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2010/04/06

満開のさくらに包まれて

4/6

朝、野暮用を済ませて、京都市内を回る。南禅寺の横にあるインクラインの桜を見に行く。今日がこの場所のピークだろう。

In

時折桜吹雪が舞う。
ああ、もったいない。
ああ、切ない。

ここで一句。

と浮かんでこないもので、悔しいのでシャッターを切り続ける。
思うに、松尾芭蕉がデジカメを持っていたら、俳句をこんなに作ったのかなあと。写真の無い時代だからこそ、その一瞬を俳句に詠み込んだのではないかなあと、凡人は凡人の考えをするのである。

大学に到着。研究室の裏に咲いている桜が緑とのコントラストで奇麗。

Gakunaisakra

昼からコース会議。
今日は主に、一期生をどうやってサポートするかに集中して議論を重ねる。

要は彼らが望むことで出来ることであればなんでもしてやろうという、極めて児童教育学科児童教育コースらしい結論に落ち着く。簡単に書いているが、これはかなり凄いことだと思う。

その後、日没までにはっ!と自分に言い聞かせて原稿を書き続ける。

途中、研究室から見える桜を見降ろしては心にゆとりを貰い、鶯の冴えずりには心を驚かしながら喜びを得て、なんとか仕上げる。

Sakura

新年度の始まりに、新入生につきっきりでなく、こうして仕事ができるのは、職員、それに上回生のオリター諸君の働きによるところが大きい。感謝感謝である。

満開のさくらに包まれて、
明日からは初年次導入教育の新入生キャンプだ。

2010/04/05

セーので日本の社会が動き出している

4/5-2

午前中は、文章書き。ああ、まだ終わらないが、60%ぐらいは進んだかな。

午後は、会議、お客さんとの打ち合わせ、会議である。ま、それでも20:00には研究室をあとにすることができたので、まあ、いいか。

大学の桜も奇麗だし。

Yozakura

帰宅後、録画しておいてもらった「テストの花道」を見る。なかなか面白い。

NHK教育「テストの花道」
【放送予定時間】

毎週      月曜
午後6:55~7:25

(再放送)
毎週      土曜
午前 9:25~9:55
となっています。今日のものも、土曜日に再放送があります。

セーので日本の社会が動き出しているなあと、感じる四月です。

少し、少しだけこの思いを封印して、駆け抜けよう

4/5

午前中から事務仕事。
うーむ。明らかに仕事がたまっている。やってもやっても終わらない。いや、そんなにやっていないのかなあ。

千鳥ヶ淵の桜が頭の中から離れない。
圧倒的なボリュームで、妖艶な桜。

Chidori

さらに追い討ちをかけてくるのが、さだまさしさんの「風に立つライオン」だ。

引用開始 ーーーーーーーーーー

作詞:さだまさし 作曲:さだまさし

突然の手紙には驚いたけど嬉しかった
何より君が僕を怨んでいなかったということが
これから此処で過ごす僕の毎日の大切な
よりどころになります ありがとう ありがとう


ナイロビで迎える三度目の四月が来て今更
千鳥ヶ淵で昔君と見た夜桜が恋しくて
故郷ではなく東京の桜が恋しいということが
自分でもおかしい位です おかしい位です


三年の間あちらこちらを廻り
その感動を君と分けたいと思ったことが沢山ありました


ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが
一斉に翔び発つ時 暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪 草原の象のシルエット
何より僕の患者たちの 瞳の美しさ

この偉大な自然の中で病いと向かい合えば
神様について ヒトについて 考えるものですね
やはり僕たちの国は残念だけれど
何か大切な処で道を間違えたようですね

去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました
こんな処にもサンタクロースはやって来ます 去年は僕でした
闇の中ではじける彼等の祈りと激しいリズム
南十字星 満天の星 そして天の川


診療所に集まる人々は病気だけれど
少なくとも心は僕より健康なのですよ
僕はやはり来てよかったと思っています
辛くないと言えば嘘になるけど しあわせです


あなたや日本を捨てた訳ではなく
僕は「現在」を生きることに思い上がりたくないのです


空を切り裂いて落下する滝のように
僕はよどみない生命を生きたい
キリマンジャロの白い雪 それを支える紺碧の空
僕は風に向かって立つライオンでありたい


くれぐれも皆さんによろしく伝えて下さい
最后になりましたが あなたの幸福を
心から遠くから いつも祈っています


おめでとう さようなら

引用終了 ーーーーーーーーーー

http://www.youtube.com/watch?v=TTYZn1EVWl0

先日のライティングワークショップのラブレターで頂いた感想の中に、

引用開始 ーーーーーーーーーー

「どの」だと、生き方がまだ定まっていない感じがします。池田さんは僕からみると迷いの中を歩いているというよりは、一本の道を進まれているように 見えます。ですから「この」と思いました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

