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2010/03/26

生活綴り方とライティングワークショップとの関係を思う

3/25

本日は、児童教育学科の二回生キャンプであった。GPの企画の一つである。

二回生キャンプの最初の全体講演は、野名龍二先生である。綴り方教育の重鎮である。本学の二回生に、他大学での授業の話等もされていた。その時の学生の感想の中に、

「野名先生の授業は、子どもの作文を読むだけだった」

大阪教育大学の学生の感想だそうだ。
この学生は野名先生の授業を非難しているのだろう。だけど、違うのだなあ。

作品の鑑賞の仕方にはいろいろとある。論理的文章などは、批判的に読む、分析的に読むというのが、大切にされている。だが、文学作品は、ときに、丸ごと読むというのが効果的な場合がある。

一つの作品を読み、ただ一言
「いいでしょ」
とか
「いいなあ」
だけ言ってオシマイにするのである。

何がどのようにいいのかということを説明すること無く、いいねえでオシマイにする。何がどう良いのかは、読者、つまりは生徒や学生に丸投げしてしまうという読み方である。

これはなかなか出来る授業ではない。その凄さが、学生さんには分からないのだろうなあと思った。

私も中学生に、一回の国語の授業で一つ、詩、短歌、俳句を教えてから教科書に入る実践をしていた。で、良い作品のときには
『良いでしょ』
とだけ、言って終わりにすることもあったが、これはなかなかできるものではなかった。これでも難しかった。しかし、野名先生は更に難しいことをされているのである。

だいたいからして、読むだけというが、読んでいるのは子どもの詩である。子どもに詩を書かせる指導をしている。そして、作品にまとめている。ここの凄さが分からない。さらに、読むということは一番シンプルな解釈であり、その解釈に基づいて読んでいるのである。ここも分かっていない。

恐らく、野名先生が、教室で子どもの前に立って、教科書を読むとき、そこはシンプルな解釈が満載の読み方だったに違いない。今日、野名先生の読み上げている様子から、そのことはよーく分かった。

「良い作文は、自分がしたことを書かない。見た事実を書く。言葉に力が入ります」
「感受性は人の喜びや悲しみ等を自分のものにする能力。能力だから磨けば光る」
「なんでも真剣にやらなければ面白みは生まれない」
「学習指導要領に、作文という文言を復活させたい」

他にも野名先生からは、すばらしい言葉をたくさん頂いた。
本学の新三回生に届くと良いなあと思いながら、聞いていた。

また、

「文章についての意識を高めるようにはしたが、何を書けとは言わなかった」
「書いてきた作文は、朝の学活で読み上げていた」

など、綴り方の指導のことを話されていたが、

(ああ、これはライティングワークショップの作家の時間だなあ。先生は書きたいことを書かせていて、カンファレンスをしている。そして、作家の椅子の代わりに、先生が読み上げているんだなあ。綴り方運動と繋がっているんだなあ)

とも思った。生活綴り方は、政治的な思想に基づいた教育のようなイメージがあるのだが、今日の野名先生のお話を伺っていると、そんな感じはほとんどなく、もう少し勉強してみようかなあと思う私でもあった。

本当は、夜泊まって学生たちと、教育についてあれこれ話をしたかったのではあるが、翌日の検査のことを考えるとそれも無理だったので、一足先に帰った私でした。

NHK教育「テストの花道」

私の知り合いのプロデューサーさんの関係する新番組です。MCは所ジョージさんとTOKIOの城島さんです。なかなか面白い番組になりそうです。良かったらご覧下さい。

NHK教育「テストの花道」



【放送予定時間】

毎週      月曜
午後6:55~7:25


(再放送)

