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2010/05/08

嬉しいお知らせです

5/8

嬉しいお知らせです。18日間行方不明であったiPod touch64GBが、今朝方発掘されました。

さすがに18日間行方不明だったわけでバッテリーは消耗し切っており、起動しなかったのでちょっと不安でしたが、充電後には見事に復活でした。

ああ、良かった。

どこにあったかと言えば、これがなかなか説明しにくい。簡単に言えば、ベッドと壁の間である。しかし、そこは何回も捜した。ではなぜ、見つからなかったかというと、ベッドのマットレスの皺の窪みに寄り添うように縦に引っ付いていたのである。だから、マットレスを動かしても見つからなかったのだ。

では、なぜ見つかったか。
実を言うと、ちゃちな日曜大工をしていたものが、昨晩壊れたのである。枕元に眼鏡を置く場所が無いので、板を買ってきて切って、木工用ボンドで簡単に固定しておいたのだが、娘が蹴飛ばして壊してしまったのだ。

夜ベッドを移動することもできないので、今朝方ベッドと壁の間に落ちたその板を取り出そうと思い切りベッドを動かしたら、その振動で窪みから落ちて、発掘されたのである。

実を言うと、久しぶりにiPod touchの夢を昨晩は見ていたのだ。なんというか、思いつきをメモに打ち込み、スケジュールを確認していたのである。

いやあ、正夢だったのね。
びっくりである。

結果的にiPod touch断食を18日間したことになる。ま、初めからなかったと思えば、良いのだが最初の数日間はちょっと辛かったなあ。

メモを打ち込めないこと、スケジュールを確認できないことが大変だった。それから、「駅.Locky」が使えないことと「大辞林」が使えないことが痛かったなあ。

人間は一度生活の水準を上げると、簡単には下に下げられないというが、本当にそうである。

大学に接続コードがあるのを思い出し、出かける。娘を連れて。ま、土曜日なら学生もそんなに多くはないので、娘の散歩にもちょうどいいし。

研究室でちょっと仕事をしながら、充電をする。
を、特にソフト的なダメージはなさそうだ。
良かった良かった。

しかし、律儀だなあと思う。iPod touchは充電しながら、MobileMeでスケジュール等は同期している。自分のスケジュールが私の使っている三つのマックと一つのiPod touchで全部同じ内容で簡単に同期されると言うのは、実に気持ち良い。

お昼すぎに、娘が会いたいと言っていた学生と会ってから大学を出る。

昼ご飯を食べた後、ガーデンに向かう。
いよいよ薔薇が咲き始めている。
来週、再来週はとんでもなく美しいガーデンになるであろう。

その後、近くのホームセンターに行き、釘とトマトの苗とスイートバジルの苗などを買って帰ってくる。

釘は、壊れてしまった簡易棚を直すために。そして、夏の食卓を彩るトマトとスイートバジルを育てるための苗である。去年はとにかくスイートバジルにハマっていた。うまうまである。簡単にできるのにも驚いた。

今年はさらにそのスイートバジルの相棒であるトマトにも挑戦である。娘はトマトが大好きなので、毎朝自分で捥いで食べるようにさせてあげたいなと思って、一式揃えてみた。家庭菜園である.
さらに、二日前から水に浸しておいた朝顔の種を取り出して、植える。

まさか、自分がこんなことをするようになるとは思わなかったが、子どもができるとこうなるのねえと自分でびっくり。

あと、デジカメの修理が終わればほとんと元の生活に戻る。うれしい。その力を借りて、少しずつ夏の準備を始めるのであった。

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海 ダイヤモンド社)を読んだ

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昨晩『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海 ダイヤモンド社)を読んだ。だーっと読んでしまった。

ディベートを始めた頃に、ドラッカーの名前を聞くようになり、断片的に読んだりはしていた。また、西川純先生が、学び合いを提唱される中で、ドラッカーについて述べられていることもあって、一回ドラッカーに関する本を読まないとなあと思っていたのだが、とあることでこの本を手にすることになり、読み進めた。

端的に言うと、『1985年の奇跡』の感動と、経営学の入り口の学びを同時に味わえる良書だと思った。

学級担任の仕事は、学級の経営にある。この経営という概念がじつはなかなか分かりにくい。どうしても利潤を生み出す営みという考え方に直結してしまう。となると、

(学級で利潤を生み出すって何?)

