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2009/01/31

イチゴミルク

寝息がイチゴミルクの匂いがする。

娘に午前中のお昼寝をさせるために、一緒に寝転がる。
私の腕を触りながらだんだん眠たくなって行く。
その娘の寝息からイチゴミルクの匂いがする。

朝ご飯の補助ミルクとデザートのイチゴが
その匂いの元だろう。

(うーん、なんとも言えないいい匂いだ)

で終わらないのが、親というものなんだろう。

(歯は大丈夫か? 虫歯にならないか?)

と思うのだなあ。もちろん、お茶を飲ませて、大丈夫にしてあるのだが、そんなことを思うのだなあ。

昼寝から起きてきた娘。
勝手にベッドから下りてきて、リビングにいる私に向かってくる。
抱っこする。

ああ、まだイチゴミルクの息をしている。

『10代の君たちへ 自分を育てるのは自分』(東井義雄 致知出版)

『10代の君たちへ 自分を育てるのは自分』(東井義雄 致知出版)を読む。

東井先生との出会いは、この詩であったと思う。

引用開始 ーーーーーーーーーー

小さな勇気をこそ

東井義雄

人生の大嵐がやってきたとき
それがへっちゃらで乗りこえられるような
大きい勇気もほしいにはほしいが、
わたしは
小さい勇気こそほしい。

わたしの大切な仕事をあとまわしにさせ、
忘れさせようとする小さい悪魔が
テレビのドラマやマンガに化けて
わたしを誘惑するとき、
すぐそれをやっつけられるくらいの
小さな勇気でいいから
わたしはそれがほしい。

もう五分くらい寝ていたっていいじゃないか、
今朝は寒いんだよと、
あたたかい寝床の中にひそみこんで
わたしにささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい。

明日があるじゃないか、
明日やればいいではないか、
今夜は もう寝ろよと、
机の下からささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい。

紙くずが落ちているのを見つけたときには、
気がつかなかったというふりをして、
さっさといっちまえよ。
かぜひきの鼻紙かもしれないよ。
不潔じゃないかと呼びかける 小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそ わたしはほしい。

どんな苦難も乗りきれる
大きい勇気もほしいにはほしいが、
毎日 小出しにして使える
小さい勇気でいいから
それが わたしは たくさんほしい。
それに そういう小さい勇気を軽蔑していては
いざというときの大きい勇気も
つかめないのではないだろうか。

引用終了 ーーーーーーーーーー

面倒くさがりやの私は、この詩を読むたびに、なんとかせねばと思うのである。

『10代の君たちへ 自分を育てるのは自分』は、東井先生が、中学生に向けて語った講演会の記録である。東井先生のご実家はお寺であり仏教に基づいたお話となっている。

生きるということは、生かされているということであるという哲学に立って、お話をされている。

ぶったるんだ時に、しっかりしろと喝を入れてくださる本である。

2009/01/30

『ソラニン 1』『ソラニン 2』(浅野にいお 小学館)

『ソラニン 1』『ソラニン 2』(浅野にいお 小学館)

ほーらやっぱり、授業の間に読まなくて良かった。『赤めだか』につづいて、『ソラニン』を読みまくってしまった。

授業の間にこんなの読んでいたら、それでなくても導入の長い私の授業は、さらにさらにながーくなってしまい、シラバスの内容を終えることができなくなってしまったことであろう。

そもそも授業の準備もできなくなってしまったろう。

音楽にのめり込むこと。
若者の特権と言えば、それまで。
私も高校時代はずいぶんとやった。

音痴を直し、曲を作り、コンサートづくりもやった。フォークからニューミュージックへと名前が変わる頃、それもやったし、ニューウエーブが押し寄せる頃、オールドウェーブの音楽もやっていた。

就職して軽音楽部の顧問をやったりしながら、それでも音楽と縁を切ることなくあれこれやってきた。しかし、このところはカラオケにもいかんなあ。あ、こないだはカラオケに行ったのに話し込んで一曲も歌わなかったしねえ。

だが、私の高校時代の仲間は未だに自分たちでバンドを作り、ライブを楽しんでいるものがいる。そういう仲間たちのことを思うと、あの時代の空気が思い起こされる。

そして、『ソラニン』である。
作者が玉川大学出身ということもあるのだろうが、あの小田急線の多摩川を越える辺りの風景を目にしながら、私の学生時代にアルバイトの塾に向かうときに通っていた道と重ねて、音楽とあれこれを重ねながら一気に読んだ。

