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2010/08/25

I am off.

8/24

寝汗をかいていて5時頃に起きる。
そのままハンモックに移動。
まだ太陽が昇っていないので、暑くない。

今日も朝からだらだらである。
いいのだ。
あれだけ仕事をしたのだから、私はだらだらでいいのだ。

I am off.

で、昼前から出かける。
目の前が琵琶湖というところに住んでいるのに、この夏、琵琶湖に入っていない。これはいけない。

161号バイパスを北上し、近江舞子に向かう。
ここは白砂が4キロ続く琵琶湖でも屈指の「快水浴場」。注射料金1500円は高いなあと思うが、まあ一夏で一年分の収入を上げなければならないのだから、仕方がないか。

平日ではあるが、結構なにぎわい。
ま、それでも芋を洗うということではない。
そこそこに人が居るということだ。

早速、お手頃な松の木を求めてハンモックを吊るす。
いやあ、近江舞子広しと言えども、マイハンモック持参は私だけであった。はははは。

だが、このハンモックあるなしは圧倒的に違う。
蟻は体に来ないし、風は通り抜けるし、ゆらゆらだし。

奥さんと交代で娘を琵琶湖で遊ばせる。
なんというか、そこにいる若者たちが良い感じだったなあ。小さな子どもを連れた私に配慮をしながら遊んでくれている。

水の中で大騒ぎしているのに、娘と私が通りかかったらその動きを止めてくれる。また、娘が叫んでいたら手を振ってくれる。滋賀の若者と言い切れないかもしれないが、そんな若者が多く居た近江舞子であった。

あ、帰ろうとしたらうちの大学の一回生二人に声をかけられた。どこにでも居るもんだなあ(^^)。

帰宅したとたんに、雷。
凄かった。
気温が急激に下がり、風、雷鳴、閃光、大雨である。

夏の琵琶湖は15分で快晴から、嵐に変われる。あっという間である。ヨットが遭難するのはそう言うこともあるのだと思う。

その後、我が家が大嵐。
娘が嘘をつくのだf(^^;。

夕方なのにカステラを食べたいと言い張る娘。私は、夕ご飯前なのでダメだと言った。すると、母親のところに言って許可をえる。
「お母さんは良いって言ったよ」
と。
『じゃあ、お風呂に入ってから。そして半分だけだぞ』
と風呂から私が言う。
しばらくすると、洗面所で音がする。
『ん? いるのか?』
と扉を開けると走り去る娘の姿。
『おい、食べていないだろうなあ』
すると
「食べてないよ〜〜〜」
と大声。

風呂から出て確認すると、ぺろりと一つ食べている。私はここが勝負所と腹をくくる。

『お父さんは、お風呂から出て来たら半分だけ食べて良いと言ったよね。それに食べていないと言ったよね。なのに、なんで食べているんだ。嘘はダメ。許さない』

そこからが大変。泣きじゃくり、あれこれ謝る前の条件を出し、ごねるごねる。何回も謝る機会を与えるが、謝らないので寝室に連れ戻しを繰り返す。まあ、小一時間はやったであろうか。

最後は、泣き叫びながら
「お父さん、ごめんなさい!」
という。もちろん、抱きしめて許す。
すると、けろりと直る。

「鳴いたカラスがもう笑った」

私の娘のためにあるような言葉である。

その後はすっかりと機嫌を直し、お父さんに甘え続ける娘。
結局、娘に振り回されるのは同じで、それを喜ぶ私であった。

I am off.

2010/08/24

こんな言葉遣いをされてしまうと、つい笑ってしまう

8/23

朝、弟家族を見送くる。そのまま娘を近くの子どもを遊ばせる施設に連れて行く。娘と遊ぶのは私の夏休みの重要な時間だ。

ところが、なんと今日は月曜日で休館日。がーん。しかたなしに急遽近くの公園に切り替える。さすがに夏の午前中の日差しもあって、他には誰もいない。

『暑いから、少しだけしか遊べないよ』

と言って聞かせて遊ばせる。
帽子は持って来てなかったが、ここも木陰が多く良かった。飲み物は水を買えば良いかと思ったのだが、水の飲める水道があったので、これは良かった。

ところが、娘は体中に水を浴び始めてしまった。
いやあ、参った。
折角のワンピースが水だらけだ。

これは大変だ。慌てて乾かした。
こういうとき夏の直射日光はすごい。
あっという間に乾く。

それにしても娘は、最近どんどん言葉を覚えていく。
「まったくもう、わがまま娘なんだから」
と自分のことを言う。確かにわがまま全開で生きている。

さらに
「実は、〜」
「ちょっと確認してみる」
「もう、信じられない」
「がんばっているからね」
「お母さんが応援してくれてるね」
「お父さん、聞いている?」
「もちろん!」
なんて言い方も覚えて正確に使っている。
その一方でなんだかよく分けのわからない言葉での歌も歌っている。

