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2010/03/18

明日の教室余話

3/17

明日の教室余話。

そもそもの始まりはと、その始まりを特定したいのだがなかなか始まりは分からない。まあ、私が児童教育学科に移って、明日の教室を始めたことが始まりには過ぎないが、それはあまりにもおおざっぱすぎる。

そうだな、京都のとある高校から講師で来てほしいと依頼されたところあたりからが始まりだろうか。

その高校は、京都市内からは結構離れていて、講師に出かけて行くにはちょっと遠いところであった。だが、その学校の先生が熱心に来てほしいと言う依頼を届けてきてくれるので、行くことにした学校である。

で、その学校の先生が私の研究室にやってきた。打ち合わせのためである。その打ち合わせが終わってお見送りをしに児優館の二階に行ったところ、叫び声が聞こえたのである。

うちの児童教育学科にその高校に在籍していた学生がいたのである。つまり、打ち合わせにきた先生が恩師。
(へー、そんなことあるのか)
というところまでは以前にもブログに書いた記憶がある。

明日の教室にいらっしゃる先生に、その私が講師をしに行った学校が母校の先生がいることが分かった。私は、

『その学校が母校の学生は、児童教育学科にもいます』

と話していた。そして、その学生は地元が同じということもあって
、その先生の学校を訪問したのであった。

で、何気なくふるさとの話をしていたのだそうだ。そうしたら、
「お父さんの名前は、○○さん?」
「はい」
「おじさんの名前は◎○さん?」
「はい」
ということになったそうだ。

なんと、先生の高校時代の先輩が学生のお父さんで、先生の後輩が学生のおじさんであったというのだ。びっくりびっくり。

先生は、20年ぶりぐらいで先輩に電話をした。
先輩であるお父さんは、慌てて娘にメールした。
メールしても返事が無いので、娘に1時間後に興奮したまま電話した。

という話を、今日、娘である学生から大学で聞いた。
先生からは先日メールで伺った。

「池田先生。父と先生は、私が生まれる前に出会っていて、私が生まれて育っている間一回も話したことが無くて、明日の教室をきっかけにして、20年ぶりに話したんです。もう、びっくりです」

と学生のことばであった。

仕事というのは、長い単位で行われる。学校のように3年とか4年とかで区切りを付けて行くものではない。今やっていることが、5年後、10年後に関係しているということは、特に珍しいことではない。

もちろん、やっている今現在に、
「これが10年後の○○に関わっているから頑張ろう」
なんて具体的に思える人はほとんどいないだろう。
ビジョンを持って仕事をすることは大事だが、具体的な関わりまで理解してやるなんてことは、ほとんど不可能である。

ではあるが、今やっていることが10年後にいろいろな形で、影響してくるものである。どう影響するのか、何に関わるのか。それは生きてみなければ分からない。

ただ、一つ言えるなあと思うのは、今行っていることを手を抜いて行うと、それは10年後にはとんでもない差となって現れてくるということだ。それは仕事だけでなく、生きるということについても同じであろう。

学生時代から研究会に参加する。
なかなか大変なことだと思う。参加費、懇親会費だけではなく、諸先生、先輩への気遣い、気配り。

だが、だからこそ力がつく。お金払っているのになんでこんなに気を遣うのだろうと思うかもしれない。なんで怒られるのかなあと思うかもしれない。

逆なのだ。お金払っているのに怒られるから、力がつくのだ。それが本当の意味での「授業料」なのだ。

そしてそうやってあれこれやっていると、時々こういう奇跡のような出会いのプレゼントを貰えることがある。一歩踏み出さなければ、あり得ない話なのである。

一歩。
ほんの一歩をめんどくさがらずに踏み出せるかである。
その一歩が、10年後には追いつくには不可能な差になってしまっているのである。

明日の教室余話であった。
主催者として、とても嬉しい。

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