私たちは、なんの偶然か生き続けることができている。
やがてさよならすることは分かっているが、いまはなんの偶然か生き続けている。
目的やビジョンを持ったり、義務や責任の中で生きて続けている。

OK、目の前のことを忘れたりしないさ。
あの時の私も仲間も私の中にいるよ。
いまは、そんなところであれこれしている学生たちの側にいるさ。

あー、ステージに立ちたくなってしまった(^^)。

こういう時は一緒に行ってカメラマン

うーん、体が重いなあ。
いろいろな疲れが出てきているんだろうなあ。
いかんいかん。
週末はのんびりとしたいなあと思うが、採点業務が残っている。
これを終わらせてから来週の東京行きとしないと、大変なことになる。もう少し頑張れ。

午後から京都駅へ向かう。
顧問をしている「京都子ども守り隊 守るんじゃ〜」が学生ボランティア支援団体に認定されて、その表彰式があるのである。全国から50団体程度認定されるのだが、そのうちの一つ。

活動は基本的に学生たちに任せてあるが、こういう時は一緒に行ってカメラマンになってやらねばと思う。

二時間ほど表彰式と懇親会に参加して、お祝いにラーメン横町でラーメンを食べる。いやあ、お腹いっぱいであった。こういう時間もたまには良いだろう。

家に帰ったら、腰に疲れがたまっているようなので、部屋の中にハンモックを引きずり込んで転がる。腰の疲れが楽になる。ああ、楽。

そこに、絶好調の娘が突進してくる。
乗っかってくるのである。
『うわー、しまった!』
と私が言うと、その「しまった」に反応して、娘は手を頭に乗せる。なんとも可愛いなあ。

奥さんが、娘の名前を呼ぶ。
「池田○○ちゃん!」
すると、娘は
「はい!」
と言いながら、手を挙げる。
をを、どこでそんなことを覚えたのだ。

体重もそろそろ10キロになる娘。
良い仕事しなければなあと思う。

『赤めだか』(立川談春 扶桑社)

授業期間が終わるということは、私にとってはあるものの解禁を意味する。

それは、仕事の読書ではなく楽しみの読書の解禁である。国語科の教師ということで、どんな本を読んでいても
(を、これは授業で使えるかな)
となってしまい、エンターテイメントを楽しめないのである。

いつのころからか、授業があるときには楽しみの読書は極力控えるようにとなってしまった。

で、解禁である。

読み終えた本は、
『赤めだか』(立川談春 扶桑社)
である。

私はこういう本が好きだ。
立川談志に入門した、立川談春の修業時代のエッセイである。

文体のリズムが良いのは、さすが噺家である。黙読していても、思わず音読したくなるようなリズムである。

人がどうやって成長して行くのか。そこに教師や指導者はどのように関わって行くのかを考えるのに、良い本である。

また、修行を始めたばかりのときには分からない、師匠、先輩、先生たちからの指示の意味をなーんとなく理解するにも良い本かもしれない。

つまり、指導者にも、学習者にも、いいのだ。
ま、あれこれ言わなくても、文句なしに面白いだろう。

お笑い教師連盟に私は入っているのだが、なーんとなくだが、この連盟は漫才派と落語派に分かれるような気がしている。(一部、コント派もいるかなあ)

恐らく今の時代のお笑いは、漫才をベースにしていると思われるし、教室の笑いは漫才をベースに考えた方が、システム的にうまくいくと思われる。

しかし、私は落語派である。

MINICOOPER-Sは、その排気音が非常に心地よい。折角取り付けたサウンドシステムも、あんまり活用しないぐらい心地よい。その排気音と振動を楽しむのがいいからだ。

