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2009/12/12

まるで、料理人のようである

12/11-2

最後の決めの一品が見つからなくてうろうろしていた。まるで、料理人のようである。

その一品をやっと探し求めた。これであとは、明日資料を印刷すれば完成である。

授業を作る、講座を作る。
この時間はいつも大変で、いつも楽しい。

2009/12/11

この過程をどうやって充実させていくか

12/11

いやあ、良く寝た。
この一週間の疲れがでて、昨日はもう10時前にはベッドの中であった。
『お父さん寝るよ。一緒に寝よう』
と娘に言ったら
「先きに寝て!」
とはっきりと言われてしまった。
(なんだ?)
一瞬、目が覚めてしまったが、睡魔には勝てず家族の中で一番最初に寝ていた。

このところの娘は、
「一緒だね」
と部屋の中にある同じものを探してきては指摘する。iPod touchとコンピュータの中のiPod touchを指摘したり、HDとHDの入っていた箱に描かれてるHDをしてきたり。概念構成はどうなっているのだろうと思う。

また、
「座ってください」
「来てください」
「(椅子から)おりてください」
というお願いの言葉も言うようになった。「〜ください」が丁寧な言い方と理解しているようで、その時は声色も妙に優しい。面白いなあ。

で、今週は通常の授業の他に、ゼミ合宿、GP打ち合わせ、フォトストーリー、読書へのアニマシオンと、力一杯でさすがに疲れた。だが、充実の一週間でもあったわけである。

この充実の積み重ねが、人生の充実に繋がるわけである。
人生は結果ではなく、過程である。
結果であれば、みんな同じ。死ぬということである。
だから、結果ではなく過程である。

この過程をどうやって充実させていくか。
やりたいことから、やるべきことの発見が一つの鍵だと私は思っている。天命、宿命、使命、いろいろな言い方があるが、古人はこれを発見し、自分の生きる意味を見いだしていったんだろうなあと最近思う。

さ、これから明日の「明日の教室」の最後の準備である。




「読書へのアニマシオン」

12/10

東京から慶応大学付属普通部の鈴木淑博先生にお越しいただき、「読書へのアニマシオン」の特別授業をしていただく。先生とは、気がつけばもう10年以上も前からのおつきあいとなる。

授業は、木曜日に行われる三つの授業でしていただけることになった。どれもこれもすばらしいものであった。

たまたま手元にある二回生の感想である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

今回の授業ですが、もう本当に一言で「楽しかった」です。
授業は子どもたちとつくっていくものだと思うので、先生も子どももみんなで考えて、動けた今回の授業は一つの到達点だと感じました。まだ僕が気づいていないだけでもっと改善点があるのかもしれませんが、こういう授業は常に目標にできるなと本当に思いました。

アニマシオンというものを紹介していただきましたが、今までまったく聞いたことすらないものでした。今回これを知ったのは大きな収穫でした。75の方法があるということですが、とてもおもしろそうなので必ず調べようと思います。
アニマシオンということばの意味は「魂を活性化し元気にする」というものらしいです。(『子どもが必ず本好きになる16の方法・実践アニマシオン』有元秀文 合同出版 2006年 より)子どもたちも先生も魂から元気になれる、しかもそれは授業の中で!ということで、必ず取り入れていきたいと思いました。

アニマシオンもすごいと思いましたが、鈴木先生の本読みもすごいなぁと思いながら聞いていました。本を閉じていても場面が想像できるような読み方でした。正直に言うと鳥肌が立ちました。子どもに読み聞かせというのもどこかであるものだと思うので、読む技術も同時につけていきたいと感じました。

最後に、今回はすばらしい授業、アニマシオンの紹介をありがとうございました。とても勉強になりました。必ず活かせるように努力していきます。

引用終了 ーーーーーーーーーー

引用開始 ーーーーーーーーーー

今回は、特別講師の鈴木先生に来ていただき、アニマシオンについて学ばせていただきました。

読書は、読むものだと思っていましたが、今回の授業を振り返ると、自分たちでは、一回も読んでいないことに気がつきました。
それに、読書は一人で静かにやるものだと思っていました。けれど、今回の授業では、円になって、みんなで1つの本を読むという方法でした。学校でも、教科書をクラスで読むことは授業中にはよくあります。けれど、今回のように絵本をみんなで読むというのは、新しい体験でした。

