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2010/01/27

君達にはプレーヤーになってもらいます

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昼前に大学に行く。夜、熱が出てしまったので午前中は大人しく過ごす。GPの打ち合わせ、学生の相談に乗ったりしながらして午後を過ごす。

その後、日本語コミュニケーション技術1(ディベート)の最後の授業。本日は、決勝戦である。

論題は【日本は教職課程を六年制度にすべきである。是か非か】である。ディベートを学び始めた教員養成課程に所属する大学一回生にとっては、良い論題であろう。実際、回を重ねるに従っていい試合になっていった。

今回、決勝戦で私は初めてジャッジをした。できるだけ学生たち自身の判断で試合を進めることをさせていきたいと言う目標があったので、やり方は教えてあとはやらせるということをしてきた。

ただ、今回は最終戦でもあり、ジャッジというものがどのようなものなのか、その見本を示すと言う面もあって、私もやった。試合に出ない学生たちには、オーディエンスジャッジを依頼し、さらにベストディベーター賞を選定してもらうことにもした。

全ての試合が終わり、判定も終わり、学生たちと一緒に記念写真を撮る。一回生にとってはなかなか激しい授業であったろう。何、私が怒鳴るとか、毎回テストがあるとかと言うことで厳しいのではない。この授業は、

『君達にはプレーヤーになってもらいます。ウォッチャーではありません』

と最初に宣言してある。自分と仲間で調べて考えて議論して、授業の準備をしないことには進まないのである。そして、授業中も自分たちで発言して、メモして、発言していかないとダメなのである。そういう意味で、とても激しい授業なのである。

授業が終わって学生たちの感想を読む。
今年も、彼らは大変だったが良い時間を過ごしたのような感想を書いてくれた。力がついたとも。さらに、なんでこの授業は必修ではないのか、児童教育学科はディベートの授業を必修にすべきだとも。

大学一回生で、議論の作り方を理解するというのは、とても意味のあることだと私も思う。それに気がついた学生は必修にしようというのであろう。そうなったら面白いだろうなあ。

その後、研究室で仕事で残っていたら、留学している学生が帰国している時のご挨拶ということであれこれ話す。進路の相談である。本当にこればかりは正解は無い。正解にするしかないのである。

私の生き方が参考になるかと言えば、それも怪しい。私はその状況、その場面ではこのような選択をした。そして、その結果いまはこうなっているとしか言いようがない。その話を聞いて、何かの役に立っているのであれば、うれしい。

ま、私のことを三十代後半の年齢だと思い込んでいた学生であるからして、人を見る目があるので大丈夫だとは思う(^^)。

そして、さらに残って翌日の本年度最後講義「学級担任論」の準備をするのであった。

「早く帰ってきてね」

と朝娘に言われたが、今日も帰宅は遅い。
すまん、娘よ。
お父さんのお仕事は、準備が大事なんだよ。

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