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2009/11/28

325iツーリングMスポーツのインプレッション

11/27

325iツーリングMスポーツに乗り換えて一ヶ月が経つ。あらためてMINIとの違いを感じる。

排気量、駆動方式、ミッションなどちがいがありすぎるので、比較そのものができないのであるか、それを前提で325iツーリングMスポーツのインプレッションを書いておこう。

まず、一番の違いは、低速での走行である。これは予測していなかっただけに違いのインパクトが強いのかもしれない。

325iは、低速での走行が楽しいのである。50キロの道を40キロぐらいて走っていてイライラすることがないのである。

高速安定性も言うまでもなく良いのであるが、低速域でのどっしり感がものすごく良い。MINIの踏めばすぐに飛び出す感じとは違い、
(本当に行くのね?)
と確認するようなアクセルレスポンスがノーマルのオートマ状態。これがスポーツドライブのオートマだと
(もう、行けっていったんだからすぐに行っちゃうかんね)
と飛び出す。

が、低速でのまるで線路の上を走っているかのような安定性が心地よいのでそちらを選ぶ。結果的に安全運転になっていると思われる。

室内の高級感。
ま、これはそうだろう。オールレザーは凄い。メーター類もシンプルでいい。

サンルーフもワゴンなので、広く開く。
夏は開けると暑いだろうが、この時期の夕方から夜に開けるのは心地よい。ムーンルーフとして楽しむのはいいなあ。

さらに、この時期とても重宝するのがシートヒーター。職場に到着するまでに車内が暖まることはあまりない。

だから、シートヒーターで体を包み込むように温めてくれるのがいい。すぐに温まる。

エンジン音。
これはなんとも言えない。MINIのサウンドもよかったが、こればかりはV6のシルキーサウンドには軍配が上がる。二速で固定して高速道路のスロープを駆け上がるときなど、本当にゾクゾクする音で駆け出してくれる。

思った通りではあったが、燃費。

これは明らかにMINIの方が良い。ま、仕方がないね。ただ、リアルタイムで今の燃費がどのぐらいなのかが示されるメーターは、ときにはナイーブになるな。オンオフができると良いのにと思う。

なんとなくではあるが、純粋なガソリン車に乗るのは私の人生でこの車が最後のような気がする。どんどんハイブリッドやEVに変わっていくのだろうと思うと、私も次はそうかなとも思う。

リッター30キロを走る車が出てきているのに、その1/3ではねえf(^^;。でも、それを承知でなおかつ、十分に楽しい車なのではある。

今年は早めにスタッドレスタイヤに履き替えることにした

11/27

今年は早めにスタッドレスタイヤに履き替えることにした。来月の頭には福井県で研修会があるからである。

私の住む湖西では、引越して来てから雪が降ったなという感覚はない。寧ろ少ないという思いの方が強いかな。

しかし、チェーンを装着する事ができないクルマである。早めに交換である。FRで雪道の坂道なんて想像するだけで怖い。

ということで予約していた時間に店に着いたのだが、トラブル発生。ランフラットタイヤでは時間が掛かるというのである。

うーん。困る。
ランフラットの装着が大変なのは知っている。だから、事前に電話で確認して、その値段で、その時間で、出来るという事でそこにお願いしたのにもかかわらず、こういう対応である。

このことを告げると幸いにして今回の店は、すぐに対応してくれたが、なんかこのところこういう電話で確認したのにもかかわらず確認の内容と違うという案件がふえてきているように感じる。

(俺の思い込み違いかなあ)
と思い返すこともあるのだか、やっぱり違うんだよなぁ。社会全体でいうと相当のロスになっていると思うな。

で、スタッドレスタイヤであるが、乗り心地はほとんど変わらない。もちろん、雪道での性能が分から無いと意味はないのであるが、ドライではかなり良い。雪道が楽しみである。