読書を読むのではなく、体験することによって、子どもの本の世界への入り方が違うと思いました。
読んでいる時は、「読んでいる自分と、本」という関係なのですが、今回の場合は「本の中の登場人物=自分」という感覚でした。絵本の世界に完全に自分が入っている感じがしました。
そして、この授業ではつねに私たちは楽しく笑いながら授業をすることが出来ました。読書で笑えるというのは、すごいことだと思います。

もっと多くの事を教えてもらいたかったのですが、この先は、自分で本などを読みながら知っていこうと思います。
今回は、本当にありがとうございました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

今年度は、先生に来ていただけることが早めに分かっていたので、私が実演せず、実際に専門の先生にやっていただいた方が良いと思って、言葉ぐらいしか説明していなかったのだが、これが良かった。

本物に触れることで、その衝撃は残る。学生諸君は、学校現場保育の現場に入ったときに、この「読書へのアニマシオン」を必ずややるであろう。

実に楽しみである(^^)。

二枚目は娘が撮影したもの

12/9-2

夜は、奥さんの誕生日お祝いで近くのレストランに。
夜景とクリスマスイルミネーションが見事であった。

一枚目は私が撮影したもの。
N_2
二枚目は娘が撮影したもの。B_2
彼女は最近、カメラに凝っているのである。

授業は、具体であり具体の上に想像と創造が生まれる

12/9

本日は、明日の教室のDVD製作をお願いしている平井さんに来て頂いて、学生の指導もお願いする。メディアリテラシーとフォトストーリーの作り方についての講義である。

ここが今年度から始まったGPのプロジェクトの中核となる部分の一つである。オリターと呼ぶ先輩のリーダー達が、後輩のためにあれこれするのであるが、彼等自身の活動をポートフォリオすることで、彼等の学びを豊かなものにしつつ、後輩のためになるというものを考えている。

ポートフォリオは、文章でやるものという考えがあるのではないかと思う。それはその通りである。しかし、それだけではないはずである。今回のGPでは映像によるポートフォリオをさせようとしている。それがフォトストーリーである。

嘗て写真を撮る撮られるというのは、特別なことであった。ところがデジカメ、さらには携帯電話にこれが搭載されたことから、普通のことになった。私もバシバシ撮影していた。そしてここに「写真」による問題が発生するのであった。

一つ目の問題はインク代がかかるという事であった。いまでも職員室には先生個人のためのパソコンが用意されているところは少ないだろう。という事は自腹でパソコンを買うことになる。であるからして、プリンターもインクも自腹でとなる。学校教育現場はBサイズが残っているので、B4サイズがプリント OUTできるちょっと高い物を買わざるをえなかったのだ。

だがまあ買えばすむものであれば、良いか悪いかは別として、お小遣いの許す範囲で自腹を切れば良かったのである。

二つ目の問題は、個人情報、または肖像権の問題である。学級の情報を学級の中で扱う分には、特に大きな問題はない。だが、インク代を節約しようとしてインターネット上に載せようとすると、この問題が発生する。

校内LANがあってインサーネット環境が整っていて、図書館の司書教諭のような情報司書教諭がいる学校であれば問題無い。だが、そんな公立中学校は存在しない。だから、情報を扱う者がそこを配慮してやるならやるのである。これが非常に面倒くさい。だから、私はこの方法もやらなかった。

三つ目の問題は、一つ目と二つ目にも関わるのだが、手に入る写真が多過ぎるということだ。行事などがあると、保護者からも届いたりして嬉しいひめいとなる。選びきれないのである。

