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2010/04/18

機が熟すのを子どもは待っている

4/18-2

娘の成長を楽しみつつ、あれこれ考える。長女で末っ子の娘である。誰かと比較する必要もない、娘の成長に従ってあれこれやって行けば良いと思ってやってきている。

離乳食のときに、特に強く思ったことがある。誰と比較するのではないのだが、ま、この月齢だとどんな感じなのかなと本を読んだりするわけである。離乳食はいつ頃からあげるのかなどが書いてある。

私が育児書を読んでよく分からなかったのは、なんで歯も生えていなうちから離乳食をあげるのかであった。三ヶ月になったら、これを与えて、五ヶ月ならこれとなっている。直感的に
(違うだろ!)
と思った。

草原の草食動物は、産み落とされた瞬間に立ち上がって走れる。それはそういう必要があるので、そのように生まれてくるのだ。もちろん、全てが必要だから存在する、発生するということではないだろうが、人間の子どもだって、歯は噛む必要があって生えてくるのであろうと私は思う。

三ヶ月で離乳食をするってのは、どう考えてもおかしいと思うのだ。だから、我が家では歯が生えるまでほとんど離乳食は試みなかった。

で、聞くところによると、早く始めるとあれこれ良く無い症状が出る場合もあるという。歯や胃腸が育ってないのに食べさせるってのは、やっぱり変だと思う。

何ヶ月になったから、何歳になったからというのは、社会の側の要請であって、子どもの側からの必要性ではない。すくなくとも学校に行くぐらいまでは、子どもの側からの必要性や要求に基づいて、対応をしてあげたいなあと思う。

このごろ、突然自分であれこれ出来るようになった娘を見ていて、
(ああ、もう○才だから、これが出来ないとダメだよという育て方をしなくて良かったなあ)
と思う私である。

機が熟せば、大丈夫なのだ。機が熟すのを子どもは待っている。待てないのは親の方なのだろう。親業は、我慢我慢。


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