でも、そんな私でも車中で落語は聞く。MINICOOPER-Sの排気音に包まれながら聞く落語は、なんともいいのである。

落語と漫才の笑いはどう違うのであろうか。
これに関して笑いの芸術論が多く書かれているであろうが、それらを全く読んだことのないままに、独断すると、

・落語は人間の本質を笑い、漫才は時代の本質を笑う

というのではないかと思う。
立川談志は、この人間の本質を笑うというのを

「落語は、人間の業の肯定である」

と言い切っている。
また、古典落語はあるが、古典漫才はない。そんなことからそのように思うのである。

私は、コミュニケーションのシステムとしての漫才、時代を鋭く取り出して笑う漫才の笑いを凄いと思いながら、人間の切なさ、可笑しさを笑う落語が好きなのである。

さらに私は教師という仕事をしている。人間を育てる仕事である。立川談志の弟子の育て方に共感することが多くて、私自身びっくりした。

(ああ、俺ってやっぱり落語なのねえ)
(教師を育てるって、正統的周辺参加だよねえ)

師匠は、弟子の計り知れないところで深く、壮大に弟子の成長を考えている。そのことがよーくわかる本である。さらに、師匠の師匠は、弟子である師匠をどう思うのかも分かる本である。

んと、談志の師匠は、柳家小さんで、小さんは、談志を破門にするが、その破門後の談志をどのように愛しみ、談志は小さんをどのように敬っているのかも分かる。教育とは、師弟とはと考えさせられる本でもある。

結局、素直に楽しむではなく、あれこれ仕事に引きつけて読んでしまう私であった。


あ、淡路島が見える

昨日に続き床暖房に一晩お世話になる。
はあ、心地よい。

昼過ぎから高校の模擬授業に向かう。
片道二時間かけて向かうので、結構大変。
電車の中は読書の時間。

あ、淡路島が見える。

授業は高校一年生に向けてのもの。
40人を相手に話す。

最初はただ話を聞くと言うか、私を見ていると言うか、そんな感じ。
『メモを取りながら話を聞きなさい』
と指示する。きちんとできるではないですか。

改めて指示の怖さを思う。
私が、まあいいかと思ってこの指示を出さなかったら、この生徒たちはただ聞いているのか、見ているのか分からないままの50分を過ごしていたであろう。指示を出せばできるのである。

指示待ち族を作らないように自主的な活動を求める。
これは分かる。しかし、まずは指示にきちんと従うようにすべきであろう。その上で、自らではないかと思う。

与えられた指示すら出来ないのに、自らオリジナルのことができるなんてことは、そうそうないはずである。

授業後、タクシーが来るのを待っていたら、担当の先生に声をかけられた。

「池田先生ですよね」
『はあ』
なんか間抜けな返事をしてしまった。
「先生の、御著書、HPなどを拝見して、勉強させて頂いています」
『え、そりゃまあ、どうも。恐縮です』

びっくりした。
私が中学校の教員の頃からずっと読んでいてくれているのである。なんというか、まあ、嬉しいことである。

いろいろと質問を受ける。
『うーん、例えばこういうのはどうでしょうか?』
と提案したりもした。
『これからもあれこれ失敗するであろうから、それを楽しんでいただければ』
などとあれこれ話して、高校を後にした。

T先生、ありがとうございました。
ああ、びっくりした。

その後、学科の新年会。
京都市内某所で。
あれこれ続くのである。

食事をしながら、お酒を頂きながら
結局教育の話ばかり。学生の話ばかり。
ああ、なんて私たちは教員なんだろう(^^)。

いいことだ。

2009/01/29

梅の香が、微かに漂っていた

1/28

いつもと同じ程度のお酒だったと思うが、教え子から貰った「景虎」が心地よく効いたのかもしれない。また、授業を走り抜けた充実感からかもしれない。

飲んだ後にやらないようにしていることが二つある。風呂に入ることと、床暖房の入った床に寝転がることである。が、昨日は、後者をやってしまった。

ああ、禁断の心地よさである。
そのまま明け方までごろごろしてしまった。

ああ、極楽。

今日の琵琶湖は快晴無風だ。
まるで、

春の海 終日のたりのたりかな

のようである。
美しい。

昼過ぎに学科の会議の最初だけ参加し、そのまま近江八幡市へ高速で向かう。近江八幡市教育研究発表集会があり、その後半で講演をすることになっているのだ。

今回もそうなのだが、『教師になるということ』(ひまわり社)を読んで下さった方からのこういう依頼が増えている。ありがたいことだ。

近江八幡市はちょっと遠いし、学科会議を途中で抜け出すことになるのでどうしようとも思ったが、本学科の学生たちが教育実習等でお世話になることもあるだろう。ということで、お引き受けしたのだが、いやあ大変であった。