毎週      土曜
午前9:25~9:55

最後の文学部教授会

3/24

年度末最後の会議の日であった。多い先生は5つかな。私は4つだったが。年度末のまとめというよりは、今後のことについてあれこれ会議を進める。

会議の一つは、教授会。
文学部の教授会に出席するのは、今日で最後だなあと思う。来年度からは人間発達学部の教授会になる。

文学部の先生と会議の始まる前に少し話す。

「児童教育学科のお陰で、文学部も活気が出ました。ありがとうございます。先生の大きな笑い声が聞こえない教授会になるのも寂しいですね」
『いえいえ、とんでもないことですf(^^;。元々文学部がきちんとした学生を育てようとする方針があったからであって、そこに乗っかっただけです』
「そう言っていただけると、嬉しいです」
『本当にそうです』
「ただ、いまは文学を学んだところで就職にあまり関係のないという考えを持つ人たちも多いから大変で」
『そうですよねえ。私も文学部でしたが、文学部に進学するということだけで、自分の人生は自分で責任を取らなければなあというか、人生半分諦めたと言うか、そんな思いで進学したものですが』
「?」
『なんと言いましょうか、きちんと就職したいなら法学部や経済学部に進学するのが、男でしょうというものがあって、その中でわざわざ文学部を選ぶ男なんて、すいません、ほっといてください、あとは自分でなんとかしますってな感じだったんですけどねえ。それで、マスコミ関連、教師、○モなどのどれかになるための努力は自分でしますってな感じだったということです』
「そうですよね」
『いま、就職ができないのは大学の所為、学問の所為のように言われる風潮がありますが、おかしいですよね。あのバブルの頃は、大学や学問なんて問われること無く就職していたわけですから。就職は、経済状況の問題であって、大学や学問の問題ではない。そんなのはバブルの頃のことを考えれば、分かり切っているのに、大学と学問の所為にしようとする。おかしいです。そして、学生が可哀想です』
「本当に」

もちろん、一介の大学教員に世の中の経済動向にあれこれ苦言を呈したところでどうすることもできない。分かって入る。

また、学生が時代が悪いと時代の所為にしたところで何も始まらないということも分かっている。誰にとっても、良い時代というのことは無いのだと思う。時代の所為にしてもダメだ。

亀井勝一郎は、これをこのように言っている。

引用開始 ーーーーーーーーーー

『人生論』 亀井勝一郎

甘やかされた青春、それを恥じよ。むろん時代苦や生活苦は誰しも感じているであろうが、それを時代のせいにして、自分の責任を免れようとする態度も私は卑怯だと思う。時代と環境の悪いのは事実だ。しかしわれわれは時代と環境の奴隷ではない筈だ。悪い環境こそ乗り越えねばならぬ障害物で、実は善い環境だと感じる勇気を、私は青春にほしい。

引用終了 ーーーーーーーーーー

だから、知恵を絞って学生たちに力を付けようとしている。学ぶこと、生きることの根っこの部分を、社会に出る最後の四年間で鍛えたいと考えている。

人間が立ち向かえる部分はほんの少しかもしれない。だが、立ち向かうことが人間であるはずだ。

そんなことを考えながら、最後の文学部教授会に参加していた。

2010/03/23

ベーシック10のPR番組に出演します 3/31 15:30-16:00

3/23

ひっっっっっさしぶりに、一歩も家から出ない一日であった。とにかく体を休めようとして、家に居続けた。

ま、家にいてもあちらこちらからメールが飛び込んできて、その内容に対応しなければならないので、のんびりぼーっとするということでもないのだが、移動距離が部屋の中だけというのは、いいものだ。

そのメールの中の一つに、NHK教育テレビのディレクターからのものがあった。私がリアルキッズに授業をしている番組である。放映の詳しい日程が知らされてあった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

●放送:3月31日(水)15:30-16:00 

●再放送:4月2日(金)14:30-15:00

です。ベーシック10のPR番組として放送されます。

番組は勉強ができない高校生の応援団として、スザンヌさんというタレントとレポーターたちが、国語・数学・英語の専門家を訪ねて、勉強できないを克服する方法を探るというものです。

引用終了 ーーーーーーーーーー

この番組のディレクターさんは、私が東京に向かう新幹線の中に乗り込んできて、名古屋から品川までの間に打ち合わせをした。

どんな仕上がりになっているのか、それは私も分からないが、ま5分ぐらいは私の担当した国語の部分がでるんじゃないかなあ。

良かったらご覧下さい。

休日は、頭を休めるために笑える本を読む。今日読んだ本にあった話。

『声に出して笑える日本語』(立川談四楼 光文社)より引用開始 ーーーーーーーーーー

あなたの座右の銘は? という質問に対する答えが振るっていた。ガッツさんはすかさず「イッテンゴ」と答え、テレビのスタジオのみならず、視聴していた私をも凍らせた。しばらくわからなかったが、どうもガッツさん、「座右の銘」と「左右の目」を聞き間違えたらしい。で、1・5なのである。

