二月も、あと二時間半
うーむ。ブログを書いている時間がない。
いつもなら、ブログを書いて文章を書く感覚を温めてから、あれこれするのだが、その時間がない。
先週はオフを取ったのでそのことも書きたいのだが、これも書く時間が無いなあ。
気がついたら7つの原稿を抱えていて、それ以外にもあれこれ。久しぶりに追い込まれているなあ。
取り敢えず、今日中に大学のGP関連の原稿を仕上げてしまわないと、まずい。明日、明後日は東京で打ち合わせだ。
二月も、あと二時間半。
頑張りましょう。
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うーむ。ブログを書いている時間がない。
いつもなら、ブログを書いて文章を書く感覚を温めてから、あれこれするのだが、その時間がない。
先週はオフを取ったのでそのことも書きたいのだが、これも書く時間が無いなあ。
気がついたら7つの原稿を抱えていて、それ以外にもあれこれ。久しぶりに追い込まれているなあ。
取り敢えず、今日中に大学のGP関連の原稿を仕上げてしまわないと、まずい。明日、明後日は東京で打ち合わせだ。
二月も、あと二時間半。
頑張りましょう。
本日は、付属高校の卒業式です。
卒業というとやっぱりこの詩ですね。
引用開始 ーーーーーーーーーー
校庭で 小野十三郎
わたしは
未来という言葉が好きだ
よく考えると
あなたたちの一人一人に
それがどんな意味をもつのか
なかなかふくざつで
かんたんには使えないけど
あなたたちと別れる日が近づくと
なぜか、さからいがたく
未来という
そんな言葉が
心の中からとび出してくるのだ。
夢とか
倖せという言葉では
いいつくせないものが
その未来という言葉にあるからだろう。
いまうす陽がさす校庭には
だれもいない
わずかに光をあつめて
冬薔薇だけが
咲きのこっている。
いってみれば
未来とは
かすかに風にゆれる
この一輪の
白い花のようなものだ。
ゆく雲のかげさえそこにうつっていて
世界はかぎりなくしずかで
かぎりなく美しい。
しかしそこにあれば
この庭にみちあふれていた
あなたたちの
明るい笑い声が聞こえる。
わたしは
あなたたちのそばを
なんども通った
そんな日があったことを
忘れない。
引用終了 ーーーーーーーーーー
それぞれの学校で良い卒業式が行われますように。
新年度から関わる(というか、もうどっぷり関わっている)番組の紹介です。
引用開始 ーーーーーーーーーー
NEDの桑山です。(NED=NHKエデュケーショナル)
新番組「テストの花道」のパイロット版のお知らせです。
周りの方にも紹介して下さい。
よろしくお願いします。
「発想の扉を開く」
本放送:平成22年2月23日(火)19:25〜19:55 教育テレビ
再放送:平成22年2月27日(土)10:00〜10:30 教育テレビ
平成22年3月13日(土)16:30〜17:00 教育テレビ
平成22年3月19日(金)10:06〜10:36 総合テレビ
平成22年3月28日(日)18:00〜18:30 教育テレビ
○内容
高校生を主なパートナーにすることを目指し、
誰もが嫌なテストを克服し、しかも大学受験を乗り切るための基礎体力となる
考える力“思考力”を身につけるための様々なノウハウを紹介する番組です。
舞台は、放課後のクラブ活動「勉強クラブ」略して「ベンブ」。
そこに集まるのは、やる気はあるけど、なかなか成果が上がらない、
勉強の仕方がわからないなどの悩みを抱えた現役高校生たち。
そんな彼らを顧問・所ジョージさんとリーダー・城島茂さんが応援!
高校生たちの成長ぶりは、必見です。
今回は、“思考力”を働かせるための「発想の扉を開く」カギを伝えます。
○新番組「テストの花道」第1回放送
本放送:平成22年3月29日(月)18:55〜19:25 教育テレビ
再放送:平成22年4月 3日(土) 9:25〜 9:55 教育テレビ
○感想やご意見をお聞かせ下さい。
NHKのホームページ
http://www.nhk.or.jp/css/goiken/index.html にアクセスし、
「メールでのご意見・お問い合わせ」の「メールフォームはこちらへ」から書き込んで下さい。
頂いた感想やご意見は、番組の作りにどんどん活かしていきたいと思っています。
よろしくお願いします。
引用終了 ーーーーーーーーーー
ということです。
よろしくお願いいたします。
司会は、21年ぶりのNHK司会者になる、所ジョージさんです。
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2010/02/09/0002699131.shtml
2/21-4
午前中は娘と遊んで、年賀状を書いてf(^^;、過ごす。
年賀状はやっと半分ぐらい書き終えた。
自分で書きながら、律儀なのかいい加減なのか分からないやつだなあと思っている。たぶん、どちらもであり、やや後者の占める割合が多いのであろう。
◆
夕方から研究室に。
事務手続やら、文章やらを研究室でなければできないものがあったので、出かける。こう言うとき、自宅と職場が近いのは非常に助かる。
ま、なんとかなるという甘えた心を引き起こすことにもなるのだが。
◆
明日からしばらく、私はほぼ、アンプラグドの生活になります。緊急の用事の方は、私の携帯電話へどうぞ。
次の接続は、2/26になると思います。
よろしくお願いいたします。
2/21-3
いま、ネット句会をしている。
句会は、面白い。
ただ、なんとなく敷居が高い感じがするし、古くさい感じもする。しかし、そんなことはない。やってみれば、小学生から大学生まで、いや国語の先生も、みんな楽しめる。
http://blog.goo.ne.jp/sak_kura/e/0e26226a427ec23b640bda7e644f341a?st=0#comment-form
大学院に通っていたときに同期だった坂本先生のブログから、ひょんなことで、
『じゃやりませんか?』
と始めた句会である。
今年は、句会をあちこちで楽しみたいなあ。
2/21-2
で、昨日は思い立って滋賀県の長浜まで向かう。
長浜は、いまはだからなんなの?というぐらいのイメージしか無いが、信長の時代から明治にかけてはそうとう栄えた街である。
日本で鉄道が最初に出来たのは、新橋からのものという記憶はある方が多いが、実は同時期に出来た場所は、北海道の札幌から手宮、新橋から横浜、神戸から大津、仙台の大橋から釜石と四つあったのであった。
長浜は、福井県の敦賀と鉄道で結ばれ、日本海の物資を京都に運ぶ拠点となっていたのでした。そうなんです。敦賀から長浜まで鉄路で運び、琵琶湖の水路で運び、大津からまた鉄路となるわけです。
なんか凄いことをやっていたんだなあと、感心。
地元を知るって良いなあと。これは、長浜鉄道スクエアで得た知識。
◆
で、目的は長浜盆梅展を見るためでした。
長浜鉄道スクエアの道向の、慶雲館というところで開催です。
http://www.nagahamashi.org/bonbai/
いま、仲間たちとネットで句会をやっていまして、季語が「梅」です。それもあって見に行こうと思い立ったわけです。
まあ、凄かったですね。
400年前の梅が、盆栽になっていて、それでいて満開なのですから。
400年前と言えば、江戸幕府が出来たばかりの頃ですよ。そのころに生を受けた梅が、まだ満開の花を咲かせるわけです。すごい。
東京にいたら、見ないでしょうね。
わざわざ、ここまで来ることはないでしょうが、大津にいれば新快速でも1時間。高速道路を使って90キロぐらいで来れますから、そりゃあ行きます。
