« 2010年1月17日 - 2010年1月23日 | トップページ | 2010年1月31日 - 2010年2月6日 »

2010/01/29

なんとなく、春の陽気

1/29

本当は雪の多いところに娘を連れて行く予定だった。

あるHPを見るとそこまでは路面も除雪してあるので普通のタイヤで大丈夫だとあった。いま、スタッドレスタイヤを装着してある325iは点検なので、ない。代車である。だから、ノーマルタイヤで大丈夫なところをさがしたのだが、今日違うHPを見たら冬用のタイヤが必要とあった。なんと。

急遽取りやめて、結局近場の公園に行く。
なんとなく、春の陽気。

娘も滑り台で満足。

琵琶湖の畔のお店でランチ。パスタを食す。昨日も昼はパスタだったが、問題は無い。

食事後店の前の広場で少し寛ぐ。
この店はちょうど我が家の対岸なので、我が家がよく見える。
写真の右側の山が比良山で、左側の山が比叡山である。

Biwako

こんなに凄い景色なのに、広場にはほとんど人がいない。
貸し切り状態である。
大津市大丈夫か、と思う一方で、独占できて嬉しい。

家に戻って、原稿を書き進める。
コラム原稿を大量に書くことになっている。
指の爪を切って、キーボードのタッチに違和感が無いように整える。そして、だーっっと書き進める。

3000字ぐらい書いた。

夜は、蒸し野菜のオリーブオイル掛けや、ペペロンチーノオイル掛けで楽しむ。
菜の花にペペロンチーノオイル掛けはこれ。

Nanohana

うまひ。
春の命である苦みを、堪能する。

脳内BGMは、所ジョージさんの「春二番」であった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

角の喫茶店でコーヒーを飲んで 湯気が渦を巻いて鳴門に見えた
角の喫茶店でトーストを頼み レシートを丸めてポケットに入れる
角の交番でレシートを見せて おトイレを借りて流さずに帰る

心の片隅に春が来て ついでに頭の片隅に 菜の花が咲き放題
まして春は山に来た野にも来た

角の小池さんにお嫁さんが来て 挨拶回りでうちにもやってきた
つまらないものですが 受け取ってください
つまらないものでは 受け取れません
その日小池さんは 笑っていたけど
次の日ゴミ置き場を 見て泣いていた

心の片隅に春がひねくれて ついでに頭の片隅が コブラツイストの弓矢固め
まして春は山に来た野にも来た

引用終了 ーーーーーーーーーー

名曲である。

さ、明日の「明日の教室」があるので、もう寝よう。

2010/01/28

娘との一日

1/28-2

折角午前中はOFFにしたのに、外は雨。晴れたら滑り台に連れて行ってあげると約束していたのに、外は雨。娘はつガッカリしている感じ。

だが、こういう時こその室内施設である。大津市には就学前の子どもたちを対象にした室内施設があるのだ。ありがたいことに、車で10分程度の所にある。でかけて行く。

室内には三種類の木製の滑り台がある。娘はこれを十分に堪能。

「お父さんも一緒!」

というのだが、周りを見ると親は近くにいて一緒に滑ってはいない。うーん、どうしたものか。滑り台の強度を確認して、娘のリクエストに応えることにする。

『うりゃりゃりゃあああ』

と言いながら、滑る。

途中で、お話タイムがあったり、運動タイムがあったりして飽きること無く過ごすことができた。ま、運動タイムは娘はみんなと一緒にやらないで、

「滑り台!」

と言っていたので、私は

(さすが、わが娘。人と一緒のことはしたくないのね)

と感動であった。

昼ご飯を食べ、午後から出かけようと思ったのだが、諸般の事情で出かけられず。結局娘と遊ぶ。早めに風呂にも入る。

夜、ビールを飲んでいると、ビールグラスを見つめる娘は、

「ピンク、青、緑!」

と泡を見ながら叫んでいる。

(え? ビールの泡でしょ)