引用終了 ーーーーーーーーーー

くだらない。実に下らない。
が、オフにはこういうのが実に良い。

さ、明日からまたしばらく忙しい日々が続く。

一時間美しい時間の中に身を置く

3.22

ホテルの朝ご飯が8:30までということなので、8:00に起きて食事に向かう。

パン、サラダ、ジュース、珈琲、バナナとシンプルなメニューだが、これで十分。

食後に朝ブロを浴びて、さあ、京都に戻る準備だ。

ホテルから高知駅に向かう道すがらに、八幡神社があった。立ち寄って、卒業生を見守っていただけますようにとお祈りする。

高知駅前では、「土佐・龍馬であい博」なるものの入場者がいちまんにんだか、十万人だかになったということの記念セレモニーをしていた。流石、龍馬伝yearである。

高知から我が家までは、電車の乗り継ぎで四時間。飛行機を使うと三時間。値段は数千円しか違わない。

一瞬、飛行機かなぁー、と思ったがやめた。理由は二つ。今日が三連休の最終日ということ。恐らく飛行機は物凄く混んでいるだろうと思えたこと。

もう一つは、到着時間が変わらないということだ。つまり、高知を出る時間は一時間ゆったり出来るということなのだ。ホテルのチェックアウトが11:00なら考えても良かったが、10:00では意味がない。駅前で一時間観光ってのもねえ。

で、特急南風で高知駅から、岡山駅を目指す。南風の指定席は予約で一杯で取れなかったが、自由席でもなんとか座れた。三両編成の特急ってのも珍しいなあと思いながら、シートに体を埋める。

列車は四国山脈の中を駆け抜ける。これが結構気持ちがいい。大杉では眼上の緑の波に洗われ、大歩危の清流を眼下に納める。

さらに何と言っても、桜だ。四国三郎、吉野川沿いに桜並木が続く。線路脇にも桜並木が続く。

今年の開花は高知が沖縄を除いては一番早いとのことだが、まさにこれをあじわっているのだ。贅沢だ。

一時間余計にかかるのではなく、一時間美しい時間の中に身を置くために乗ったと言ってもいいくらいだ。

唐突に、父の母親の葬式を思い出す。山形での葬式で四月の末であった。私が唸ったのは、山形の桜であった。

東京の桜が葉桜になったあとの、山形での葬式であった。学校を休んで田舎に向かったわけである。そこでであったのが、満開の、その年二回目の桜であった。

(ああ、人は人生の最後にこうして葬送の人の目を喜ばせる人もいるのだなあ)

と思った。
もちろん、人生の最後は自分で選べるものではない。だから、

願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月の頃

と願うわけであるが、ただ、ただ、そうなんだなあと思ったわけだ。おばあちゃんは、桜の花の下に、土に還るんだなあと思ったわけだ。

ちなみに、祖父の葬式は紅葉の頃であった。これも見事であった。

ライフイベンツには様々なものがある。予定できるもの、できないものがある。初恋、進学、就職、結婚するタイミング、子どもを授かるタイミング、病のとき、快癒のとき、事故に怪我にと。天気だって選べない。雨も、晴れも、嵐も、雪も、快晴もある。あるが、選べない。

多くの人は選んでいるように思っているが、多くの場合選ぼうとしながら、選べずに訪れるものを受け入れて、または背負って生きて行くのである。

そんなことを改めて思い出させてくるのが、旅なのだなあ、四季の移ろいなのだなあと思う。

んでもって、景色も楽しみながらではあるが、ブログもの記事も書きながらの乗車である。BGMは高中正義さんの「ブルーラグーン」。これを繰り返し聞いている。

ヘッドフォンから流れる音とは別に、電車の振動は体に伝わってくる。その音が変わった。
(ん? なんだ?)
と周りをきょろきょろすると、車窓の向こうが真っ青。ああ、瀬戸内海である。

瀬戸大橋を渡っていたのだ。
レールのつなぎ目が長くなったのと、反響が変わったのがあって、体に伝わってくる音が変わったのだな。

この景色もいい。
繰り返し聞いているブルーラグーンにぴったりだ。

岡山駅では、8分の乗り換え時間で新幹線に接続。しかもn700系。MacBook Proの設定を変更したので、新大阪から先きは無線LANにばしっと接続。いやあ、快適。

