« 2009年2月1日 - 2009年2月7日 | トップページ | 2009年2月15日 - 2009年2月21日 »

2009/02/13

『う、やられた』

来年度のために、動く仕事が午前中に一つ。

これで本学の教職課程で学ぶ学生たちに、新年度から大きなプレゼントをあげることができる。

本気で教職や保育職をめざす学生たちを支援する体制ができる。折角京都橘大学を選んできた学生たちである。何かの縁で出会ってしまった以上、厳しく指導しきちんと支援し、彼らの将来の一歩目を確実なものにしてあげたい。

その土台を作ることができた。
四月からが楽しみである。

午後からは、保育園実習指導に出かける。
学生たちの実習の様子を見て、あれこれ指導するのである。

が、学生たちは必死にやっているので、それを止めて指導することはなかなか難しい。園長先生に学生の様子を伺うと

「実習記録等もとても丁寧に書いていまして、すばらしいですよ」

とお褒めの言葉を頂く。私が見ていてもそれを感じる。良かった。

学生の実習を見ているつもりだったが、二歳児さんのクラスで掴まってしまったf(^^;。

お帰りの準備をしてお迎えを待っている間、遊んでいるのだがその際、一緒に遊んでもらったのだ。積み木で遊んでいるとき、ある子どもがそれをピストルに見立てて私を狙ってきた。

『う、やられた』

と倒れたら、次から次へ銃弾を撃ち込まれることになった。3秒ほど倒れ、

『はい、復活。もう大丈夫』

と起き上がると、再び銃弾の嵐のかけ声
「ばんばんばんばんばん!」
『う〜〜〜〜〜〜〜〜、やられた。          復活!』

これの繰り返しであった。

園長先生に
「遊んでいただきまして、ありがとうございます。先生、才能がおありですね」
と言われてしまった。

実は私、高校3年生の進路適性検査で、男としてはあり得ない数値をたたき出しているのである。それは適性検査の結果、適正な職業は「医者」「弁護士」「教師」「保母さん」と出たのである。

あの時代には保父さんが一般的ではなかったので、男子の進路適性検査では出ないはずの「保母」さんが、私の検査では出ていたのだ。その当時の担任も不思議がっていたが、私も不思議だった。

が、ここにきてそれが生きるとは。
もちろん、保育園の先生方が、私を丁寧に扱ってくださっているので、園児たちはそれを敏感に感じて私と遊んでくれているのだし、私は1時間ぐらいで失礼するのが分かっているから遊べるのであった。

あの仕事を生涯の仕事して選び、子どもたちの最前線で働き続ける保母さんには、私はなれないと思う。改めて、頭が下がる思いだった。

『学生時代にこれだけは身につけておきなさいという保母さんの用件はなんでしょうか?』
と伺ったところ、私がそうではないかと思っていたことと一致した。やはりそうか。

よーし、来年度はそれを研究入門ゼミで課題としてやってみよう。楽しみである。私も勉強になる保育園実習指導である。

23回 明日の教室 4/25(土) ライティング 倉島保美先生

新年度4月の「明日(あす)の教室」も確定しました。
4月25日(土)13:30~17:00開催です。
今回の講師は、池田のライティングの師匠に東京からお越し頂きます。講師は、倉島保美さん(有限会社ロジカルスキル研究所代表取締役)です。

みなさんは、「書く」指導を小中高でどのぐらい受けたでしょうか。文章には、いくつの種類があるのか、ご案内でしょうか。それぞれの文章の種類に応じた書き方があるのをご存知でしょうか。

私たち教員は、文章を書くことが多くあります。
また、その書き方を指導する立場にあります。

「しっかり書け」
「思ったように書け」
「好きなように書け」
「丁寧に書け」
「きちんと書け」

これは、指導ではなく命令です。
調理実習でカレーを作ることを指導する家庭科の先生は、

「しっかり作れ、思ったように作れ、好きなように作れ、丁寧に作れ、きちんと作れ」

なんてことは言いません。しかし、文章ではこれが「許されて」います。なぜでしょうか。教え方が分からないからです。そんなんでいいのでしょうか。いいはずがありません。

今回の講座では、パラグラフライティングなど「伝える文章」の胆の胆の部分を、講義と演習でお願いすることになりました。採用試験の小論文、卒業論文、修士論文などかちっとした文章を分かりやすく書くための考え方と技術の入り口を理解するための講座となるはずです。