Hiei

タイヤを履き替える間、娘と公園で遊ぶ。ちょうど我が家の対岸の公園で遊ぶ。

比叡山の紅葉がなかなか良い。秋の花を摘んだり、歌を歌ったりしながら遊ぶ。

読書しながら遊びを見守るというところまで、後すこしかな。

写真は、クリックでかなり大きくなります。琵琶湖の西に広がる比叡山とその空をお楽しみください。

2009/11/27

今朝も朝日を楽しむ

11/27

気持ちよく飲んでいたらリビングで撃沈。
床暖房とお酒と充実感で飲むのは、体に悪いかf(^^;。

早起きしてしまったので、今朝も朝日を楽しむ。
今日は、スノータイヤに履き替える予定である。

Sunrise

2009/11/26

ああ、スッキリした

11/26-2

ぬはははは。
終わった終わった。
私の人生が終わったのではない。

懸案の、NHKから出された宿題と、12/4と1/15に福井県の中学校で行う模擬授業&校内研修会のハンドアウトに資料づくりと、月曜日の小学校での研究授業&校内研修会の資料づくりが終わったのである。うれしい。やればできるじゃないか、俺。
これで週末は予定通りに過ごせるな。

ああ、スッキリした。
あとは、監修本の第二巻と第三巻のお仕事だな。
これは、来週だ。

なにか良いことがありそうな、一日の始まりである

11/26

本日授業の日。昨日とは打って変わって、朝日が奇麗な朝であった。
なにか良いことがありそうな、一日の始まりである。

Imgp9615

いやあ、今日の授業はどれも良かった。自画自賛というのではなく、良かった。というのは、今日の授業はほとんどが学生たちが作った授業だったからである。

3回生 国語科教育法2

四回続けて行う模擬授業の最後のグループである。今回は古典である。「平家物語 那須与一」を群読で行う。群読の何たるかを理解していない学生たちが、自分たちで勉強を進めて、授業を作り上げたのである。

もちろん、説明が不十分だったり、指示ができていなかったりするわけであるが、今まで他のグループがやってきた模擬授業を参考にしてあれこれと磨きあげていこうとしていた姿は良かったな。

終わった後の自評では、
「もう一度やりたい」
と即答する学生たちであった。

そう。そうである。ここからがスタートである。努力をすれば成功するということはない。しかし、成功した者は必ず努力をしている。ここから始めれば良いのである。

2回生 児童教育総合演習

学生が行っているフィールドワークについての検討会である。小グループに分かれて、自分の小さな実践記録を発表し合い、その中で全体で議論したい内容について、全体に発表をし意見を交換させる。

6グループを行う予定であったが、いろいろな問題を提起してきたので、時間が掛かった。4グループで終わってしまった。残りは来週。しかし、学生たちが問題を発見する目を持ち始めている、問いを立てようとし始めているのが分かる発表であった。

来週も楽しみである。

3回生 教職総合演習

先週までが、私の大人論。そして、今週からグループに分かれての課題別発表である。今週は「コンピュータゲーム」である。発表者たちは実際にwiiを教室のプロジェクターに繋いで、受講学生に体験させると言う手法を使って発表していた。

そして、なぜこのコンピュータゲームを取り上げたのかの説明、コンピュータゲームの歴史、否定的な側面、肯定的な側面についての発表、検討を行っていた。もちろん、ハンドアウトには参考にしたHPのurlに、参考文献一覧があり、授業には実際にその本を持ってきていた。

彼らの準備が終わるまで私は、授業が始まってから前説をやっていたのだが、彼らは準備が終わると、それぞれの腕時計を外し机の上に起き、
(早くやらせろ)
とでもいわんばかりのデモンストレーションをするわけである。

なんというか、
(をを、彼ら彼女らは、教育実習を終えたんだなあ)
という感慨があった。

今日の学生が行う授業の中では、語りが段違いに良かった。一ヶ月間授業をしてきた経験の差であろう。また、発表の構成も良かった。ハンドアウトの構成に間違いがあったが、それは指摘すればすぐに直る者である。成長を少し感じられる発表であった。