岡山駅から京都駅まではほんの1時間。実に早い。
あっという間である。

京都駅ホームは、人で溢れていた。さすがに三連休の最終日だ。巻j高知から自宅に戻る人たちで一杯であった。

京都駅で娘と待ち合わせ。
久しぶりに見るお父さんに少し照れるものの、すぐにべたべた甘える。私も久しぶりの抱っこなので、いつもより余分に抱っこのサービスをする。

4日ぶりの自宅。
琵琶湖の夜景は、やはり奇麗で、いいものだ。

ふう。
明日は、休むぞ(^^)。

ミッションコンプリート

3.21

朝の7時にホテルの部屋を出れば、十分に羽田行きの電車に間に合うと考えて計画を立てた。

ところが、なんというかぐっすりと寝られなかったのである。寝過ごしてはいけないと思っていたせいもあってか、5時台に起きてしまった。

風呂にお湯をためて、メールを確認。特に大きな案件は無し。折角だからゆっくり風呂に入ろう。

で、出て来てからツイッターを少し眺める。

(え? ディベート大会が開けないかも?)

よく読んでみると、その記事には関東全域の電車が止まっているとの情報があった。いつもは、中央線に座れたかどうかを熱心にツイートしている教え子の情報である。

慌ててネットで確認する。確かに全域で止まっている。原因は、強風。風で止まるのは湖西線の得意技であるが、まさか、東京で同じ目に遭うとは。

幸いにして山手線はうごいているようだ。ということは、兎に角山手線までたどり着けばなんとかなるのではないかと思い、慌てて荷物をスーツケースに押し込む。

吉祥寺駅には、動かない電車の再開情報を求める人たち。私は、井の頭線に駆け込む。動いていたのだ。これで渋谷まではなんとかなる。さ、後はその場で考えよう。

ありがたいことに、山手線、京急ともに動いていてくれて、何とか羽田駅までは到着。
これ、運もよかったが、東京の地理に明るくて、尚且つネットが使えないと乗り切れなかったろうなあ。

緊急事態になると、妙に冷静になる私の性格も幸いして、目出度めでたしであった。

しかし、まだすんなりとは行かせてはくれなかった。9:05発の予定が、11:00発に変更になってしまった。

慌てて関係各所に連絡する。高知龍馬空港から結婚式場までは、タクシーを飛ばしても開会に間に合うかどうかだ。だが、飛ぶだけまだマシと考え直す。

飛行場は、キャンセル待ちの人、新しくチケットを買う人達の達の長蛇の列。この列に並ばなければならないと分かったら、諦めて京都に帰ったろうなあ。

離陸まで2時間半の時間が生まれたので、取り敢えず朝ご飯を食べることにした。

5時に起きてそろそろ9時になる。お腹もそこそこ空いている。2時間半の時間ができてしまったので、取り敢えず朝ご飯を食べ、混んでいる出発ロビーのある2階を避けて地下1階に下りて、ソファの上で寛いでいました。ちょっと寝てしまいそうだったので、きちんとタイマーをセットして寝過ごさないようにしてね。

で、10時になったので、移動開始。本屋に寄って本を物色し、30分前の10:30にボディチェックを受けて、搭乗口の3番ゲートに向かって歩き始めました。

(ま、30分前であれば余裕だな)

と思って250m先にある3番ゲートに向かって歩いていたところ!!

「高知行きのお客様いらっしゃいませんか?!」

というグランドスチュワーデスの声が、微かに聞こえた。
私は歩く歩道に乗っていたのだが、
「はい?」
と返事をしたのだ。

そこは7番搭乗口。
私は3番搭乗口を目指していたから、何かの間違いかと思いながらも一応返事をしたのだ。

そしたら、

「こちらです!!」

とのこと。
何がなんだか分からないのだが、様子が変だ。
事情を聞いてみてびっくり。
11:00発の予定が10:40に変更になり、3番ゲートの予定が7番ゲートに変更になっていたのだ。飛行機の扉が閉まる3分前であった。