となり、思考停止になってしまいがちなのである。しかし、何も利潤を生み出すことのない経営もあるのである。となれば、この本は、学級経営、クラブ経営、NPO経営など利潤を追い求めることの無い集団や組織を経営する者にとっては、非常に参考になるだろう。

竹内常一先生は、私が「書き抜きエッセイ」を開発して実践しているときにこう仰った。

「池田もやっと、分かってきたようだな。文章修行は、本来注釈から始まるものなのだよ」

と。
『孟子』は朱子によって注釈が行われた。このような形で文章修行をするのだと仰っていた。私はそんなことを考えもせずに、生徒たちが文章を書くのに難儀しているのを見て、あれこれ工夫をしてこの「書き抜きエッセイ」の方法を開発したのだが、実践家の勘所が、たまたま歴史の流れに乗っかっていたと言うことだ。

で、この本は新しい形式の注釈書を提案しているかもしれないと思うのである。つまり、物語仕立ての注釈書というわけである。

同じような構造で『もしも○○が××を読んだら』というシリーズが生まれても面白いなあと思う。○○には今を生きるちょっと社会的に弱い立場にいそうな人物を入れ、××には古典の名著を入れるわけだ。そうすると、古典の物語仕立ての注釈書ができあがるということか。

ただ、類書は難しいだろうなあとも思う。古典を学び、現代にも精通していて、なおかつ物語が書ける力があることが、この「物語仕立ての注釈書」を書くためには必要だからだ。

だけど、読んでみたいなあ「物語仕立ての注釈書」シリーズ。当然出版社は次の企画を考えているんだろうな。楽しみ楽しみ。

2010/05/07

300人を超えていたのである

ふう、少し遅れ気味になっていた五月の明日の教室のご案内をやっと作ることができた。これで一安心だ。

ブログに載せるご案内の文章は、その後、学内に掲示するポスター、「33」をダウンロード に載せ、さらに、こくちーずhttp://kokucheese.com/event/index/2536/に載せる。

そして、その後に一回でも明日の教室に参加されたことのある方に、メールでご案内することにしている。

今回で明日の教室は33回を迎えた。我ながら良く事務局が続くなあと思うし、本やDVDも出し、さらには東京分校もできるなんてのは、なかなかすごいなあと思う。

で、参加者のメールアドレスが登録されているファイルには、こくちーずで申し込まれた方のものを毎月追加している。当然、常連のみなさんのメールアドレスは、毎回追加されるので、その分は手作業で削除している。そうしないと、案内が数通届くことになるからだ。

で、前回の4月分のアドレスを、今までのメールアドレスが載っているファイルに追加して、ソートして同じメールアドレスを削除してといつものことをしていたら、ちょっと感動。

一回でも参加されたという方の数が、300人を超えていたのである。単純に考えると、一回に10人ずつ増えて33回で300人を超えたということか。

ま、40回を迎えるときに、400人が参加しているかどうか分からない。が、事務局としてはこういうことがちょっとうれしい。人様の役に立てているようなので、うれしい。

を、大雨だったのが晴れて来たな、京都。

   

5/22 明日の教室 読書へのアニマシオン 鈴木淑博先生

5月の明日の教室のご案内です。
5/22(土)です。

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5月の明日の教室は、「読書へのアニマシオン」を体験していただきます。第33回になります。

読書指導にはさまざまなものがありますが、この読書へのアニマシオンは、読書嫌いな子どもたちのために、スペインで開発されたメソッドです。ゲームをしながら読書の世界を体験するというイメージを持ってくれればいいかなと思います。

小学校の先生を目指す諸君のみならず、幼稚園、保育園でも大事なメソッドではないかと思っています。

アニマシオンとは、「勇気づける」とか「元気づける」という意味です。読書嫌いの子どもたちが、読書の世界に一歩を踏み出すためにあれこれ考えられたメソッドです。とにかく楽しいの一言です。