これらの条件をなんとかクリアしようと考えて私が最後の中学校にいた頃にやっていたことがある。それはPCによるスライドショウでの展示である。学校に余っていた古いノート型の98PCを持ち出して、そこに「窓の杜」からダウンロードした無料のスライドショウソフトをインストールして使っていたのだ。

これであれば、インク代はかからず、校内LANも必要なく、大量にデータがあっても大丈夫である。子どもたちにも、学校にやってきたお客さんたちにもとても好評であった。

いまなら、WindowsXPには標準で入っているし、Macならさらに昔からスクリーンセーバーでいけるし、今ならiPhotoのスライドショーでも楽しむことができる。

前置きが長くなった。
で、私はこういう実践をしてきたわけで、これを踏まえて児童教育学科の学生たちを育て、その上で彼らがここで学んだものを踏まえて学校教育現場、保育の現場で頑張ってほしいと考えてやってきた。

これを文学部全体に広げるにはどうしたら良いのであろうかと考えて、今回のGPの基本構想を考えたのであった。

授業は、具体であり具体の上に想像と創造が生まれると考えている。

で、フォトストーリーである。これであれば、写真、文章、音楽、ナレーションなどを入れて、一つのムービー作品を簡単に作ることができる。デジタルポートフォリオを作ることができるのである。

写真は、携帯電話で取れる。文章やナレーションは授業の感想文などで鍛える。音楽は十分楽しんでいるので、著作権の問題をきちんと学べば良し。あとは、作り方を教えていただければオッケーということで、平井さんにお願いをすることにしたのであった。

授業は平井さんの丁寧な説明で、どんどん進み、あっという間に学生たちは作品を作り上げた。

来年度の新入生キャンプを始めとして本格的にスタートするこのDVD作成。これを受けて、実はもう一つGPではプロジェクトを動かしている。それについては、また事業の進行とともにご紹介したい。

楽しみ楽しみ。
平井さん、ありがとうございました。

2009/12/10

天上からのスポットライト

先日娘と久しぶりに散歩に行った帰り道での一枚。
びわ湖の噴水に、天上からのスポットライトが当たっている瞬間です。

この場所にこのようなタイミングで当たることは、もの凄く珍しい。
そして、そのタイミングに対岸にいたことも珍しい。
私にとっては、ちょっと奇跡的な一枚です。
どうぞご覧下さい。

Photo



2009/12/08

しかしもう、8年も前のことなんだなあ

12/8

ゼミ合宿から目覚め、いったん家に戻る。こう言うとき家が職場から近くて本当に助かる。娘と一緒に朝ご飯を食べて、ひげを剃って着替えてから大学に向かう。

合宿の会場に忘れられていた眼鏡と時計を預かっていたのだが、その学生たちにすぐに大学で会う。その後の生協でも会う。なんだか私が後をつけているのか、私がつけられているのかというような状況である。縁のある学生というのはいるものだ(^^)。

研究室で仕事の確認。
今日は10:00からGP関連の打ち合わせがあると確認、したつもりが10:40からであった。忙中閑あり。紅茶を入れて落ち着く。

GPの打ち合わせ、教職総合演習の指導と行って、ディベートの授業。本日は、私が中学生に指導をして全国大会準優勝した時のビデオを見せる。これを見せてフローシートを書く小テストをさせる。

その時の半年間の指導の記録は、
http://homepage.mac.com/ikedaosamu/debate/01kiroku.html
である。

ディベートは勝敗のつく競技である。そうであれば、歴史は勝者の記録となる。それはそれで良い。だが、教育としてディベートの指導に当たってきた私たちは、その子たちのことが大事なわけである。

だから、記録する。私が記録しないで誰ができるのだという思いで、この夏の二週間を使って記録したものだ。今この文章を書けと言われても書けない。あの時でなければ書けないものである。文章にはそう言うものがある。その時でなければ書けない文章がある。これを私は理解している。学生たちにも理解させたい。だから、書け、書けと言い続けているのである。