私には白としか見えないので、なんのことだかさっぱり分からなかったのだが、びっくりした。ああ、確かにピンク、青、緑なのである。

テーブルの上から照らしている灯りは、ハロゲンランプである。これは赤みを奇麗に出してくれるので、通常スーパーの鮮魚や精肉売り場の上に設置されている。食卓の料理も美味しいものがさらに美味しく見える。

で、その灯りで見たビールの泡の表面には、確かにピンク、青、緑の光が輝いているのである。白い泡の白を細かく見れば、色々な色があったのであった。いやーびっくりした。

「負うた子に」ではないが、ものを見るということを娘に教わったのであった。

娘との一日の最後は、食事の後の、歯磨き。
自分で磨かせた後、仕上げは私か奥さんがする。

ところが、今日に限って、仕上げを自分でやるという。

『仕上げを自分でやるのは、10歳になったらね』

と私が言う。なんとなく理解した様子の娘。
そして、自分でやりながらお母さんのところに向かう。

「10歳だから、自分で」

と言っている。おいおい。いつから10歳になったんだ。2歳4ヶ月だろう(^^)。しかし、仕上げは自分でやると頑として譲らない。そこで、

『分かった、仕上げは自分でやってね。だから途中をお母さんがやるからね』

というと納得。ああ、朝三暮四である。故事成語を勉強しておいて良かった。

娘との一日であった。

さ、明日は、え、明日は、どうするんだっけf(^^;。
おやすみなさい。

西川純先生と藤川大祐先生の対話

1/28

いやあ、実に面白い。面白いというのは、funny,exciting,interestingの三種類の英語があるが、すべてが綯い交ぜになっている面白さである。

ブログでも紹介した西川純先生と藤川大祐先生の対話である。ツイッターで行われている。ライブで見ることのできる私は、両先生と親しくさせていただいていることもあり、とても贅沢な気持ちで対話を拝見している。

私も、この議論に加わろうかと思った場面もいくつかあった。しかし、この美しい対話に加わるのは、対話を濁すような気がして私は見ることにした。

何が美しいのか。

1)お互いの立場を尊重している。
2)事実は何かを確認しようとしている。
3)間違いや誤解があれば「君子豹変する」
4)人格の攻撃は一切ない。
5)学問的真理に対して貪欲である。

まだまだあるとは思うが、こういう議論をツイッターで見ることができるってのは、相当凄いと思う。

逆に考えれば、学会でこのレベルの議論が行われるだろうかと思ってしまうのである。もちろん、学会は論文の発表をもとにしながら行われる議論であり、論証がされたと推定される論文を元に行われるのである。

しかし、このツイッターで行われる議論のクオリティは、論証はないかもしれないが、論証とは別の学問的な幸せを与えてくれている。このツイッターでの議論を元に論文や著書をひも解き学ぼうとするものが出てくると思う。

以下にそのほぼ全容がある。

http://nearmetter.com/daisukef/jun24kawa

http://togetter.com/li/4221

味わっていただきたい。

なお、味わってもらいたいのではありますが、じっくりと読むよりは、読み飛ばすスピードの方が、あのときの臨場感が出ると思います。

「鍋パーティ」

1/27-2

その後、学生の相談に乗り、教授会に参加し、さらに事務仕事を進め、いよいよ本日のメインイベントの「鍋パーティ」に参加するのであった。

鍋パーティは、一回生のゼミの打ち上げである。もちろん、18歳であるからしてノンアルコール。ノンアルコールで、鍋を突っつきながら大学生活の一年間を振り返るのである。

ゲーム、クイズなどをしたあと、ムービーを見る。もちろん、このムービーは学生が作ったものである。入学式から最近までの写真をもとにフォトストーリー3で作ったムービーである。

