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2009/11/21

私に約束を守るチャンスをくれる娘

11/21

朝起きて、風呂のスイッチを入れる。
昨日の天気予報では雨のはず。が、いい天気である。
琵琶湖があまりにもまぶしい。

その反射が風呂場に届いてきて、思わず息をのむ美しさであった。

風呂場にアールクルーを流し、タイのホテルに漂っているお香に火をともし、冷たい飲み水を用意し、内田樹先生の本をセットし、熱めのお湯につかる。はあ、極楽。

本を読んでいるとガンガンアイディアがわき出す。
(うおおお、授業がしたい)
という嬉しい悲鳴を心の中で叫びながら、小一時間過ごす。

昼前に大学に。それからずっとあれこれ。
まあ、たっぷりと時間を使ってのいい一日であった。

夜、家に帰って娘との約束を果たしていないことを思い出した。昨日の夜に、
『明日の夜も、ロウソクをつけてあげるね』
と話していたのに、先きに風呂に入ってしまっていたのであった。

ベランダのキャンドルスタンドに灯をともすのが娘のお気に入りである。しまったなあと思っていたら、風呂から出た私に、
「ついた、ついた、して!」
と言ってくる。
『そうだったね。昨日約束したね。じゃあ、しようね』
と私に約束を守るチャンスをくれる娘。うれしい。親が約束を守らないでいて、子どもに守らせることはできない。二歳であっても理屈は同じだ。いや、二歳だからこそ大事にしたい。

子どもは、貰ったものをきちんと返してくれる。約束を守るという私からのプレゼントは、やがて娘から返されるであろう。それが、私たち親でなくても良い。誰かにきちんと約束を守るということを返してくれるのであれば、父は幸せである。

ベランダのキャンドルに灯をともして、琵琶湖の夜景を味わう。うーん、良い一日であった。

なんとか乗り切れた

11/20

今年は8月が異様に忙しかった。その8月に匹敵する忙しさが、11月の上旬であったが、なんとか乗り切れた。

何でであろうか。思い当たるのは三つである。

1)生活のリズムあった。

8月は、大学の授業がない。だから、自分のリズムで動ける。しかしこれが実は危ない。生活のリズムの上に仕事のリズムが作られるのである。だから、生活のリズムが自由になると、その上の仕事のリズムが狂うのである。

11月は、授業がある。そして、それは年間指導計画(シラバス)によって大枠を決めてある。だから、大きくぶれることはない。その上に乗りながら、イレギュラーの仕事に取り組むことができた。生活のリズムはやっぱり大事だ。

2)ピークを体が覚えていた。

8月の忙しさを体が覚えていたので、11月の忙しさにおいて
(を、いまはあの時のあの状態だな。ということは、ここまでは頑張れるな)
ということを、体が覚えていたのであろう。

もちろん、体がしゃべるわけがない。だが、記憶として体はその時の情報をしみ込ませている。そして、意識が体の声を聞こうとするとき、割とはっきりとそれを示してくれるのではないかと思っている。

だから、体が体に
(おい、このぐらいのペースで行け)
と指示しており、いつのまにかそれでやっていたというのが、その理由かもしれない。それで安定して乗り越えられたのかもしれない。

風邪を引くというイレギュラーはあったが。

3)実はもっと忙しかった。

瞬間的には8月よりも忙しかったかもしれない。だから、気がついてみたら乗り越えていたというのかもしれない。

じっくりと考える時間が必要なのだが、それはなかなか手に入らない。だとすれば、細切れの時間で瞬間集中。そして、やりかけの仕事をいくつも持っていて、5分、10分を有効に使って仕事を進めていく。これなんだろうなあ。