叱っているときに、こんな言葉遣いをされてしまうと、つい笑ってしまう。

午後はだらだら。
集中講義の熱が体から抜けて行かない。
だから、だらだらする。
掲示板を見ながらだらだらする。

ああ、夏休みだ。

「集中講義 特別活動論」が終わった

8/22

(ああ、こんなに忙しい夏は、来年は絶対に過ごさないぞ)
と固く決意したのが去年。そして、この夏も同じように
(ああ、こんなに忙しい夏は、来年こそは絶対に過ごさないぞ)
と更に固く決意している。

そして、気がつけば八月ももう後半である。
あああああ。

全然アップしていないブログ。書きかけはいくつもあるのだが、まとめている時間がないなあ。ま、それはそれで置いておいて、久しぶりに、本当に久しぶりにブログを書こう。

この夏。
ブログの更新も出来ないほどの忙しさであった。

詳細は、時間があれば振り返りたいが、7/28に前期の授業が終了し、3、4回生のゼミ生と打ち上げをしたところから、忙しさは始まったと言っていいかもしれない。

授業のある期間の方が、当たり前だが授業を優先するので、リズムが作れているので忙しくないのである。

で、7/28から今日まで東京を3
往復している。ま、来週と再来週も東京に行くのだからこの夏は5往復となるわけだが。

まあ、それにしてもこの夏の一番大きな山である「集中講義 特別活動論」が終わった。本務である大学の授業が最優先されるべきであるが、今年はここに支障を来すのではないかと思われるほどだったので、授業準備は慎重に行った。

集中講義は、途中で修正が利かない。一日に4.4.4.3で行うので、その最中にあれこれ思いついても大きく修正することができない。いや、細かい修正も難しい。だから、スタートする前に15時間分をきちんとイメージトレーニングしておく必要がある。

それが昨日で終わった。今年は京都橘大学で私が指導をした教え子の、現役中学校の先生二人に来てもらって話もしてもらった。学生たちにはかなりインパクトがあったようだ。

「教師のイメージはどんなものがありますか?」
と卒業生の先生は聞いた。
学生は
「忙しい」
「大変」
などと答える。
先生は
「違います。超忙しい、超大変です」
と答える。

また別の先生は、自分が三年間でして来た失敗を元に、それをどうやって克服してきたのかを切々と語った。

とても荒れている学校で、掃除という一点に拘ってクラスを作り上げて行く一点突破主義を示してくれた。

この集中講義には、私は本当に教師になりたいものと、ライセンスだけ欲しいものと、何となく教師かなあと思っているものの三者が受講するのを、初めから理解している。そして、私はどうしても教師になりたいものに照準を合わせて授業をすると宣言してから始める。

15時間の授業でどこまで迫れるか。
これは毎年私の挑戦である。
学生たちにはアルバイトを外しておくことを強く勧めている。また、体調管理には十分気をつけるようにも言っている。

これは私にも同じである。刺激物を摂取しないようにし、寝るとき水分を十分にとり、6時間の睡眠は確保しとあれこれしている。彼らの人生の選択の瞬間に立ち会う授業ではないかと思っているからだ。

幸いにして、今年は授業最終日には、120人の受講生が一種のチームメイト、同じ教職を目指す仲間という感じでまとまるのを感じることができた。私がこの授業を通して裏側で私が立てた目標の一つが達成できたかなという思いである。

教員採用試験は、団体戦である。
その団体戦の団体、つまりは合格を目指すチームづくりはここから始めるというのが、私の考えだ。

さ、しっかりな。

午後からは弟家族が埼玉からやってきた。520キロを運転してだ。山陰の旅をするその途中で、立ち寄ったのだ。うちのマンションにはゲストルームがあるので、そこに一泊するのだ。

甥っ子も随分大きくなった。
近くの公園で沢遊びをする。
沢ガニがけっこういるのには、私も驚く。

公園にハンモックを持参し、桜の木陰で寛ぐ。木陰がこんなに楽しみを与えてくれるとは若い頃には思わなかったなあ。
春は見上げたところがすべて花になるのかと思うと、これも実に楽しみ。

ちかくのレストランの予約がうまくいかなかったので、餃子の王将にでかける。いやあ、一番込んでいる時間帯だったようでここも一杯。30分近く待つ。ま、そういうこともある。

夜、学生たちの授業感想掲示板を読みながら、集中講義の熱が体に残りつつ寝る。


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