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2010/02/06

素早く正しい指示待ち人間になる

2/6

本日は雪の日の出。
幻想的だったなあ。

Photo

前期日程の最終日。試験監督は、本学の一番大きな教室を担当することとなった。担当の先生も多い。

試験監督は、問題用紙などを配り歩くのだが、誰がどこの列を担当するのかなどは、教室に入ってから決める。

先生と言う仕事は、児童、生徒、学生に指示を出す仕事でもある。だから、人を動かす、または使うのが上手い。

しかし、これは指示を出す人が少なくて、聞く人が多い場合には有効なのだが、指示を出す人ばかりになると、うまく機能しないことがある。

だが今日は大丈夫である。何といっても看護学部の先生が沢山いらっしゃったからである。人の命を一分一秒を争いながら助けて来た看護学部の先生の指示は、迅速であり、かつ適切である。

こう言うときの私は、素早く正しい指示待ち人間になる。何が何でも指示を出す側に回らなくても良いのである。正しく指示を受ける人間もいなくてはならないのである。

軽やかに指示をこなすのであった。

その後、研究室に籠って第三巻の原稿書きに没入する。13本書く原稿のうち、三本を書き上げた。よーし。この調子だ。

窓の外は雪が降ったりやんだりしていたようだが、ブラインドを閉めデスクライトを付けて集中して取り組んだ。90分に一回なるキッチンタイマーをセットして、90分ごとに軽く体を動かしてというスタイル。まるで、修士論文を書いていた時のようだ。

心地よい疲れで研究室を出て、駐車場に向かう。
(あれ、見えるぞ!)

このぐらい集中してパソコンに向かっていると、駐車場に向かうキャンパス内は、よく見えなくなっているのがこのごろであった。ま、そろそろ目が見えなくなる年だよなあと思っていたのだが、今日はよく見えた。

何でだろうと思ったのだが、理由は一つしか考えられない。LEDのデスクスタンドに変えたことである。こんなに目が疲れないのであったのか。びっくり。家にも一つ買おうかなあと思うぐらいであった。

たまたま今日だけということもあるから、もう少し様子を見てみようとは思うが、これが理由だったら嬉しいなあ。

家に帰って、和室で服を着替えようとしたらびっくり。
ひな人形が飾られているではないか。
いや、帰るコールのときに知っていたのだが、途中で忘れていた。

ああ、いいなあ。娘で良かったなあとも思う。
夕ご飯が出来るまで、娘と一緒におひな様の前に座って、

♪ 灯りを付けましょ、ぼんぼりに〜

と歌う。
ううう。嬉しい。

気持ちが張りつめていた三日間が終わった。ふう。

しっかり者同士では、駄目な理由

学生から
「先生、彼女はダメな男ばかり掴まえるんです」
と飲み会の席で言われたのが気になっている。その時は、
『ひょっとしたら、キミがダメな男にしてしまうんじゃないの?』
なんてことを言ってからかった。

ま、そういうこともあるのだろう。でも、それだけではないだろう。
しっかりした者が、駄目なのを捕まえる、または捕まるのは、なぜか。くだらないなあと思いながら、昨晩から、あれこれ考えていた。

端的に言えば、しっかり者同士では、駄目だからである。なぜか。しっかりしているというのは、全体的にしっかりしている様に見えて、しっかりしているポイントが、違うのである。ズレるのである。そこで、相手の行いが、気にいらなくなるのである。

しかし、自分自身に関しては、自分ではしっかりしていると思い込んでいる。その上で
(しっかりしていると思っていたけど、ダメね)
と相手のことを思う様になる。

勿論、相手も自分のことをそう思っているのだが、ここには気がつかない。だって、しっかりしていると思っているのだから。

で、お互いにイライラするのだろう。ダメになるのであろう。

これが、しっかり者とだらしのない者のペアであれば大丈夫。しっかり者は、相手のだらしのないことを理解しでいるし、場合によっては、助けてくれようとまでしてくれる。

勿論、だらしのない者は、しっかり者に憧れたり、うらやましがったりするが、それも大概ひとときのこと。だってだらしがないのだから。

感謝するか、尻にしかれるかして過ごして行くことになる。ま、ハッピーエンドになるというわけだ。

ま、念のためもう一つの組合せであるが、だらしのない者とだらしのない者との組合せ。

自分のことを棚にあげて、相手を罵ることになるか、お互いの傷を舐め合うことになるか。これはそのとき次第かなあ。

ああ、私はしっかり者でなくて良かったなあと胸を撫で下ろすのでありました。

2010/02/05

社会のセーフティネット、自律、自立、共生、教育

知り合いのotokomaeMLにあった情報。
あれこれ考える。

http://www.japan-island.info/portal/guide?gnre_id=100&cntnts_id=58

私が中学生の頃、島流しという刑を知った。その当時の私は、なんと惨いことをするのだろうと思った。命以外のほとんど全てをもぎ取ってしまう刑なんて酷すぎると思ったのだ。

