« 2010年10月17日 - 2010年10月23日 | トップページ | 2010年10月31日 - 2010年11月6日 »

2010/10/30

HPの移行作業

10/29

朝、小さなトラブルがあって凹んだまま午前中を過ごす。気分を直すために近所に新しく出来たラーメンやに行ってみる。が、今ひとつ私の趣味ではない。

午後は、HPの移行作業に入る。今使っている.macのアカウントが11月には使えなくなるというのである。新しくHPを作る必要がある。

今のHPは、それこそOS9の時代のアプリケーションで作っているので、htmlのよく分からない私には、手動でコピペをしながら保存するのが、レイアウトを崩さないままでの保存となる。

ということで、http://homepage.mac.com/ikedaosamu/は、11月から見ることができなくなります。

元々このHPは、自分の実践の記録のために作ったと言う部分もあった。そこから、自分のための教科書を作ろうかなというように思い始めて作り続けていった。

やがてブログが登場し、フロー情報はブログ。ストック情報はHPという使い分けをしていくようになった。

実際、HPを作っていて良かったなあと思えることはいくつかあった。

1)大学院の書類申請
2)卒業生からのアクセス
3)資料提示

などだ。

1)14条特例で大学院に行くことを決めたとき、申請書類の締め切りが本当にギリギリであった。その時、自分が今まで書いて来た本や経歴等、このHPにまとめてあったものをコピペして提出したのであった。

ここにまとめていなかったら、このHPにアクセスできる場所にいなかったら、大学院はなかったし、京都で大学の教員というのもなかったはずだ。

2)ふと、思い出すのだろう。私の名前で検索してくる卒業生がいる。そして、メールを寄越してくれる。バーチャル同窓会の起点のようになっていることがある。

3)今の用途として多いのがこれ。自分の実践の紹介の際に、リンクを教える。または、講座のときにネットに繋いでその場でそのリンクの内容を見せるという使い方である。

データを移しながら、その記事をざっと読み直すことになる。もう10年ぐらい前のことなのだなあと思う。しかし、俺、結構良いことを言っているんじゃないの?と思うこともあったりする。自画自賛。

ま、逆に言えば10年前から進歩がないとも言える。これを教育の哲学を持ったという言い方で表現するのか、頑固になったという言い方にするのか。はたまた進歩がないという言い方なのか。欲は分からない。

近々リニューアルで登場ということにしたい。

嫌がって飲まなかったが、いい加減長引きすぎているので風邪の薬を飲む。鼻と喉の症状が和らぐ。読書が進む。

娘とリビングで遊んでいたら、外が赤い。
夕焼けだ。
リビングは東南に向いているので、夕焼けで赤くなることは基本的にはない。

だが、時々ある。
西の空の夕日(写真右)が東の空にある雲に反射して、一瞬赤く染まるのだ。この時間は長くても5分ぐらい。
慌ててカメラを取り出して撮影する。見事だった。

Yuukei

朝の凹みが少し緩和されるのであった。
オフの一日だった。

2010/10/28

今日指摘したことの一つは、「そして、また、この」という用語の使い方

10/28

朝から小さなトラブル。ふむ。体調が悪いとこんなものか。
娘がやってきて、話しかけてくる。

「○○ね、お腹にいる時、本当に寂しかったの」
『どうしたの?』
「お父さんに会いたかったの」

と娘。
ぅううう。
体内記憶があるとは思っていない。彼女にあるのは、優しさだと思う。

私が頭にきているので、慰めてようとしてくれたのだと思う。娘は時々こんなことも言う。

「○○がいなかったから、お父さんとお母さんは寂しかったの?」

と。

『ん、そうだね。寂しかったときもあったよ。でも、今は○○がいるから、とっても嬉しいよ。寂しくないよ。生まれてきてくれてありがとうね』

と言っているのがベースになっているのだろうなあと思う。わがままを言うときの娘は、怪獣だ。が、その怪獣に懐柔されている父さんであった。

午前中の卒論ゼミでは、卒論の進捗状況に基づいてあれこれ。このごろ、本屋に行って思うのだが、学生が選んだ卒論のテーマに関する本が、どんどん目に飛び込んでくる。そして、つい買ってしまう。親ばかならぬ、先生馬鹿である。ま、でもこうして牛に引かれて善光寺ならぬ、学生に引かれて新しい書棚ってのもいいもんだ。

いいもんだ。が、卒論の文章を読む限り甘いことは言っていられない。今日指摘したことの一つは、「そして、また、この」という用語の使い方についてである。

これらの言葉をきちんと使えないと、論理構造が崩れたり、論旨が曖昧になってしまう。しかし、書いている本人にはその意識がない。当たり前のことだが、文章を書いている本人は、正しいと思って書いている。さらに言えば、伝わると思って書いている。だから、間違いや読みにくさは発見しづらい。