今週末は、少し計画的に時間を使えそうだ。
世の中は三連休だが、大学は月曜日に授業がある。
もう11月も終盤だなあ。

嵐山に出掛ける

11/20

本日は、オフにする。嵐山に出掛ける。

金曜日なので大丈夫かと思っていたのだが、この時期の京都を侮ってはいけない。ま、土日よりは良いのだろうが、本日は人人人であった。

紅葉を愉しむには、天気が肝心である。雨はできれば勘弁して欲しい。さらに曇もである。しかし、今日の天気は曇りであった。

嵐山の紅葉もまだ少し早いと言う感じであった。むしろ、大学からの景色の方が、いいかなぁーと思ったのであった。

まあね、ダメならまたこれるという、近隣に住む者ならではの思いがあるのでそれほどガッカリはしていませんが。

贅沢なもんだ。

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2009/11/19

ディスカッションを評価するポイント

11/19-2

うう、寒い。
稲垣潤一の「Rainy Voice」を聞きながら。

稲垣潤一を聞くと、大学時代の夜の青山通りを感じる。
研究室で仕事をするときのBGMとしてはどうかなと思って流していたのであるが、なかなか良い。

今日は三つの授業の日。
国語科教育法2は、説明文の模擬授業。二日前の火曜日に最終指導を受けにきたときに比べて、ぐっと良くなっていた。よしよし。逆に言えば二日前のままで授業をしていたら、とんでもないことになっていただろう。

二日前の指導案では、できる子どもの反応だけで組み立てられていて、面白くも何ともないし、深みもない。それが改善されていた。導入は奇麗だったな。導入から奇麗に本時の学習内容に繋げられていた。

が、本時の学習内容の進め方が今ひとつであった。たとえば、子どもたちに教科書の本文の内容から、「目的」「役割」を書き抜かせる指示があったのだが、そもそも「目的」「役割」という意味がきちんと説明できない。これでは説明も、ヒントも出せない。

さらに、知っていることを教師が話してしまうという傾向が如実であった。教師は知っていても知らないフリをして、子どもたちに考えさせて言わせるといことも大事なのである。であるが、教材研究をした学生は、知っているものだから、つい生徒に質問されると答えてしまうのである。

「え? どっちかなあ」
「どうしてかなあ」

と、しらを切る事も大事なのである。そうすることによって生徒は考える。

児童教育総合演習では、レポーターによる発表を受けてクラス内でディスカッションを行う。が、今日の場所はなかなか難しく、議論が進まない。おもーい空気が漂う。

少し助け舟。

『こういうディスカッション型の授業をするとき、議論が停滞することがあるね。教師になった君達はどう指導するの?』

『ディスカッションを評価するポイントは知っているかな? 1)問いを立てられる人、2)話の新たな方向性を示せる人、3)話をまとめられる人が評価されるのだよ。さ、今の議論を振り返って、がんばってみなさい』

その後、二回生は頑張っていた。やがて君達がこれを指導するんだぞ。

教職総合演習は、大人論の最終回。私の分析を終えて、私の定義を述べておしまい。いやあ、随分ゆっくりとやった。本当は、児童教育学科の全学生諸君に行いたい授業であるが、ま、それはまた機会があればということで、今回はこの授業限定で行った。

彼らがこの授業を元にして、どのような大人とは何かの小論文を書いてくるかが楽しみである。

その後、稲垣潤一を聞きながら、研究室で只管、原稿を書く。
やったあ。三巻セットの第一巻の第一原稿が仕上がったぞ。
この第一原稿の構成をしつつ、第二巻、第三巻の原稿を書き進めるんだなあ。

今回の本は、全国の学校図書館に置かれる本になりそうなので、子どもたちの顔を思い浮かべながら書き進めている。今までにあまりない経験だ。

年末年始は、この仕事を中心に進むかな。

さ、今日はこのぐらいにして帰りましょう。

まったく夢の中でも

11/19

夜中、というか明け方に目を覚ます。なんのことはない、学級経営が上手くいっていなくて苦しんでいる夢を見てたところに、娘のぐずりがきっかけで起きたのだ。

文化祭を前日にして、男女が喧嘩をしていてクラスの雰囲気が最悪なのである。体育でやったドッヂボールでは男子のチームも女子のチームもやる気をなくしている。他のクラスの子どもたちが練習試合を見て、私に「先生、あの場合のディフェンスは違うでしょ。これじゃ話にならないよ」とアドヴァイスしてくる。