本当は黒壁スクエアやあれこれ回りたかったのですが、時間切れ。夏には一泊か二泊してゆっくりと回ってみたいなあと思える街でした。
2/21
明日は、平成22年2月22日である。
だからなんだということもないが、そうである。
◆
おとといは、思い立って京都市内を歩いた。運動不足を解消するために、歩いた。三条から宝ケ池までである。
いやあ、疲れた。こんなに歩いていないかと思うほどであった。距離にして6キロちょっとだが、足の甲の親指の付け根が痛くなった。もう少し歩かなければなあと思う。
私の父方の祖父は、60歳を過ぎてから1日に30キロ近くを、便利屋の仕事をしながら歩いていたとのことである。昔のことなので、駅まで荷物を持って行かなければ荷物は送られない。集落の荷物を集めて、駅までリヤカーに乗せて歩いて届ける仕事をしていたとのことである。
いきなりは無理だが、そういう体を目指さなければと思う。祖父は90歳まで長生きした。
◆
エネルギーを放出して、これでまあ少しダイエットになったはずなのだが、補充したくなるのが常。
で、帰りは公共交通機関を使ってしないに戻る。で、気になっていた店に行く。お魚が美味しかったなあ。
飲んでいると、突然店の人全員に小さなワイングラスが配られる。何だろうと思っていたら、女将が
「すみません、少し時間を下さい」
と言って、恐らく常連さんであろう
「この人、元気ないんです。明日から入院なんです」
と言って、
「元気づけてやって下さい」
と。みんなで乾杯をして元気づけたのであった。
いいねえ。昭和の良いところが残っている店だなあ。
美味しいお魚は奇麗に食べ尽くした。
すると
「いやあ、ここまで奇麗に食べて下さる方は、久しぶりやわ。嬉しいなあ」
と言われた。
『美味しいものだし、命だし、食べ尽くしました(^^)』
と答えたら、
「嬉しいわあ」
とのこと。また行きたくなってしまいました。
◆
写真は、宝ケ池の夕暮れ。
なかなか奇麗でした。
http://portal.nifty.com/2010/02/21/b/
プレゼンの演習。
面白すぎる。
中学校の教師の時だったら、すぐに授業にするだろうなあ。
ディベートの授業のあと、アフターディベートでやってもいいだろうなあ。
【2年1組は、自由席にすべきである。是か非か】
【東京都教育委員会は、高校を義務教育にすべきである。是か非か】
【日本は、教職課程を六年制度にすべきである。是か非か】
これで、アフターディベートとしてやってもいいなあ。
2/19
「子どもの世界は、ミュージカルね」
という名言は、奥さんの言葉だが、本当にそう思う。
歌って踊ってで生活している。
教える歌をどんどん覚えるのだが、苦手なフレーズもある。
♪ ゆーきーやこんこん、あられやこんこん
と、歌を教えるのだが、一カ所ダメなところがある。
♪ いーぬはよろこび、庭駆け回り
のところである。
娘は、ここにくると
♪ いーぬは、ずんずん降っては降ってはまだ降り止まぬ
と、レコードの針が飛んだかのようになる。
悲鳴を上げながら、少し喜びながら、ずんずん降ってくる犬の姿が脳裏に浮かび
、笑っている私である。
2/18
ちょっと早いかなあと思ったのだが、娘にあるものを与えた。トランポリンである。直径1メートルぐらいのミニトランポリンである。ベッドの上でピョンピョンして遊んでいるので、仕舞ってあったのを取り出してきてセットしたのである。
娘は狂喜乱舞して、跳ねているのである。そして、
「お父さんも一緒!」
と言って私も誘う。
◆
ミニトランポリンではあるが、5分間も跳び続けると相当疲れる。ま、ダイエットには良いのだが、娘の体力に付き合うのは疲れる。
で、娘はそのミニトランポリンの上に寝転がったりするのであった。また、でんぐり返りをすると言い張るのであった。
(なんでこんなところで?)
と思う私と奥さんであったが、今日やっと分かった。
◆
娘は、ミニトランポリンのことをベッドと間違えていたのである。
ベッドの上でジャンプすることをして、ベッドの上で寝転がって、ベッドの上ででんぐり返りをしていた娘は、ジャンプすることができるこのミニトランポリンを、ベッドの一種類と思い、ならばと寝転がったり、でんぐり返りをしようとしていたのである。
子どもは、子どもなりの理由付けをしているものである。大人から見ると、なんでそんなことをするのか?と思うことも、子どもにとっては理路整然としていることもあるのである。理屈では分かっているが、実際のところ大人の考えでバサッと切ってしまって、子どもの理由に寄り添うことはなかなかできない。
ただ、今日はよく分かった。もう、可愛くて仕様がない。
『賢いな! そうかそうか。そうだったのか!』
と頭を撫でると
「天才!」
と嬉しそうに見つめる娘。
天才かどうかは分からないが、確かに意思は通じ合ったな。
◆
久しぶりの思い切りの、親バカである。
写真は、今日におの浜からみた比良山とビアンカ号。雪のあるところにはスキー場もあります。
今回のスノーボードの国母選手問題は、面白い。議論のいろいろな観点が隠れている。
頭に来ている人、別にいいじゃんと思っている人、どうでも良いと思っている人の三種類がいると思われるが、それぞれの立場の人が、どの観点についてそのように判断しているのであろうか。
ま、オリンピック憲章を元にしてあれこれ議論をしている人は、ほとんどいないように思えるが、なんとなく感じて入るのかもしれないなあ。
とにかく、思いつくままに書いてみたい。
◆
1)ルールとマナー
あの公式スーツの着こなしについて、ルールは無いがマナーはある。
いや、厳密に言うとあのスーツはきちんときることを求める文章はあるのだが、ルールではなくマナーとしてどうよ?、というところであちこちから意見が出た。ここであれはダメだと言う人と言わない人に分かれる。
その後、マウスピースをしながらインタビューに答えていたが、これも叩かれていたなあ。そう言えば、女子テニスで記者会見のときに携帯電話でメールをしていて叩かれていた選手もいたな。
こないだ見た、カーリングのアメリカ女子チームは、ガムをかみながら試合をしていたが、日本人だったらこれも問題にされるんだろうなあと思う。ま、実際私もそれってどうよと思う文化にいるし。
ただ、ニュースになるぐらいだから、たいした数はいないのかな。
2)税金でオリンピックに行っているんだろう?
納税者が自分の税金がきちんと使われているかを考えるのはとても大事である。オリンピックも税金から支出されている。だから、ここを考えることは大事であろう。
しかし、一人いくら払っているんだ?と思う。ネットで捜してみた。
引用開始 ーーーーーーーーーー
http://olympico.cocolog-nifty.com/olympic_plus/2008/03/post_633b.html
北京五輪イヤーの2008年 注目のJOCの予算が明らかになった。
日 本オリンピック委員会(JOC)は10日の 総務委員会総会で2008年度予算案を決め、前年度当初比18億9000万円増の総額92億8600万円となった。収入は事業収入31億4100万円、補助金等29億9700万円など。支出は競技団体などへの交付金11億6600万円、マーケティング関係費が17億2400万円などとなっている。また、07年度第2次 補正予算案は、補正前より6億800万円増 えて79億4800万円となった。(時事通 信)
93億円弱の金額は大きいか、小さいか、五輪のメディア露出を考えれば思いのほか小さい額ではないか?
