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2010/12/02

男女別の班は可能かどうかというテーマ

12/2

今朝も、美しいかぎろひを見せてくれた琵琶湖。
ボーッと見ていたいのだが、実は刻一刻変わる色の変化を追いかけてシャッターを切っているので、結構忙しかったりするf(^^;。

だが、毎日見ても見飽きない。
深呼吸と感謝だ。

Img_8631

午前中は、四回生ゼミ。

卒論提出の日程を考えると、正式には最後の指導となる。論文らしくなってきた者と、ここにきて目次項目を修正する者とあれこれ。

おそらく、自分の人生においてこんなにも文章と格闘する期間というのは、ここが最初で最後になるのではないかと思いながら彼ら彼女らは2万字に向けて書いているだろう。

確かに、この正確さで書き進める2万字というのは、そうそうないであろう。私も大学五年で卒論を書き上げた時
(ああ、もうこれで長い文章を書くことは、私の人生でないんだな)
と感慨深いものがあったが、すぐにそれは私の文章修行の一部であったことに気がついたのだ。

まさか、卒論提出のときに20万字の修士論文をその後に書くことになるとは、夢にも思わなかったもんな。

文は人なり

当たり前の言葉が、出てくる。
文章に立ち向かうということは、自分に立ち向かうということだ。卒業論文を書かないで大学を卒業させるというのは、その貴重な機会を学生に与えないということになる。

間違いはあっても、ただ一つの正解があるというわけではない卒業論文。少しでも論証の精度を上げるための努力をしなければならない。また、2万字の中に誤字を発生させないための集中と確認をしなければならない。これを通して学生たちが人間的な成長を、今よりは少し、遂げることを期待して、もう少し指導を続けよう。

午後は、二回生ゼミ。
教育実践記録を読み続ける。
今日のグループは、一つのテーマについてディベート形式で討論を組み立てる提案をしていた。

これがなかなか面白かった。
班を作る際に、男女一緒の班が普通だが、男女別の班は可能かどうかというテーマであった。これを元に、あれこれ議論を交わす。

分かったことは、

・男は馬鹿である。
・女は、男と一緒かどうかということよりも、どの女の子と一緒かの方が重要である。
・男は甘えん坊である。

もちろん、もっと他の議論もあったのだが、この答えが出たのは、面白かった(^^)。

その後、12/11に伺う、香川大学教育学部附属教育実践総合センター主催の講座の資料をあれこれ考えながら作り続ける。

週末には完成させなければなあと思うが、実はなかなか難産である。頑張ろ。

神戸のルミナリエも今日から始まったな。
一日、一日があっという間に過ぎて行く。


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