また、この時とばかりに私への個人攻撃があちこちで始まる。さらに、クラスの子どもが、持ってきてはいけないとは言え、他のクラスの子どもが持ってきたデジカメを壊してしまう。
(ああ、またいらん仕事が増えた)
と思う。

クラスを経営していれば、そんな状況になることはある。しかし、なんでこのタイミングなんだと思いつつ、どこから手をつけようか、いや付けることはできないなあ。子どもたちを信じて待つしかないなあ、なんてことを思いながら、このいや〜な雰囲気を耐えよう、ううううう。彼ら彼女らなら大丈夫だ、だだだだだ。

というところで、起きた。

嘗て、遠藤周作さんが、還暦を過ぎても、大学受験で失敗した時の夢を見てうなされて目が覚めると書いてあったのを読んだことがあるが、それを思い出した。(遠藤さんは、三浪している)

指導が裏目裏目に入る時はある。そう言う時は、慌てず騒がず、その嵐が過ぎるのを待つということも、生きる知恵である。

しかし、なんでまたこんな夢を見たのかなあ。
私が気持ちを落ち着かせようと思ってリビングに来たら、娘も起きてきてしまってあれこれ遊び始めた。おいおいまだ4時台だぞ。

宥めすかして、娘をベッドに連れて行き、私も寝る。
(夢の中でクラスの問題は解決しますように)
と念じながら、寝る。

ああ、良かった。
クラスの有志の女子が立ち上がり、誤解も解け、問題は解決し気持ちのよい朝を迎えられた。

不思議なことに、舞台は中学なのだが、そこに登場してくる生徒はいまのうちの学生たちであった。だから妙にリアルに感じたのかなあ。

『というわけで、昨日の夢の問題は解決したのだよ』
と奥さんに話すと
「あなたは、夢の中でも助けてくれる人が登場するのね」
とのお言葉。
「良かったわね、クラスの問題が解決して」
と言ってくれるかなあと思ったのだがf(^^;。

ま、本当のところは助けてくれる人が登場するのを待っているのではなく、彼ら彼女らが自分たちで動き出すのを待っているというのが、担任の仕事なのであって、そうしているのであるが、助けられるのを待っていると見えるのかなあ。

まったく夢の中でも学級経営しているんだから参っちゃうなあ。

期待値を評価する

11/18

大学の推薦入試の日である。
今年は担当で、大阪会場でお仕事。入試は、細心の注意を払って準備され、運営される。

私は会場責任者。仕事は、場の空気を整えること。ここは試験会場なのだという雰囲気を作りだすと言っても良い。

細かいが大切な実務に関しては、キチンとした担当者がしてくれる。私は、受験生が持っている実力を最大限発揮できるように、あれこれ。お寺さんを借りて会場にしているので、ご本殿にもキチンとお参りもする。お寺で入学試験なんて、実に由緒正しいものである。

準備が完了してから、他学部の先生方としばし懇談。こうして交流する時間は大学ではありそうでなかなかない。情報を交換し、へー、ほーってな感じで今後の指導に生かす話題を伺ったり話したりする。いいもんだ。

試験は恙無く終了。
ああ、良かった。

会場を整理して帰ることになる。
そのとき思うことがある。使った椅子を机の下に丁寧にしまってある諸君は、合格‼としたいなあと。

勿論、入試は学力考査である。であるからして、学力がいま現在どのくらいあって、それを元に判断されるシステムである。だが、現行のシステムでは今後の成長の期待値は、ほとんど判断されていないだろう。*1

