« 2010年6月20日 - 2010年6月26日 | トップページ | 2010年7月4日 - 2010年7月10日 »

2010/06/30

家から火急の用件のメールあり

6/24

5時半に起きて仕事に取りかかる。土曜日の明日の教室東京分校の講座の資料の最終調整である。印刷をして下さる、東京の佐瀬先生には申し訳ないのだが、ギリギリまでアイディアを温めていたので、この日の完成を目指すと言うことになってしまった。

ダーッと書き出して、それをPagesで整えながら作って行く。取り敢えず9割ほど出来たところで、風呂に入る。いま風呂の中で読んでいる本が佳境に入っている。それを楽しみつつ、今日のスケジュールを確認しながらお湯の中にいる。

一限は、コース会議。抱えているのは問題ではなく、課題。あれこれ話し合って最適解を求めようとする試みである。

良い指導をしたい。
これだけである。これだけのために会議なのである。

良い指導とは、学生たちに力が付く指導である。その目的のために、考え方や指導の方法で、違う部分は尊重し、同じ部分は共有し合ってやっていこうというのが、児童教育学科の先生方の基本的な考え方、つまりは哲学である。

90分たっぷり話し合う。

二限は、四回生ゼミ。
遅れていた一人の卒論テーマ発表を終える。良かった。
その次は、採用試験の面接で聞かれる定番のテーマ。

「あなたはなぜ、教師になりたいのですか?」

にどう答えるかである。これは実は難しいと言えるし、答えやすいとも言えるのである。時間の関係で3人しか指導は出来なかったが、核心のところは、ゼミ全体に伝えられたかなあと思う。来週も続ける。

ゼミが終わって、研究室に戻りMacを確認したら、家から火急の用件のメールあり。慌てて家に電話をする。

娘が自分で自分の髪の毛をバッサリと切ってしまったというのである。奥さんが相当うろたえているので、いったん帰宅する。確かに、バッサリ切った髪の毛の量を見ると、相当切ったんだろうなあと思うのだが、実際の娘の頭を見てみると、
(ん、どこだ?)
という感じである。

かなり髪の毛の量が多いので、ちょっと失敗したシャギーという感じぐらいで私はまあいいかなと思うのであった。

奥さんが、東京に行ったときに髪の毛を切ってきたので、
「自分も切ってもっときれいになりたいと思ったの」
と、後日幼稚園の先生に話したそうな。

まったくf(^^;。

その後、四回生ゼミのお誕生日会。
一人の学生のために、物語を作って撮影して、動画編集をして映画を完成させた。

それを本人にドッキリ企画で上映である。
大成功。
なかなか楽しい。
作品としても良いものができた。

こういうのをどんどんやれるような学生たちに育ってほしいなあと思う。

大学に戻って、インタビューに答える。
大阪教育大学の学生が、インタビューをしたいというので受ける。あれこれ話す。その中で

「どうやったら学級担任の仕事、学級経営などを勉強することができるのでしょうか?」

という大きな質問を受け付ける。

『非常に簡単なのは、京都橘大学の児童教育学科を受け直すことですね』

と答える。実にその通りなので(^^)。ただ、そこまでは勇気がないということなので、家本芳郎先生の一連の著作を紹介する。

3時間弱おつき合いする。

家に戻ると、笑顔の娘。でも、お母さんを悲しませることをしてしまったという感じはあり。

ま、何はともあれ良かった。

ふう、疲れた。
ワールドカップに向けて、寝よう。

合同教授会

6/23

昨日東京から帰ってきた娘は、疲れているのか朝はちょっとぐずり気味のわがままであったが、幼稚園に行く頃には調子が戻ってきて、嬉しそうに
「いってきま〜す」
とマンション中に響く声で玄関を出て行く。
良かった良かった。

娘をプレ幼稚園に送り届けて、そのまま大学に向かう。プレ幼稚園に着くとあれこれ荷物を所定の場所に置くのだが、今ひとつよくわからない。そこで、娘に聞くことになる。きちんと教えてくれる。たいしたものだ。