もし、あのタイミングで「はい?」と返事をしていなかったら、3番搭口にまで行ってしまったろうし、そうしたら、慌てて7番に引き返しても間に合わず、荷物だけ高知に行ってしまうということになっていたろう。

変更は、空港内にアナウンスがあったと言うが、私は聞こえなかった。寝ていた時なのかなあ。

しかし、本当に危なかった。いつもの私なら11:00であれば、ギリギリに搭乗口に行くのだが、今日は何か虫が知らせたのか30分前に行けた。その結果、3分前に飛行機に駆け込むことができたんだな。

で、黄砂の中を突っ切って進む揺れる飛行機で、高知竜馬空港に到着。
房総半島はまッ黄色。紀伊半島あたりから空が澄み始めた。

眼下には白波を立てている海。高砂には、「四海波静にて〜」とあるが、ちょっと違うなあと思っていたが、高知に到着するあたりで波静かに。結婚式日和である。

タクシーに飛び乗り早速、結婚式場に電話。
「いま、式場に向かうタクシーに乗りました!」
「そうですか、それは良かったです。それならば、・・・」

(え? そうなの??)

天は、まだ私に試練を与えるf(^^;。

「はい、お伝えします。主賓のスピーチは大丈夫そうですね」
『え、まあ、はい』

(おい、新婦よ、主賓だなんて聞いていないぞ。主賓のスピーチってのも聞いていないぞ)

タクシーでゆったりと思っていたのにそんなことは許されなくなってしまった。20分で到着するというので、その間に、準備をして、練習をしてと。

そうこうしている間に、到着。
試練は突然降ってくる。それはいつものことだが、少し降ってくるのが集中していないかい?

到着後、慌てて礼服に着替えて、結婚式に突入であった。
でもまあ、なんとかスピーチもうまくいきました。ふう(^^)。

結婚式は恙無くお開きになり、二人は幾久しくも仕合せになるようにと、仲間から祝福を受けていました。

おめでとう。

その後、新婦の高知時代の書道のお師匠さんが、あちこち案内して下さるというので、お言葉に甘えることに。五台山を上ったりあれこれ。そして、ホテルにまで運んで下さった。ありがたいことだ。

ホテルでは、喫煙の部屋だったので慌てて変更してもらう。満室だったら、仕方なくそのまま京都まで帰るところであった。

二次会を終えた卒業生たちと、お茶をして、近況を聞いて、長い一日を終えた。ま、移動距離は大したこと無いが、緊張のスリリングな一日であった。

良くミッションコンプリート出来ました(^^)。


授業づくりネットワーク 2010春  「人類に貢献しているか」

3/20

授業づくりネットワークの会場である成蹊大学に到着したのは、受付開始30分前の9:00。
もう少し早く出られるように準備をしていたのだが、服を着ているときに左肩に激痛。動かなくなってしまったのだ。40肩なのか、50肩なのかf(^^;。しばらく、動かずにもう一度ベッドに横たわっていた。んで、9:00になんとか到着。

今回の私の担当は、大会最初のプログラムである。mini1グランプリの歴代の優勝者が7分間の授業をするので、そこでは何が行われていたのか、私たちはここから何を学ぶべきなのかをとりだして、授業者と対話することが役割である。

この企画のために、大会が始まる前にMLを立ち上げて、あれこれ議論を重ねていた。出場者、事務局、担当者であれこれ話していたのだ。

私はその議論の中で、自分の役割は何なのかをずっと考えていた。いや、ずっとというのを誤解の無いように言えば、片思いのようにというのが正しい。片思いの時は、気がついたらその人のことを思い出しているという思い方である。ずっと考えるというのは、24時間考え続けているというよりは、気がついたらその問題を考えているということの方が正しい。

で、腹をくくった。
実際の授業を見ないと分からない。だから、じっくりと見るということである。

ただ、単に見続けるだけでは、それでおしまいという可能性もあるので、授業で行われる指導言を手がかりにして見ようと決めていた。

mini1の場合、授業の時間が限られている。5分、または7分で行われる模擬授業である。通常の45分(小学校)の授業ではなく、この短時間で行おうとする場合、時間を短くするために授業者がコントロールできる部分は何かと言えば、指導言である。

私は、指導言は「サーブ」であると考えている。テニスやバレーのサーブである。サーブは、相手の状況を考えて、自分の意図で打ち込む場所や球種などを選択することができる。タイミングを変えることもできる。基本的に、相手に影響されることはない。