わかる範囲で過去の予算を挙げるが、やはり五輪開催年はマーケティングがうまく行き、予算も大きくなるようだ。(冬季五輪は2月開催のため前の年度予算に なる)
2008年 92億8600万円
2007年 73億9600万円(補正前予算)
2006年 69億4812万円
2005年 77億9567万円 トリノ五輪のマーケティングが好調だった
(参考)1997年 66億7041万円 長野五輪が年度内にあった
ちなみに五輪派遣費用はどこが出しているのか?
やや古い資料しかないのだが、439人が参加した2000年シドニー五輪の選手団(選手・役員)の派遣費用は2億1900万円で、内訳は日本自転車 振興会が9829万2000円、国が8737万4000円、JOCが3333万4000円を出している。
1人あたり49.9万円也。
国の出した額は国庫補助金で、いわゆる税金である。
引用終了 ーーーーーーーーーー
ま、トリノのオリンピックであるが、国は約9000万円出しているらしい。一億二千万人の日本人の人口で割れば、一人当たり0.75円か。ま、金額の問題ではないという意見もあるだろうが、1円ぐらいならいいんじゃないのと思う。
3)服装、髪型、鼻ピアスなどのフアッション
これは、私服に関して言えばまったくどうでも良い問題だと思う。言われる方は、大きなお世話と思うだろう。ま、その通りだ。その通りだが、言う方はあれこれ言うんだな。
目障りだったり、自分が属している集団の雰囲気を乱されると思うからであろう。
ま、私からしたら鼻にピアスをしている学生がいて、指導する対象であったら、
『私は牛に知り合いはいない』
と言うだろうなあ。
実際、教え子で鼻にピアスをしているのにそう言ったことはあるしf(^^;。
で、私服については、ま、大きなお世話である。髪型と鼻ピアスは、どうなんでしょうねえ。髪型は似合わないと思うが、これも大きなお世話でしょうね。鼻ピアスは、私はあの競技においては危険だと思うので、少なくとも競技中は外せということかな。
4)謝罪のことば
ま、ここが一つのポイントだったんじゃないかなあ。
謝罪が謝罪になっていない。謝罪しないのであれば、しなければいいのに、謝罪の席で謝罪をしたくないのに、謝罪のフリをしている。ここに、カチーンと来た人が多くいたのだろう。
マイクが高性能だったため「チッ、ウッセーナー」ということばを拾われてしまっていた。(つぶやき女将を思い出した人も多いはず)それがネットで世界中に配信されている。そして、「すみませ〜ん」だ。これは謝るではなく、喧嘩を売るである。
前回の大会でも、「国母のフルコースを召し上がれ」と試合の前に自らを自慢しておきながら、予選落ちという結果ということがあったわけで、これを取り出してきてあれこれ言う人がいるわけだ。
もともと、不言実行の文化のある日本。そして、言ったからにはしっかりやれよという有言実行も重視される日本。これが出来ていない。そこで二重に三重に、反感を買うことになっているのだろう。言霊の住まいする日本であるからねえ。
一方で若いアスリートできちんとしたことばを選べる人たちもいるし、イチローなんて台詞が本になってしまうほどである。ことばと身体性というテーマで書かれている文章は内田樹先生が書いていそうな気もするが、そうとう面白いだろうなあと思う。
本心からまずいと思っていない謝罪ってのは、もっとまずくなるという一例だろう。
5)大人
大学生と言えば社会人。21歳であれば、大人。そう思っていたいというのが、見ている人たちの思いであろう。しかも、彼は結婚しているとのこと。それで、あれはないんじゃないの?と思うわけである。
ま、しかし、21歳の人間にそこまで求めるかね。自分が21歳の時のことを思ったら、黙るしかないと思うのだが。
ま、実際あそこまで自分はやらないだろうなあと思っても、彼の大学にまでクレームを言う人の気持ちがわからん。
立ち居振る舞い等に関して、大人であることを求めることはいいが、大人であることとは別であろう。法律違反をしているわけでもないし。
6)実力はありそう?
事前の地元新聞の予測では、銀メダルを取れそうとのこと。この力があるのに、あのだらしなさ。そこが許せない人がいるということであろう。
私なんかは、ジョン・マッケンローを思い出すなあ。紳士のスポーツと言われたテニスで、あの悪態。それでも自分のスタイルに拘り続け、勝ち続けた彼。
ただ、本当に実力がないと、茶番になる可能性もあるね。また、メダルをとったらどういう対応なのかな? 取れなかったらどういう対応なのかな?
上村愛子さんは、四位でも絶賛されている。確かに、彼女のブログは良かった。
過程と結果とあって、両方とも求めるだろうねえ、外野は。
◆
と、外野の一人の私は、あれこれ思いを巡らせて、面白い。
2/16
寝ながら引っ掻いたのか、娘の目が赤くなっていた。少しものもらいにも見える。来週のことを考えると、慎重にした方が良いので、娘を病院に連れていく。
目だから眼科かとも思ったが、15歳までは小児科でいいというのを読んでいたので、そうする。娘も知っている先生の方が安心して見てもらえると言うものである。
お陰さまでたいしたこともなかったようで、ひと安心。
娘は、私と出掛けると、割りと大人しい。言うことをきく。ただ家に近付くに従って、我侭を言い出す。面白いなあと思う。
◆
原稿と数時間格闘してから、大阪に出掛ける。リヒテルズ直子さんの講演会に出かけて行ったのだ。
どうしようかと思っていたのだ。やることはあるし。ただ、関東の岩瀬さんも、明日の教室の常連の藤原さんもツイッターで紹介しているし、エイヤッと出かける事にした。
◆
ある年に決めた事がある(を、あの番組のようだ)。年下の意見の方を重視しようと。後生畏るべし、ではないがどこかで意識的に、先達に求めることから、180度意識的に変えようと思ったのである。
自分がこの年だったら、できなかっただろうなと思うことを軽やかにしている、若手から学ぼうと決めたのだ。
年齢を重ねれば、ある程度できるようになる。経験と技術、更には権威と言うものもいつの間にかついてくる。
そうなると仕事がやりやすくなるのは事実。だって周りが反論しにくくなるからである。
しかし、その一方で仕事がダメになって行くのも事実。守りに入ると言ったらわかりやすいだろうか、今までのお釣りで生きていけるようになると、人が堕落するのは、歴史が示している。
◆
1970年代、世界の情報が二倍になるのには10年掛かったらしいが、今はインターネットがあるので二日でいいとか。私たちがそんな時代に生きているのであれば、守りに入った生き方では、生きていられない。
鴻上尚史さんは、片目で不易を見て、片目で流行を見ると言っていたと思うが、その流行を見るとき、若い人の感覚を今から意識的に借りたいと私は考えた方が良いのではないかと思い始めている。
幸いにしてわたしの周りには、すごい若手が多くいるので、私は嬉しい。
