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2010/12/09

まさに、有難いだ  竹内常一先生講演

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今日は恩師が東京から来て下さった。竹内常一國學院大學名誉教授。本学の学生のために。京都橘大学児童教育学科学会での講演である。ありがたいことだ。

ありがたいは、有難いだが、本当にそう思う。
私が先生にご指導を頂いてもう30年になるが、まさか私が大学の教員になるとは思わなかったし、私の指導している学生たちに先生が講演をしてくださるなんて夢の夢にも思わなかったことである。

まさに、有難いだ。

「教師・保育士しは子どもとどのような関係(物語)を取り結んだらよいか」が今回の講演のテーマである。

教室いっぱいになった学生たちは、必死に聞いている。だが、恐らく何のことだがほとんど分からなかったであろう。恐らく今のシステムで言えば、今日の講義は学生アンケートでは5点満点で3点以下になるのではないかと思う。

学生たちにとっては、確かに日本語で話しているのに、なんで分からないのだということにあると思う。だから、点数は低くなるだろう。

だが、ストロークのを長い言葉を学生に与えなければならないのだ。学生時代にわかるような説明、言葉ではだめなのだ。何だかわからないが、この話は聞いておかなければならない。そう思わせてしまう話を確かに私は30年前に大学の授業で聞いた。私もそうであることが、今の私の責任だと改めて思った。

5年、10年、15年と実践を重ねて来て、やっとその言葉の意味が分かる。いや、体の中に残っていた先生の言葉が、突然「こんにちは」というような感じで姿を見せるのだ。そんな言葉を体に埋め込んでもらった私は幸せである。

以下に、先生の言葉を載せる。講演記録とハンドアウトから。
少し分かりやすいものを選んでみたf(^^;。

引用開始 ーーーーーーーーーー

出来事を事実として確かめ、事件化し、 事件をエピソード化、ストーリ化、ヒスト リー化していくことができる人は、 幸せである。が、このようにいくのは難しい。

自分の物語を作り出せずに放りだされた非正規雇用者が起こしたのが、秋葉原の事件なのかもしれない。人生を一貫として作るのが難しい時代にあり、子供達はもっと凄い時代になるだろう。日本に労働市場がなく、海外に求めるような時代になるだろう。

「子ども自身が人生(歴史)との生活世界の主人公、言い換えれば、「著者」 になるということである。ということは、教師・保育士はその「共著者」になるということである。

嘗て貧乏は、経済的に貧しいだけで社会には居場所があったが、現在、経済的に排除されるということは、社会からは維持されるということになってしまっている。

生活指導(教育と福祉)は、一人一人が自らの幸福追求権(他者ともに幸福になる権利であって、他者を排除してのそれではない)と生存権と平和的生存権を自らのものにしていくことを指導し、援助し、共同で追及する仕事である。

誰か、何かを奪っての、排除しての幸福追求権というのは、成立するのであろうか。 しないであろう。

日本の義務教育は、教育と福祉の両方に関わっていると私は考えているが、日本の教師にその自覚があるのだろうか。

貧困のなかにいる子供達のなかにいる子供達に、教師の視線はあるだろうか。高等学校を義務化するということは、実は社会の中に居場所を作るといことなのである。

ケアとは、この世界にいて安全・安心であるという感覚を保証することである。ケアは他者の呼びかけを開き直り、それに応答することである。人間は、自分をケアしてくれる人が所属する世界の方に注意を向け、その人とともに世界に応答するようになる。

投げ込みとしての同情でなく、受け入れとしての共感を。子どもを外から知るのではなく、子どもを内側から知ること。自分をケアすることができないものは他者をケアできない。

物が人を見るのであれば、子どもは主体として教師を見ているのである。問い、関わる存在である。ここが分かると教育という仕事は楽しくなるんじゃないですか。ただ、拒否も自己表現であってそれを聞き取りながら指導するのも教育である。

子どもは、拒否する力を持つことが大事である。が、人生には反抗期が点々としてあって、反抗しつつ世界を受け入れることを繰り返していくのではないか。だから、反抗することを受け入れる。 そして、その後に何に従うことが大事なのかをきちんと教える。正しいことには従う。誤ったことには抵抗する。これを教える。

ただしことに従い、怪しいことには疑い、 間違ったことには抵抗する。それが思春期である。正しい事に従うことができる子供達を育てられれば、指導・支援ができたということである。