お話を聞かれる方が教育長やら教育委員会のお歴々やらで、
(本当に私が話しても良いのだろうか)
と思わざるを得ないものであった。

が、いったんお引き受けしたからには最善を尽くさねばと、あれこれ準備し、とにかく持ち時間いっぱいまでお伝えし、かつ、持ち時間を越えることの無いようにせねばと、話を続けた。

会場のスポットライトが強烈で、観客席にいた先生方の反応が今ひとつ掴みづらかったが、それでもなんとか声をかけてくださった先生に、しまったと思われない程度の講演はできたかなと、終了後の参加者の顔を見て一安心であった。

講演は授業と違うから、なかなか大変である。

講演後、教育長としばし懇談。
「どうしたらこの教員の忙しさを解消することができますかねえ」
と相談を受けた。
私は日頃から考えていることをいくつか申し上げた。
できるだけ、お金が掛からずに既存のものを活用する方法である。

1)四月に実施する健康診断を保健所でやる。
2)学級担任事務のアルバイトやボランティアを入れる

本当は、次のことも言いたかった。

3)勤務時間以降の電話は、留守番電話とする。

である。
どこかで一つでも実施しないだろうか。ずいぶんと変わるはずだが。

大学では、一回生の「鍋パーティ」が行われている。一回生の終業式として行うものだ。ちょっと間に合いそうにもない。家に向かう。

家に着いたところに、電話。
「祇園で待っているよ」
とのこと。知り合いの先生とその仲間である。
慌てて駆けつける。

昔の仲間の縁でこちらで出会った先生や、その先生から紹介された先生たちと、食事。
祇園ではあるが、一見さんお断りとかそういう店ではない。トンカツとかコロッケとかがある定食や。しかし、ここを見つけるのは、そうとう難しいと思うぞ。そんな穴場中の穴場で、これからのことをあれこれ話す。

なんか新しいことが起こりそうだ。

祇園といえば、八坂神社である。地下鉄の東山駅に向かうとき、遠回りをして八坂神社に円山公園を通って行った。八坂神社は、灯りがついていて幻想的。円山公園のしだれ桜は、これから迎える春のために妖気を蓄えているかのようであった。

そして誰もいない。
独り占めである。
梅の香が、微かに漂っていた。

うーん、忙しい一日だったが、充実していたなあ。

2009/01/27

学級担任論で、今年度の授業は全て終わり

朝の読書は、風呂の中で。
昨日から読みかけの本が終わりになりそうだったので一気に読んでしまった。マーケティングと教育の関係をあれこれ考えさせるのに面白い本であった。

内田先生が『下流志向』で示したように、消費行動というものが教育を語るキーワードになっている現在、マーケティングから教育を見てみるということは、意味のあることではないだろうか。

もちろん、教育は経済活動ではないので、根本的に違うものがある。しかし、その一方で不易流行の流行の部分で見ると、今は消費行動と教育を考える必要もあるだろう。

読み終えた今、そんなことを考えている。

読書の面白さは、その読後10分にもある。
今読み終えた本を、もう一度書き込みをしたところを手がかりに読み直すのである。

書き込みは、読む前の私(A)が規準になって書き込みをしている。見直しは、読む前の私(A)が一冊を読み終えて、その一冊が付加された私(B)になっている。その付加された私(B)が、改めて読む前の私(A)が行った書き込みを再評価する訳である。これが面白いのだ。

(ほほう。ここに(A)は線を引いたのね。こんなことを思っていたのね)と(B)が思うのである。

この(A)と(B)関係がいろいろとある本が面白いわけである。いろいろあるのを楽しんでいると、風呂の読書はのぼせる訳である。

ああ、風呂上がりの冷たいお茶が美味しい。

今日の学級担任論で、今年度の授業は全て終わりとなった。
本日は通知表の書き方。

事前に近隣の小学校から協力を得て通知表を手に入れてあったので、新卒教員が配当されやすい2年生と4年生の通知表について、自分が2年生4年生のときのことを思い出しつつ、過去の自分の通知表を見つつ、書いてくるということを課題としてある。