しかし、その場でさっと読まされる文章で引っかかる場所を丁寧に読むと、やはり「そして、また、この」という言葉の使い方がダメであることが多い。通常、「そして」は使わない。「また」は等価のものが並立関係になるように書く。「この」などの連体詞の後は、何を受けているのかきちんと名詞を書くということが大事なのだが、これができない。だから文章が繋がらないことになる。学生の卒論の文章を元にして、あれこれ指摘する。

用語の定義、接続詞の使い方、目次の構成などがしっかりできていることが、とにかく大事だと考えている。

二回生ゼミでは実践記録をさらに読み進める。発表の仕方は分かってきたし、テキストも読めるようになってきているが、まだまだである。

書かれている事実が、一見平凡だと、その平凡なことに隠れている意味や価値が読み取れない。華やかな、派手なものは目につくので分かるのであるが、平凡なことに隠れている実践の宝が見えないのである。

ま、二回生では仕方がないか。読み方を教える授業でもあるのでと半分思い、二回生でこのぐらいできなくてどうするという思いもある。チクショウと思って、次回良い発表することを期待する。

帰る準備をしていたら、他のゼミの学生が卒論の相談にやってくる。一回生のゼミの時の学生である。卒論と卒業後のあれこれについて話を聞く。話をする。

『あと三ヶ月で四年間の授業期間はおしまいだなあ』
と話したところ、
「もう一回一回生からでも全然大丈夫です」
とのこと。
『いいから早く卒業して働け。または大学院に行け』
などと話す。
本当にあっという間だ。

「先生、元Cは凄く合格していますよね」
と言い出す。一回生の時のゼミのCクラスのことを言っている。私も薄々感じてはいたのだが、そうなのである。よく受かっているのである。採用試験も一般企業も第一希望に合格しているのだ。

もちろん、その後の学生諸君の頑張り、先生方のご指導が大きく影響しているのであって、私がやったことなんてのはほんの少しのことでしかない。それでも、そうやって学生が言ってくれることは、なかなか嬉しいものだ。

残念ながら、週末の大学祭は台風の影響で中止になってしまった。一期生にとっては最後の大学祭。一回生にとっては最初の大学祭。それぞれ思いはあるが、台風には勝てない。

延期に変わることを期待しつつ、週末を過ごそう。

あ、土曜日は、関西青年塾で講座をします
こちらはやります。
良かったらどうぞ。

2010/10/27

同じ事実から得られる情報の差の違い 実習指導と学級担任論

10/27

本日の学級担任論の授業は、昨日の教育実習訪問指導のことから。ここを導入にして、この授業をくくる。つまり、大きな伏線を張ることにする。

昨日の実習生の行う小学校5年生の社会科の授業研究授業は、自動車産業に関する授業で、その日は自動車産業の車の出来るまで。取り扱っていたのは、最後の部分で、ドア、エンジン、シートはどの順番で取り付けるのかということである。写真を児童に見せながら説明している。

教生は、この授業を進める上で、次のような発問をした。

「青いカバーは、なんでつけられているのでしょうか?」

最終点検をするときに、フロント部分に掛けられている「青いカバー」の役割について問いを立てているのだ。

私は、この授業を見ているときに、
(あ、この発問は子どもに混乱を生み出すぞ)
と思ってしまった。
そして、実際小学校の授業ではそうであった。

で、大学の授業で同じように学生諸君に質問してみた。

「青いカバーは、なんでつけられているのでしょうか?」

である。
学生諸君の答えは、ほとんど同じであった。つまり、「傷つかないように、埃がかからないように、汚れないように」であった。

そうである。大人はこの「青いカバーは、なんでつけられているのでしょうか?」という問には、この様に答えるのである。

しかし、子どもはそれだけでは無いのである。同じ発問であっても、立ち上げる問はずれることがあるのである。具体的に言えば、

・ なぜ、青なのか? 他の色じゃダメなのか?
・ なぜ、カバーなのか? シートではダメなのか?

