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2010/01/01

改年吉慶先目出度覚候

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改年吉慶先目出度覚候

旧年中はお世話になリました。
今年は年男。
今までの自分を基に、先生、先達のご指導を仰ぎ、家族、仲間、教え子たちに支えながら、「千里の目を窮めんと欲し、更に上る一層の楼」でありたいと思います。

よろしくお願いいたします。

2009/12/31

みなさまに、良い年末と、新年が訪れますように

12/31

昼過ぎに、奥さんの実家を出る。
途中、私が東京にいたときに勝手に我が家の冷蔵庫と読んでいた「小山商店」に立ち寄る。年末年始の日本酒の買い出しである。

日本中の良い日本酒がここに集まる。
お店に入った瞬間にご主人に会う。
「先生、お帰りですか」
『はい、帰って参りました。年末年始のものを捜しにきました。今年の一押しは何でしょうか』
「これです」
とさっと取り出してくれる。

この店は、
『えっと、今晩のお肴のメインは赤貝です。これに合うお酒はなんでしょうか?』
「これとこれとこれですね」
とさっと取り出してくれる。そして、外れることはない。
いま、滋賀にいて悲しいのは、このお店がないことである。これは悲しい。だから、この時ばかりはとどーんと購入。しばらくは楽しみである。

年末年始は、私の実家に。
娘は、最初はちょっと恥ずかしがっていたが、すぐに全開である。

これから楽しい大晦日となる。

さて、今年一年もいろいろとありがとうございました。

仲間のブログを読むと、一年間をきちんと振り返り、ベストテンなどを載せている方が多いのですが、私はこういうことができないんですねえ。業績リストもまとめなければならないのに、まだこれも進んでいませんf(^^;。

娘や学生の成長の一方で、私の方はあれこれトラブルが合ったりとなかなか大変な一年でもありました。が、なんとか乗り越えられたのもみなさんのお陰です。

みなさまに、良い年末と、新年が訪れますように。
ありがとうございました。

今年最後の午前様であった

12/30

昨日の夜に仕上げようと挑戦した原稿は、Macの蓋を開けることが出来ずに、終了せず。
(ああ、Macが温かい)
と撫で乍ら寝てしまった。ま、これはこれでいもちの良いものではあったが。

ゆっくりと寝ていようと思っていたら、
「おきて、おきて」
との声。
(み、見逃してくれ)
と聞こえないフリをしていたら
「パパ、おきて。おきてよ。おきてください」
と知っている単語を使いまくっで、布団を剥がしながら連呼。そしてなぜか、起こす時には、パパと言う。
パパはかなしく、嬉しく寝床から起き出す。

食事のあと、メールとツイッターチェック。うーん、みなさん年末とは思えないお働き。私の仲間は、体も胃袋も脳味噌も丈夫な人が多いと改めて実感する。

私はiPod touchにメモしておいた事柄から、blogを作成。朝風呂に入りながら一日の予定を確認する。blogを書きながら考えをまとめる。ツイッターをしながら今を確認する。

しなければならないことを思い出したり、思いもよらなかったアイディアを閃いたり。なかなか良い感じだ。

その後、昨晩出来なかった最終校正を終える。一安心。この本は、初の監修本となる。さらに、京都橘大学人間発達学部准教授としても初の本となる。さらにさらに、初の国語関連の子ども向けの本となる。三重に初の本になる。気を引き締める。

引き締めても、疲れは取れないので、夜に備えて寝ることに。私はドリンク剤などは取らないことが習慣になっている。

何デカと言うと、恐らく理由は二つ。

一つは、子どもの頃に母親に言われたことが影響している。

「修、オロナミンCは大人用だから、子どもが飲んだら元気になりすぎるから飲んではいけないよ」

と言われたことが頭のどこかに残っているから。
いまよりももっと素直だった私は

(大人であんなになってしまうのだから、確かに子どもの僕が飲んだら大変なことになってしまうだろうな)

とコマーシャルを見て納得していたのである。

二つ目は、わりと真剣な理由。ドリンク剤を飲むくらいなら、寝るというものである。ドリンク剤を飲んで寝ると言うのであれば、まだいい。だが、飲んで働くことが前提なのがドリンク剤である。体に鞭打つわけである。どうしても一瞬だけ力を出さなければならないということであれば、ま、それもありかもしれない。

しかし、こういうのは往々にして習慣性の高いものとなる。例えば、体力が2のレベルに下がってしまったので、通常の5のレベルに戻そうとしてドリンク剤を飲んだとする。そして、治ったとする。ところが、その治ったというのは、2の状態を誤摩化しているわけである。で、さらにドリク剤が必要になったときに、その体は2の所にあるのか、ドリンク剤で一度5に引き上げられたところでの疲れなのかが分かりにくくなり、自分の体の辛い状況が把握できなくなるのではないかと思うのである。