これと同じように、指導言は基本的に授業者から最初に発せられる者であるが故に、自分でコントロールすることができる。これは、一斉指導でも、個人指導でも、「学び合い」でも同じであろう。

結果として、この仮説は一定の正しさを持って機能したと言っても良いだろう。その場で初めて見る三つの短時間の模擬授業で何が行われているのか、何を学ぶべきなのかを分析を、あの短時間でできる限りのことは、なんとかできたのではないかと思っている。

で、この対話の冒頭で、私は私が授業を評価する四つの観点というものを予め示しておいた。それは、

1)楽しく行われたか
2)授業の前と後で、学習者が良い方向に変化したか
3)学んだ内容が、他の教科の学習に良い影響を与えるか
4)学んだ内容が、人類に貢献しているか

である。

1)は、有田和正先生の主張に沿うものであり、2)は野口芳宏先生の向上的変容に呼応するものと考えている。ちょっと偉そうな言い方になるが、この1)と2)は両先生の主張から学んだというよりは、私が勝手に思っていたものなので、
(あ、同じだ)
と不遜にも若造のときに思っていたものである。

3)は良い学習は転化するというものである。ま、国語科の教員ということもあるので、他の学習の基礎を作らねばならないという思いが、私にこの考えを提出させているのかもしれない。

で、4)である。
これは、どこかにチラッと書いたり、講座や講演のときにちらっと言ってきたことなのであるが、今回もチラッと言ってしまった。なんというか、私ごときの人間がこんな大きなことを言うのは憚られたので、チラッと言ってきたというのが正直なところだ。

だが、ジョンレノンも、忌野清志郎も、彼らが最終的にたどり着こうとしていたところは、世界平和であり、人類への貢献であると私は考えている。小書『教師になるということ』では、社会に繋がる力ということでこのことを少し論じた。そのことである。

私が小中高と生徒を過ごした時代は、

「良い学校に入れ、良い大学に入れ、良い会社に入れ、そうすれば君は良い人生を手に入れることができる。勉強をするのは自分のためだぞ。しっかりやれ」

という説明がされていたように思う。そして、それを疑うことは社会全体に無かった。自分のために勉強をしろである。高度経済成長時代の学びはそれで機能していたと考えられる。しかし、この考えが社会を良い方向に導かなかったことも事実ではないだろうか。一言で言えば、自分だけ良ければ良いという流れを作ってしまった、利己主義的な個人を育ててしまったのではないかと言う疑念が生まれるのである。これは違うというのが、教師になってからの私の思いの底にある。

もちろん、指導した内容が、そしてそれを学んだ内容が、本当に社会に貢献しているのか、また、人類に貢献していると言えるのか? その証明はほぼ不可能である。不可能ではあるが、21世紀の教育を考えるとき、人類に貢献する学び、それを育てる授業というのは避けて通れないどころか、メインストリートになる課題だと考えている。

大会後、卒業生の結婚式に向かう高知には、今年の大河ドラマの主人公の坂本竜馬がいた。彼は、幕末の時代に「我が藩では~」という藩の存続や利権を考えている人たちに、藩ではなく「日本人」という単位のものの見方を示そうとした。抽象のレベルを上げる、または次元を一つ上に置くという考え方であろう。

(では、私たちの時代は、なんなのだろうか?)

『竜馬がゆく』を読んだ後に私が立てた問いである。

1868年に明治が始まり、平成も22年を迎えようとしている2010年。ポストモダンへの突入、冷戦の終結を通り抜けてきた今。右翼でも左翼でもなく、日本人にでもなく、人類に貢献する人間を育てる教育。これを、その日々の実践、授業の中のどこかに意識する時代に、私たちは突入したのではないかと、割と真剣に思っている。

ってなことは、あの短時間のステージでは語れないので、さらっと流していたら、大会終了後の懇親会で、ネットワーク代表の上條晴夫さんが、
「池田さん、あれすごい。ホームラン。大ホームラン」
と絶賛してくれた。
『え? なに?』
と聞いたら、4)のことであった。

いつも変人扱いしてもらっている私としては、なんか嬉しい。懸命に主張するよりも、さらっととか、こっそり主張するものの方が、認められやすいというのが、私の特徴かなf(^^;。