今年で三回目の鍋パーティである。ムービーも三本目である。12分ぐらいの作品であったが、学生たちはもちろん教員も感慨深い思いで見ていた。

児童教育学科の一回生は鍋パーティ。そして、そこにはフォトストーリーで作ったムービーというのが定番として定着している。そこに関わっている私としては、非常に嬉しいものがある。

集合写真を撮り、片付けをしてお開きとする。

急いで自宅に戻る。娘が寝ているかどうか分からないので、そっと玄関のドアを開ける。寝室を見ると蒲団を被っている。
(よしよし、寝たな)
と思っていたら、5分後になぜか娘がリビングにやってきた。

「かくれんぼ!」

というではないか。
奥さんと一緒に、私から隠れていたのである。で、見つけてくれないので自ら名乗ってきたという次第であった。そんなの分からないって(^^)。

授業最終日の夜、Appleの新製品を楽しみにしつつ、寝る。

2010/01/27

「教員養成大学には、学級担任論を設置すべきである」

1/27

二限の「学級担任論」で今年度の授業はすべて終了。いつもながら駆け抜けてしまえば、早い早い。

本日は、一年間の振り返り。まとめである。その前に、少し話す。

『学級担任論の授業を受けて、本当に教師になれるのだろうかと不安になる学生が多いであろう。私にこんな仕事ができるのであろうかと。だが、ちょっと待て。誰も今のキミにそんなことを期待してはいない。

学級担任の仕事の最先端のあれこれを君達に講義しているのであって、それが大学二年生の君達にできるなんてことを期待してはいない。というか、なんで最先端のことをできないとガッカリ来るのか。君達は相当自信があるのか、ないのか。

10年後に、追いつけ。20年後に軽々と追い越し、颯爽と学級経営をして授業に取り組んでいる君達であれば良い。そのために、一年目を生き抜くために、守りとしての学級担任論を後期はやってきているのである』

私に言わせれば、野球を本格的に始めたばかりの中学生が、大リーグの野球を見て
(ああ、無理だ。僕は野球選手になれるのであろうか。諦めた方が良いのか?)
と言っているのと同じような気がする。

野球の例えならおかしさは分かるであろう。
悩んでいる暇があったら、努力を重ねるのだ。

で、今日の講義は先週と同じく、『こんな時どう言い返す』方式で行う。シラバスに一回について学級担任の仕事で重要なものを一つ取り出し、その場で口頭で答えさせる。

三人一組になって、私が課題を読み上げ、学生が2分で解決策を考え、1分で他の二名に話す。そして、それを三回やる。その後、私の方で解答例と解説をするという方式である。

例えば、

■□■

1)あなたは小学校3年生の学級担任です。採用試験に合格して初めて担任を持ちました。
以下の状況になったとき、担任のあなたはどうしますか。

引用終了 ーーーーーーーーーー

始業式後の休み時間が終わり、学級活動の時間になりました。ところが全員そろっていません。
外でドッヂボールをしているらしいのです。
しばらくして、ドタバタとやんちゃな男の子集団が教室に帰ってきました。小学校3年生といえど、やんちゃ坊主はなかなかのものです。遅れてきてごめんなさい、の一言もありません。何でもない顔をして、席に着きました。
初日にして、式の最中に騒ぎ、時間を平気で守らない子どもたち。

学級開きの最初から、多くの問題が発生していました。
新卒草々の私は、クラスを統率する者として、さっそくひとつの決断を迫られました。
「子どもを叱るべきか」「最初だから、不問にし、楽しくやるか」

引用終了 ーーーーーーーーーー

『ちょっと先輩からアドヴァイス 若い教師の成功術』(大前暁政 学陽書房)p.p.16~18より

さて、諸君ならどうするであろうか。この立場の教師になって、この後の台詞を述べること。

■□■

である。

全部で17問作ったのだが、実際にできたのは6問。残りは、来年度4月から『授業づくりネットワーク』で四月から一年間連載予定の「やさしい学級担任論(仮題)」の中で論じていくことにしよう。