という感想を貰った。外側からみるとそう見えるのかなあと思ったものだ。みんなと同じことができないから注意されて怒られてきたのに、それが個性と言われて褒められるようになり、多くの人が選ぶ道を自分は選べないなあ、こっちがいいなあと思っていたら一本道を進んでいると言われるようになる。

ひーひー、言っている姿なんてのは見せるものではなく、ときどき吐露することなのだと思っている。
それは、あんな美しい千鳥ヶ淵の桜や、千鳥ヶ淵の桜の記憶とセットとして記憶されている「風に立つライオン」が引き金になって、私を私の世界へと沈めて行くのだなあと思う。

少し、少しだけこの思いを封印して、駆け抜けよう。

2010/04/04

芝の新芽は、バナナのような甘い香りがする

4/4

春のど真ん中。
書かねばならぬ文章はあるのだが、この陽気を楽しまないで何が人生だと思う。

昨日の疲れを取るために午前中は家でゴロゴロ。
昼ご飯を食べて、娘と近くのガーデンに久しぶりに出かける。

美しい
美味しい
愛しい
やさしい
幸せ
あたたかい
奇麗
妖艶
面白い

検査を控えて、ちょっと心が折れていた私には想像できないくらい、この一週間は、充実している。それを実感している。ありがたいことだ。

裸足になって芝生にごろりと転がる。
芝の新芽は、バナナのような甘い香りがする。

娘は、夢中になってガーデンの中に咲いている花々を撮影し続けている。

夜は、先日大学で収録のあったNHK教育テレビの番組の再放送をみる。
うーむ。
やっぱり年を重ねたなあと自分の姿を見て、思う。
簡単に言うと、おっさんになったなあf(^^;。

指導した内容より、そんなことが気になるってのは小人であるなあとも思う。

今日も人生を、少し充実させることのできた一日であった。

ライティングワークショプ(WW)である

4/3

9:30から青山のこどもの城で研修が始まる。ライティングワークショプ(WW)である。

文章を書くことは、国語の要であり、学校教育で身に付けるべきもののうちの、かなり重要な部分を占めていると考えている。

この講座を、吉田新一郎さん、岩瀬直樹さん、甲斐崎博史さんなどが講師になって、授業づくりネットワークの事務局主催で行うのである。東京に通うのはそれなりに大変だが、それこそ北海度、福島、山形などからも参加している先生がたくさん。感度の高い先生方と一緒に過ごすのは、とても刺激的でいいものであるが、そこにこの内容である。すぐに参加することに決めた。

最初に講座の目的を確認し、仲間との雰囲気づくりをし、二つに分かれる。WWを体験するグループと、もう始めていてその先きの問題点を話し合うグループである。私は、「明日の教室」で岩瀬直樹さんに来ていただいたときに体験していたので、後者に行こうかとも思ったのだが、やっぱり導入のところを丁寧に何回も受けるのが大事だと判断して、前者に参加。

ここの担当は、甲斐崎さん。
ゆったりとした感じで講座は進む。

あれこれやって、文章を完成させる。
完成させると、「作家の椅子」に座って発表することができる。私はここに挑戦した。

書いたのは、桜のエッセイと俳句。ま、奥の細道を真似してみようと思ったのであるf(^^;。その俳句の推敲を、「大切な友だち」にお願いしようと思って、発表して見ようと思ったのだ。以下の文章を思いつくままに、下書きとして書いた。これを読み上げた。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「桜の木の下には死体が埋まっている」
と梶井基次郎は言った。満開の桜を見るたびに、
(この下には、何人の死体が埋まっているのだろう)
と思う。

この桜の美しさを支えているのは人の死なのである。
それは、生きてきたものの証としての死であり、その積み重ねとしての現在の美しさである。

そうだとすれば、今、生きている私と、やがて迎える死は、次の世代の桜の美しさのためにあるのだろうなあとも思う。

        どの下に埋まってやるか 桜花

引用終了 ーーーーーーーーーー

というものである。
だが、

        どの下に埋まってやるか 桜花

ってのを考えているときに、ちょっと他の案が浮かんだ。

        この下に埋まってやるか 桜花
        あの下に埋まってやるか 桜花
        その下に埋まってやるか 桜花

である。それぞれに微妙に味わいが違う。伝えているものも違う。
で考えていたのだが、
(そうか、作家の椅子に座って、みんなから頂く「ラブレター」で聞いてみれば良いのだ)
と思ったのだ。

これは面白い体験であった。
いただいた、「ラブレター」は、こんな感じであった。一部紹介する。

引用開始 ーーーーーーーーーー

私は、最後の俳句は「どの」がよいと感じました。これから長い人生の中で自分の行き着く場所を見つけて行くという思いと身の置き所を戸惑っているようなユーモアが感じられるからです。

引用終了 ーーーーーーーーーー
引用開始 ーーーーーーーーーー

「どの」だと、生き方がまだ定まっていない感じがします。池田さんは僕からみると迷いの中を歩いているというよりは、一本の道を進まれているように見えます。ですから「この」と思いました。