だが、どうテストするかはよく解らないが、期待値を評価するテストと言うのは、あっていいんじゃないかなあとときどき思うのだ。

試験終了後、椅子をキチンと直せるなんて、

1)物事を時間の流れの中で見ることが出来る。
2)けじめをつけることが出来る。
3)他人への配慮が出来る。

と言うことが出来ている可能性が、やらない人よりあると思うのである。とくに推薦試験ではそんな気がする。

私が言いたいのは、全部学力で、いまの学力の結果だけで判断するのではなく、期待値のようなものを入れたらどうかということである。そして、その一つの例として、椅子を直せるってのは、結構ありなんじゃないの?ということである。

さらに、念のために書いておけば、これは本学の入学試験とは全く関係のないことであり、私、池田修が、試験会場の片付けをしながらぼーっと思ったことであることを、きちんと断っておきたい。

大学に戻って、ハイおしまいではない。
学科の会議である。
私は、ちょっと都合が悪くて最後まで参加することはできなかったが、来年度のことをあれこれ話す会議は続くのであった。

*1
私が現在、期待値も判断しているのではないかなと思うのは、芸術の分野である。バレリーナ、親の体型を参考にするという。将来身長や体重がどんな風になるのかは親族を見ればだいたい分かるらしい。そして、それはある一定以上のレベルのバレリーナには、最初から越えられない資質として必要になるものらしい。

さらに声楽なども、いまの声が今後のレッスンでどのような声に伸びるのかなどは、考えているのではないかと思う。声の質は、変わりにくいものである。が、いい資質を備えた声は、正しいレッスンで磨かれるのではないかとも思うのである。そこいら辺りを考慮したり見抜いたりしないと、試験にならないと思うのだ。

2009/11/18

模擬授業の事前指導

11/17

朝風呂を愉しんで出てくると奥さんが
「しーっ」
と言う感じの仕草をしている。何だと聞いたら、娘が起きて一人遊びをしているようだという。面白そうなのでソーっと覗きに行く。

ベットの上に乗ってポツンとしでいた。お母さんの顔を見るや否や泣き出す。睡眠系、相変らずお母さんである。ちなみに私は、食事系。膝の上に乗ってきて、食べさせろと急かされる。

何げ無いが大切な朝の時間である。

午前中に打ち合せが一つ。
参った。運転用のメガネのまま車を降りてしまったので、打ち合せの最中は涙がどんどん出て来る。ああ、そういうお年頃なのね。

昼休みと三限は、模擬授業の事前指導。説明文と古典のグループである。

説明文の授業は、教師が説明して、理解した生徒を中心に授業を進めて、先生が纏めてお終いという授業になることが多い。今回の学生の指導案は、残念乍らまさにそれであった。

しかし、これは学生たちの問題にしきるのは、些か問題があるだろう。彼女らはそうやって授業を受けてきたので有り、それが体に染み込んでいるのである。

そうだとすれば、ここを溶きほぐし、出来る子を中心に進めるのではなく、子どもたち纏めをがするような授業を、彼女たちが作り出せるような指導をすることが私の指導のあり方になると思っている。

古典は、平家物語那須野与一である。群読で行なう。私は、群読でもディベートでもこの教材を扱ったことがある。

このグループは、先週指導を受けにきたときには、群読をやろうと考えたものの、群読その物の理解が不十分で(勉強不足で)、お話にならなかったが、一週間で少し形にしできた。そこでバシバシ指導である。

すると、
「ここで先生のお話を伺うと、無理と思っていたことが、やろうと言う気持ちになるんです」
と言う。
『そう言えば、君たちの先輩たちも、試験まえとか、作品を仕上げる前とかに、気合を入れて下さい、って研究室に来ていたな』
「あ、じゃあ私たちも気合をいらていただきに来ます!」
『来なくてよろしい(笑)』
「えー、先生?!」