今回の講師は、慶応義塾普通部という、日本で唯一中学校と名乗らない中学校の教諭をされている、鈴木淑博先生をお招きします。鈴木先生は、あの「嵐」の桜井翔くんも指導されていたとのことです。ご著書には、『子どもと楽しく遊ぼう 読書へのアニマシオン—おすすめ事例と指導のコツ (ネットワーク双書) 』があります。

読書へのアニマシオンでは、参加するものは事前に本を読んでくるという約束事があります。今回もこの約束を守ります。事前に読んでおく本は、池田研究室で貸し出します。以下の三冊です。

『いちご同盟 純愛ー中学編』(三田誠広著 集英社文庫)
『ライオンと魔女』(C.S.ルイス作 岩波少年文庫)
『あのころはフリードリヒがいた』(H.P.リヒター作 岩波少年文庫)

研究室で貸し出しを受けるか、各自読んでから参加してください。

日時:2010年5月22日(土) 13:30〜17:00
場所:京都橘大学 児優館 C502
会費:一般 3000円 学生1500円 苦学生 要相談
なお、懇親会も予定しています。3000円程度

申し込み先は、http://kokucheese.com/event/index/2536/

お待ちしております。




醒ケ井養鱒場

5/5

昼過ぎから出かける。去年もこの日は、ここに行った。米原の近くにある、醒ケ井養鱒場である。こどもの日の今日は、滋賀県人は入場料が無料になるのだ。

ここはニジマスの養殖場である。日本武尊が最後に倒れた場所といわれている付近である。ここの水で体をいたわったらしい。その水を使って、ニジマスを育てている。

今日は、岐阜で32度になったとか。それほど暑い一日であったが、さすがに山の中にある醒ケ井は、涼しい。さらに、ニジマスを育てている川の水は冷たい。青紅葉も奇麗だ。

魚と触れ合うことの出来る小さな池があって、そこに入る。ニジマスの他に、驚くなかれチョウザメもいる。そのチョウザメを抱きかかえることもできるのだ。なぜか、チョウザメは逃げることをせずに、簡単に抱きかかえられてしまうのだ。

当然、私もやる。
娘も、ちょんちょんと触る。

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写真は、娘が撮ってくれたもの。

醒ケ井は、青紅葉で満たされていた。
目に心地よい。

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こんなにのんびりしたGWは、就職して初めてではないだろうかと思う。GWは、クラブ指導、研究会、四月からの仕事で終わり切れていない部分の調整等をする時間であって、遊びに行くなんてことは、無かったからなあ。

今年小学校の先生になった元学生さんたちのブログを読むと、疲れ切った一ヶ月だったので、GWはゆったり出来たようなことが書かれていたが、中学校の教員はクラブだからここは休めないんだよなあと改めて思った。ま、どっちが良いのかよく分からないが。

養鱒場では、ニジマス釣りも出来る。
一匹いくらというのと、100グラムいくらというコースがあって、当然後者の方が大きなのが釣れる。で、そちらで楽しむ。

娘は去年もしたのだが記憶には無いので、初挑戦のような興奮のなかで釣りを始める。ところが、これがなんともどんどん釣れる。あまりにも引きが強いので、中に引っ張られてしまうのではないかと心配するほどであったが、楽しく釣りを味わうことができた。

家に帰ってからは、そのニジマスを捌く。
バータ焼き用に捌く。
刺身用に捌く。
ルイベ用に捌く。

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川魚独特のぬめりがあるのでちょっと難儀するが、そこはそれ、日頃の鍛錬の賜物であっという間に捌く。

ここでいったん菖蒲湯に浸かる。
(あれ、なんかつい最近にやったよなあ)
と思うのだが、確実に一年が過ぎているのである。驚くばかりである。

風呂から上がって調理再会。
バター焼きは、皮を残したまま捌く。
そして、調理もする。
焼く時はちょっとコツがある。
皮を下にしてじっくりと焼くのである。

加熱すると身は丸くなろうとするので、フライ返しなどでじっくりと上から1、2分押さえつける。すると、丸くならずに済む。
その後、身に火が入ってきて、生の部分があと少し残った状態で、ひっくり返し、すぐに火を止める。これでジューシーな身の状態のバター焼きが出来るのだ。