引用終了 ーーーーーーーーーー

私の学生たちにも、宝物の言葉が埋め込まれたことを嬉しく思う。

比叡山の空のように爽やかな気持ちであった。

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2010/12/08

学級事務職を導入すべきであると再び主張したい

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学級事務職を導入すべきであるという考えを表明している。この考えは、誤解を生む可能性があることを理解している。それは学級担任の下働きで働く人を作る、差別的な構造を生み出すという考え方である。ありがたいことに、これをコメント欄で指摘して下さった方もいる。

確かに担任の仕事は、現状でも教員養成大学で教えられていないことからも分かるように、正統的周辺参加、つまりは見て学べ、盗み取れというような部分が多い。だから、誰か師匠を見つけて学ぶというような階層的な構造ができやすい。

これは、落語の弟子入りほどではないが、師匠の身の回りのあれこれを世話することを通して身につけて行くことのイメージである。

だから、授業の準備などのあれこれは、授業よりも低い立場にあり、それをやる仕事の人は、授業をする人よりも低い位置にいるという考え方である。

実際、大学生のボランティアやインターンシップ、教育実習等の場合はそういうこともあるであろう。事務と授業の出来る教員が、あれこれ教えて、全くの素人に事務が出来るように指導するのであるから。

だから、授業の方が上位で学級事務が下位であるという考え方が出るのも分からなくもない。また、一般的に日本の社会では一見、事務方が下位に置かれているように見えることが多い。しかし、これは本当であろうか。

学級事務の複雑さ、困難さ、面倒臭さというものを理解していない教員はいないはずだ。ここを丁寧にやらないと、子どもたちの教育活動に支障を来す。授業どころではなくなってしまうから、多くの教員はここを優先してこの仕事を遂行し、生活指導をし、残った時間で授業の準備をする。

教員の本務は授業である。これはそうであるはずだ。
しかし、この本務に辿り着くまでにやらなければならないことが多すぎる。これが本務を圧迫しすぎている。授業をする人でなければ出来ない仕事ではなく、他の人でもできる仕事。もっと言えば授業をする人よりも上手くできる人がいる仕事が、授業を圧迫しているのだ。

勿論、この学級事務を軽々とこなして、授業も、生活指導もきちんとやってしまう力量を持っている教員がいることも私は知っている。だがそれはその教員がかなり優秀なのであって、全体をそのレベルに求めるのは、現実的ではない。

更に言えば、実は授業は苦手だが、学級の事務をやるのは好きという教員、または教員免許取得者、取得予定者というのは実は多いと考えている。

私は、授業で使うプリントが38枚必要だったら40枚印刷して行くタイプである。
(ま、だいたいこんな感じかな。足りないよりは良いだろうし)
と。
ところが、これをぴたっと38枚印刷して揃えることに心地よさを覚える人もいるのである。リソグラフでは印刷テストで一枚余分にプリントアウトされるので、37枚印刷してその一枚を加えて38枚にして
(よしよし)
と喜ぶ人がいるのである。私には信じられないが、いるのである。

ところがこう言う先生の授業がうまくいくかと言うと、そうである場合もあれば、そうでない場合もあるのだ。授業は人間相手なので、その場での臨機応変や今までの指導の経過などが重要になってくることがある。もっと言えば、予定通りに進まないことがたくさんあるのだ。

突然のことに対して、臨機応変で対応するのが難しい先生はいる。それが子どもにからかわれているということも理解できずに、ムキになって対応している先生もいる。しかし、その先生は職員室での出席簿管理で間違いを見たことがない。授業のプリントが足りなくなったのを見たことがないのだ。

もちろん、逆の先生もいる。私だ。
会計が1円合わなくたって
(んなもん、1円ぐらい良いじゃん)
というタイプだ。こう言う奴は学級事務をするのは非常にまずいタイプである。書式、様式なんて別に良いんじゃないの。だいたい合っていればいいじゃん、というタイプだ。だから私が進路指導主任をしていた時も、数字や書式に関しては非常にみなさまに多大な迷惑を掛けている。

ただ、自分で言うのもの何だが、授業の方はまあいい方であろう。つまり、授業や生活指導、新しいものの企画立案、運営などには必要だが、私が職員室であれこれすると、職員室が混乱するタイプだ。

