今日は、娘(4)とうどんを作っている
10/29
小学生の頃、父方の祖父の芳美ばあちゃんに良く言われた。
「修、男だったら、相撲を見なさい」
と。
一夏田舎に一人で預けられたときに、NHKの相撲実況を見ることを強要されていた。良くわからないが、田舎で一人の私はそれに従うしかない。田舎のだだっ広い部屋でただ相撲を見ていた。
私に分からなかったのが、あの仕切りである。なんで何回もやるのか。一回で立ち上がれば良いじゃないかと思っていた。数回やるわりには時間が決まっていて、そこでは必ず立ち上がる。だったら、一回目で立ち上がれば良いじゃないかと思っていた。だから、イライラしながら見ていた。
◆
当時、剣道をやっていた私は、主に先鋒を務めることが多かった。先鋒か大将かどちらかであった。剣道では、礼をする所から試合は始まっている。礼は、通常頭を下げて行う。視線は相手の足下にいくだろう。しかし、剣道では違う。腰を曲げて礼をしつつ、顎を少し前に出して視線は相手の目を見る。頭を下げた瞬間に切り倒されても仕方がないという考えだ。
「始め!」
の声で試合は始まる。瞬間に飛び込んで面を決めて、一瞬で試合が終わることもある。だから、あの相撲の仕切りの時間が、どうも嘘っぽくでダラダラ感じられて駄目だった。夜のNHKのニュースでその戦いの場面を見るだけで十分であった。
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今日は、娘(4)とうどんを作っている。うどんが大好きな娘なので、時間ができたらうどんを一緒に作りたいなあと思っていて、少し時間ができたので作っている。塩、小麦粉、水。それぞれの分量を量って混ぜて捏ねて、醗酵するためにしばらく待つ。
ああ、と思う。
間なんだなと思う。
それぞれにあった、間なんだと思う。
この間を大事にすることができるようになるのが、成長なのかもしれないなあと。
無限に時間があると感じられた子どもの時代は、せっかちで、人生の残り時間が見えて来た頃になって
、間というものを考えるようになる。
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せっかちでなければ駄目ということもある。
しかし、醗酵のための時間が必要なこともある。
両方のバランスんなんだよなあと思う。
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