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2011/06/20

その光はどこにあるのだろうか

6/20

土曜日は、明日の教室であった。東京から山口裕也さんをお招きしての「測定学、統計学」の話をたっぷりとしていただく。山口さんは才能の固まりの人である。まだ30代前半にも関わらず彼のキャリアは凄い。教育行政に政策を提言するポジションにいる。その提言の前提となるのが、データの解析である。この手法を学ぶべきであると考えて、講座の講師にお願いしたのであった。

当日は、それこそたっぷりと話してもらった。文科系の私は普段使うことのない頭の部分をフル回転したのであった。

大学院に行ったの、今絡もう10年近く前になるが、そのとき感じたことがある。

1)本の検索の仕方
2)統計方法
3)論文の書き方

この三つはきちんと勉強し直した方が良いなと思ったものである。私立文科系出身の、国語が専門の私には統計なんてのはまったく関係のない話であった。事実学生時代にはまったくやらなかった。だが、研究を進める上でも、学級を分析するためにも、授業を改善するためにも、この統計という手法は知っておく必要があると、強く感じた。

大学院で統計の授業を受け、その後独学で何回か全体を理解しようとして、個人的には5回目ぐらいの復習として統計の入り口を学んだことになる。そのぐらいやって、統計のあれこれの用語や考え方が分かるようになってきたかなというところだ。

私は、分からない所は平気で質問できるタイプである。
ま、それでも授業の流れを切ってまでする質問であるか、流れにそってする質問であるかぐらいは判断しているが、はずかしげもなく質問できるのである。

それは分からない私だからである。
分からない私が分かろうとするときに、分からなくなる部分を知っているのでそこを質問している。これは先生の役割として、大事なことではないかと思う。

教える時の先生は、なんでも知っているという前提に立って教えることが大事だろう。しかし、研究会等で学ぶ時の先生は、分からないを連発することが大事だと思うのだ。
(え? 先生でも分からないの?)
ということが、一緒に学ぶ若い人たちに安心感を与えると思うのだ。少なくとも私の恩師達は、平気で「これ、分からないんだよな」と研究会の席で質問をしてくれていた。それは私には非常にありがたかった。今は順番で私がするのだなあとも思っている。

で、講座だ。
面白かったなあ。

数学を使う所もあったが、数学は言葉なんだと思えたのが凄い。
さらに、なんで測定学が必要で、統計学が必要なのかを考えられたのが良かった。そして、その限界はどこにあるのかも考えられたことが良かった。

私たち人類は、測れないものを測るためにはどうしたらいいのかを考え、それに応じた物差しを発明してきた。その物差しで測った結果が何を示しているのかを考えるために、その考え方を作り出してきた。これが測定学であり統計学であるということを、私は今回学んだ。

さらに、統計学の最先端のアプリケーションを使っての統計処理の実演。
エクセルにちょっとアドオンするだけで、とんでもない世界が待っているのであった。おそらく、講座に参加した方はこの最先端の世界を授業づくりや研究で使うことはないかもしれない。しかし、そんなことはいい。必要になれば使えば良いだけの話である。

大事なことは、自分だけではまったく知り得なかった世界が、世の中には存在していて、それを日常の業務で使っている人がいて、それが自分の教育の世界に深く関わっているのだという一面に触れてもらうことだと思っている。

(ちょっと待て。俺がやっていることは、他の世界から光を当てるとどう見えるのだろう。その光はどこにあるのだろうか)

と立ち止まることができる。これは実に大事なことなのだと考えている。

この講座もDVDになります。
じっくりと学べます。
お楽しみにどうぞ。

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