« 関連しているテーマを続けて最低三冊は読む | トップページ | 今回のスノーボードの国母選手問題 »

2010/02/17

武者震いをした夜

2/16

寝ながら引っ掻いたのか、娘の目が赤くなっていた。少しものもらいにも見える。来週のことを考えると、慎重にした方が良いので、娘を病院に連れていく。

目だから眼科かとも思ったが、15歳までは小児科でいいというのを読んでいたので、そうする。娘も知っている先生の方が安心して見てもらえると言うものである。

お陰さまでたいしたこともなかったようで、ひと安心。

娘は、私と出掛けると、割りと大人しい。言うことをきく。ただ家に近付くに従って、我侭を言い出す。面白いなあと思う。

原稿と数時間格闘してから、大阪に出掛ける。リヒテルズ直子さんの講演会に出かけて行ったのだ。

どうしようかと思っていたのだ。やることはあるし。ただ、関東の岩瀬さんも、明日の教室の常連の藤原さんもツイッターで紹介しているし、エイヤッと出かける事にした。

ある年に決めた事がある(を、あの番組のようだ)。年下の意見の方を重視しようと。後生畏るべし、ではないがどこかで意識的に、先達に求めることから、180度意識的に変えようと思ったのである。

自分がこの年だったら、できなかっただろうなと思うことを軽やかにしている、若手から学ぼうと決めたのだ。

年齢を重ねれば、ある程度できるようになる。経験と技術、更には権威と言うものもいつの間にかついてくる。

そうなると仕事がやりやすくなるのは事実。だって周りが反論しにくくなるからである。

しかし、その一方で仕事がダメになって行くのも事実。守りに入ると言ったらわかりやすいだろうか、今までのお釣りで生きていけるようになると、人が堕落するのは、歴史が示している。

1970年代、世界の情報が二倍になるのには10年掛かったらしいが、今はインターネットがあるので二日でいいとか。私たちがそんな時代に生きているのであれば、守りに入った生き方では、生きていられない。

鴻上尚史さんは、片目で不易を見て、片目で流行を見ると言っていたと思うが、その流行を見るとき、若い人の感覚を今から意識的に借りたいと私は考えた方が良いのではないかと思い始めている。

幸いにしてわたしの周りには、すごい若手が多くいるので、私は嬉しい。

で、講演会であるが、あれこれ考えさせられた。ま、正直に言えば、私は人の話を聴かない。いや、場合によっては深く聞いているのかもしれない。

なぜなら、私のメモは、疑問、反論,アイディアだらけだからである。今回もiPod touchにあれこれメモしまくりであった。

いま、教育界では「革命」の準備がされているのだと、このごろ静かに感じている。改革ではなくて、革命だろうなあと思う。その現場に立ち会うことになるだろう。

そんな話を、同じく会場に来ていた明日の教室常連で、本日お誕生日の川本先生と帰り道がてらに、話した。ここに詳しくは書けないが、あれこれ話した。

私が学生時代に考えていた世界の姿が、日本にも出現するのかもしれないと、武者震いをした夜であった。

23時過ぎの帰宅であった。遅いような、早いような。

« 関連しているテーマを続けて最低三冊は読む | トップページ | 今回のスノーボードの国母選手問題 »

コメント

池田先生
昨日はありがとうございました。
池田先生、リヒテルズ直子さんのお話を聞き、また本を読み、教育が大きく変わることがわかりました。
今日の朝から今までぼんやりとしていた目指すべきことが少しはっきり見えてきた気がしました。
わくわくします。
楽しい時間をありがとうございました。

ブログの文章を読んで武者震いをしました。
守りに入ったら終わりですね。
肝に銘じます。
明日のことすら確かではない世界に身を置き、その喜びと責任の大きさに鼓舞される毎日です。
今後ともお導きくださいませ。

>>川本さん

お誕生日にまで勉強に来るとは、すごいですね。奥さん怒っていませんでしたかf(^^;。だけど、あれこれ考えさせられる内容で、とても良かったですよね。革命は近いかもしれません。

>>赤坂さん

目の前の「児童、生徒」がいなくなった私たちには、目の前に「児童、生徒」を感じつつ、さらに人類とかのことをイメージして仕事をすることが、今まで以上に求められるのだろうなあと思っています。

そこまでたどり着けるかどうかは分かりませんが、方向目標はそこだろうと思っています。武者震いです。

池田先生!

 先日は講演会にお越しくださり、ありがとうございました!

 ブログを拝見し、「若手から学ぼうと決めた」との言葉に、心打たれました。

 「大人はわかってくれない」という台詞を、いつの頃からか心の中でつぶやき続け、年齢的には大人になった今でも、似たような感覚を持っています。

 しかし、自分自身もまた、頑なであり、他者から学ぶ姿勢に欠けていることにはっと気付かされ、自己嫌悪に陥ることもしばしば。

 ・・・茨木のり子さんの「汲む」を思い出しています。

 さて、リヒテルズさんのお話、とても引き込まれました。

 改革ではなく、革命なのですね。

 ここ数年、教育現場以外の方々と触れ合うとき、そこには、静かな革命がいくつも起こっているように感じてきました。

 そこでは、価値観が変わるのですよね。今まで、美しく感じられなかったものが、美しく感じられる。そういう変化だと思います。そして、世界の見え方が変わり、自分自身の在り方も変わってゆく。

 感性の鋭い人や、風変わりな個性の持ち主は、社会の中で阻害されたり、白い目で見られたり、学校では「問題児」とされたりしがちです。それは、新しい価値観を持っているがゆえの、生き辛さかもしれません。

 アーティストさんによる学校でのワークショップの、居心地の悪さというか、自分のこれまで信じてきたものを、揺さぶられるような体験、感覚が今でも残っています。それも、「革命」の予兆であるのでしょう。

 そんなふうに思うと、自分の中の学校への不適応の部分、弱い弱い、カナリアの部分が、妙に愛おしく思えます。

 3月にまたゆっくりとお話できますように!

 

 


 

>>そんなふうに思うと、自分の中の学校への不適応の部分、弱い弱い、カナリアの部分が、妙に愛おしく思えます。

私もこう見えて繊細なので、よく分かりますf(^^;。
自分が感じることを、表に出すと
「ま、池田くんだから」
「ま、池田さんだから」
と言われ続けてはや数十年。

大学に移る数年前からやっと、それが評価されるようになってきました。違うことが前提で、だからどうやって分かり合おうかなんてことは、なかなか無いのが日本の社会だったと思います。

数だとか、縁だとか、力関係だとかで動いてしまうのが多くあるわけで、違和感を前提に話し合いというのは、なかなか無かったのではないかと。

ま、全てを理解してもらえるとは思いませんが、これからも違和感は表明したいし、違和感を問いに昇華して、その問いの答を探すことをし続けたいと思っています。

ヨロピクね(^^)。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 関連しているテーマを続けて最低三冊は読む | トップページ | 今回のスノーボードの国母選手問題 »