« 2009年1月25日 - 2009年1月31日 | トップページ | 2009年2月8日 - 2009年2月14日 »

2009/02/07

2/7 を、比良山が見えてきたぞ

2/7

最後の収録を終えて、新幹線に飛び乗る。やっぱり、N700。
新幹線の中では寝て行こうと思ったのだが、体が疲れている割には寝ることができない。気持ちが高ぶっているのだと思う。

テレビ番組の制作は、授業づくり、または授業にとても似ているなあと思う。今回の収録でもそれを感じた。

インフルエンザの後遺症で、頭の回転がいつもより鈍かったが、現場に出て子どもたちの顔を見て、スタッフの動きを見てとしているうちに、あれこれ頭が回転してきたのを感じるとき、
(ああ、俺は現場だなあ)
と思うのであった。

収録をしながらいくつかの発見や思いつきがあった。そのうちの一つが、「設定」と「調整」である。番組づくりも授業もこの両方の力量が問われる。

設定というのは、ことの前に行うものであり、調整というのはことの最中に行うものである。私は設定を大まかにしておいて、調整をしながら進める方を好みとしている。好みの問題なのであって、どちらか片方しかしないということではない。

これは
(私たちの世代は、調整があたり前の中で育っていたからかもしれないなあ)
と勝手に大きな仮説を立てたのである。
FMで音楽を聴くとき、私たちの世代はダイヤルをまわして調整、つまりチューニングをしながら一番電波状態の良いところを探して聞いていた。私が好んで引いていたギターも、六本の弦の音程をチューニングして使っていた。

が、デジタルの時代になりFMで音楽を聴くにしても、調整ではなく、周波数の設定と変わって行った。最近では自動でチューニングしてくれるギターもある。

この程度で人間の意識のレベルが変わるかどうかは、相当疑問だが、一つの考え方として「設定すればあとは、自動的にうまくいく」と考えている若者が増える一つの理由になるのかもしれない。

教材研究、児童理解。とても大切である。しかし、これは設定に関わるものである。授業が始まったら、設定をいじるのではなく、調整をしながら授業の目的に向かって行くことが必要になる。

FMラジオのクリアな音源を求めていた私は、そのダイヤルの遊びの部分を指先に感じながら、うんしょうんしょと調整していた。小学校で授業をしながら、その時の私のことを思い出していた。

それにしても、4回の出演は私にとっては良い経験であった。徳俵一枚で残った収録の回もあれば、授業の最初と最後で子どもの成長の差が凄くて感動した回もあれば、日頃の担任の先生のご指導の丁寧さを実感させていただいた回もあった。

スタッフも何回か同じスタッフと仕事をすることができ、気心が知れた関係の中で、気持ちよく授業をすることができた。

番組を作るとなると、どうしても数人の子どもにスポットライトを当てて作らなければならなくなる。対象がばらけると見ている方が大変になるからだ。

ではあるが、授業はそういうことはできない。番組の収録のための授業であっても、そこに参加する子どもたち全員に学びを保障しなければならない。

今回は、40人弱のクラスの子どもたちであった。全員自己紹介スピーチを行い、収録をした。実際に使われるのは数人だろうが、それはテレビ番組としてのこと。授業は全員である。

NHKのこのスタッフたちとの番組づくりは、この辺りの了解がきちんとできているので、私は授業に集中できる。この授業が編集の力で、余分なところを削ぎ落とされて、すっきりした番組にしあげてくれるだろう。

放送予定は、3/3 10:00~10:15(再放送は3/10)。番組は、「伝える極意」(第20回・最終回 自己紹介の巻)NHK教育テレビです。良かったらご覧下さい。

を、比良山が見えてきたぞ。
さ、そろそろ京都駅だ。
これから大学に行って、学生たちの保育園実習事前指導だ。

2/6 胃の腑に落下して行くのが分かる

2/6

今日の朝食は、三日目にして洋食にした。レストランが違うのである。和食のレストランは西側を向いているのだが、洋食は東側に向いている。つまり、朝日がレストランに入り込むのだ。これを見ようと思った。

窓際に腰掛け朝日の方向に目をやると、輝くものが見える。
(あ、海だ)
渋谷からもこの高さまで来ると海が見えるのである。

朝日を受けて水平線が反射しているのである。なんかとってもお得な感じである。

ボーッとして飲んだオニオンスープが熱くて、舌を火傷しそうになってしまったが、そのぐらい奇麗であった。

ロケバスは、現地まで1時間程度でたどり着く。そのロケバスの中では今日のロケの流れの確認等をするのだが、その他にもスタッフとあれこれと面白い話やくだらない話をし続ける。