だが、職員室には必要不可欠だが、授業はちょっとねえ、という先生がいるのも事実なのだ。

さらに、もう授業はいいなあという先生もいる。
子どもとの深い関わりにはもう体力的にも、精神的にも厳しい。子ども相手ではなく、親相手、教員相手といういことで管理職もあるが、それはしたくないなあ。
でも、子どものために役に立ちたい。学校のために役に立ちたいという先生がいるのも事実だ。

学校のこと、子どものこと、授業のこと、指導のこと。これらが一通り分かっていて学級事務職をする人がいてくれたら、それはそれはとても助かる。そういう人が行う学級事務は二枚腰、三枚腰での対応がされていることが多い。

私が30代の前半のころ、一回退職された先生が嘱託として再雇用され、同じ学年に所属されていたが、実に痒いところに手の届く事務をして下さった。だから、私は安心して突っ走ることができた。
私も
(ははあ、こういうときはこういうことをすると良いのだな)
と勉強しながら、とてもありがたく、とても幸せな実践を重ねていたと思う。また、当たり前だがこれは子どもたちの安定した成長に繋がることであり、大事なことなのである。

学校は、いろいろな立場から、それぞれの長所を生かす形で子どもたちに関わることが出来るはずである。にも関わらず、現状では、エイヤッと子どもに直接関わる仕事以外の仕事を、いきなり大量に学級担任に任せたまま、毎日が動いている。

そして、精神的に追いつめられて職を休んだり、辞したり、死に至らされてしまう先生までもいる。

違う。これではダメだ。
先生の数を増やせば良いという問題でもない。

専門の仕事として授業。
専門の仕事として学級事務。

ここをきちんと分ける。日本の教育は、事務、事務職を蔑ろにしすぎている。そしてそれは、教員の授業の専門性も蔑ろにしていることになる。

それぞれの専門的力量を発揮して、学校教育で子どもを大人に育てる仕事を作り出すべきだである。学級事務職を導入すべきであると再び主張したい。

2010/12/07

ワイシャツのお店が、潰れるの

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四月から娘は幼稚園に本格的に通うようになる。その準備を始める。フォーマルな写真を撮影する。勿論、カメラマンは親である。

フォーマルな洋服に着替えさせて、椅子に座らせる。予想では嫌々をすると思ったのだが、豈図らんや。何事もなかったようにポーズを決める。一瞬嫌々があったが、かなり良い写真が撮れる。

満足。
ちょっと見には小学校一年生ぐらいに見えてしまう写真もある。だが、そこは流石に三歳である。

朝、東京都の規制について話していた。
『都市ってのは猥雑な部分がなとなあ。東京はダメになるかな』
と。すると、娘が、
「ワイシャツのお店が、潰れるの。困るね」
と会話に加わる。大筋では間違っていないような気もするのが面白い。

さらに昼食後
「グーチョキパーで♪ 」
と歌い始める娘。
「右手はパーで、左手もパーで」
(ん、チョウチョか?)
と思ったら、
「ご馳走さま、ご馳走さま」
と手を合わせる。

や、やるなあ。

まだ三年しかこの世に生きていないのに、いっちょまえで面白いなあ。

2010/12/06

【提案】 学級事務職を導入するべきである。

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一昨日、「学校事務職は、公金を扱う事が仕事である。学級の事務にはタッチしない。ここが世の中に理解されていない。学級事務職を導入するべきである。先ずは一校に一人で良い。大学生のアルバイトでも良い。学校教育現場は、劇的に良くなるだろう。」と呟いた。これに物凄く大きな反響を頂いた。

このことは、中学校の現場にいたときに、ずっと思っていたことである。というか、教師になった瞬間に思ったことである。先生の数を増やすことではなく、学級事務の仕事を担当する人を雇うべきだと。

私は、教師の仕事は、学校教育を通して子どもを大人に育てることだ、と考えている。そのためには、子どもと触れ合う、子どもを見守る、子どもとかかわり合う等、具体的に子どもと伴走する位置にいられることが、教師には必須のことだと考えている。

ところが、これが厳しいことになっている。それらの状況分析については稿を改めるが、実際問題子どもたちと直接関わる時間が、学級の事務の仕事で厳しくなっていることは、学校教育現場にいる教員から異論の出るものではないだろう。