指導する前に、自分が理解する。理解した上で自分が出来るようになって、子どもたちに自信を持って指導ができるようになる。その一歩目の講座となるはずです。

なおもし、書きかけの論文などがありましたら、その目次をご持参いただければ、懇親会等で凄いアドヴァイスを頂けるかと思います。ご持参ください。

お待ちしております。

日時:4月25日(土) 13:30〜17:00
会場:京都橘大学 児優館
講師:倉島保美さん
費用:一般 3000円  学生 1500円
アクセス:http://www.tachibana-u.ac.jp/official/information/access.html

なお、懇親会を17:30~予定しております。3~4000円程度です。

申し込みは、http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2213754
にお願いします。

講師略歴 

倉島保美さん

有限会社ロジカルスキル研究所代表取締役。1961年東京都生まれ。NEC(株)にエンジニアとして18年間勤務の後、研修講師業として独立し、現職。日本語ロジカルライティングを中心に、英語ライティング、プレゼンテーション、ディベート、ネゴシエーションなどを、年間150日以上指導。早稲田大学アジア太平洋研究科特別研究員や京都大学霊長類研究所非常勤講師も歴任。 

<主な編著書>『く技術・伝える技術』(あさ出版)、『論理的な文章が自動的に書ける』(日本実業出版社)、『英語ライティング上達法』(講談社)ほか多数。

http://www.logicalskill.co.jp/

22回 明日の教室 3/21日(土) 仲里靖雄先生(立命館小学校)

3月は、3月21日(土)13:30~17:00開催です。
講師は、仲里靖雄先生(立命館小学校)です。
仲里先生には、12月にお越し頂きました。
その講座の最後の一言が、

「もう時間。まだ話したいことがたくさんある!!」

でした。

是非、その続きをお話ししていただきたいということで、お願いしまいしました。

前回のご案内です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「算数の授業名人に、仲里先生という方がいらっしゃる。糸井先生、一度、見た方がいいよ。」
「明日の教室に、仲里先生を呼んでほしい。」
そんな声が、以前からありました。

で、私は、昨年度の立命館小学校の研究発表会にお邪魔した際、仲里先生の授業をじっくり見せていただきました。
いやあ、練りに練った授業というのは、こういう授業を指すのだろうなあというのが、感想でした。子ども達の反応も素晴らしかったのですが、反応を引き出す授業の構成というか、発問というか、指示というか、とにかく見事でした。

というわけで、今回は、仲里先生に、「授業構成のひみつ」と題して、たっぷり御講演いただくことになりました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

仲里先生は、算数教育で高名な先生です。しかし、仲里先生は、算数教育が目的ではないとおっしゃいます。

子どもを、学級担任として、学校で育てるということはどういうことなのか。ここが本当のテーマであると前回の先生のお話を伺いながら思いました。

前回の講義を受けられた方も、前回は残念だった方も、お越し下さい。

日時:3月21日(土) 13:30〜17:00
会場:京都橘大学 児優館
講師:仲里靖雄先生(立命館小学校)
費用:一般2000円 学生1500円

アクセス:http://www.tachibana-u.ac.jp/official/information/access.html

なお、懇親会を17:30~予定しております。3〜4000円程度です。

申し込みは、http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P2213754
にお願いします。

お待ちしております。

2009/02/12

乗り越えましょう

会議の一日である。

午前中の学科会議から午後の教授会まで三つの会議をしながら、事務仕事を重ねる。なんとか、締め切りまでに終わらせることができた。

幼児教育コースの諸君は、今週から保育園実習が始まっている。私も明日から実習訪問指導に出かける。その準備もせねばならず、あれこれもあり、忙しい。

ではあるが、乗り越えましょう。

2009/02/11

気持ちを入れ直そう

ダメだ。
穴見さんのこともあるし、インフルエンザの後の風邪も抜けきっていない。体がうまく言うことを聞かない。

娘の昼寝に付き合って、結局一緒に寝てしまい、起きる時間まで寝込んでしまった。

こんなんじゃ、事務仕事にならない。大学に行くのを諦める。
明日、なんとか終わらせよう。

午後から久しぶりに家族で出かける。
娘の手を繋いで歩く。

繋ぎ始めた頃には、私は体を傾けて歩いていた。
娘がまだ小さくて手を伸ばすのが大変そうであったからだ。
ところが、このごろは娘の身長が伸びたのか、手を繋ぐことになれたのか、私も体を傾けないで済むようになってきた。

デパートを見て歩いたのだが、バレンタインとひな祭りで女の子の色一色であった。去年の初節句にはまだお座りしか出来なかった娘と手を繋いで歩いている私は、どれだけ成長したのかと思う。