しかしもう、8年も前のことなんだなあ。白髪も増えるわけだf(^^;。

あのくだらなさの準備のために

12/7-2

補講による集中講義である。
3回生ゼミは、教育実習の期間休講にしていた。この補講である。通常の授業を含めて4時間連続での補講である。

今日の補講は、教育実習に最後まで行っていた彼女の簡単な報告から始める。唯一我がゼミで幼稚園に実習に行った彼女である。貴重な報告があった。

甘えさせると甘やかすの違いを理解して指導することが、教育においては大事である。この違いについて実習に行ってきた彼女はきちんと理解してきたようである。良かった良かった。

私の考えでは、甘えさせるは愛情の問題である。そして、甘やかすは社会ルールの問題である。甘えさせてもいいが、甘やかしてはならないのは、愛情の足りない子どもには十分に愛情を注ぐべきである。しかし、社会のルールを無視するような行動をとった場合、きちんと指導しなければならないということである。

通常は、愛情をたっぷりとあたえ、その上で社会のルールを教えるのが望ましいとは思うが、実際は同時進行で行ったり、社会のルールが先きということもあるであろう。それが現場である。ただ、この甘えさせると甘やかすの違いを理解した上で指導することは、肝要である。

さ、我がゼミの学生諸君が卒業論文のテーマとして考えているもののが出そろった。

・Q−Uについて
・若者語について
・コミュニケーションティーチングについて
・子どものキレる理由について
・スローリディングについて
・ライティングワークッショップについて
・清掃指導について
・叱り方について
・学び合いについて
・特別支援教育における発達障害について
・ゆとり教育と学力低下について

なかなかバラエティに富んでいて面白い。

集中して行ったゼミは、楽しいゼミであった。学生諸君は、発表の準備のために根を詰めていて、なかなか大変だったようだったが。

一つのテーマ、それも誰に指示されたものでもない自分で選んだテーマで纏めて発表する。なんて楽しくてなんて大変なことなのであろうと学生諸君は思ったであろう。

また、自分で選んだテーマであるのに、それが他の人の発表といろいろとリンクしているのがわかり、面白いなあということになった。卒業論文は、自分で執筆するものであるが、チームで執筆するものでもある。この辺りに気がついてきたようで嬉しい。

ゼミの休憩時間に
「先生のその頭の中はどのようになっていらっしゃるのですか?」

と質問を受ける。え、そんなこと言われても見たことはないし、見ても分からないしf(^^;。

『どういうこと?』
「その、一つのことを聞くと、ばーーっと話が出てくるというか、沢山の引き出しの中から関連するものが、次から次へと出てきて、話が進んでいくんですけど、どうしてですか?」
『どうしても言われてもねえ。そういうようになるように脳みそを使っているからではないかな。あとトレーニングもしているしね』

なんてことを話す。
卒業論文のテーマに関することをあれこれと話してあげている姿が、そのように感じられたのかな。

でまあ、その後のコンパが凄かった。教育実習お疲れさんコンパである。学生会館に場所を移して、お泊まりで行った。鍋を囲んで美味しく頂くのはまあ良い。問題はその後の出し物である。

ゼミ生の誕生日を祝ったビデオを見ることから始まり、blogには書けない抱腹絶倒のあれこれが催されたのであった。写真は有るのだが、これを載せると、日本の少子化にますます拍車をかけると思われるので、自主規制である。

だが、あのくだらなさの準備のために、発表前の貴重な時間を拠出する君たちを少し嬉しく思ってしまう私でたあった。 また少し彼ら彼女らが成長したかもしれないな、と思う私であった。

さ、今日はみんな眠いぞ、授業中に寝ないように(^^)。

2009/12/07

三倍ぐらい上手く書ける

12/7

いやあ、神経を使った。

12/12の明日の教室で使う書道用品をネットで選んで購入。一番安くて良いものを探そうとあれこれネットサーフィン。当日は書道と篆刻をする予定なので、それの用具をまとめて購入なのである。自分の持ち物であれば、まあだいたいで良いのだが、人様のものとなるとね。