昨今、教師の仕事術の本が次から次へと出版されている。白眉は大前暁政氏の『若い教師の成功術―「ちょっと先輩」からアドバイス』であろう。私が10年掛けて身につけたことを3年で身に付けている。凄まじい本だ。

これは、学級担任の仕事を知らなかった、または甘く見ていた若い教師にとっては喉から手が出るほど欲しかった本であろう。しかし、しかしである。本当にこれで良いのかと言う思いがずっと私にはある。それは、これらの仕事術の本の殆どが、学級事務に関わるものだということにある。

例えば、医者で考えてみよう。医者は臨床検査技師に患者の検査を依頼し、疑わしき部分について検査結果を得る。そして、そのデータを元に治療の方針を立てて治療して行く。教師はどうだろうか? 健康診断は結果が必要なのであって、教師健康診断をやる必要があるのであろうか。でもまあ、これはまだいい。

百歩譲って、健康診断を通しての子どもたちとのコミュニケーションに必要だということにしよう。直接子どもたちと接することができるからだ。顔色を見て、肌の色つやを見て、健康状態をあれこれ思うことは良いし、保健委員が仲間のために働くのは良い。

だが、やっぱり思うのはその学級事務の仕事の内容についてである。学校教育現場にいる教員は、子どもと関わりたいのである。そのために教師になったのである。関わることによって子どもたちを育てる伴走者になれるのである。これを阻害する現状の環境、システム、業務内容は問題があると言えるのではないだろうか。

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私の提案は、学級事務職を導入すべきであるというものである。これが学校に一人、できれば学年に一人入ると学校教育現場は激変するだろうと考えている。誰がやるか。理想は退職した教員である。さらに理想で言えば、これから教師を目指す大学生がペアになると良い。勿論新規に採用しても良い。

仕事術を覚えることも、それはかなり大事なことではある。しかし、私は学校教育現場の現状は、特に新人教師にとっては、それはほとんど無理なことだと考えている。教師の一年目は「目隠しをされて100m走を走らされる毎日」だと学生には言っている。教育は見通しを持って行わなければならない。担任は一ヶ月後、三ヶ月後、半年後、一年後の姿を思い浮かべながら行うのである。

しかし、一年目の教員は学級づくり、授業づくりでひーひー言う。特に小学校の先生は、例えば明日の6時間の授業の準備をしようとすると、一教科につき30分ずつやって3時間。子どものいる時間は子どもと遊んだりして関わっているので、やるのは放課後となる。

そして、その授業の準備は、一回やれば次にやるのは、早くて一年後。また同じ学年を担当するときだ。だが、実際はずーっと先になる。だから、毎日毎日授業の準備をする。そして、その他に学級の事務、学年の事務、校務分掌などが降ってくる。そして、それはやり遂げなければならない。やり方なんて習っていなくても。なんとなれば、「あなたは先生だから」なのだ。

教師は、採用試験に受かったら一年目から、最初から先生なのである。どーんとクラスを任せられベテランと同じ仕事を任されるのだ。担任だけで、授業だけでとても大変なのにだ。一般企業では考えられないだろう。新人が一人でいきなり車を売る自動車販売会社が、この世の中にあるだろうか? あるわけがない。だけど、教師の世界はそうなのだ。

確かに教員免許を持って採用試験にも合格している。だが、ちょっと待て。本当に良いのか? 良く言われる一般企業人としてきちんと働くのだというこの言葉。教師を一般企業の新人と同じにするなら、一人で仕事をさせるのはおかしい。

私の大学の教え子で、車を売る会社に就職した者がいるが、一人で販売を任されるまで、最低一年かかっている。それまで先輩の補助と言う形で仕事を覚えていく。それに、一人で一つの仕事をしない。必ずペアである。一人が倒れても良いように、ペアでやる。

ところが教員はどうだ? 新人でも四月からいきなり一人で最前線に立たされる。私が新人だった20数年前ならまあ、新人教師は熱意だけあれば保護者も分かってくれたし、3年ぐらいは待ってもらえた。それが今は、いきなり「年間学習指導計画案を見せて下さい」だ。結果を出せだ。さらに新人の教員に課せられている研修の量は、20年前に比べると5〜10倍になっているという話を聞いたことがある。これは無理だ。