「伝える極意」も四回目の収録で、スタッフともずいぶん仲良くなった。ロケバスの中の話もあれこれと多岐にわたっていて尽きることがない。

あっという間に小学校に到着する。そしてすぐに撮影の準備に取りかかり、いつでもオッケー、スタンバイとなる。この切り替えがとても気持ちがよいのだ。

さ、子どもたちの自己紹介スピーチの指導も、あと少しだ。

ふう。
子どもたちとの収録は終わった。
いやあ、小学校三年生の実力は凄かったなあ。
フルスイングに、フルスイングで答えてくれた。

良い時間を、ありがとう。

その後、授業以外のものをあれこれ撮影して、本日は終了。

夜は、渋谷の夜最後ということで、打ち上げをかねてスタッフと食事。初日の夜に行こうかどうかと悩んだあの店に向かう。金曜の夜ということで、予約で一杯。やっと夜の9時前に咳を抑えることができた。いや、席を押さえることができた。

今回の収録のことや、今までの収録のことを振り返りつつ、新しい番組の相談を受けたりしながら、美味しい料理を頂く。断酒していたお酒も解禁する。

ああ、エビスビールの炭酸が喉の細胞をくすぐりながら、胃の腑に落下して行くのが分かる。うう、「獺祭」の香りが鼻腔を通り抜けビールを追いかけて行くのが分かる。

心地よい疲労感、満足感。
仲間と一緒に、美味しい夜であった。

2/5 明日までフルスイングだ

2/5

授業の構成をどうしようかと、夜中まで練りに練り込んでいた。
その過程で見つかった必要な教材を同時に作り、印刷をディレクターに発注し、風呂に入る。

風呂の中で、思いついたことがありまた授業構成案を練り直す。
ノートに流れと注意事項を書き込み、見直し、展開のきっかけの部分を諳んじるように繰り返し、授業中の指示の順番が、一時一事の原則で出来ているか再確認し、
(ふむ。今日はここまでじゃ)
と終わる。
時計を見たら、もう少しで日付が変わるところであった。

部屋中に濡れたタオルを干し、喉に和手ぬぐいを巻き、口にマスクをして、明日の喉が大丈夫なようにして寝る。

首都高、第三京浜、横浜横須賀と乗り継いでロケ小学校に到着。昨日は事故があって少し渋滞したが、今日はきわめて順調。授業も撮影もこのように行くと良いなあと思いながら控え室に入る。

撮影は、中休みの子どもの遊んでいる様子から撮影とのこと。私はいくつかのシミュレーションを行い、子どもが躓いたときの指示を再確認。

さ、チャイムと同時に授業である。あとは、今までしてきた準備と子どもたちを信じて、フルスイングである。

ふう。
いやあ、終わった。
子どもたちは、凄かった。

とても1分間の自己紹介なんて無理と言っていたのに、そんなの嘘みたいであった。みんな良い笑顔だ。今日はクラスの半分が実施。

しかし、参ったことが一つ。
授業の間の休み時間である。
『はい、では5分間の休憩にします。うがいをしたり、トイレに行ったりして休んでください』
と言ったら、子どもたちが一斉に教卓に向かって突進してきた。
(な、なに?)
と思ったら、子どもたちは私の体を触りまくりくすぐり始めるのである。ひ、ひえ~。
『なあ。休み時間は、休もうよ』
休み時間中くすぐられていた私であった。

休み時間を10分間にしなくて良かった。
休み時間の方が疲れる授業というのは、荒れている学校ではあることだが、こういう疲れ方には驚いた。小学校の先生はあらためて大変だと思う。でも、ちょっと楽しかった。

あとは、明日もう半分の子どもたちの自己紹介を収録して、学校での私はおしまいになるかな。

家に残してきた娘の体調も良くなってきたようで、そちらも一安心。だが、気を抜くことなく、明日までフルスイングだ。

気合いを入れて夕ご飯を食べに渋谷の街に出ようとしたら、ない。財布がない。鞄ごとない。携帯電話もない。

ふむ。どこだ?