午後の講座は、あべたかさんのもの。iPhoneの教育活用である。すばらしいことに、ソフトバンクからiPhoneを25台無料で借りてきての講座である。

あべたかさん特有のゆったりとした講座であった。私は新型のiPhoneが登場する様子を見ているので、今のところiPod touchでいいのだが、あべたかさんがどんな感じで使っているのかを知りたかったので、この講座に参加。

すると、最初から参加している喜岡さんの他に、藤川大祐さんや、shioこと塩澤さんなどもフラッと顔を出していらっしゃった。はははは。一番濃いメンバーの集まる講座となった。

最後は、ライティングワークショップを教師のライフヒストリー的に考えてみるというプログラムであった。もちろん、登壇するのは、岩瀬直樹さんである。

岩瀬さんの実践が提示された後、上條さんが質問をし、会場から質問を受付け、最後に兵庫県立大学の藤原さんが対話をするという構成であった。

岩瀬さんには、「明日の教室」でもご登壇願っているし、私は著書は全部読んでいるので、楽しく伺うことができたが、初めて岩瀬さんの実践に触れた若い先生や、ベテランの先生は衝撃だったのではないかなあ。

だが、できないと思った若手教員もいたようだ。「できるできない」が、教員の力量の問題であるのであれば、力量を付ければ良いだけのこと。私はそう考えている。教員の力量以外のさまざま問題が絡んでくるのも教育実践の現場である。だけど、教師の力量でなんとかなるのであれば、力量を付ければ良いだけのこと。私はそう考えている。

そして、できない理由を並べても、なんの成長にもならないことも私は知っている。できなかった理由の言い訳も同じ。できる可能性を捜すほうが、よっぽど生産的なのだ。

私がこのセクションでした質問は、

「書けないというこどもたちへの関わり方は分かるのですが、書かないと宣言している子どもたちにはどうしたらいいのでしょうか?」

というものである。
これは結構大きな問題だと思っている。その場で答えの出るような問いではないと思ったので、問題の所在を確認して質問は終えたが、是非岩瀬さんに、ライティングワークショップとファシリテーションの文脈の中で、答えまたはヒントを提示してもらえないかなあと思っている。

いやあ、良かったなあ。岩瀬さん、ありがとう。

で、懇親会。
ああ、諸般の事情で私はノーアルコール。ウーロン茶一直線である。

でもまあ、それなりに楽しめたf(^^;。
なんだ、できるじゃん、俺。

一次会では、夏の授業づくりネットワーク京都大会の大きな流れの調整に奔走。当初事務局から難色を示されていた企画も、
「あ、それなら行けるね」
と了解を得る。

そうなったら、その場でたったかたったかである。
ふう、これで大きく動き出せるぞ。

二次会では、岩瀬さん、石川さん、佐々木さん、田中博さん、甲斐崎さんらとじっくり話し込む。乱入で土作さん。もちろんノーアルコールでf(^^;。

ライティングワークショップの説明や実践の中に、私が主張している「国語科を実技教科にしたい」という考え方や「書き込み回覧作文」によるカンファレンスに共通しているところがあるなあと思って、そのあたりのことを、岩瀬さんに聞いてみた。

すると、まさにそれを意識してくれていると言う。嬉しいねえ。
「国語科を実技教科にしたいというのは、ずっと残っているんです」
と話してくれた。

メッセージが伝わるというのは、嬉しいものだ。受け取ってくれる人がいて、それを多少でも活かしてくれて、実践につなげてくれる。嬉しいものだ、としみじみ思った吉祥寺の夜。

その後、土作さんなどと一緒にラーメン屋へ。ここには私が大学院に行っているときに学部の一年生であった若者が、教師になって三年目になっていて、今回の会に参加していた先生も一緒にきた。大熊先生にご指導を受けた仲間である。

授業づくりネットワークは初めての参加だったそうだが、最後の最後まで参加。こういうのが本当は大事なんだよね。ディープな話は、最後に出るからねえ。

ホテルに戻り、充実した一日を思い、明日の高知行きのことを考えながら、熟睡。
その時は、明日の朝起きるスリリングな出来事等、もちろん、全く知る由もなかったのであった。

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