しかし、今はそうは思わない。命を大事にする刑なのだとも思う。

このMLを貰う前に、ちょうどこんな文章を書いていていた。

引用開始 ーーーーーーーーーー

大学なのに、事務的な手続きができない学生を呼び出し、条件を再調整してなんとかしてあげようとすることがある。何回も呼び出しているのだ。にも関わらず、反応すらない学生がいる。

確かに学生本人では乗り越えにくい問題に遭遇していて、困っている学生ならば、助けの手を差し伸べてあげることは大事であろう。健康、学費、悩みごとなどいろいろとあるやもしれない。

しかし、本人のだらしなさからくるいい加減さは、救っていても治らない。いや、正確に言うと、放ったらかしにしておいても治らない。

だが、放ったらかしにしておくことで、少なくとも本人は次のことを学ぶ。

1) 自分が動かなければ、事態は何も変わらない。
2) 助けてもらうためには、それなりの仁義や、手続きが必要である。
3) うまくいかなかったときの責任は、相手にはない。

勿論私はだらしのない人間なので、ヒーヒー言いながら生きている。直ぐに甘えてしまう。だからよく分かる。そういう学生たちには、せめて社会に出る前に、
「そんなんじゃ駄目だ」
と、そのだらしのない所をきちんと指摘すべきなのである。

そう指摘して下さった(単位を認定してくださらなかった)先生がいらっしゃったお陰で、私はなんとか、まだヒーヒー言いながらではあるが、社会人としてやっていけているのだと思っている。

その指摘を頂いていなければ、

・うまくいかないことを他人のせいにしてばかり
・自分のことを認めない世の中が間違っている
・あの野郎が悪いと逆恨みをする

そんな人間に育っていたんじゃないかと思う。

え、今でもそうだって? ま、そうかもしれないが今以上になっていたことは確実である。

引用終了 ーーーーーーーーーー

シンクロニシティに近いかもしれない。
問題意識のアンテナを伸ばしていれば、届くメッセージは多くなるなあと感じるのであった。

そして、これを受けて社会のセーフティネット自律、自立、共生、教育などを考えるのである。システムをどう構築するかなのである。

ああ、人生は短い。

LEDのデスクスタンド

2/5

本日試験二日目。
二科目受験なので、昨日よりは少し楽。だが、連日受験している生徒に比べれば、ま、なんてことは無い疲れである。

試験監督終了後に、学科会議。そうです。採点がなくなったことにより、午後が空くのでそこに会議が入るのです。今の大学の教員は、このように忙しいのです。

会議が終わり、研究室に戻る。
買っておいたものをやっと取り付ける。研究室のデスクの照明を変更したのだ。

前から気になっていたLEDのデスクスタンド。いままではなんとなく白熱灯のデスクスタンドを使っていたのだが、どうも赤が強くて、寛ぐには良いのだが、仕事に使う灯りとしてはどうもなあと思っていた。そこで思い切って、LEDのデスクスタンドに変えた。

灯りを付けてみて、一瞬で気に入った。なんでもっと早くにこれにしなかったかなあ。LEDは発熱量も少ないので熱くならないし、目の疲れも違うように感じる。手元が随分楽だ。ははは。これで仕事がスムーズに進む(かもしれない。だと思う。であればいい)。

さ、新しいデスクスタンドでもう一踏ん張りである。

少し親孝行したかもしれない

2/4

本学の入試の初日。

今年度からマークシート方式に変わった。採点は無くなったものの、試験日が三日間に増えた。御陰さまで、受験者数は前年度よりも増えているとのこと。このご時世にありがたいことだ。それだけいろいろなところで評価されているのだろうと思うと嬉しいし、気も引きしまる。

私は、とある試験会場の試験監督のチーフ。受験生全体に指示を出す係である。全体を見回しながら、あれこれと指示を出す。単純な作業ではあるが、間違いは許されない作業である。気は疲れる。