考えられるのは、移動のロケバスの中か、小学校である。ディレクターにメールをして、様子を見ることにする。

することもないので、風呂に入って待つことにした。すると、バスタオルがセットされていない。電話で持ってきてもらう。風呂に入る。そこに、電話。

案の定、ロケバスの中にあった。ああ良かった。

が、お金がない。
ふむ。

そうだ、一回ぐらい行こうと思っていたホテルの最上階のレストランに行こう。ルームナンバーで食べられるはずだ。

デジカメもなかったので、写真を撮ることは出来なかったが、夜景と食事は良かった。

1)車エビとつぶ貝のグリル ゴルゴンゾーラチーズソース
2)季節の野菜と魚介類のスープ仕立て
3)子羊のグリル
4)デザート

であった。
食事が出てくるタイミングがゆったりだったので時間がかかったので、読書をしながら時間を過ごす食事であった。

『つむじ風食堂の夜』
という小説だ。たまたまコートのぽけっとに入っていた小説で、なんというか陸奥A子さんのマンガに出てくる女の子が中年になって、さらにおじさんになって、主人公をしているかのような小説で、渋谷の夜景になぜか合っていた。

疲れた体に、逆転の充実のディナーであった。

2/4 収録初日

2/4

収録初日。
今日は授業の見学させていただく予定。であったが、午後に一時間ほど漢字の授業を急遽させていただくことになる。45分なのでなんとも短い。

さらに、子どもたちの反応がすばらしいので、こちらもタイマーを確認しながらではあるものの時間がどんどん過ぎて行くのが分かる。

授業を終えると
「え~、もっとやりたい!」
との声。
嬉しい。

ではあるが、これは日頃の授業で子どもたちを育てていらっしゃる担任の先生のご指導があればのこと。私なんて、子どもたちの様子を想定して、多くの場合に応用が利く指導のネタを持って行って、その場に合わせて授業をするだけのことである。

子どもたちは、どこからかやってきた大学の先生に緊張しつつ、テレビカメラもあるし必至に学ぼうのモードが強くなっている中での授業である。ストライクゾーンが広くなっていると言うか、打てば響くように育ててくださっているというか、そういうことである。

本当の実践の現場は、そんなもんじゃない。子どもの人間関係やさまざまな事情を理解した上で、狭い、狭いストライクゾーンに向けて授業や指導を重ねて行く。今日のご挨拶の授業がうまくいったのは、担任の先生、そしてそれを支えてくださっている校長先生、教頭先生の御陰である。

授業後、子どもたちが
「先生! 書けたよ!」
「先生、書けるようにしてくださってありがとうございます!!」
と次々にお礼を言いにきた。
これも、担任の先生の日頃のご指導の御陰だ。

私は
『どういたしまして、ありがとう』
と言いながら、ちょっと喉がいがらっぽかったので、もっとお話をしたかったが、教室を後にした。

そうそう、本日は父親の誕生日。
ホテルから電話もかけた。
元気そうで、良かった。
今回は戻れそうもないが、また来ます。

さて、明日の本番の授業をどう組み立てるかである。

2/3 ちなみに今年の恵方は、東南東だったかな

2/3

インフルエンザは、熱が下がってから二日間は出校停止。つまり、私も二日間は出講停止である。明日までは学校に行けない。子どものときなら喜んでいただろうが、残念ながら私は小学生のときにインフルエンザに掛かったことはない。

だいたい金曜日の夜に熱を出し、土日に寝ていたら元気になって月曜日には学校に行くと言う健康な子どもであった。だから、小学生のときに学校を休んだのは、夏のプールも含めて六年生の12月12日と13日の二日しかない。だからインフルエンザには掛かったことがないのである。

しかし、今週はゆっくりと体を休めて行くわけにはいかない。土日に休んでしまったがために、成績をつけることが遅れてしまったのと、東京で仕事が入っているためだ。

東京に行くのは家族に移さなくなるから良いと思うが、その移動中はマスクをして他の方の迷惑にならないようにせねばならぬ。

過密スケジュールは、これから解消しないといかんなあと思う。一つ躓くと、将棋倒しのように連鎖してしまう。途中にコマの立っていない箇所を設けて、倒れつづけてもそこで止まるようなシステムを作っておかないと、あちこちに迷惑を掛けることになるな。

すみません。

できるだけ家で体を休める。
ただ、儀式だけはしておかねばならぬ。
節分である。

奥さんがどこからか仕入れてきた鬼のお面を私がかぶり、
『悪い子はいないか?』
と家の中を歩く。
娘は、ちょっと驚いて逃げる。逃げながらもリビングの窓際に行き、出て行けの仕草をする。奥さんにマメをぶつけられながら出て行く鬼(私)。めでたし、めでたしである。

その後、教えてもいないのにマメを袋から取り出して、私に食べさせようとする。インフルエンザの菌が手に触れないように、そっとマメだけを取って食べる。4つで十分だよ。ありがとう。