東京大学の企業での教育に詳しい中原淳氏は、12/4に学芸大学で行われた第11回東京学芸大学教員養成カリキュラム開発研究センター主催シンポジウム「教師の学びを科学する」で、『研修などの教師「教育」の機会が企業と比べると圧倒的に多い。こんなに研修こなして、忙しくないのか。』とつぶやかれている。研修も企業と比べて多いのだ。

教育の世界に、企業のやり方を安易に持ち込んで、うまく行くはずがないと、なんで導入する前に分からないのかが、私には分からない。

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私は現在、京都橘大学で学級担任論という授業を持っている。この授業は、恐らく日本の教員養成大学でほとんど開設されていない授業である。http://bit.ly/hyxhJJに学級担任論と入力をしていただけるとお分かりいただけるかと思う。

嘗て大学院で学んでいるとき、「学校経営論」という授業があった。私はそれよりも学部での「学級担任論」に興味があった。しかし、学芸大学にはなかった。とても不思議だった。教員は全て校長にはならない。しかし、担任にならない専任教員はいない。のに、担任の仕事を教える授業がない。

なんでないのかとあちこちの大学関係者に聞いてみた。主な理由は二つ。その1。学級担任の仕事は学問ではない。なるほど、大学は学問の場である。だから学問ではない学級担任の仕事を教える授業はないというのである。その2。教えられる人がいない。大学の教員養成過程で授業を担当する教員に現場上がりの教員が圧倒的に少ないのである。確かにこの授業は現場を知らないとできないだろうなあと思った。

だが、仮に学問でなかろうが、お知られる人がいなかろうが、学級担任の仕事を教えることは大事である。必要である。大学では生活指導、道徳教育などは専門でバラバラに教えるが、現場に入ったら担任の目を通して指導は行われる。担任の視点から見る見方を理解する必要がある。

さらに、掃除、給食の配膳片付け、通知表の書き方などなど具体的なあれこれについて教えることのないまま、教育現場に立たせるってのは、この時代にどうなんだ?と思っていた。

その後、縁あって大学で教えることになる。そりゃあまあ、有言実行しないとなあと思って「学級担任論」を開講する。学生はこの授業を受けて、かなりがっかりする。担任の実態を知るからだ。しかし、15回のうち5回ぐらい過ぎると開き直り、残り5回で感謝を始める。

自分が目指そうとしている仕事の実態を学生時代に知ることができて良かったというのだ。実態が分かればそれなりに対応や準備ができる。ところが、この授業をしている教員養成大学が、ない。いいのか? 私は現場上がりなので、「後輩」を見殺しにはしたくない。

この学級担任論を見て頂ければ分かるのだが、この授業は「守り」の部分が多い。担任として足下をすくわれないようにするためのあれこれを講じている。学生たちは、この授業は面倒くさいと思っていると思うが、このぐらいで面倒くさいのなら、進路を考え直さなければならないかもしれない。

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で、そうであっても担任の仕事は多すぎる。特に事務が多すぎる。私は仕事を別にすべきだと考えている。a~eの5つをまずは、学級事務職の業務として提案したい。

a.印刷業務。私は多い時で年間180号ぐらい学級通信を出していた。他にも教科通信、進路通信、研修通信。職員会議資料...。書くのは良いのだが、印刷の時間がない。下手をすると、一日に1時間ぐらい印刷機の前にいる。だからこれをしてほしい。凄く助かる。

b.出席簿管理:/出欠席管理/遅刻早退管理。落ち着いている学校の先生は、「へ?」ということかもしれないが、そうでないところは大変。授業ごとに教科担任(中学)が記入したものを確認する。これが大変。因に、遅刻早退を繰り返す生徒ほど、自分の出欠席の記録を細かくチェックするので実に大変。「だったら遅刻するなよ」と言いたい所である。

c.提出物チェック  保護者会の出欠席、宿題、小テストなどなど。ここに給食費、教材費が入ると本当に大変。これを冷静に仕事、本務として行う学級事務職がいてくれたらと何回思ったか。ちなみにチェックするための名表も教員が自分たちで作る。

d.所見以外の通知表作成、指導要録、抄本作成、進学に必要な成三者面談資料作成、成績一覧表作成など。 子どもと遊びたい、子どもを大人のジョークでからかいたい、深刻な悩みには付き合いたい。でも、これらを作っていると厳しい。資料は必要だ。だが、教師が作らなければならないのか? 医者は検査結果が必要なのであって、医者が検査をする必要はあるのか? 教師も資料は必要だ。だが、教師が作る必要はあるのか?