学生たちからの授業の感想を見ると、この授業は昨日のディベートの授業と違って、児童教育学科の必修ではなくて、教員養成課程のある大学の必修授業にすべきであるという意見が出ていた。これは素直に嬉しい。

「国語科を実技教科にしたい、学級を楽しく経営したい」というのが、私の従来の主張であるが、もう一つ

「教員養成大学には、学級担任論を設置すべきである」

という主張もこれからはきちんと始めたいと思う。

君達にはプレーヤーになってもらいます

1/26

昼前に大学に行く。夜、熱が出てしまったので午前中は大人しく過ごす。GPの打ち合わせ、学生の相談に乗ったりしながらして午後を過ごす。

その後、日本語コミュニケーション技術1(ディベート)の最後の授業。本日は、決勝戦である。

論題は【日本は教職課程を六年制度にすべきである。是か非か】である。ディベートを学び始めた教員養成課程に所属する大学一回生にとっては、良い論題であろう。実際、回を重ねるに従っていい試合になっていった。

今回、決勝戦で私は初めてジャッジをした。できるだけ学生たち自身の判断で試合を進めることをさせていきたいと言う目標があったので、やり方は教えてあとはやらせるということをしてきた。

ただ、今回は最終戦でもあり、ジャッジというものがどのようなものなのか、その見本を示すと言う面もあって、私もやった。試合に出ない学生たちには、オーディエンスジャッジを依頼し、さらにベストディベーター賞を選定してもらうことにもした。

全ての試合が終わり、判定も終わり、学生たちと一緒に記念写真を撮る。一回生にとってはなかなか激しい授業であったろう。何、私が怒鳴るとか、毎回テストがあるとかと言うことで厳しいのではない。この授業は、

『君達にはプレーヤーになってもらいます。ウォッチャーではありません』

と最初に宣言してある。自分と仲間で調べて考えて議論して、授業の準備をしないことには進まないのである。そして、授業中も自分たちで発言して、メモして、発言していかないとダメなのである。そういう意味で、とても激しい授業なのである。

授業が終わって学生たちの感想を読む。
今年も、彼らは大変だったが良い時間を過ごしたのような感想を書いてくれた。力がついたとも。さらに、なんでこの授業は必修ではないのか、児童教育学科はディベートの授業を必修にすべきだとも。

大学一回生で、議論の作り方を理解するというのは、とても意味のあることだと私も思う。それに気がついた学生は必修にしようというのであろう。そうなったら面白いだろうなあ。

その後、研究室で仕事で残っていたら、留学している学生が帰国している時のご挨拶ということであれこれ話す。進路の相談である。本当にこればかりは正解は無い。正解にするしかないのである。

私の生き方が参考になるかと言えば、それも怪しい。私はその状況、その場面ではこのような選択をした。そして、その結果いまはこうなっているとしか言いようがない。その話を聞いて、何かの役に立っているのであれば、うれしい。

ま、私のことを三十代後半の年齢だと思い込んでいた学生であるからして、人を見る目があるので大丈夫だとは思う(^^)。

そして、さらに残って翌日の本年度最後講義「学級担任論」の準備をするのであった。

「早く帰ってきてね」

と朝娘に言われたが、今日も帰宅は遅い。
すまん、娘よ。
お父さんのお仕事は、準備が大事なんだよ。

2010/01/25

もっと成長せよ。期待している

1/25

ふう。

朝起きて鼻風邪が治っていないのを確認。昨日のうちに、喉に手当をして、寝たのだがダメだったようだ。娘から奥さんに、奥さんから私へと移ってきた風邪であろう。今週から年度末のあれこれの忙しいところに突入する。たっぷりと寝て、乗り切ろう。

三回生ゼミは、今日で終了。あっという間に終わったというのが実感だ。後期は卒業論文に向けてテーマの発表を各自が行うことが中心。そこにあれこれと入れていったが、あっという間であった。