明日から20日まで、ほぼ休みなしで動くことになる。
気持ちを入れ直そう。

そうだとすれば、

なんとかしなければ、何かをしなければと思いながら、過ごす。

でも、その一方で事務仕事を終わらせなければならず、一日を研究室で過ごす。大体の目安はついた。あと少しだ。

今年最初の琵琶湖から昇ってくる満月を見る。

人間は何か変わらないものを支えにしながら生きて行こうとする。その変わらないものが、自分の不安定さをなんとかしてくれるからだ。

だが、変わらないものは、その人を頑固なものにし、時代は人の移ろいと相容れないものを生み出すこともある。

そうだとすれば、その何か変わらないものは、矛盾を含んでいたり、矛盾した環境の中に自分を置くことが、実は大事なのかもしれない。

満月に向かって献杯。

Rimg0187

2009/02/10

穴見嘉秀さん

穴見嘉秀さんが、亡くなられていた。
まだパソコン通信の頃からのおつきあいであった。

そう、パソコン通信が始まった頃、日本中の国語の実践家が集まってあれこれ議論をする掲示板があった。その後、メーリングリストを立ち上げ、ディベートの話や国語の指導方法について毎晩、それこそ電話回線が熱くなるぐらいに議論を重ねていた。

困ったことがあったとき、このMLに相談すればたちどころに答えが返ってくる。ピグマリオンさんというのが、彼のニックネームであったが、その博学さと資料の豊富さはドラえもんのポケットを持っているのではないかと誰もが思っていた。

「池田さんのディベート講座を九州でやりたいんだよね」
とわざわざ九州まで呼んでいただき、ディベートの講座をさせていただいた。こうと思ったら、やり抜く人であった。

「ボクのおじさんが40代でなくなってしまってね。生きているうちにやりたいことをやり尽くしておくことが大事だと思ったんだよね。池田さんの講座もそのうちの一つ」

そんなことを言われて、私はなんて答えていいのか分からなかった。
(やりつくしちゃったら、ダメじゃないですか。やりきれないから生き続けるんですもの)
と言えなかった。

高校の教員をされていた穴見さんが、大学の教員になると聞いたとき、仲間たちは喜んだ。あれだけの博識と指導の情熱を持った現場上がりの大学教員がいるということは、学生たちにとってとてもいいことだと。

その後の、穴見さんの仕事の忙しさは、相当なものだった。授業に手を抜くことなく、さらに研究にも、大学の運営にもと端から見ていた私でも
(体大丈夫かな)
と思うことはあった。

私も大学に籍を移すことになったが、真っ先に思い浮かんだのが穴見さんであった。

何回も夜中に起きた。
さすがに、応えた。

私に国語教育の実践家の仲間を全国に作ってくださったのは、穴見先生である。いま、日本中どこに行ったって、夕ご飯を一緒に食べる仲間はいる。その仲間が出会う場を提供してくれたのが、穴見先生である。

(最近どうしているかなあ)

と忙しさにかまけて連絡を取ることをしなかった。
私たちに仲間をプレゼントしてくださったまま、先立たれてしまった。

早すぎる。
合掌。

2009/02/09

私の教育関連の仲間たち

この週末、日本中の私の教育関連の仲間たちが、動いている。
びっくりするぐらい、あちらこちらに動いている。
研究会に、学習会に、研究発表会に。
その様子がそれぞれのブログに書かれている。

これって凄いことだと思う。
ベテランや中堅や実力者になっている全国の仲間の先生たちが、さらにその先を求めて自らを高めようとしているのだから。
それも、忙しい自分の生活や仕事をなんとかやりくりして、時間を作って出かけている。多くは自腹で出かけている。

学び続けなければ、教師と言う仕事は続けることは出来ない。
言葉だけではなく、これを実感している仲間たちが私には全国にいる。

俺もやるぞと思えるのである。

久しぶりに大学に行ったので、私のメールボックスはいっぱいになっていた。

整理をしていたら、とある高校から郵便が届いていたのを見つけた。私が模擬授業をした高校の、生徒の感想文である。大学に移ったとき年間に30校ぐらいで模擬授業をした。いまでも結構な数の模擬授業をしている。

私も中学校にいた時は進路指導主任をしていて、高校の先生に来ていただいて模擬授業をお願いしていた。企画から連絡調整を全てした。が、高校はその部分を業者がしている。いいなあと思ったものだ。

だからなのか、学校によって対応が違う。学校側の先生が全く出てこないところもあれば、学校長がきちんと挨拶をされて、授業をよろしくお願いしますという学校もある。もちろん、後者では気合いが入る。

