自分の頭で考えよ。人生はそのためにある。
そしてその人生は苦しいけど、充実しているものとなるはずだ。

と言いたくなる。私の仲間たちは、そうやって人生を切り開いて生きている人たちばかりだ。だから、良く分かる。

教えることをすればするほど、学ぶことも求める。

いつも以上に、説教臭い文章かなf(^^;。

2009/11/09

『えー。変えちゃうの?』

11/9

ゼミでは、実習の振り返りを行う。教育実習の研究授業の指導案を持ってこさせて、それをもとにその時の授業をコンパクトに再現させ、上手くいった点や課題点について議論を重ねた。

具体的なものをがあると、議論は深まる。
文献のハンドアウトであったり、模擬授業を録画したビデオであったりを今までもしてきているが、教育実習を終えた今は、指導案である。

ゼミでの議論も、以前に比べると指導案の目のつけどころが違ってきている。どこが大事でどこを軽く流すポイントなのかに付いて、理解が深まってきている。これはいい。一ヶ月指導を受けたお陰である。

午後、長瀬先生から荷物が届く。先日の修学旅行の夜の学習会について、学生たちにお礼とのことで、どーんと本を下さった。
『若い教師のための時間術』(黎明書房)である。学生たちにとってとても大きなプレゼントを頂いた。ありがたい。

野中先生が、いよいよ「味噌汁朝ご飯の授業」を提案される。私が申し上げた三つの要件、すなわち「 1 日常的である 2 飽きることがない 3 栄養価が安定している」を土台に置いてくださっている。恐縮である。

横浜でのご提案なので、私は伺えないが、先に野中先生からそのときに使われる予定のパワーポイントを送っていただいた。私が申し上げるのも変だが、さすがである。

野中先生の凄さは、最後まで担任をされ続けてきたことにある。これは間違いない。しかし、それだけではない。その経験を元に新たに、いまの子どもと先生がどこの立ち位置にいて、何を求めているのかをきちんと分析して、それに応じた提言をされるところにある。

今回拝見した内容は、一年目の教員が身につけることが出来れば、相当安定した授業を展開することが出来るものであると感じた。展開がとても楽しみだ。

来週の教職総合演習の授業で発表するグループが、事前指導を受けにきた。取り扱おうとするテーマは非常に面白いのだが、取り扱え切れるのか、疑問に思った。

そこで、あれこれ話す。
私としてはそのテーマでの発表を聞きたいのだが、そのテーマでの発表は相当難しいよと話す。

今の問題を取り上げるのは、今の時代に生きている若者には簡単に見える。だって目の前で起きていることなのだから。見れば分かると思いがちである。

しかし、それを学問として取り上げるとなると話は別なのである。なんでそれはそこに存在するのか。歴史的にはどういう流れがあるのか、存在する意義はなんなのか、解決すべきか大は何なのか、将来はどのように展開されていくのか。これらを論じる。そのために、必要な文献を用意することになる。

『私はそのテーマでやったのを聞きたいなあ』
「せ、先生。テーマをもう少し考え直してきても宜しいでしょうか?」
『えー。変えちゃうの?』

ま、期待している。

その後、原稿の執筆。
いやあ、今日は集中して書けた。7000字ぐらい書いたな。

途中、いいタイミングでメールが入って、そのメールへの返信がテンションを高いままに保ちながらのリラックスタイムになって。テンションを下げてしまうと、それをまた持ち上げるのが大変なんでね。

あと5000字ぐらいか。

さ、今日は早く帰るぞ。

ツイッターを始めた

ツイッターを始めた。

なんだかよく分からないが、『ツイッター140文字が世界を変える』を読んで、まずは始めてみることにした。ブログの時も、よく分からないで始めたが、やりながら分かってきたのであるからして、ツイッターもそうかなと思ってはじめて見る。

少し分かったのは、ツイッターは限りなく今を表出するメディアであるということである。表現まで言っていないのではないかと思う。表出である。この辺りの感覚は、人によって違うかもしれない。