ま、個人的にはあれこれ会う学生もいるだろうが、ゼミ全体として会わなくなるのは、変な感じだ。

今日は、昨年末にNHKの会議に連れて行った学生たちからその報告。そして、先週のビデオ制作の上映会。さらに、サプライズのお誕生日会であった。まあ、これだけ良くネタが続くものだと思いながら、楽しんでいる私でもあった。

最初、私のゼミに集まったときの印象では、少しおとなしめの学生が多いかなと思ったが、見事にこれを気持ち良く裏切ってくれたのが彼ら彼女らである。こういう裏切りは何回あっても良い。

もっと成長せよ。期待している。

午後からは、事務のあれこれ。今年の夏のネットワーク集会は本学で行う。8/11,12日(琵琶湖で遊ぶオプショナルツアーは、13日)だが、ネットワークパーティが11日の夜に行われる。その会場の仮抑えをした。本学のクリスタルカフェだ。大会に向けて一歩前進。

第二教務課、学生支援課、第一教務課、学術情報課と回りながら事務仕事を一つずつ片付けていく。あ、頭が少しくらくらする。熱っぽいなあ。

お世話になっているオーパルの中岡さんが、学生たちと一緒に行ってくださっている「橘パル」の今年度の総括と来年度の計画の会議のために来てくださっていた。

折角なので、終わった後にお茶でもと、私の休憩時間にお付き合いしていただく。

その間にも電話が飛び交う。重要な電話もあるが、マンションの販売もある。だいたいからして、代表に電話をかけてきて名前しか名乗らないってのは、怪しい。今回もそうであった。

『すみません。もう10戸も持っているので要りません』

と答える。
同じ台詞を何回も言うと、そろそろ違うネタを考えようかなと思う。

さらに、GPに関して事務方から質問を受ける。小一時間あれこれと話す。GPのさまざまなことについて事務的なことを進めなければならないのであるが、その確認や指示をする。

その後、集中して仕事を進める。主な仕事は、学生の成績である。出欠席の確認、レポートの提出状況など、最終課題の提出があればすぐに成績が出せるように準備。

思っていたよりも順調に進んだので、ちょっと嬉しい。

で、今日締め切りの原稿が終わらない。
うーん、終わる予定であったが。
終わらない。

あ、ちなみにこの締め切りは私の設定してる締め切りで、本物の締め切りよりも一週間程度早い。

もう少し頑張ってみよう。
あ、ベロがビリビリしてきた。

熱よ、上がるなよ。

ツィッターでエキサイティングな議論

いま、ツィッターで、西川純先生@上越教育大学と、藤川大祐先生@千葉大学のお二人による「学び合い」についての議論が進行中です。リアルタイムで見られるのは非常に面白い。後からでもログを辿ってお読みください。このまま本にしても良いくらいだなあと思っています。

2010/01/24

幸せのおこぼれを貰って過ごす一日

1/24-2

ということで、本日は午前中はほとんど風呂の中と、ハンモックの上で過ごしていました。気持ち悪さは何も無く、ただまだぼんやりと眠たく気持ち良く、日差しを受けてまどろんだままの午前中でした。

昼ご飯を食べて、娘が昼寝に入ったのを確認してから、325iの三ヶ月点検に向かいました。小さなところではありますが気になるところがあるので、あれこれ指摘して預けてきました。元気になって戻ってきますように。

でも、今日はまだボーットしているかもしれません。
そんな一日もいいかなあと。
幸せのおこぼれを貰って過ごす一日でした。

忙しくも楽しい一日だった

1/23

忙しくも楽しい一日だった。

昼前に家を出て京大会館に。関西青年塾である。私は「学生を鍛える」というタイトルで40分ほどお話をする。会場にはその鍛えられている対象の学生たちが10人前後参加していた。なんとも変な感じ。証拠がそこに並んでいるわけであるからして。