研究室に着いて、日本茶を入れる。東京の教え子からもらった日本茶だ。お茶を入れるお湯の温度、時間、さらには自分の体調や天候によって味が変わる。今日は少し苦めに入れてみた。体がしゃきっとする。

研究入門ゼミでは、教師の嘘について講じる。教師は嘘をついていいのか? 私の答えは、良いである。嘘はついていいのである。いや、付かざるを得ない場合があるのである。

ただし、ついてはいけない嘘もあるし、本人が自覚しないままについている嘘もある。ここは注意してやめなければならない。

この辺りのことは、「教師のうそが許されるとき」『児童心理』(金子書房 2009/7所収)に論じたことである。興味がある方はご覧いただきたい。


その後、文学部と人間発達学部の合同教授会。文部科学省のGP関連に関わっての合同教授会である。

なんというか、とても嬉しかった。
私が大学に着任して5年になるが、その5年前に描いていた学生たちの学びの交流のための青写真が、こうして具現化していく姿をこんなに早く見ることができるなんて、とても嬉しかった。

私が一人でやるのではない。京都橘大学の文学部と人間発達学部のすべての学科でいろいろな先生方と共同で、共通して行っているのである。

大学でこんな風に仲間たちと、先輩たちと一緒にできるというのは、なかなかないんじゃないかと思う。学生たちを育てるためにあれこれやってきたこと、これが評価されGPに採用され、さらに、それを発展させることができる。幸せである。

その後、さらに学科会議。
来年度以降のあれこれについて。

知的体力を使い続ける水曜日であった。

ジャパニーズポートフォリオ学習

6/22

教科教育法(国語)では、ジャパニーズポートフォリオ学習について。なんのことはない、和綴じ本の作り方を教える。

最近では、インターネットにも和綴じ本の作り方はあれこれと紹介されている。だから、それを見ながら作れると言えば作れるのだが、普通の人は作らないだろう。

私が最初に和綴じ本を習ったのは、大学生のときの書写教育法だったと思う。自分の書いた作品を「粘葉本」と「和綴じ本」の二種類に装丁して提出するのである。

習っていたときは、
(こんなもん習ってもなあ)
という思いもあったが、いまは本当に良かったと思っている。学生たちには、このうち和綴じ本の作り方を教えている。

私が大学に籍を移してから、ずっと国語関係の授業と入門ゼミでは教えている。折角京都の大学に来ているのだから、こういうのを習っておくのも大切なことだと思っている。だから、大学での私の教え子は、みんな和綴じ本が作れるはずである。

ちなみに、中学のときの教え子も作れるはずである。彼らには粘葉本の作り方も教えた。ということは、中学校の方がたくさん教えていたことになるなあ。うむ。

学校は、プリントが多い。
印刷紙、配って、あとは自分で管理しておくようにということが殆どである。私など、この管理ができなくて、いつもプリントをなくしていた口である。

簡単にそして、なくならない管理の方法はないかというのをいまでもあれこれ考えている。

で、この和綴じ本は、学んだときに活用したプリント、作品などそれら一切合切をあとからまとめることになる。この、あとからというのがいい。

綴じながら、自分の学びを振り返ることになる。そして、綴じたものは、大概捨てない。というより、捨てられない。自分の本棚に、一年間学んだ結果がまとめられた和綴じ本があるってのは、結構いいものだと思う。

配るのであれば、その最後までを見通した指導を考えたい。

授業後、卒業生のTくんが来研。マックの専門店に就職した彼は、時々やってきてくれて私のマックの相談に乗ってくれる。

ありがたいことに、今回はiOS4のアップデートの日。iPod touchから送られるメールがG-mail経由になってしまう問題や、研究室の無線LANの不具合の調整などをしてくれる。

マック談義をしながら、教育への活用についてあれこれアイディアを交換する。
これからもよろしくね。

« 2010年6月20日 - 2010年6月26日 | トップページ | 2010年7月4日 - 2010年7月10日 »