表出であるからして、今なのである。

で、ツイッターについて面白いという意見は多い。となると、私は困ったことはなにかを考えることになる。臍曲がりである。

1)アリバイ

自分が今どこにいて何をしているのかということが分かるわけで、アリバイ工作が出来なくなる。何か悪いことをしているわけでもないのだが、そんな気がする。このツイッターが裁判の証拠資料になるとは思わないし、活用される私でもないとは思うが、なんかむずむずする。世界中の人に見てほしい人はいいのかもしれないが。

もちろん、アリバイは偽装工作とせっとなので、そのためにやる人もいるやも知れないが。

2)ながら族

テレビを見ながらご飯を食べていると、母親に良く怒られたものだ。「修、ながら族は止めなさい!」
と。

今はネットも常時接続であるからして、メールもほとんどリアルタイムで入ってくる。ネットのニュースを見ながら食事をすることは、新聞を読みながら食事をするのとあまり変わらなくなってくる。

ここに、ツイッターが加わると、さらにながら族になる。ネットは依存性の高いものであるからして、常設の携帯端末を持つと、ツイッター依存症になる可能性が高いのではないか。

それは、嘗ての日本では「ながら族」と言われて叱られる対象であったのだ。

3)思いつきと深化と

ツイッターは基本的に思いつきである。これはこれで大事である。その瞬間に思いついたことを同時進行で流していくというのは、面白い。今をデータベース化するという試みは、グーグルでも出来ていないことだと前掲書でも言う。

ただ、一方で人は思いつきだけで生活しているわけでもない。あれこれ考えて生活をしている。「書くは考える」であるが、「呟く(ツイート)は、考える」なのだろうか。私は違うような気がする。考えることから遠ざかるような気もしている。

その一方で、ある人の呟きが、他の人の思考を刺激するということは十分にあり得る。ここのバランスがどうなるかだなあ。

そんなことをあれこれ考えてみた。

あ、バナナの匂いだ。

11/7-4

関西青年塾であったが、申し訳ないことだが今日は休息日にさせてもらった。体調が戻らないのである。

午前中は寝て過ごそうと思ったら、また「起きて起きて」であった。ま、起きたのでリラックスしようと風呂に入る。

風呂後、しばらく遊びに付き合わせられて、自分はさっさとお母さんと昼寝であった。ふむ。

少し気分が良くなったので、本当にひさしぶりに娘と二人でガーデンに行く。二週間も行かないと花が全然違ってしまうのだが、今日もそうであった。

薔薇の種類は変わり、サルビアが先き、避寒桜の一種の十月桜が満開になっていて、冬の芝生が青々としていて、いやあ、奇麗であった。

芝生の上に久しぶりにごろりと転がる。
芝生の匂いが広がる。
なんだ、この匂いは。
あ、バナナの匂いだ。

冬の芝生の匂いはバナナの匂いがするのであった。

駐車場に向かうとき、
「ふーね、折れたのね」
と何回も言っている。何だと思いながら歩いていたのだが、思い出した。台風で桜の枝が折れたことを話をしたのだが、それを一生懸命言っているのだ。

なんだ、この記憶力は。
私にも欲しい。

買い物をしながら買ってくる。
「明るい。開けて!」
と車の中で娘が言う。
(ドアを開けて運転できないでしょ)
と思ったのだが、分かった。天井のサンルーフを開けろと言っているのだ。

325iのサンルーフは、昼間はほとんど開けない。
夜に開ける。だからムーンルーフなのだ。
これは気持ちが良い。
それを娘はもう理解しているのかf(^^;。

少し、復活かな。

2009/11/08

研究室に籠り、やるべきことを少しずつ

11/8

ベランダにあるハイビスカスにスイートバジル。思ったよりも頑張っている。まだ 花を咲かせているし、食べることも可能である。

今年の秋はゆったりと動いているようだ。

娘は、誰が教えたのでもないのに「がっこ、せんせいになる」
と言っている。急に言い始めている。二歳二カ月になったばかりである。将来学校の先生になるそうだ。先生にはいろいろな種類があるので
『お花の先生とか、お医者さんの先生とかあるけど?』
と聞くと
「がっこ、せんせい」
とやっぱり答える。さらに、
「ぱぱ がっこ せんせい」
とも言う。おいおい、誰が教えたんだ? 私も奥さんも教えていないのに。大学祭等で学生が話したのを覚えているのかなあ。大したもんだ。