参加申し込みの人数確定を受けて、やっと先ほど注文が完了したのだ。ふう。

書道は、同じ腕前であれば、はっきり言って筆と紙で決まるのである。
こういうと良く言われることがある。

「え? 弘法は筆を選ばずではないの、池田さん?」

と。
大きな間違いがある。弘法は筆を選ばないのであって、弘法でない私たちはきちんと筆を選ぶべきなのである。それなりの筆と用途に応じた紙を使えば、三倍ぐらい上手く書ける。

当日は、その筆と紙とを用意してお習字の基礎をやる。これが前半。後半は、石に吉語を刻す。篆刻である。本格的にやる方法も私は知っているが、今回は割と安直バージョンでやる。しかし、この安直バージョンもなかなか捨てたものではない。当日をお楽しみである。

なお、少し余分に筆を買っておいた。中にははずれの筆も入っているので、予備として買っておいたのだ。ので、直接私にメールを頂ければ、あと若干名は当日の申し込みが可能になると思います。良かったらどうぞ。

さ、寝よう。

2009/12/06

『教師になるということ』の二刷り用の校正を進める

12/6

午後から曇ると言う予報だったので、午前中に娘と散歩に行く。お気に入りのガーデンは、来年の3月まで休園なのでその周りの芝生のある庭に行く。ライトアップ用の電飾トナカイやツリーが設置されている。ここでシャボン玉を飛ばす。

風が強かったので、シャボン液を張ったリングを持っているだけでどんどんシャボン玉ができる。娘は大興奮。

岬の先端まで歩いていく。ここにはニセアカシアの大木が二本植えられている。夏には良い木陰を作るのだが、いまは葉っぱも枯れて実がなっている。いくつかは落ちている。その実を娘は
「あったね、あったね」
と言いながら拾っている。
(ま、そりゃああるだろう)
とは思うものの、
『そうだね、あったね』
と言いながら拾うのに付き合う。鞄の中に次々とその実を入れてくれる。ま、それなりに嬉しいお父さんではある。

集める、交換する。
これは人間の本能の一つなのだろうなあと、改めて思う。

昼ご飯はパスタ。
タマネギとシメジとトマトで作ってみる。私はここにペペロンチーノオイルをかける。なかなかうまい。

午前中のお昼寝をしなかった娘は、食べながら眠い様子。
「三人でね」
と言いながら、昼寝を催促する。
当然反論することなく、三人でお昼寝である。

いろいろな夢を見る。

午後は、頑張って『教師になるということ』の二刷り用の校正を進める。このところ娘がやたら私の膝の上に乗ってくる。

『いま、お父さんはお仕事しているんだよ』
「学校の先生になる」
『え? 学校の先生になるの? ま、お父さんは先生だけどね』
「お父さん、好き」
『え? ま、それは嬉しいけど、いまはちょっと困るんだけどなあ』
「好き、ぎゅっ!」
『あ、そ、そうですか。はい』

娘の嬉しい攻撃を受けながら、営々と作業を進めたf(^^;。

本に載っているデータはちょっと古くなっているが、まあ、そんなに本質的に変わっていないなあということを確認。ただし、句読点の使い方に違和感を感じるところ等があって、これを修正する。

御陰さまで在庫があと6冊ということなので、二刷りがこれから書店に並ぶことになる。ありがたいことだ。

さ、明日は3回生池田ゼミ合宿である。2限から5限まで通してゼミ。その後、教育実習打ち上げのコンパである。

楽しみ楽しみ。

石田純一

12/5

チェックアウトぎりぎりまでホテルの部屋で過ごす。いや、過ごさざるを得なかった。ないのである、靴下が。

(おかしいなあ)

替えの靴下を持参するのを忘れたので、同じ靴下で帰ることになってしまったのだが、部屋の中を探しても見つからないのである。いくら私でも、昨晩の店で靴下を脱いで裸足で帰って来たということもないだろうし、勢いで別の店にいって暴れて靴下を脱いだということもないだろう(たぶん)。