疲れたら、体が欲しているのだから寝る。ということなので、この一年間も一本もドリンク剤は飲まないで過ごしてきた。

だけど、胃薬は必要かもしれないf(^^;。

夕方、新宿に。佐瀬先生が忘年会を企画してくださった。この年末に10人ほど人を集めてくださった。新宿駅の南口にあるお店。

びっくりすることに、藤川大祐先生のお嬢さんを教えている先生とか、私が八王子の中学校のときに進路指導主任の企画で、高校の先生に模擬授業をしていただいたのだが、その授業に関連していた会社の社長さん。教育同人社の編集者の方。それに佐瀬先生の学校の若手、教え子、書道家の方々。

いやあ、濃い話をあれこれであった。
特に書道家の若手は24歳。
佐瀬先生のご紹介ではあるが、こうして書道関係の人と繋がることが最近多いような気もしている。来年は、書道関係のドラマやイベントがあったりするので、いわゆる「書道が来ている」状態かもしれない。楽しみだなあ。佐瀬先生ありがとうございます。

で、新宿駅のすぐ近くで飲んでいたこともあり、
(え、電車のことなんてなんとかなるだろ?)
と思っていたら、京王線はもう終わっていた。
慌てて、JRに向かう。なんとか最終の中央線各駅停車に乗ることができた。

帰りの電車で、iPod touchを繋ぐ。チャツトベーカーを聞こうかと一瞬思ったが、ふと年末である私に気がつく。中央線最終電車なので各駅停車となる。チャツトベーカーを聞いていたら、そのまま寝てしまうだろうと気が付いた。

考えた末に、寝そうもなくて年末に相応しいものを選ぶことにした。落語である。「芝浜」である。立川談志である。噺が終わったあとの、
「ありがとうございます」
を繰り返したあとの
「よいお年をお迎えください」
を聞きたくて、聞く。

やっぱりいい。
しみじみと年末である。

で、落語もシャッフルしてあったのだが、談志のあとに小さんが話しを始めた。うーん、談志の師匠は小さんである。談志を引き受けて小さんが話し始めるのねえ、と思いながら聞く。

立川駅でラーメンを食べて、タクシーに乗り込む。
運転手さんとあれこれ話していく。
「いやあ、今日は本当は休みだったんですけど、今日稼がないとと思って出てきましたよ。このごろじゃ2万円も行かないこともありますが、今日は5万円いきますから、良かったですよ。うちみたいに完全歩合制のところはね、やらないとね」
なんて話を聞きながら、帰る。

午前様であった。
今年最後の午前様であった。

2009/12/30

25年前に教えていた元塾の生徒の結婚記念パーティ

12/30

12時間会議の翌日である。ゆったりと朝食をとる。相手は私のブレーンの一人になってくださっているYさん。彼は非常にクレバーで、頼もしい。まだ30歳になったばかりだと思うが、私の言葉を哲学用語や心理学用語に翻訳してくれる才能の固まり。

彼と話していると、私が哲学者や心理学者ではないかと思ってしまう錯覚に陥ることすらある。それも心地よいものだ。

食事後、さらにマークシティホテルに移動して、あれこれ話しをする。昨日の12時間と打ち上げの疲れもあるかと思いきや、実は疲れよりも回っている頭が残っていたようで、話しはどんどん進んだのだった。

楽しい時間だったなあ。

夜は、25年前に教えていた元塾の生徒の結婚記念パーティに参加。奥さんも娘も一緒。

小さなレストランを借り切ってのパーティだったので、座席数も足りなくてちょっと困ったが、会そのものはなかなか良かった。

教え子のお母さんの友人なんかもいて、その関係の人たちがとても良い人たちで、柔らかいなと思った。類は友を呼ぶである。

元卒業生が中学校の三年生のときに面倒を見たのだが、入試の発表の結果を知らせにくる日、なかなかやってこなくて心配していたこと。そして、やっとやってきて扉を開けた瞬間泣き出していたこと。そんなことを思い出した。

「先生、結婚の時はお願いします」
と遥か昔にお願いされていた「付け祝言」をスピーチと一緒に贈る。
「覚えていてくださったのですか!」
と言われる。
『だから、そういうのを覚えているのが先生というものなのだよ』
我ながら、良く覚えているとは思ったがf(^^;。

娘は、最初のうちは大人しかったが、小さな女の子やお姉さんたちが可愛がってくれたので、嬉しくなっていた。さらに、ウエディングケーキ入刀やあれこれのシャッターチャンスの時は、カメラを構えて最前列に陣取って写真を撮っていた。周りから笑いを取っていたが本人はとても嬉しそうであった。

美華、おめでとう。幸せになりますように。

連日連夜のお楽しみが続き、さすがに私も少し疲れ気味ではあるが、風邪など引くことも無く過ごせている。ありがたいことだ。

延々と新しいテレビ番組作りの会議

12/28

450キロを移動。ロイヤルパークホテルに一泊。横浜経由で東京の奥さんの実家へ。到着次第、渋谷に移動。そこから延々と12時間の会議。創造の現場である。

延々と新しいテレビ番組作りの会議。考え続ける知的体力のある人たちの集まりによる会議は、激しく楽しい。学校で行う子どもたちのやる会議は、時間が来ればおしまいであるが、大人が創造のために行う会議は、結果が出るまでやる。時間が来たらハイおしまいではない。

