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2010/12/26

教師は、頑張らなければダメだが、頑張れないときに守られるシステムがほしい

12/26

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ニュースはそもそも明るいもの等ほとんどないのだが、教育に関わっても同じだ。
現状を変えなければならない。

引用開始 ーーーーーーーーーー

公立校教員:精神疾患で休職5458人 17年連続の増加--09年度

 09年度にうつ病などの精神疾患で休職した公立学校の教員が過去最多の5458人に上ることが文部科学省の調査で分かった。17年連続の増加で、00年度(2262人)の2・4倍。病気休職者に占める割合も63・3%で15年連続の増加。文科省は08年、教員の仕事量についての調査、検討を都道府県教育委員会に通知したが、増加に歯止めがかからず、「長時間労働や保護者からの要望の多様化など、複数の原因が絡み合っていると推測される」と分析した。【篠原成行】

 全国の公立小中高や特別支援学校の教員約91万6000人を対象に調査。病気休職は8627人で、うち精神疾患が5458人といずれも過去最多となった。精神疾患の多くはうつ病とみられ、パニック障害や統合失調症も含まれるという。

 精神疾患者の年代別内訳は20代364人(6・7%)、30代1048人(19・2%)、40代1926人(35・3%)、50代以上2120人(38・8%)。全教員の年代の比率は20代9・6%、30代22・4%、40代36%、50代以上32%であることから、50代以上の割合が高かった。

 文科省は「職責が重くなることに加え、体力の低下から自信をなくす例が多かった」と説明した。発症原因は(1)長時間労働(2)多様化する保護者の要望への対応(3)複雑化する児童、生徒指導(4)職場の人間関係--など。

 文科省は増加する精神疾患対策として、08年に教員の事務負担を軽減するための実態調査を行うよう各教委に通知を出したが、今回の調査では市区町村教委の43・2%が調査をしていないことも判明した。文科省は「この結果を教委に戻し、調査をするように呼びかける」としている。

 ◇懲戒処分943人、前年度比116人減
 調査では教員の懲戒処分などについてもまとめた。

 何らかの処分を受けた教員は計7981人(監督責任を除く)で、08年度より3961人増。このうち免職、停職、減給、戒告の懲戒処分は943人で、08年度より116人減った。全体の処分者数が大幅に増えたのは、兵庫県で3624人(学力検査の集計、採点ミス)、神奈川県で130人(PTA会費の引き落としミス)の大量処分があったため。

 主な処分理由は、飲酒運転を含む交通事故378人(08年度比44人減)▽体罰150人(同10人増)▽わいせつ行為等138人(同22人減)など。わいせつ行為などで処分を受けた教員(懲戒処分以外も含む)の年代別内訳は、20代26人(17%)、30代38人(24・8%)、40代51人(33・4%)、50代以上38人(24・8%)で、全教員の構成比率に比べると20代の処分者の割合が高かったが、文部科学省は「なぜ高いのかは分析できていない」とした。]

http://mainichi.jp/life/today/news/20101225ddm012040021000c.html 毎日新聞 2010年12月25日 東京朝刊 より
引用終了 ーーーーーーーーーー

ざっと読んで、さらに読んで驚く。頭に来る。

「文科省は増加する精神疾患対策として、08年に教員の事務負担を軽減するための実態調査を行うよう各教委に通知を出したが、今回の調査では市区町村教委の43・2%が調査をしていないことも判明した。」

忙しすぎて調査も出来ないのか、また別の理由か。

「09年度にうつ病などの精神疾患で休職した公立学校の教員が過去最多の5458人に上ることが文部科学省の調査で分かった。17年連続の増加で、00年度(2262人)の2・4倍。」

ちょっと待て。17年間なにしてるんだ? 見殺しか? これ子どものいじめや不登校だったら大問題だ。教員だと良いのか? 指導の数値目標を上げよと現場は言われているのに、なんでこんなんなの?

文科省の中に担当部署はあるのだろうか? 現場にいるときに「どうせ俺たちはティッシュペーパーだよな。使い捨てだもんな」と自虐的に仲間たちと笑っていたが、笑っている場合ではないなあ。未必の故意とまではいわないけど、これ不作為に該当するんじゃないか。

こういうニュースが出ると、分析がされておしまいということばかり。分析はもういいから効果的な対策をしっかりと立てなければならない。

しかし、効果的な対策ではなく多くの場合、個人の問題にしておしまいとなることばかりだ。教員の資質向上を図るとかである。

だがそもそも「教員の資質向上が大事」という言い方は、私にはよく分からない。資質とは「生まれつきの性質や才能。資性。天性。」(大辞林)である。人として生まれる前の親の教育をするのか? 親がうまくいったとして(?)教師にぴったりの資質ってあるのか?

生まれつきで仕事が規定されるなんて、そもそも教育の否定である。場合によっては差別じゃないか? 例えメタファにしてもおかしいだろう。

問題は個人にあるとばかりに、研修研修と教員は追い立てられる。免許法も改正されて大学院に行くことが必須の方向になっている。確かに研修は必要だし、大学院で学ぶことも意味があることだと思う。(ちなみに、研修は研究と修養だが、修養は無視され続けている)

が、同時にシステムとして教師を守り、育てるという部分がなければまだまだこの混乱は続く。社会の混乱から発生する問題を、一個人が解決する問題として扱うのは、無理である。

教師は、自らの意志で自らの力量を高めようと努力を重ねるべきである。一生勉強を続けるものである。そのために、研修の機会は用意されるべきだし、自腹を切って研究会へも参加すべきだと思う。

しかし、その一方で、問題が起きたときに、その教師個人だけの問題として終わらせてはダメだ。教師を守り、育てるシステムの構築がなければ、学校教育現場の混乱は続く。

教師は、頑張らなければダメだが、頑張れないときに守られるシステムがほしい。

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コメント

まったく同じ事を、先日某大学教授(池田先生同様、教員養成に力を入れておられる、すばらしい先生)から相談されました。この方は、少し前に教え子(小学校教師)が自殺するという経験をされています。

しかし必要性は強く感じたものの、どうすればそうした「教師を守り、育てるシステム」ができるのか、私には皆目見当が付きません。研究会を立ち上げるのも、相談員を配置するのも違う気がします。
具体的には、どうすればいいのでしょうか。

>>具体的には、どうすればいいのでしょうか。

考えていました。
子どもだったら、総理大臣になればいいんじゃない?ということでおしまいにできることなのかもしれません。

しかし、それではこの日本と言う国では全くダメなのだろうということが、分かります。

私に、私たちにできることは何なのでしょうか。
答えは、当たり前のことに落ち着きそうです。
自分の目の前にあることから始める。
そして、自分と仲間で変えて行く。

もし、私たちに力があるのだとすれば、それは自分よりも立場の弱い人たち、力のない人たちを守ることができたとき、力があると言えるのではないかと思っています。

そんなことを考えています。
いまは、学級事務職って必要でしょ? 実はこれがないのは日本の教育業界だけのようだよということを広げることからだと思い始めています。

よろしくお願いいたします。

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