そして、このように感想文のコピーを送ってくださる学校や、中には統計を取って他の授業との比較までしてくださる学校まである。

私は、お礼状を書くことは高校生にとって二つの意味があると考えている。一つは、受けた授業のまとめの効果としてののお礼状である。もう一度文章にすることは、まとめの意味がある。

もう一つは、まさにお礼である。何かのご縁とはいえ、君のために研究や仕事を中断して授業をしにきてくださる先生に、お礼を述べることは学ぶものとしてとても大事だと思う。今回お礼状を頂いた学校は、往復5時間ぐらいかかったわけで、電車のなかでPCをやったり読書をしたりはできるが、それはそれで相当大変な訳なのである。

そこに気がつく、気が及ぶように指導することは進路指導では重要な観点だと思うのだ。だから、私も進路指導主任をしていたときは、これを生徒にさせていたし、いま学生にも同じように感想やお礼を書かせるようにしている。

私は高校に合格するとか、希望した職種に就職するとかということも大事だが、こちらの方も大事だと思っている。そして、ここができないと、その後の成長は大変ではないかとも思っている。

その後9時近くまで事務仕事に勤しむ。
二月は、信じられないくらいに忙しいので、少しの時間でも有効に使わないと追いつかない。その一方でしっかりと体を休ませないとダメだしなあ。

途中で、信じられない訃報に触れる。
私の国語教師としての根幹の部分を育ててくれた、仲間を作ってくれたMLに関わってである。

まだ、信じられない。

明日の教室 国語部会

撮影の疲れを取るため、体を休める一日だった。
娘と一緒にお昼寝のつもりが、一人で寝続けていた。

調子の悪い時は、いくらでも寝られるものだ。
お昼ご飯も食べないで、寝続けた。

昼ご飯の後、娘と一緒にお散歩。
いつもは湖岸を歩いて行くのだが、琵琶湖が増水していて砂浜が水没して、湖岸の上を歩くことに。

明日は満月といういことで、水が引っ張られているのかもしれないが、雪解け水で増えているのかもしれない。

湖岸を散歩したあと、私は京都駅に向かった。
私のライティングの師匠の倉島さんが、京都で研修講師をされるというので、夕ご飯を一緒にどうですかとのお誘いを受けていたのだ。

一人では勿体ないので「明日の教室 国語部会」のメンバーに声をかけて一緒に夕食の会とした。

倉島さんから私は大学院のときに、パラグラフライティングを学んでいて、これを学んでいなければ修士論文は書けていなかっただろうし、ということは、大学の教員にもなっていなかっただろうと思われる。

「書く」ということはどういうことなのかを、きちんと考え直すきっかけも頂き、私の書くことの指導の幅もずいぶんと広がったのもこの講座である。

その講座は一日に8時間で、土曜日ごとに三週間やったのだが、その片鱗の匂いぐらいでも国語部会の先生に味わってほしいと思って声をかけたのだ。

衝撃を受けてくれたと思う。

学ぶべきことは、まだまだ、たくさんある。

2009/02/08

タミフル 低体温

指導が終わって、研究室を後にして帰ろうと振り返ったら、奇麗な夕日。
(いやあ、奇麗だな。一枚撮るか)
と鞄を探ると、ない。

デジカメがない。

(あ、新幹線だ)

比良山を撮影した後、窓際に置いたのだが、そのままデジカメは広島まで旅を続けたのではないかと思った。

自宅に帰ってからすぐに、JR西日本、新大阪忘れ物センター、広島駅忘れ物センターと電話を重ねていく。

そしたら、広島駅忘れ物センターにあるとのこと。
ああ良かった。

私らしいと言えば私らしいが、あって良かった。

いつもなら7時には午後のお昼寝が終わる娘だが、この日はずっと寝ている。折角帰ってきたのだから寝顔だけでなく、笑顔も見たいなあと思っておでこを触ってみると、おかしい。体温が低いのだ。

35度の半ば辺りである。ちょっと熱が低すぎないか。手足も寝ている時の感じの温度ではない。

「タミフル 低体温」

で検索すると、いくつかの記事が出てくる。呼吸が止まることがあるなんて怖いことも載っている。

慌てて電話である。大津市には夜間の小児科医の緊急電話相談がある。ありがたい。

また、かかりつけの小児科の先生のところに電話をすると、電話で指示を与えてくれた。これも、ありがたい。

久しぶりに川の字になって寝て、時々娘の様子を確認しながら夜を過ごす。

37度。
朝の検温では、通常の体温に戻っていた。
娘は14時間寝続けていたことになる。

熱は高くても低くても、大変であった。

« 2009年2月1日 - 2009年2月7日 | トップページ | 2009年2月15日 - 2009年2月21日 »