遊んだGWであった。

さて、来週は5月の中で一番忙しい週。
倒れないように、そして、充実を生み出せるように過ごして行こう。

高名の木登りといひし男

5/4

午前中駅前の大きな公園に出かける。

大きな遊具があり、娘はとても気に入って遊びまくる。高低差のある遊具なので、娘よりも年齢の高い男の子でも、怖い怖いと言って泣いているのだが、娘は平気でよじ登って行ってしまう。見ている方が怖い。

が、それなりに考えて行動しているので、私が手を貸すと却ってバランスを崩してしまいそうで、じっと見ていることになる。

徒然草 第百九段から、引用開始 ーーーーーーーーーー

 高名の木登りといひし男、人を掟てて、高き木に登せて、梢を切らせしに、いと危く見えしほどは言ふ事もなくて、降るる時に、軒長ばかりに成りて、「あやま ちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。如何にかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「その事に候ふ。目く るめき、枝危きほどは、己れが恐れ侍れば、申さず。あやまちは、安き所に成りて、必ず仕る事に候ふ」と言ふ。
 あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、難き所を蹴出して後、安く思へば必ず落つと侍るやらん。

引用終了 ーーーーーーーーーー

ふと、このフレーズを思い出す。
古典は、人間の根っこの部分をむんずと掴むなあと、改めて思う。

午後からは市内に。
まあ、もの凄い人である。

ぶらぶらして過ごす。そして、知り合いと一緒に食事。
あれこれ話しているうちに、結構な時間に。

結構体を動かした一日だった。


メガネザル

5/3

連休中にやらなければならない仕事がある。
貯まっている。
一応、
(この仕事は1時間。この仕事は2時間)
と掛かるであろう時間の目安は立てているのだが、他に火急の仕事や遊びが入るので、なかなかうまくいかない。

なかでも娘に誘われたら、そりゃあお父さんはそちらを最優先にします。

ではあるものの、連載原稿だけはきちんと終わらせなければならない。これを書き上げて、さ、出かけよう。

京都市立動物園に向かう。
動物園でお弁当を広げて、子どもと一緒に食べる。
何気ないことだが、私の夢の一つだった。

次々現れてくる、今まで絵本でしか見ていない動物たちの側まで行って見ている娘。その姿を写真に納めようとする私。
それも夢だった。

ま、京都に来るまではこんな日が来ようとは思えなかったからなあ。

観覧車やミニ鉄道に乗り、ウサギや天竺ネズミ、ミニブタ、山羊、羊に触り、たくさん遊ぶ。

さらに、遊具を発見して遊び倒す。ゾウさんの鼻の滑り台やらなんやら。大満足の娘である。

ところが、メガネザルのところで泣き始めてしまった。メガネザルのところには生まれたばかりの小猿とおとうさんとおかあさんの猿がいた。

Megane

娘のお母さんは途中から市内に買い物に行って、その時は「バイバイ」なんて言っていたのだが、このメガネザルを見たら、思い出したのであろう、大泣きであった。

私は抱っこして、車に乗せて、落ち着くのを待って家路についた。
成長しているなあ。

「お父さん、怒っちゃダメ」

5/2-2

昨日は何をしていたかなあ。
と思い出すが、はて、一瞬思い出せない。
GWである。

高速道路は、名神と阪神で60キロも渋滞しているらしい。たしかに、京都東から淡路島の手前まではとんでもないことになっている。あそこはもうどうしようもなからなあ。

関東の高速道路は、東京から放射状に広がって行く構造になっている。ま、都会から地方へといく道である。しかし、関西は年を繋ぐ高速になっている。京都、大阪、兵庫と。さらには四国や九州に行くのも、ここを通るのである。だから渋滞は続くのだ。