e.給食未払い催促  なんだかなあと思う。子どもの家庭の実態を知ることは大事だ。が、督促をなんで教師がするのだろうか? 教師の仕事は、子どもと子どもの家庭の事実を把握し、食べるってなに? お金を払うってなに?と考えさせることではないのだろうか? 時には教師が自腹を切って支払っている例もある。おかしい。

補遺:私が現状の学校に奉職しようとしている学生たちにお勧めしていることは、二つ。 一つ目。個人の電話番号は連絡網等に載せない。どこの市役所の職員で自宅の電話番号を知らせている人がいるだろうか? 私は中学校教員生活の最後の方は知らせなかった。知っているのはクラブで指導している生徒だけだ。遠征があるので知らせていた。

クラスの9割は、何も問題はない。ところが1割に問題があると、大変なことになる。夜中の11時過ぎの電話やあれこれ。子どもの命に関わる電話は、教頭(副校長)からかかってくるので知らせなくても大丈夫と言っている。

補遺2:二つ目。私が提案し続けて出来なかったこと。勤務時間を過ぎたら、学校の電話は「留守番電話」にすること。勤務時間とは、勤務をする時間です。市役所はそこで業務を終えます。学校も終えましょうよ。子どもの命に関わる内容は、指定の電話番号に電話で連絡が取れるようにしておく。この留守番電話方式は、私立の学校では導入されているところもあると聞いています。

因に私は、学級通信で時間割を公開し『この時間は職員室にいる可能性が高いです』と空き時間ならぬ「事務時間」を示していました。相談はこの時間に予約を取って電話をと。空き時間というとお茶を飲んで寛いでいるイメージがありますが、ね、実際は全然違うじゃないですか>先生方。これからは、事務時間という言い方を広げようではありませんか。

そりゃあ勿論、もっと学級事務職の仕事内容として考えたいところはありますが、先ずはこの辺りを「主義主張を超えた」現場教員からの訴えとして、提出すべきではないかと考えています。

長文をお読みくださいまして、ありがとうございました。

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そしたらお父さんが

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旧暦で言えば神無月の晦日である今日。娘の七五三を行った。両親のいる東京でもやったのだが、それはそれ。お祝い事は何回やっても良いと思ったので、近江の地でもやることにした。

本当は、金曜日にやる予定だったが、天気が荒れるという予報。流石に嵐の夜に生まれた娘だ。

しかし、日曜日に変更して大正解。金曜日だったら途中で雷雨だった。
この日は、朝から綺麗に晴れた。

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今回は地元の近江神宮で行った。ここは天智天皇を奉っている。日本に始めて時計(水時計)を持ち込んだ天皇ということで、それも奉っている。さらに、カルタクイーンの大会も年に一回行われているところだ。

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娘は、お化粧をして、着付けをして、写真を撮って、お祓いをしてと、まあここまではとっても順調であった。ところが、一段落して、さあ、家族でスナップ写真を撮ろうかというところにきたら、ものすごいダダ。

「お父さんと写真撮らない」

まで言い出す。
流石の私も頭に来る。

『もう、置いて帰る。勝手にしなさい』

まで言う。

が、まあそんなわけにもいかず、そんなことをするはずもなくである。
おやつを食べさせて、機嫌が良くなるのを待つ。

復活してからは、良い笑顔であった。
娘ともベストショットが撮れた。
家宝にしよう。

夜。
お刺身の好きな娘に、お祝いのお刺身を出す。

食べながら娘が話す。

「さっき泣いていたの」
『どうしたの? 神社で泣いていたんじゃなくて?』
「さっき」
『どうしたの?』
「だってお父さん置いて行くって言ったから、悲しくなってなって泣いていたの」

とのこと。
うう。言い過ぎたかなあと、少し反省。
わがままは許さないという思いと、甘えさせてあげたいという思いと。はあ、この葛藤は続くのだろうなあ。

でも
『痛いの痛いの飛んでいけで、お父さんに飛ばせば良いんだよ。そしたら痛くなくなるよ』
と言うと、
「そしたらお父さんが痛くなっちゃうから、ダメ」
という娘。ううううう(涙)。

大きな事故、怪我、病気もなく、優しく愛らしく、ここまでよく育ってくれた。
感謝感謝だ。

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