来週は携帯電話についての考察だと言う。これも楽しみである。

ということで、今日の授業の日は、私が講じるのではなく、学生たちが自分たちであれこれするという、まさに大学の発表の授業となった一日であった。

育ててきた彼ら彼女らが、少しずつ花を咲かせ始めている。季節は秋から冬へと向かうが、授業はいよいよ春を迎えた感じである。

奇麗な朝日は、今日の良い授業の予兆だったんだな。

さ、学生たちに貰ったいい気持ち。
この勢いでもう少し仕事をしてしまおう。

教育研究会「明日の教室」関連のご案内

教育研究会「明日の教室」関連のご案内をブログのトップに置くことにします。

◆



2010年 研究会の予定



3/13(土) 石川晋氏 http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2010/02/313-7545.html

4/24(土) 野中信行氏 提案「味噌汁・ご飯」の授業



明日の教室の書籍1〜5と、DVD1~5が発売されました。



書籍は、http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-000/

DVDは、http://www.sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm 



からお求めください。

2009/11/25

本日は、「忘れ物指導」

11/25

学級担任論の授業では、場面別指導について講じ始める。 本日は、「忘れ物指導」である。

忘れ物指導という言葉は、忘れ物を勧めるような感じもするが、勿論、子どもが忘れ物をしないようになるためには、どういう指導をすれば良いのかということである。

私は、忘れ物を多くしてきたのでいろいろと考えることがある。一番思うのは、
「忘れ物をしようと思ってしている子どもはいない」
ということである。

忘れ物をすれば、本人は大変だし、周りにも迷惑を掛ける。わざと忘れ物をしようと思っている子どもは、基本的にはいないはずである。にもかかわらず、忘れ物をすると教員は子どもに、

「忘れ物をするな!」

と言う。忘れ物の多かった私からすれば、

『こっちだって、忘れ物をしたくてしているわけじゃないわい!!』

と言いたいところだが、子どもの頃はこの言葉が見つからなかったし、見つかって言ったとしてもさらに怒られていたであろう。

泳げない子どもに対して、教師は授業で「泳げ!」と言うであろうか。縫い物のできない子どもに対して「縫え!」と言うであろうか。そんなはずはない。泳ぎ方、縫い方を教え、さらに途中で分からなかったら、もっと細かく丁寧に教えるはずである。

忘れ物をする子どもは、忘れ物をしたいのではない。そうであるのならば、「忘れ物をしたくても、忘れ物ができないようにする」のが、指導なはずである。

ここを基本的な考え方として、どうしたらいいのかをあれこれ考える。現状を分析し、指導計画を立てる。例外規定はないか、子どもに負担は大きすぎないか、または甘やかしすぎていないか。何よりも、子どもが忘れ物をしなくなるような、せめて少なくなるような指導になっているかを考えて、講じた。

授業を終えて研究室でメールを確認すると嬉しい連絡があった。『教師になるということ』(ひまわり社)の初刷が、全部売り切れたとのこと。御陰さまで二刷りになるというのである。

(こんなテーマで本を書いていいのか、俺?)
と思いながら書き始めた本であるが、書く以上はきちんと腰を据えてかこうと思ったのが、二年前。こんなに早く二刷りになるとは思わなかった。

どこかで小書が、これから教師を目指そうとする若い人たちの役に立っているのであれば、嬉しい。

他にも、校内研修会の打ち合わせのメールや、心配していた学生からの元気なメールやらがあって、忙しいやら嬉しいやらである。

で、水曜日は会議。
今日も長く、かつ、重要な会議であった。勉強になるなあ。
16:00から始めて、終わったのは20:00ぐらいだったか。

さ、明日は授業の日である。

モノトーンの世界

11/25

琵琶湖は昨日にも増して、空に漂っています。
モノトーンの世界です。

Mono









こんな光景には、日向敏文の曲だなあ。『REALITY IN LOVE』の「Reflection」が合うなあ。ああ、『Sarah's Crime」』も聞きたいなあ。