お座りするとか、歩くとか目に鮮やかな成長はないが、突然できるようになっている成長があるので驚く。

たとえば、こうしてマメを食べさせてくれるとか、お昼ご飯のうどんを茹でようとしている姿を見ると、食べるための椅子に座っているとか、ズボンを勝手に履いているとか。

お父さんはインフルエンザで、側にいてあげたくても、いてあげられず、抱っこも無理なのだが、旅立ちの準備をしている私を見て娘は何かを感じるのだろう、近寄ってくる。ごめんね。行ってきます。

なんとか乗り込む。16:16京都発の新幹線。

なんとかの理由その1

N700である。数年前まで新幹線はどれも同じだと思っていた私は、すぐに発車する新幹線を選んで乗っていたが、料金は同じでも電車の種類は違うし、同じ種類でも到着時刻に差があることが分かってからは、乗り継ぎが良くて乗り心地の良いものを選ぶようになった。進歩である。

ただ、頭が回っていないのだろうか。新幹線のホームで、のぞみ32号というのと、32分発というのを混乱してしまい危うく乗り過ごすところであった。だから、なんとか乗り込むである。



なんとかの理由その2。

大津京駅を15:54発の京都行きに乗ってきたのであるが、大津京駅でこんなアナウンスがあった。

「間もなく3番線を列車が通過します」

15:52だったので、
(あれ、この時間に雷鳥かサンダーバードか? 遅れているのかな。54分発が遅れると難儀だぞ)
と思って通過で雨がホームに流れ込んでくるのは困ると思ったので、ホームの中程まで下がって待っていたら、なんと54分の列車が定刻通りに到着したのであった。

54分が定刻通りなのは良いが、
(まさか、この電車途中で脱線しないよな)
とドキドキしながらの乗車であった。

これまでも小さなミスが大津京駅ではあった。こういう小さなミスを見過ごし、よくあることとなったときに大きなミスが起きる。嫌な客だと思われるかもしれないが、連絡しなければと思う。

だから、なんとかである。



この新幹線は京都と東京の間を最短の2時間17分で繋ぐ。2時間17分なんてほらあーた、ボーットしている間に過ぎてしまう時間ですよ。しかも、今回の宿は渋谷なので品川で下車。もっと早く着いてしまいます。

新幹線の中では座席横から電源を取って、ひたすらメールの返事を。一通書いてはボーッとしていたこともあるだろうが、気がついたらもう静岡駅を通過である。そういえば、
(あれ、まだ湖が見える。琵琶湖が見えるはずないのになあ)
と思っていたのは、浜名湖であったか。



新幹線はいつも乾燥気味で、ペットボトルの水は欠かさずに持ち込むようにしているが、今回はマスクをしているので、相当楽である。

あ、部屋用のちょこっと加湿器を家に忘れた。ま、ホテルのタオルでなんとかするか。



ということで、渋谷着。
メールの発信をしたいのだが、すぐには出来ない。
SMTPサーバーを変更しないとダメなのである。以前、このホテルに泊まって収録したときに難儀の上、解決したものだ。
すぐに変更。をを、快適である。

さ、食事をして明日に備えよう。

私が渋谷に通っていたのは、もう20年も前のこと。そりゃあ、変わるさ、渋谷だって。

ちなみに、私はその当時の渋谷はあまり縁がない。渋谷で美味しいものを食べようと思ったら学生では手が出ない値段だし、学生で楽しめる店でサラリーマンに遠慮なく行ける店は「天狗」ぐらいだったので、私は下北沢を根城にしていた。



だからあまり偉そうなことは言えないのだが、渋谷は一時期の酷さを克服しているように思えた。高校生以下相手の店もあるのだろうが、夕食を食べにちらっと井の頭線の周りを歩いたところでは、
(を、ここは食べに入りたいなあ)
という店が増えていた。

ちなみに今日は、ちょっと足を伸ばして神泉まで行こうと思った。が、やめた。

私は相当のことがないと食欲がなくならないタイプで、今回のことでも食欲は熱のある時からそんなに無くならなかった。ましてやタミフルが効いてからは、問題なし。

そこで神泉の馴染みの店に行こうと思ったのだが、ちょっと待て、アルコールはどうなのだ?

