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2011/09/30

その一歩めを三回生は歩みだした

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本日は三、四回生合同ゼミ。三回生は卒論のテーマ決めに向けてあれこれ始める。自分がなんとなくテーマにしたいことに関して、関わっているであろう一冊の本を選んで、その本を紹介し、疑問を提出し、ゼミで議論する。

この時期の三回生の卒論のテーマは、途方もなく大きい。それでも構わない。自分がやってみたいことは何なのか。これを考えてとにかく一冊読み込んでみて発表してみる。

ゼミの仲間や私からあれこれ突っ込まれて、それに答えられないことでテーマの深さや、自分が求めていることなのかどうかに気づいていく。三回生のうちは、どんどんテーマを広げていいっていい。その過程で自分がやりたいことは何なのかに気づけば良い。

自分は正しいと思って発表をする。
ところがこれが箸にも棒にも関わらないような反応になることもある。ばさっと切り捨てられこともある。学生はショックである。しかし、そうやって先生や仲間たちと一緒に本を読まないと、たどり着けないことがある。これはテキストリーディングでは特に大事な部分だ。

で、そうしてもがいているうちに、問題の核心にたどり着く。自分が疑問に思っていることはなんだったのかにである。

もう一つ大事なこと。
世の中にあるあれこれ疑問のなかで、教育に関することを選び、さらにその教育の中でも、なぜあなたはこのテーマを選んだのかを考えさせたい。

なぜ、それを研究のテーマにしたのか。つまり卒業論文のテーマにしようと思ったのであろうかということである。自分が生きてきた中でそれを選ぼうとした根源的な思いは、何に根ざしているのかを自分がまず理解するべきなのだ。研究の動機の部分である。

だから、論文を書くということは、社会にある疑問を取り出し、論証し、結論を示すことでありながら、もう一つの側面では自分とは何者なのかということをしることにもつながる。

自分探しとしてあちこちに出かけて行っては、無駄なお金を使ってしまうよりも、じっくりと論文に向かう方が自分に出会える。出会わざるを得ない。

書くとは考えること。
その一歩めを三回生は歩みだした。

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