慌てて、カセットテープを探すが見つからず。これは精神衛生上良くないと判断して、Amazonで検索。え、なんで、こんな名盤が廃盤なの? だけど、ここはもう中古でも良い。手に入れておこうと思い、ゲット。

明日は、一日中『Sarah's Crime」』を聞いていることでしょう。

って、日向敏文さんを知っている人は、私のブログの読者にどのぐらいいらっしゃるのでしょうかねえ。

2009/11/24

ダブルオッケー

11/24-2

娘を授かって、いつか言ってくれるのを楽しみに待っていた言葉が、「ダブルオッケー」である。

CanonのムービーのCMである。

「パパ 撮って!」
『オッケー』
「パパ 撮って!」
『オッケー』
「ダブルオッケー」

というあれである。要は動画も静止画も取れるムービーのCMなのであるが、これがなんとも切なく良かったのである。

(ああ、娘がいる父親は、絶対「ダブルオッケー」と言わせているだろうなあ)
としみじみ思っていた。

で、今朝。
オッケーを覚えて上手くいったときにこの言葉を言う娘に、何気なく
『ダブルオッケー!』
と私が言うと、
「ダブルオッケー!!」
と答える娘であった。

ああ。
娘よ、生まれてきてくれてありがとう。

大丈夫だと思うよ。しっかりね

11/24

霧の中の朝。
対岸も長良の山も霧の中。
琵琶湖全体が空中に浮かんでいるようにも感じる。

こんな朝は、来生たかおさんの「浅い夢」である。

フォークでも、ロックでも、ニューミュージックでもない曲。
最初に聞いた時は、大きなショックを受けた。
ディミニッシュコードを理解したのは、この曲のお陰である。

上野の不忍池でボートに乗っている時、この曲が流れてきたのも覚えている。上野公園の野外ステージで、来生たかおさんがライブで演奏していたのだ。全身鳥肌が立ったのを覚えている。

その時の、空気のようなものを今朝の琵琶湖は少し持っているように思えた。

で、「浅い夢」を聞いたら、無性に聴きたくなった曲が出てきた。「赤毛の隣人」である。これは、『アルバム 浅い夢』の中の一曲目「浅い夢」の次の曲、つまり二曲目である。

生意気な高校生だったころ、このアルバムは本当に大好きで、良く聞いた。だが、いまそのLPはどこかに隠れ、CDを買おうと思っても絶版である。諦めていたのだが、どうしても聞きたくなってあれこれネットを探した。

そしたら、なんと見つかったのである

いやあ嬉しい。
今日はいい一日になりそうだ。

と思ったら、ちょっとトラブル。
注文していた服を取りに市内に出かけたら、予定の日はとっくに過ぎているのに、まだ手違いで届いていないとのこと。ふむ。仕方がない。また来ることにしよう。

そう言う日もある。

授業前に、大学での卒業生が研究室に来てくれる。Macの専門店に就職した卒業生で、あれこれと教えてくれる。さらに快適なMacに進化である。ま、まだ新人なので私のリクエストに応えられないところもあったが、
「先生、宿題にします」
とのこと。うれしい。
よろしくね。

今日はディベートの授業。学生たちのディベート試合は、だいぶ順調になってきた。
さ、来週が団体戦の一回目のまとめである。

授業後、Macの設定をあれこれしながら、学生からの相談についてあれこれ考える。なかなか難しい問題である。一般的にはこうだと言える。だが、当事者になると、なかなか簡単にはいかないところがある。