自分が小学校のときには分からなかった、担任の愛情の言葉が、いま大学生になって読み返してみるとよくわかったという感想を持つ学生が多くいた。そうなんだね。子どもが真剣に生きていないとは思わないが、経験が少ない子どもには分からないこともある。担任は、その子どもから嫌われることも覚悟で、未来の成長のために厳しい言葉も言う必要があるのだよ。そんなことは話したよな。それが分かって良かったねえ。

通知表は、成績、所見、出欠席の三つの項目からなることが多い。今回課題に出した小学校もそうなっている。しかし、自分の時代のもの比べて、びっくりする学生である。英語の活動がもう通信簿に入っているのである。

今日の講義では、このそれぞれの書き方を説明した。

簡単言えば、

1)事実の蓄積
2)事実の評価
3)評価の記述

となるわけだが、1)がなければどうしょうもないことが、学生たちにはよくわかったようだ。とにかくメモを取れ、とにかく文章を書けとやってきた意味が少し分かったのではないかと思う。

具体的な資料を見せながら、どのように成績をつけ、所見を書き、通信簿を作成するのかを示した。

学生たちは、とにかく空いた口が塞がらないという感じであろうか。絶対評価と相対評価の違いはまあ何となく分かっているが、絶対評価の場合、規準と基準の違いが分からなければどうしようもないし、それを奇麗に計算するための、エクセルのマクロがこんなふうになっていて、これも使えないとダメかと思うと、だんだん身の置き場が無くなって行くのではなかっただろうか。

しかし、私は

『むしろ、エクセルを使わないで成績をつけている先生方の方が、私は驚きです。さらにいえば、こんなの教師だから大変なのではなくて、社会人になればあたり前のようにやることです。教師だから大変の部分は実はあまりないですよ』

と追加する。

二回生の後期でこの授業があって良かったと思う。
三回生ではちょっと遅い。自分に不足しているところを見直す時間が少ないだろう。

さらに三回生の後期から教育実習に行くのだから、今やっておけば実習のときに観察する時の観点も違ってくるだろう。学級担任論でやった項目を観点にして教室を見ていくと、ずいぶん見え方が違ってくるはずである。

この授業では、学級担任の仕事を通して、子どもに関わるとはどういうことなのかを考えることを大切にしてきた。指導の技術を理解し、それができれば指導できると勘違いされないように、あれこれ話してきた訳だ。

今日の通知表のことだって、エクセルが使えれば通信簿が書けるなんて思われたら、大変な勘違いである。エクセルはあくまでも方法である。目的は、子どもたちを伸ばすことにある。学級の集団を通して子どもたちを伸ばすことにある。そのために、評価をするのだし、そのために通信簿を書くのである。

生きて行く上で、目的と方法を取り違えることはよくある。この授業ははじめて担任になったときに混乱しないように、倒れないようにと、最低限の基礎的な方法を教えてきた。そしてその一方で目的と方法を取り違えることのないようにとも話してきた。この技術はなんの目的を達成するために必要なのかを考えるようにさせてきたつもりだ。

来年度、教育実習に行ったときに学生たちが
(あ〜、そういうことか)
となることを期待したい。

と、まあこんな風に書いてきたが、この授業をここまで終えるのには、いろいろと準備も大変であり、苦労もしてきた。グーグルで「学級担任論 シラバス」で調べてみると、ほとんどヒットしない。

二年前にこの授業を実施することが確定した時から、シラバスを何回か書き直し、横浜の野中信行先生や東京学芸大学の山田雅彦先生にご意見を頂いたりしながら、さらに書き直し、授業に関連する資料を集め直し、整理し直しとしながら進めてきた。

学生たちは、授業のある毎週火曜日が来ると、ああ課題が終わっていないと憂鬱だったと思うが、私は私なりに授業の準備に追われていたものである。最低、二週間前に授業の最終準備を終えるようにあれこれしてきたが、直前になって変更するということもあり、スリリングであった。

中学校の授業では、教科書があり、(見なかったけど)指導書があり、(あまり見なかったけど)先行実践があり、とそれなりに授業の準備の手助けはあったが、大学ではない。とくにこの授業はなかった。

それだけに、いま、やり終えたと言う感じは強くある。
もちろん、これを元に来年度もバージョンアップして行くのだが、しばらくはこのスタイルで行くことになる。この数年、立ち上げばかりやっているが、これで一段落。あとは、来年度から始まる専門ゼミに照準を合わせれば大丈夫だろう。