◆
で、講演会であるが、あれこれ考えさせられた。ま、正直に言えば、私は人の話を聴かない。いや、場合によっては深く聞いているのかもしれない。
なぜなら、私のメモは、疑問、反論,アイディアだらけだからである。今回もiPod touchにあれこれメモしまくりであった。
いま、教育界では「革命」の準備がされているのだと、このごろ静かに感じている。改革ではなくて、革命だろうなあと思う。その現場に立ち会うことになるだろう。
そんな話を、同じく会場に来ていた明日の教室常連で、本日お誕生日の川本先生と帰り道がてらに、話した。ここに詳しくは書けないが、あれこれ話した。
私が学生時代に考えていた世界の姿が、日本にも出現するのかもしれないと、武者震いをした夜であった。
◆
23時過ぎの帰宅であった。遅いような、早いような。
2/15
原稿は、どうしたら終わるか。答えは一つしかない。書き始めることである。原理原則はきわめてシンプルである。シンプルなだけに、あれこれ理由を付けて始めないこともある。
ま、久しぶりにゆったりとした時間がとれたこともあるので、読書をして過ごした。私は一つのテーマを読むと、そこに関連しているテーマを続けて最低三冊は読むことにしている。というか、そういう風に本屋で手が伸びてしまう。
今は、お金に関するものを読み続けている。お金は難しい。若い頃は稼ぐのが大変だと思っていたが大変なのはそれだけではない。使う、おごる、おごられる。貸す、借りる。さらには増やすとか値切るとか賭けるとか、まだまだいろいろとある。
♦
かつて、教員採用試験の一次試験に合格したとき、中学校時代の先生で管理職をやっている先生方に挨拶に伺った。いろいろとアドヴァイスをいただくためだ。そのとき、A先生に言われた言葉がまだ私に残っている。
「池田は、明るいから大丈夫だよ」
というのと、
「お金を儲けたければこの仕事は選んではダメだぞ」
というのである。
確かに、今思ってもそうだなあと思う。公務員である教員は、副業も許されないし、大きく儲けることはできない。だが、通常に生活していくのに困るような給料でもない。
ま、株とかなにやらをやれば儲けることもできるのであろうが、そんな面倒くさいことを私がやるわけもない。副業で収入を得るために掛けるエネルギーがあるのであれば、本業に没頭している方がよいとも思っていた。
♦
教師は残業しても、残業手当は出ない。もちろん、クラブなどで日曜日に出ても休日手当は出ない。にもかかわらず、夜に自宅に電話があって対応しなければならなかったり、土日に採点をして月曜日に返却することが当たり前のように思われているテストがあったりする。
そもそもクラブ指導は、ボランティアであって指導費など本当に雀の涙である。私がやっていたときは、高校生のアルバイトよりも安い時給でやっていた。ま、あるところでは、500円でやっているというので、うちといい勝負だなあと思っていたら、なんと一学期500円だというので、開いた口が塞がらなかった。
いったい、教師の仕事を時給換算にするとどういうことになるのかと思って、やってみたが、悲しくなるばかりであった。
♦
だが、「お金を儲けたければこの仕事は選んではダメだぞ」という先生の言葉が、聞こえてきて、その通りだよなあ、それを承知でこの仕事を選んだんだよなと何回も思い直したし、お金とは関係なくこの仕事にのめり込むことで、見えないものが見えるようになり、得にくい経験もすることができたりしたのだから、人生は面白い。
ただ、やはり公務員の教師として生きてきただけでは、わからないお金の世界がある。ま、いまさら新しいあれこれを体験してというよりも、まずは本の世界で理解しようとしているのだろうなあ。
自分のことを、だろうなあと言うのも変なのだが、なんか客観的にみているんだな。
♦
さ、原稿だ。
2/14
昼ご飯前にちょっと、ミスをして落ち込んだ娘。そんな娘も可愛いと思う。
『可愛いなあ』
と食事中に言うと、
「可愛くないもん!」
と反論。それがまた可愛い。
「もう可愛いのは終わったの!」
だと。
可愛いなあ。
年度末は忙しいので、先きに先きにご案内を出します。
三月は、二ヶ月連続で北海道から石川晋先生をお招きします。卒業式の前にも関わらず、やってきて下さいます。
石川晋先生と言えば、北海道の民間教育団体を考えるときに、欠くことの出来ない先生です。
今回は、合唱指導、国語の授業、そして、対談という構成で考えております。
よろしくお願いいたします。
以下、糸井先生のブログからです。
引用開始 ーーーーーーーーーー
3月の「明日の教室」は、北海道中学校教師、石川晋先生をお招きします。
日時 3月13日(土) 13:30~17:00
場 所 京都橘大学 児優館
内容 1 学級担任が行う合唱指導「旅立ちの日に」
2 中学校国語授業(オムニバス
型授業)
3 授業の解題と授業観について(対談形式で)
石川先生は、中学校国語教師です。今回は、ご自身は普段の 授業の中で行われている「パーツ型授業」を模擬授業形式で行っていただきます。
更に、これは、私が無理を言って了解していただいたのです が、合唱指導を行っていただきます。石川先生はブログ等でご存じの方も多いと思いますが、音楽教育にも堪能な方なのです。いやいや、堪能などという言葉で は言い表せないと思います。今回、何度かお願いして、何とか承諾していただきました。
そして、最後は、対談です。石川先生と私、そして、 池田先生に絡んでいただいて、「授業の解題と授業観について」、語り合いたいと思います。1時間の中で、お互いに、お互いが見えてなかったものが見えてく るといいなあと思っています。いや、きっと、見えるはず。楽しみです。
石川晋先生のプロフィールです。
上士幌町立上士幌
中学校勤務。
NPO法人授業づくりネットワーク理事、日本児童文学者協会会員、
「研究集団ことのは」、日本野鳥の会会員。
学生時
代より、授業づくりネットワークに参加。北海道の教育運動の草分け的存在。
【著書】上條晴夫編著『中学校国語学習ゲーム集』(学事出版)/堀裕
嗣・桑原賢・石川晋著『説明責任時代の生徒指導』(明治図書)/上條晴夫・石川晋共著『中学校作文ワークシート』(学事出版)/『北海道スノーハイキン
グ』北海道山のML編著(北海道新聞社)/堀裕嗣・石川晋編『学級経営力・特別支援教育
多くの方の参加をお待ちしております!
お申し込みは、http://kokucheese.com/event/index/1566/です。
追 加情報
①ピアニスト募集
当日、ピアノを弾いていただく予定だった先生から、参加できないとの連絡が入りました。ピアニスト大募集
です。立候補される方、メール下さい。曲目は、「旅立ちの日に」です。
②当日、開始前に練習します
当日、講演前に、合唱練習しま
す。時間帯は、11:45~12:30。その後、みんなで学食に行きましょう!