ということに問いを立てる子どもがいる筈だと私は直感したし、研究授業では実際に出たのである。

ところが授業者の教生にはそれが見えない。実際の研究授業では、Fくんというある子どもが
「なんで青なんだ?」
と呟いていた。これは私は聞き取れた。その後、授業を見て参観されていた校長先生も同じく聞き取っていたことがわかった。

そして、Fくんはその後に見た別の資料では、緑のカバーだったのを発見して「なんだ、緑でもいいんだ」と言っていたのである。この間7分の時間が流れていたのであった。彼は7分間無駄になってしまっていたのである。

同じ時間に同じ授業を見ているのだが、見えているもの、聞こえてくる音は違っているのである。ここが見えるか見えないかが、経験の差であり、教員の実力の差であると思う。

教生や若い先生には見えにくい部分である。それは仕方の無い部分かもしれない。

だから、私が研究授業で指導講評を任される場合は、授業者の見えていない部分を、こうだったねと確認し、そこの意味を検討することを主にしている。

とまあ、そういうことを学級担任論の導入部で、昨日見た研究授業で印象的だったことということで話したのである。

これが今日の授業の伏線である。

今日の授業の学級担任論の授業の柱は、学級集団の分析、その目的と方法ということであった。

その分析の方法の一つとして、クラスの集合写真の読解の方法について講じた。

ここでは詳しくは述べられない。述べてしまうと、どこかで児童や生徒が読んでしまう可能性があるからだ。そうすると、学校教育現場に立つ学生たちがやりにくくなるから書かない。教育にはタネも仕掛けもあるのだ。それを全て明らかにしながらやるという立場を私は取らない。

で、その写真の読み取り方、クラスの人間関係の読解の方法を教えたのだが、学生諸君は結構ショックを受けていた。同じ写真を見ながら、私の読み取りと、学生諸君の読み取った情報とが大きく違うのである。

他にも私がExcelで記録していたクラスの日記も見せる。学生諸君に口を酸っぱくしていっている「記憶でなく、記録せよ」ということをだ。

事実からはたくさんの情報が得られる。しかし、若い先生にはこれが得にくい。これは事実である。しかし、事実の記録がなければ、そもそも読み取ることすらできないのである。

若さの持つ情熱も大事であるが、経験というものもなかなか馬鹿にできないものである。

同じ事実から得られる情報の差の違いに、ショックを受けるのである。経験はこれを可能にすることが多いのである。

であるからして、学生諸君、記録をとって、事実から読み取れる人たちに見ていただくというのは、とても重要なことなのだよ。記録はしっかりするのだ。

「青いカバーはなんのために?」

という問から、何かを見える人と、見えない人がいるということを思い起こして欲しいのだ。

はい、今日の授業はおしまい。

発熱している割には結構頑張ったかもしれない。自画自賛である。








2010/10/25

世にも奇妙な物語であった。

10/25

世にも奇妙な物語。

研究室に到着したところに、携帯電話に着信ベルがあった。番号を見たところ、見覚えのない番号。だが、まあ虫の知らせで出てみた。すると、奥さん。

『どうしたの?』
「とても不思議なことがあって、ちょっと外に出たら開けておいた家のドアが閉まっていて、◎◎が中に残されてしまっていて。いまどこ?」
『研究室だよ』
「鍵が閉まっているの。変でしょ。こんなことあるの?」
『え? 忘れ物をとりに帰ったら家のドアの鍵が開いていたので、閉めて来たよ』
「え? じゃあ、閉めたの?」
『そうだよ。確か私が家を出るときには鍵を閉めたはずなのに、なんで空いているんだ?と思いながら閉めて来たよ。もう一度出るときに、忘れ物取りに来たぞって言いながら出て行ったろ?』

つまりこういうわけだ。

1)奥さんは娘の昼寝のために、寝室で寝かし始めている。
2)大学に行くためにそっと家を出る私。
3)駐車場で、今日は必要なMacBook Proを持って来ていないことに気がつく。
4)マンションのロータリーに車を置いて、家に帰る私。
5)娘を寝かしつけた奥さん。所用で家を出る。鍵の音で娘が寝ないように鍵を閉めないで家を出る。
6)5)のタイミングで、私が家に戻る。鍵が開いているのを不思議に思うものの、私があけっぱなしかなと思いながら、中に入る。
7)MacBook Proを手にして『忘れ物を取りに来たぞ』と小さな声で寝室の前で一言言って過ぎる。しかし、このとき、奥さんは実際は外にいた。私は、娘を起こさないように返事をしないのかと思って外に出た。8)今度はしっかりと鍵を閉めようと思い、閉めて車で研究室に向かう。
9)所用を済ませて家に戻る奥さん。鍵が閉まっていて、驚く。慌てて知り合いに携帯電話を借りて、電話をかけてくる。
10)事情を知って、二人とも驚く。

で、困ったのが奥さん。鍵は閉まっている。中には3歳になったばかりの娘。私の授業は始まるところ。どんなに早く帰ってもあと2時間はかかる。

考えた末に、娘を家の外から起こして、家のドアの鍵を開けるように指示。娘はこれに応えた。そして、ミッションコンプリート。見事に内側から鍵を開けたのだ。(大きな拍手)

下手なドラマよりも、感動はあったなあ。
世にも奇妙な物語であった。


あとどのぐらい振り回してくれるのかなあ

10/24

iPhoneのFace Time使えなかった理由が判明。なんと、iPhoneの電話の設定にFace Timeがあり、これがオフになっていた。そこまでは分からなかったなあ。久しぶりにちょっと不親切なMacであった。