判断するのは学生。
だが、相談された私は、私なりの考えをきちんと伝えてあげたいなあと思う。

大丈夫だと思うよ。しっかりね。

2009/11/23

私の回りの、今宵の他人

11/23-2

家に帰って買い物に行く。
微笑ましい場面と、ため息も出ないような場面に出くわす。

微笑ましい方。
4歳ぐらいの男の子が、店の中で後ろ向きに歩いていた。
「こら! やめなさい。危ないでしょ!!」
と母親の声。男の子は止める。そのまま歩いていたら私にぶつかっていた。ま、1mぐらい間隔があったので、私は気に求めずに歩いていこうとした。そしたら、

「危ないでしょ。ごめんなさいでしょ」

と子どもを叱る母親と父親。瞬間的に子どもは泣き出す。「ごめんなさ〜い」と。私は、何も問題はなかったのだが、ちゃんと謝る男の子が偉いと思って、
『大丈夫だよ。あやまって偉いね』
と話しかける。すると、ご両親は私に頭を下げて、男の子を抱きしめる。

他人はこうして、子育ての対象になり、褒める役も務めるわけである。社会の中で子どもを育てるには、こういう役割分担も必要である。

ため息もでない方。
買い物をしてレジで精算をしていたら、突然、

「お湯は貰えるの?」

と話しかけてくる声。なんだ?と振り返ると十代後半の男が、レジのお姉さんに話しかけている。私の会計をしているところに、なんの前触れもなく、話してくる。一緒にいた彼女が買おうとしているカップラーメンにお湯をよこせと言うのである。ジャスコでである。

傍若無人、自己中心、チルディッシュ。
ま、なんでもいいのだが、周りが見えない者である。一言言おうかと思ったところに、レジのお姉さんが
「当店ではご用意できていません。申し訳ございません」
というので、私は言葉をのむ。ま、さすがに若いお姉さんには
「順番を守って下さい」とは急には言えないだろうなあと思いながら。すると、

「あっちでもらえばいいじゃん」

とその男。さらに、一緒にいる女も「あそこで貰えるよね」とトンカツ屋を指差す。貰えないって。何で自分の都合のいいようにしか考えられないんだ。そして、貰えないと分かると頭に来ているし。

彼と彼女の将来を思うと、暗澹たる気持ちであった。

私の回りの、今宵の他人である。

2限の池田ゼミ終了。いやあ、今日も面 白かった

11/23

2限の池田ゼミ終了。いやあ、今日も面 白かった。

3回生なので卒論に向けてテーマを選び発表を始める。だいたい一人30分なのであるが、毎回延びる。議論を入れて60分ぐらい行う。発表者がハンドアウトを元にあれこれ話し、そこにゼミ生から質問が入り、私もあれこれ突っ込む。

本格的にこのテーマで行くかどうかは決定ではないが、学生が勉強してまとめてきた内容を、あれこれ突っついて、テーマに関する疑問を作りやすいように質問する。ちなみに今日のテーマは「若者語」。北原先生の著書等を引いてなかなか勉強してある。

私も面白くなってどんどん質問する。
さらに、論文としての形式を整えるために、どういうようなことをしたらいいのか、割と細かいことまでも話す。今のうちに知っておいた方がいい。後から知らされて
(だったら、最初に教えてくれれば良いのに)
とならないようにである。

今日の学生は、ワードでまとめてきていた。
ワードでまとめるのであれば、脚注機能が使いこなせることも大事であるが、目次機能も使えるようになっておくことが大事である。
http://www.paradox55.com/doc_tips_01_01.html
さらに、索引機能も。
http://www.paradox55.com/doc_tips_01_02_01.html

これを使わないで、手動でやるとなると相当大変なことになる。
3回生のうちに小さな論文を書いておくと良いと、お勧めする。

さらに、教育実習の研究授業の指導案を元に振り返りを行う。
研究授業を簡単に振り返り、授業がうまくいかなかった場面、思ったよりも上手くいった場面を取り出し、どうすれば良かったのか、どうして上手くいったのか。さらには、その授業の発展はどのようにすれば良かったのか。あれこれ語り合う。

一人の学生の課題、テーマをみ んなでわいわい突っつく。ゼミならでは楽しみである。というか、これがゼミである。

来週も楽しみだ。

午後は、来年度のあれこれにといて打ち合わせ。ホテルのラウンジで行なう。年々来年度の準備の締切が早くなって来ているように感じる。気のせいかなあ?