今日は、福山憲市先生をお招きしての学級経営講座であった。私も非常に楽しみにしていたのではあるが、この日はダブルブッキング。私が二回目に卒業させた最初の中学校での教え子の結婚式にお招きいただいており、先生の講座を受けることもできないまま、自分の講座が終わってから、大阪の結婚式場に向かう。

京阪本線で淀屋橋駅まで行き、さらに乗り継いで桜川駅まで。披露宴開始20分前には到着し、会場までは徒歩5分と書いてあるので、まあ大丈夫かと思ったら、地図が分かりにくくて結局開始ぎりぎりに到着。最後の着席となってしまった。

席の隣は、昔の教え子。いやあ、元気そうで何より。ところが、着席したとたんに、司会の人が打ち合わせに。さらに、私の荷物の確認やら引き出物の確認やらで目が回る。本当は、トイレに行きたかったのだが、これもできず。そして、事前に一言スピーチをお願いしますと言われてはいたのだが、乾杯のスピーチとは思わなかったので、トイレにも行けず。うむ。

思うのだが、結婚式ではだんだんアルコールが入る前のスピーチを頼まれることが増えてきた。みんながまだシーンとしているところなので、丁寧にやらねば無い。

彼の中学校時代のエピソードを話し、謡を少しやってから、乾杯の発声とした。

面白かったのが、
『では、グラスを御持ちいただいて、乾杯と行きたいと思います』
と言ったところで、結婚式に参加していた4歳ぐらいの男の子が、
「かんぱーい!」
と言ってくれたので、会場がどっと笑いに包まれた。
『ありがとう。こっちに来て一緒に言うかい?』
と、こんなときどう言い返すf(^^;。

久しぶりの結婚式の参加であったが、手作りのあれこれがあり、自分たちで作ったフォトストーリー、新しい演出などもあり、二人の人柄が現れたいい披露宴であった。今年度末は、実はとても結婚式が多い。ま、こんな私でも呼んでもらった以上は、何かお役に立てればと思う。

良いなと思ったのが、結婚式場からのプレゼント。結婚式から披露宴までの写真を元に、その場でフォトストーリーを作ってしまい、披露宴のお開きの前にムービーで流すと言う演出。

新郎新婦は、出口でお見送りの準備をするのだが、その間、お客さんたちはフォトストーリーで一日を振り返るのである。時間差を生み出すために、この方法はいいなあと素直に思った。

体育大会の振り返りとか、合唱コンクールの閉会式にも使えるなと思った。というか、中学校現場にいたら必ずやるな。

お幸せに、堀。

そのまま、京都に引き返す。嘗ての教え子二人を連れて。日帰りの予定だったとのことだが、折角なので知り合いのホテルを紹介して、泊まることにして、関西青年塾の二次会に合流することにする。

学生たちは一次会で帰っていた。ま、そうだろうなあ。でも、嘗ての教え子と今の教え子が顔を合わせたら面白かったろうなあ。ちなみに、その教え子のうちの一人はガンダムの原画を描いているんだが、ガンオタがいたら面白いだろうなあとも思っていたのだが。

ま、そんなことは別にしても、やはり面白かった。
最終的には、餃子の王将1号店で三次会。
ま、最初っからここでもいいかなあとは思うのだがf(^^;。

で、当然タクシーで帰宅。教え子たちをホテルに送って、うちまでタクシー。結構乗ったなあ。で、この運転手さんが面白かった。

京都から東京まで夜の高速をカッ飛ばして、5時間半で到着したことがあるとか。新幹線が間に合わなくて、どうしても朝一番に届けなければならないものを持ったお客さんだったそうだ。ジュラルミンのケースに手錠を付けて持っていたとか。

何が入っていたかも教えてらったが、へーであった。

酔っ払いのお父さんは、娘の側に寝るのが憚られたので、リビングのハンモックで寝ましたとさ。
おしまい。

« 2010年1月17日 - 2010年1月23日 | トップページ | 2010年1月31日 - 2010年2月6日 »