昨日書いた時間と少し違います。この時間で実施したいと思います。
引用終了 ーーーーーーーーーー
お待ちしております。
私の友人の筑田先生が東京で、学び合いの会を開きます。
3/27(土)です。
私は、卒業生の結婚式に出席するために、ここに伺えませんが、ご案内いたします。
http://manabiai.g.hatena.ne.jp/ikutosu/20090607/1244372724
よろしくどうぞ。
2/14
昨日の、明日の教室の心地よい興奮が残っている。お酒も少し残っているf(^^;。
◆
講座は、「ファシリテーション入門」。話し合いの進め方に絞って3時間半をお願いした。もちろん、ファシリテーションは、話し合いだけではない。だが、まずは話し合い、とくに会議の進め方のところをじっくりとである。
ファシリテートというのは、円滑に進めるという意味である。コーチ、プロデュースなどと近しい考えだなあと感じた。
◆
参加者は、20人。
年度末が近づいてきており、入試やいろいろとあって
「本当は行きたいのですが、すみません」
というメールもたくさんあったので、この人数となった。
ま、運営から言うと30人ぐらい来ていただけないと赤字になるのであるが、講座からすると20人ぐらいで行えたのは、非常に良かった。
◆
岡山さんの講座は、実に奇麗に構成されていた。また、無駄なことばが無いので、こちらの思考は刺激されるだけで、邪魔されることは無いというもの。こういうのって出来そうでなかなかできない。
昨日の講座の様子は、ビデオに収録され、明日の教室DVD第七弾としてリリースされるので、ファシリテーションとは何かを学ぶのと一緒に、ご覧頂きたい。
◆
岡山さんの講座を受けながら、改めて思った。
生徒の方のことではなく、教える側の方でのことで、いま、教育の世界で何が起こっているのか。私はこれをきちんと定義して評価することばを持ち得ていない。
ただ、私が今まで関わってきたことが、いろいろと有機的に結びついて、動き始めているなあという思いを強く持つ。自分の実践が何を意味していたのか、いまの大学での授業がどういう意味を持とうとしているのかなどである。
わくわくしている。
2/11
スケジュール調整をして過ごす一日。
なんとかうまくいきそうだ。
ホッとしている。
◆
琵琶湖は一日中、霧雨。
ミシガンは、2/18までドックに入って一年の疲れをとり、春からの営業のためにお色直しをしている。
私もこの時期は少しだけ、のんびりしたい。
◆
さ、そのスケジュールに向けて書かなければならない原稿やなにやらをがんばろう。
ちなみに、『神の雫』14巻を読みながら、古内東子を聴く。
すごすぎる。
2/10
三回生ゼミの納会。学生会館でやるというので、お泊まりかと思っていたら、今日は帰るとのこと。慌てて準備を変更。お泊まりと思っていたので、大きな荷物を車に積んでおいたのだ。
電車バスを使っていくときに限って、大きな荷物で雨。日頃の行いであろう。
◆
研究室では、事務手続をしたりなんだかんだ。
そして、あっという間に納会の時間となる。
でもって、会場に向かう。
◆
会場は、大学の学生会館。近くの元民家。元民家と言ってもこれがなかなか凄い。入り口には何かの銅像が建っているし、部屋数はいくつあるのかわからない。
そこのでかいリビングにテーブルを出して、生協に頼んである料理を並べて、お酒を持ち込んでわいわいである。
お酒と料理で一人2000円。やっすい。
◆
大学的に言えば、今日は
「良いお年をお迎えください」
であります。
春休み、学生たちが無事に過ごしつつ、少し成長をしていることを期待しています。
http://blog.goo.ne.jp/sak_kura/e/1c21647d809c36edf4d518d8be44c154
ということで、開きます。
興味のある方。お申し込みください。
2/10
一気飲みは良く無い。まあ、ビールの最初の一杯ぐらいは、大人になればいいかもしれないが、良く無い。体に悪いし、お酒に申し訳ない。
では、本の一気読みはどうだろうか。ひょっとしたら、体に悪いし、本にも申し訳ないかもしれない。しかし、ぐいと掴まれてあれーっと持っていかれ、それでいて本当? で、どうなの? へーっと思いながら、一気に最終ページにたどり着く本ていうのはそんなにあるもんではない。
ここは、畑正憲さんの
『ムツゴロウの本音』から引用開始 ーーーーーーーーーー
好きなことを発見したら、どっぷり浸りこまねば損である。浸りこんだ時間の長さを、自分が生きた時間だと計算する。
引用終了 ーーーーーーーーーー
に従うことにする。
一気読みをする。
◆
『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子 理論社)であった。
西原さんは、『恨ミシュラン』『毎日かあさん』で有名な漫画家で、私も『毎日かあさん』は、楽しみに新聞で読んでいる。独特の画風だけではなく、その作品から見られる人生の基本的な考え方は、ちょっとすごいなあと毎回思わされるものであったが、今回その意味が少し分かったように思えた。
彼女の生い立ちとそこに関わるお金の話。
中学生から大学生ぐらいまでのうちに読んでおくべき本であると思った。
この本は、お金の稼ぎ方の本ではない。お金というものの本質はどういうものなのかを、解き明かしている本である。
◆
私は、大人論の中でお金に関わる項目を立てているので、お金に関するあれこれは興味がある。
だが、親の教育と生きてきた環境のお陰で、西原さんが体験してきたものとは違う生き方を私はすることができた。
ま、うちが特段豊かだったわけではないが、西原さんのこれと比べれば雲泥の差がある。比べる必要も無いのだが、自分のことをあれこれと考えてしまう。
お金があったらできる体験でもないし、お金がなければ出来る体験でもない。この体験から得た知見を、たった1365円で読めるなんて、凄すぎる。
http://www.rironsha.co.jp/special/kane/index.html
◆
上半期ベスト3に入るんじゃないかな。
2/9
スケジュール調整のための一日であったが、予定していたものと大きく違ってしまいそうで、困った。再調整をしなければならない。一年間掛けて用意していただけに、悲しい。
◆
15年前の卒業生から手紙が届いた。結婚を知らせるものであり、当時の授業を感謝する内容であった。
彼女は、中学生当時英語をやり続けるか、本当に好きな歌で行こうか悩んでいた。それが、高校に進学してから音楽を選んだのであった。そこまでは風の便りで聞いていた。
『一回の人生、好きなことをやった方が良いよね』
と私が言ったことがきっかけの一つになったとも。
◆
その後、アメリカの大学で、私の中学校時代の授業でやったことを思い出して、感謝してくれたというのである。ディベートと日本語の特質特性を考える授業だったという。