学生には厳しい愛をである(笑)。

どんな群読になるかたのしみである。

ディベートの授業は、団体戦の最初の試合。此処で急に難しくなる。一人でやる場合は、準備も自分のペースでやれば良い。

だが、団体戦はそうはいかない。スケジュールの調整に始まり、概念の共通理解に、哲学の確認とやらねばならぬことが増えるのである。

今日の第一試合は、まだまだである。が、そのお陰で次の試合の課題が分かるのである。来週も楽しみのディベートの授業である。

授業後、そのまま大阪に急ぐ。大学の仕事で出張である。

なかなか激しい11月がつづくのである。


片思いのように考え続ける

11/16

二限のゼミは、卒業論文のテーマに関わっての学生の発表が始まる。これをテーマにしようかなと思うものについて、それに関わる一冊の本を紹介しつつ、自分が取り組もうかと考えているテーマに付いて発表するというものである。

どうなるかなと思って様子を見ていた。
丁寧に勉強してきている様子が分かる。まさに、レポートである。ただ、与えられた時間をよく考えることなく発表の分量を多めに作ってしまったことは、最初だけに仕方がないかもしれない。

しかし、それ以上に考えなければならないことも指摘した。それは、「疑問」についてである。

自分が取り上げようとするテーマについて、疑問を持てるかどうか。ここが論文を書く際の胆になる。学んだことを調べて発表するのは、レポートである。が、論文は、問いとそのことに関する答えがなければならない。

『今日の発表のためにあれこれ調べて、何か疑問は持ちましたか?』

という私の質問に、あまり上手く答えることはできなかった今日の学生。そうなのである。ここは難しいのである。良質の問いを発見できるかどうかが、論文の価値を決める。じっくりとその問いの発見に勤しむべきなのである。

期待している。

さらに、教育実習の訪問指導の際に私が見た授業のワンシーンについて、再現指導を行う。

小学校三年生の国語の授業のワンシーン。子どものとのやり取りの中で学生が指導しきれなかったシーンを取り出す。授業後の指導の中ではすべてを解説せずに、残しておいた。その解決編をゼミでやろうと考えていたのだ。

実際に実習に行っていた学生にその場面を再現させる。そして、ゼミで考える。ある種のストプモーション方式である。あれこれ考えさせた。そして、その結果その授業をしていた学生が、ある答えを手に入れた。私が考えていたものである。今まで指導してきたもののもう一つ上の回答である。手に入れたのを見るのは、指導者としてとても嬉しいものだ。

あとで、どうして思いついたのか?と確認したら、あの研究授業の後ずっと考えていたそうだ。ああ、なるほどと思った。

考え続ける。そう、「片思いのように考え続ける」のである。片思いのように考え続けるというのは、気がついたらその人のことを思っている片思いと同じように、気がついたらそのテーマについて考えていたというように考えることを言う。私の造語である。

そうやって考え続けることは、恐らくテーマが意識層と無意識層を行ったり来たりしながら脳の中で答えを整える方向に働くのだと考えている。そして、ゼミの中でさらに刺激を受けて、
「はい、この通り」
と答えが出るのである。「片思いのように考え続ける」のである。

その後、昼ご飯をざっと食べて、車で出かける。大阪の中学校で新採の先生の研究授業があり、これへの講評と、これに続いての校内研修会の講師という二部構成のお仕事である。

前半では、研究授業をした先生の自評で、
「山場が消えてしまった」
ということを言っていたので、それに絡めながらどのように授業を構成し、どのような指導言で学習集団をコントロールすれば良かったのか。また、私ならどのように展開したであろうかなどについて話す。

本日の教材は「空中ブランコ乗りのキキ」である。私は一度も授業で行ったことはない。であるからして、細かいところに触れて指導することはしていない。しかし、新採の先生に細かいところをあれこれ指導するより、授業全体の作り方やあり方という大きな観点を押さえた上で、今日の授業の細部を検討する方が良いのではないかと思い、そのまま行く。

