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2010/11/15

時系列で作った授業を、時系列で授業にかけるのは避けたい 古畑型の勧め

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四限は、模擬授業。今日は魯迅の『故郷』である。事前の指導では、故郷の過去と現在を比較し、「変わったもの」「変わらないもの」「変わったように見えて、変わっていないもの」を読み取らせるというものであった。

狙いはなかなか面白いものである。ではあるが、これがうまく行かなかった。なぜか。一言で言えば、時間管理がまずかった。生徒の発言に右往左往してしまう部分があったのだ。主たる発問が出てくるタイミングが遅すぎたので、生徒に余計な思考、もしくは不安を与えてしまったということになる。

私はかねてから言っていることがある。国語の授業を古畑型で作るべきだと。いや、すべてをとは言わない。しかし、コナン型で作られている授業が圧倒的に多い中、古畑型で作ることに挑戦するのは、意味があると考えている。

ちなみに、古畑型/コナン型の説明は、
http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2007/10/post_71d4.html
にある。

今回で言えば、
「故郷で、変わったように見えて、変わっていないものがあります。それはなんですか?」または、「故郷で、変わったように見えて、変わっていないものに○○があります。それはなぜですか???」のようにすれば面白かったと思うのだ。

実際に大学生を相手にした模擬授業でも、教科書に書かれている文言が、現在のことなのか過去のことなのか議論されているグループがあった。

また、生徒からは見えない授業のレールの上に生徒たちが乗りかかった場面があったのにも関わらず、授業のフレームを授業者そのものが理解しきれていないために、授業の表面だけを見ると子どもたちが私語を発しているというように見えるものもあった。

惜しい。

授業を作って行く時、コナン型で教材研究をするのは分かる。指導案を作るのは分かる。これは時系列で作れるので作りやすいのである。

しかし、時系列で作った授業を、時系列で授業にかけるのは避けたい。だらだらとした予定調和のような授業になる。無理矢理先生の言いたいことに導くような授業になる。

そうではなく、作った授業を構成し直すのだ。編集するのだ。そのときの一つの大きなヒントが古畑型なのだと考えている。

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