夕方にガーデンに娘と一緒に散歩に出かける。
藤の花が咲き始め、ブドウの良い香りが漂っている。
さらに、モッコウ薔薇も咲き始めている。
こうなると、ガーデン一面が薔薇で埋め尽くされるのもあと少しである。

Mokkou

ガーデンで働いている人は何人かいるけど、久しぶりに会うおばさんに昨日は会った。娘のことは、娘が奥さんのお腹の中にいる頃から知っている。

「あら、久しぶり。まあ、変わらないで可愛いわねえ」

と嬉しい言葉。いわさきちひろさんの絵の中に出てくる女の子に似ているとずっと言ってくれるのだが、それはまあ、褒め過ぎである。でも、それも嬉しいのが父親であるf(^^;。

夕方、ちょっと頭に来たことがあったので、イラッとしていたのだが

「お父さん、怒っちゃダメ」

と娘がいう。いやあ、びっくり。素直に、イラッと言うのを止めました。これからもこうして娘に注意されながら行くんだろうなあと、なんかニヤニヤしてしまったお父さんであった。

2010/05/02

『テルマエ・ロマエ』と『イケてない10代』

5/2

昨日は、本屋でごっそり本を買った。嬉しくなって昨晩から読み進めている。まあ、読むというよりは資料として見る本も多いのだが、あるいみ至福の時である。

気になっていたのが、

『テルマエ・ロマエ』(ヤマザキマリ著 エンターブレイン)

である。マンガ大賞2010年を受賞したマンガで、風呂をテーマにしたマンガなのである。マンガと風呂。両方とも好きな私としては、すぐにでも読みたかった本なのだが、買いに行く機会が無かった。

爆笑であった。くっだらねーと思いながら、一気に読んだ。
こういうストーリ展開があるとはなかなか面白い。

著者のヤマザキマリさんの生きてきた中で手に入れてきたものを、マンガと言うフレームの中で、このように提示できるのだなあと面白く思う。

今生きているその時は、実に無駄に感じる人生の時間もある。ただ、そこを無駄だからあがくのをやめたとしてしまうのと、今は答えはでない、出せないけど、その出せない自分なりの持ち駒であれこれやっていると、後で大きな力や形になって返ってくるってのは、割と本当の部分が多い。このマンガもそうなんだなあ、
と作品の内容だけではないところで感心する。

同じく、作者の人生が一つの作品になったものとして、

『イケてない10代』(冬川智子著 メディアファクトリー)

もなかなか良いマンガだ。

作者は「おわりに」で自らこう書いている。

引用開始 ーーーーーーーーーー

それにしても、イケてない思い出を、こうして漫画にできる日が来ようとは。あの頃の悶々とした悩みは、この漫画を描くためだった。今はそう思えます。

引用終了 ーーーーーーーーーー

あの頃の自分は、早くここから逃れたい、脱出したいと思ってもがいているのだが、出られないまま悶々と過ごす。しかし、あれ、ひょっとして脱出できたかも?と思えた頃は、こうして自分の人生の土台を作ってくれていたんだなあと思えるわけです。

そして思うのは、人生はいろいろな逆転が起きるということです。良い方から悪い方へ。悪い方から良い方へ。どちらへも。

生徒の時代、学生の時代というのは、まあ3年とか4年とかの短い期間でその場を過ごすわけです。ところが、学校を卒業すると、もうそれは社会なわけです。

そこから新しいスタートを切るのですが、学生時代にノリノリ、イケイケ(死語?)だった人が、そのまま行くかと言えば、ま、そんなに社会は甘くないわけです。それまでの人生の世界観と違う世界観で生きて行くわけですから。

もちろん、学生時代になんだかパッとしない人だったのが、社会でもの凄く光りだす人もいます。力を発揮する人もいるわけです。

社会に出て10年ぐらいすると、実際に自分の周りにいろいろなことが起きて、いろいろなものが見えるようになってくるわけです。

私も高校時代のあれこれしていた自分に

『ま、いいんじゃないの、それで。人と違っていても良いと思うよ。それなりに良い人生が待っているから、ま、がんばれ』

と声をかけてあげたいなと思うことがありますf(^^;。

読書はやっぱり面白いなあ。

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