1)なんでこの「空中ブランコ乗りのキキ」を、教科書は中学校一年生で取り上げるのか。その意味はどこにあると思うのか。生徒観ということに関係して考える。
2)「空中ブランコ乗りのキキ」の「キキ」は漢字で書いたとしたらどういう漢字が当てはまると思われるか。タイトルを読むということ。タイトルと内容との関わりに付いて考える。
3)「幸福」と「少し不安」の関係はどのような関係にあるのか。対比したことばは、本当に対比されているのか。伏線をどう読み取るか。

などについて検討を加える。ここの部分は、よく考えると結構面白いのである。

さらに、後半では教師の指導の優位性を保つための考え方と、そのためのレッスンを少し行う。時間がないのでごく僅かだけ行った。エッセンするから、あり方が伝わるといいなあと思う。

終わってから、校長室でさらにあれこれ。実はここで出てくる話が結構面白い。講師と校長先生、さらには研究主任、教科主任、そして授業者。どこの学校でも終わった後はこうして校長室で振り返りをしていると思われる。

研究会は、その後の懇親会への参加が大事だが、校内研修ではこの校長室での振り返りに参加するのが面白いと、私は中学校の教員の時から思っている。平田オリザさんに最初に話をしたのも、平田オリザさんが当時私が勤務していた中学校で模擬授業をしてくださったあとに、校長室に押し掛けていって質問をしたのが最初のことである。ま、あの時はまさかこんな風に展開するとは思わなかったが、あそこで話をしていたことが、ここに繋がったとも言えるのである。

で、聞かれるままにあれこれ話していたら結構な時間になってしまい、慌てて失礼した。帰りは家まで持たずに、ラーメンを途中で食べる。頭を使うと炭水化物を消費するので、お腹が減るのである。炭水化物はブドウ糖。そう、脳みそはブドウ糖をエネルギー源として活動する臓器なのである。勉強するとお腹がすくのはこう言う理由である。

週のはじめ。
結構激しく始まった。



2009/11/17

文化の秋である

11/15

なんという夢を見たんだ。

NHKの紅白歌合戦の司会を任される夢である。
パネルディスカッションの司会をしたのと、先日東京に行った時、NHKホールを見たのが、夢の中ではこう言う結論として結びついていたのだ。

それにしても、
(ま、仕方がないか)
と引き受けようとしている、俺がいた。
なんで、引き受けるんだよf(^^;。

昼前から325iに乗って、紫香楽の宮跡と、ミホミュージアムに向かう。山が一気に色づいたので、滋賀の山並みを走ることにした。

Sigaraki 聖武天皇はあちこちに宮を造営している。紫香楽宮もその一つ。宮を開くにしては、平地が少ないし、そもそもその宮も岡の上にある。なんでこんなところに作ろうとしたのかなあと思う。宮というよりは、寺のようだ。もちろん、建物はなく礎石だけが残っている。

不思議な感覚。
なんのご縁でなのか、京都にいる私。
なにが気に入らなくてあちこち宮を移した聖武天皇。
東京にいたら、絶対来ないだろうなあと思いながら、紫香楽宮跡を歩く。Sigaraki2

ミホミュージアムは、山の中にある美術館。私は一度行ったことがあるのだが、奥さんは初めて。仏教美術の良いものが揃っている。また、若冲の特別展もやっているとのことで、行く。

若冲と言えば、動植物。その中でも「象」である。
まったくこの象の絵を初めて見た時は、ぶっ飛んだ。
美術の教科書かなにかにあったと思う。

象と言えば象だが、その下半身はどういうことなんだ。その目はそれでいいのか、いいんだな?と思った。これが江戸時代中期の画家だというのだから驚いた。

Faa92abb658c6f5fbc5bbf6f89be04e9 今回、その「象鯨図屏風」を初めて実物で見た。その右半分は、象ので、左半分は鯨である。鯨なんてなんだか分からない。一説によると若冲は、鯨を見たことがなかったのではないかと言われている。それなのに、大きなものに憧れて描いたのではないかと。まあ、凄いものであった。F0186753_10524792