初日は三科目の試験。昼ご飯を挟んで実施で終了。ふう。

で、これでは終わらない。
その後、研究室に戻ってレポートの採点、原稿書きと続く。そこに番組制作会社から電話。NHKの新番組の構成作家さんから質問と相談の電話。

昼間にメールをもらっていたのだが、こういうのはすぐに対応した方が良い。後から対応ではなかなかうまくいかないことが多い。優先順位を上げて電話で対応。一時間程度あれこれ。

「ありがとうございます!」

と受話器の向こうで大きな声。
ああ、良かったと思う。

こう言うときに大きな声の出せる人って、一緒に仕事をしたいと思う人である。みんな忙しい中で少しでも良い仕事をしようと思っているのだから、せめて気持ち良く仕事できるような人でありたいよなあと、私も思っている。だからそう思わせてくれる人の仕事は、しっかりやりたいと思う。

家に帰り、娘とお風呂に入って遊ぶ。一日にあったことをあれこれ話してくれるが、なんだか分からないこともある。そこを奥さんが通訳してくれる。

『へ〜、そうなんだ。良く頑張ったね』

と話すと理解されたことが分かったようで、喜ぶ娘。人間の成長は面白い。

風呂の後、実家にスカイプ。
父の誕生日である。

「おじいちゃま、おたんじょうび、おめでとうございます」

と、娘は言えた。
ああ、少し親孝行したかもしれない。

2010/02/04

去年は大泣きだったのに

2/3

昼前から研究室に。
のはずが、研究室は年に二回のワックス掛け。入れない。私は昨日と勘違いしていた。だから、昨日はマキノ高原に行ったのに。

仕方なしに、別の部屋を捜してMacと足下暖房を持ち出して仕事を進める。ワックスを乾かしているので部屋中の窓が開いているのだ。まさ頭寒足熱である。

その後、掃除の方がその様子を発見してくださって、私の部屋を優先的に片付けてくださった。ありがたい。部屋で仕事を進める。

自分の勘違いだったのではあるが、こうして助けてもらって生きている。

昼食のとき、学科の小寺先生から面白い話を伺う。先日小寺先生が名古屋のある小学校の研究授業の講師で伺ったら、私の大学院のときの入れ替わりの後輩の先生の授業であったとのことだった。

いやあ、世間は狭い。よりによってそこで繋がるとは。

その後、研究室に戻って「明日の教室」DVDボックスセットの付録のお仕事を進め、最終レポートの提出締め切り時間を待つ。

本日17:00が全ての授業の、最終レポートの課題提出日なのである。

締め切り10分前に教務のレポート提出ボックスの前に到着。鍵を取り出して待つ。5分前に最後の一人が投函。電波時計の針が17:00になったことを確認して、取り出す。

さ、採点である。

一気に一つの課目の課題レポート読了。規準を同じにしてお いても、同じ体調、同じ環境で一気にやらないと、微妙なところで評価の基準が変わってしまうこともある。だから、公正にやるには一気にやらないと。数日 後、もう一度見直して、一つの課目は完了。

20:00に間に合うように自宅に戻る。節分である。

豆撒きでは、お父さんが、お面を被って 登場するも、娘に声と髭で見破られる。去年は大泣きだったのに。成長している娘であった。二歳なのに。

恵方巻きはなんとなく、商魂が逞しすぎて手に取る気はしなかったが、鰯は食べておこうと思って、食べる。塩をしてオリーブ油に泳がせるよう に加熱。イタリアの漁師の食べ方だとか。

娘は、なぜか鰯をぎりぎりと命名する。

さ、明日から三日間入試の試験監督だ。

マキノ高原まで出かけた

2/2

昼過ぎから、出かける。今日は娘に雪を見せてあげようと出かけた。マキノ高原まで出かけた。

びっくりするぐらいに信号に引っかからずに、161号を北上した。比叡山の頂上には雪が冠っている。が、湖西はまったく雪が無い。大丈夫かなと思いながら、北上する。

1時間も走ったら到着。いやあ、道が空いているのは良い。燃費も良いし。

マキノのメタセコイヤ並木を通り抜けてたどり着く。途中雨が降ってきたが、到着したらなんとかいけそう。寝てしまった娘を起こしてスキー場に向かう。

このスキー場はゲレンデも無く、なだらかな傾斜。まだ、スキーではなく雪遊びにもってこいと、オーパルの中岡さんに教えていただいたので向かったのだ。

ゲレンデには、遠足で来ている小学生と保育園児が遊んでいるだけで、誰もいない。貸し切りである。ま、雪質は残念であったが、1時間ぐらい走り回って、斜面にお尻をついて滑り降りる分には十分である。