さらに市内の中心部に出かけて行き所用を済まそうとした。車で市内に入ったのだが、これが酷い渋滞。世の中は三連休の最終日なので、本当は避けたかったのだあるか、仕方がないと思って出かけたが、東山三条でめげた。

カーナビを見るとどこを見ても真っ赤。
どうしようかと一瞬思考停止。
で、諦めて帰ることに。
帰るにしてもとんでもない渋滞の中を行くのは勘弁。

瞬間的に山中越えを選ぶ。比叡山を登っていくルートである。これが正解。反対側の滋賀県から京都に来る車はここでも混んでいたが、私の京都から滋賀県はスイスイであった。

秋の三連休。
京都市内は車で来てはダメです。
本当にダメです。
良い勉強になりました。

このところ見る夢は自分でも面白い

11/23

最近、学級経営をしていた夢を見たばかりだが、このところ見る夢は自分でも面白い。

1)歯がぐしゃぐしゃにくだけてしまった夢。

歯が抜けるというのは、基本的には良く無い兆候だといわれている。抜けた後に生えてくるのはいいとのことだが。だが、私の場合は歯が粉々になってしまったのだ。

歯の質のもろい私は、虫歯になった歯がくだけたことも実際に体験しているので、そんなに違和感はないのだが、あの口の中の感覚はあまりよいものではない。

で、この夢が象徴しているものは何なのかと調べてみると、どうやら欲求不満だというのである。ははあ、あれか。と思うこともある。まだまだ欲求がある私に情けないやら嬉しいやらである。

欲求を希望に夢に、そして目標に変えて生きていきましょう。

2)王子になる私の夢。

とある学会に参加している私。なぜかとても引きつけられる年配の発表者がいて、その発表者の近くにいた。

すると、その発表者が手招きをする。一歩足を踏み出した瞬間、私は全てを悟り、とある国の王子になることを決意する。大学の教員を続けることは可能なようなので、
(明日のゼミは大丈夫だな)
なんて思いながら、その国の装束に着替える。

スタンディングオベーションで迎えられる。
(学生の幸せ、生徒の幸せともう一つ、国民の幸せを考えねばならないか)
なんて思いながら、その役目を引き受けようとしている。

お前は何を考えているのだ。
と目覚めてから夢の中の自分に突っ込みを入れる。

ある意味寝るのが楽しみである。

2009/11/22

いい夫婦の日である

11/22

いい夫婦の日である。
私の年代であれば、夫婦二人で出かけるということもあるであろう。しかし、うちはそうではなく娘の面倒を見ることが肝要である。

このところ娘は私にべったりである。
私がリビングでMacを叩いていると、すぐに膝の上に乗ってきてあれこれする。姫の申し出を断れるほど、父は強くはない。

午後から外は雨。
床暖房をつけているが、ちょっと設定を高めにしないと寒い。

そんな中で今日はスタッドレスタイヤの購入、NHKのお仕事などをシャカシャカ済ませ、12/3,1/15の校内研修会のお仕事の準備まで手を付け始めたのである。朝書き出したTO DOが【済み】【済み】と消されていくのは、実に心地よい。

風呂で読み続けていた『街場の現代思想』(内田樹 文藝春秋文庫)を読み終えた。いやあ、やっぱりいいなあ。私にとっての白眉は、第三章 街場の常識 「敬語について」である。