日付を超えて暫らくしてからゴールを迎える。はははは。この会議室は、創造とは言え年末と言う概念や終了と言う概念は存在しないかと思っていたが、良かったよかった。

その後、渋谷の街に出かけて行き、軽い打ち上げ。激しい一年間の始まりに相応しい、スタートだったなあと話し乍ら、あれこれ。

メールを確認して深い眠りに就く。

どっちだ

12/27

大学が締まり、通常の生活のリズムがこれで一回リセットされる。

本当は、毎週授業がある方が、体のためには良いような気がする。同じリズムで動いている方がロスは少ない。

家で仕事をしているぐらいなら良いが、帰省などしてしまったら、必要な資料にサッとたどり着けない。ストレスである。

しかし、リセットして家を離れることで、新しい刺激を得ることができる。

私のように土日も関係なく動いて居る者にとっては、こうして強制的にリセットして行くのが良いのかもしれないなあ。

だけど、いつも通りの方がいいなんて少しワーカーホリックかもしれないなあ。いや、休みの方が忙しくなるからいやと思っているのであれば、まだ正常か。

どっちだ。

じゃあ、今度もお母さんに

「そうか、☆☆をお母さんにやってもらったんだ」
「うん」
「じゃあ、
お母さんに、ありがとうって言えたかな?」
「うん!」
「うそうそ、言えていないでしょ」と奥さん。

ははは。
子どもある。自分の都合にあわせて話を作る。中学生も同じ。いや、大人でも基本は同じか。

『そうか、ありがとうって言えたんだね』
「うん」
『じゃあ、今度もお母さんに、ありがとうって言えるよね』
「うん」

まだものごとがよく分かっていない娘である。良いのだ。いまできなくてもいいのだ。今回のことで学んで、次のときに出来れば大成功である。二回目で出来れば大したものだ。そして大概は、二回目で娘は出来るのだから。

私なんか、とても二回じゃできない。

関西ネタ研

12/26

関西ネタ研。
河原先生中心とした、主に社会科を中心とした研究会だ。お招きを受けて話す。今回頂いたテーマは「国語科で育てる力」である。お分かりの通り、野口芳宏先生が話されるようなテーマである。しかも40分でとのこと。うーん、頑張りますと引き受けた。40分でできるように削りこんで作り込んだ。

ところが当日、司会から恐ろしい案内があった。
「提案が30分で、質疑応答が10分です」
(え、聞いていないけど)
しかし、司会がそう言うのだからそれで進めなければならない。壇上に向かう一分で構成を変える。
(あ、無理だ。だけど、急なんだから5分ぐらい延びても仕方がないよなあ)
と思いを固めて35分ですとする。

発表は、恙無く終わる。従来から主張している「国語科を実技教科にしたい」を前提にして、前提を話して、各論を主張した。一つお話しするとすれば、【読みやすい字を書けるようにしよう】である。

なにをそんな簡単なことをと言われるかもしれない。しかし、これは大事だ。ワープロの時代に、手書きの文字とは変に思われるかもしれない。しかし、価値は少数派に宿るのである。また、自分の人生を選択する場面は、手書きの文章によって書かれる。履歴書、小論文、昇任試験等がそうだ。美しい文字より、読みやすい文字。濃く、太く、大きくことが大事。

さらに小学生や中学生にとっては、もう少し切実な問題がある。漢字の練習をしているとき、漢字の練習をしているにもかかわらず、自が読みにくいと

「もう少し、奇麗に字を書きなさい」

と言われる。作文でも同じである。沢山書いて褒められようとすると同じく「もう少し、奇麗に字を書きなさい」となる。そうなると子どもたちは書きたくなくなるから、漢字は覚えないし、作文も上手くならない。悪循環である。

私はこの逆のところにいた。お習字を習っていたので、漢字練習をしていると「字がうまいね」。作文を書いていても「読みやすい字だね」と褒められる。そして、それはやる気を益々生み出させると言う良循環を生み出していたのであった。

だから、【読みやすい字を書けるようにしよう】なのである。

今回、自分の発表の大変さもあったが、なんといっても楽しみだったのが、千葉保先生のご発表である。先生の御著書で最初に衝撃を受けたのが、

『授業 日本は、どこへ行く? 使い捨てカメラ,ハンバーガー,日の丸
』(太郎次郎社)

である。教員になって最初の学校にいたころに読んだ。こういう授業がしたいなあと思った。この本は、その後ディベートで【日本はゴミ収集を有料化にすべきである】を指導する際に私の考えの基の一つになった本である。

その千葉先生が最近書かれたのが、

『お金で死なないための本 いつでもカード、どこでもローンの落とし穴』(太郎次郎社エディタス)

である。子どもと社会事象、社会問題を繋ぎながら調べながら授業を作る。いいなあ。その千葉先生のご発表を始めて聞くことができた。

コンビニ、鎌倉をテーマにしたもの。勉強になりました。

もちろん、河原先生のご発表も、圧巻。実践家河原である。すげーなーと思うのであった。

懇親会は40人前後で。二次会も30人で。横浜からディベート仲間の北川さんまで参加。部屋飲みでは12時にぐらいまであれこれ。

明日の帰省の前に、多くの刺激を貰った。


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