Makino

初めての大量の雪。歩くのもおぼつかなかった娘であるが、それは子ども。あっという間に、走り回る。

一緒に斜面を滑ったり、雪だるまを作ったりと、一緒に遊ぶ。その後、併設の温泉に浸かって寛ぐ。

また行こう。

2010/02/03

藤川大祐先生による講演会

2/1

午前中は大学に行って、事務。
昼ご飯を食べてから自宅に戻る。そして、京都駅に向かう。アヴァンティである。

今日は午後から友人の藤川大祐先生による講演会があるのである。

「ケータイ世界の子どもたち
~本当に怖い「ケータイ」依存からわが子を救うには~」
である。藤川さんは、教育、就中授業づくりに関しては何でもやれてしまう、凄い先生である。私から見ると、常に最新のCPUをクアッド(四つ)搭載しているコンピュータを持っているように見える。

その藤川さんが最近取り上げているのがケータイ。電話とはいわずにケータイとすることで、その本質にも迫ろうとしているのが分かる。で、このケータイと教育の両面で論じることのできる学者は、いま藤川さんしかいないと思われる。

そこで、ゼミ生と、このテーマで発表を行った三回生に声をかけて一緒に参加することにした。

講演は、非常に分かりやすかった。定義、現状分析、解決策とディベートの立論のようなプレゼンで、すっと頭に入る。もう一度言うが、ケータイが専門ではない。なのにである。

なんでなのかを考えてみると、

1)持っている基礎的な知識が膨大。
2)操作できる思考回路が多岐にわたる。
3)発表の型が安定している。

なんてことがあるのだろうなあと思った。

その後、藤川さんと糸井さんと学生たちと一緒に近くのお店で食事。
久しぶりに、エーデルピルスを味わう。

で、あれこれ久しぶりに楽しく話す。そう、久しぶりだなあ藤川さんと一緒に飲むのは。ディベートの関東支部が発足した頃は、毎月以上の割合で飲んでいたもんな。

私たちの世代が、教育を、社会を動かすポジションに立ったことを実感し、教育の閉塞感を打ち壊そうとする勢いを得ながら毎回熱く議論をして、飲んでいたのであった。あれからもうそろそろ20年近くになる。

まあ、藤川さんが大学の先生になるのは当時から当たり前のように当たり前であったが、私がなるとはねえ。時間の流れはいろいろな答えを用意してくれるものだ。

で、学生が帰った後、三人でさらに飲む。語る。ブログには書けないことをあれこれと。これが楽しいf(^^;。

三人に共通していることが分かった。わがままであるということである。もちろん、社会と付き合うことができなくなるようなわがままではなく、社会とはある程度折り合いを付けながら、結局は自分のやりたいことをやる人間であるということである。

そして、その勢いはこれからもっと激しくなるなあと言うことを感じたのであった。三人で新しい展開があるかもしれない(^^)。

最終新幹線で東京に向かう藤川さんを見送りながら、私も帰路についた。良い時間であった。

2010/02/01

今夜もありがとうである

1/31

点検を終えた愛車を引き取りに向かう。滋賀に来ていい車に乗っている人が多いなあと思っていたのだが、分かる気がする。特に湖西は道は空いているし、車が無いと生活しづらいし、どうせ乗るなら良い車に乗りたいということなのであろう。

我が325iツーリングMスポーツも、当初想定していたよりもかなり燃費が良い。通勤で使ってもリッター10kmは走るので嬉しい。

点検を終えて微調整をすませた愛車は、やっぱり気持ちのよいものである。

「一度生活の水準を上げると元に戻すのは辛いから慎重にあげるのだよ」

と昔母に言われたが、その通りだと思う。もうシートヒーターの無い車には戻れそうにも無い。

そのまま梅田のヨドバシカメラに向かう。必要なものをごそっと購入。新しいデジカメCX2をゲット。ラッキーなことに、1万円引いて売っていた。

リコーからは新しい良いカメラがどんどん出ている。だからCX2でももう一つ前のカメラのイメージなのだろう。私はR7からの乗り換えで、充電池等が強要できるし、操作性やレンズ性能等十分に満足しているので問題なし。却って嬉しい。