引用終了 ーーーーーーーーーー
引用開始 ーーーーーーーーーー

「どの」です。自分で選択する強さがあるので、池田さんに合っているような気がしました。一つの作品・・・。これが下書きなのかという完成度にびっくりしました。実際はどんな、どこの桜の木の下に行きたいのかが気になりました。

引用終了 ーーーーーーーーーー
引用開始 ーーーーーーーーーー

春の桜の満開に作者が直面した情景(それも、おそらく夜桜がいいかも)が浮かぶようでした。満開の桜の道を通り過ぎて、ふと振り返って桜をみたときの俳句ということで「あの」がいいです。

引用終了 ーーーーーーーーーー
引用開始 ーーーーーーーーーー

「その下で」。一番あいまいなようで、はっきりしているから。「死」と一番結びつく。前半の分が重厚で心に響きました。

引用終了 ーーーーーーーーーー
引用開始 ーーーーーーーーーー

池田さんの頭の中は本当に分からないですね。桜を見るたびに、そんなことを思う人は、本当にまれでしょう。格調高い形で書きながら、ユーモアが入っているようなないような。唯一無二の人です。素敵です。やっぱり池田さん。

引用終了 ーーーーーーーーーー

とまあ、あれこれれ頂けるのである。これは素直に嬉しい。
どの俳句を選ぶのか、選んでいる俳句は違うのに根拠が同じだったり、私の人間性を元にしたコメントを貰ったりと、面白い(^^)。ありがたい。

私は書き込み回覧作文でこれを指導しているが、ラブレターの場合、直接手渡されるというのがいいなあと感じた。

書き込み回覧作文でも、「ラブレター」でも今までの作文指導と違う部分があり、この違う部分が共通していると思っている。それは作文における読者の設定である。

通常、学校で書かされる作文は、読者の設定がされていない。設定されずに、暗黙の了解で先生が第一読者となっている。私はここに違和感を感じていた。

(先生が気に入る文章を書くってことが隠れたカリキュラムになっているなんて、変じゃないの。お上の顔色をうかがいながら生きる封建時代じゃあるまいし)

と。だが、書き込み回覧作文と「ラブレター」は、クラスの仲間からのレスポンスを設定することで、読者をクラスの仲間に焦点化することができるようにしている。仲間が読みたくなる文章が書けるようになるのが大事なのだ。

当たり前であるが、今は封建主義ではないのだ。民主主義の時代である。その作文指導が必要なのだ。そんなことを改めて思った。

午後は、年間指導計画づくり。実践の場でどのようにWWを展開して行くのかを考える。

私も考える。が、私の場合はちょっとやりにくい。シラバスも書いてしまったし、年間通じて指導するということとなると、そういう場所がない。

そこで、岩瀬さんとあれこれ話す。
相談の結果、面白いことを思いつく。
WW的には決意表明をすることになっているのだが、これは公開しない方が良いと思われるので、書かないf(^^;。

最後は、グループで感想を言い合っておしまい。今日一番印象的だったことを言い合う。6人のうちWWに関わることを言う人もいるが、そうでないことを言う人も。中には、
「池田先生のイメージが変わりました。こわい先生だと思っていました」
と言われたメンバーもいた。

春のネットワーク集会に参加されていて、私の会場からの質問が怖かったというのだf(^^;。ま、声は大きいのでそうかもしれないが。でも、誤解が解けて? 良かった。

もちろん、懇親会も楽しく過ごす。20年近く一緒に学んで木全国の仲間である。話題には事欠かない。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、新幹線に飛び乗る。
知的興奮でしばらくボーッとしていたが、あれこれあって寛いで、最後の30分は軽いまどろみの中にいられた。

幸せである。

寿命が数年伸びたようにも思えた

4/2

午前中に新入生のためのガイダンスを、学科とクラスで行う。今年の前期クラスアドヴァイザーになる私の担当クラスの新入生諸君に、20分ほど、あれこれ話す。

その中の一つは、

『君達にとって教師、保育士を目指すのは、もう夢ではなくなった』

というものである。

『高校生の時までは、夢だったかもしれない。しかし、京都橘大学人間発達学部児童教育学科に入学したということは、それは夢ではなく、目標になったということである。目標は実現させてこそ、目標である。四年間で人間的にも、教育者をめざす学生としても成長して、目標を実現してほしい』

ということを話す。

午後からは、東京に向かう。翌日の研修会に向けてあれこれするためである。

一通り、終わってから折角なので桜を見に行くことにする。東京はいま満開との情報を得ていたので。

これが、凄かった。
東京にいるときには、このタイミングで見ることはできなかった千鳥ヶ淵の満開の桜である。

Chido

Sakura

Chi2

Ch3

妖艶である。
寿命が数年伸びたようにも思えた。

さ、明日は楽しみ楽しみ。

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