自宅から一時間ぐらいのところにある旧跡と美術館。
文化の秋である。

2009/11/16

娘の父には、反対意見を述べる権利はない

11/14

父は、運転できるまでに恢復していたので、立川駅まで送ってもらう。のぞみの指定をしていなかったので、みどりの窓口で指定するのだが、とても空いていたので東京駅に向かう電車に余裕で乗れる。

10:10東京駅発、のぞみ19号で京都に向かう。のぞみの中では相変わらずiPod touchであれこれ。昨日とおとといのブログ文章は、すべてiPod touchで書いて見た。結構書けるもんだ。

ちょっと気分転換にと、DVDで録画したままの「タモリ倶楽部」を見る。これが大変であった。「空耳アワード2009」が入っていたのである。

MacBook Proで「空耳アワード2009」を見るのはいかがなものかとは思ったが、気分転換にちょうどいい。イヤフォンを装着し、楽しむ。

いやあ、辛かった。声を出して笑うわけにもいかないので、必死に堪えて笑った。気がついたら、米原を通過するところであった。考えてみれば、タモリ倶楽部5回分で東京から京都に到着してしまうのだから早いものだ。

京都駅では、奥さんと娘がお迎え。奥さんに用事があるので、ここで娘を私が引き受ける約束であった。二日ぶりに会う娘は、一瞬ひるんでいる。髪の毛もバッサリなので、驚いていたのかもしれない。

でも、すぐに抱っこしてくる。
可愛いねえ。

本当は、娘を連れて市内で買い物をするつもりであったが、お昼寝の時間に重なってしまい、荷物も沢山あったので家に帰ることに。ベビーカーに素直に乗ってくれれば良いのだが、
「抱っこして」
とか、
「手を繋ご」
とか言われる度にリクエストにお応えする。

娘の父には、反対意見を述べる権利はない。
しばらく京都駅前の広場で遊ぶことにする。ま、広場と言っても単なる通路であるが、ちょっと幅も広いので通行人の邪魔にはならない。だから、ベビーカーを脇に置いて追いかけっこをしても大丈夫である。知り合いに見つからないようにと思いながら、娘が落ち着くまで追いかけっこをした。

そんな娘も、帰りの湖西線を降りたらベビーカーに乗りたいと言い出し、乗ったらすぐに熟睡。家では抱きかかえてベッドに寝かせても、問題は、なし。

その後、久しぶりにお風呂に一緒に入り、一緒に歌を歌って遊ぶ。「さんぽ」と「人間っていいな」などが今のお気に入り。

こんなに早く一緒に歌を歌えるようになるとは思わなかった。
そのうちギターを弾いてあげよう。

2009/11/15

久しぶりの東京 その2

11/13

iPod touchのアラームで七時に起きる。打合せ会場は歩いて三分の所なので、先ずは朝風呂。嗚呼、気持ちがいい。

昨日出された宿題をあれこれ考えながら入る。いくつか関係ありそうな事が思い浮かぶ。睡眠と風呂。考えを整理するには、とても大切だ。

朝ご飯をタップリ食べてホテルを後にする。外に出ると息が白い。たぶん今シーズン初ではないかな。冬だなあ。

打合せ開始まで10分ある。5分前には到着だ。場所もiPod touchで確認してあるし、問題はない。問題はないはずだつたが、人生は甘くない。辿り着かないのである。

観世能楽堂を発見。学生時代に通ったなあなんて思いながら、一方で何で着かないの?と思いながら歩く。

そのうち、松濤の大豪邸街に入り込む。学生時代に

(俺の人生に、こういう所に住むオプションはないだろうなぁ)

と酔いを醒ましながら歩いていたのを思い出す。

確かにこのオプションは、ないとは思うが、まあそれでもあの時には想像もできないぐらいに、エキサイティングないきかたができているなあと思う。

だが、会場には到着しない。おかしいなあ。ふと、建物を見ると「渋谷区立松濤中学校」とある。明かにおかしい。慌てて電話。しかしまあなんというか、中学校にはたどり着くのが、我ながらおかしい。