だが父は、少し複雑な思いである。どんな仕事に就いても、私は、 半分嬉しく、半分心配なのであろうが、自分がしている仕事と言うのは、あれこれ見えるので一層複雑な思いなのである。

それにしても、娘の文脈把握能力は大したもんだと思う。

しっかりと話を聴けているのだと思う。文章の中の単語を取替えるだけでなく、語尾やイントネーションだけで文意を理解したり、自分に都合の良いときは、ハイと返事をし、都合が悪くなると急に話を変えたりと、まあすごい。単語の量が少ないのと、発音が甘いので子どもだと思うが、時々よく分からなくなる。

単純に凄いと思う。

体調が優れないと気合いが入らない。
文章を書いて調子を整えようとするのだが、書いた段階でエネルギーが放出されてしまう。

リビングに差し込む日差しに体を預けていたら、やっぱり寝てしまった。一体どんだけ寝ているんだ。

さすがに仕事が終わらないので、夕方から大学に向かう。
研究室に籠り、やるべきことを少しずつやる。

今の仕事は、頭の中にある数字をもういちど原典に当たって確認してという作業をしなければならない仕事である。だいたい問題は無いのだが、大きな勘違いをしているものも見つかったりして、
(ああ、原典を調べ直して良かったあ)
というものもある。危ない危ない。

遅々として進まないが、それでも少し形になると嬉しい。
今週も結構忙しい。体調が復活しないと、週末の東京は大変だぞ。

頑張れ、私。

写真は、先日の教育実習訪問指導の道すがら立ち寄った天瀬ダム。まだ紅葉には早いようだ。
Amagase

「そういうものである」

11/7-3

「そういうものである」

ということで学校は結構動いてきた。
一斉授業、席替え、給食指導、係活動。
これらは、そういうものであるという暗黙の了解でなされてきたものである。少なくとも、今の二十代の人が小中学校にいた頃は、ほとんどの学校でそうだったであろう。

つまり、なんでこれがあるのか、この定義はなんなのか、何の意味が在るのかなんてことは考えること無く、「だってそういうものでしょ」ということでこれを受け入れて、多くの人は学校生活を送ってきたはずである。

ところが、ここに消費社会に説明責任の時代がやってきた。「だってそういうものでしょ」ということで許されないことになってしまった。

実に面倒くさい。

実際問題いちいち、これの存在意義は何であろうかなんて考えていたら仕事にならない。ときどき思い出しては考えるのはまあ、ありだし、必要だと思うが、一回一回は大変だ。

「だってそういうもんですから」で済むことによって、考える力を他のクリエイティブなところや、緊急事態に使うことが出来るということが大事なのである。

「そういうものである」

「そもそもこれはどういうことであろうか」
との間には相当の隔たりがある。

この20年間は、「そういうものである」から「そもそもこれはどういうことであろうか」への変遷であったとも言える。時代の流れの中にいつつ、時代に応じた「そもそもこれはどういうことであろうか」を考える。つまり、不易と流行を考えつつ仕事をするということであったのだろう。

ここを乗り越えていくことが実践的には大事だったのだなあと今は思う。ただ、残念ながら未だに「そういうものである」から抜け出さない、抜け出せないままで子どもたちの前に立つ先生方もいる。

教師という仕事がずっと勉強を続けることが必要であることは論をまたないと思う。社会が変化し、子どもが変化する中で、教師が20年前のままで良いと、どうして思えるのであろうか。人間の本質は変わらないということも言えるが、環境で変わるとも言えるのだが。

単純なことなんだけどなあ。

ただ、もう一方でもういちど「そういうものである」ということを築くことも大事だと考えている。学校というものは、そういうものであるという合意の上に成り立っていないと、普通教育ができなくなる。公教育と言っても良い。

学校という場所は、子どもを大人に育てる場所である。

とか、何か共通したものの上に成り立てる必要がある。そんなことを考えている。

« 2009年11月1日 - 2009年11月7日 | トップページ | 2009年11月15日 - 2009年11月21日 »