と思って靴下を探すのだが、見つからなかった。素足で革靴を履く。石田純一である。

そのまま、小浜の魚市場に向かう。土曜日ということもあるのだろう、かなりの人ごみ。みなさんが狙うのは蟹である。

私は、ま、蟹も好きであるがトロ箱に5匹入っていくらという売り方なので、今回はパス。手に入れたのは、ノドグロ、アジ、バイ貝である。

ノドグロは、白身魚の本マグロのトロと言われる魚である。とにかく、うまひ。確認したら刺身で行けるというので、ご購入。市場でも結構な値段。そりゃあ、町中で高いわけだ。

で、一路自宅に向かう。途中、朽木の道の駅で魚以外のお土産も購入。もう慣れたものである。

自宅に戻ると、娘がお出迎え。
「おみやげ!!!」
と言いながら、私の荷物を持ってリビングに走る。ま、確かにお土産です。それだけ喜んでもらえれば私は幸せですが。

近所の子供会で作ったクリスマス用の帽子や、お店で売っていたカチューシャを被って昨日のことをあれこれ話してくれる娘。
『へー、そうなんだ』
と聞く私。いつまでこうして話してくれるかな。

『というわけで、靴下がなかったんだよ』
と奥さんに話す。
「え、蒲団の中だよ。どうせ靴下を履いたまま寝て、寝ながら脱いだんじゃないの?」
と言われる。

(ん?)

ひえー、その通りであった。
確かに靴下をはいたまま寝てしまい、途中で目覚めて蒲団の中でごそごそ脱いだ記憶がそのときに蘇ってきた。奥さんは、どうやら透視をしていたようであるf(^^;。すごい。すごすぎる。

『分かっているなら、電話してくれれば良かったのに』
と私。んなあほなf(^^;。

昼ご飯を食べて、私はそのまま昼寝。いやあ、急に睡魔が襲ってきた。起きたのは、17:00。例の番組が始まるので起きた。お酒と小説の特集であった。

娘と奥さんがお風呂に入っている間に、私は魚を捌く。
新鮮な魚であるからして、大事に捌く。
とくに、ノドグロは大変である。身が柔らかいので慎重にやる。そして、自分で捌いているもののみが味わえるものもゲット。それは胆である。

胆といえば、アンコウやカワハギが有名である。しかし、冬は多くの魚の胆が肥えるのである。店で刺身用に処理してもらうと、この胆は捨てられてしまう。勿体ない。私はここも食す。ああ、うまい。

娘も気に入ったようで、かなり食べる。魚好きになっていくようで嬉しい。そのうち、寿司屋で二人で食べる日が来るだろう。これを今から楽しみにする私である。

小浜、恐るべしである。

一路若狭に向かう

12/4

ガソリンを満タンにして一路若狭に向かう。
こんなに若狭と縁が生まれるとは思わなかったが、呼んでいただけるので伺う。N中学校で言語力育成のための模範授業とその後の校内研修会ということで、伺う。久しぶりの中学校ということで、私もちょっと嬉しい。

中学校に到着する前に、若狭で食事。普通の食堂であるが、魚がやっぱり美味しい。100キロのドライブの中継地点としてはなかなか良い。夜も魚なのに、やっぱり魚である。

授業は、中学校三年生を対象にして「たほいや」を行う。言語力育成とたほいやが、どういう関係にあるのか。ハンドアウトを見ていただいただけでは、分かりにくいと思う。

しかし、授業を見ていただければ、また、体験していただければ(先生方にも一緒にやっていただいた)、分かる。

この日は、中学校三年生の二学期の期末考査の終わったその日の午後の授業である。できれば早く帰って寝たいというのが、生徒も先生もである。その条件であったが、ルールを教えながらやった一試合目が終わり、二試合目に入ったとたん中学生はもの凄く楽しそうに「学習」を始めた。