倒れることなく途切れることなく授業を続けることができたのは、野中先生、山田先生を始め、いろいろとアドヴァイスをしてくださった先生方や、膨大な資料を残してくださった故家本芳郎先生の御陰である。さらには課題とはいえフィードバックの感想を毎週書き続けていた学生諸君の文言によるところも大きいだろう。

将来は、この授業内容を元になんとか一冊の本が書けるぐらいにしてみたいと思う。
それが、アドヴァイスを頂いたことへのお礼であり、先頭を走ってしまった私の責任なのだろうと思っている。

授業が終わると、私を待っていたかのように電話とメールと書類の束。
あれがこうなって、そちらはお世話を頂いて、それはどうもすみませんとお詫びをし、で、この次はここをこうするのねと打ち合わせをして、え、それは良かったですねとメールを打って。さらには赤ペンを出してあれこれ校正をしてと。
これで一安心かな。

さあ、あとは、明日の近江八幡市の講演の最終準備だ。
ハンドアウトは出来ているのだが、これを80分で話し終わるように作り込まねば。
練習しなければ。

もう一踏ん張りだ。

2009/01/26

やはり新年を祝うのには

朝から読書三昧、と行きたいところだが三昧までは行かないので、二昧ぐらいにしておこう。午前中に読みかけの本を三四冊とっかえひっかえ読む。このところ、マーケティングの本と広告の本が面白い。マーケティングと広告の本を呼んでいるのに、教育や作文に私の中でリンクして行くのだから、びっくりする。

If You're Still In Love With Me

いやあ、Earl Klughはこういう日のBGMにはいいなあ。

懸案の年賀状も、今日こそはと思い頑張る。
旧正月の元旦に書く年賀状も、乙なものであろう。いや、すみません。

予定した年賀状の2/5は終わりました。
インクが無くなったり、なんだかプリンターがうまいこと行かなくて難儀したことなどもありまして。
一度設定を全部キャンセルして、やり直したらうまくいきました。
マックは楽だ。

はい、すみません。立春まではなんとかしたいと思います。

にもかかわらず、やはり新年を祝うのには、レフ ブロンドなんぞを頂いているのであります。
さ、明日は今年度最後の授業です。

本日は、旧暦の正月

さ、オフである。
そして本日は、旧暦の正月である。
みなさま、あけましておめでとうございます。
初日の出も、ばっちりと琵琶湖から昇ってくるのを拝みました。

Imgp2747

今年はカレンダーの一つを月暦のものにしたので、旧暦が分かりやすい。なんとなく意識するのだが、季節の実感はこちらの方があるなあ。

袖ひちてむすびし水のこほれるを 春立つけふの風やとくらむ      紀貫之

もちろん、これは立春のころを表すのであろうが、なんとなくこの歌を口ずさんでみたくなる心持ちである。湖面に漂う水蒸気も、そう言う思いで見ればうららかに見えるのだから面白い。

ちなみに、紀貫之のお墓は、我が家の裏に聳え立つ比叡山の中腹にある。彼もこの琵琶湖の景色を見ていたのかと思うと、勝手に縁を感じる。

今年もよろしくお願いいたします。

野村誠さんのDVD撮影

1/25

そして、本日はその野村誠さんのDVD撮影。うちの学生たちを出演者にして、音楽のワークショップの様子を撮影するのだ。

監修は糸井先生。私は、なんというか中高のクラブ活動で言うところの会場校の先生。特に何をするのでもなく、ワークショップを拝見したりしながら、急な出来事に備えて一日中いる。

ワークショップを見続けていたい気持ちもあるのだが、今週の水曜日に行う近江八幡市の講演の資料が作りきれていなかったので、そちらの仕事を行う。

こちらはなんとか完了。
あとは、明日の旧暦の正月に合わせて、年賀状を書くだけだ。
まだ書いていないのねんねん。

一つのプログラムは最初から最後まで見たのだが、凄いの一言であった。

学生たちに一つの音楽の遊びを与えるのだが、そこで示された学生たちの活動を、さらに次のステップに替えながら、新しい音楽遊びをつくり出して行くのである。

つまり、子どもの事実がそのまま音楽の素材になるという展開である。

すんごい専門性を持っているから出来るのだろうが、それを感じさせない。そして、ぐいぐい高みに引っ張って行くワークショップである。

面白かったのが、野村さんは、聞こえた曲をそのまま鍵盤ハーモニカで奏でることができる。そして弾いてから、その音楽を黒板の五線譜に書き表してみて、
「ふーん、こうなっているのね」
と確認していたのだ。
これが私には非常に面白かった。