論理的に考え、論理的に表現するということはどういうことなのかをディベートの授業を通して指導していた。私が本格的にディベートの授業を指導し始めた頃の生徒である。『中学校国語科ディベート授業入門』(学事出版)に詳述した時の生徒である。
15年前の私のディベートの指導は、いまの私に比べれば雲泥の差で、泥の方である。しかし、その授業に懸命に取り組んでくれた生徒は、やがてアメリカの地であの授業で目指していたものに気がつき、復習し、感謝してくれていた。
これを教師冥利に尽きると言わずに、何をいうのであろうか。
ありがたい、ありがたい。
◆
琵琶湖の畔で、娘と遊びながら、
(思ったよりも、遠くまで来たものだなあ)
と思う。
2/8
昼にお客さんに会う予定があり、研究室へ。ところが、急なキャンセル。ま、学校教育現場であればそういうことは十分あり得ます。
生協に食事をしにいったが、これが酷い混みよう。授業は終わっているのだが、補講や講座などで結構多くの学生たちが来ている。中には採用試験の勉強のために集まって勉強している児童教育学科の三回生も。いいぞ。頑張れ。
だが、多すぎる食堂で食べることに関しては草々に諦めて、カップ麺を買って研究室に戻る。たまにはそう言う昼ご飯があっても良いだろう。
学生の訪問があって、自主的に教育実習のまとめ集を作ってくれるとのこと。四回生が三回生へと残しておきたいとのこと。こういうの嬉しいなあ。その学生、進路も決まったようで、これもなによりである。
◆
午後からGP関連の打ち合わせ。2時間ほどあれこれと行う。大学内のインターネットのシステムの再構築をも視野に入れて、文学部、人間発達学部のところから着手。
いままでは主に業者の方と私の交渉であったが、今回はさらに大学の事務方の各部署の方に来ていただいて、細かい調整も行う。
ま、私はコンピュータやインターネットの専門家でもなんでもないが、こうなってほしいと言うイメージはあるので、その部分を専門家に具体化してもらえればなと思い、あれこれ話す。
コンピュータが苦手な人は、「このコンピュータで何が出来るのですか?」と聞く傾向にある。だが、私は逆ではないかと思っている。「こう言うことがしたいので、このコンピュータならどうしたらいいのですか?」であろう。
自ら進んでコンピュータに使われる側になる必要は、ない。あくまでも使う側であるはずだ。その考え方で、いる。
◆
予定より一時間早く打ち合わせが終わったので、研究室で仕事を進める。購入した本の整理や原稿書き。その合間に読書。授業が終わったので、楽しみの本の解禁でもいいのだが、読みたい本がどーんと残っているので、これを次から次へと読み続けている。新しい本の他に再読も。
『クリック』『プチ哲学』(以上、佐藤雅彦)、『ゲームニクスとは何か』(サトウヒロアキ)、『60歳までに1億円つくる術』(内藤忍)、『教育と平等』(苅谷剛彦)、『シブすぎ技術に男泣き!』(見ル野英司)、『神の雫』(亜樹直、オキモト・シュウ)などなど。
ま、一部には漫画だったり趣味の本もあったりするが、ワシワシと読み進めている。
たーっくさんインプットして、醗酵するのを待つのは楽しい。そして、これが授業や研究のアウトプットの場面で、思いがけず迸る瞬間が生まれるのを楽しみにして、ワシワシするのである。
◆
さ、今日は早めに帰ろうか。
2/7
昼過ぎに、所用があってにおの浜まで出かける。大津の繁華街である。
いやあ、すごい人。車も混んでいる。大津にこんなに人がいたかなあと思うくらいいた。
普段人のいない滋賀県の、さらに人のいない湖西に住んでいるので、なかなか驚く。
だけど、もっと混んでいた東京にいたんだもんなあ。不思議なもんだ、人の感覚というものは。
◆
その後、大阪方面に出かけてあれこれ。我ながら落ち着かない奴だなと思う。本当は、家のリビングでゆったりとした一日を過ごしたいなあと思ってはいるのだが。
じっくりと落ち着いて、というのが無理なのは、これから先も変わらないだろう。ならば、この流れの中にいながら、仕事を進めることに、今以上に長けなければと思うのであった。
◆
その後、ゆったりと良い時間を過ごしたのであった。
2/13 明日の教室ご案内。
遅くなりました。
2/13の明日の教室のご案内です。
http://kokucheese.com/event/index/1484/
引用開始 ーーーーーーーーーー
2月の明日の教室は、北海道から岡山洋一先生をお招きいたします。
岡山先生は、ディベートの指導者としても著名な方でありますが、今回は「話し合い」活動のファシリテーションについて、理論と実際をご指導いただ きます。学級で、職場で、研究会で、話し合いの力量を高めることは、いうまでもなく重要です。
是非、ご参加ください。
講師紹介
岡山 洋一
現在 SDI札幌ディベート研究所代表、株式会社アムリプラザ取締役、札幌大学、滝川市立高等看護学院講師(非常勤)。
全国教室ディベート連盟北海道支部副支部長、ディベート教育功労賞第1回受賞。
官公庁、全国の地方自治体、民間企業での研修、コンサルティングで、全国を飛び回る。
研修内容、ディベート、プレゼンテーション、ファシリテーション、ライティング、問題解決、マネジメントなど。
雑誌投稿研究論文多数。
http://www13.big.or.jp/~yokayama/thesis/thesis.html
「ねこでもわかるディベート入門」 ウェブにて発売中。
http://www13.big.or.jp/~yokayama/SDI/nekodemo.htm
引用終了 ーーーーーーーーーー
お待ちしております。
2/6
本日は雪の日の出。
幻想的だったなあ。
◆
前期日程の最終日。試験監督は、本学の一番大きな教室を担当することとなった。担当の先生も多い。
試験監督は、問題用紙などを配り歩くのだが、誰がどこの列を担当するのかなどは、教室に入ってから決める。
先生と言う仕事は、児童、生徒、学生に指示を出す仕事でもある。だから、人を動かす、または使うのが上手い。
しかし、これは指示を出す人が少なくて、聞く人が多い場合には有効なのだが、指示を出す人ばかりになると、うまく機能しないことがある。
だが今日は大丈夫である。何といっても看護学部の先生が沢山いらっしゃったからである。人の命を一分一秒を争いながら助けて来た看護学部の先生の指示は、迅速であり、かつ適切である。
こう言うときの私は、素早く正しい指示待ち人間になる。何が何でも指示を出す側に回らなくても良いのである。正しく指示を受ける人間もいなくてはならないのである。
軽やかに指示をこなすのであった。
◆
その後、研究室に籠って第三巻の原稿書きに没入する。13本書く原稿のうち、三本を書き上げた。よーし。この調子だ。
窓の外は雪が降ったりやんだりしていたようだが、ブラインドを閉めデスクライトを付けて集中して取り組んだ。90分に一回なるキッチンタイマーをセットして、90分ごとに軽く体を動かしてというスタイル。まるで、修士論文を書いていた時のようだ。
◆
心地よい疲れで研究室を出て、駐車場に向かう。
(あれ、見えるぞ!)