東北福祉大学准教授の上條晴夫先生によれば、「たほいや」を日本の教育界に最初に紹介したのは、私だと言うことだそうだ。

たほいやは、フジテレビの深夜番組の黄金時代、ホイチョイプロダクションの制作によりテレビで放映されていた。you tubeで見ることができる

なんで、これが「言語力育成」なのかは、番組を見ていただければ分かるであろう。

中学校では、生徒たちに
「とにかく楽しんでください」
とだけ言ってやらせた。

楽しめば、国語の力がつくように構成してあるのである。
学習ゲームである。

模範授業のあと、校内研修会。「たほいや」の授業に隠された意味を解説する。タネと仕掛けの説明である。

さらに、その後事前に頂いていた相談メモを元にあれこれ質問に答える。こんな問題に私が答えていいのかと思いながら、事前にあれこれ考えていたことを答える。

私のスタンスは、

『これは、私の答えです。私の答えという意味は、私と私の生徒と、私の職員室があって出てきた答えという意味です。ですから、私が話す通りにそのままやられてもうまくいくとは限りません。教育実践は、理論的にこうであるということも大事ですが、置かれている環境と言うか条件と言うか、そういうものに大きく左右される部分もあるので、そこを考えた上でお聞きください』

ということである。

ホテルに戻ってひと風呂浴びて、いざ出陣。
小浜のとあるお店で懇親会。

このお店は、ぐるなびにも、食べログにも評価が全く載っていない。ではあるが、とにかく魚が美味い。市場に出る前の魚を買い付けてしまうのである。ここで先生方と教育の話をしながら、魚を堪能する。

最後は同じ店でラーメン。
これがまたそんじょそこらのラーメン屋では勝てないぐらいの美味いラーメン。本当に満足。

ただ、日本酒に純米酒がないのが残念。今度はお気に入りの日本酒を持ち込ませて貰おう。いやなに、一月にももう一度伺うのである。

誰もネットで紹介していないので、私も紹介はしないでおこうと思います。隠れ家って良いじゃないですか。

ま、もちろんメールで教えてとあれば、お教えします(^^)。

良い時間でした。
ありがとうございました。

チョイチョイチョイ

12/6

12月になると解禁するアルバムがある。一年中聞いていたいのだが、さすがにこのアルバムは12月限定である。「The Singers Unlimited」の「Christmas」である。

1972年の発売であるが、まったく古さを感じさせない。今、1434円で買えるのは驚きで、手に入れていない方は是非お手元に置いて聞いてほしいアルバムである。クリスマスの音楽をすべてアカペラで歌い上げているのだ。

1. Deck the Halls
2. Ah Bleak & Chill the Wintry Wind
3. Bright, Bright, the Holly Berries
4. Jesu Parvul
5. Caroling, Caroling
6. What Are the Signs
7. Night Bethlehem
8. While by My Sheep
9. It Came Upon a Midnight Clear
10. Silent Night
11. Joy to the World
12. Wassail Song
13. Carol of the Russian Children
14. Good King Wenceslas
15. Coventry Carol
16. Oh Come All Ye Faithful
17. Have Yourself a Merry Little Christmas

で、今年もこれを聞き始めた。
『うーん、やっぱりいいねえ』
と話していたら、娘のことを奥さんが話してくれた。一曲目の「Deck the Halls 」がかかると踊りだすというのである。見ていたら本当に踊っている。いやあ、いいなあ。

さらに、「While by My Sheep」である。The Singers Unlimitedではないが、以下に見つけた。

http://www.youtube.com/watch?v=hJx85LxcgH0&translated=1

歌詞に

Joy,joy,joy

という部分がある。ここを娘がとても気に入って歌うのである。ただし、歌詞は微妙に違って、
「チョイチョイチョイ」である。

糸井先生のところで行われた演劇の「チョイチョイ星人」が呟く言葉「チョ〜イチョイチョイ」が面白くて、私が家で呟いていたら娘が大好きになり、娘も「チョ~イチョイチョイ」と叫んでいたのだが、この曲を聴かせたらそのように歌ってしまったのだ。爆笑。一種の空耳であろう。

笑いを堪えながら、名曲を聴く年末になりそうである。

折角なので、The Singers Unlimitedによる、「聖この夜」もアップしておこう。

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