聞けることと、弾けることと、分析することをやっていたわけだ。素人考えでいえば、聞いたことをそのまま弾けるんだから、何も楽譜に各必要はないだろうと思う訳である。

その辺りを聞いてみたら、
「楽譜に書くと、全体が見えるでしょ。和音の響きとかも分かるし。何小節かも分かる」
ということは、弾いている時は、何小節かなんかは意識していない訳なのがわかる。いやあ、面白い。

感動しながら、昼ご飯を糸井先生と野村誠さんと私で食べる。
私はあれこれ質問をして楽しんだ。

『曲を書くと、文章を書くは、同じ書くですが、同じですか? 同じところと違うところがあると思うのですが、それはなんですか?』
『音を聞いてそのまま楽器で演奏できるのに、なぜ一度譜面に起こすのですか?』
『楽譜の断面図を指定したら、そのときに流れている和音が楽譜から聞こえるのですか?』

プロに対して失礼な質問ではあるが、プロにしか答えられない質問もたくさんした。そして、文章を書く、音楽を書くことの共通項の多さを改めて確認した。問題意識もかなり似ていたので驚いた。

この辺りの知見は、来年度の国語科教育法か、教科教育法(国語)の授業で活かすことができると思う。

野村さんのブログは、ここ。ご本人がもっと詳しく書かれています。

糸井先生に言われた。
「いやあ、池田さんと同じだね。野村さん」
『ん?』
なんだか分からなかった。

「ほら、一つを与えて、自分たちでルールを設定させて、次から次へと展開して行くやりかただよ」
『あ、そこですか』

言われてみればそうかもしれない。
音楽と国語、または音楽と学級づくりということで、勝手に違うように思っていたのかもしれないが、糸井さんから見ると共通項だらけだと言うのだ。なるほど。見てくれる人がいるというのはありがたいことだ。

あれこれ刺激を受けることのできた週末であった。

2009/01/25

明日の教室 第20回

明日の教室第20回は、平盛小学校のドリームコンサートを鑑賞する。
三人のアーティストが学校に入り、子どもたちと一緒に曲を作りコンサートを作って行くのだが、その最終の部分のコンサートを拝見する。

この取り組みはもう5年目で、そして今回が最後になる。私はそのうち、二回ほどお邪魔した。

こういってはなんだが、コンサートはコンサートとしてあるのではない。コンサートに至るまでの部分が、コンサートなのだと思う。私も嘗て軽音楽部の顧問として子どもたちと一緒に、多い時は年間に7、8回コンサートをしてきた。コンサート当日は、まあ、いわゆるコンサートだが、それを動かして行くために事前の準備、ステージングがとても大切になる。

軽音楽部にやってくる子どもたちは、音楽が好きでステージで目立つことが好きでやってくることが多い、というかそれがほとんど。

私はステージに立つために、ステージをまわすために運営をきちんと指導してきた。もちろん、演奏もであるが、ここができない者はステージには立たせなかった。

小学6年生、1年生と一緒に一週間作り込んできたコンサート。いろいろなことがあったんだろうなあとよくわかった。詳しくは、ここにある。

コンサートは、娘も連れて行った。最近、芸も覚えてきたが、なんといっても名前をフルネームで呼ぶと、手を上げて答えるようになってきたのが可愛い。ま、そんなことはどうでもいいのだが、連れて行った。

最前列で見せてあげることができた。
はじめのうちは、固まっていたが音楽が流れると少しずつ体が動きだし、「ワニバレエ」は、ノリノリであった。恐るべし「ワニバレエ」である。

最前列で見ていたので、ステージにいる小学生から娘はよく見える。娘が、一曲終わるごとに拍手をする姿を見て、「可愛い!」と声をかけてくれる。父としては嬉しいのだが、一方で、
(いまはステージでコンサートの最中だろうが)
とどうもそちらの方にも気が行ってしまう。ハラハラしながら鑑賞。