そりゃあまあ、国語の教師なので論語も読んでいますし、敬語の「敬」の字がどういう意味なのかは知っていましたが、その意味をこのように展開されると本当に心地よい。

まだ読んでいない方のために、ネタバレにならないように書きませんが、これは読むべきです。教職関係者は、特に読むべきです。

それにしても内田樹先生の文章は、なんとも刺激的である。心地よく裏切り続けながら、最後には、(そ、そうなんですよ、先生)というところに着地する。

ぬあんとも、心地よい。

夕方早めに風呂に入る。

音楽でも流そうと思って、iPod touchを風呂のスピーカーに接続する。何を流そうかとあれこれ探していたら、落語が目に飛び込んできた。
いやあ、これは思いつかなかった。湯殿で落語。これも一つの贅沢である。

本日は、古今亭志ん朝の「岸柳島」。
テンポの良い語り、高音と中低音を使い分けた語り、しゃきっとした滑舌、計算尽くされた「えー、あー、うー」。うーん、気持ち良い。

結末は分かっているのに、何回でも笑ってしまう。

明日は授業日確保のために、祭日ではあるが大学は授業。
その他にもあれこれあるが、月の前半よりは少しゆとりがある。

キャンパスの中を少し散歩できるかな。

ツイッターを始めて、少し分かったことがある

11/22

ツイッターを始めて、少し分かったことがある。
私は今までにツイートを随分してきているということである。

どこでしているかと言えば、多くは本にしているのである。本を読みながら、そこに呟いている(ツイートしている)のである。私の本は、あちこちに書き込みがあり、まさに「テキストの書かれているメモ帳」が私の本となっている。

そのツイートは、自分の思いつきであるからして本来、自分しか見ない。時々本を借りていく学生たちが、私がかつて行った書き込みを部分を見ることもあるかもしれないが、ま、それは例外。私だけが分かれば良い。

そして、時々、または偶然にその昔のツイートを見て、あれこれ思うのである。一度記憶の彼方に消え去った呟き。無意識層に消えていった呟きを再発見して、新たなアイディアを見いだしたりするのである。

ところが、ネットのツイッターは、この無意識の場所を電脳空間に求めることになると感じている。自分のツイートは、ツイートした瞬間にネット上に記録される。ツイートした本人は、その内容をほとんど忘れる。つまり、無意識層に放り投げてしまったのである。

しかし、それがネットの誰かのところに届くとき、そこが無意識層として働きだすのではないかと感じている。

本来、自分の呟きを自分で掘り起こして楽しんでいたことが、他人の呟きで楽しむことになるという構造なのかもしれない。

ただ、このとき、丸裸で電脳空間に投げ出された言葉や思いは、どんな風に漂っているのかなあと思う。そんなことを思うと、簡単に電脳空間にはツイートできないなあと、いまは思うのだ。

発見がなければ授業じゃない
−岩下修先生の国語の授業技法− 明日の教室DVD第4弾

11/22

明日の教室DVDも、これで早くも第4弾になる。
岩下修先生である。


発見がなければ授業じゃない
−岩下修先生の国語の授業技法−
岩下 修
立命館小学校 教諭

平成21年10月17日 於:京都橘大学

である。

岩下先生は、100冊もの著作を示されているが、私の記憶では授業をそのままライブで収録したものは、記憶にない。

授業は、同じ教材を使っても学習者と授業者の関係で、いろいろと変わる。教え込むことがあり、引き出すことがあり、指示することがあり、説明することがあり、自学させることがありといろいろである。

であるからして、授業は一回として同じものはなく、その場にいたものだけがその授業全体をまるごと浴びることができる。そうだとすれば、DVDに録画されたものは授業ではないと言えるかもしれない。

しかし、優れた記録者によって記録され、編集されたそれは、時に授業の意図をより明確にし、学ぶものに学ぶ視点をはっきりと与えてくれる。

是非、岩下先生のライブに迫る、いやライブを先鋭化した「授業」を御堪能ください。

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