三時間弱、じっくりと打ち合せ。
朝あれこれ考えたことが役にたちそうで、嬉しく思う。

しかし、ある意味不思議でもある。二十数年前に子どもたちをなんとかしようとあれこれやっていたことが、ここにきて、こんな形で評価されようとは。

教員は公務員である。公務員というのは、滅多なことでは首にならない。授業が下手でも首にならなかった。これにはとても驚いた。教師の仕事の柱である授業がダメででもだ。

(ということは、かなりあれこれできるな)

と思えたのが、私にはラッキーだった。いやその頃は気がつかなかったのだが、そういう条件の場合、じゃあ仕事をしないでおこうと考えるもんだけどなあ、と人に言われたのである。

私は、子どもを育てるために教師になったのであって、余暇を楽しむためになったのではない。だからなのなもしれないが。

だから、外野の声は余り気にすることなしに、かなりやりたいことをやった。勿論、わたしがやりたいことではなく、生徒たちが望んだことだ。

今でもときどき誤解されるのだが、ディベートも、私がやりたいと思って始めたものではない。小説の読解の授業をしている時に、解釈を巡っで生徒たちに議論が生まれた。これがとても面白く、
「先生、他にこう言うのないんですか?」
と言われたのが切っ掛けである。

学ぶのはは、生徒たちである。勿論、教え込まなければならないこともある。だけど、彼ら彼女らが学びたいと思っていることを学ばせていくってのも大事だと思っていたし、いまでもそうだと思っている。

若造の思いも、持ち続ければいい事もあるんだと思うこの頃である。

その後、さらに別の打ち合せ。科研費の仲間たちと久しぶりに会う。研究の話に、情報交換。東京滞在時間を有効的に過すのであった。

都内のホテルに泊まろうかとも思ったが、実家に泊まる事にした。父の術後の揚子も気になったので。

あれこれ心配され、注意をされ、小言を言われる。そして、食べ物を土産に持たされる。いつも通りである。安心である。

久しぶりの東京 その1

11/12

三つの授業をして、学バスに飛び乗る。一時間後には新幹線に乗っているのだからなかなか凄いもんだ。

久しぶりの東京だ。どの位振りかと思うのだが、さっと思い浮かば無いのだから、かなりである。

私の髪の毛が悲惨な状態になっているのが、物語っている。馴染みの店でないとハサミを入れて貰う気にならないのだ。

思ったよりも早く京都駅に着いたので、予約していた新幹線よりも早いのに乗り替え。

新幹線の中では、iPod touchから無線LANを使ってネットに入る。快適である。

Macintoshの方は設定がまだ上手く行っていなかったので、帰りには上手く行くようにあれこれせねば。

新幹線の中のiPod touchだけでも結構仕事が捗った。いい物を手に入れた。

渋谷で待ち合わせ。Mailが書き掛けだつたので、iPod touchで書きながら歩く。

確かにビルや店は変わったが、駅の構造そのものは変わっておらず、二十数年前にこの街をウロウロしていた時の記憶が体に残っているのだろうか、人や物にぶつかりそうになることもなく、待ち合わせの場所に辿り着く。驚きだ。烏丸御池では絶対に出来ないことである。

打ち合わせをしながら、食事。国語教育の根幹をなすであろう部分について、あれこれ質問を受ける。

(こんなこと私に聞いていいの?
もっと偉い人がいるんじゃないの?)

と思うのだが、お望みとあれば、しっかりと考えてこたえましょうか、と腹をくくる。

私は何をしてきて、これから何をしようとしているのか。こうしてインタビューを受けることで、あれこれ考える切っ掛けをもらう事になる。
ありがたいことだ。

ホテルには11時過ぎに辿り着く。
アルコールが入っている時、更に家ではないときは、風呂に入ら無いで寝ることにしている。お風呂で寝てしまうとシャレにならないからだ。

忙しくも充実していた一日を思い出し、寝る。

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