このぐらい集中してパソコンに向かっていると、駐車場に向かうキャンパス内は、よく見えなくなっているのがこのごろであった。ま、そろそろ目が見えなくなる年だよなあと思っていたのだが、今日はよく見えた。
何でだろうと思ったのだが、理由は一つしか考えられない。LEDのデスクスタンドに変えたことである。こんなに目が疲れないのであったのか。びっくり。家にも一つ買おうかなあと思うぐらいであった。
たまたま今日だけということもあるから、もう少し様子を見てみようとは思うが、これが理由だったら嬉しいなあ。
◆
家に帰って、和室で服を着替えようとしたらびっくり。
ひな人形が飾られているではないか。
いや、帰るコールのときに知っていたのだが、途中で忘れていた。
ああ、いいなあ。娘で良かったなあとも思う。
夕ご飯が出来るまで、娘と一緒におひな様の前に座って、
♪ 灯りを付けましょ、ぼんぼりに〜
と歌う。
ううう。嬉しい。
◆
気持ちが張りつめていた三日間が終わった。ふう。
学生から
「先生、彼女はダメな男ばかり掴まえるんです」
と飲み会の席で言われたのが気になっている。その時は、
『ひょっとしたら、キミがダメな男にしてしまうんじゃないの?』
なんてことを言ってからかった。
ま、そういうこともあるのだろう。でも、それだけではないだろう。
しっかりした者が、駄目なのを捕まえる、または捕まるのは、なぜか。くだらないなあと思いながら、昨晩から、あれこれ考えていた。
◆
端的に言えば、しっかり者同士では、駄目だからである。なぜか。しっかりしているというのは、全体的にしっかりしている様に見えて、しっかりしているポイントが、違うのである。ズレるのである。そこで、相手の行いが、気にいらなくなるのである。
しかし、自分自身に関しては、自分ではしっかりしていると思い込んでいる。その上で
(しっかりしていると思っていたけど、ダメね)
と相手のことを思う様になる。
勿論、相手も自分のことをそう思っているのだが、ここには気がつかない。だって、しっかりしていると思っているのだから。
で、お互いにイライラするのだろう。ダメになるのであろう。
◆
これが、しっかり者とだらしのない者のペアであれば大丈夫。しっかり者は、相手のだらしのないことを理解しでいるし、場合によっては、助けてくれようとまでしてくれる。
勿論、だらしのない者は、しっかり者に憧れたり、うらやましがったりするが、それも大概ひとときのこと。だってだらしがないのだから。
感謝するか、尻にしかれるかして過ごして行くことになる。ま、ハッピーエンドになるというわけだ。
◆
ま、念のためもう一つの組合せであるが、だらしのない者とだらしのない者との組合せ。
自分のことを棚にあげて、相手を罵ることになるか、お互いの傷を舐め合うことになるか。これはそのとき次第かなあ。
◆
ああ、私はしっかり者でなくて良かったなあと胸を撫で下ろすのでありました。
知り合いのotokomaeMLにあった情報。
あれこれ考える。
http://www.japan-island.info/portal/guide?gnre_id=100&cntnts_id=58
私が中学生の頃、島流しという刑を知った。その当時の私は、なんと惨いことをするのだろうと思った。命以外のほとんど全てをもぎ取ってしまう刑なんて酷すぎると思ったのだ。
しかし、今はそうは思わない。命を大事にする刑なのだとも思う。
◆
このMLを貰う前に、ちょうどこんな文章を書いていていた。
引用開始 ーーーーーーーーーー
大学なのに、事務的な手続きができない学生を呼び出し、条件を再調整してなんとかしてあげようとすることがある。何回も呼び出しているのだ。にも関わらず、反応すらない学生がいる。
確かに学生本人では乗り越えにくい問題に遭遇していて、困っている学生ならば、助けの手を差し伸べてあげることは大事であろう。健康、学費、悩みごとなどいろいろとあるやもしれない。
しかし、本人のだらしなさからくるいい加減さは、救っていても治らない。いや、正確に言うと、放ったらかしにしておいても治らない。
だが、放ったらかしにしておくことで、少なくとも本人は次のことを学ぶ。
1) 自分が動かなければ、事態は何も変わらない。
2) 助けてもらうためには、それなりの仁義や、手続きが必要である。
3) うまくいかなかったときの責任は、相手にはない。
勿論私はだらしのない人間なので、ヒーヒー言いながら生きている。直ぐに甘えてしまう。だからよく分かる。そういう学生たちには、せめて社会に出る前に、
「そんなんじゃ駄目だ」
と、そのだらしのない所をきちんと指摘すべきなのである。
そう指摘して下さった(単位を認定してくださらなかった)先生がいらっしゃったお陰で、私はなんとか、まだヒーヒー言いながらではあるが、社会人としてやっていけているのだと思っている。
その指摘を頂いていなければ、
・うまくいかないことを他人のせいにしてばかり
・自分のことを認めない世の中が間違っている
・あの野郎が悪いと逆恨みをする
そんな人間に育っていたんじゃないかと思う。
え、今でもそうだって? ま、そうかもしれないが今以上になっていたことは確実である。
引用終了 ーーーーーーーーーー
シンクロニシティに近いかもしれない。
問題意識のアンテナを伸ばしていれば、届くメッセージは多くなるなあと感じるのであった。
そして、これを受けて社会のセーフティネット自律、自立、共生、教育などを考えるのである。システムをどう構築するかなのである。
ああ、人生は短い。
2/5
本日試験二日目。
二科目受験なので、昨日よりは少し楽。だが、連日受験している生徒に比べれば、ま、なんてことは無い疲れである。
試験監督終了後に、学科会議。そうです。採点がなくなったことにより、午後が空くのでそこに会議が入るのです。今の大学の教員は、このように忙しいのです。
◆
会議が終わり、研究室に戻る。
買っておいたものをやっと取り付ける。研究室のデスクの照明を変更したのだ。
前から気になっていたLEDのデスクスタンド。いままではなんとなく白熱灯のデスクスタンドを使っていたのだが、どうも赤が強くて、寛ぐには良いのだが、仕事に使う灯りとしてはどうもなあと思っていた。そこで思い切って、LEDのデスクスタンドに変えた。
灯りを付けてみて、一瞬で気に入った。なんでもっと早くにこれにしなかったかなあ。LEDは発熱量も少ないので熱くならないし、目の疲れも違うように感じる。手元が随分楽だ。ははは。これで仕事がスムーズに進む(かもしれない。だと思う。であればいい)。
◆
さ、新しいデスクスタンドでもう一踏ん張りである。
2/4
本学の入試の初日。
今年度からマークシート方式に変わった。採点は無くなったものの、試験日が三日間に増えた。御陰さまで、受験者数は前年度よりも増えているとのこと。このご時世にありがたいことだ。それだけいろいろなところで評価されているのだろうと思うと嬉しいし、気も引きしまる。
私は、とある試験会場の試験監督のチーフ。受験生全体に指示を出す係である。全体を見回しながら、あれこれと指示を出す。単純な作業ではあるが、間違いは許されない作業である。気は疲れる。
初日は三科目の試験。昼ご飯を挟んで実施で終了。ふう。
◆
で、これでは終わらない。
その後、研究室に戻ってレポートの採点、原稿書きと続く。そこに番組制作会社から電話。NHKの新番組の構成作家さんから質問と相談の電話。
昼間にメールをもらっていたのだが、こういうのはすぐに対応した方が良い。後から対応ではなかなかうまくいかないことが多い。優先順位を上げて電話で対応。一時間程度あれこれ。
「ありがとうございます!」
と受話器の向こうで大きな声。
ああ、良かったと思う。
こう言うときに大きな声の出せる人って、一緒に仕事をしたいと思う人である。みんな忙しい中で少しでも良い仕事をしようと思っているのだから、せめて気持ち良く仕事できるような人でありたいよなあと、私も思っている。だからそう思わせてくれる人の仕事は、しっかりやりたいと思う。
◆
家に帰り、娘とお風呂に入って遊ぶ。一日にあったことをあれこれ話してくれるが、なんだか分からないこともある。そこを奥さんが通訳してくれる。
『へ〜、そうなんだ。良く頑張ったね』
と話すと理解されたことが分かったようで、喜ぶ娘。人間の成長は面白い。
◆
風呂の後、実家にスカイプ。