早速ネットで調べてみた。
「タミフルを飲んでいる期間はビール小瓶一本にしましょう」
とのこと。
良い子の私は、我慢。馴染みのラーメン屋に変更したのである。

当然
(小瓶一本で我慢できる方が良い子ではないか)
という疑問も生じますが、そこまでは良い子にもなれそうにもなかったので、このお店は収録後の楽しみに取っておきましょう。



んでもって、ラーメン食べながら明日の朝ご飯を手に入れて、明日あさっての夕食の場所を決めてホテルに戻りました。

ホテルは受験生で一杯なので禁煙ルームが取れませんでした。
ので、消臭対応を食事の間にお願いしました。
で、
『あの~、朝食はなかったのでしたっけ?』
と確認すると
「ピンクの紙が一緒ではなかったですか?」
と聞かれたので
『いえ』
と答えて部屋へ戻ろうと思ったら、
「すみません。忘れましたのでお部屋に消臭対応の際に置かせていただきました」
とのこと。
『え~、朝ご飯を買ってきてしまった』
恵方巻きの手巻き寿司が売っていたので、こりゃいいわいと思い購入しておいたのだった。
『うーん。しょうがない。みなさんで食べて』
とフロントに置いて部屋に戻りました。

ピンポーン
『はい、どうぞ』
「すみません。こちらのミスでございます。買い取らせてください」
『あ、あれ。いいのに』
「いえいえ、そういうわけにもいきません」
『あそう。じゃあ、そうしてね。ちなみに今年の恵方は、東南東だったかな』
「ありがとうございます」

なかなか面白い幕開けである。

2/2 インフルエンザA型

2/2

日曜の夜に激しい悪寒。
(あれ、これ、ひょっとしたら?)
と思い、念のために翌日病院に行く。

「うーん、ちょっと違うかもしれませんが、念のために検査しましょうか?」
『よろしくお願いいたします』

ということで検査を受け、結果を待つこと20分。

「これです。弱いですがはっきりと出ていますね。A型です」

ということで、インフルエンザA型であることが判明。参った。

この日は、履修ガイダンス、保育実習事前面接、新ゼミ発表、旧ゼミお疲れさんの会とスケジュールがいっぱい。

(疑わしいなあ)
というままであれば、無理をして出席ということもあったが、結果が出てしまった以上そうもいかない。しかし、遠くから離れて参加ということもありか?と悩み、大学の教務や学科の先生に相談。

結果、家で休んでいてくださいとのこと。迷惑を掛けることをあちこちに連絡して、すぐに例の薬であるタミフルなどを服用する。

異常行動がでるのは10代であるからして私には関係がないが、念のため玄関とリビングの鍵を閉めてから服用。小心者なのか、用心深いのか分からない私。そしてすぐに寝る。

タミフル恐るべし。
服用前に38.7度あった体温が、3時間後に目覚めたときには3度下がっていた。私は平熱が低いので平熱に戻ったのであるが、この効果には驚いた。薬代も高価で驚いたが。

タミフルは発症後48時間以内に服用のことということであったが、これが見事に当てはまったのだろう。日頃アルコール以外の薬をほとんど飲まない私であるのも関係しているかもしれない。

高熱だと、思考が止まる。
面倒くさくなって、次のことが考えられなくなる。
38.7度のときに
(まあ、なんとか今日の予定は頑張れそうだなあ)
と思い込んでいたのが、恐ろしく感じられる。

家で休んでいてくださいという指示が正しかったことを実感する。
ご迷惑をかけたが、なんとか復活の方向にあります。

2009/02/03

2/7の明日の教室は延期です

2/7の明日の教室ですが、事務局の手違いで
この日はキャンセルで、河原先生の回は延期とさせていただきます。

楽しみにされていた方、申し訳ありません。

2009/02/01

今日もダウン

うーん、今日もダウン。
一日中寝ている。

強制的に汗を出すようにしていたので、なんとか熱は下がり始め、肌のぴりぴり感もなくなってきた。明日の履修ガイダンスなどの会議にはなんとか体調を戻したいものだ。

このまま寝ています。
あ、でも年賀状書かなければ・・・。

いかん、風邪である

午後から事務仕事をしに大学に行くつもりだったが、喉が痛い。体がだるい。腹痛がする。

いかん、風邪である。
インフルエンザではないと思うが、風邪である。
来週からの東京行きを考えると、選択肢は二つ。

1)事務仕事を終わらせてしまう。
2)体調を戻す。

考えたあげく、体の声を聞くことにした。2)を選択。娘の昼寝に付き合ったあと、もう一度体を横にすると、寝てしまった。

体がダメな時はよく寝られる。4、5時間寝たと思う。
注意はしているのだが、授業が終わったこの時期、疲れがピークにあり、よく風邪を引いてしまう。

薬を飲んで、果物をとって、喉を保護して、早く治そう。

« 2009年1月25日 - 2009年1月31日 | トップページ | 2009年2月8日 - 2009年2月14日 »