私は最後の曲が良かった。

この冬一番の寒さの京都であったが、体育館が東南アジアの空気に変わったのだ。一年生が好き勝手に打楽器を打ち鳴らすのだが、その音があの森の中でざわめく動植物のそれと同じで、なんとも心地よかった。

この打楽器は、当初予定していなかったのだが子どもたちがやりたいやりたいというので、急遽入れることになったように見えた。だが、それが何とも言えない味わいを出していたんだなあ。

子どもを大事にする。
その時を大事にする。
そういうことなんだけど、これは子どもを信じること、信じた子どもを活かしきれると言う自信が指導者にあること。最低この二つがないと成立しないと思う。

それを見ることができた。
幸せだった。

娘を家に連れて帰ってから、懇親会に向かう。
イギリスからのミュージシャンがきていたこともあり、英語の飛び交う懇親会であった。

昨日の夜は久しぶりに耳鳴りが激しかったこともあり、いつも以上に英語が聞き取りにくかったが、でも、分かったなあ。なんなんだこの感覚は。

明日の教室から、ライター登場をよろこび、たくさん食べて一次会終了。
二次会は明日の教室初の、カラオケに決定!
(をを、いよいよ歌うか?)
と思って部屋に入ったが、歌うことなくみんなで語り続けて終わった(^^)。

私と糸井先生は、4月からの明日の教室のスケジュールの確認。
またまた面白くなりそうです。

この日は明日のDVDの収録があるので、10時には家に戻っている私でした。

1/23 臭い酒、臭い食べ物が欲しくなった

1/23

授業が終わった後、顧問をしている教職サークルの新年会に向かう。授業が延びたので、遅刻して到着。すまん。
やっていればいいのに、待っている律儀な学生たちであった。

あれやこれやと話をしながら、彼ら彼女らの今年のこと、これからのこをと聞く。

院を終えて地元に帰る準備をする者。卒業して非常勤講師をしながら採用試験に挑戦する者。教育実習を前に力をつけねばと意気込む者。いろいろである。

そんなこんなを話していたら、最近連絡がない、九州にいる元学生のことを思い出す。早速そこにいた同期生に電話で連絡させる。

『おーい、大丈夫か』
「せんせ~い」
と。
なんとか生きている声であった。

この不景気で大変だと思うが、それはあなたの責任ではないので、あまり落ち込むことのないようにね。また京都に来たら会いましょう。

大学を出る。希望通りの進路先を得た学生は、本学の場合どのぐらいいるのだろうか。去年の就職率で言うと85%ぐらいで、関西の私学では結構上位の所にいるのだが、第一希望はどのぐらいなのだろうか。

専任の教員をめざして頑張ってきて、ダメだと分かり非常勤をやったり別の種類の免許状を手に入れようと努力を重ねようとしたりする学生たちに話をしていて、ふと思った。

(ん、俺、第一希望ではない人生だぞ)

と。

高校を選ぶところからして、ほとんど全てのところで私は第一希望通りに人生が動いたことはない。唯一は結婚ぐらいであろうか。あと、進路、就職、異動など希望が叶ったことはないということに気がついた。

気がついたというくらいだから、もう自分の中ではどうでもいいことになっていたのだろう。でも、思い出してみるとその時は確かに、
(なんで、俺がこの校務分掌なの?)
と思ったり、
(なんで、この学校なの?)
と思ったこともあった。

しかし、今ではすべて
(ああ、良かったなあ。あの仕事をやっておいて、あの学校に行っていて)
と思えるようになっている。だから、第一希望でなかったことを忘れていたんだろうと思う。

いや、そうじゃないかもしれない。今も大した人間でもないが、第一希望通りに人生が進んでいたら、私はとんでもなく嫌な奴になって、なおかつ何も力をつけることなく、周りに不満を言い散らかしながら生きている人間になっていたんだろうなあと、簡単に想像できる。

第一希望でなかった人生が、私を育ててくれていたんだなあと、学生たちと話していて気がつく。うれしいことだ。

家に帰った。
臭い酒、臭い食べ物が欲しくなった。

スモーキーフレーバーのウイスキーとブルーチーズを出してきて
この日を閉めた。

授業に新年会にと良い一日だった。

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