でも、これで無料テレビ電話が開通したということだ。家と研究室とiPhoneでこれができる。すごい。

昨日作っている途中だった、カプラを完成させる娘。最初の枠組みだけ私が作ったのだが、あとは自分で。単純だが、面白い玩具だ。

X2_32170f9

午後から昼ご飯を食べに行きつつ、買い物へ。
だんだんぐずる娘。大声で泣き叫ぶ。
眠いのね。
その後熟睡。

娘のわがままに振り回される一日。あとどのぐらい振り回してくれるのかなあ。今日は怪獣のように振り回した娘は、その後妙に私に優しい。

その優しさが嬉しくてキャンドルを灯す。

X2_3228c92

蜂蜜漬けの梅干しが好きな娘。夕ご飯にも食べる。一口食べて
「甘酸っぱいねえ」
と。
甘酸っぱい思いをするのは、後何年かなあ。
父さんは、もうその一言で甘酸っぱいのだが(^^)。

喉が痛いのだが、この荒れた喉で「ヤマトの諸君、また会えて嬉しいよ」とやると、デスラー総統に似ている。怖がるような喜ぶような娘。

本日は東京で買って来た「蒼天」。昔住んでいた青梅の地酒「澤乃井」の純米吟醸。多摩川水系で少年期を過ごした私の体は、多摩川の水で育てられたとも言える。口の中に広がったとたん、すっと体に消えて行く。良い酒だ。

親ばかの休日が終わった。

2010/10/24

書き言葉、話し言葉、そして言葉にならない何か

10/24

風邪はきちんと治さなければならない。

明日の教室で、二回目となる野口芳宏先生の講座。ありがたいことだ。先生のお元気さに甘えてあれこれお願いする。

今回は、「モチモチの木」を使って教材研究とは何かということを講義して頂くのがメイン。とても楽しみにしていた。

ところが、風邪の治り切っていない私。熱の頭でボーッとしていた。教材を印刷するのを忘れていたのだ。教科書をコピーしてあるのだが、それを印刷するのを忘れていた。それが講座の最中に発覚。慌てて、コピーすることに。

折角の野口先生の講座の流れを切ってしまうことになった。参加者の皆さん、すみません。野口先生すみません。先生のお陰でなんとかことなきを得たが、顔は熱いのに、冷や汗をかいた。

休憩時間に
「先生、顔が赤いですね」
と参加者の先生方にあちらこちらで言われる。
うーむ。まずい。

「モチモチの木」。
やっぱり圧巻だった。

作品の素晴らしさを、こうやって子どもたちに読み解かせて行くのかということをこれでもかというぐらいに示して下さった。そして、その土台となる「素材研究」の意味を示して下さった。

真夜中と夜中の違い。
しがみつくと抱きつくの違い。
熊の鳴き声の意味。

物語の主題に迫る扉の位置を明らかにし、その鍵穴を示し、鍵を挿して開ける。そこに広がすすんごい世界。

読解ってすごいなあと、会場にいた参加者のため息が伝わってくる。

講座の最後に私も質問した。

『先生、素材研究をして、読み続ければ、先生のように私たちも本当に読めるようになるのでしょうか?』
「うーん。なりますよ。でも、未だに私も分からないことがたくさんありますよ。でも、その分からないということが、良いんですね。その分、まだ成長できると思えるからね」

そうなんだ。先生は何回も仰っていた。合っている間違っているは大きな問題ではない。変わることが大事なのだと。そうなんだ。

懇親会は、新しい生協食堂で。2500円でこの内容はすごすぎる。野口先生は、参加者とのお話にずっと耳を傾けて下さっている。私は伺いたいのをぐっと堪えて、日本酒ソムリエを続ける。

先生は、二次会まで参加して下さる。ここではもう良いだろうと思い、先生の横でお話を伺う。

うーん、お話を伺うというよりは先生のオーラに包まれているということだろうか。野口先生は遥か彼方にいる方で、こうして隣で先生の息づかいを感じられるなんてのは、数年前の私には考えられないものだった。

本を読むことは大事。講座に出かけて行くことも大事。だが、明日の教室は先生の息づかいの感じられるところに行ける。これが大事だと考えている。

書き言葉、話し言葉、そして言葉にならない何か。
先生のそれらを丸ごと自分の体に入れて、その先に私たちの実践や研究が繋がって行く。繋げて行きたい。

そんな場所を提供し続けていきたい。明日の教室だ。

そのためにも、風邪はきちんと治したいf(^^;。

« 2010年10月17日 - 2010年10月23日 | トップページ | 2010年10月31日 - 2010年11月6日 »