さらに欲しいものも。
これは、一目惚れで買ってしまった。また、機会があればお知らせしたいf(^^;。

ヨドバシは、買う時も基本的に気持ち良く買わせてくれる。そして、買った後も何かあった時は、安心である。早く京都店ができないかなあと思う。近鉄の跡地はヨドバシカメラ京都店になるはずなのだが、まだ工事が始まらない。

そうすれば、梅田まで買いにいくことも無くなるのになあ。

夕食は、餃子の王将へ。土曜日の明日の教室が終わった後、土作先生とうちのゼミ生のKくんで盛り上がっていた。Kくんは王将でバイトをしていたこともあり、あのオーダーをきちんと理解している。もちろん土作先生も理解している。

だもんで、二人で盛り上がる。その名残で、王将で食べたいモードになっていたので食す。買い物も食事も満足であった。

寝る前に琵琶湖を見ると、びっくり。いつもの対岸の灯りが全くないのだ。停電かと思ったがそうではない。霧である。夜霧である。今夜もありがとうである。

霧で対岸の灯りが全く見えないのである。しかし、頭上をあおぐとブルームーンであった。なかなか幻想的な夜で一日が終わるのであった。

2010/01/31

ミニネタ、模擬授業、哲学と三本柱

1/31

関西青年塾は、土作彰先生。
ミニネタ、模擬授業、哲学と三本柱。三時間半たっぷりと語っていただく。

鉄板ネタにあれこれと改良したネタ。実際の土作先生のクラスのビデオなどを見せていただきながら、講座は進む。はじめて土作先生の講座に参加した方が2/3ぐらいいて、最初はどのタイミングで笑っていいのかちょっと慎重だった参加者のみなさんも、途中から土作ワールドに安心して浸っていらっしゃった。

参加者の学生たちは、私のゼミ生や来年度からゼミ生になるものが多く参加していた。教育の一つの完成形を見るというのは、とても意味のあることであろう。自分が将来担当する、まだ見ぬ子どもたちのことを思いながら、どういうクラスを作ろうかと妄想することが大事なのだ。

土作先生、ありがとうございます。

終わってからはいつものお店に向かう。
新しくゼミに参加する学生たちが、私の席にやってきてよろしくお願いしますと言ってくる。

『大変だぞ(^^)』
「はい」

軽くジャブ。
ゼミが大変なのは、自分たちで作っていくからなのである。先生があれこれ指示することが少なくなっていく。そこを生み出すのが大変なのである。しかし、それは本当は、面白いのである。そこが分かるような一年になると良いなあと離す。

その後学生たちは、どうやって名刺をお渡ししたら良いのかといういことを聞くので、

「ビールを一本もって、グラスを二つもって回るのだ」

と教える。あちこちを回っていた。よし。

二次会は土作先生たってのご希望で、「ももじろう」山科駅前店。
一回だけ入ったことがあったのだが、今回二回目。店の内装が思い切り変わっていてびっくり。これ、消防法的には大丈夫なのかと感じたなあ。

中で何かあったら、出られないなあ。こういう作りのところでは安心しての向きになれないなあと、最初は思う。ところが飲み進めてしまえば、なんでもなくなってします。そうだからやっぱり危ないなあと思うのであった。

終電が近づいてきたので帰ろうとしたら、足下で光るガジェットを発見。
なんだと思ったらICレコーダー。録音中。うちのゼミ生が録音している。

『すぐに消しなさい』

と言う。
驚きである。常識のある学生なのだが、こういうことを平気でする。お酒の入っている席は、オフレコの話が多く出る。それを許可なしで録音するというのは、私の常識ではとても信じられない。以前にも大学生がこうしていることがあって、私は厳しく意見した。

これは盗聴なのである。

しかし、この盗聴行為がそう感じられなくなっているのである。許可を得てならば、それはありである。また、講演会や模擬授業等でも許可が必要であるが、ま、録音されてもありということを前提に話していることもある。講演会などは公のものだからである。

ただし、懇親会の二次会等は全くそうではない。プライベートな部分や表に出しにくい部分も話すことがある。だから、懇親会は大切なのである。それを無断で録音される。使用目的も明らかにされずに録音されるというのが横行するようであれば、私はそのような者が参加する懇親会には参加しない。

極めて普通の感覚を持っている学生が、こういうことを平気でする。私のゼミ生であるから、その場で厳しく指導した。このままそんな常識で社会に出られたら、アウトであろう。なんていったって盗聴をしていて、その意識が無いからである。

デジタル社会の大変な一面ではある。

ではあるが、駅.Lockyのお世話になって、きちんと帰れる幸せも味わうのであった。

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