父の誕生日である。
「おじいちゃま、おたんじょうび、おめでとうございます」
と、娘は言えた。
ああ、少し親孝行したかもしれない。
2/3
昼前から研究室に。
のはずが、研究室は年に二回のワックス掛け。入れない。私は昨日と勘違いしていた。だから、昨日はマキノ高原に行ったのに。
仕方なしに、別の部屋を捜してMacと足下暖房を持ち出して仕事を進める。ワックスを乾かしているので部屋中の窓が開いているのだ。まさ頭寒足熱である。
◆
その後、掃除の方がその様子を発見してくださって、私の部屋を優先的に片付けてくださった。ありがたい。部屋で仕事を進める。
自分の勘違いだったのではあるが、こうして助けてもらって生きている。
◆
昼食のとき、学科の小寺先生から面白い話を伺う。先日小寺先生が名古屋のある小学校の研究授業の講師で伺ったら、私の大学院のときの入れ替わりの後輩の先生の授業であったとのことだった。
いやあ、世間は狭い。よりによってそこで繋がるとは。
◆
その後、研究室に戻って「明日の教室」DVDボックスセットの付録のお仕事を進め、最終レポートの提出締め切り時間を待つ。
本日17:00が全ての授業の、最終レポートの課題提出日なのである。
締め切り10分前に教務のレポート提出ボックスの前に到着。鍵を取り出して待つ。5分前に最後の一人が投函。電波時計の針が17:00になったことを確認して、取り出す。
さ、採点である。
◆
一気に一つの課目の課題レポート読了。規準を同じにしてお いても、同じ体調、同じ環境で一気にやらないと、微妙なところで評価の基準が変わってしまうこともある。だから、公正にやるには一気にやらないと。数日 後、もう一度見直して、一つの課目は完了。
◆
20:00に間に合うように自宅に戻る。節分である。
豆撒きでは、お父さんが、お面を被って 登場するも、娘に声と髭で見破られる。去年は大泣きだったのに。成長している娘であった。二歳なのに。
恵方巻きはなんとなく、商魂が逞しすぎて手に取る気はしなかったが、鰯は食べておこうと思って、食べる。塩をしてオリーブ油に泳がせるよう に加熱。イタリアの漁師の食べ方だとか。
娘は、なぜか鰯をぎりぎりと命名する。
◆
さ、明日から三日間入試の試験監督だ。
2/2
昼過ぎから、出かける。今日は娘に雪を見せてあげようと出かけた。マキノ高原まで出かけた。
びっくりするぐらいに信号に引っかからずに、161号を北上した。比叡山の頂上には雪が冠っている。が、湖西はまったく雪が無い。大丈夫かなと思いながら、北上する。
1時間も走ったら到着。いやあ、道が空いているのは良い。燃費も良いし。
◆
マキノのメタセコイヤ並木を通り抜けてたどり着く。途中雨が降ってきたが、到着したらなんとかいけそう。寝てしまった娘を起こしてスキー場に向かう。
このスキー場はゲレンデも無く、なだらかな傾斜。まだ、スキーではなく雪遊びにもってこいと、オーパルの中岡さんに教えていただいたので向かったのだ。
ゲレンデには、遠足で来ている小学生と保育園児が遊んでいるだけで、誰もいない。貸し切りである。ま、雪質は残念であったが、1時間ぐらい走り回って、斜面にお尻をついて滑り降りる分には十分である。
◆
初めての大量の雪。歩くのもおぼつかなかった娘であるが、それは子ども。あっという間に、走り回る。
一緒に斜面を滑ったり、雪だるまを作ったりと、一緒に遊ぶ。その後、併設の温泉に浸かって寛ぐ。
◆
また行こう。
2/1
午前中は大学に行って、事務。
昼ご飯を食べてから自宅に戻る。そして、京都駅に向かう。アヴァンティである。
◆
今日は午後から友人の藤川大祐先生による講演会があるのである。
「ケータイ世界の子どもたち
~本当に怖い「ケータイ」依存からわが子を救うには~」
である。藤川さんは、教育、就中授業づくりに関しては何でもやれてしまう、凄い先生である。私から見ると、常に最新のCPUをクアッド(四つ)搭載しているコンピュータを持っているように見える。
その藤川さんが最近取り上げているのがケータイ。電話とはいわずにケータイとすることで、その本質にも迫ろうとしているのが分かる。で、このケータイと教育の両面で論じることのできる学者は、いま藤川さんしかいないと思われる。
そこで、ゼミ生と、このテーマで発表を行った三回生に声をかけて一緒に参加することにした。
◆
講演は、非常に分かりやすかった。定義、現状分析、解決策とディベートの立論のようなプレゼンで、すっと頭に入る。もう一度言うが、ケータイが専門ではない。なのにである。
なんでなのかを考えてみると、
1)持っている基礎的な知識が膨大。
2)操作できる思考回路が多岐にわたる。
3)発表の型が安定している。
なんてことがあるのだろうなあと思った。
◆
その後、藤川さんと糸井さんと学生たちと一緒に近くのお店で食事。
久しぶりに、エーデルピルスを味わう。
で、あれこれ久しぶりに楽しく話す。そう、久しぶりだなあ藤川さんと一緒に飲むのは。ディベートの関東支部が発足した頃は、毎月以上の割合で飲んでいたもんな。
私たちの世代が、教育を、社会を動かすポジションに立ったことを実感し、教育の閉塞感を打ち壊そうとする勢いを得ながら毎回熱く議論をして、飲んでいたのであった。あれからもうそろそろ20年近くになる。
まあ、藤川さんが大学の先生になるのは当時から当たり前のように当たり前であったが、私がなるとはねえ。時間の流れはいろいろな答えを用意してくれるものだ。
◆
で、学生が帰った後、三人でさらに飲む。語る。ブログには書けないことをあれこれと。これが楽しいf(^^;。
三人に共通していることが分かった。わがままであるということである。もちろん、社会と付き合うことができなくなるようなわがままではなく、社会とはある程度折り合いを付けながら、結局は自分のやりたいことをやる人間であるということである。
そして、その勢いはこれからもっと激しくなるなあと言うことを感じたのであった。三人で新しい展開があるかもしれない(^^)。
◆
最終新幹線で東京に向かう藤川さんを見送りながら、私も帰路についた。良い時間であった。
1/31
点検を終えた愛車を引き取りに向かう。滋賀に来ていい車に乗っている人が多いなあと思っていたのだが、分かる気がする。特に湖西は道は空いているし、車が無いと生活しづらいし、どうせ乗るなら良い車に乗りたいということなのであろう。
我が325iツーリングMスポーツも、当初想定していたよりもかなり燃費が良い。通勤で使ってもリッター10kmは走るので嬉しい。
点検を終えて微調整をすませた愛車は、やっぱり気持ちのよいものである。
「一度生活の水準を上げると元に戻すのは辛いから慎重にあげるのだよ」
と昔母に言われたが、その通りだと思う。もうシートヒーターの無い車には戻れそうにも無い。
◆
そのまま梅田のヨドバシカメラに向かう。必要なものをごそっと購入。新しいデジカメCX2をゲット。ラッキーなことに、1万円引いて売っていた。
リコーからは新しい良いカメラがどんどん出ている。だからCX2でももう一つ前のカメラのイメージなのだろう。私はR7からの乗り換えで、充電池等が強要できるし、操作性やレンズ性能等十分に満足しているので問題なし。却って嬉しい。
さらに欲しいものも。
これは、一目惚れで買ってしまった。また、機会があればお知らせしたいf(^^;。
◆
ヨドバシは、買う時も基本的に気持ち良く買わせてくれる。そして、買った後も何かあった時は、安心である。早く京都店ができないかなあと思う。近鉄の跡地はヨドバシカメラ京都店になるはずなのだが、まだ工事が始まらない。
そうすれば、梅田まで買いにいくことも無くなるのになあ。
◆
夕食は、餃子の王将へ。土曜日の明日の教室が終わった後、土作先生とうちのゼミ生のKくんで盛り上がっていた。Kくんは王将でバイトをしていたこともあり、あのオーダーをきちんと理解している。もちろん土作先生も理解している。
だもんで、二人で盛り上がる。その名残で、王将で食べたいモードになっていたので食す。買い物も食事も満足であった。
◆
寝る前に琵琶湖を見ると、びっくり。いつもの対岸の灯りが全くないのだ。停電かと思ったがそうではない。霧である。夜霧である。今夜もありがとうである。
霧で対岸の灯りが全く見えないのである。しかし、頭上をあおぐとブルームーンであった。なかなか幻想的な夜で一日が終わるのであった。